孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

39.孤独の魔女と争乱の中に在りし平穏

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軍事大国アルクカース、それは戦いこそが全てとされ 国内でもよく内紛が巻き起されている、どんな街も一度は戦火に巻き込まれたことがある特異な国

であるがゆえに、全ての街が砦や防御拠点としての機能も持ち合わせている、いざ近くで内戦が起きた時 自分た達の身は自分たちで守らなければならないから、或いは自分達が他所の諸侯と戦わなければならないから いろんな理由で街そのものが防御機能を備えているのだ
 
それはここ、ヴィルヘリアという街においても同じこと
 
アルクカースの建築物において美徳とされるのは絢爛さよりも堅牢さ、まるでそう語るかのようにこのヴィルヘリアの建築物達は全て…それこそ商店や一般の住居までもが無骨な石レンガ造りで無駄な飾りなど一つとしてついていない

街全体が来る敵の襲来に常に備えているかのような、戦略的な街…だがその一本筋通った思想と目的が見え隠れてする町並みは、物騒かつ無骨ではあるもののどこか美しさのようなものが見えてくるのだから不思議だ

そして今、エリスはそのヴィルヘリアの街の最奥、この街や周辺の地域を統べるヴィルヘリア領の領主アニスン・カルノー様の館の前 雑多にごった返す路地の端で突っ立って一人待っている

待っている…誰をか?ラグナをである、何故待っているか、それは少し時を遡り話さねばならぬ


エリス達はアルクカースの国境を超え、魔獣ひしめく街道を抜け チャリオットファラリスの群れの死体を通り過ぎ時間にして一週間程経ち、こうして無事に第一の街 ヴィルヘリアに着くことが出来たのだ

アルクカースについてから初めての街、さてエリスは修行をしようかなと思い立った所、いきなり師匠が『少し用事がある』と言い残しフラリと一人でどこかへ消えてしまったのだ

師匠が一人で何処かへ消えるのは今に始まったことではないので、今更愛弟子のエリスは何も言いません、しかし 慣れぬ国慣れない街のど真ん中を一人歩くほどの度胸もないので、仕方なしラグナ達の方へ着いて行くことに決めたのです

一応ラグナ達もラグナ達ですることがある、一年後に控えた継承戦に備え一人でも多くの味方を増やすための勧誘活動だ

この街の領主アニスン・カルノー様は領主でありながら武勇で鳴らした豪傑、槍を片手に敵軍を蹴散らす猛将でもあるのだという、配下は彼自身が育てた子飼いの衛兵が150ほど、そんな彼がラグナに味方してくれれば頼りになることこの上ない…

あまり可能性は高くないが、一応仲間になってくれないかと声をかけに行くと言うのだ

そしてこうしてアニスン邸の前まで来て、エリスだけ置いていかれた…


理由はラグナ曰く『エリスはまだ小さな女の子で可愛らしいから、ナメられるかもしれない、だから外で待っててほしい』だそうだ、…少し不服だ エリスはこれでも魔女の弟子、ナメられる謂れはないが外見のことはどうにも出来ない、不服ではあるもののこうして大人しく路地の端で立ち尽くして待っているのだ

ボーッとアニスン邸の扉を眺めている、たまにチラチラと大通りの方に目を向ければ、骨つき肉片手に剣を肩に担ぐ大男、槍を背負いながら周囲の人間にガンを飛ばす大女、みんな屈強でみんな武器を持ってる…ラグナ曰く彼らは戦士ではなく民間人らしい

流石はアルクカース、大人から子供まで強そうだ…、別にアジメクの人達が弱そうとは言わない、ここの人たちに比べたら大体の人が弱そうに見えてしまうだけだろう、…ただなんとなく思う ラグナも大きくなったらあんな風になるのかなと

ラグナはエリスと同じでまだ子供、だと言うのに今彼は領主相手に部下二人を引き連れ交渉に赴いている、師匠にひっついてるだけのエリスにはとても出来そうにないな…、そんな彼が大きくなったらどんな人になるんだろうって ボケッ考えてしまう

…手持ち無沙汰だ、首にかけた首飾りをいじいじ弄りながら暇を持て余す


「んぁ、ラグナ!」

「ああ、エリス…」

すると、ラグナがアニスン邸から出てくる 後ろにはテオドーラさんとサイラスさんも控えている、交渉が終わったんだ 急いで彼らの下まで走り交渉の成否を聞く

いや、聞こうとしてなんとなく悟る、ダメだったんだろうなこれ、だってサイラスさんはあからさまに落ち込み テオドーラさんは分かりやすく機嫌が悪そうだ、ラグナはあんまり顔には出してないけど 少し残念そうだし

だが一応聞く、第一声でダメだった?なんて交渉を頑張ったラグナに対して失礼だからだ

「どうでしたか?上手くいきましたか?」

「うん、まぁ 見ての通りダメだったよ」

ああ見ての通りか、うん見ての通りって顔してるもん 見るからに落胆してるし、しかしダメだったか、まぁここで上手く行くなら彼らは国外にわざわざ戦力を探しに行ったりはしないものな、望みが薄いのは分かっていた

「その、またラグナのお兄さんの妨害ですか?」

どうやらラグナが戦力を得られないのは、他の国王候補である兄の仕業らしい

継承戦が始まるよりも前に方々に手を回し 口裏を合わせ、協力者を増やし自分以外の国王候補に手を貸さないよう言い含めていたのだ、故にラグナは四方八方駆けずり回り戦力を探す羽目になってしまっているのだ

