孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

37.孤独の魔女と争乱の魔女

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軍事大国アルクカース、それは戦いだけが全てとされる戦闘民族の武装国家

常に他国と小競り合いをし、他国との戦いが落ち着いたと思ったら内紛が起こる 常に戦い戦い、戦いを続ける国…しかし いくらアルクカースと言えと戦い続きでは疲弊する

疲弊し衰えた国力では戦争に勝てない、アルクカースは戦うのは好きだが負けるのは大嫌いだ、故に無用な内紛の目は予めある程度摘んでおく必要がある
 
周辺の諸侯や傭兵団と言った内紛を起こし得る国内戦力達の頭を押さえつけ、反乱など起こすなよ?と牽制するにはどうしたらいい?

色々あるが、アルクカースはいや魔女アルクトゥルスは間怠っこしいのは嫌いだ

だから一番手っ取り早く かつ一番効果的な手段しか取らない
  

それが一年に一度行う国内行脚である、魔女アルクトゥルスが少数の…それでいて精鋭の軍団を連れて、各地に睨みを効かせる…最高権力者が定期的に睨まないと反乱が起こる国など常軌を逸していると思うかもしれないが、それがアルクカースという国だ

さしものアルクカース人でも あのアルクトゥルスを前にしても反乱を起こそうなど、絶対に思わない…少なくとも1年くらいは
 

そして、その国内行脚を行うアルクトゥルスが、偶然にも…いや?奇跡的にとでも言おうか、今 エラトスとアルクカースを繋ぐ国境付近に来ているらしい、別にレグルスの到来を予感し迎えに来たとかではない 本当に偶然…そうラグナは語る


あまりにも出来過ぎた話に思わず何かの意図を勘ぐってしまう程だと共に語っていた…


というわけで、エリス達は今 宿を出て 関所に向かっている、元々この街でバーケンティンは関所も取り込む形で存在しており、国境はさして遠くない、病み上がり…というかまだ若干風邪気味のエリスでも移動できない距離ではない

「悪いなエリス、休ませると言ったそばからこんな慌ただしくて、すぐに戻って来るから宿で待っていてもいいのだぞ?」

「いえ大丈夫です、それに師匠の友人であるアルクトゥルス様にも挨拶しておきたいですし」

そう言いながらエリスと師匠は手を繋ぎながらバーケンティンの大通りを真っ直ぐに歩く、まだ距離があるというのに巨大な防壁がエリス達の正面には横たわっているのがここからでも伺える

デカイ…山のような防壁が地平線を区切るようにズーッと向こう側まで続いている…アジメク側にも国境を区切る防壁はあったが、これはその比じゃない

あからさまに戦闘や戦争を意図して作られた防壁…、強固とか頑強とかそんなチャチな言葉じゃ言い表せないほどの防御力が視覚を通じてバシバシ伝わってくるのが分かる

「まさかあの流れで魔女アルクトゥルス様に謁見することになるとは」

と言いながらエリス達の隣をついて来るのはラグナさん達一行だ、一応 道案内とかも兼ねてエリス達についてきてくれるらしい、…とは言うがラグナの顔つきはとても『ただ道案内も兼ねた同行』のようには思えない、まるで…そう 戦況の行く末を伺う指揮官のような、そんな険しい顔だ

あのやかましいテオドーラさんやサイラスさんでさえ、静かに口を閉じ ジッとラグナの隣を守るように歩いている

…しかし、気になる

いやラグナ達の真意は気になるが、彼らがエリス達に何か隠し事をしているのは今に始まったことではないから今は置いておくとして

気になるのは…

「すぐ近くにアルクトゥルス様がいるんですよね?師匠、その割にはなんかこう あんまり魔力とか気配とか感じませんけど」

エリスは、アジメクで初めてスピカ様に謁見した時のことを覚えている

スピカ様の魔力と気配はあまりに濃厚で、目の前に立つことさえ出来ない程強力なものだった…それこそ白亜の城に入る前から『ああ、ここには魔女がいるんだ』と言うのがありありと伝わって来るほどにのに、今はそれを感じない

あの防壁の向こう側にいるはずなのに…

「あれはスピカが態と魔力を垂れ流しにして周囲を威嚇していたからさ、現に私達と打ち解けてからはそんな威圧をスピカから感じなかったろう?」

言われてみれば、スピカ様との謁見が終わった後はスピカ様からそんな重厚な威圧は感じなかった、故にエリスもスピカ様と普通に話すことが出来ていない…あれはエリスがスピカ様の気配に慣れたからだと思っていたが、そうか あの重圧は態と出していたんだ

「アルクトゥルスは、普段からそんな態とらしく魔力や気配を垂れ流しにして自分の場所を教えるような女ではない、だか 相対した時の重圧はスピカの比ではない、気をつけろよエリス」

よく見れば、師匠の頬を 一筋の冷や汗が伝うのが見える

そうか、師匠も緊張しているんだ…、師匠はこれからアルクトゥルス様に会い デルセクトとの大戦をやめるようアルクトゥルス様を説得しなきゃいけない、 

これはスピカ様と謁見した時のようなお気楽なものではないのだ…エリス達がしくじれば 、カストリア大陸は未曾有の戦火に包まれることになるんだから、そら緊張の一つもするか

一応この件はラグナ達には伏せてある、これは飽くまでエリス達の問題だから…ラグナは隠し事はするが基本的には優しい、話せば 協力すると言い出すだろう、彼らをそんなことにまで巻き込めない…

ん?あれ?そういえばなんかラグナ達も小声で巻き込めないとかなんとか言ってた気が…

「見えてきましたな、あれこそがエラトスとアルクカースを繋ぐ関所にして国境砦、エラトス国内に存在する最強最大の防御力を持つ要塞、その名も『国境大要塞ガレオン』ッ!」
 
