孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

40.孤独の魔女と古の霊峰

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カロケリ大山脈、岩山が多く存在するアルクカースの中でも一際巨大な山脈は、険しく 巨大である為踏破は不可能との呼び声高く、アルクカース王城もこの山を背に建っており 自然の防壁としてその威容を遺憾なく発揮している

またこの山は国内でも有数の鉱山地帯でもあり、アルクトゥルスの加護もあって、そりゃあもうすごいくらい良質な鉱石が取れ 魔鋼もザクザク掘れるらしい

が…それが市場に流通することはほとんどない、何故か?

それはこのカロケリ山脈を所有するカロケリ族が外への流通を制限しているからだ
 
カロケリ族は山岳信仰を主とする部族である、彼らからすれば信仰する山から取れた恵みを切り売りしお金に変えるなど言語道断とも言える行いなのだ

故に、山で採れた鉱石は一部分だけ親愛の証として魔女様に献上する以外に決して外には出さない、その山から取れる非常に純度の高い鉱石がどれだけアルクカース内で高い価値を持とうが彼らは決して金には変えず決まった量しか外に出さないんだ

偶に、そんな鉱石を欲して諸侯や領主が攻め入るらしいが、カロケリ族はあまりに強い 屈強なアルクカース戦士をしてどうにか出来る相手ではない、その上大規模に進行しようとすると今度は魔女アルクトゥルスが怒り狂う

『我が盟友の子孫達が治める土地を汚す奴は、何人たりとも生かしちゃおけん』と怒鳴り込んでくるのだ、流石にアルクトゥルスを敵に回したがる人間はいない 

そう理由もあり、カロケリ族は今日この日まで平穏を保ち続けている、領主や剰え王族でさえ彼らに干渉し脅かすことは出来ないのだ 

とはラグナの談、彼の持つ宝剣『ウルス』もこの山で取れた鉱石で作っているという縁もあるらしい、今は全然関係ないが


そんな恐ろしい山の入り口とも言える麓にエリス達は今来ている、ラグナの提案でこの山に存在すると言われるトンネルを使わせてもらうためだ


「にしてもすごい険しい山ですね…」

エリスは見上げる、目の前にどかーんと立つどデカイカロケリ山脈を見上げて…なんだか懐かしい気持ちになる、エリス達の故郷 惑いの森もこんな大きな山に囲まれた場所だったな、多分師匠一人ならこのくらい飛び越えられるんだろうけど 今のエリス達には馬車があるからそうも行かない

「この険しい山肌の中腹で カロケリ族は暮らしているらしいよ、外とあまり取引をしないから山にあるものだけで基本的に暮らしているらしい」

「そうなんですか?、見たところ草木もあまり生えてるようには見えませんが…」

「その辺は自分たちで育ててるさ、まぁ こんな山で農耕なんて楽じゃないだろうけど」

ラグナもエリスの隣で山を見上げている、…なんかこう 目の前にデカイものがあるとついつい見上げちゃうよね

「それで?そのトンネルとやらはどこにあるんだ?」

馬車を動かしている師匠はあんまり楽しくなさそうだ、山の麓をさっきから馬車で進んでいるのだが、ここからどう動けばいいか分からないのだ、そもそもこの馬車の動力は師匠自身、だんだん急になる道に比例して師匠の労力も増えていっているのだろう

「もうすぐです、もうすぐ彼らの方から接触があるはず…」

「ッ…」

とラグナが口にした途端、レグルス師匠が何かに反応する 次いでテオドーラさん少し遅れてラグナも顔色を変え……そしてようやくエリスも気がつく

何かいる、周囲の岩に隠れて そしてすぐそこの崖に隠れて…何人かの人間がエリス達を監視しているのを感じるのだ、サイラスさんはずっと『え?なに?』という顔をしているが

「ラグナ…誰かいますよ」

「分かってる、…俺たちは敵じゃない、頼む!顔を出してくれ!、君たちと話がしたい!」

ラグナが立ち上がり叫ぶ、誰に向けてか すぐそこで隠れている奴らに対してだ、流石にエリスでも分かるくらい敵意ビンビンの相手にそう問いかけるのだ

多分、ラグナがもっと別の文言…それこそ敵対心を煽るようなことを口にしてたら、奴らは岩陰から一斉に襲いかかってきただろう、そのくらい 彼らはエリス達を警戒している…


「何者ダ、ここは神聖なるカロケリ山であルゾ」

すると、ラグナの言葉に反応して岩陰から何かが顔を出す…あれは

魔獣だ!、いや違うパッと見魔獣に見えたが 、違う…彼らは少し素っ頓狂な格好をしているため魔獣と見間違えてしまったのだ

現れたのは陽に焼けて黒く染まった肌を遺憾なく露出する大男だ、服などろくすっぽに着ず、干し藁を編んだような腰巻と、魔獣の骨を其処彼処に装飾として身につけており、体のあちこちに白いペンキみたいなので模様が書かれている、頭に至っては魔獣の頭蓋骨をすっぽり被っており、その出で立ちは魔獣そのもの

「あれが…カロケリ族ですか?」

「ああ、怒らせるなよ…」

ラグナが敵意を見せずに両手を合わせ挨拶すると、カロケリ族の警戒は解け…てはいないな、ただ一人顔を出すのに追従して次々と岩の陰から同じような人間が顔を出す

全部で二十人くらいか、彼らは皆藁と骨の変わった格好と共に、木の棒に石を取り付けたような原始的な槍や剣を手に持っており、その鋒は全てエリス達に向いている

「何をしに来タ、返答次第では貴様の亡骸をこのカロケリ山に捧げる事にナル」

そして一際大きな黒々としたカロケリの戦士が前へ歩み出てくる、服を着ていないからかその立派な筋肉が目につく、…あれは鍛えて出来たものではない、この過酷な環境で自然に培われた 強靭な肉体なのだ

