孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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二章 友愛の魔女スピカ

外伝.孤独の消えた導国

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魔術導国 アジメク、それは治癒魔術の総本山であると同時にこの世の魔術を統括する魔術界そのものの本部でもある、世界各地から様々な魔術が集まり また散っていく…ただ一人の人間を中心に

そも、魔術とは如何にして産まれるのか?

曰く遥か古代使われ魔女達が扱う強力な『古式魔術』、その千を超える魔術系統全ては古の時代 まだ魔術師が魔術師と呼ばれぬ程の古き時代に ただ一人の人物によって総て生み出されたと伝わっており、新たな古式魔術をゼロから生み出すことは魔女達でさえ叶わないと言われる

では、現代魔術はどうか?

古式魔術を雛形に変化したとも劣化したとも伝えられている現代の魔術はどうやって生まれたのか?

単純だ、結局のところ魔術はゼロから生み出せないだけであって、古式魔術を雛形にすれば如何様にも作り変えられるのだ

例えば炎を生み出し自在に操る古式魔術があったとすれば、その力の一部を切り取り 火を放つ現代魔術を作ることが出来るし 火を操る現代魔術も作ることが出来る と行った具合だ

故に、古式魔術と現代魔術の関係は 太い幹と先で枝分かれした枝葉のような関係とも言えるかもしれない


閑話休題、話が逸れた…つまり魔術とは作ろうと思えばある一定の領域に達した者なら誰でも作れるのだ、ただそうなると世に魔術が氾濫する 、そうなれば溢れかえった魔術で世界の秩序は容易に打ち砕かれるであろう、…そしてそれを防ぐのが魔術導皇なのだ

具体的にはどう防いでいるか?、ちょうどいいところに 当代の魔術導皇が 初めてその仕事に就くようだ、その仕事ぶりを覗いてみるとしよう


…………………………………………………………


「では行きます、…『プラズマラッシュショット』!!」

白亜の城 謁見の間にて、小汚い赤いローブを羽織った中年の男が詠唱と共に手を翳せば、眩い光と激しい爆音を打ち鳴らし、無数の雷撃が虚空を踊る…電撃系統の魔術だ 何かに対して放ったわけではない、男は この魔術を目の前の人間に見せつける為に放ったのだ

「また電気ですか…」

双つの玉座に座り 男を見下すのは二つの影、片や友愛の魔女 スピカ そしてもう片方が、未だ小さく されど身に纏う魔力は大器を感じさせる若き導皇…当代魔術導皇デティフローア・クリサンセマムである

「うぅ、すごい音…」

室内で鳴り響く雷鳴に身を縮こまらせるデティ、その装束はいつもよりも豪奢である、それは歴代魔術導皇が身に纏ったとされる伝統的な衣装だ

エリスがアジメクを去ってより 早二週間の時が経とうとしていた、半年近く過ごした友人の不在というどうしようもない寂しさに押し潰されそうになりながらも 魔術導皇としての責務を全うしようと頑張っているのだ

といっても、お役目が始まったのは今日から 今やっているのは魔術導皇の基本的な職務である 『魔術剪定』である

「このように、無数の雷撃が敵を穿つ広範囲の攻撃型の魔術となります、この魔術の売りはなんといっても不規則に飛んでいく電撃の数々でしょう、消費魔力や魔力運用法 破壊力等は手元の資料に纏めてありますので どうかご覧ください」

眼下のローブの男が自慢げに語る、先程の電撃がどのようなものでどのような利点があり、この魔術こそがより優れていると口頭で はたまた騎士を通じて渡してきた資料で説明する

「あうぅ、難しい…」

ただデティは些か難しい内容だ、魔術のことに関しては天才的なデティもそれ以外のことに関してはてんでダメ、字もなんとか読めるが 字を読んでいては男の話が頭に入ってこない 逆を意識すると逆が入ってこない

「……然るにして、この魔術『プラズマラッシュショット』は冒険者や我が国の兵達の生存率の向上につながるわけです、如何でしょうか 導皇様」

「ふぇっ!?」

突如として話を振られる、いや 男はそもそも最初からデティに向けて話していたのだ

どうでしょうか? とはそのままの意味だ、この魔術をどう思うか それを聞いているのだ…

これが魔術剪定、誰でも魔術を作れるが為 魔術がこの世に氾濫しないよう『使っていい魔術』と『使ってはいけない魔術』を分け 区別するのがデティ…魔術導皇の使命なのだ

ここでデティが認める と言えば男の使っている魔術は正式に認可がおり外部での使用を獲得する上、制作者たる彼にはこの魔術を売りに出す権利が与えられる、魔術教本や教室を開きこの魔術を広めることと引き換えにお金を得ることが出来るのだ

逆に認めない と言えば、男の使っている魔術に使用許可が降りず使用することができない、魔術導皇が認めていない魔術を使うことは犯罪であり、ましてやそれを金銭に変え広るなど言語道断となる、これは魔術の使用を許可している国家共通の方となる為 事実上世界中で適用されている

そう、全てはデティの裁量次第なのだ、だから この男もデティに気に入られようと 少し魔術を誇張して説明してるし、比較的柔らかな声色で話している…何故か?必死だからだ

国に属していない魔術師の基本的な収入は魔術を売りに出した際の利益となる、魔術の権利一つ持っていれば生活出来るが 逆に何一つとして持っていなければ生活は困窮する一方だろう
一応、別の収入源として 遺跡や未踏の地に踏み込み古式魔術を発掘するというものもある、古式魔術を扱うには古式魔術を扱う者 即ち魔女の教導が必要となる為衆生には扱えぬが、それでも古式魔術を発見し 魔術導皇に売れば莫大な金銭が手元に転がり込むことになっているし、もしかしたら新たな魔術体系の開拓に繋がる可能性もあるのだ