「サイラスうるさい」

サイラスさんがいきなり声高に叫ぶもんだから耳がキーンとする、この人はこういう風に芝居掛かってじゃないと喋れないのか

しかし、彼の言う通り見えてきた 防壁のど真ん中に開いた門とそれを挟む砦が…、そうだな 砦はアジメクにもあったな

要塞ネリネ城…あれを最初に見たときエリスは立派な砦だと息をまいたが、多分このガレオン大要塞を先に見ていたら、アジメクのネリネ城はなんて貧相な要塞なのだと落胆の息を零していたかもしれない

それほど強固なのが見て取れる、…あの刺々しいデザインは一見ただ攻撃的なデザインなようにも思えるが、あれはあえて平坦な壁を無くすことにより突撃してきた敵軍の面攻撃を分断し 、かつ棘のように突き出た城壁から狙撃し敵の横腹を狙えると言う合理極まるデザインなのだ

オマケに遠目から見ると要塞上方に毛のように見えるほどザラりと敷かれたアレはその全てが大砲だ、もしアレが全てこちらを向けば…それだけでどんな軍勢も尻尾を巻いて逃げるだろう

こう素人のエリスがパッと見ただけで『落とし難い』と思うほどに堅牢な砦なのだ、きっと 思いもよらない仕掛けや仕組みがわんさかアレには詰め込まれているに違いない

…戦争のための要塞 、そんな看板を掲げた要塞の足元 開かれた門の向こうには、とある一団が道を塞いでいるのが見える

門を守る衛兵か? とも思ったが、多分違う…何が違う?装備か?武器か?、もっとわかりやすいものだ

風格 雰囲気 気配、身に纏う濃厚な殺気は衛兵の纏う物ではない あそこにいる一団一人一人がありえないくらいの使い手 、そして戦士達なんだと言うことが分かる

「何か、門を塞いでいるな…」

「アレは第零戦士隊…争乱の魔女直轄のアルクカース最強の戦士団、争乱の討滅戦士団です…恐らく向こう側にいる争乱の魔女様を護衛しているのでしょう」

レグルス師匠が疑問げに呟くと ラグナが答えてくれる、いや やけに詳しいな…それともその討滅戦士団とやらが有名なのか

「でも魔女の護衛って割には数が少ないですね、十人ちょっとしか居ないじゃないですか」

そう、遠目で見ても分かるくらい 数が少ない…アルクトゥルスは少数の精鋭を連れて行脚していると聞いていたが、アレでは少数すぎるだろう

「アレで十分なのさ、少なくともあそこにいる十人だけで このエラトスにいる、人間も魔獣もすべて殺し尽くせる…彼らはアルクカース最強の戦士団であると同時に、このカストリア大陸最強の部隊でもあるんだ、まぁ彼らはその一部だから国内に入ればもう少し数はいるけどね」

ひょえ、あそこの人たちあんなに強いのか…と戦慄していると、師匠がコソコソと耳元で何か呟いてくれる、何々?『あいつら一人でデイビッド五人分』?、あの魔術導国最強の騎士団の現団長のデイビッドさんが五人分…、えっ!?いやちょっと待ってそれってあそこにいる人たち 少なくとも一人一人が友愛騎士団の団長の5倍は強いってこと!?

分かりやすく例えられるとそれはそれで戦慄する…

すると

「…む?、何者ですか 止まりなさい」

その恐怖の一団の中から一人がこちらを見る、綺麗に磨かれた銀色の鎧と輝くメガネをクイッとあげながらこちらを睨みつけ こちらに詰め寄ってくる、デイビッドさん五人分の眼光…と言うとあんまり威厳はないが、少なくとも彼のひと睨みでエリスの体が芯からブルリと震える

分かる、この人強い…少なくともエリスが今まで戦った人たちの中で一番、この人にかかればレオナヒルドなど十秒もかからず斬り伏せることができるだろう

「悪い、リオン…俺だ」

「ん?、おやラグナ様?ああそう言えばエラトスに向かうと仰られていましたね」

すると、そんなメガネの戦士…リオン?と呼ばれた男はラグナを一瞥すると、軽く会釈し その警戒心がフッと消える、え?ラグナ知り合い…というかラグナ『様』?

「ああ、そこで彼女達を拾ってな…アルクトゥルス様にお会いしたいそうなんだが、出来そうかな」

「ふむ、ダメですね」

一蹴された 一瞬ラグナが取り持ってくれるかと思ったが、この銀色の戦士リオンはそれはそれ これはこれと言わんばかりにラグナの言葉を切り捨てる

「そこを頼む、アルクトゥルスに会って話をしたい」

続きでズズイと師匠が前に出る…その体からは威圧が吹き出ており、あからさまに相手を威圧しにかかっている、この眼光を受ければ屈強な盗賊でさえおしっこ漏らして謝るのをエリスは見たことがある

「ダメです、アルクトゥルス様はお忙しいのです、お会いしたければ正式な手続きを取り事前のアポイントを取ってから、こちらの連絡をお待ちください」

ごもっとも!と声が出そうになった、そりゃそうだ アルクトゥルス様はこの国一番のお偉いさんだ、そんな会いたいと言って会えるなら こんな護衛連れてないよな

どうしよう、師匠も口を閉ざして固まってしまった、ここにきて最大の難関 正論という分厚い壁がエリス達を阻む、

どうしよう、ここは一旦引いて 彼の言う通り正式な手続きをするか?でも、それだとどれだけ待たされるか分からない、最悪デルセクトとの戦争が始まってから謁見することになるかもしれない、しかしそれでは遅い 遅過ぎる

すると今度は、リオンさんの後ろから壁が迫ってくる…いや壁じゃない木だ、ち ちがっ木じゃない雲!?いやなんだエリス達の立っているところに影がかかって…!?