あれがこの一団の代表なのか…

「俺はラグナ、ラグナ・グナイゼナウ・アルクカース…この山の魔女の抜けの穴を使わせて貰いたい」

「…私は偉大なりしアルミランテ、カロケリ族の族長ダ…我々はこの崇高なる山を貴様ら野蛮な者たちに踏み荒らされる事を承知でキン」

響く 伸びるような声でアルミランテは淡々とラグナの言葉を足蹴にする、その瞳…といっても魔獣の頭蓋骨に阻まれよく見えないが 、『帰れ』と言いたげなのは分かる

「勿論、ただではない 捧げ物として肉と酒を用意した、それを全て カロケリ族とこの山に献上したい」

「捧げ物…?」

「肉…」

「酒…」

呟いたのは誰か、ラグナの言葉に反応して周囲を囲むカロケリ族がちょっと嬉しそうに呟いているのだ、分かりやすい と思ったらアルミランテがギロリと周囲の連中を睨み黙らせる、彼も大変だ

「これは取引ではない、我々は貴方達とこの山にただ敬意を示したいだけだ…受け取ってはもらえまいか」

「ふむ…肉と酒カ、魔女殿が我らが祖先 強靭なりしアキダバンに贈ったと言われる品と同じダナ、…なるほどそういう事カ …魔女アルクトゥルス様の差し金ダナ?」

「……………」

アルミランテの言葉に、ラグナは何も返さない 肯定も否定も、だがアルミランテはそのラグナの態度に何か得心したのか、軽く頷くと

「些か癪ではあるがまぁ…よかロウ、そういう事であれば穴の使用を許可スル、だが貴様らを信用したわけではナイ、山を越えるまで見張りをつけさせてもラウ、構わなイナ?」

「はい、感謝します」

「ん、果敢なりしリバダビア!見張ってオケ」

その言葉に再び力強く手を合わせ感謝の意を示すと、アルミランテも納得したのか何も言わずにゾロゾロと一団を引き連れ山の奥へ戻っていく…、終わったのか?上手くやれたのか?ラグナの顔からは安堵が溢れており 、エリスも少し安心する

「凄いですねラグナ…」

「いや、俺も初めてだったが 上手く誠意が伝わって良かったよ…」

「しかし若、こんな方法よく知っていましたな、我輩もこんな抜け道があるなんて知りませんでしたぞ」

エリスとラグナの会話に挟まってくるのはサイラスさんだ、…あれ?サイラスさんも知らなかったのか?てっきりアルクカースでは一般的な方法だとばかり…

「いや、少し昔にアルクトゥルス様に教えてもらってね、こうすれば抜けられると」

「アルクトゥルス様に?一体どうして…」


「オイ!、アタシものセロ」

するとエリスの言葉を遮り甲高い声が響く、…何事と思い外に目を向ければ アルミランテと同じように魔獣の骨を被ったカロケリ族がこちらを睨んでいる、いや 体格的に女か?胸元隠してるし、年齢もあまりなさそうだ クレアさんとかと同じくらいかな

「ああ、君がアルミランテ族長が言っていた、果敢なりしリバダビアかな?」

「その通リダ!、山に手を出したらその瞬間殺してヤル!」

なんて物騒なことを言いながらリバダビアはズカズカと汚い足で馬車に乗り込むと、乱雑にその場に座り込む、手には槍…肌にはなんか白いペンキみたいなので色々模様が描かれてる…この人がリバダビア、いや果敢なりしリバダビアか

「あの、よろしくおねがいしますね」

「ん…?フンっ!」

一応友好の証としておずおずと手を伸ばすが、彼女の機嫌は治らず プイと向こうを向いてしまう、仲良くするつもりはあんまりないらしい、敵でないことは示したが 信頼するかはまた別の話、排他的とは聞いたがここまでか…いやこれはこの人の性格か?

「ともあれ通っていいんだな?、リバダビアと言ったな 道案内を頼むぞ」

「果敢なりしリバダビアだ!、道案内は任せろ 族長に言われた以上ちゃんとヤル」

しかし役目はちゃんと全うするらしく、リバダビアは師匠めがけ少し偉そうな態度で道案内を始める、そこを右とか そこを左とか、岩の隙間を縫うようにどんどん奥ばったところへ案内される

岩と岩の間、隠されるように位置するそこに 大きな穴はあった…、これが魔女抜けの穴…

「こいつは普段、盟友である魔女アルクトゥルス様しか使うことが許されていナイ、けど今日は特別だから入ってもいイゾ」

「魔女抜けの穴って…これ普段からアルクトゥルス様が使ってるんですか?」

穴だ、それも結構な大きさの穴、天然の洞窟ではなく掘削され作られた穴であることが外からでも分かる…これが山の向こうまで通じてるなら凄い大きさの穴だぞ…

「ああ、盟友 魔女アルクトゥルス様は我らが友だ、山には自由に出入りしていいことになってイル、偶に族長とお酒飲んでルシ」

なるほど、はるか昔からの関係性は今も続いているのか、それでアルクトゥルス様が国内を歩いて回るとき 山を迂回しなくてもいいように、こうした抜け穴が用意されていると…魔女しか使っちゃいけないならこの穴、謂わば国家機密級の穴なのでは?

「入っていいなら入るぞ」

とエリスが戦慄しているが そんなの知らんと言わんばかりに師匠は構わず穴の中に馬車を進める…



穴の中は真っ暗、かと思いきや 壁面にはなんかキラキラと光る水晶が埋め込まれており比較的明るい、意外と風通しも良く快適だ

「リバダビアさん、あの水晶はなんですか?光ってますけど」

「果敢なりしリバダビアだ、…あれはよくわかラン、山から生えてるやツダ 、多分ナ」

ざっくりしすぎだろ、なんで自分たちの山のことが分かんないんだ…

「あれば光魔晶と呼ばれる水晶で、魔力に反応し魔力と共に発光する力を持つ希少鉱物だな、この山は山自体が力を持つ類の霊峰でもあるからな、ただそこにあるだけで光り輝く自然の作り出したランプといえよう」

代わりに師匠が解説してくれた、師匠はなんでも知ってるなぁ…リバダビアさんもなるほどというように頷いてる、しかし魔力一つでこんなに明るいなんて便利な石だ…、一つくらい持って帰っても、なんて欲を出した瞬間リバダビアさんが斬りかかるってくる事だろう