まぁ、新たな古式魔術など ここ数百年は発見されてないので夢物語もいいところだが…

「如何でしょうか導皇様、この魔術は…」

いつまで経っても声を発しないデティに痺れを切らし、一歩前へ出る男 心なしかその痩せこけた頬には冷や汗が宿っている



…ここで認めれば、男は大喜びし 魔術認可証を片手に家に帰って行くだろう、家族がいれば家族に自慢してこれからいい暮らしをさせてやれると抱き合うだろう、妄想だが

…ここで認めなければ、男は落胆し 肩を落としながら手ぶらで帰ることになるだろう、家族がいればあわせる顔もあるまい、魔術を作るとは一朝一夕で出来るものではない…きっと仕事もせず魔術に打ち込んできたのだろう、その果てに何も成果が得られなければ…

「あ…うー、その…」

チラリとスピカ先生の方を見れば、黙って前を見据えている お前が考えろということだ、先生は最近少し優しくなったけれど、やはりこういう場では厳しい…いや厳しくて当たり前だ、これからデティは一人でこれをやらなければならないのだから

「…この、魔術はですね」

「はい…!」

口を開き 頭を巡らせる、許可できる要因を探し 許可できない要因を探す、総合的に見て 今ここで判断を下すならば

「認可できません、この魔術 『プラズマラッシュショット』に対し 魔術導皇からの認可を降ろすことは出来ません」

「な 何故ですか!?完成度だって申し分ない!実戦で使えば相応の成果が!」

先程の態度から打って変わって激昂する男、彼の口ぶりから察するにこれを友愛の軍隊って使用して欲しかったのだろう、もし軍で使用されれば市場で売るよりも実入りがいいからだ

だとしても、彼の事情や背景などはどうでもいいのだ、この魔術は総合的に見て使用認可証を発布することは出来ないと判断した

「理由は、そうですね一番の理由は既に類似の効果を持つ『サンダースプレッド』という魔術が存在することです、こちらの魔術の方が 消費魔力は大きいですが威力もその分大きく、ある程度使用者の意思で指向性を持たせられる利点があります、その上 詠唱の長さという点でも こちらの方が短く、より実戦向きかと思われます…似たような魔術を複数世に出しては混乱を呼びます」

「な…な…」

「あとは音でしょうか…音が大きすぎます、恐らく魔術を用いてそのまま雷を出しているのでしょうが それではあまりの音で周囲に威圧を与えてしまいます、せっかくの魔術なのですから そういう点も含めて改良の余地はあるかと」

最後のはデティの個人的な感想になるが、一応 これらの理由から許可は下ろせないと判断した、同じような魔術は許可できない なので普通は今ある魔術は避けるかそれ以上の性能の物を持ってくるのが普通…

男は知らなかったのか あるいは自分の方が上と思っていたのか、どちらにせよ同じような魔術があるところを攻めてしまった彼の失敗だ

「し しかし!しかし!、この魔術はより高等な技術を…い 今一度御考え直しを!」

「ッ…!」

錯乱し詰め寄ってくる男を見てビクリと肩を揺らすデティ、彼の中の魔力が激しく脈打っているのを感じる、怒ってるんだ…デティには分かる あれは心から怒っていることが

しかし大した反論も反応も出来ないデティに対して 肉薄しようとする男の体が突如、何かに掴まれ停止する

「あんた、そんなに慌てでどこに行くつもりよ」

「うがっ!?いぎぎっ!?な 何を…」

詰め寄ろうとする男の肩を背後から、それも肉に指が食い込むほどの力で掴む騎士が一人、魔女がいて 導皇がいる、この国の二大要人が揃うこの場に、近衛士たる彼女がいないわけがない

「き 貴様は…まさか 『不死殺しのクレア』!?」

「どうもさん、あんまりその名前好きじゃないけど 怖さは知ってるようで何より」

彼をその場に繋ぎ止めていたのは一人の年若き騎士であった、歴代数人しかいないと言われる士官学園満点合格という伝説に始まり 最年少卒業 初陣で山賊二十人抜き 孤独の魔女発見 英雄バルトフリートの打倒…まだ20を数えぬ歳だと言うのにその経歴はあまりにも輝かしい

その名は友愛騎士団 近衛士隊所属…騎士 不死殺しのクレア・ウィスクム、そんな恐ろしい存在が男を睨みつけていたのだ

「ひぃっ、ふ 不死殺しが何故ここにいる…」

「いやそりゃいるでしょ、私の職場ここだし」

不死殺し、それこそクレアに付けられた二つ名だ…本人が名乗っているわけではなく、自然と定着し始めた物であり、由来はあの英雄『死なずのバルトフリート』を殺したところから来ているらしい、バルトさんを倒したという敬意とバルトさんを殺したという少しの悪意から生まれたこの物騒な渾名は、少なからず恐れられているようだ

「ちょっとクレア、いきなり飛び出て まだ何にもしてないのに乱暴なことしないで」

「お お前は…!?」

次いで現れるのは桃色の髪とクレアと同じ近衛士の鎧を着込み、腰に二本の剣を指した またも同じく年若き女騎士…その名も


「いやすまん…誰だ」

「メロウリース!メロウリース・ナーシセス!コイツと同じ近衛士!、クレアのこと知ってるなら私のことも知っておいてよ!」

と激昂するメロウリース、だが仕方ない 彼女はクレアに匹敵する騎士ではあるものの、クレアと違い特に何か手柄を上げたわけではない為、伝説だらけのクレアの影に隠れてしまっており、今現在の知名度はゼロに等しい

