孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

38.孤独の魔女と争乱の国へ

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「フゥ…フゥッ!…ッ!」

「魔力流動が遅い、一つのことに集中しすぎて他が粗くなっては話にならんぞ」

「ッ…はい師匠!」
 
アルクトゥルス様と出会い、そしてラグナと共闘を誓い王位継承戦への参加を表明てから三日…、病から全快したエリスは師匠と共に修行をしていた
 
王位継承戦…その代最強の国王を決める為 国王候補達が最大千人の兵力を率いて争うアルクカース伝統の戦い、勝者には国王の座とデルセクト侵略戦の全権を任されるのだ

エリス達とラグナの目的であるデルセクトとの戦争の阻止の為にも、何が何でも勝たねばならない戦いだ、…そう勝たねばならない しかし今のエリスの実力では恐らく難しいだろう

エリスが今まで戦った敵とは比べものにならない程の猛者と今まで経験したことない回数戦うことになる、だからエリスもまたそれに備えて今までにないくらい強くなる必要がある
故に、修行の段階を師匠と相談して進めた、アルクカースに入ってからする予定だった一歩踏み込んだ修行…から更にもう一段階踏み込んだ修行だ

首元にはパトリックさんからもらった緑の宝石がはめ込まれた首飾り それがエリスの動きに反応して揺れる、あまりいい思い出のものではないが それでも一応反省の意味も込めて今はとりあえずつけている

「魔力を練り上げ、魔術の真価を引き出すには 魔術という物を魂で掴み扱う必要がある、今のように魔術に振り回されているようでは話にならん」
 
「はい!…」

継承戦に備えた 魔術修行、…内容は単純 『魔術の威力向上』だ、シンプル極まる

だが一足跳びに修行しているだけあり少しキツい、だが手応えもある というか…本来はこの段階を極めてこそ始めて古式魔術を履修したと言えるのだ

魔力を消費し魔術を使うだけでは古式魔術の威力は一割も引き出せない、全身に滾る魔力を流動させ 己の体を一つの事象に変え、世界を変革する それこそが古式魔術の真価、ただの攻撃ではなく 詠唱を用いて世界に影響を与える術だと師匠は言う

エリスは今、師匠の指導の元で古式魔術を真に扱えるよう魔力を慣らしているのだ

「いいかエリス 集中しろ、魔力を流動させろ 全身のだ…、内に大流を成し流れに同化しろ 炎を出すのではない お前が炎になるのだ、風を生むのではない 自分ごと風となるのだ、世界を感じ自然と自分の間にある境界線を限りなく薄くし、お前自身を世界の事象にするのだ」

「はい…ッ!」

「人が生む風と 世界の生む風、ここには絶対的な差がある…人の身では世界の風は御しきれない 人の身では大海を征く颶風を作りきれない、故に人の身から解脱し 人の形のまま世界と成り 己の中にもう一つ世界を作る…、世界と同化し世界へと昇華し放つ一撃こそ 真なる魔術 真なる事象」

師匠の指導を聞き、考える…これを 古式魔術を作り上げた人間は化け物だと

魔術とは魔力を扱う技術だと最初は思っていたが、いや 実際にはそうなのだ 魔力を消費しその分の事象を世界に巻き起こすのが魔術ではある、少なくとも現代の魔術はそうだ

だが師匠達の使う古式魔術、どうやらこれはただの攻撃法である現代魔術とは恐らくだが根本的な『理念』が違う

師匠の話を元にエリスが推察した、飽くまで予測でしかないのだが…この古式魔術は多分 過程でしかない、恐らく大願は『世界創造』 …その為に必要な過程のように感じるのだ

師匠は古式魔術を使うとき 己を世界と一体化し己の中に世界を意識しろという、多分だがこれを極めた師匠の体の中には 一つの世界が存在しているのだと思う

その内なる世界で起こる現象を丸々引き出して使うからこそ普通の魔術とは規模がまるで違ってくる、師匠達魔女の強さの大元はそこにある 何せ一つ一つの行動が文字通り世界規模なのだから、そりゃ強力だ

しかしだからこそ思う、これは過程だと…己の中に世界を作り その内なる世界から事象を引き出すのが古式魔術なら、その内側の世界をそっくりそのまま外へ出したら、それは即ち世界創造とは言えまいか?

思い出して欲しい 完全な形では不可能と言われる三つの禁術は『時間遡行』『死者蘇生』『世界崩壊』を指す…、世界崩壊はあるが 世界創造はない、つまり 不可能ではないのだ

もしこの古式魔術がエリスの想像通り、新たな世界を創造する為の物なら …これを作り出した人間は一体……

「エリス!集中しろ!」

「は はひぃっ!」

怒られてしまった、この集中すると思考が脇道にそれる癖をなんとかしないと…

気を取り直して、魔力を動かす 集中して 体の中を満たすそれを動かし流れを作る、普段詠唱を省略するときやるのと感覚的には似ているが、これは規模が違う 全身だ文字通り爪先から髪の毛の先まで魔力を意識する

そうすると世界全体を満たす『何か』が見えてくる、これは多分世界全体の魔力だ…これに合わせて 魔術を撃つ…

「輝く穂先響く勝鬨、この一矢は今敵の喉元へ駆ける『鳴神天穿』」

指先から雷の矢を放つ鳴神天穿を発動させる…うん、いつもより威力が上がってる いやそりゃあ劇的にドカーンと上がったわけじゃない 微々たるものだ、ただ今まで古式魔術をエリスは現代魔術と同じ感覚で撃っていた…これでは威力はちょっと強い現代魔術の枠に収まってしまう

その枠を少しづつ超えて、本当の意味で古式魔術を使い熟す修行…これを毎日続けていけば、威力や規模もまた少しづつ増していく筈だ

「いつもより少しだけ威力が上がっているな、いきなりで効果が出るとは 普段から魔力制御の修行を怠らなかったからこそのものだ」

「は…はい!師匠」

「だが、本来の威力には程遠い 本来の威力を発揮できればあそこにある防壁なんか一撃で突き破れるのだ、…励めよ」

「はい!師匠!」

まだまだ程遠い…か、師匠と同じだけの威力を発揮できるにはまだまだ時間がかかる それこそ一生がかりの修行になる、だがこれを繰り返していけば少しずつ師匠に近づける 強くなれる…