彼女はそういう意味も込めての見張り…なのだろうな

「ン…?なンダ?」

ジッとリバダビアさんを見ていると、その視線に気がついたのか ギロリと睨み返してくる、そんな一々怖い反応をしないでほしい…
ただ、…まぁ強いて言うなればその格好が気になる…言ってしまえば奇抜奇天烈とも取れる、独特のファッションが

「その、カロケリ族の皆さんは変わった格好をしているなぁ、と思いまして」

「む…こレハ、我らが祖先 強靭なりしアキダバンがしていたという伝統的な装束ダ、我らは生まれた時からこの格好しかセン、我らからすれば寒くもないのにブカブカと服を着るお前たちの方が変ダ」

ああそういうことか、彼らからすればこれは普通なのだ、エリスたちは生まれた時から服を着る文明の中育ったから服を着るのが当然なだけ、彼らは服を着ない文化の中育ったからこれは普通なのだ

エリスも服を着ていることを馬鹿にされればムカッとするように、彼女達もまた自分たちの普通を卑下にされれば心穏やかではいられないか、これが彼らの伝統であり常識ならばエリスもそれを尊重しよう

いや興味本意で失礼な事を言った、謝ろう…と思った瞬間

「なるほど、それはアキダバンの格好の真似だったか」

「む?、なんだお前ハ」

すると師匠が馬車を進めながらこちらに首を曲げリバダビアの格好をジロジロ見始める、そっか 、そういえば師匠もかつてのカロケリ族と知り合いだと言っていたな、きっとそのアキダバンというのは魔女アルクトゥルスと渡り合った強者のことなのだろう

「申し遅れた、私は魔女レグルス…君達の祖先アキダバンとは知り合いでな」

「ほう!魔女!、そウカ!我らが祖先強靭なりしアキダバンの知り合いか!、アキダバンも我らと同じ格好をしていただロウ!」

「ああしていた」

と師匠の言葉を聞いて何故かリバダビアがほれみたことかみたいな顔でこっちを見てくる、これは確かに八千年前から続く伝統なのだ思い知ったかという顔だ、この人大人気ないな

しかし、師匠は ただ とも話を続ける

「ただ、…アキダバンは当時からそんな格好をしていたが、当時から変わり者として知られていてな、部族のみんなは普通に毛皮の服とか着てる中、あいつだけ魔獣の骨を裸で被るカロケリで一番の変わり者として知られていたんだ」

「え……」

「いやアキダバンの素っ頓狂な格好がこうも長く続いているとは、変な格好と部族のみんなから笑われていたアキダバンも報われような」

「…………」

…黙ってしまった、師匠の言葉を聞いてリバダビアさんはなんか意気消沈したように自分の格好をジロジロと見回している

「……やっぱり変だヨナ、この格好…服着ないと寒イシ…」

自信なかったんかい!、いやたしかに自分の伝統の始まりが祖先の素っ頓狂な趣味だったかもしれないけど、今はそれも立派な伝統なんだろうに!

「そ そんなことないですよ、変じゃないです、とても強そういいですよ?リバダビアさん!」

大慌てでフォローする、流石に可哀想だ 伝統を続けるとは生半可なことではない、伝統とはただそれだけで素晴らしいものなのだから

「そウカ?だが強靭なりしアキダバンは笑われていタト…」

「そんなことないですよきっと、それに伝統を重んじ体現する姿はとてもかっこいいです!、かっこいい!リバダビアさん!かっこいい!」

「…そうカナ、お前いい奴ダナ…」
 
そうそう!とエリスは必死に慰める、変じゃない変じゃない 当時は笑われてたかもしれないけど今はみんなその格好だし変じゃないと言い聞かせる

「でもアタシはかっこいいのより可愛い方がイイ」

めんどくさい!、とは口に出さず なんか異様に落ち込むリバダビアさんを放っておけず、結局エリスは延々とトンネルの中ずっとリバダビアさんを褒め称え続けることとなった…

そうして、リバダビアさんが機嫌を直す頃にはちょうどトンネルを抜けかける頃合いだった

…………………………………………………………………………


「エリス!もうすぐダゾ、もうすぐ外ダ!」

「は…はい」

やっとか…エリスはくたくたです、拗ね切ったリバダビアさんを宥めるのに体力を使い果たしてしまいました…、ただ代わりに親身になって褒めていた甲斐もあってリバダビアさんすっかりエリスのことを受け入れてくれたようで最初の酷く排他的な印象は見られない

やはり人間付き合ってみないとわからないものだなと、子供ながらにしみじみ思う、後リバダビアさんはこう見えてかなり子供っぽい事もわかった…思慮と配慮の足りないクレアさんみたいな人だ

「エリス!外ダゾ!」

「わ 分かりましたって…」

「いい景色ダゾ!見ロ!」

そして何故か物凄く構われるようになった、懸命に話しかけていたこともあってか、エリスのことを少し認めてくれたようだ…、いや認めるというよりはこれはただ褒めてたから気に入られただけか…

「オイ魔女レグルス!、外に出たら山の中腹ダ、馬車を滑らせないように注意シロ」

「分かったよ、最悪滑落しても私が止める」

馬車の滑落事故は出来ればもう経験したくないな なんて思うながらも、近づいてくる外の陽光に目をシパシパさせる、ずっと暗闇にいたせいか外の光が眩しくてたまらない

手で光を遮りながら瞬きをすること数度、だんだんと目が光に慣れて外の景色が見えてくる…うん、うん見えてきた見えてきた 


「っー…うー 、み 見えてきました…ッ!? 」

やっと目が光に慣れようやくトンネルの外が見え来て 外の全容が明らかになる…

そこにあったのは


堅牢、遠目に見ても分かる…あれは戦いというものを完全に理解した者が作り上げた戦闘的芸術だと

装飾はない 無骨である、輝きはない 無粋である、ただ石を積み重ね ただ理屈を積み重ね、出来た建造物に余分はなく、ただ頑強さだけを求めたその造形は 建築の極致と言える

エリスにその手の知識はない、門外漢だ しかしそれでも分かる 、その城は…その街は、こと戦いにおいては完璧な作りをしていると、圧倒するような威圧感と共にそれを感じる