「リースうるさい、ともあれ あんたがここで出来るのは五体満足で帰って魔術の研究するか、私になます切りにされるか…二つに一つよ」

「ヒッ…わ 分かった、分かりました!」

あの不死殺しのクレアが本気を出せば 男はなます切りどころか微塵切り、下手すりゃミンチだろうと冷や汗をかき恐れ戦きながらバタバタと荷物をまとめ逃げ去るように謁見の間を去っていく

これでもクレアは親切な方だ、もし担当したのが別の騎士なら即座に彼は別室に連れていかれ、尋問された挙句に白亜の城出禁…つまり魔術を作る権利を剥奪されていただろうから

「ふん、軟弱モンが」

「…私 知名度低いのかな…」

そんな男を尻目に腕を組むクレアと人差し指同士をツンツン付き合わせているメロウリース、未だに新人と呼ばれながらも既に魔術導皇の信も厚い二人は 今現在、導皇専属の護衛という騎士の中で最も栄えある仕事についているのだ

そんな二人の頼もしさにホッと一息をつくデティ、よかった…流石に大の男が詰め寄ってくるのは怖かったから、クレアさんには助けられた

「ありがとうございます、クレアさん」

「いえ、魔術導皇様の身を守るのが騎士である私の使命ですので」

デティの言葉に優雅に振り向くと 一礼し、再び壁際へと戻っていく…、少し前では考えらない礼儀の良さだ

あの日、レグルス様と別れたあの日から クレアさんは変わった、レグルス様に対して 立派な騎士になるという誓いを立てたクレアさんはその言葉通り 礼儀を改め主人であるデティに対して忠誠を示していたのだ、その様はまさに騎士の中の騎士だ

以前は騎士らしくない厚顔な態度をとることも多かったが、一度騎士をやり抜くと決めてしまえば後はもう何も心配はいらなかった、元々メイドの経験もあるクレアは誰かに仕える事のイロハを既に習得しており、この様な場において従者が何をしてどうすべきなのか きちんと弁える事ができるのだ

ただ、デティは少し寂しさを感じていた あのフレンドリーなクレアさんも好きだったから、前みたいに軽く声をかけて欲しいなぁ と思わないでもないのだ


「…先生、今の判断 って その、どうでしたか?」

そして続いてチラリとスピカ先生の方を見る…今の裁定は合っていただろうか、答え合わせをするように 声をかけるが、スピカ先生は優雅に微笑むと

「貴方がそう思い、判断したのなら間違いはありませんよ」

…違うよ、合ってるかどうか教えて欲しかったんだけど…いや、うん 『正しい』か『間違っている』かを決めるのはスピカ先生じゃなくて 魔術導皇たる私なんだ、私が正しいといえば正しい 間違っているというなら間違っている、魔術界とはそういう世界なのだ

(責任重大だなぁ…)

内心ため息をつく、デティの一言に一体どれほどの影響力があるのか 自分で自分が怖くなる、どうしても今の人の怒りのこもった魔力が忘れられない…あの人がデティの所為で不幸になったと思うとどうしても…

「ほらデティ、次の人が来ますよ」

「は はい!」

だが落ち込んでいる暇はない、魔術を作り それを認可してもらいたがってる人間は山といる、一応選考とかはされてるみたいだがそれでも多い、魔術剪定は一日がかりなのだ 一人一人に時間はかけられない


「次の者!入りなさい!」

メロウリースさんの声と共に、似たような格好の似たような男が入ってくる…はぁ、気合い入れ直さないと 私もエリスちゃんに誓ったんだ 次会う時は立派な導皇になってるって!


………………………………………………………


「疲れた…」

四十人、なんの数字か?今日デティが捌いた者の数だ…一人一人の魔術を見て それが世にどんな影響を与えるか、類似の魔術はあるか あったとしたらその互換性はどうか、一つ一つ考え 認可の有無を考えた

ちなみに今日 認可が降りたのは40件中2件…強弱を調整できる熱線を放つ魔術と体から蛇を生やす魔術だ、熱線を放つ魔術はあるが強弱の調整はできなかったから採用したし 蛇の魔術は今までにない物だったから採用した 何に使うか知らないが

他は全部見たことあるような物や威力が大きすぎて使用者にも影響が出てしまうような魔術とかそんなんばっかだ、後者に至っては魔術師が分厚い鎧着込みながら部屋に入ってきた時点で悪い予感しかしなかったし


そして職務から解放され、デティに今現在与えられたのは休憩時間、この後にはスピカ先生との修行があったりまた仕事があったりと 魔術導皇は物凄く多忙なのだ、エリスちゃんと遊んでいた頃とは大違いの忙しさにため息しか出ない

「父上も…こんな仕事をやってたのかな」

父上は体が丈夫じゃなかったけど、その所為で魔術導皇の仕事に支障が出たとは聞いたことがない、つまり父上は私よりも辛い状態なのに 職務を全うし抜いたということになる…そう思えば 弱音なんか吐けないなぁ なんて気持ちになってきてしまう

「うん、こんなのじゃ立派な導皇なんて、夢のまた夢…よし、頑張ろう!」

そう思い廊下を歩く、窓の外を見れば空は赤く染まっており もう一日が終わりに近づいていることがわかる

今日は一日仕事尽くしだった、…この後ご飯を食べてから少し先生と魔術の修行をして一日は終わる、仕事がない日は一日魔術の修行 それが私の毎日だ

別に苦ではない、魔術導皇として先生と弟子として必要とされないことの方がよほど苦しいことを考えれば この多忙も乗り切れるというもの…



「フッ…フッ…!」

「…ん?、なんの音?」

と…アテもなく廊下を歩いていると、近く それも中庭の方からを斬る様な威勢のいい音が響いてくるのだ、なんだろう と興味を惹かれ 脇道にそれ、ちょいと其方に首を伸ばしてみると