今エリスができるのはこれくらいだ、これくらいを山程積み重ねて…一年後に備えるんだ

「おぉ~、朝から修行とは精が出るじゃんエリスちゃーん!」

「あ、テオドーラさん!おはようございます!」

そう言って宿から出てくるのはラグナの仲間…いや 一応御付きの部下のテオドーラさんだ、全身に簡素な装備を身につけ 手には一杯の積荷を抱えており…ってとんでもない怪力だなこの人

「すごい荷物ですね…」

「ん?、ああウチらの馬車に積んであった荷物丸々持ってるからね、まぁ半分は武器とかだけど」

そんなにたくさん武器いるか?…、着替えじゃないんだから、そう呆れていると…

「ああそれとさ、レグルスさま?そろそろ若が出発したい的なこと言ってたんで そろそろ馬車の方動かしてもらってもいいっスかね」

「構わん、今日の修行は飽くまで触りだけだ…エリス 今の感覚を忘れないよう、都度都度自分で反復練習をしておきなさい」

「はい!師匠!」

反復練習、結局これに限る いきなりドカンと強くなれないのは分かりきっている、だから師匠に言われたことをひたすら繰り返す、繰り返した数だけ確かに強くなれるのは知っている、…ただまぁ 今回は敵が敵だし、いつもより多めに そして激しく反復練習するつもりだ

なんてエリスが内心決意しているとラグナが地図を片手に宿から出てくる、今まで寝ていた…と言うことはなさそうだ、寧ろ一番に起きて色々出立の準備をしていたのだろう

王族…と言うには彼はあまりにしっかりしている、背負えるなら全部自分で背負ってしまいたがる程に、ラグナはあの年でエリス達では考えられないくらい色々なものを背負っているのだろう

そんな彼をエリスは評価しているし、そんな彼だからこそエリスは共闘を願い出たのだ

「おはようエリス、レグルス様も…朝の修行を邪魔してしまって申し訳ありません」

「いやいい、それより今日出発するんだな」

「はい、俺達には一年しか時間がありません 、行動は常に即断即決で行きたいです」

一年…継承戦まで一年だ、一年もあると見るか一年しかないと見るかは個々人によるが、少なくともエリス達は楽観できるような状況にないことは忘れてはならない

何せラグナの戦力は今のところエリスとテオドーラさんとサイラスさんだけ、テオドーラさん曰く 軍師のサイラスさんはクソ弱いらしいので事実上二人だ、あまりに心許ない…だからやはり何処かでそして早いうちに新たな戦力を確保したい と言うのがラグナの意見だ

「ルートとしてはある程度町や砦に立ち寄って戦力集めをしつつ中央に戻ることを想定しています、まぁ…道中仲間を増やすのはあまり期待できませんが、やはりアルクカース国内の方が国外よりも望みはありそうなので」

一応、この三日間で近くを通りかかる冒険者達に声はかけたらしい 、一緒に戦ってくれないかと 答えは二つ『アルクカースのイカれ戦士と戦うなんて嫌だ』『報酬が出ないなら嫌だ』、まぁ 最もだ…一応勝ったら褒賞は出せるが 、それは勝てたらの話…そんな出るかも分からん報酬のために戦ってくれる奴はいなかった

だから結局アルクカース国内で戦力を探すことになった、それも望み薄だが 望みが無いよりはマシだ

「分かった、中央まではどのくらいかかりそうだ?」

「昨日少し計算してみましたが…途中の街で少し休みながら行けば一ヶ月ほどで着きます、…一応確認しますがレグルス様の馬車馬は休み要らずなんですよね?」

「ああ、1日全力疾走させても潰れん特別製だ」

「どんな馬ですかそれ…ともあれ、その馬があればかなり早く着くでしょう、出来たら近道も使っていきたいので」

近道? なんてエリスが問い返そうとするよりも前にレグルス師匠とラグナの話はテキパキ進んでいく、…凄い まるで大人だ
聞いたところラグナは今九歳だそうだ エリスと二個しか違わない、エリスが言うのもなんだが本当に子供か?、彼に比べたらデティの鼻たれ小僧ぶりが際立つぞ

「よし、では早速今から出発するか 、荷物も既に纏めてくれているみたいだしな、早速馬車を取ってくる 少し待っていろ」

「はい、ありがとうございます」

「あー!、ウチもついてく!、せっかく荷物持ってるわけだし、一緒に積んじゃうよ」

どうやら話はまとまったようだ、師匠は早速と言わんばかりに馬車を取ってくると街の郊外へ向かう、積荷を運ぶ為テオドーラさんもついていき…エリスとラグナは二人っきりになってしまった

凄いなラグナは、ここまでの段取りを既に一人で済ませていたのだ…流石は王子様だ、デティの時は何にも思わなかったけど、こう言うのが人の上に立つ人ってことなのだろうか

「……エリス」

「はい?なんですか?」

なんてラグナを見つめていると向こうもこちらに視線を向けてくる、なんだろう

「ありがとう、君のおかげで随分変わった」

「え?、エリス何にもしてませんけど…」

「いや、君が俺の仲間になってくれたおかげで流れが変わった気がする、…もうどうにもならないって言うどん詰まりの流れから、一縷の望みが湧いたような、そんな気がするんだ…それもこれもエリスが流れをいい方に変えてくれたからだ」

「流れ…ですか?」

エリスはまだ何もしていないが、その流れ というのもよく分からない、お礼を言われるようなことは本当に何もしていない

「流れ…エリスに変えられたんですかね」

「ああ多分な、物事には流れがある それが悪い時は何をやっても悪い方向へ流れていくものさ、エリス…君みたいな子はそう言う流れを断ち切り変えられる人間なのだと思う」

「そうでしょうか、あまり自覚はありません」

「ははは、まぁ俺が勝手に思ってるだけだからな、でも…少なくとも俺にはそう言う流れを変える力がないのは分かる、俺は …国の為に強くなくちゃいけないのに、…自分が情けないよ」