「おいおい、ラグナじゃねぇか、こんなところまで散歩とは元気で結構結構、ん?おお!テオドーラ!お前も居たか!」

「ゲェッ、おじいちゃん…」

木や雲と見間違える程 どデカイ男がやってきたのだ、白い髭を生やした天を衝くような大男、リオンさんとは違い使い古しいた鎧を身に纏い ドシンドシンと地面を揺らして歩いてきたんだ

「これは、デニーロさん お久しぶりです」

デニーロと呼ばれた文字通りの巨漢はふはははと笑いながらその大きな手でテオドーラさんの頭をポンポンと撫でている、つもりなのだろう本人は けどその巨大な手にかかれば愛のこもったナデナデも立派な攻撃、さっきからテオドーラさんが鈍器に殴られたようにフラフラとグロッキーになっている

ってか、なんだ ラグナやテオドーラさんはこの討滅戦士団の人達と知り合いなのか…?、何者なんだラグナは

「んお、で?何の用だいラグナ…オメェさんが態々ワシらに関わってくる時は決まって面倒ごとを抱えてやってくるからな、言ってみろ」

「はい、今日はアルクトゥルス様にご挨拶をと思いまして…ここにいる、魔女レグルス様達と共に」

「魔女レグルスぅ?…くかかか ほらきた、面倒ごと」

カタカタとデニーロは笑う、エリス達を面倒事とは… ていうかさっきから勝手に話を進めないでほしいと口を出そうとした瞬間


「デニーロ…リオン、テメェら何遊んでんだ」


リオンさんに睨まれた時 体が芯から震えた、デニーロさんの威圧を見た時エリスは圧倒された、ならその声を聞いた時エリスは何を見たか

…周囲がゆっくりと、空気が流れる…ただ ただ声をかけられただけだというのにエリスは、極度の命の危機を感じ、意志に反して 勝手に極限集中状態が発動してしまったのだ

その声を聞いただけで、エリスは目の前に刃物を向けられた時以上の恐怖を感じる、そう恐怖だ、純然なまでの恐怖 底冷えする恐怖、まさに畏怖の象徴とさえ言える声 そして声の主が、討滅戦士団を割ってこちらに歩いてくる…それは屈強な戦士達より頭一つ飛び抜けた高背の女性で

赤い…いや血のように紅い髪と肉食の猛禽の如き燻んだ黄金の目、ギラリと並び口から覗き見える鋭い牙も相俟って人というより獣という形容の方がしっくりくるかもしれない

肩口から羽織った黒と金を基調とした軍服をたなびかせていることから彼女が一廉の軍人であることが伺えるが、何より目を引くのは服の隙間から見えるそして彼女の服を押しのけるように膨張する 筋肉

人とは鍛えればあそこまで筋肉がつくものなのか、筋肉とは鍛えればあそこまで硬く凶暴になるものなのか 、小麦色の凶器のような肉体を持つ其奴が…こちらを睨み こちらへやってくる

…あまりの重圧に混乱してしまった、何故魔獣が街に出たというのに皆平気な顔をしているのだと思ってしまうほど、鮮烈な戦意が闘気が伝わってくる

「アルクトゥルス…」

師匠がポツリと呟く、そこでようやくその魔獣の名が 怪物の名が、エリス達が探していた争乱の魔女アルクトゥルスである事が分かる

これが、この人が…魔女アルクトゥルス、師匠曰く最も攻撃的な魔女と言われる…

「………………」

しかし、アルクトゥルスの方は黙って何も言わぬ 戦士団を押しのけ、こちらにやって来たものの、師匠を目に入れ黙りこくって睨みこくっている

…なんか、想像していた状況と違う、スピカ様はレグルス師匠と話す時 とても楽しそうにそして友好的に話しかけて来た、魔女達は皆深い絆で結ばれているとも言っていたから、てっきり師匠と出会うなり昔話に花を咲かせると思っていたが

実際の状況は違う、お互い言葉もなく睨め付け合う…剣呑 そんな言葉が二人の間を過ぎる

「レグルス、テメェ 今更何しに来やがった」

ようやくアルクトゥルスが口を開いたかと思えば、それは想像以上に辛辣な言葉だった

「今更テメェが出て来たとしても、もうこの世界に出来ることなんざ何もねぇだろうが…それとも今更欲が出て来たか?オレ様相手に国盗りでもするか?ああ?」

「私がそんな欲を出す女のに見えるか?」

「いいや 少なくともオレ様の知る昔のテメェはつまんねぇ欲なんざ持つ女じゃなかった、だが人は変わる…例えば、抜き身の刃みたいだったお前が こんな腑抜けになっちまうようにな」

「…ッ」

辛い そんな感情が師匠から伝わってくる、多分師匠が何千年も惑いの森に隠れていたのは、かつての友からこんな辛辣な言葉を聞くのが嫌だったからだろう、『今更何をしに来た』そう言われれば返す言葉もないんだ