それを卑怯とか汚いとかは言いはしない、寧ろ敵の戦力を封じるなど当然の戦略 ただこの兄という人物、余程用意周到らしくラグナは今まで仲間を一人として得ることが出来ていないらしい

「いや、この街は少し事情が違うらしいんだ、一応兄様から他の国王候補に手を貸さないよう言われてはいるけど…、ほら ここにくる途中チャリオットファラリスの群れの死骸を見かけただろ?」

「へ?、ああ…はい見かけました」

死骸の山、つまりアレだ…エリスは今でも信じられない、アレが一人の人間により しかも魔術も使わずに行われたものであると、アルクカース人はもともと身体能力が非常に高いらしいがそれでも限度があるだろ、エリスの魔術より強いパンチを素で出すとか…

「あのチャリオットファラリスの群れは、少し前からこの街を悩ませていたらしいんだ、周囲の道を踏み荒らし流通を遮り、畑を食い荒らしてそりゃあもうえらい暴れようだったらしいんだ、村人も追い返そうとしたけど…どうにも上手くいってなかったらしい」

村人が追い返そうとしたのか…あの怪物を、しかし彼らの猛威はなんとなくわかる、蹄は固く体重も思い まるで鉄槌で地面叩くように走り回るから岩の地面も容易く砕く、オマケに一体一体が魔獣退治に慣れた冒険者五人分の力を持つ、軽い災害と言ってもオーバーではないだろう

「そこを助けてくれたのがベオセルク兄様らしいんだ、偶々通りかかって 群れを見つけるなり皆殺しにして去っていったらしい、それからこの街周辺はベオセルク兄様を支持することにしたらしいんだ」

フラッと立ち寄って皆殺しにしたのか、そんなジョギング感覚でやれるものでもあるまいに、しかしベオセルク兄様を支持することにした…ということは元々は別の人を支持していたということだろう?つまり

「そのベオセルク兄様という方がラグナの妨害をしている兄様ではないんですね」

「ん?、ああ…そうか エリスには俺の兄妹の説明をしてなかったね、いいかい?俺の妨害をし方々に手を回しているのは、王位継承権第一位 第一王子のラクレス兄様さ」


そう言ってラグナは現在のアルクカース国王候補達を一人一人説明してくれた

まず一人目、先ほど言った第一王子のラクレス

本名はラクレス・ヴィッテルスバッハ・アルクカース、年齢は28歳 人間としても戦士としても指導者としても、脂の乗った年齢であり現アルクカース国王の正妻の子

そう言った込み込みの事情もあり現在 彼が一番人気らしく、カリスマもあり実際の戦争で指揮を執った経験もある、アルクカース男児らしく勇猛果敢で前線に立っても成果をあげているらしい

剣の達人としても知られていて、 討滅戦士団 ブラッドフォード・エイジャックスの弟子、このブラッドフォードという人物はあのバルトフリートにも指導したことがあるらしく ラクレスはバルトフリートの兄弟弟子とも言える、ラクレスは他国の騎士団長を打ち倒した経験をもあり、若き日のバルトフリートを超える英雄とも言われている

この人物が国内における戦力を完封しているらしく、既にアルクカースの九割を味方にしているせいでラグナが新たに仲間を作れない状態になっているのだ


そして二人目、あんまり話に出てこない王位継承権第二位、第二王女のホリンだ

本名ホリン・ブランデンブルク・アルクカース、年齢は24歳 あんまり継承戦には乗り気ではないらしく、此の期に及んで趣味に生きる趣味人…ラグナ曰くオタク気質のコレクターらしい

あら可愛らしいとも思ったが、どうやら彼女 コレクターはコレクターでも奥義コレクターとか訳の分からない趣味を持っているらしく、世界中の武術の奥義を収集と称して会得している、これがまたえげつないぐらい強いらしい…本気で戦ったところは見たことないが、アルクカースでも有数の使い手との予想が立っている

そんな彼女も一応自前で軍隊は持っているらしくラクレスほどではないが結構な戦力を保持しているとのこと

続く三人目…王位継承権第三位、第三王子ベオセルク

…名をベオセルク・シャルンホルスト・アルクカース、年齢を18 未だ年若い物のラクレスに次ぐ人気を誇る二番人気だ

ラクレスのようにカリスマがあるわけではない、むしろ彼は無口で無骨で不器用かつ乱暴…人と関わり合いになるのを好まない性格なのだ

だが彼は評価されている何故か?強いからだ、とてつもなく強いからだ  

恐らく一対一の殴り合いなら国王候補最強、いや下手したら討滅戦士団でさえ彼に勝てるものは少ないのではないのかと言われるほど、つまりベオセルクはこの最強の戦闘民族国家に於いてトップクラスの戦闘能力を持っているのだ

あのCランクの魔獣の群れさえ蹴散らしてしまうほど強い彼は、この強さこそ全ての国では誰よりも評価される、その強さを目の当たりにしたものは皆口を揃えてこう言う

『ベオセルクこそ、アルクカースの真の王に相応しい』と…、どうやらアニスンも同じようなことを言ったらしい


そして最後に我らがラグナ!四人兄妹末弟の第四王子、ラグナ・グナイゼナウ・アルクカース9歳!、保有戦力現在3人!(一名戦力外)…確かにこれじゃあラグナに手を貸してくれる人は少なそうだ