ううむ、なんだか自信喪失しているみたいだ…だけど思う、もしエリスが流れを変えられる人間だとするならラグナはもっと特別なものを持った人間だと思うのだ、歩みを進め ラグナの隣に立つ、エリスより頭一個上になるその目を見ながら力強く…

「でも、エリスが流れを変えるって流れを作ったのはラグナです、エリスが流れを変える人間なら ラグナは流れを作る人間です、それも凄いことだと思います、自信持ってください」

少なくとも、エリスはラグナの懸命な姿を見たからこそ、こうして共に戦おうとしているのだ、流れが変わる流れ…その大元はラグナだと励ますように、拳をエリスの胸の前に持っていきながら励ます

「…そうかな、ははは そうなのかな、なら今はそう思うことにするよ…俺たちは勝つ、その流れを俺が作る もし横道に逸れそうになったらエリス、君が正しい方に流れを変えてくれ」

「はい、お任せを!エリスに出来るのなら幾らでも流れを変えてみせます」

「はははは、本当に頼りになるな、エリスは」

「はい!頼りにしてください、ラグナ」

なんてラグナの笑顔につられてエリスも笑ってしまう、そうだ そうやって笑っていてほしい、ずっと緊張した顔のままじゃラグナだって疲れるだろうし

それから、エリスとラグナな無駄話をした…本当に無駄な話だ、エリスの今までの旅の事とか、ラグナがアルクカースのことを話してくれたりとか、綺麗な首飾りだねとか 他愛もない話を…でもなんでかとても楽しかった、そうだデティと別れてからこんな無駄話をするのは久々な気がする

思えば熱を出してからデティに手紙を送ってなかったな、…心配させてしまっただろうか、デティにもまたちゃんとお返しをしないと


…………………………………………

「ぅおーっ!すごっ!凄いですぞこれは!我輩こんな馬車見るの初めて…いやぁ魔女様の乗る馬車とは如何程の物かと思っておりましたが、まさかこれほどとはっ!」

「ホントだねぇ、窮屈だったらどうしようかと思ったらこれ、荷物積み込んでも寝転べるくらい広いじゃん!最高ぉ~!」

師匠が馬車を引いて戻ってくるなり、これだ サイラスさんとテオドーラさんは興奮したように見かけ以上に広い馬車の中でハシャギ回っていた
…ちなみにサイラスさんは今さっき起きたようだ、寝癖でボサボサだ

「二人ともあんまりはしゃぐなよ、失礼だろう」

「でも若!凄いっスよね!どう言う原理なんでしょこれ!、いいなぁー!私の部屋も広くしてほしー!」

そしてラグナは、はしゃがず馬車の中にどかりと座って静かにしている、相変わらずクールだが…エリスには分かる、ラグナめ少しワクワクしているな?少し表情が和らいでいるような気がする

「全く…すみませんレグルス様、せっかく好意で馬車に乗せていただいているのに」

「いや構わんさ、寧ろ賑やかでいい」

「はい、エリスと師匠だけではこの馬車は広すぎますからね」

今エリス達は揃ってエラトスを抜け、アルクカースに入ろうと馬車を動かしている…先日の門が目の前に見えてくる、…が 以前来た時のような威圧感を感じないのはそこに討滅戦士団がいないから、はたまた魔女アルクトゥルスがいないからか

ともあれ、山のような衛兵達はいるが そのどれもがラグナの顔を見ると拳と手を合わせるアルクカース式の挨拶をしてくる、この分じゃ入国の為の手続きはあまり要らなさそうだ、寧ろ顔パスで行けそうだ

「………ここからアルクカースだな」

事実、誰にも馬車は止められず着々と巨大な門を潜る

非魔女国家エラトスと、争乱の魔女が統べる軍事大国アルクカース…それを区切る国境でもある門に踏み込んで行くのが見える…緊張から思わず力が篭る、師匠の顔を見ると…師匠も何か思惑のあるような顔をしている

ラグナもさっきまではしゃいでいたテオドーラさんもサイラスさんもみんな真面目な顔で、国境を越える瞬間を見守り…

そして今、国境を超えた


「ッ………!?」

思わず自分の肩に目をやる、驚いた…急に体にズシリと衝撃が走り、何かがエリスにのしかかったのかと思ったが、瞬時に悟る

ああ、この感覚は魔女の加護だ…アジメクで感じたような 大気を満たす魔女の魔力、それが肌にまとわりついた感覚、ただアジメクで感じたような優しげなものではなく、闘争心を掻き立てるような力強い感覚

分かる、分かるとも これはあの魔女アルクトゥルスの発しているものだ…エリスは今軍事大国アルクカースに入国したのだと、心身共に理解する

「さて、ここが俺たちの戦場 俺たちの戦いが始まる場所、エリス ようこそ、俺たちの国にして戦いが全ての国…軍事大国アルクカースへ」

門を抜け、景色がはっきりと見えてくる…そこに広がっていたのは


荒涼 、その一言で全てが表せる荒野だった、どこまでも続く岩肌と岩山 アジメクのような緑は殆どなく、地面に僅かに生えている植物も仄かに茶色く…全体的に赤茶けた世界、これがアルクカース?ただ国境を超えただけでまるで別世界のように風景が変わった

「さっきまでと全然風景が違います、ここがアルクカース」

「ああ、魔女の加護とは自然にも影響する…ここはアルクトゥルスの影響が強く出ているからな、八千年で世界そのものもアルクトゥルス色に染まったのだろう」

「なるほど、アジメクが楽園なんて呼ばれる理由がなんとなく分かりました」

今思えばアジメクは楽園だ、なんて住み易く華やかな場所だったのだろうか、対してここはただ荒野を行くだけで強さが試される、そんな厳しい自然の猛威を感じてしまう

「アジメクでは薬草がよく取れるように、アルクカースでは潤沢な石材や鉱石が取れるんだ、名産品は武器と鉄と肉…如何にもって感じだろ?」

なんてその光景に呆気を取られているとラグナが隣から声をかけてくる、まぁ如何にもと言えば如何にもだが

「肉もですか?」

「ああ、意外かもしれないが牧畜も盛んでね、牛 豚 鶏 羊 …肉が食えるなら魔獣さえも育てて捌いて食うのさ」

「へぇ、牧畜もですか…こんな荒れた地でよく育てられますね」

「荒涼としているが荒廃はしていないんだ、アルクカースの北側には普通の草原もあるからね、その辺で育ててるんだ…後は他国から奪ってくるとかかな」

「他国から奪ったものを名産品にするんですか…」

「その辺も含めて、らしいだろ?」

「ふふふ、確かに」



「ねね、サイラス…なんか若ってばエリスちゃんと仲良くね?」

「若には歳の近い友人などおらんかったからな、案外あれが若の友人に対する態度なのかもしれん」

なんて後ろの二人の話を無視しながらラグナと話し込む、どうせ緊張の面持ちで前を見ていようがいまいが馬車の進む速度はかわらないんだ、ならこうして話していた方が有意義だろう