だが、今はそうも言ってられない…エリス達にはすべき事がある

「…アルクトゥルス、聞いたぞ…お前 デルセクト…フォーマルハウトに戦争を仕掛けようとしていると、真実か?」

「ああ、そうだがそれがどうした?」

あっけらかんと、弁明も言い訳も説明もなく、たたそうだと肯定するアルクトゥルス、まるで戦争する事が当たり前みたいな口ぶりだ、その態度に…些かの怒りを覚える

「やめろ、何故今のこの秩序を壊そうとする…この秩序は、我々が血を流し作った秩序だろう!それを何故お前自身の手で崩そうと…あがッ!?」

刹那、アルクトゥルスの手がブレ レグルス師匠の首を捉え、その首を万力のように締め上げながら 軽々と持ち上げてしまう

あのレグルス師匠が、アルクトゥルスの手を振り払えず 苦悶の表情を浮かべている…ッ、師匠!と助けに入ろうとするも即座にレグルス師匠がそれを手で制する、やめろ 絶対に手を出すなと

「その秩序が、邪魔だってんだよ…オレ様は戦いてぇんだ 暇つぶしみたいな戦いじゃねぇ!世界を燃やし尽くすような大争乱が欲しいんだよオレ様は!、…そもそもオレ様が作った秩序だ…それをオレ様の好きに壊したって誰も文句も言えねぇ、いや!言わせねぇ!」

「ッ…ぐっ、何を…バカなことを…、やめろ…仲間だぞ フォーマルハウトは…ッ!、仲間に戦争を仕掛けて、八千年前の…ッ あの、戦いを…否定…するなっ!」

首を締め上げられて尚、懸命にアルクトゥルスを説得しようと声を上げるレグルス師匠を見て、…アルクトゥルスの目はみるみるうちに冷え切っていき

「本当に腑抜けちまったな…お前は、ガッカリだぜレグルス」

「お前は…随分狂ったな…ッ!」

「ああ、言ったろ 変わるんだよ…人は」

ふと、アルクトゥルスの手から力が抜け レグルス師匠の体が解放され…た瞬間、無防備にもガラ空きとなったレグルス師匠の胴体に、アルクトゥルスの丸太のような足が振るわれ 、音を追い抜くほどの速度で蹴り抜かれたその一撃が 容易くレグルスの体を吹き飛ばし

「ッッ!?ぐぁっ!?」

まるで、砲弾のように吹き飛ばれされるレグルス師匠、すぐ近くの建物に突っ込んだかと思えば、あまりの衝撃に一撃で建物が弾け飛ぶ倒壊する…速い 一連の動きが速すぎて、エリスにレグルス師匠が背後で苦悶の声を上げ建物が崩れる音でようやく事態を把握できた程だ

「戦争をやめてくださいだぁ?、ホザけよ腑抜け…止めてみろ、今のテメェにゃ無理だろうがな」

「師匠!」

慌ててレグルス師匠に駆け寄る、…崩れた瓦礫の下敷きにはなっているが 無事だ、というか下敷きになったダメージよりもアルクトゥルスの一撃を受けた方がダメージが大きそうだ、多分 あの蹴りをそこの防壁に打ち込んでいたら、大穴が空いていた違いない…それほどの破壊力を秘めた一撃を受けては、さしもの師匠も無事ではいられない

「大丈夫ですか!師匠 すぐに助けて…」

「問題…ない…」


「ククク…にしても、ラグナぁ?これはどういう偶然だ?戦争をやめてくださいだとよ、テメェの言った戯言と同じだな」

「戯言じゃありません、…デルセクトとの戦争なんて、アルクカースになんの益もありません、絶対…戦争なんか起こさせません」

「そうかいそうかい、好きにしな…まぁ それもこれも王位継承戦で勝てなきゃ、どんな大言も戯言と切って捨てられるだろうがな、この国じゃ強さと勝利だけが全てだ」

「分かっています、だから俺は勝ちますよ…絶対に」

「無理とは言わねぇ、この世に万策尽くして勝てない戦いなんてのは存在しない、まっ!やってみな」

とだけいうとアルクトゥルスはレグルス師匠に一瞥も返さず、関所の門の奥へと消えていく、戦士団の面々を引き連れて…アルクカースへと


「くそっ…アイツ、まさかあそこまでおかしくなっているとは」

瓦礫を押しのけ立ち上がるレグルス師匠、しかしダメージは大きいようで口元から一筋ー血が滴っている、師匠が傷を負うなんて初めて見た…

それに、交渉は説得は…決裂した、何がダメどうすればよかったとかそんな反省をするレベルじゃなかった、そもそも聞く耳を持たず説得の席に座る気さえ相手にはなかった

心のどこかで、甘く見ていた…なんのかんの言って相手は同じ魔女 師匠が話し合えば分かり合えるし通じ合える、何よりレグルス師匠に任せればなんとでもなると…違うんだ、師匠はこの可能性を最初から危惧していたから、ずっと 不安げだったのだ…エリスが体調を崩してしまうくらい行軍を急いだのも不安の表れだろう

「……戦えればそれでいいのか、アルクトゥルス…お前はそんなことを言うやつじゃなかったじゃないか、お前の今の目は…まるであの時の師匠の…くそっ!」

歯噛みする、悔しさから座り込み歯を食いしばる…アルクトゥルスが変わっていたという事実もあるが、それ以上にきっと 師匠は己の無力さを嘆いているんだ、あの時のエリスと同じで

ただ違うのは、師匠はただ嘆くだけではないと言うこと 一縷の道があるのなら、即座にそこへ飛び込んで行けること…

「ッ…諦められるかこんなことで、何が何でも戦争は起こさせん!、その為には…」

師匠の鋭い眼光は、門の前で佇むラグナ達に向けられる…いやラグナ達もまたこちらを険しい顔で見つめている、多分 二人とも考えていることは同じだろう

「すまないなラグナ、君たちが隠したいことがあるのなら その気持ちは尊重するつもりだったが、ご覧の通りそうも言ってられなくなった、話を聞かせてはもらえないか」

「ええ、俺たちも同じことを言おうとしていました…レグルスさん達もまさか例の戦争を止めにきていたとは、本当に恐ろしい偶然だ…、分かりました 宿に戻りましょう、そこで改めて全てお話しします」