「というか、王族なのにみんな強いんですね」

「王族だからみんな強いのさ、この国じゃあ王族といえど弱ければ敬われないし、何より王位継承戦に勝てないからね」

なるほど、確かにそうだ 立場ある人間こそ強くなければならないこの国において、権力の頂点に位置する彼らが弱くあっていいはずないのだ

「…それにしてもみんな手強そうですね」

「ああ、兄様姉様はみんな強い…一部じゃ歴代最高峰の国王候補達、なんて呼ばれ方もしてるらしいよ?、…だから 俺もその名に恥じないくらい強くならなくちゃいけないんだ」

「若は十分強いっスよ!、まぁ…カリスマじゃあラクレス様に負けてますし技じゃあホリン様に劣りますし、腕っ節じゃあベオセルク様には勝てないかもしれませんけど、でも若は強い!」

「テオドーラさん、それ褒めてないし励ましてない、貶してるよ」

ほら見てよ!ラグナあまりの現実に打ちのめされて項垂れてるじゃん!、…他の王子王女との差を最も強く理解しているのはラグナ自身だろう
だが彼にも負けられない理由がある、他の王子王女が勝てば即開戦 デルセクトとの戦いが始まってしまうのだ、そうなれば…世界はめちゃくちゃになってしまう

だからラグナは諦めないんだ、少し項垂れ落ち込んだものの直ぐにパンパンと両頬を叩き気合いを入れ直す

「それでラグナ、この後はどうするんですか?」

「ん?ああ大丈夫 ちゃんと考えてあるよ、まずここには冒険者協会のアルクカース支部が存在するから一応冒険者に声をかけるのと、後この街に常駐している傭兵団もいるらしいからそっちにも声をかける、街にいる戦力 全員に声を掛けよう」

気を取り直してどんどん行くらしい、多分 ラグナはこの調子で国内の街という街を回ったんだろうな なんて、そんな気がするほど小慣れていた、いや段取りの良さはラグナ特有のものか?

ともあれエリスはラグナについて行くと決めたのだ、何か役に立てることがあったらどんどん手伝おう!、そう思い街をいくラグナについていく




…………結論は早めに言っておこう、ダメだった 全く相手にされなかった、冒険者にも傭兵にも、誰にも

冒険者達に声をかけても返ってくるのはエラトス王国の時と同じ『アルクカースの戦士に喧嘩なんか売れない!』という凄く情けないものと『ベオセルクとかいう化け物に勝てるわけない!』という凄く凄く情けないものだった、いやまぁ彼らは冒険者だからこそわかるのだろう 、Cランクの魔獣の群れを素手で倒す化け物になんか挑みたくないよな…

傭兵達に声をかけたら…笑われた、特にエリスを指差して笑われた 『こんなガキを連れてる王子様になんかついていけない、こんなのに雇われたとあっては恥もいいところだ』と、最もな意見なので悔しいが黙って聞いていたが…

ラグナが代わりに激昂してくれた『彼女は俺の認めた立派な戦士だ、仲間を笑うような奴なんかこちらから願い下げだ』と、その時のラグナは…なんだか凄く頼りになったけど、その後自分から交渉を投げてしまったと落ち込んでいた

彼は凄く仲間思いだが同時に責任感が強くまたそこまで打たれ強いわけではない ということが分かった、彼に任せるばかりでなくエリスが少しは支えなくては…

そう思ったあたりで、エリス達のこの街での用事は終わった…つまりこの街に存在する戦力となりうる一団全員に声をかけ、全員に断られたのだ



「ダメだったねー」

「ああ…」

エリス達は今、町の中央 広場のど真ん中で呆然と空を眺めてる、テオドーラさんとサイラスさんはもうこの街を離れる支度をするために今買い出しに行っている…、そうこの街ですることはもうないのだ

分かってはいた なんとなく分かってた、だって今までダメだったんだもん急に良くなるわけない

でも、ラグナ曰くエリスが来たおかげで流れが変わったらしい、だからもしかしてと一抹の希望を抱いていたが、簡単にはいかないようだ

「…それにしても、ベオセルクさん…凄く人気だね、この街で」

基本的に断られるときはベオセルクの名を出して断られた、曰く…『ベオセルク様こそこの国の王に相応しい』とか『ベオセルク様に勝てるわけない』とか『ベオセルク様が…』と、まぁ凄い人気ぶりだ

「ああ、強いってことはそれだけみんなから信頼されるってことだからね、事実…俺もデルセクトの一件が無ければベオセルク兄様が勝つって胸を張って言ってただろうしさ」

「そうですか、でも 街を助けるためにチャリオットファラリスを倒してくれる人ですし、もしかしたら説得したら戦争やめてくれるかも」

「いやダメだ、兄様は別に街を助けるためにチャリオットファラリスを倒したわけじゃないと思う、あの人はチャリオットファラリスを狩るのが趣味なだけだ」

どんな趣味だよ、と思ったが確かにラグナはあの死体を見たとき 何か合点がいったような顔してたし、…多分普段からアレを狩って回ってるんだろう

「兄様も姉様もアルクカース人らしく闘争こそ全てだと思ってる、戦うことこそ国のためになると思っている、…説得は無理だ 絶対に」

そう語るラグナの顔は、何か確信めいていて…とても悲痛なものに思えた、彼自身兄妹と争いたくはないのだろう、説得なんて手はものの1番に試したはずだ…きっとその時手痛く拒絶されたに違いない

だけど、だとするなら少し気になる 戦うことがアルクカース人らしいとされるなら…なぜ彼はそれを拒絶しているんだろう

「ねぇ、ラグナ…ラグナは何故、デルセクトの戦争を止めたいのですか?」

「え?、いやそれが国のためだと思っているからかな?、最初に言わなかったかな」

「そうではなく、何故兄や姉のように戦うという道ではなく、戦争を阻止する事こそが国のためになると思っているのですか?、ラグナもアルクカース人なら他の兄妹と同じような考えを持っておかしくないのに」