「というか魔獣ですか?魔女大国には魔獣はでないんじゃないんですか?」

「らしいね、けど魔獣の有無は魔女の一存で決められるらしいよ?、魔女が魔獣を拒むかどうかで変わってくるらしい…、それにアジメクだって魔獣がものすごく少ないだけで、全く出ないわけじゃないしね」

なるほど、つまりアルクトゥルス様はわざと魔獣を引き寄せていると…
すると師匠が馬を操りながらこちらに目を向ける

「アルクトゥルスは魔獣を危険と認識していない、寧ろ いい修行相手くらいに思ってる節があるからな、事実アルクトゥルスが魔獣を引き入れているからか この国はカストリア大陸随一の魔獣の発生率と危険度を誇る、並みの冒険者は立ち入ることさえ嫌がるだろうな」

「Aランクの魔獣も普通に出るから 旅の最中は気をつけないと馬車を壊されてしまうからね、注意しないと」

と笑顔でラグナは語るが、え…あの成体イフリーテスタイガーみたいなのが普通に出るのか、メチャクチャ危ないのでは?エリスもあれと戦って勝てる自信ないのに

「Aランクの魔獣はワクワクするよね!、戦ってるとさぁ こう…ぐわぁーっ!と血が滾ってきてもう最高~って感じでさ、下手すると死んじゃうけど下手しなきゃいいわけだし」

と嬉々として語るのはテオドーラさん、なるほど この人もちゃんと戦闘民族してるんだ、サイラスさんはドン引きしてるけど

なんて話している間にも馬車は進む…と思ったら師匠が唐突に顔を上げ

「噂をすれば…だ、Aランクとまではいかないだろうが、そこそこの魔獣がいるぞ」

そういうのだ、慌てて周囲を見てみれば…いや何もいない、いるぞというから見たのに何もいない…いや師匠が嘘や偽りをいうとは思えないからこれは多分

「下だね!、エリスちゃん!若!このくらいならウチ一人で十分だよ」

「分かった、あんまり散らかすなよ」

テオドーラさんの声が響くと共に、大地が揺れる、ぐらりと水面のように手前の地面が盛り上がったかと思えばそのまま泡のように破裂、岩の大地をまるで布のように破り ぬらりぬらりと鱗を輝かせ現れるのは、魚だ

陸を泳ぐ大魚、その歯はまるで鋸のようにぎらりと鋭く並び瞳は片側だけでも三つ並ぶ異形異様の怪物、そいつは器用にヒレで体を持ち上げ四つん這いのように体制を整え、馬車よりも大きなその全容が明らかになる

「で…デッカい魚ーっ!?というか今地面を泳いできて…」

「Cランクの魔獣 ロックイーターだ、岩を喰らい大地を大海のように泳ぐ怪物、鱗は岩を砂のように削り倒すほど頑強 歯は鉄さえ噛み砕くと言われている、何よりコイツが生息している区域は岩盤が脆くなり落盤が起こり易くなるという迷惑極まりない存在だ!、地下の鉱物も食らってしまうし、テオドーラ!ここでぶっ殺してしまえ!」

「うぃーっす」

なんて軽くテオドーラさんは返事をし馬車から降りてその巨大な怪魚を前に武器を構える、あれは…メイスだ、棒の先端に鉄の重しをつけた打撃武器、それを突きつけるように構えているのだ

しかし、相手はCランク…エリスも戦ったことがあるが並大抵な相手ではない、一歩間違えば死んでいたほどの相手、冒険者協会では五人単位での討伐が推奨される大物だと教えてくれたのはラグナだろう…一人で戦わせて大丈夫なのか

「ラグナ、エリスも手伝った方が」

「いらないよ、テオドーラは強いから…それにテオドーラの実力を見てもらっておいた方がいいだろう?、ならあれくらいがちょうどいい相手さ」

その目に宿るのは信頼…?いや、違うな 倒せて当然というまるで常識的な光景を目の当たりにするかのような気安さだ、事実サイラスさんもましてや相対するテオドーラさんからも緊張感は伝ってこない

いや?、テオドーラさんの背中からは緊張感は感じないが別のものを感じる、ザワザワと張りつめるような…これは 闘気?

「ォォォォオオオオォォォオ!!!」

「チッ……クソウルセェんだよ下魚がァ…!」

ロックイーターの方向が大地を轟かせるが、不思議なことにそんな騒音よりも今 テオドーラさんがポツリと呟いたその小声の方が、エリスは余程恐ろしかった

変わった、文字通り豹変とも言っていい程の変わりぶりだ、ただ戦場に立っただけでテオドーラさんのあの普段の軽い空気は容易に消し飛び口調もまた荒々しい荒々しいものに変わる

「ギョーギョー!喚くんじゃねェよクソ魚!頼まれなくてもきちんとぶっ殺して三枚におろして塩で炙ってやっから静かにしろやボケがッ!」

よく見ればテオドーラさんの髪の毛はガサガサと逆立ち、血管は浮き出て筋肉は隆起し 目は血走り赤くなる、なんだあれ…なんだあれ!?

