孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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三章 争乱の魔女アルクトゥルス

41.孤独の魔女と炎の舞闘会

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戦いに勝つためには何が必要だろうか…それは即ち武器である
 
戦いに勝つには腕力や知力といった部分もたしかに必要だが、力の強さだけで全てが決まるなら世界を制してるのは熊だし頭の良さだけで勝てるならみんなもっと勉強してる

戦いとは余程差がない限り、手に持った武器の性能の差で決まるといってもいい 故に、戦いを愛するこの国は武器を鍛える、誰よりも勝ちを求めるこの国は誰よりも強い武器を欲する

大戦街ビスマルシアは世界でも有数の鍛冶場街でもある、鍛冶師として大成したいなら皆この街を目指す と言われるほどには鍛冶の聖地としても知られている
 
右を見ても左を見ても武器屋と鍛冶屋が軒を連ねている、エリスには武器の良し悪しなど分からないが文字は読める、故に貼り付けられている値段も分かる 凄い値段だ
 
剣の一振りでこんなにするか?ってくらいする、けど誰もその値段を見て渋い顔などしない、当然だと言わんばかりの表情だ

腕のいい鍛冶師がいい素材を使いいい武器を作り腕のいい戦士がそれを高い金で買い戦いに勝つ、そう言う流れがこの街では出来ているんだろう…武器を求めて立ち寄ったであろう冒険者達もまた気前が良く武器を買っている

四方八方で白刃煌めくこの街をエリス達は馬車で横断する、この街に用がないわけではないが ラグナ曰く一度城…というかフリードリスに顔を出しておきたいそうだ

エリス達はこの街で一年後に迫る継承戦を共に戦ってくれる腕のいい戦士を探している、そしてその戦士を探すなら一番はフリードリスやビスマルシアがいいらしい…ラグナにとってホームグラウンドだしね

まぁ、他の国王候補にとってもホームグラウンドではあるが、エリスにしてもまずは戦う相手の顔も見ておきたい気持ちもあるので反対せず同行する


「…ぅぉおい、ひっく…待ちな」

大通りを進むエリス達の馬車の前に酒瓶片手にフラフラ歩く落伍者の爺さんが現れる、身なりは小汚く 鼻の頭は酔いで赤く染まっている

「あんた美人だなぁ、お酌しとくれよぉ~」

酔っ払いだ、どの街にもいるなこういうのは…師匠の顔を見るなりゲヘゲヘと笑い、爺さんは馬車にひっついてくる…酒くさっ!?

「ワシぁこれでも昔第一戦士隊の戦士だったんだぁ、ついてくりゃ武勇伝の一つ二つ…」

「どけ、殺すぞ」

「はひぃっ!?へ…へっ!?」

しかし相手が悪い、ナンパするなら師匠はダメだ…メイナードさんは確かにナンパな態度をとった人だったが、あの人からは相手を思いやる尊重心が見て取れた、このおじさんから感じるのはただただ膨れ上がった自尊心だけだ

そんな相手に取る時間はないと師匠は相手を睨む、魔女の眼光を受け酔いが覚めたのか がくりと尻餅をつく爺さん、哀れ 相手にもされず馬車は再び動き出す…

「昼間から酔っ払ってるなんて…」

「ああいうのはこの街じゃ普通さ、しかしこの街はいつ来ても賑やかだな」

そんな光景を見て呟くのはラグナだ、嘘だろ…かなり治安悪いぞ今の、だがそれがスタンダードなようでテオドーラさんもサイラスさんも特に反応してない

すると

「…そこの馬車、止まりなさい?」

「…またか」

折角進み始めた馬車が再び何者かに止められる、なんだ今度はどんな酔っ払いだと外を見ればエリス達を引き留めたのは汚らしい酔っ払いではなく身なりのいい…いや鎧なのだが、豪奢な鎧姿の女性だった

それは艶やか、と称するのが一番だろう 大人の色気のようなものを醸し出し 胸元は窮屈そうに大きく広げられ扇情的だ、どんな男も彼女の前では鼻の下を伸ばすだろう

…その肩に背負われた大きく凶暴な戦槌を目にするまでは、なんてことはない 彼女も戦士だ、そしてその身に纏う独特の風格と雰囲気には覚えがある

圧倒的強者と戦いの匂いが組み合わさったこれを感じたのは、バーケンティンの街…つまり討滅戦士団に出会った時と同じ感覚、つまり…

「…何者だお前は」

「失礼?、私はルイザ…討滅戦士団が一人 ルイザ・フォーミダブルと申す者です」

討滅戦士団…!、ラグナ曰く 国内最強の戦士達だ、最初そう紹介された時ピンとこなかったが、つまり彼女はCランクの魔獣さえ容易く葬るテオドーラさんよりも遥かに強いリバダビアさん、彼女らカロケリ族よりも更に強いということだ…もう強過ぎてエリスでは想像もつかない高みにいる人物達

それが討滅戦士団、…魔女直属の戦士を前に エリスは思わず警戒する、だってこの人武器持ってるもん!戦意があるってことでしょう!