「………そうだね、…うーん」

エリスがこの問いを投げかけると、ラグナは考え込んでしまった 答えを用意しているというより、自分の内面に目を向けるような考え方だ…何故自分はこんなにも必死になってるんだっけ?というような…

「理由は…色々ある、いろんな戦争の歴史を本で読み無謀な戦いに挑み滅んだ国の話を見て… とか、戦わなくても上手くやってるデルセクトやアジメクの人々を見てとか、俺が生きてきた今までの時間がそう思わせたんだと思う…でも、やっぱりこの思想の根本にあるのは…」

「あるのは?」

「母上の遺言だ」

遺言…母のか、いや…ダメだ 嫌な顔をするな、エリスは母にいい思い出はないがそれはラグナには関係ない事だ、事実エリスも真実を知る前までは母の言葉が唯一の支えだったじゃないか、それと同じだ…うん

「母上の遺言ですか?」

「ああ、俺の母はアルクカースの戦士隊を率いる女戦士だったんだ、その活躍を見込まれ父上に求婚され妾になった、妾にはなったけど母上は戦士を辞めず 俺と言う子供を産んでからも母上はずっと戦場に居たんだ」

「ラグナを産んでからもですか?、それは…寂しくはなかったですか?」

「よく言われるけど、そんなことはないよ 兄様も姉様も優しかったし、父上も俺を愛してくれたから…、それに母上はこの国を愛していたからね…多分俺以上に、だから戦うのをやめなかったんだ、俺もそんな母を誇りに思っていた」

「そう…ですか」

「うん、ただある日母上が俺を残して戦死してしまってね、…その時は流石に少し寂しかったかな」

遠くを眺める、いや 追想しているのだ…当時の事を、思い返して母が死んだ瞬間をもう一度味わっているのだ、だと言うのにラグナの顔は揺らがない 相変わらず決意を孕んだ強い顔だ

「……母上は俺に常々言っていた、お前は王ではない 戦士の子だと、戦士は国を守るものだと、だからお前は何が何でも国を守れと…よく言っていた、それこそ戦死する前の夜も…そう言い残して戦場に向かっていたんだ」

「国を守れ…ですか」

「ああ、…母上は戦士として国を守る為魔獣と戦い 他国と戦い、内乱を起こす諸侯と戦い、戦い戦い戦い尽くして死んでいった…、だからかな、俺は何が何でも国を守りたいと思うようになったのは、母が命を賭して守ろうとしたこの国を守りたいんだ」

ラグナは立ち上がる、先程までの呆然と落ち込んだ雰囲気は消え去り 前を見据えるその姿は、まさしく戦士の王のようであった

「俺は王の子として 戦士の子として、国を守り戦う義務がある、その為ならたとえ臆病と罵られても兄妹から白い目で見られようとも構わない、大好きな母が残したこの国を 大好きな父と兄妹…そしてテオドーラやサイラスが住むこの国を 俺は守りたい」

だから戦争なんか起こさせない、これが俺の戦いなんだと彼は力強く語る…なるほど、そう言う事か、ラグナの決意はわかった 彼の根本は分かった、彼の根っこには家族への愛と仲間への愛がある、それがある限り例えどんな状況でも彼は折れない

「ラグナは強いですね」

「そうかな、常々もっと強くならなくちゃいけないと思う場面ばかりさ、エリスみたいに直向きに強くなり続けられない、いつも無力さを噛み締めてばかりさ」

「エリスもですよ、エリスもラグナが思うほど強くはないです」

ラグナは決して折れない、折れないけれど身の丈に合わないものを背負いすぎてその立ち姿は痛々しさすら感じる、どれだけ傷を負っても折れない代わりに いつか…そう、理想のために命を落としてしまいそうな、そんな危うさを孕んでいるんだ

エリスはラグナに頑張って欲しいと思っている、その感情はもはや目的の合致とかそんな打算的なものではない、もっと単純に…直情的なものだ、彼のためなら戦える そんな気さえしてくるのだから不思議だ

「そうかな 俺はエリスは強いと思うけど、でも…そうだな お互い現状には満足出来ないよな、なら進むしかない…か」

「はい、エリスも手伝いますよ、ラグナ」


「ゔぉーい、若ぁーっ、買い出し行って来やしたよぉ~」

「ひぃひぃ、な なんで我輩がこんな肉体労働をぉ…」

「ん!、テオドーラ!サイラス!」

エリス達の会話がひと段落したあたりで、買い出しを終えたテオドーラさんとサイラスさんが現れる 、買い出しって…テオドーラさんの手には夥しい量の干し肉 サイラスさんは両手にどデカイ酒瓶を二つ抱えているけど、何あれ…

「ラグナ、何ですか あれ…携帯食にしても肉と酒だけって」

「いや、あれは俺たちが食べる用じゃない、言うなれば通行料…かな?」

は?通行料?、なんだろうアルクカースの一部では肉と酒が貨幣の代わりに使われてるとかかな、ありえそうで怖い…だってアルクカースだもん、言っちゃ悪いがこの国の野蛮さを目の当たりにした今では多少のことではエリスはもう驚かないぞ