………………………………………………

そうして、一同は再び宿へと戻る、師匠の口から垂れていた血もいつのまにか止まっていた、曰く止血をしただけらしい…ダメージの回復はもう少しかかるとの事、あんな凄まじい一撃を受けても 自力で治せるとは、流石師匠だ

それよりも、今エリス達は宿の一室に集まって向かい合っている、一応エリスは病人なのでベッドの上だが、とてもくつろげる空気ではないので正座をする

「さて、…んー 何から話したものか」

目の前にはラグナ、そしてその隣を固めるようにサイラスさんとテオドーラさん、二人とも何か言いたそうだが ラグナが話すなら全て任せる と言った風だ

「…うん、まず改めて自己紹介しよう、俺はラグナ…ラグナ・グナイゼナウ・アルクカース、まぁなんとなく勘付いていたかもしれないけれど、軍事大国アルクカースの王子に当たる者だ」

「お 王子様だったんですね」

拳を片方の手で抱く独特の挨拶をしながらラグナは、己の本来の名を名乗る、…王子 つまりアルクカースという大国を統べる次期国王候補という事だ、とてつもなく偉い人…なのだがびっくり感は少ない、理由は二つ なんとなくそんな気がしていた事 そしてデティという前例がある事、というかデティは次期とか候補ではなく既に立派に魔術導皇として国を治めている、そんな知り合いがいると、不思議と驚きは少なくなる

「まぁ、上に兄様と姉様が三人いる四人兄妹の末弟で、王位継承権も四位なので偉いかどうかと聞かれれば微妙なところですがね、魔術導皇に比べたらみそっかすみたいなもんでしょう」

「いや王族であるなら十分偉いと思うがな」

たははと自傷気味に笑うラグナだが、偉いことに変わりはない だって王族だ、王子様だ…うんそう考えると宿屋の店主が頑なに他の客を入れたがらなかった理由が分かる気がする、何せエラトスの頭を上から押さえるアルクカースの王子様が宿泊しているんだ

もし、ラグナが傍若無人な性格だったとして この宿屋に対して怒りを覚えれば、この宿屋は瞬く間に潰される もしかしたら勢い余ってこの街かあるいはこの国さえもぶっ潰されるかもしれないんだ、そりゃあ過敏にもなるか

まぁ、実際はそんなことはなかったのだが

「そしてウチはご存知の通りテオドーラ・ドレッドノート…あのアルクトゥルス様の側にいた大男、魔女の右腕デニーロ・ドレッドノートの孫娘でござーい、序でに第一戦士隊の隊長ジョージ・ドレッドノートの娘でもあるッス、言っちゃえば親の七光り…いやおじいちゃんのも合わせれば十四光りくらいかな?お母さんも合わせたら二十一光り?」

「輝き過ぎだ、むふふん そして我輩は魔女の左腕 ギデオン・アキリーズが孫、サイラス・アキリーズである!、百戦無敗の大軍師と呼ばれた祖父を超え史上最強の軍師となる者である」

続いてテオドーラさんとサイラスさんも自己紹介をする、身分と共に…

師匠が後から細くしてくれたが、デニーロはこの国最強の戦士であり 討滅戦士団の戦士団長らしい、あの戦士団で最強とは 一体どれほどの実力なのかと思ったが、テオドーラ曰く最近はメチャクチャ衰えてるらしい、それでも最強の座を保っているのだから恐ろしいという話なのだが

そしてギデオン・アルクカース…軍の指揮を取れば負けなし、彼が策を講じれば 敵は瞬く間に敗走する まさしく無敗の軍師、デニーロと合わせて魔女の両腕と言われる人物達、その孫達ともなれば、やはり 有象無象とは格する存在であることに変わりはない

「アルクカースの王子と魔女の両腕の孫達、随分豪華なメンバーだな」

「いえ、…しかしすみません、正体を隠していたのはレグルス様と同じで、無用な問題を隠すためと、少々の警戒も込めてのものでした、改めて お詫びを」

とはいうが、隠して当然だ エリス達は見ず知らずの他人、それにいきなり王族であることを明かせばどんなリスクを背負うことになるか分からない、宿屋の店主もこの宿には王族が泊まっていると正直に言わなかったのは恐らくラグナ達に口止めされていたからだろう

「別に正体を隠すことに関して、私達がとやかく言えることではない…私が聞きたいのは、何故そんなメンバーが隣国とはいえ他国で魔獣退治などやっているかだ」

「ああ、それはですね…ちょっとした打算故のものでして…まず説明すると、俺たちは 一年後に王位継承戦を控える身でして、そちらの説明の方から先にさせて頂きますね」

王位継承戦…確かアルクトゥルスも口にしていた、確かこれに勝たなきゃ意味がない的な事を、字面からなんとなくどういうものかは理解できるが…

「王位継承戦…読んで字の如く次期国王を決める戦いのことです、アルクカースでは王子王女達が次期国王の座をかけて戦争するんです」

物騒!、いや そう言えばパトリックさんも言っていた…アルクカースではその手の立場を決める際、殴り合いでことを決めるのだと、…ならば次期国王を決めるとき戦争をしても何もおかしくはない…いやおかしいだろう

「国王候補である俺たちがこの目で見定めこの手で仲間に引き入れ、最大千人の軍勢を率い他の国王候補を打ち倒す、というのがアルクカースの伝統的な王位継承戦なのです、こうして代々アルクカースはその時代最も強い王族を国王へと据えてきましたが…今回の継承戦には、魔女アルクトゥルスの言葉によってもう一つの意味合いを持つようになりました」