もしこの場でルイザと名乗るこの人が 『デルセクトとの戦争の邪魔をする奴は死ね』と襲いかかって来たら、師匠以外にこの人に太刀打ちできる者はいないだろう…

「武器を片手に威勢がいいな、…決闘でも申し込むのか?」

「魔女レグルス様に戦いを挑めるのは光栄ですが、勝手に挑んだら私がアルクトゥルス様に殺されてしまうので今回は控えます」

…エリス達の正体を知っている?、いや魔女直属なら国境でエリス達がアルクトゥルス様に接触したことくらい知ってて当然か

「アルクトゥルス様からは ここにレグルスが来るから挨拶しておけ、としか言われていませんので…今回用があるのは 魔女レグルス様と手を組んだと思わしきそちらの」

「…俺?」

ルイザが指差すのはレグルス師匠の後ろのラグナ、ラグナも不意打ちだったのか思わず反芻するように呟き己の顔を指差す

「ええ、ラグナ様? ラクレス様とホリン様が呼んでますよ?と…伝言をしに」

「兄様と姉様が…」

第一王子ラクレスと第二王女ホリン…どちらも国王候補でエリス達の敵だ、それからの呼び出し、言い方を変えよう 罠だ…、対立候補者たるラグナを大胆にもおびき寄せ始末しようというのだ

「えっと、兄様達がなんで俺を…?」

「なんでも何も今日舞闘会の日ですよ?、ラグナのやつ継承戦の事で頭がいっぱいだろうからぁってラクレス様が、…案の定忘れてたんですね」

「えぇっ!?きょ 今日だったか、やば…完全に忘れてた」

「はははは、そうだろうと思ってラクレス様がもうフリードリスの会場でもう準備を済ませてくれているらしいですよ、あんまり怒ってませんでしたけど お小言の一つ二つは覚悟したほうがいいかもしれませんねぇ?これは」

…ん?、なんだ?これ、あんまり殺伐としてない…なんか家族内の会話を聞かされてるみたいだ、とそこまで思考して察する…みたいも何も家族じゃん、ラクレスさんもホリンさんも継承戦の相手ってだけで敵ではない、寧ろ兄と姉 ラグナの家族だ

ラグナも相手として警戒はしていたけど敵として憎んでいるような口ぶりはなかった、つまり兄妹仲はエリスが想像しているよりもずっといいものなのだろう

それにしても舞闘会?…何それ初耳

「す すみません!レグルス様、このままフリードリス直行してもらえますか!?」

「あ ああ、そのつもりだが…急に慌ててどうした」

「そうですよラグナ、舞闘会ってなんですか?」

「ああ舞闘会っていうのは………、…いや 説明する時間もないか 見たほうが早いだろうし、すまないエリス 、君も一緒に参加してもらえると嬉しい!」

え ええ!?エリスも!?なんで!?、知らない会合に顔を出せって…いや言うまい、ラグナが言うんだ きっと何か考えがあるはず、ならエリスはそれに乗るまでだ

「分かりました、エリスも一緒に行きます」

「ありがとう!エリス、恩に切る」

「あははは、ほらほらラグナ様 急げ急げ、遅刻したらラクレス様にどやされるぞぉ」

「っ…!れ レグルス様お願いします」

「わかったわかった、そう急かすな!」

見るから慌てたラグナに急かされエリス達は要塞フリードリスに向かう、パタパタ手を振り見送るルイザさんに目をくれず一目散に要塞の方へと、なんか思ってた雰囲気とは違うが エリス達は争乱の魔女の魔女の居城 この国の中心地に足を踏み入れることとなる

………………………………………………

魔女大要塞フリードリス…築城から千年以上経っている物の この争乱の国においてただ一度の敵の侵入も許さなかった無敵の城、アルクカースの街々はそのどれもが鉄壁の守りを持つが

ここは別格、陥落…という文字から世界一遠い建造物と言えよう、それを示すかのように まずこの内部構造はとてもシンプル、かつ複雑であり………

「急げエリス、こっちだ!」

なんて考えている暇はなさそうだ、今エリス達はラグナの案内でフリードリス内を駆けている、テオドーラさんとサイラスさんは別の用事で要塞へ 師匠は馬車の見張りとして残るそうだ…