「若に言われた通りきちんと値切って来ましたよ!褒めてくだされ若ぁ!」

「値切り交渉をしたのは我輩だ!貴様は逆にぼったくられそうになっていたろうに!、ともあれ必要なものは買え揃えましたぞ?、若 この後はいかが致しましょう」

「んー、もうこの街ですることはないしな…、うん 悪路での移動で疲れたろうし、今日明日はまるまる休息とするよ、二人とも休んでくれ」

「やったーっ!若のそう言うとか大大大好きィ~!、じゃ!チャチャっとこれ馬車に詰め込んだらウチ酒場に行ってるから!ふひょひょ飲むぞぉ~!」

「あ!コラ!貴様一人で行ったらまた酒場に借金作るだろうに…!、若!すみません 我輩も奴に同行致します故!」

「ああ、あんまりハメ外し過ぎないようにな」

そう言って干し肉と酒瓶を抱えたテオドーラさんとサイラスさんはラグナに見送られながらまたもたったか何処かへ消えていく、…どっちが年上なのか分からんな…、にしてもあの二人 本当にラグナのことが大好きなんだな、テオドーラさんもサイラスさんも二十代だ、なのにまだ九歳のラグナに嫌な顔一つせずに従っている

「ラグナってあの二人に好かれているんですね」

「ん、まぁ俺も二人のことが大好きだけどね、…二人がいなかったら俺はここまでやってこれなかった、二人には感謝しても仕切れない」

二人が走っていく後ろ姿を眺めながら、ラグナは嬉しそうに微笑む…きっとエリスの窺い知れないくらいの窮地を三人で乗り越えて来たんだろうな、…なんかいいな、エリスもそう言う関係の人とかいるのかな

パッと思い浮かぶのはクレアさんだ、あの人元気かな…いやあの人が元気じゃない時間とか存在しなかったな、基本風邪も引かないし

「それにしてもレグルス様はどこへ行ってしまったんだろうな」

「さぁ、あの方の考えはエリスにも窺い知れないので…でもきっと、何か意味のある事だと思いますよ、あの方はいつも色々なことを考えてますから」

「ははは、エリスは師匠を信頼しているんだね、しかしいつ帰ってくるかも分からないし…思いの外この街での用事も終わったし、エリス?良ければ一緒に街を回らないかな?」

「エリスとですか?いいんでしょうか」

「いいも悪いもないだろう、それにねエリス…俺は君の抱いているアルクカースの誤解を解きたいんだ」

え?なんだろう エリスなんかアルクカースのこと誤解してるかな、フラリとこちらに向き直るラグナの威圧に思わず身構える、なんだなんだ急に

「エリス、君はこの国を戦いだけの物騒な国だと思ってないかい?」

「え?はい」

思うも何も事実だろう、軽く街を見て回ったがみんな殴るの大好き殴られるの大好き、そんな脳みそまで筋繊維で構成されてそうなマッチョマンとマッチョウーマン軍団の住まう国だと言う印象を感じた、と言うか実際そんな方ばっか歩いてたし

「それは良くない、この国がどれだけ素晴らしいか君に教えないといけないな…よし!、手元にある程度金もある!エリス 行こう!、君の凝り固まった誤解を解いてやる!」

「む…望むところです!」

なんだか知らんがエリスの誤解を解いてくれるらしい、解けるものなら解いてみろ この国が筋肉軍団の戦争大国であると言う事実は覆らないと思うが、それでも挑みれたからには乗らねばなるまい、ラグナの声に頷き 二人で一緒に街に駆け出す


……………………………………………………


「幸いこの街は比較的関所が近くにあることもあり、観光地としての側面も強いしアルクカースの文化を分かってもらうには1番だと思う」

「なるほど?」

エリスは今、ラグナと一緒にヴィルヘリアの街を歩いている

なんでもアルクカースという国がどう言う国か教えてくれるそうだ、…というのは多分ラグナの口実だろう、実際はエリスに息抜きをしてもらおうと頑張ってくれているのだろう

エリスはラグナと出会った時熱を出して倒れていたし…ラグナの中でエリスは体の弱い子みたいな印象なのかもしれない、多分体に鞭打って頑張ってくれている とかそんな風に思われている可能性もある

だが勘違いでもいいじゃないか、こうやって息抜きしたいと言う気持ちがあるのは事実だし、何より彼の気持ちを無碍にしたくない

「まずそうだな…あ!、これとかどうだろうか!、アルクカース名物穿焼き!」

そう言ってラグナが指差すのは屋台だ、鋭い木の棒で串刺しにした一口大の肉を火で炙っている、…食べ物か?、というか目の前で焼かれているせいか凄く香ばしい匂いがする、お肉ってどうしてこうやって焼くとこうも食欲を唆るいい匂いがするのだろうか、不思議だ

「なんでしょうかあれ、すごくいい匂いがします」

「ふふん、だろう?あれは戦場で戦士が槍で魔獣を串刺しにして焼いたという逸話から来てるんだ、串に刺した肉に塩と胡椒とニンニクを揉み塗り焼きただけの簡素な料理だがこれがまた美味いんだ、それに片手で食べられるから携行性にも優れ、片手で剣を持ち戦いながらもう片方の手で肉を食べることが出来る…こうやってパクパクって…」

「結局戦いに帰結するんですね、どの道物騒じゃないですか」

「むっ…確かに」

なんか目の前でお肉を食べるジェスチャーをしてるラグナには悪いが、それは結局戦いメインの話だろう、食事さえも戦闘を念頭において行うのかアルクカースは という感想しか抱かないし、それって結局戦いだけの物騒な国を体現する料理ということにはなるまいか

「じゃ じゃあ、あれはどうだ!これは兜煮込みって料理だ」

次に指差すのは別の商店、そこにはひっくり返した兜みたいな形をした鍋の中に山盛りに盛られた肉の山だ、よく見ればグツグツと音を立てていることから あの肉の山は何かしらの汁で煮られだことが分かる