「魔女アルクトゥルス様の手によって?、なんでしょうか…」

「それは王位継承戦が終了した直後に行われる対デルセクト国家同盟群侵略戦に於ける、全権利の委任…つまり デルセクトとの戦争を指揮する権利です」

デルセクト…!エリス達が阻止しようとしている戦争だ、なるほど 継承戦が済めばその時点で次期国王が確定する、それはつまり王族の中で最も戦争が強い者が決定する瞬間でもある、其奴に指揮をとらせるというのなら 合理的な話でもあると理解できる

「兄様や姉様はデルセクトとの戦いに乗り気です…継承戦を勝ち、自分こそがアルクカースの国王となり、魔女大国を初めて打ち倒した歴史的な大王になるのだと…、ですが俺その戦争には反対なんです」

そう語るラグナの手に力が篭る、少し 意外だった…戦闘民族であるアルクカース人はみんな戦争には乗り気だと思っていた、アルクカース人たるラグナも例外ではないと思っていたが、反対なのか

「別に平和的にとかそういうつもりはありません、戦略的観点から見ても侵略戦は無駄でしかない、多大な犠牲を払って得られるものは手に余る膨大な土地と一時的な闘争だけ、もし我らがデルセクトに牙を向けば即座に他の魔女大国達は同盟を組み、アルクカースを圧殺しようとするでしょう…そうなればデルセクトとの勝敗変わらずどの道アルクカースは滅びます」

「そうだ、衝動に任せ戦っても意味がないんだ…結果的に秩序が崩壊し、この国どころか世界そのものが滅びる可能性だってある」

「はい、俺は…王族としこの国を守る義務があります、だから 一年後に迫った王位継承戦に勝つ必要があるんです、全権利が委任されるということは 中止する権利もまた手に入るはずですから」

「…そんな、上手くいきますかね…」

ポツリ…と思わず呟いてしまう、だってその戦争は魔女アルクトゥルス様がやりたいから取り決めた物、それをいくら継承戦に勝ち全権利を任されたとしても…取りやめることなど出来るのか?、魔女アルクトゥルスが嫌だやっぱなしと言えばそれまでなのではないか?

「いや、大丈夫だよエリス…多分アルクトゥルスはその辺の筋は通す、全権を任せるとアルクトゥルス自身が口にしたなら、奴はそれを守る筈だ」

「はい、アルクトゥルス様は戦いに勝った者が全てを決めるべきであるという理念の元動いています、継承戦という戦いを勝ち抜いた以上 、その勝者の決定にはアルクトゥルス様自身も従う筈です」

「なるほど、本当に戦いこそが絶対なのですね」

戦いこそが全て 勝利こそ最も尊重される、それは魔女でさえ覆らない…ぶっ飛んだ国だアルクカースというのは、しかし 戦いに勝ってさえ仕舞えば戦争を止められるのか

逆に言えば、継承戦に勝てなければ、どんな手を尽くしても止められないとも言える…もしあの場で師匠がアルクトゥルス様の説得に成功していたとしても、もしかしたら意味がなかったかもしれないのだ

「だから、俺は継承戦に勝つ必要がある…でも勝つには戦力がいります、継承戦は最大千人を兵力として行う戦争、一人でも多くの兵士が 少しでも強い兵士がいるんです…、なので こうやって他国まで足を運んで実力者を探しにきていたんですよ」

「そうそう、イフリーテスタイガーの討伐に名乗りを上げたのも其奴がAランクの魔獣だからだよ、Aランクの討伐となれば協会から実力ある冒険者が少なくとも百人は集まるからぁ、これ幸いと駆けつけたんスけど…」

なるほど、話が見えてきたぞ ラグナ達は継承戦に勝つ為その戦力確保を目的としてここエラトスにやってきた、イフリーテスタイガーはAランクの魔獣だ、冒険者協会からは百人単位での討伐が推奨される大魔獣、そこで集まった連中を丸々仲間に引き入れれば戦力の大幅な増強が狙える…が

冒険者は思うほど集まっておらず、エリス達が先んじて倒してしまったのでそれ以上集まることなく ラグナ達の目論見は露と消えた、その上テオドーラが馬車を破壊してしまい二進も三進もいかなくなっていた、ということか

「その…すみませんでした、エリス達がイフリーテスタイガーを討伐した結果こんなことになるなんて」

「いやいや、エリスは悪くない …多分上手く事が進んで冒険者達を集められたとしても勧誘自体うまくいっていなかったろうからね、いくら魔獣と戦い慣れてる冒険者達でも いきなり千人近いアルクカースの戦士と戦え、と言われて喜んで首を縦に振るような奴 あんまりいないだろうし」

「…待てラグナ、まだ私の質問には答えていないぞ、何故 お前が隣国なんかにいるのだ…という質問にな」

…?何を言ってるんですか師匠、さっき答えたじゃないですか、ラグナはエラトスに戦力を集めに…

「ラグナ、お前は王族なんだろう?ならアルクカースの中央で軍なり傭兵なりに口を聞いて仲間になって貰えばいいじゃないか、態々他国で雇われの冒険者なんぞ仲間に加えるよりよほど確実だし、余程強い筈だ」

「…そうですね」

言われてみればそのとおりだ、アルクカースの戦士はそんじょそこらの戦士とは格が違うと言う、いくら魔獣を退治しに現れた冒険者とはいえ、世界一の戦闘民族アルクカースの前では雑兵以下だ、なら王子であるラグナの力を使えば 戦力なんか他国に渡らずとも手に入るんじゃ…