街の名前は 大戦街ビスマルシア…この世の武器全てが集うと言われる戦いの都…その中心、大地に突き刺さるように作られた要塞の名は魔女大要塞フリードリス


その名の通り、争乱の魔女の住まう要塞である……



エリスはまだ、カロケリ山の中腹にいる…トンネルの出口がそこに繋がっているからだ、だがここからでも見えるほど街は巨大 要塞はもっと巨大、友愛の白亜の城もデカかったが、こちらは少々違う

いやデカいにはデカいが、白亜の城は魔女の偉大さを際立たせるような姿だったが、こちらは寧ろ魔女の恐ろしさを伝えるような姿をしている、魔女に逆らうなよ?まるでそんな声が聞こえてくるかのようだ

「あれが、フリードリス…エリス達の目指す、アルクカースの魔女の要塞」

「ああ、そして彼処に魔女と他の国王候補もいる…」

そう、エリス達の戦いの地…かどうかは分からないが、少なくとも彼処が目的地であることに違いはない、今味方が一人もいないこの状況下を唯一打破出来る可能性が高いのは…もはや彼処しかないのだ

「相変わらず広いっスねぇ、ってか!この穴あったらフリードリス後ろから攻められんじゃん、…やっばーっ」

「フリードリスは背後にカロケリ山がある前提で前方に集中して防備が組まれているからな、この穴の存在が外に知れ回ったらえらい事になるだろう、少なくとも我輩…この穴を使えば5度はフリードリスを陥落させられる自信があるぞ」

なるほど、だから秘密なのか… もしかしたらカロケリ族のみんなはそれを分かっているから、律儀に穴を守っているのかもしれない、となると盟友とも呼ばれるアルクトゥルス様はカロケリ族からはかなり好かれている…という事になるな

「というか、もう街は目と鼻の先じゃないですか…ここから一週間かかるんですか?」

「ここからが本番だぞエリス、馬車で山を下るのは大変ダ、ゆっくりゆっくり進む必要があるカラ、一週間という時間をかけるンダ、それに 近いようでいてアレで遠い…慌ててもいいことはナイ」

確かに、カロケリ山は岩山だ…地面には砕かれた石ころがジャラジャラと音を立てている、これではいつ車輪が滑って滑落するか分かったもんじゃない…、馬車は登るより下る方が大変だ、うん ここからは慎重に行ったほうがいい、滑って馬車が落ちたら大変…というか嫌な思い出が蘇って…あわわ

「師匠…」

「ん?、エリスなんだ?今ちょっと集中したいんだが…」

色々思い出して師匠にひしりと抱きつくも今師匠は馬車を手繰るので忙しいらしく相手してもらえない、辛い…けど邪魔はしたくないのでおずおずと離れる…

「どうしたんだエリス?顔色が悪いけれど」

そう言ってエリスの顔を覗き込むのはラグナだ、…こう デティにも言われたが悪い記憶を思い出してる時のエリスの顔色は土色をしていて物凄く悪いらしい、そりゃ心配もするか…

「いえ、少し気分が悪くなって…」

「そうか、俺に何か出来ることはあるか?」

「…背中撫でていて貰えると助かります」

「分かった」

エリスが背中を向けるとラグナがゆっくり優しく撫でてくれる、気持ちいい…楽になる、こうやって細かい気遣いが出来るからラグナは好きだ、デティのことを悪くいうわけではないがデティにこういう細かな気遣いはできないからな、まぁデティにはデティのいいところがあるから それはそれでいいのだが…

ラグナの手つきに思わず眠気を誘われウトウトし始める、…どの道着くのが先なら…寝てしまってもいいだろう、もうなにかを考えるのも億劫だ

「エリス…体が弱いのに無理して俺についてきてくれて…」

なんかラグナの小声が聞こえた気がするがもうそれに答える余裕もない、別にエリスは体が弱いわけじゃない…たまたま弱いところをたくさん見せているだけ…なんて抗議の声は、エリスの大欠伸によってかき消され、意識はまどろみに消えるのだった





………………次にエリスが目を覚ましたのは、さしたる時間も経たないうちだった

耳をつんざく轟音と共に大地が揺れ、あまりの衝撃に覚醒し寝ぼけ目をこすり周りを見回す

「な 何事ですか!?」

「魔獣だ、それも群れが攻めてきた」

とラグナの声がエリスの頭の上から聞こえてくる…って、あれ エリス ラグナの膝の上で寝ていたのか、王子様を下に敷いて寝るなどとんだ無礼をと即座に起き上がろうとするも、揺れる地面に足を取られすってんころりんと頭を打ち付ける…と共にその上からラグナが降ってきて…

「うげふっ!?」

「わぷっ、ご ごめんエリス!」

「い…え問題ありません……」

ラグナの見かけの割に重い…というよりがっしり鍛え上げられた体に潰されて、口では問題ないと言いつつも エリスの内臓はミンチに…なりはしないが動けない

仕方なし首だけ動かして外の方を見ると既に戦いは始まっていた…

そこでようやく気づく、この地響き この衝撃 この爆音 その全てが魔獣によって生み出されたものではないことに気がつく

「ゥオオオオッラッシャァァァアアアッ!!」

腕の一振り メイスの一撃で紙吹雪でも散らすかのように魔獣の体を吹き飛ばすのはテオドーラさん、一気に4~5体の魔獣を相手しているようにも見える、あの大きさ…少なくとも全員Dランクはありそうだぞ

そしてもう一つ、いやこちらの方が問題か

「グァアアアッッッ!!」

それは猿叫か或いは餓狼の遠吠えか、否 人の声である、裂帛の気合と共に刃を振るうのはリバダビア、…違うな 彼に倣いこう呼ぼう、果敢なりしリバダビアであると

この爆音はリバダビアが振るう武器の音である この地鳴りはリバダビアの振るう猛威である、このとんでもない騒ぎは彼女一人で作られているのだ

「キィィィイイイッッ!!」

対するは巨大な獅子だ、獅子…だというのに不思議なことに背中には山羊の頭がにょきりと生えている、おまけに尻尾は大蛇…あれはキマイラ、否 Aランクの魔獣グレーターキマイラだ