「あれは戦場で勇姿が自分の兜に魔獣の肉を刻んで入れ煮込んだ事が起源とされる料理で、豚の骨と塩とニンニクで味付けされた出汁で色んな肉を煮込みほろほろにしてから食べるんだ、硬くて食べられない肉もああすれば美味しくいただけるんだ…俺もあれが大好物で」

「どの料理も戦場で生まれてるんですね、、やっぱりアルクカースは物騒な国じゃないですか」

「い…いや、…いやまぁ そういうわけじゃない、と言いたいが事実大体の料理が戦場で生まれてるな」

「後基本肉ですし」

「ああ、基本肉だ…今まで疑問にも思わなかったが、確かにこの街肉しかないな」

肉ばっかだ、思えばアルクカースに来てから肉を見る頻度が増えた、食卓に並ぶのは大きい肉が小さい肉のどちらかしかない、ああ 後もう一つ思うのが

「それになんか…」

「ん?なんだエリス、まだ何かあるのか…」

「いや、ただ思っただけなんですけど 、アルクカース人ってお肉と同じくらいニンニク好きですよね」

思えばテオドーラさんも最初出会った時ニンニク炒めをエリスに出してきた、こうやって商店を巡っていても 八割方の店からニンニクの匂いが漂ってくるし、さっきから紹介してくる料理全てにニンニクが使われている、多分国全体がニンニクというか 濃い味付けが好きなんだろうなぁ

「…うっ、そう言われるとそんな気がする…俺もニンニク好きだし、でもニンニクって何にでも合わないかな?とりあえず料理に入れとけば美味しくなるし、食べたら元気になるし」

「そうでしょうか、味が濃くなりすぎる気がしますよ 、それに食べた後息も臭くなりますし」

と言った瞬間ラグナがはたと口元を押さえる、どうしたんだ 青い顔して

「俺…今息臭いかな…」

「…いえいえ、臭くありませんよ」

今朝食べたのか、…こうやってみるとラグナもちゃんとアルクカース人なんだなって気がする

「はぁ、こうやって改めて見てみるとアルクカースの街って基本的に肉とニンニク臭いな、どれも戦場で生まれてるし 料理の名前もなんか物騒だし…」

あ、落ち込んだ…ラグナって現実を直視すると落ち込みがちだな、いやもしかしたら彼は案外ナイーブな性格なのかも、いかんいかんフォローせねば

「でもどれも美味しそうでいいじゃないですか、好きですよエリスお肉とか…さっきの穿焼き食べてみたいです」

「…………」

ジトーッと湿った視線が返ってくる…マズい、あからさま過ぎたかな…

するとチラリチラリとラグナの視線がエリスと肉の間を行ったり来たりする、そして

「ふふっ分かった、奢るよ 一緒に食べよう」

「ぃやったー!」

ともあれ機嫌を治してくれたようで、にやっと笑顔になり そこの屋台で串を二本かってきてくれる、先程まで火で炙られていたこともありホカホカと湯気を立てておりそれがフワリと肉のジューシーな香りをエリスの鼻腔に届けてくる、うう 美味しそうだ

「はい、こっちがエリスの分」

「ありがとうございます」

手渡されるのは片方の串、手に取ってみれば分かるがズシリと重い、身の詰まった良い肉を使っているからだろう、こうして近くで見るとわかるが溢れる肉汁が肉自身を黄金色に引き立たせており、一つの宝石のような美しささえ感じる

なんてエリスが串に見とれている間にラグナ大口を開け肉にかぶりついているのが見え、エリスも慌ててお肉に齧り付く…

「んふぅー、美味い…やっぱり疲れてる時には肉とニンニクだ」

「ですね、とても美味しいです」

すっごい味が濃い、激烈なまでに濃厚 擬音にするなればガツーン!とくるような味の濃さだが、案外しつこくなく 一口食べると口が次の一口を欲する

焦げ目がついた肉の香ばしい味わいとニンニクの濃厚で奥行きのある味、それを引き立たせるような胡椒と塩の香りが、程よく そしてお互いを邪魔しないようにエリスの舌を楽しませ、鼻に抜ける匂いはエリスの食欲を掻き立て口内に唾液が溢れてくる

食べれば食べるほどお腹が空く不思議な食べ物、ラグナの言った通り串に刺されてるおかげで食べやすくついつい食べ過ぎてしまう

「…はむはむ、…あ 無くなってしまいました」

ふと手元を見れば手に残されたのは寂しげな棒が一本、刺されていた肉は全てエリスのお腹の中へ旅立った…、結構な量だと思ったのに食べ終わってみると物足りなさを感じてしまう

「エリス?、もう一本食べるか?」

「い …いやそれは」

それは流石にはしたない、…でもエリスのはしたないお腹はクルクル音を立て 卑しい口はよだれが溢れてくる、一見粗雑に見える料理にも合理は存在し、一番美味しいと思える塩梅で調味料が加えられている、そうだ…アルクカースの筋骨隆々な料理人もまた 一介の料理人なのだ、そんな彼らの作る料理がマズいわけがないのだ

「…ふふふ、美味しかったか?」

「うっ…」

ラグナがエリスの顔を覗き込む、どうだ?美味しいか?あれだけ物騒とか戦いがどうのとバカにしていたが、美味しかったか?ん?と言わんばかりにエリスの顔をニヤニヤ見ている