「クレアさん!」

「ん?、デティ様?」

先程、錯乱した魔術師からデティを助けてくれた騎士 クレアの姿が見える、素振りでもしていたのか 型の確認でもしていたのか…、鎧は脱いでおり 上着も地面に落ちている、春先でまだ寒いというのにクレアの姿は下ズボン上薄着と言った非常に軽快な物となっている

「剣の練習ですか?」

なんて言いながら無警戒に近寄る、最初 エリスちゃんが紹介してくれた時は些かながら悪感情を抱いていたデティも、今ではすっかりクレアに懐いている…あの館での一件に際しギリギリで助けてくれたクレアの懸命な姿に惚れ込んだからだ

「ええまぁ、仕事も一区切りついて時間できたんで、軽く こいつに慣れておこうかと思いまして」

そう言いながらクレアが見せるのは 見慣れない漆黒の刃を持った長剣、今までクレアが使っていたものより一回り程長く 重厚な見た目通りの重量がありそうなそれをクレアは軽々、とは言えないものの片手で持ち上げていた

「その剣って…確か」

「はい、バルトフリートの斧を打ち直して作ったものです」

英雄バルトフリート…父上がまだ若い頃起こった戦争で大活躍した騎士で、その時の活躍を讃えてスピカ先生はバルトフリートに最上級の魔鋼と魔力で編み込み作ったバルトフリート専用の武装 黒戦斧を下賜したと言われる

クレアとの戦いで殉死したバルトフリートだったが、その斧は捨てるには惜しいと 打ち直し剣へと形を変え、バルトフリートを下したクレアの手へと渡っていたのだ

「今まで私の持ったどの武器よりも凄くて、正直今の段階では持て余してる感が強いですね…私が前使ってた剣と長さも重さも違うから上手く扱えてないし…慣れるのにちょっと時間が必要そうです」

そう言って剣を…いや剣の柄を眺めるクレアさんの魔力はとても寂しそうに震えていた

寂しい…ああそうか 、確かあの剣の柄はクレアさんが元々使っていた剣の物を再利用して取り付けているのだ、何故そんな回りくどいことをしたか?、それは前の剣の柄にはクレアが敬愛してやまないレグルス様のお言葉が刻まれていたからだ

これだけは手放したくないと泣きながら懇願してきた為 へし折れ使えなくなった昔の剣に黒い刃だけど取り付ける形となった、お陰で剣の長さと柄の長さがアンバランスという極めて不恰好かつ使いにくいフォルムにはなったものの、柄に刻まれた文字は今日もクレアさんを励ましてくれている

…会えないのはやっぱり寂しい様だが

「あ!、ここにいた ちょっとクレアーっ!」

「はぁ、またリースか」

すると遠くからクレアを呼ぶ声がする、なんてよそよそしい言い方はよそう メロウリースの声だ、彼女も最近デティの護衛を任される様になっていることから、デティにとって非常に身近な人物になりつつあるのだ

「あんたここ最近ずっと私につきまとってない?なんなんの?」

「べ 別につきまとってなんかない!、ただ用があっただけ!」

「そぉ~う?なんかいつも私に声かけながら駆け寄ってきてない?」

「それはあんたが仕事中にフラフラ居なくなるから!」

なんて 言い合いを始めた二人を止める気にはならない、理由は単純だ…メロウリースさんの内から感じる魔力は… 非常に穏やかかつトクトクと優しげに鼓動しているからだ、きっと憧れのクレアさんと話せて嬉しいのだろう

メロウリースさん…元々クレアさんを見つめる時だけ魔力の流れが違ったし、こう憎まれ口を叩きながらも内心じゃあクレアさんのことを尊敬しているんだろう

「あ、これは デティ様…すみません目の前で大声を…」

「ううん、大丈夫 二人ともとても楽しそうだったから、私も見ててなんだか嬉しい気分になっちゃった」

「そんな別に 楽しんでなんか…」

「逆に鬱陶しいくらいですね、それでリース 何か用があって話しかけたんでしょ?」

「…あんた、今日 ナタリアさんに呼ばれてるの忘れてない?」

「はぁ?、それは明日…………いや今日だわ、ごめん ガチ目に忘れてた」

「だと思った、事前に探しに来といて良かった…」

どうやら何やら用事がある様子、クレアさんはやはり自分に興味があること以外は本当にどうでもいいのだろう…そういうところはあんまり変わってないな

「じゃあデティ様、私用事あるんで失礼しますね」

「デティフローア様 私も失礼します」

「はい、二人とも今日はありがとうございました」

と言いながら見送る、まぁ彼女達の仕事はまだまだあるのだろうが 少なくとも私の護衛は今日は終わりだ、私は今日はもう公の場には出ないからね



さてと、夕餉まで少し時間がある…何をしようかな、一応今現在の目標としては『魔術の一般化』という目標もある為そちらの研究を進めても良いのだが…

うーん、あまり進んでないんだよなぁこれが、どうすれば魔術というものを民衆にも簡単に扱えるものにまで落とし 生活に役立てることができるのか、あまりに多い課題を一つひとつ解決していくあるのだが 全然進捗がないのだ

エリスちゃんがいた時には 隣であれこれ意見を言ってくれていたから色々と進んだんだんが、エリスちゃんが居なくなった途端に行き詰まった…やはり私にはエリスちゃんが必要だと実感させられる

うん、エリスちゃんが旅から帰ってきたらアジメクで相応の役職を用意して迎え入れよう、魔術導皇の知恵袋ともなれば導国宮宰として扱っても足る人物だろうし うんうん、そうしよう

とは言え、エリスちゃんがいなくても一般化の為の研究を放置するわけにはいかないので 一人でも進めるのだが…

一応この日はどうすれば魔術的な経験値なしに扱える簡単な魔術を作れるか というのを考えてみたが、大した成果はなかった…出来上がった物と言えばボツになったアイデアの書き込まれていたグシャグシャの紙の玉が二個三個…今はゴミ箱の中だ

そうこうしてる間に 私に与えられた僅かな自由時間は失せていくのであった


……………………………………….