特級の危険度を持つと言われ、一匹だけでも災害級の怪物と呼ばれる伝説の存在…この魔獣の恐ろしいところは一匹で冒険者百人分の強さであるにもかかわらず、常に雌雄で行動を共にするところにある

がどうだろうか、エリスが目を覚ました時点で既に一匹は血塗れで地に伏しており、リバダビアの手で切り刻まれたことが容易に想像出来る

「シャゴァァァアア!!」

「ッッーー!?」

三匹の猛獣の声を掛け合わせたかのような不気味な咆哮が木霊する、魔術だ 何かをするつもりだ、なんてエリスが冷や汗をかいた時には既にリバダビアの行動は終わっていた、エリスが冷や汗をかくよりも速く そのあるかどうかもわからない前兆を読み取ったリバダビアは

「ッッ!ガルァァアアッッ!!」

猛犬のように唸り散らし、手元の槍を突き上げる 狙うは獅子の下顎、火炎猛息を吹き辺りを焼き焦がそうとしたキマイラの口は、リバダビアの一撃により下顎と上顎縫い付けられ固く閉ざされてしまう

ああなってしまってはどうにも出来ない、行き場のなくなった炎は見る見るうちにキマイラの喉に溜まっていき…刹那…

「ゴベィァッッツ!!?」

爆裂する、自らの吹き出そうとした炎で自ら首を絞めた…いや爆ぜさせたキマイラの獅子の首は跡形もなく消し飛ぶ、が…倒れない 彼らには三つ頭がある、今度は不規則なところから生えた羊の頭が主導権を握る

これだ、これがキマイラの恐ろしいところなのだと本で読んだ、奴らには致命傷というものがない、普通頭部を破壊されれば絶命するが…奴らには頭一つにつき一個づつ臓器が存在する、故に三回 奴らを殺さねばならないのだ、ただでさえ強いキマイラという魔獣を…

「シィィイイッ!…『付与魔術・切断属性付与』」

なんて…エリスが戦慄したのもつかの間、キマイラの体から何かが放たれる…なんだ攻撃か?と身構えたが、すぐに分かる エリス達の馬車の前にゴロリと転がる山羊の頭…一瞬だ、一瞬でリバダリアに切り落とされたのだ

ギョッと目の色を変える頃には、既にリバダビアは嫌がる尾っぽの大蛇の首を捕まえひっ掴み、ブチブチと引きちぎっていた


……強い、いやカロケリ族は強いと聞いていたが 一人でAランクの魔獣を二匹相手取り、殆ど無傷で瞬殺してしまった…強すぎるだろ

「魔女レグルス!、今日の晩飯が取レタ!」

「随分大物を取ったな、捌くのが大変そうだ」

「ふぃ~、つっかれた~…キマイラって他の魔獣従えたりするんだねぇ、知らんかった~」

にししと笑いながら槍を肩に担ぎ リバダビアさんが戻ってくる、テオドーラさんは周りの取り巻きを殺し終わり腕を回して寛いでいる、エリスが寝ている間に二人で戦ってくれていたようだ

「捌くなどそんな贅沢をする必要はナイ、こうやって食うノダ、ガブッ!トナ?、みんなで群がって喰ラエ!」

「阿呆、別に我らは贅沢で料理をしているわけではない、生肉をそのまま食うのはリスクを伴うのだ…エリス?起きているか?、あれを捌けるか?」

ふと、エリスに話が来る 捌けるか?…いや捌ける、魔獣の肉の処理の方法は師匠に既に教えてもらっているし、肉の加工法もアジメクで勉強済みだ やれる、やれるが如何せんサイズが大きい…

「分かりました、ラグナ 肉を斬るの手伝ってください、料理はエリスがやります」

「ん、分かったよ 、この宝剣ウルスがあればキマイラの肉もスパスパ切れるからね」

その宝剣ウルスを包丁代わりに使ってしまうのは申し訳ないが ラグナは快諾してくれた、…さて やるか

……………………………………

「せっ!せっ!せっ!」

「エリス!これ切り終わったぞ!」

「ありがとうございます!、ならそのお酒でお肉を揉んでおいてください!」

「分かった!任せておけ」

「ホォ~~~」

今エリス達はカロケリ山中腹にて野営の最中だ、あのどデカイキマイラを捌きながらエリスとラグナはせっせこ料理中だ、ラグナは非常に手際がいい 王子なのに肉を筋に沿って丁寧に切ってくれるからエリスもやりやすい…

そんなせこせこ動くエリスとラグナを何が面白いのかリバダビアさんはさっきからずっと見つめてる、見てるなら手伝ってくれてもいいのに

「手伝ウゾ!エリス!」

と思ったら手伝ってくれるらしい、しかし肉は粗方ラグナが切り終えてくれたし…いやラグナでも出来ない作業があったな

「ありがとうございます、じゃあリバダビアさん、魔獣の内臓って処理できますか」

「出来ル、アタシは手先が器用だかラナ」

と威勢良く返事すると手元の槍を持ち、魔獣の腹を槍で裂き 内臓をずるずる引き出してくれる、…しかし…うん エリスの手元の肉を持ちながら考える


魔獣の肉は硬い、当然だ 彼らは時として剣を弾くほどの防御力を持つ、そのまま焼いては食えたものではない、故に 酒に漬けるとか果物と一緒に煮るとか、そういう手順を取らねばならないらしい、それはいい 問題は魔獣が硬いということだ

リバダビアさんの使っている槍は、長い棒の先に鋭利な石をつけただけの簡素なもの…、鉄の剣さえ弾く魔獣をあんなもので倒せるのだろうか

「エリス?肉を酒につけておいた…ってどうした?、ボーッとして」

エリスがボーッとしていると作業を終えたラグナが声をかけてくる、エリス一人で疑問に思っていても始まるまい、ここは有識者に意見を伺うとしよう

「いえ、リバダビアさんの武器を見ていました…、あんな石と木だけの装備でよく戦えるなと、確か付与魔術も 頑丈で良質な武器じゃないと使えないんですよね、あんなやつでもいいんですか?」