「実は、中央の戦力はもう殆ど兄様に抑えられているんです、アルクカースには第一戦士隊から第百戦士隊まで存在し アルクトゥルス様直属の第零部隊の討滅戦士団を除けば百個の部隊が存在するんです、数字が小さければ小さいほど戦士の強さは上がっていくのですが…九十から上は全て兄様達に味方しているんです」

「それは…絶望的だな」

「ええ、兄様達の手元には第一戦士隊や第二戦士隊と言った強力な戦士達が集い、他の戦士達は戦争には参加しませんが一応兄様達側という事で継承戦への不参加を表明しています」

そうか、強い奴は自分の仲間に …それ以外は仲間にせずとも継承戦へ参加しないよう口利きすれば他の候補は戦力を得られなくなるのか、…兵力集め この時点で継承戦は既に始まっているんだ

そして、恐らくだがラグナは中央での兵力集めで兄に敗れたのだ、仕方ない…ラグナはしっかりしているがエリスと同じでまだ子供、子供とは可愛がられはするも侮られもする、侮られれば仲間になってはくれない…兄がどれほどの年齢かは分からないが、信頼度という一点ではラグナは兄に遠く及ばないのだろう

「戦士隊以外にも部隊は存在します、争乱槍撃隊 争乱弓穿隊 争乱打壊隊…あれやこれやとアルクカースには数えればきりがないくらい山程部隊が存在しますが、有力な物は全て兄様に抑えられ…有力な戦士団を持つ周辺諸侯も兄様や姉様の味方、傭兵団もハナから負けると分かってる戦いで恥を晒せば仕事が減ると味方してくれず…」

試したのだ…ラグナ、兄の包囲網に穴がないか 国内を隈なく探し、目を血眼にして戦力を探した、味方を探した

だが兄の包囲は完璧だった、国内に穴など存在しなかった…恐らく有力な戦力には予め声をかけていたのだ、継承戦になったらよろしくねと 多分兄はこの事を見越して、ラグナが生まれるよりも前から着々と勝つ為にそして王になる為に準備をしていた

味方を多く作った方が勝つ 貴族を味方にした奴が勝つ、多く支持された方が勝つ…そういう点はアルクカースも変わらない、ラグナは既にスタートダッシュの時点で敗北していたのだ

「なるほどな、それで国外に…」

「はい、エラトスなら兄の手も及んでいないかと思いまして、けど 今になって思いましたが、エラトスには兄の手が及んでいないのではなく 手を出す必要がなかったんでしょうね、兄の手元にある第一戦士部隊は討滅戦士団を除けば最有力の戦士隊、それに勝てる戦力など国外には存在しない…」

したとしてもそんなすぐには連れてこれないか、既に兄の方が先に接触しているかのどちらか

つまりどん詰まりだ、ラグナは何が何でも勝たねばならない戦いの場に立つことさえなく負けようとしている、それはきっと 悔しかろう…無念だろう

エリスもその気持ちはすごくわかる、努力して努力して、出来ることをし尽くしても勝ちたい相手に勝てないと悟った悔しさは並大抵のものではない、レオナヒルドとの戦いの最中感じたあの悔しさ…多分ラグナはそれ以上のものを感じている筈だ

「……そこで、二人にお願いしたいことがあります」

そういうとラグナは徐に椅子から立ち上がり、エリスと師匠をゆっくり見た後、頭を下げた

いや下げただけではない、膝をつき 額を地面に強く擦り付け 、懇願の姿勢を取る

「ちょっ!?ラグナ!?」

「若…ッ!!」

「お願いします、俺の味方になってください…俺と一緒に継承戦を戦ってください!、俺は何が何でも戦争を止めたいんです!、アルクカースという国を救いたいんです!、見返りは…今は返せるかどうかも分かりません、戦いになるので危険極まりないです ですが、それでもどうか!、イフリーテスタイガーを下すお二人の力を見込んでお願いします!俺の味方に…なってください!」

叫ぶ…魂から絶叫するように懇願する、王族の五体投地…フリゲイトで見たイスキュスのそれよりも遥かに、強く気高く エリス達に頭を下げる

見返りは分からない アルクカース戦士と戦うことになる、もしかしたらあの討滅戦士団のように強い人たちが大挙してエリス達の前に立ちはだかり、エリス達は無事では済まないかもしれない …それを隠さず、明らかにしながらそれでも頼む、もう頼れる人間は他にはいないと

それを見てエリスは、…心動かされてしまった、なんでだろうか 哀れだから助けてあげたい可哀想だから手を貸してあげたい、そんな憐憫の感情とは違う別の気持ちが胸に去来し…チラリと師匠の方を見る、すると師匠もちょうどエリスの方を見ており目が合う

「師匠…」

「エリス、君はどうしたい?」

そう、聞いてくる…お前が考えろと師匠が言うのだ、だからエリスは考える

…普通に考えるなら、手を貸す以外の選択肢はない、ラグナの目的とエリスの達の目的は一致している、ラグナが勝てばデルセクトとの戦争は阻止できる、万々歳だ

だが、それ以上に 理屈と理論を超えて今エリスはラグナを助けたいと思っている

何故か?…、ラグナは今プライドも何もかなぐり捨ててエリス達に頼み込んでいる、彼の本心は最初語った通り『巻き込みたくない』その一つに尽きるだろう、だがそれを捻じ曲げてでも彼をここまでさせるのは…