「はふぅ…」

満腹になったお腹をさすり やるせなく、ため息をつく…、思うのは 今日一日の不甲斐なさだろう

魔術導皇としての仕事は正直敏腕であったとは言えないだろう、次々迫られる決断に一々迷ったし そもそも迷った末に正解を引き当てていたのか、その自信さえない

そして、そもそもの目標たる魔術一般化計画も 全く進んでいない現状、エリスちゃんがいなくなってからまるで時が止まったかのように何も進んでいない

 こうしてる間にエリスちゃんはどんどん先へ行っていると思うと、やはりやるせない


「私の前でため息とは、ずいぶん余裕そうですね デティ」

「せ 先生!い いやこれはそういうため息ではなく…」

思わず思考を正し目の前の現実を直視する、そうだ 今は就寝前のスピカ先生との修行中だったじゃないか、何をボーッとしていたのか!先生を前に気を抜くなんて一番やっちゃいけないことじゃないか!私のバカ!


今私はスピカ先生のお部屋で、一日の締めくくりとしていつも通り魔力放出の修行をこなしているのだ、修行をいつも通りにやることが一番大事だと先生は言う…だから私もどれだけ疲れていてもどんな状況でも一日の最後にこの修行を欠かしたことはない

が…しまった、気を抜きすぎた…先生の前でため息など…

ほら見てくれスピカ先生は顔を、ぱっと見笑っているようにも見えるが纏う空気が剣呑極まりないように思える、ああ これは怒ってる時の雰囲気だ、完全にやってしまった

スピカ先生は怒ると怖い、言葉による叱責も然ることながら修行の過酷さが一段階上へ上がるのだ、決して殴ったり蹴ったりなど力に訴えた怒り方や無闇矢鱈に怒鳴りつけたりしないが…それでも怖いものは怖い


「…ふふふ、まぁいいです」

「へ…」

と思ったら許された、なんだこれ 今まで一度そんなことなかったのに…しかしスピカ先生の魔力は相変わらず落ち着いている、本当に心の底から怒ってないんだ…

「今日は魔術導皇としてのお役目がありましたからね、集中力を欠くほど疲労がたまっていても仕方ありません、むしろ夜遅くまでよくぞ私の修行に付き合ってくれていますね」

「せ…先生ぇ」

優しい、涙が出てくるほど優しい… 少し前までなら考えられなかったくらい優しい…、いや 先生は元々凄く優しい人だったんだ

父上と母上を助けられなかったことに責任を感じてか、私に優しくすることを躊躇ってるみたいだった…先生は私を叱りつける時、いつも魔力が辛そうに揺らいでいたのを私は知っている

本当は怒りたくなかったことを私は知ってる、本当は甘やかそうとしてくれていたことを私は知っている、だから先生がどれだけ私を突き放しても 私は先生についていくことが出来たんだ…

「でも修行はきちんとやらないといけません、気を抜くのはよくありませんよ?」

「はい!先生!」

でも…それも無くなった、レグルス様がスピカ先生に何か言ってくれたようで、先生は私に優しくすることを迷わなくなった、今ではとても優しくしてくれている

レグルス様は言っていた、スピカ先生は魔女の中で一番優しい魔女だと、優しすぎる程に優しいと この優しいスピカ先生が本当のスピカ先生なのだ

「ではもう一度…と言いたいところですが、夜も深くなってきましたね 子供の貴方にはもう辛い時間でしょう、今日はここまでにして また明日に備えましょうか」

「わ 私はまだ頑張れます」

「ダメです、修行とはやるだけでは意味がありません、キチンと集中出来る状態でないならやらないほうがマシです、それに 休養も立派な修行ですよ」

…むぅ、言われてしまった…私としてはエリスちゃんに置いていかれたくないから少しでも多くの修行をしたいのだが、だがそういうことならやめておこう 先生の言うことは絶対だ

「わかり…ました、ふぁ…」

先生に言われ修行を打ち辞め立ち上がれば、私が思っていた以上に体は疲れていたのか 口からあくびが零れ出る…、ダメだ…緊張の糸が切れてあくびが止まらない、くそっ 止まれ と念じても脱力する体は止められない、ああ 眠たい

「…………」

「あ…先生…」

先生がこっちをじっと見てる、やっぱり怒ってるのかな 、いや 魔力が変に揺らいでいる、これは…迷い?何かを迷ってるのかな

「で…デティ、レグルスから聞きました、エリスちゃんとレグルスは 夜同じベッドで寝ているそうですね」

「え、あ はい、それは私も聞いたことがあります」

エリスちゃんは夜になると昔の嫌なことばかり思い出して一人で寝るのが怖いらしいのだ、エリスちゃんは記憶力がいい なんてレベルじゃないくらい記憶力がある、私が数ヶ月前ポロっと口にしたことを一字一句違わず覚えてるくらい記憶力がいい

だからこそ、悪いこともまるまる覚えているのだ…夜になるとそれがフラッシュバックする 故に寂しさを紛らわす為一緒に寝ている、そんな風な話は私も聞いた…けどそれがどうしたのだろうか

「デティ、もし…もしですよ?私達も一緒に夜寝てみませんか と言ったら、貴方は嫌がりますか?」

「…え?」

え?、え?…え? 今なんて?…え?うん?先生が今 なんて言ったかよく聞き取れなかった、一緒に寝てみませんかなんて聞き間違えてしまった、寝ぼけすぎか?