「ん?ああ…あれは一見すると原始的な武器に見えるけど其の実違う、持ち手の木は このカロケリ山の魔力を吸い上げ生まれた百年級の霊木の枝を用いているし、何より穂先のあの石は 魔鉱石を原石のまま使っている、魔鉱石はその比率によって付与魔術の力を爆発的に増幅させる希少な鉱石さ、合金の中に10%含まれるだけでも武器としては良質とされるものでね」

というと背中の宝剣ウルスを抜いて見せてくれる、確かこのウルスもカロケリ山の鉱石をもとに作ってるって話だったな

「この宝剣ウルスでさえ、三割ほどしか魔鉱石は含まれてない、…けど 彼らはそれを原石のまま用いている、謂わば純度100%さ …武器の素材としては最高品質のものだけが使われていると言ってもいい」

なるほど、あの槍 …確かに原始人が使いそうな極めて簡素なものだが、実際は贅沢の極みみたいな武器なんだ
原石のまま…となると硬度は一般の鋼どころか鉄にも劣るだろうが、付与魔術を使えばそれをカバーしてあまりある、付与魔術を使うという前提ならあれ以上の武器はないのだろう

恐ろしい話だ、あの実力とあの武器 それを兼ね備えた戦士に、エリス達は先ほど囲まれてたのだから 、つくづくラグナの交渉が上手くいってよかったと思う

「エリス!、内臓全部処理しておイタ!、ほらコレ!キマイラの肝だ!焼いて食うと美味イゾ!ヤル!」

「ははは…ありがとうございます、調理するのでそこに置いておいてください」

エリス達の心配など露にも感じず、リバダビアさんはニコニコ笑いながらエリスのところに心臓を持ってきてくれる、リバダビアさんって犬みたいで可愛いな…内臓処理したせいで全身血まみれだけど



その後、材料が揃ったところでエリスの腕の見せ所だ、師匠から伝授された魔獣肉の処理方法とアジメクのシェフ達から学んだ調理法、二つを掛け合わせて作るのはキマイラ尽くのフルコースだ

「いやぁ!美味いねぇエリスちゃん美味いねぇ!まさか魔獣の肉がここまで美味くとは思わなかったっスよ!ウチ感激!嫁に欲しいわぁ」

「確かに、…いや味付け一つとっても見事なものだ、その歳でまさかここまでの腕を持つとは、我輩感涙」

「それは良かったです」

といっても下処理に時間を取られたのでキマイラの肉の盛り合わせとか簡単なものしかできなかったのだが、思いのほかリバダビアさんがしっかり内臓を取り除いてくれたので モツの方も料理に使えたのはすごく大きい…キマイラは通常の魔獣より臓器が多い、お陰で晩御飯のメニューも増えるのだ

あと、何故かラグナがニンニクを持っていたのでそれを用いたところ、アルクカース勢に絶賛された…やはりこの国の人間は肉とニンニクの組み合わせが好きなようだ、というかラグナさん?ニンニク普段から持ち歩いてるのはどうかとエリスは思うよ

「エリス、君なんでもできるんだな…」

「いえ、なんでもは流石に…ただ普段から必要になることは一通り出来るつもりです、それもこれも師匠がいいからです」

そう言いながら口に運ぶ、うん お肉は柔らかく仕上げられている、まるで子牛のように柔らかい、噛めば噛む程汁が溢れて…まぁ少々味は濃いが下劣な味ではない、もう少し臭みを抜いて加工すれば 料亭に並べられるくらいにはなるだろう、その手間は非常に面倒なものになるが

「料理まで教えた覚えはないがな…って味濃ッ!?、いやアルクカース式の味付けか、アルクトゥルスがいかにも好きそうな味だ」

「これアルクトゥルスさん好みの味なんですね」

ポツリと師匠の呟いた言葉に なんとなく反応する、これアルクトゥルスさんも好きなのか
思えば、アジメクの料理はスピカさん好みで作られていたような気もする、となればその国の食文化は魔女に引っ張られている という風に考えるのもおかしくはないか、…いやもしかして

「もしかしアルクトゥルスさんってニンニク好きですか?」

「…何故知ってるんだ?、ああ大好きだ…いつも持ち歩いていたよ、だからアイツの息いっつも臭くてな…、それで何度喧嘩したことか」

なるほどそういうことか、そういうお国柄と思ったがこれは魔女のせいなのか…
ちなみにその話を聞いてその場のアルクカース勢が全員口元を押さえて口臭を気にし始めたのは言うまでもない

「ウマイ!ウマイウマイ!、エリスうまいコレ!」

そんな中一人 人一倍食べるのはこの晩御飯を取ってきてくれた功労者、リバダビアさんだ あんなにたくさんあったお肉は八割方この人が片付けてしまっている

「そんなに美味しいですか?」

「ウン、魔獣はいつも狩って食べてるけどこんなに美味しいのは初めテダ、お肉ってこんなに美味しいんダナァ」

いつも狩ってるのか、いや もしかしたらこのレベルの魔獣は日常レベルで出るのかもしれない、Aランクの魔獣がその辺を闊歩する中での生活、オマケに山の環境はお世辞にも人間に優しいとは言えない、カロケリ族の強さはこういう部分で培われているのかもしれない

「…いつもはただ焼いて食べるだけだケド、酒に漬けるだけでこんなに美味しくなるんダナ、…エリスは凄いな 物知リデ」

「いえ、ただ色んなところで色んな事を学んでいるだけです、まだまだ出来ないことも多いです」

エリスは…自分が何でもできるとは思えない、寧ろなまじ出来るせいで出来ないことに直面した時 結構躓くし、大事な場面でそれが露骨に浮き出たりする、アレが出来ればコレが出来るれば思うことばかりだ…だからエリスはいろんなところで色んなものを学ぶ

全霊を尽くして失敗するのはまだいいが、怠った結果の失敗では きっとエリスは立ち直れないだろうし

「そウカ、出来ない事ばかりに目を向けてると出来る事も出来なくなると父は言ってイタ、自信持てエリス」

「はい、ありがとうございます」

なんてエリスの返事を待たずにまた肉にむしゃぶりつくリバダビアさん、気がつけば リバダビアさんだけでなくエリスの方も彼女を警戒しなくなっているな、…やはりこの人には裏表がないからだろうな