…悔しい、悔しいけれど美味しかった、とても美味しかった それは正直な話だ、エリスは下衆の謗り食いのような真似はしない

「うぅ、美味しかったです」

「だろう?アルクカースは物騒なだけの国じゃないだろう?」

「はい…」

「アルクカースは食文化も素晴らしいだろう?」

「はい…アルクカースの食文化は素晴らしいです…」

「ふふん、分かったならばよし」

…なんか分かんないけど誇らしげに笑うラグナを見ていると負けた気がする、いやエリスは誰にも負けてないけれど 負けてないけれど、凄い敗北感だ でも美味しかった、こう アジメクでは味わえない『食べた感』と言うのだろうか、それが凄く濃いのだ…ああエリスは今お肉を食べたんだと言う満足感に満たされている、幸せだ

「じゃあ今日の晩御飯も何かオススメの肉を探しておくよ」

「どの道肉なんですね」



「ん?、おや?エリスにラグナ、こんなところで何をしているんだ?用事は終わったのか?」

ラグナと他愛ない会話をしていると人混みの中から聞き慣れた声が聞こえてくる、というかこの声は…

「師匠!、はい!エリス達の用事は終わりました…師匠の方も終わりましたか?」

「ああ、そんなに時間のかかるようではなかったのでな…しかしそうか、今は用事が終わって二人で遊んでいる、と言ったところか…おいラグナ」

「はい、そうです…師匠?師匠?」

人混みから現れたレグルス師匠は、二人並んで話しているエリスとラグナを交互に見て、何か合点がいったのか、静かに頷き…ユラユラとラグナに近づきその肩を掴むと

「ラグナ、エリスに手を出したら殺す」

「ひえ…」

「もう師匠、何を言ってるんですか ラグナはエリスのことを殴ったりなんかしませんよ」

何故かラグナの肩を掴み怖い顔で威嚇するレグルス師匠にもう!と頬を膨らませながら怒る、だってそうだろう 手を出したらってラグナはきっと絶対にエリスのことを殴ったりなんかしないから、師匠にしてはおかしな話をするものだ

「……それもそうだな、お前達はまだ子供だもんな いやすまん、邪推が過ぎた」

「い、いえいいんですレグルス様…それよりレグルス様の要件、とはなんだったのかを聞いても良いでしょうか?」

肩を手放され引きつった顔ながらもおほんと咳払いをし話を切り替える、確かに気になる 師匠がどこで何をしていたのか、でもエリスは知っている、どこで何をしていたかではなく師匠はこういう時、あまり詳しく話してくれないことをだ

「ん?、まぁ…友達の墓参りにな」

「友達?、師匠この国にアルクトゥルス様以外の友達っていたのですね」

「エリス…それはどういう意味だ、私だって魔女以外に友達くらいいる… いや友達と言っていいかはちょっと怪しいが、…うーん 言葉にするなら友達という言葉しか思いつかん」

師匠の顔は、なんだか複雑そうな顔だ…でもやっぱり詳しいことは話してくれないようだ、なんだかボカしたような言い方にちょっと不満を覚える、師匠は以前八人の魔女以外に友達はいないと言っていたしが…

「八千年も前の墓だから、跡形もなかったがな…それっぽい場所に花だけ手向けてきた、八千年後になって急に墓参りにくるなど…アイツは怒るだろうがな」

それでもアイツの怒りを宥められるのは花だけだからと師匠は明後日の方に目をやる、…師匠にも師匠の人生があり その人生の中で師匠はいろんなことを経験し色んな人と出会ってきたんだろう、…エリスの想像も及ばないような人生なのだろうな 、それは

「それで?、他に何か用はあるのか?ラグナ」

「いえ、今日はもう何も…宿も取っているのでそちらで休みますか?」

「いやいい、エリス…このまま修行に出るぞ?」

「はい師匠!」

師匠の呼び声に答え師匠の方へと軽く跳ねながらついていく、最近は無力感を痛感してばかりだ、初心に返って修行をしまくらないとエリス自身気が済まないのだ、…ああ でもその前に

「ラグナ!」

「ん?」

くるりと振り向けばラグナがキョトンと返事をする

「ありがとうございました、とても楽しかったです、またアルクカースの案内 いつかお願いしますね!」

ラグナのおかげで十分息抜きができた、ラグナにはガス抜きの大切さを教えてもらえた …そういう意味合いも込めて、出来る限りの笑顔でお礼を言う

「ははは、うん いつでも任せてくれ、じゃあエリス 修行頑張ってくれよ」

軽く手を挙げ笑いながら答えてくれる、まだラグナと出会って時間はあまり経ってないけれど、でも エリスの中では彼はもう立派に友達なのだ、彼のために もっとエリスは強くならないと

この後エリスと師匠は町の郊外で日が暮れるまで修行に明け暮れたおかげでエリスはまた一段と強くなれた、修行は相変わらずきつかったけれど強くなれたからいいのだ、どちらもラグナのとった宿の場所を把握してなかったから 夜道を二人で彷徨うことになったが、それでも強くなれたから…いいのだ、うん 



……………………………………………

それからエリス達は1日の休日を置きヴィルヘリアを発った、休日は1日のびのびと修行出来たのでエリスは元気いっぱいだ

再び馬車に乗り込み、ラグナ達三人を加えたエリス達一行はまたアルクカースの荒涼とし殺風景な街道を行く

ヴィルヘリアでアルクカースの地図を手に入れることが出来たのでそれを元にルートを再び考える、このままアルクカースの中央を目指すなら また別の街を一つ経由して進み 2~3週間程の時間でエリス達は目的である中央に行くことができる