「嫌なら嫌と言ってくれてもいいのですよ、ただ …そのぉ 私も…貴方とは親睦を深めたいので…」

「わ 私と一緒に寝てくれんですか!先生!」

躍動する 全身で、狂喜する 全心で 先生が!あの先生が!私と!一緒に夜寝てくれるのだ!

エリスちゃんの話を聞いた時たしかに羨ましいとも思いもしたがでも私と先生はそういうことしないしなぁなんて思ってたけどまさかまさかまさかそんなこんな日がくるなんて思いもしなかった大好きな先生と一緒に大好きな先生と一緒に大好きな先生と一緒にぃぃぃい!

「ひゃわっ!?だ 抱きつくほどに嬉しいのですか?、わ 私は今まで貴方に辛く当たっていたのに」

「嬉しいです!今までは今までです!、私は先生が大好きなんです!」

先生は…もしかしたら覚えてないかもしれない 知らないかもしれない、けれど 先生は私の両親が死んでしまった日の夜 、一晩中私に詫びながら泣いてくれた

風邪を引いた日は看病してくれたし 文字の読み方も教えてくれた、時に母親の代わりに愛し 時に父親の代わりに叱りつける、天涯孤独となった私をここまで育ててくれたのは先生なんだ 、私が本当の意味で独りぼっちにならなかったのは先生のおかげなんだ

先生は嫌がるかもしれない、けれど 私にとっては先生は…親のような存在なのだ、そんな先生を嫌うわけがない、大好きだ 大好きなんだ、私は先生を尊敬し敬愛し…ともかく大好きなんだ

「…分かりました、では 寝床に向かいましょうか」

「はい!先生!」

先生と手を繋ぐ、まさかこんな日が来ようとは…エリスちゃんのことも好きだけどやはり私は先生のことも大好きだ




だからこそやはり思う、あの日 胸に刻んだ決意は間違いではないと…私は エリスちゃんも先生も守らなければならない、たとえその先に どんな結果があろうとも、私はこの身を切り崩し、世界から真の秩序が失われる結果になろうとも、この人を守らなきゃならない







………………………………………………
今から五百年後の魔導歴偉人録には、こう記されると言う
………………………………………………

『デティフローア・クリサンセマム、五百年前実在した伝説的な魔術師にして、当時の魔術的利権全てを握った人物』

『史上最も偉大な そしての魔術導皇として名を馳せた人物である…』

『彼女は類稀なる才能を持ってして幼少の頃から多くの魔術を手繰り支配していたが、その特異極まる魔力感知能力…人の感情を読み取れてしまうほど絶大な感度を持つ感知能力により子供ながらに孤独感を感じていた そうデティフローアは語る』

『しかし、そこを救ってくれたのが エリス という少女だ』

(ここでエリス とだけ書いてもピンと来る者は少ないだろう…、事実彼女は別の名前の方が有名であり通りも良いのだが、今回は当時の呼び名に沿ってこう記させてもらう)

『どう知り合い どう仲を発展させたかは不明だが、エリスという少女は間違いなく デティフローアという人物に影響を与え、その後の人生に多大な変化を与えたという』

『中でも、彼女が行った偉業の中で』

『 現代に最も影響を与えた大偉業と言えば魔女の…………』





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして時は現代に…、エリス達が旅立つ数週間程前まで巻き戻る…


アジメク郊外、地図には山 としか記載されぬ名もなき山の奥 森の奥、誰がいつどうやってこさえたかも分からぬ 小さなあばら家の中 、明らかにこの家の住人ではない者二人がの声が聞こえてくる

「た…助けて頂き、ありがとうございます…」

一人は平伏し黒髪を絨毯のように床に広げている、その傷と泥に汚れた見窄らしい姿…一目では判別出来ないが、彼女はレオナヒルドだ
メイナード達から逃げ果せ 目の前の人物によって、アジメクの追っ手を潜り抜け消えた脱獄囚 レオナヒルド・モンクシュッドである


対するは

「…うーん」

珍妙な面持ちでレオナヒルドを見下す灰髪紫眼の美女、レオナヒルドを助け ここまで連れて来たその人が今、レオナヒルドを地面に跪かせ 自分は椅子に座りそれを見下ろしているのだ

「…………」

だが、そのあからさまに見下す態度もレオナヒルドは受け入れる、傍若無人 他人を踏み潰し嘲る極悪非道の徒レオナヒルドとて、この女には逆らえない  

そもそもだ、皇都を追い出された流浪の身である彼女が いくら力があるからと言って、弁が立つからと言って、そう簡単に盗賊団を好き勝手出来る立場には行き着けない

なら誰が彼女をその座まで押し上げたか?…彼女だ、目の前の彼女がレオナヒルドにいくつかの使命を渡すと共に、どうやってかは知らないが あの盗賊団を好きに出来る立場を与えたのだ

奴隷市場建設も彼女の指示だ、彼女が奴隷を売って 金を稼げる土台を作れと命じたから、子供を攫ったのも彼女の指示 、今にして思えばムルク村付近に行くことになったのも彼女の所為とも見れる