「ななな 何あれ、大丈夫!?いろんな意味で大丈夫!?」

「ああ、問題ない あれは『争心解放』と呼ばれるアルクカースの一部の戦士が使える秘技さ、闘争本能を爆発させ一時的にさせ戦闘能力を向上させ、かつ痛みにも強くなるというものさ、テオドーラのような優秀な戦士はああいうことができるのさ」

「争心解放…」

いや、アジメクの医学書で読んだことがある…人間は極度の興奮状態になると、痛みに強くなり身体能力が向上するらしい…恐らくテオドーラさん達はそういうスイッチを意図的に入れることが出来るのだろう

普通の人間でさえ劇的に身体能力が向上するそれを、アルクカース人が使えばどうなるか…答えは明白過ぎて言う気にもなれん

というかあの口調についての説明は無しか

「なるほど、あれはアルクカースの固有の技だったのか…バーケンティンの門番も使っていたが?」

「バーケンティンの門番?彼らは国境警備を担当する精鋭ですからね、そこにいる奴は全員使えますよ…というかレグルス様戦ったんですか?衛兵と」

「ま…まぁな、少々急いでいたもので…」

なんてレグルス師匠とラグナの会話もよそに、ロックイーターとテオドーラの戦いの火蓋は切って落とされることとなる、なんの前触れもなく いきなり…


「ォォォォオオオオオオオ!!!!」

「ギィィィィィイイイイ!うるせぇぇぇえぇ!」

踏み込む、いや踏み込んでいたんだ 気がついたらもう攻撃のモーションが終わっていた、そう 大地が爆発したかと思えばもうすでにテオドーラさんが敵に向けて飛びかかっていたのだ

脈動する全身の筋肉を使い、くるりとその場で一回転 空中で力を込めると共に その勢いを乗せ 一撃、ロックイーターの頭にメイスを叩きつける

「ォォォオオオ!?!?!?!?」

えげつない音がした 、鉄って高速で叩きつけるとあんな音がするのか と逆に感心するくらいだ、あまりの威力にどでかいロックイーターの頭が地面に陥没し 尾びれがふわりと宙に浮いてしまう、あの間抜けな魚は今 自分が何をされているかも分かるまい

「ッー!、イッッックぜぇぇぇ!『付与魔術エンチャント破砕属性付与ブレイキング』!」

「え!?付与魔術!?」

テオドーラさんが聞いたことのない魔術を叫ぶと共に、手に持ったメイスが光り輝く…いやメイス自身に魔力が宿ったのだ、なんだ 何をしているんだ、見たことのない魔術だ…一体

「死に去らせッッッ!!!」


そのまま 光り輝くメイスを両手でしっかり持ち、体を軸で捉えて回転させ 体重を乗せ力を込め、思い切り思い切り思い切り!全力で殴り抜いたのだ

メイスといってもそれこそテオドーラさんの腕くらいの大きさの、言ってみれば対人武器だ 、こう言ってはなんだが 重さが武器の打撃武器としては比較的軽いものとなる為、ハンマーなどの大型武器に比べれば威力もまた抑えめだ

だというのにどうだろうか、今エリスの目の前で繰り広げられる光景は、テオドーラさんが力を込めて殴った、謂わばただそれだけなのに、岩さえ削るロックイーターの鱗の鎧が砕け 中の肉も弾け 内臓も破れ…ドカンと一発 どでかい風穴が奴の体に空いたのだ

「え…あ…え?」

「フゥ…情けねェ奴め」

思わず言葉を失いエリスをよそに、ビチビチと汚い色の血を撒き散らすロックイーターの死体をテオドーラさんは事もなしげに眺めて余裕の表情でため息を一つかましている

「…あぁ~ん、ちょっとサイアク~ 服に血がついた~!」

「馬鹿者め、やらなくてもいいのに態々内臓ごと吹き飛ばすからだ」

「だって、その方が楽しいじゃん?派手で」

と言ってた馬車に戻ってきてサイラスさんと軽口を交わすのは先ほどまでと同じ、軽く穏やかなテオドーラさんだ、…え?どっちが素なの?今のあのチンピラみたいな口調は何?、いやそれよりも気になるのは

「付与魔術?…」 

とラグナに問いかけるつもりで聞いたら、ラグナよりも先に師匠の方が答えてくれた

「なるほど、付与魔術…物品 主に武器などに魔術を宿し、攻撃法として使用する魔術さ、付与魔術を宿した武器による一撃は魔術と同格…いや時として魔術以上の威力を引き出すことが出来る技なのさ」

「武器を主体とした魔術ってことですか?」

「ああ、アルクトゥルスが得意とした魔術にしてアルクカースで最も隆盛した魔術、エリスの言う通り武器に付与する形で使う魔術であるがゆえに、魔術の腕以上に使用者本人の実力にも左右される魔術さ、…付与する属性にも様々な種類があり、炎を付与すれば武器が火を吹き、 斬撃を付与すれば金槌で敵を斬り裂ける」

曰く、武器に炎を纏わせる魔術はあるが、付与魔術はそれを更に強力にしたものらしい、確かにただ燃えた剣で斬るのと炎を宿した剣で斬るのとでは 意味合いも威力も全く違うものか

しかしなるほど…アルクカースではこう言う魔術がメインとして使われているのか、思ってみれば 国民の殆どが戦士のアルクカース、こう言う魔術が好かれるのは当然か…

「ああー、その少し補足させてくださいね…、付与魔術って言っても何にでも魔術を付与できるわけじゃないんですよ?付与する物品にある程度の強度がないとダメなんです」

続いておずおずと手をあげるのはラグナだ、師匠とラグナの付与魔術講義は続くので エリスはとりあえず居直し 聞く姿勢をとる

「例えば木の棒なんかに魔術を付与しても木の棒自体が流れてくる魔術に耐えきれず破裂しちゃうんだ、だから頑丈なもの…即ち鉄製の武器とかがメインで使われることが多いかな、後頑丈であればあるほど付与魔術も強力に付与できるから やはり質のいい武器ほど強いとされる風潮はあるね」

「いい武器を使ってるやつは基本的に強いよねぇ、まぁ武器だけがよくても意味ないけどさ」

「強い武器を使うということはそれだけ強力な付与魔術を使うということであるからな、そも 雑魚には良い武器など与えられん」

なるほどと手を打つ、結局のところこの国では付与魔術はオマケなのだ、付与魔術をどれだけ鍛えても当人が強くなければ意味がない強く頑強な武器を持たねば意味がない

故にこの国で強い戦士とは、力が強く生身で戦って強く そして付与魔術を全開で使っても壊れないようなすごく強い武器を持った戦士をこそ強いと呼ぶのた。

「それにしてもラグナ詳しいですね、もしかしてラグナも使えるのですか?付与魔術」

「まぁ、魔力を放出して操るものに比べたらそこまで難しい魔術じゃないからね…」

「またまた、若ったら謙遜しちゃって…若は凄いですよ、国内でも有数の多重付与魔術の使い手で、三重で付与魔術を重ねがけ出来るんです…単純計算で通常の三倍の威力っスよ!」