手を尽くし努力し尽くしたという前提があるから、エリスはその努力と覚悟を尊重したい、覚悟と決断には、こちらも誠意と結果を以ってして答えねばならない

「師匠、エリスはラグナと一緒に継承戦を戦いたいです、彼の覚悟に答えたいです」

「…そうだな、我々の目的と一致しているから という冷たいものではなく、ラグナの覚悟と優しさに我らは答えるべきだ」

「ッ、ならっ…!」

エリス達の言葉を受け頭をあげるラグナの元へ、ベッドを降りて駆け寄る…エリス達は手を貸すのではない

「はい、…味方になります 貴方の、エリス達がラグナを勝たせてみせます」

手を貸すのではない、手を組むのだ…エリス達は対等なのだとエリス自身も膝をつきラグナの手を取り静かに頷く、安心しろと言外に言うように…エリスの中の不安を押し殺しながら、ラグナを安心させるように

「ッ…ありがとう、ありがとうエリス」

「いえ、孤独の魔女レグルスが弟子エリス…今より貴方の軍の一部となることをここに宣言します」

エリスの手を握りなおしありがとうありがとうと礼を言うラグナと見つめ合う、ラグナはエリスを打算なく助けてくれた ならエリスも彼に打算なく味方する、当たり前の話だ

「…ッシャーッ!初めて仲間ができましたね!若!」

「うんうん、最初国外に出ると聞いた時はどうなるかと思いましたが、初めて我が軍が増えましたなぁ いや幸先がいい、…いや幸先というにはあまりに遅いですが…」

「…え?初めてって、もしかして今まで本当に仲間が一人もいなかったんですか?」

「あ…ああ、情けないことに、俺の勧誘は全て断られてしまっていて、今現状の俺の戦力は これと…これだけだった」

「これでーす!」

「これです」

そう言いながら人差し指を立て、テオドーラさんとサイラスさんを交互に指差す…最大千人の戦争に対し、ラグナの戦力はこの二人だけ とんでもない話だな

「二人は俺の幼い頃からの御付きの部下だから、実質継承戦のために仲間になった人間は皆無だ」

「でもそこにエリス君とレグルス様が加わってくれれば戦力は四人、つまり二倍だ!うん!」

「いや、盛り上がっているところ悪いが…私はお前に味方はするが手は貸してやれないかもしれん」

「え?…師匠何を言ってるんですか?」

悪いな と眉を八の字にし申し訳なさそうにしながら断りを入れる師匠に思わず呟いてしまう、え?師匠戦ってくれないの?な 何を言ってるんですか師匠

「えぇ、レグルス様…戦ってくれないんですか」

「それはやはり、俺が頼りないからですか…?」

「ああいや、何もお前達が嫌だから手伝わないというわけではない、ただ 私が継承戦に参加すれば、多分アルクトゥルスは嬉々として私に襲いかかってくる、私とアルクトゥルスが激突すればもう継承戦どころの話ではなくなってしまうだろう…そうなればデルセクトの戦争の一件がどう転ぶかわからん」

それ以外の面でなら、いくらでも協力するとも続ける

たしかに、アルクトゥルスさんのあの挑発的な態度、多分レグルス師匠と戦いたいのだろう、それにしたってもアルクトゥルスはさんは戦いに飢えているようだったし…
そんな状態で目の前で他の魔女が戦えば、闘争本能のまま襲いかかるだろう…魔女と魔女の激突は災害にも勝る、きっと継承戦はめちゃくちゃになってしまうだろう、そうなれば全て水の泡だ

サイラスさんやテオドーラさんはやや残念そうにするも、ラグナは気丈に立ち上がると

「いや、それでも魔女様の協力が得られるのは心強いですし、何よりエリス!魔女の弟子である君が俺たちの味方をしてくれるのは有難い!」

「はい、エリスも全力を尽くします!」

気を取り直し、エリスも立ち上がりラグナの差し出された手を握る…、先程とは違う握手、これは エリスとラグナ 二人の共闘の誓いなのだ

「すまないな、エリス…君に戦わせることになった」

「いえ、エリスがラグナのために戦いたいから戦うのです」

師匠の言葉に笑顔で返す、何師匠は今回裏方に回るだけ…手伝ってはくれるのだ 、それだけでエリスは安心だ、…いやまぁ正直なところエリスだけでどこまでやれるかは分からないというのが本音ではあるが…

本当はこんなことを言ってはいけないのだろうけど、『戦い』という一点においてアジメクとアルクカースではレベルが段違いだと思う、アジメクの騎士とアルクカースの戦士の実力はそれこそ天と地ほど差があると言っていい

…エリスの実力はアジメクでは通用した、だが アルクカースではどうか分からない、ラグナの兄や姉が抱えているという実力者達がどれほどのものかも分からない、これから話がどう転ぶかも分からない

ただ一つ分かることがある

「ただ一つ、師匠にお願いしたいことがあります」

「ん?なんだい?エリス」

「次からの修行、今までの五倍…いえ十倍キツくお願いします、今のまま継承戦に臨むのは恐ろしいので」

分かるのは少なくとも 今の修行のペースでは一年後の継承戦で全く役に立つことができないだろうということ

師匠は今までエリスに無理のないよう、コツコツと積み上げる修行を主にしてきたが…これからはそれでは間に合わない、限界を超えていくような 激烈な修行がいる

「…分かった、…根を上げるなよ」

「エリスが一度でも弱音を吐いたことがありましたか?」

「ふふ、そうだな…なら私もお前の自信を叩き折るつもりで、とびきりキツイのを用意しておく」


「おお…おお、これは心強いですね 若」

「ああ、…エリス達だけに頑張らせるわけにはいかない、俺達もやるぞ 今まで以上のことを」


エリスの確かな決意 ラグナの静かな決意が今ここに芽吹く

目指すは一年後の王位継承戦、世界の行く末と秩序を守る為の決戦に備え、まずはその前哨戦…兵力戦力を揃えるため動き始めるのだ、

こうしてエリスのアルクカースでの新たな戦いが幕を開けるのであった
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