なぜそんな事をさせたかは分からないが、少なくともこの人を疑うような真似はしたくなかった


尊敬してるから 感謝してるから、ではない 怖いからだ…目の前の女性は おそらくこの世の何よりも怖い、魔女は確かに怖いが この人に比べれば天使のようだ

「はぁ、やっぱり 違うよなぁ」

「ど どうか、されましたか?」

「ううん、別に…ただ レオナちゃんって見た目はレグルスにそっくりだけど、やっぱり中身が全然違うなぁと思ってね」

「レグルスに…ですか」

そうだ、この人は私に地位をくれたが同時に よく分からない条件も突きつけて来たのだ、その際たる物が『魔女レグルスの真似をして 魔女レグルスとして生きなさい』と言うものだった…

後は狼のエンブレムをつけて行動しろとかもあったか、真意は分からないが一応言う通りにしていたつもりだが…

「言ったよね、魔女レグルスとして生きろ ってさ…魔女レグルスは助けてもらってもお礼なんて言わないよ?」

「あ す…すみませ…」

刹那、女の足がブレ しなる鞭の如くレオナヒルドの頬を打ち据え蹴り飛ばす

「ぶげぇっ!?」

「ほらそれ、レグルスは蹴られてもぶげぇ なんて言わないよ」

女の蹴りを前に無様に蹴り飛ばされ壁際まで転がっていくレオナヒルド、座ったまま 大して体も動かしていない力の込もらぬ蹴り…の筈なのにレオナヒルドはまるで鉄槌で打たれたきのような衝撃を受けていた

「な…なんでですか、私を助けてくれたんじゃないんですか!?そ それをなんで…」

「ちょっとちょっと そんな目で見ないでくださいよ、まるで悪いことしてるみたいじゃないですか…殺人 強盗 人身売買 に魔女偽証と大犯罪のオンパレードな貴方より悪く見られるなんて私いやですからね」

「そ!それは!貴方がやれと言ったからではないですかっ!、貴方が殺せと!貴方が奪えと!売れと!偽れと!罪を犯し!悪を為せと!、貴方が仰られたから…私は今まで貴方に忠誠し尽くして来たんじゃないですか!」

「じゃあ死ねって言ったら、死んでくれます?」

冷たく ただ冷たく言い放つ、冗談ではない いやともすると冗談のつもりなのかもしれない、だがこの人は冗談で人を殺す、死ねと言って死ななければその手で殺し 死んだら死んだで物笑い、そんな人なのだこの人は

例の呪いだってそうだ、受け答えをしただけで死ぬ呪い…ただ口止めするだけでなく死ぬことまで織り込み済みなのが彼女らしい、呪いは既に解いてもらっているが 死の恐怖までは薄れない

「結局んとこ、私に忠誠誓ってますとか言いながら、それは自分の悪事や悪意の正当化に過ぎないんですよ、楽でしたよね?どんなに良心が咎めても 私の命令だからで済むんですもん、まぁ そのツケ…払う時が来たと思って潔く死んでください」

「な なんで た 助け…」

「そもそも私 逃げようとは言ったけど、助けるとは一言も言ってませんよね、…私は私につながる痕跡を一つとして逃すわけにはいかないんです、まだ 私の存在が魔女達に露見するわけにはいかないので…」

「ひ ひぃっ!?」

急転、先程までの温厚な態度が嘘のように消え 残虐な笑みを浮かべながらレオナヒルドの首を掴み 易々と持ち上げる、これだ これがこの人の恐ろしいところだ

笑ったと思ったら次の瞬間には激昂し殺す、泣いたと思ったら次の瞬間には笑って殺す、怒ったと思ったら次の瞬間には穏やかな顔で殺す

喜怒哀楽の感情が転がるように変化して、そしてそのどれもが殺意に直結する異常者 それがこの人なのだ、それでも 私ならこの人を御せると思っていた 乗りこなせると思っていたが、…違った

私はただ 利用価値があったから殺されなかっただけ、そしてその価値がなくなった瞬間 私は…

「だ…だすけてください」

「いやですけど、だって貴方 嘘つくじゃないですか、口ではそう言って お腹の中じゃあ私を陥れる事考えてるんでしょう?ぁーいやだいやだ 怖い怖い」

「ち…違い…違いまず、私は貴方の為だけにはだらぎまずから… ウルキ様!」

「…お前ッ」

ウルキ その名を呼んだ瞬間 彼女…いやウルキの顔からスッと表情が消える

「………………、その名前 呼ばないでくださいよ、…って 言いましたよね 最初」

「ぁ…いや ちが…」

「違わないです、口から出た言葉には 責任を持ちましょうよ…ねぇ レオナちゃん」

「わ わだしは…ただっ!」

「だからさ、その紅い目で私を見るなって…レグルスと同じ紅い目で私を!」

「ぐごぇっ!?ぐぉぇっ!?」

表情はない、だが激怒していることは分かる、その声と レオナヒルドの首を掴み上げる腕に怒気が込もる

この世で最も怒らせてはならぬ存在の 最も触れてはならぬ場所を、レオナヒルドは不用意にもついてしまったのだ

「レグルスは首を絞められただけじゃ呻き声なんてあげませんよ、ああほら 髪の手入れをちゃんとしないと レグルスはもっと髪にツヤがありますよ、聞いてますか?レグルスになってくれるんですよねレオナちゃん」

「っ…ぐっ…!!??」

それはもはや狂気であった、ウルキが レグルスに対してどんな感情を持っているのか分からないが、容姿の似るレオナヒルドを通してレグルスを見る彼女の瞳には 間違いなく狂気が宿っていた

「…何か言ってくださいよ、痛めつけ甲斐のない」

理不尽極まるだろうそれは、一体自分に何の恨みがと涙さえ込み上げてくる

「いい事を教えてあげましょう、貴方にレグルスの真似をさせたのは別にレグルスの名を使って私に得があるからじゃあありません、貴方が立派にレグルスの真似をすることができたら…貴方をレグルスの代わりに殺して、多少スカッとしようかと思って真似させてただけなんですよ」