「三倍!?、テオドーラさんのさっきのやつの三倍ですか!?、ラグナもしかしてすごく強い?と言うか一体どんな武器を使って…」

「いや、…まぁ武器がいいからだろうね 、一応国内随一の鍛冶屋に作らせた宝剣『ウルス』、こいつは俺の三重の付与魔術についてきてくれるんだ、と言ってもギリギリだがね 、三重以上魔力を込めたら 流石のこいつも折れてしまう」

そう言って背中に差している剣を抜いて見せてくれる、綺麗な剣だ…黄金の刃を持つ剣、そういうと酷く成金趣味で悪趣味にも聞こえるが、これは例えるなら夕暮れの太陽のような神々しい輝きを秘めている

…今まで見てきたどんな宝石よりも綺麗だ…

「綺麗ですね…それにかっこいいです」

「え?、本当かい?女の子なのに剣に見惚れるなんて…いやまぁ、俺も愛剣を褒められて悪い気はしないけどさ、綺麗なだけじゃなくてキレ味や三重付与魔術に耐えてくれる強度、どれを取っても抜群のものさ」

自分の剣を褒められて珍しく嬉しそうなラグナはニヤニヤと笑いながら剣の刀身を見せてくれたり触らせてくれたりする、ん?これ金のように見えるけど材質は金じゃないな
というのもこれ見かけ以上に軽いのだ、金は鉄よりも密度が高い為 剣にすると重くなり過ぎると聞くがこれは違う、…なんだろう不思議な金属で出来てるなぁ

しかしとなるとやはりラグナは相当強いのだろう、強い武器を持ち 付与魔術の腕もある そしてこれで実力があるのだとしたら、この時点でそんじょそこらの戦士より強いかもしれない



「エリス?、いつまでも楽観視していないで 付与魔術の攻略法とか考えておけよ、アルクカースの戦士たちはみんなこれを使ってくる、お前がこれから戦う相手…全員な」

「はっ…!」

と師匠の言葉を受けて我に帰る、そうだ エリスはこれからアルクカースの戦士達と戦うのだ

そこで先程のテオドーラさんを思い出す、あの争心解放って奴 多分敵は全員使ってくると見ていい、装備も質がいいだろうから付与魔術ももっと強力なものを使ってくるだろう、それが大挙して群れを成して大軍勢で突撃してくる…

か 勝てるのか?エリス…いや、勝つために修行をするんだ!うんうん!


「ところでサイラスさんはあれ出来ないんですか?争心解放」

「出来るか!あんなの人間の技じゃないぞ!我輩は軍師だ!」

出来ないらしい



……………………………………………………

それからエリス達は荒野を行く、見えるのは岩山と岩肌だけの荒野 本当にこの先に街があるのか?というような街道を真っ直ぐ馬車で進む、一応エリス達は最寄りの街 ヴィルヘリアという街を目指しているらしい、影も形も見えてこないが…

旅は何にも見えない、変わり映えしない景色の連続 しかし退屈はしなかった

隣にラグナがいてくれて、エリスの話を聞いてくれるからだ

エリスがあれは何?と聞けばラグナがあれはね?と答える、エリスが付与魔術について教えて?といえばラグナが魔術は専門外だけどと教えてくれる、ラグナはとても話安い 優しくエリスの話を聞いてくれて、自分の意見を遠慮せず返してくれる 

アルクカースの勉強にもなるし、何よりそう…楽しいのだ

それともう一つ、それなりに忙しかったからだ

「エリス また魔獣が出たぞ、行ってこい」

「はい師匠!」

魔獣がそれなりに出るのだ、エラトスよりも多く そしてエラトスよりも強いのが出る、それが道を阻むように何体も現れる、一応師匠センサーが抜群である為 奇襲を仕掛けられることはないが、それでも多い

エリスがここまで倒したのは…

サンドベアー 、その名の通り砂に擬態する熊、口から砂を吐いてきた 危険度はD

グレーターアバドン、めたくそに大きなバッタ 頭突きで岩山割る化け物だ、危険度はC

フレイムダンサー、よく分からん 、炎の塊が意識を持ったかのように襲いかかってきた、倒しても結局何か分からないかった、危険度はD

……一応、何匹かは殺した……、エラトスのように追い払うだけの余裕がなかったからだ、正直にいうと 殺した時とても嫌な感触がしたかといえばそうではない、死に物狂いで戦ってるうちに 動かなくなったという風で、殺してしまったというより

『ああ、死んだんだ…』

という冷めた感情が湧いてきた、きっとエリスはこれを理解してしまうのが怖かったのだろう、別段 命とは特別なものでは無いことに気づくのが、それとも人を殺したらまた別の感情が湧いてくるのだろうか

そう思いながらもエリスはまた戦う、師匠の声に反応し馬車にから飛び出て 目の前にいる魔獣に目を向ける、今回の相手はなんだ…?

「ブルルン…グロロ」

荒野に降り立ち、構えを取るエリスの前にいるのは 鉄の牛だった、全身が鋼鉄みたいな黒々とした光沢を放つ雄牛、パッと見 牛が鎧を着ているのかと思ったが、どうやら甲殻のようなものを纏っているようだ

「エリス!気をつけろよ!そいつはチャリオットファラリス!、危険度はC!見ての通り全身を青銅で覆っている!その高い防御力は剣も弾くそうだ!」

そう言ってラグナは馬車の中から声援を飛ばす、彼が戦わないのはエリスが頼んでいるからだ 手を出すなと、この魔獣との戦いはエリスの修行の一環なのだから

「しかし青銅の牛ですか、また面倒ですね」

「ブロロン!…グルルロロロッ!!」

エリスが態勢を低く取り構えると共に、青銅の牡牛は呻き声を上げ大地を踏み割りながら 突っ込んで来る、鋭く研がれた槍の穂先のような角を突き出し一直線にこちらへ、あれを受け止める術をエリスは持たない

だが

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

重さとは 即ち武器である、硬さとは 即ち武器である、勢いとは 即ち武器である、ただ有るだけで威圧を生み ただぶつけるだけで凶器となる自然の摂理

しかしそのどれもがまた、仇ともなりうる

牡牛の突撃に合わせて 旋風圏跳を放つ、エリスにでは無い …あの無防備にも突っ込んで来る牡牛に向けてだ、もう使い過ぎて感覚がつかめてしまったこの技は 山猩々戦で編み出した技、名付けて『旋風圏跳カウンター』!