というか、このアルクカースの人々は どこかあっけらかんとしている部分が多い、気持ちのいい人柄とでも言おうか、正直やりやすい



それからエリス達は就寝、一応夜間は師匠が見張りをしてくれているので全員がゆっくり休むことが出来た

その後朝早く起床 出発、1日かけてゆっくり移動して、道中魔獣が出るので全員蹴散らす、一応数が多いので戦うのはエリスだけでなくテオドーラさんやリバダビアさんも一緒に戦ってくれた

一緒に戦って分かったが、テオドーラさんはもう既にあの歳でアジメク上位陣クラスの強さを持っており、リバダビアさんはそのテオドーラさんより3~4倍は強い、当然両名共にエリスよりも強い

…本気でやればテオドーラさんはあるいは何とかなるかもしれないが、リバダビアさんは無理だ アレだけ強いのにまだ争心解放などの奥の手を使ってないように思える、恐ろしいのが別にリバダビアさんはカロケリ族最強の戦士ってわけでもないという事…確かにこんなのがウジャウジャいるんじゃ 山には手出しできないな


そんなこんなで繰り返す都度七回、一週間近くを山中で過ごし ようやくエリス達は山の麓まで降りることに成功するのだった



地面が平らになりはじめる、平行な地面に立つのは何だか久しぶりな気がする、ここ2日くらいは魔獣の遭遇率も大分下がっており、中央都市が近い事を何となく悟り始める、そんな風に物思いにふけっていると…

「……ここまでダナ、もう山じゃナイ」

ポツリとリバダビアさんが呟いたかと思えば既に献上用の干し肉と酒を背中に背負っていた

ああ、もうそんな頃合いか…なんかそのまま街までついてきてくれるくらいの感覚でいたが、彼女は我々の見張りなのだ、山に手を出さないようにするための見張り 、山を過ぎればお役御免でおさばらというわけだ

些か寂しい、最近ではエリスも彼女のことを少し信頼していた、彼女も一度エリスのことん気に入ったらとことん関わってきてくれたし、いい人だったのだと思う

「もう去るのか?」

「アア、帰ってこの品をみんなに届けないといけないかラナ」

一週間とはいえ、一緒にいたというのに彼女の別れはあっさりしたものだった、軽く会釈しおずおずと外に出て行ってしまう…、まぁこんなもんかと思っていると ふとリバダビアさんがこちらの方を向き

「エリス、これヤル」

「へ?、なんでかこれ…指輪?」

そう行って投げ渡されたのは針金をクルクルと巻いてる作ったような不恰好な指輪のようなものだ、なんだこれ…いや何か石のようなものが嵌めてある、汚いガラスみたいな…いや宝石?、ん?これ見たことあるぞ?、確か

「光魔晶…ですかっ!?えっ!?いいんですか!?や 山のものに手を出しちゃいけないんじゃ」

「カケラが落ちてたンダ、別にいい…と思ウ」

思うって…それで他のカロケリ族に盗んだと思われて襲われるのは嫌だぞエリスは、どうしよう 断るべきか?

「父も母も、友とは一番大切な物を預けられる者を友と言うと言っテタ、エリス…お前はいい奴だから 私はお前を友達だと思いタイ、だからそれを受け取って欲シイ、だメカ?」

「…………」

もう一度指輪を見る、きっとこの別れの時に間に合うようにリバダビアも懸命に作ってくれたのだろう。その努力が見て取れるほどには不格好、だがサイズは見事に合っておりエリスの指にもちょうどよくハマる…まぁエリスはすぐ大きくなるので直ぐに小さくなるだろうが関係ない

つまるところこれはリバダビアからの友愛の証、距離が縮まったからプレゼントされたのではなく距離を縮めたいからプレゼントしたのだ、…何が言いたいかというと 多分また会いに来いと言いたいのだろう

なら、受け取る 問題はあるだろうが、彼女の気持ちの前では小さなことだ

「ありがとうございます、リバダビアさん …大切にしますね」

「アア、売るナヨ」

売らないよ、いや…光魔晶は希少な鉱石とも聞いた、つまり売れば相当な値段になるはずだ…いや売らないけど

なんて考えながら指にはめるのエリスの魔力に反応したのか指輪が淡く光り始める、…闇を照らすほど煌々と!ってほどではないが夜手紙を書く時 手元を見るのには便利そうだ
…いや、これエリスの魔力次第で光の強さを変えられるのか、いやいや便利だぞこれは 普段は邪魔だから光らせないけど

「綺麗だな、エリス」

というとラグナがエリスの手元を覗き込んでくる…確かに綺麗だ、魔力を放ちキラキラと光る水晶は、松明とはまた違う美しさを醸し出す…

「しかし光魔晶の指輪ですか、豪華なものですなぁ 貴族の屋敷に宝として置かれているのは見たことがありますが、一個人が身につける装飾として見るのは初めでですぞ」

ってことはやっぱり相当高いのか、…ううんダメだ どうしても値段がちらつく、リバダビアさんが好意で贈ってくれたものなのに貴重貴重と言われると殊更緊張する

「貴様にはやらンゾ」

「いらん!というか欲しいなど我輩一言も言っておらんだろ!」

「欲しいと言われてもやラン、エリスはいい奴だからやったンダ、…じゃあエリス、また山に顔を出せ その時はもてナス!、あと次は捧げ物は肉とか酒じゃなくて可愛い服ももってコイ!わかったタナ!」

「あ!ちょっと待ってください!」

「なンダ、エリス!」

今にも馬車の外に飛び出しそうになるリバダビアさんを呼び止め、慌てて馬車の中を漁る、流石に貰いっぱなしは申し訳ない こちらからも何かを返さねば…、そう思い荷物を漁るが、この綺麗な指輪の返礼になるような物品は積んでない…

いや、…いやあるな 指輪の返礼になるもの、じゃらりと揺れる首飾りに目をやる、パトリックさんから半ば押し付けられる形で渡され、反省の意味も込めてつけていたこの首飾り…だけどやっぱりエリスには少々大人びすぎて似合わないと思う

けどリバダビアさんになら似合うのではないか?