そして…舞闘会、舞踏会でも武闘会でもない、それの意味するところを慮る時間的余裕は今のところエリス達にはない、すれ違う戦士達が 『ラグナ様急いで』とか『控え室こっちですよ』とか声をかけてくれるが返事をする時間さえないのだから

「こ…ここだ!、ここで正装に着替えて急いで出席しないと!」

そう言って開けられるのは控え室の扉、王族の控え室だけあり 意外に豪華だ、内部にはラグナのサイズに合わせた豪華な衣装や式典用と見られる剣などが飾ってある、いや…それだけじゃない 衣装や飾り そう言ったものとは別に一人の男性が立っている

ラグナと同じ髪色 ラグナと同じ目の色、ラグナをそのまま成長させ髪を伸ばしたかのような男の人が待ちわびたかのように立っていた…

「おかえりラグナ、ギリギリセーフだな」

「ら…ラクレス兄様」

ラクレス…この人が、第一王子の…道中名前は聞いているがこのように姿を見るのは当然の如く初めてだ

なんというか…気品が凄い 、未だ王子の身なれどすでに一国を治めるに足るカリスマ性を秘め、同時に全身から力強さのような物を感じる、人に好かれる というより人に尊敬されるタイプの人だ

王子様感ならラグナよりこの人の方があるだろう、白馬にでもまたがって市場を歩けば それだけでメロメロになる女の人がわらわら出るはず、エリスでさえすごくかっこいいと思ってしまうのだから、相当だ

「…他国に継承戦の味方を探しに行くのは構わないがこの日には帰国するよう言いつけたのは覚えているね?」

「は…はい、兄様」

「継承戦にばかり気を取られるなとは言わない、我々王族にとってはなによりも重要なことだ、継承戦にそこまで意気込むのは 兄として寧ろ誇らしいことだと思う、けれど 同時に王族としての責務を果たせない者に、継承戦を勝ち抜く事は出来ないよ?、式典への出席は王族の義務だからね」

「はい…兄様」

あ あのラグナがしょんぼりしながら項垂れている、普通に兄に怒られる弟 と言ったところか、なんか ラクレスさんの優しげな語り口調を聞いていると、ラグナの喋り方はこの人譲りなのだなとなんとなく感じさせられる

「…しかしまぁ、間に合ったのだからこれ以上言うのはやめておこう、どうだい?私の策を超えて 他国で仲間を見つける事は出来たかな?」

たははと小さく笑うとその場で説教は打ち切り…腕を組み、今度は兄としてではなく継承戦の相手として進捗を伺う

そうだ、ラグナはこの人の妨害により 仲間を一切得る事が出来ていない、この人は優しげな顔をして一切容赦はしてこないのだ…

「いえ、皆 怖気付くか兄様の手が回っているかで、殆ど仲間を見つけることができませんでしたが…一人 頼りになる人物を仲間に引き入れることができました」

「ほう、…それは一体 ってまさかそこの小さな子?」

「あ…エリスはエリスです、よろしくお願いします」

ラクレスさんの目がこちらに向けられる…ああ言わなくても分かる、その目は こんな小さな子が?と言う目だ、そうですこんな小さな子です…すみません

「エリス…ね、いや 弟が頼りになると言ったのだ、きっと頼りになる人物なのだろう」

「えっ!?あのちょっと!?」

「私はラグナの兄 ラクレス・ヴィッテルスバッハ・アルクカースだ、もう知ってるだろうが 国王候補の一人、君の相手になる人物さ、よろしく頼むよエリス殿」

いきなりラクレスさんが膝をつきこちらに手を差し伸べてきたのだ、この国の第一王子 最も王に近い男がエリスに目線を合わせるためにわざわざ膝をついたのだ

分かる…分かるぞこれは、この人は天然の人たらしだ…人に尊敬されるタイプの人だ、この人に味方になってほしいと言われれば断れないだろう、この国の殆どの戦力を抑えているのも分かるぞこれは、エリスもラグナに出会わず先にこの人に出会っていたら、喜んで味方をしていたかもしれない…

そんな雰囲気に気圧され思わず握手をしてしまう、完全に無意識にだ…

「は…はい」

「エリス!、ラクレス兄様の方ばかり見ない!」

ラグナは何故そんなに怒っているんだろう、というかいいお兄様じゃないか、よく話し合えばわかってくれそうな感じの…

「んん?ラグナ?…ギリギリ間に合ったみたいじゃ~ん?」

「ほ ホリン姉様」

エリスの体をラクレスさんから引き剥がすラグナ達に、部屋の外から再び声がかかる …女性の声、というかホリン姉様?