と…思ったところでラグナが一つ提案をしてきた

「レグルス様、俺たちには時間がありません」

「ん?、どうしたラグナ」

相変わらず正面を見たまま声だけで返事をするレグルス師匠に、ラグナは構わず声をかける、…そうだエリス達に時間はない 継承戦まで一年しかないのだ、中央までの移動で一ヶ月費やすのは正直手痛いロスだが

かと言って空間を歪めて一気に着く方法などない、このロスは仕方ないと割り切っていたのだが

「近道を使いましょう、それを使えば三週間かかる道のりをかなり短縮できる筈です」

「何?そんなのがあるのか?」

近道があると言うのだ、…そういえばエラトスでも近道を使うと言っていたな、それを使うと言うのか…しかし一体何を

「よいしょっと、…近道とは ここを突っ切るんです」

と言って地図を取り出し指差すのはカロケリ大山脈と書かれた部分だ、いや地図を見ただけでも分かる 、アルクカースを南北に両断するが如き巨大な山脈だ、それを突っ切るって

…あいや、これここからでも見えるぞ 、あれか…あのどでかい壁みたいな山、っでっかぁ…高度はアニクス山の方があるけど規模とデカさならこちらの方が上だ、これを突っ切るのは無理があるような気がする

そもそも、三週間かかると言う算段自体 この山を迂回するためのもの、確かにこれを突っ切ればかなりの時短になるが…それでも

「ラグナ、それは無理がある…流石に馬車を引いてあの山は越えられない」

「それがあるんです、向こう側に続くトンネルが…この地図には書かれてませんし、一般的に知られてませんが、あれを超えるトンネルが存在します それを使えばあの山を越えられます」

「何?そんなものがあるのか?」

トンネルか…、確かにそれがあればいけるのか 、しかしなんでそんな便利な物の存在が隠されてるんだろう、なんて考えているとエリスの考えを読んだかのようにラグナが続ける

「このトンネルは基本的には秘匿されています、理由はいくつかありますが、そもそもあの山 アルクカースの所有物じゃないんですよ」

「アルクカースの所有物じゃない?アルクカース国内にあるのにか?」

「ええ、とある部族があの山一帯を占領していて、アルクトゥルス様も彼らにあの山の自治を任せているため大国アルクカースと言えども手出し出来ないんですよ」

なるほど、…いやなるほどじゃないよ 部族も何もアルクカースに住んでるならその人達もアルクカース人じゃないか、アルクカース人が自治するならそれはアルクカースの所有物…

「カロケリ山…なるほど、今はそう呼ばれているのか、読めたぞ あそこを仕切っているのはカロケリ族だな」

「知っているんですか師匠!?」

なんだそのカロケリ族ってのは…カロケリ山に住んでるからカロケリ族、いや多分師匠が知ってるってことはかなり古くから存在するし、口ぶり的にカロケリ族が住んでるからカロケリ山なのだろう

「レグルス様は流石に知っていましたか、そうです あそこに住んでいるのはアルクカースという国が出来る前からあの山に代々住んでいると言う先住民族です」

そこからラグナとレグルス師匠のアルクカースの歴史の授業が始まった

…アルクカースという国の成り立ちは、アルクトゥルス様がこの地域一帯に存在する武装国家と部落部族全員をねじ伏せ、たった一人で土地を侵略し作られた国らしいのだ

アルクトゥルス様は国民を従えるためにこの広大な土地にいる人間全員を叩きのめし心から隷従させた、…そんな中 アルクトゥルス様の侵略に唯一耐えた部族が存在した、それがカロケリ族だ

当時のカロケリ族の族長はレグルス師匠も知るほど絶大な力を持っていたらしい、それこそ魔女と渡り合ってしまうほど、魔女と族長の戦いは十日間続き 最終的に魔女が勝利したものの、アルクトゥルス様はその猛勇ぶりを称え、盟友として認めたのだという

以来この山は未来永劫カロケリ族に任せることになり、アルクカース側はこの山への干渉せず 同じ国内でありながら両者は共存していくことにしたらしい

それが今の今まで続いているのだとか…

すごいなカロケリ族 、あのアルクトゥルス様と渡り合い侵略を諦めさせたなんて…、ラグナ曰くカロケリ族にアルクカース国内随一の武闘派でもあるらしい

ただ、同時にかなり排他的であり アルクカース側からの干渉をかなり嫌うらしいし、下手に侵略しようとすると今度はアルクトゥルス様が『オレ様の盟友の土地を汚すんじゃねぇ!』と怒鳴り込んでくるとのこと

「そうか、アルクトゥルスの奴律儀にカロケリ族との約束を守っているのか、ふふん アイツらしい」

「なるほど、師匠が墓参りに行った友人とはこのカロケリ族の当時の知り合いとかだったんですね」

「いや、カロケリ族とは知り合いだが 、別に私はあんまり仲良くなかったな、むしろ嫌われてた」

何したんですか師匠…

「ともあれ、このカロケリ族の所有するトンネルを使わせてもらえれば、一気に時間を短縮できます」

「だが出来るのか?、アルクカース側からの干渉を嫌うのだろう?通して貰えるのか?」

「…いけます、考えがありますから」

あ、なんとなく分かったぞラグナのしようとしてる事が、あれはそういう意味だったのか、確かにラグナはなんとかする手立てを用意している、上手くいくかは分からんが…
うん、任せてみよう

「師匠 行ってみましょうよ、カロケリ山」

「……ふむ、そうだな、久々にあの部族がどうなってるか見てみたいしな」

そうしてエリス達は進路を変える、目指すはあの壁のような巨大山脈だ
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