「これ!…あげます!、エリスからの友情の証です」

「…いいノカ?、貰っテモ」

「エリスが持つより リバダビアさんがつけてた方が、きっといいですし」

「そウカ、…ムフフ よしわかッタ!もらってやロウ!」

そう言いながらエリスの手からその緑の宝石輝く首飾りを受け取ると、そのまま乱雑に被るように自分の首にそれを引っ掛ける、…似合うかどうかで言えば エリスよりはマシと言った感じか、無骨な民族衣裳の中に輝く宝石…浮いているが、リバダビアさんはなんだか嬉しそうだ

「大切にスル、売らないかラナ」

「分かってますよ…」

正直光魔晶と釣り合うほどの品かと言われれば微妙だ、あのパトリックさんがそこまで高価なものを持っていたとは思えないし、持っていたとしてもエリスに渡すとは思えない、だがこういうのは気持ちの問題なのだリバダビアさんは友情の証としてエリスに指輪を渡し エリスはそのお返しとして首飾りを渡す 、これが大切なのだ

「ン、では今度こそさらバダ!、達者デナ!お前タチ!、また山に来イヨ!その時はちゃんと歓迎しヨウ!」

最後にそれだけ言い残し、重たい荷物を抱え 首元の宝石を揺らしながらピョンピョンと木から木へ飛び移りながら消えていく、また山に…か

うん、この国を発つ時はもう一度顔を出しに行こう、今度はしっかり 友人として付き合うんだ

「…んじゃ、出発するか」

リバダビアが去ったのを確認すると、師匠は一言残し また馬車を走らせる…、出来れば最後までリバダビアさんの去った方角を眺めていたかったが そうもいかない

何せエリス達の前にはもう、目的の街 ビスマルシアが迫っていたのだから…




…………………………………………………………

ラグナは、迷っていた

いや 迷っていたというか、迷い続けていた…この国がデルセクトと衝突すると聞いたときからずっと色んなことに迷っていた

アルクカースの本分は戦うこと、戦うことを否定してはアルクカースは成り立たない、それはラグナとて痛いほど理解している、ラグナだって戦うのが嫌いなわけじゃない、時折全てを忘れて戦いに興じたくなる時もある

だが、それでもラグナは許容できなかった、アルクトゥルス様がデルセクトに戦いを挑むと宣言した時、これは認めてはならぬと心から思った

張り切る兄や姉、手を叩き賛同する戦士達、軍を整えねばなと笑う父…誰も何も思わないのか?、皆の前でデルセクト侵攻作戦の宣言をするあのアルクトゥルス様の顔を見て何も思わないのか

今のアルクトゥルス様は正常じゃない、確かにあの人はいつも戦いを求めている…だが今のあの人の目が求めているのは戦いじゃない 滅びだ

それも自分の滅び この国の滅び この文明の滅び この世界の滅び…全ての消滅を願う狂人の目つきだ、あんなのアルクトゥルス様じゃない…少し前から前兆はあったが、今回は輪にかけておかしかった

当然兄にも姉にも父にも言った、これは戦争ではない ただの自滅であると

しかし受け入れられなかった、魔女の言うことは絶対だから なんて殊勝なことを言う人間アルクカースにはいない、彼らはただ血が疼くだけなんだ…自国が滅んでしまうような大戦に心が躍るだけ、みんな戦いたいだけなんだ

その気持ちは分かる…アルクカース人としては分かるのだ、だからこそ迷う…それを否定していいものかと、自分の中の荒々しい一面が言う…敵を全て滅ぼせば安寧は手に入ると

その都度己を一喝する、この世から敵などいなくならない 万事上手くいって他の国を全て滅ぼしたとしても、結局は繰り返す …他国がなくなっても内部分裂を起こし仲間内で殺し合いを始めるのが関の山だ

戦いに身を任せればキリがない、人間が二人以上いる限り戦いは終わらない…そんな無意味な戦いを続けて何になる…そんな破滅の第一歩は是が非でも止めねばならない


幸い止める手立てはある、実現は絶望的だが 継承戦に勝てばいい、勝てば誰も文句を言わない、それがアルクカースの掟だから…勝てばいい


そしてもう一度迷う、勝つためなら…こんな子を巻き込むことさえ厭わないのか?俺は…と

視線を横にそらせば自分より年下の子供、エリスが目に入る…この子は凄い子だ、戦えば強く 話せば碩学…どんな仕事をさせても一定以上のことはやってくれる、これで自分より二つも年下だと言うのだから驚きだ

魔女レグルスの弟子だからある程度は強いだろうと思い 同じ志を持つならきっと力になるだろうと信じ仲間して本当に良かった…良かった?本当に?

エリスはアルクカース人じゃない、戦いに身を委ねられるような精神構造はしていない…そんな子をアルクカースの戦いに巻き込んで、本当に心の底から良かったなんて言えるのか俺は

エリスは確かに凄いが、年相応の精神をしている…山の中腹でビスマルシアの全容を目にした瞬間、エリスは顔色を悪くし倒れてしまった…

恐らく街を目の前にし、緊張と不安が爆発したのだろう…大の大人が怖がるアルクカースの戦士との戦いが目の前に迫っているのだ、怖くない方がおかしい

…俺の膝の上で眠る少女の髪を撫でながら思う、やっぱり巻き込むべきか否か、だが結局踏ん切りはつかず 俺はエリスに何も告げられないままビスマルシアに着いてしまった

俺に力があったら、エリスを巻き込まずに済んだのか?…俺が強かったら…迷う迷い続ける

この戦いは絶対負けられない、けど…けれど、俺は未だ 自分の正しさを見出せずにいた



ああ、…ビスマルシアを抜け 要塞フリードリスが迫る、彼処には兄と姉がいる…迷い続ける俺は果たして二人の前に立てるのか?、それすら分からぬまま

ビスマルシアで王位継承戦の前哨戦、戦力確保の戦いの火蓋が切って落とされる
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