「ッッ!?!?」

「ほら、髪の色も同じ 目の色も同じ、荒んだ雰囲気も他人を信じないところもレグルスそっくりでしょ?そんな貴方を殺せば 私の溜飲も下がるのではと…ね?」

まぁ全然似なかったので今まで殺す気が出なかったんですけど、とそう語る彼女に芯から身が震えるのを感じる、彼女は コイツは…最初から私を殺すつもりで、暇つぶし同然の理由で殺すつもりだったのかと 、そこでようやく気づく…私は 一体何と付き合っていたんだと、当然の疑問が降って湧く

思えば私はウルキの何も知らない、何故こんな事を今まで気にしなかったのか、ウルキは言葉一つで他人の心を惑わし 何故か詠唱もなく魔術を使う、こんなの 怪物以外の何者でも無いじゃないか

いや、もしかすると私は 今までコイツに操られて……

「ぐっ!?」

「さぁて死にましょう、すぅ…『くるり くるり…彼方は此方、此方は其方、此岸から彼岸へ 彼岸から無辺へ転々くるくるり 、落ち昇り 延し折り転転くるりくるりの呪言が無道、還らず戻らず顧みず『葬々転々呪告』」

「ごげっ!?ぐ…ぐげっ!?」

その言葉はもはや詠唱ではない、其れは空気を伝う 音という名の毒…、いや毒であったならどれだけ良かったろうか、無慈悲にただ無感情に殺す毒とは違い ウルキの放つ其れはなるべく苦しめて殺してやろうという悪意が並々と注がれていたのだから

「ぐっ…ぐぎぃぃっ!?」


レオナヒルドの骨が折れる、腕が反対の方向へ曲がる 足がひしゃげる、バランスを失い倒れこむ体がメキメキ音を立てて形を変える、感じるのは圧倒的違和感と脳を焼き切るが如き激痛、死ぬ  このままでは死んでしまうと叫ぶ内心とは裏腹に、その命は一向に死に向かわない

「っ…ゔ…ぇっ…ぉっ…」

苦しい苦しい苦しい 痛い痛い痛い と叫べたなら、多少はこの地獄も和らいだかもしれないが…もはや レオナヒルドの口は言葉を紡げなかった

「不思議ですよね、魔術って …人間をこんな形にしても死なずに生かし続けることが出来るんですから」

「ぉっ…ぉっ…」

そう、半笑いのままウルキが持ち上げるのは人の頭大の球体…いや肉の塊?、違う レオナヒルドだった其れだ、魔術をもってして形を変え骨を砕き臓器を潰しまるで紙粘土のように丸め 肉の球体へと変えたのだ、こんな悲惨な形になって尚 レオナヒルドは呼吸をしており生きていることが伺える

「…やっぱり、似てるだけじゃ スカッとしないですね、やはりこの胸の憎悪を消しされるのはやはりレグルスだけか」

「げっ…ぉっ…っ」

肉の球体は震える、助けを求めているのか 或いは泣いているのか 叫んでいるのか、もはや分からぬ、人と呼べるのかも危ういそれを 無情にも持ち上げ、持っていくのは桶の前

いつのまにか、いや最初からそのつもりで用意していたのか、桶の中には水が波打っている

今まさに現実になろうとする悪夢を思い浮かべてより一層震える球体、しかし ウルキはもはや一抹の興味もないと言わんばかりに桶の上に 球体を持っていく

「じゃあ、今までどうもお疲れ様 あなたのお陰で八千年止まり続けた時は動き始めました、貴方の犠牲は無駄にはせずキチンと…根底から間違えたこの世界を滅ぼしておきますんで、先に地獄で待っててくださいね レオナちゃん」

「ッッーーーー!!!ッッッッーーーー!」

震える 今度は分かる、これは恐怖で震えているんだ 口があったなら絶叫していただろう、塗りつぶしておいて良かったとウルキはほくそ笑みその肉球を桶の中に沈める


ボチャリと水音を響かせブクブクと泡が立つ、溺れるには手足がいるが それすらなくなったコレにはもはや争う術がない、浮いてこないよう上から足で押さえつけ無感情に沈めていく

時間にしてどのくらいだったろう、あんまり長くなかった気がするが そのうち肉の玉が静かになる、終わったか…態々確認する必要もない、命の火が消える瞬間など見慣れているからすぐに分かる

「ぁあーあ、靴が濡れちゃいました もっとスマートに殺すべきでしたかね」

気分が害されたと言わんばかりに桶を蹴り飛ばし何処かへやる その行く先にもはや興味もない、どうせ後でこの小屋ごと消し飛ばす訳だし と疲れた様子で椅子に座る

「暗躍というのも楽じゃありませんね、でも やるべきことは全て終わらせましたし、しばらくは暇ですかね…、レグルス やっと動き始めましたね…世界崩壊までの秒針と共に」

くつくつと窓の外を眺めながら笑う、ようやく…この間違った世界を終わらせる事ができる

絶世の美女はその貌を陽光に照らされながら静かに微笑むと、懐から取り出す…それは 狼の紋章がなされたエンブレムだ

エンブレムにはそれぞれ意味がある、狼に含まれる意味は『破滅』『虐殺』『崩壊』そしてあまり知られていないがもう一つの意味がある、このエンブレムにはもう一つの意味がある…

このエンブレムの狼は 空を向いて口を開けている、コレは一見すると遠吠えをしているように見えるが そうではない、天に牙を剥く狼 コレが意味するところは……

「レグルス…、全てが終わったら また会いましょう、今度は 今度こそは 今度こそはきっと、貴方の首に我が手を届かせてみせます」


さぁ、始めよう魔女の …根絶を


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