「ブロロッ!?」

「ほいよっと、そいやーッ!」

なんて軽い掛け声と共に牡牛の体をフワリ風で浮かし、勢いを殺さないまま それを地面に思い切り叩きつける、チャリオットファラリスの重さと硬さと自前の突撃の勢いに加えエリスの旋風圏跳によって生み出された速度、それらを全て威力へ変換する背負い投げは思いの外勢いよく決まり 、地面を叩き割り 青銅の牡牛を岩肌へと叩きつける

山猩々の時同様、重く そして勢い任せ力任せで戦うやつにこの旋風圏跳カウンターは有効だ、何せ自分の生み出した勢いをそのまま風に受け流された上で加速し、地面に叩きつけられるのだ 攻撃力の高さは地味に侮れず…

「ブロロッ!!」

「って嘘!、今ので傷一つ付いてないの!?」

侮ったのはエリスの方だった、地面に勢いよく叩きつけられたというのにチャリオットファラリスの体には傷一つ付いておらず、叩きつけられてもすぐに起き上がり鋭利な角をエリス目掛け振るってきたのだ

「ッ!くそ!輝く穂先響く勝鬨、この一矢は今敵の喉元へ駆ける『鳴神天穿』」

咄嗟に身をかがめ振るわれる角の一撃を避けると共に、指先を立て、そこから放つ電雷の鏃 を…イフリーテスタイガーの足さえも穿ち焼き尽くしたその一撃を 、一切の躊躇なく牡牛の眉間目掛けぶっ放す

「グロロロッ!」

「ッ…!」

がしかし、威力が足りないのか はたまたそもそも効かないのか、エリスの放った雷はいとも容易く奴の青銅の肌に弾かれ霧散する、くそっ まだ修行が足りないのか…古式魔術の力全然引き出せない

ともあれチャリオットファラリスも攻撃されたことは分かるので、見るからに鼻息を荒くしどんどん興奮し その動きの激しさを増していく、今はなんとか紙一重で避けているがこれ以上加速されるとまずいな

「エリス!、そいつは自分の青銅の鎧に付与魔術をかけて硬度を上げている、正攻法で抜くのは無理と思え!」

響く師匠の声、そうか こいつら魔術を使うから魔獣なのだ、目に見えないから分からなかったけどこれが付与魔術か、確かに青銅にしては異様に硬いと思った

しかしそうか、正攻法では抜けないか…だが、付与魔術をかけて硬度を増しても 青銅は青銅だ、ならばやり方は一つ

「くっ…ちょっ!?、っとと!…フゥーッ!」

避ける、牡牛の角による連撃を身を逸らし避けていくうちにだんだんと意識が深いところへ落ちていくのを感じる、焦りは消え 淀みも消え 一切の揺らぎのない水面のように精神を整える、すぐそこにある死の気配を濃厚に感じれば感じる程にエリスの集中は増していき…

…角が視線の先を掠る…、ッ!入った 極限集中

「フゥーッ…ふぅーっ」

スローに感じる奴の動き、奴の一挙手一投足にいち早く反応し回避のモーションもどんどん小さく整えられる、…今ならいける

今朝方師匠から教えられた感覚を思い出す、内に大流を 根源に大形を、根をはるように全身に魔力を行き届かせ、それをぐるりぐるりとかき混ぜる

全身くまなく魔力を行き渡らせ その奥に世界を感じ…感じ…られないがこのままいく

息を吐き 息を吸い、世界を感じ それと同化し、エリスとそれ以外を阻む壁を薄く薄く…限りなく世界の魔力と共に動き…今!

「フゥ…焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 『火雷招』…ッッ!!」

極限の集中の中で放たれる火雷招、既に 岩の壁を融解させる程の威力を持っているその一撃は、師匠の言葉により真価を引き出されより一層の威力が増す

炎の雷、絶対的な熱量を持った其れは、エリスの前で渦巻き 暴れ狂い、視線の先にあるすべてを飲み込み焼き尽くす


熱とは、如何なるものも融解させる氷も石も 青銅のさえも、唐突に放たれた炎雷を前にチャリオットファラリスは避けることさえ出来ずに熱の奔流に飲まれ、グツグツと皮膚が沸騰しその形を消していく




「ふゅー…終わりました」

息を吐く、安堵と共に極限集中の糸が切れる…やはり、ある程度追い込まれ死を感じないと極限集中状態には入れないのは課題だ、もう少し手早く入れないと…死を感じるよりも前にやられてしまうかもしれない

そう思考するエリスの足元にはドロドロになった青銅の山が横たわる、チャリオットファラリスの亡骸だ、どうやらこいつ 青銅を纏う牛ではなく牛型の動く青銅だったようで、溶かしたら余さず溶けてしまった、…死んだのかな?青銅の生死を分ける部分は分からないがもう動かないしこれでいいだろう

「ん、よくやったエリス さっきの一撃は中々良かったぞ」

「ありがとうございます師匠」

若干の疲労を感じながら馬車に乗り込む、強かった…チャリオットファラリス、高い防御力とそこからくる攻撃力、今まで戦った魔獣の中で一番強かったかもしれない だがあれでもまだCランクか、Bランク級になると今のエリスでは難しいのではないか?

「凄まじい強さだエリス、魔術師と聞いていたが普通に近接戦もこなせるなんて、その歳でかなりの場数を踏んでいるね」

「いえ、まだまだです 反省点の残る戦いでした」

ラグナはそう言って褒めてくれるがエリスの反省点は多い、倒したと油断してしまったこと 相手の本質を見抜けなかったこと 極限集中への入りに遅さと 極限集中状態にならねば全開の魔術を撃てないこと…課題は山積みだ

「んんぅー…にしても妙じゃね?」

「?…、どうされたんですか?テオドーラさん」

しかしテオドーラさんは難しい顔で周囲を見回している、なにかを探しているのだろうか…、するとサイラスさんが考えるように顎に手を当てて

「いや、チャリオットファラリスは群れで行動する魔獣なんだ、一匹だけ というのが少々頂けん…、はぐれチャリオットファラリスか?しかし、遭遇時点でかなり興奮しているようだったし…」

「むむ 群れで行動するんですか!?今の牛!?」

思えば普通の牛も群れで行動する生き物だ、しかし今レベルの怪物が10や20で襲い来られたら流石に勝てないというか、そんなのが到来するだけで軽い災害じゃないか

というかさっきから遭遇する魔獣が全部Dランク以上で雑魚が一切出てこない、どんな魔境なのだアルクカース…

「恐らくだが、チャリオットファラリスをも蹴散らしてしまう上位の魔獣に襲われ、群れが瓦解してしまったんだと推察した方が良いだろう」

「今の奴を群れで相手取っても蹴散らせる…魔獣」

ゴクリと戦慄する、そんなのに遭遇したら…こんな馬車一溜まりもないのではないか?、成体イフリーテスタイガーが可愛く見えるほどの怪物と予想される其れの存在にエリスはブルリと震える…

が、ラグナは別の感想を抱いたようで…

「いや、…もしかしたら…違うかもしれないな」

「へ?若?」

「いや、チャリオットファラリスと言えば…いや なんでもない、もしかしたら強力な魔獣がいるかもしれんし、警戒は怠らないでおこう」

「最悪エリスの手に余る物が出たら私が相手する、あまり不安に思う必要はないぞ」

どんなやばい怪物が と震えるエリスの頭を師匠は優しく撫でてくれる、流石にそんな外部相手にエリスを戦わせるつもりはないらしい、というか確かに師匠がいてくれるなら安心だ 、流石に強い魔獣がひしめくアルクカースといえど師匠より強い存在などいやしないのだ

「はい、えへへ…安心します師匠」

「ああ、この私の安心感に存分に安心しろ…っつあっ!?」

「ひゃうっ!?」

師匠のナデナデに目を細めているとフワリと体が宙に浮く感覚がする、いや宙に浮いたのはエリスでなく馬車だ、車輪が何かを巻き込み ガタガタとその車体を大きく揺らしているのだ

「ッッー!なんだ急に…突然悪路になったぞ」

取り急いで馬車を止めて周囲を見渡してみれば、地面がボコボコに砕けており拳大の石がそこら中に転がっているのだ、これはどう考えてもおかしい…だってエリス達は街道を走っているのだぞ?、道とはある程度進みやすいように整えられているから道なのだ、エラトスは道の整備などされていなかったら悪路極まったがここは魔女大国…こんな粗雑な道が放置されているとは思えない

事実ラグナもサイラスさんも不思議そうな顔で地面を見ている

「…これ、さっきのチャリオットファラリスの足跡ですなぁ、其れが地面を踏み荒らしてしまったのでしょう、よくある話です…しかしこの範囲となると先程ここに群れがいたと見るべきでしょうが…」

サイラスさんが語るにはこのデコボコはチャリオットファラリスクの群れによって作られたものらしい、確かに見てみれば踏み割られた地面は蹄のようにも見えるが…じゃあその群れはどこに

「じゃあ近くに群れがいるのですか?」

「ああ…いる、いや いたというべきか」

「ラグナ?」

ラグナは静かに馬車をおり、静かに近くの岩山を指差す…なっ!?い いや違う、指差したのは岩山じゃない 山ではあるが岩ではない、あれは…あれは

「チャリオットファラリスの死体の山だ、多分ここを踏み荒らした奴らだろう…纏めて殺されている、さっきエリスが戦った奴もこの群れの生き残りだったと見るべきかな」

「なっ…なな、本当に 全部まとめて死んでる!?あんなに強い魔獣が…それにこれ」

慌ててエリスも馬車を降りてその死体の山に駆け寄り近く、確かに死んでいる 自然死ではない 全員一匹残らず屠殺され山のように積み上げられているのだ、あのCランク級の魔獣であるチャリオットファラリスが…、その強さを肌で感じたエリスは戦慄する これを殺せる魔獣など一体どんな強さだと

そしてその死体を改め、仰天し 鳥肌が立つ…この死体 どれも…

「嘘でしょう、これ…全部拳で頭を叩き割られて死んでます…」

青銅で出来た筈のチャリオットファラリス、角を振り回し暴れる凶暴な青銅の牡牛の頭はそのどれもが 頭を一発で叩き割られ絶命しているのだった、それも 跡から見るに人間の拳でだ
青銅を素手で砕けるか?普通、それも雷をも弾き返す程魔術で防御力を高めた青銅の魔獣を、拳一発で…そんな人間いるはずが、まさか魔女か?

いや違う魔女アルクトゥルスではない、エラトスでの話を聞くなら魔女の一撃は計り知れないほど強力だ、この程度では済まない …ならこれは魔女以外の猛者がやったと見るべきだが、武器を使わずに…つまり付与魔術を使わずに叩き割ったということだ

「間違いない…これは、ベオセルク兄様の仕業だ」

「へ?ベオセルク…兄様?」

ポツリとラグナの口から溢れた言葉を思わず反芻する、これをやった犯人に心当たりがあるのか…いや、それよりも今 兄様って

「エリス、よく見ておいてくれ…これが俺たちがこれから戦う国王候補の一人、王位継承権第三位ベオセルク…ベオセルク・シャルンホルスト・アルクカースの力だ」

ラグナはそう言って、この惨状を作り出した圧倒的な怪物の名をエリス達の敵の名を…兄の名を口にする

それを受けて、もう一度死体の山を見る 百に迫るであろう魔獣をたった一人で殺し尽くした後この痕跡を見て、…言葉すら 湧いてこなかった

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