ホリン…アルクカース第二王女のホリンか!?、直ぐに意識を取り戻し声の方へ首を向けた瞬間

唐突に掌が飛んできた、すごい速さだ 避けられない…ッ!?

「ほうほう」

「えっ!?あ あれっ!?」

なんて思考している間にすぐさまエリスは飛んできた手に掴まれ身動きを封じられ 掴み上げられ持ち上げられる、な なんだこれ…気がついたら見知らぬ女性に抱えられているんだけど…

女の人…やや黒みがかった長髪とだらしない格好、そしてやる気のなさそうなタレ目から感じるのは、少し頼りなさげな雰囲気…しかし 、エリスを掴むこの手からは凄まじい力を感じる上にエリスが体を振り払って逃げようとすると、それと同じように掴む手を揺らし力を分散してくるせいで一向に逃れることができない、腕力 技量何方も途轍もないものだ

「んー…君さ、体鍛えてる?」

「へ?」

ジーッと 力なく垂れ下がった瞳がエリスを見据える、…き 鍛えてるかって、そりゃ走り込みとか実戦で動けるよう最低限のものはやっているつもりだ

「はい、一応…」

「だよね、走り込みメインでしょ…持久力はあるけど馬力はない筋肉のつき方がしているな、正しい筋肉の鍛え方じゃないよこれ、私がトレーニングメニューを考案してあげましょうか」

「あ…あの、何方様ですか?」

「んぁ?、…ああ!ごめん!私人の筋肉を見るとケチつけたくなる癖があるの、私はホリン…ホリン・ブランデンブルク・アルクカース、ラグナのお姉ちゃんだよ」

妙に間延びした落ち着き払った声で女は…ホリンさんはごめんごめんと謝りながらエリスを地面に戻してくれる、どんな癖だよ とは思いはするものの、ただ服の上から見ただけでエリスの筋肉の質とどう鍛えたかを見抜かれた、先ほど一瞬でエリスを掴み上げたスピードと言い この人本当に王族か?

「はぁ ホリン…、エリス殿は我らが弟の客将だ、君も姉として丁重に扱いなさい」

「へぇ、…つまりラグナのガールフレンドか、こりゃあお祝いせんと!」

「か 彼女とはそんな浮ついた仲じゃない!」

「照れてやんの!兄ィ殿!ラグナのやつ照れてるよ」

「照れてない!ただ間違いを正そうと…」

……なんだろう、ラグナの母が死んだと聞いた時 ラグナが兄妹と争ってると聞いた時、何処かエリスやデティと同じで孤独な子供なのだと思っていたが、なんてことはなくラグナは兄妹に愛されているのだ

だからこそ、戦い辛さもあるのだろうが

「お前がからかうからだろう、そういうお前はいい相手の一人でも出来たか?ホリン、今年でお前も24歳…アルクカースの王女としてだな」

「だから言ってるじゃん、私に勝てる奴がいたらいつでも結婚するって」

「お前は負けてもその日の夜にお礼参りに行くだろう」

「ええまぁ、寝込み襲ってボコボコにして森に捨てて2度と生意気な真似できなくしてやりました、それで私の負けはチャラです」

「それをやめろと言ってるんだよ…はぁ、兄は頭が痛いぞ」

しかし本当に感じのいい人たちだな、エリスは今まで悪人としか本気で戦ってこなかった、レオナヒルドやバルトフリート 山猩々と言った何処か向こうに非があるタイプの人達とばかり戦ってきた、これはエリスもやり辛いぞ…

「あっはっはっはっ、しかし…兄ィ殿?あのエリスちゃんとやらがラグナの客将なんですよね」

「そうだが?…だよな?ラグナ」

「はい、彼女の実力の高さは俺自身が確認済みです、…アルクカースの戦士と比較しても決して劣らないと思います」

「……アルクカースの戦士と?んーそれでいいのかな?、ねぇ?兄ィ殿」

「ふむ、そうだな」

…あれ?、なんかお兄さんとお姉さんの雰囲気が変わって

「私をそこらの戦士と同列に見られているのだとしたらお姉ちゃん悲しいな、見た感じ…今のエリスちゃんじゃ私に手も足も出なさそうだけれど?」

「ああ、魔力も反応速度も悪くはないが 我々の前に立つには些か不足過ぎる、せめてもう少し強くなければ勢い余って殺してしまうやもしれんぞ?ラグナ…」

「ッ……」

ッ!?前言撤回、この人達は優しくなどない ギロリと輝く眼光 見下ろすようなプレッシャー、何よりこの圧倒的実力と経験から来る絶対的自信、強い…そりゃあそうだ 

ラクレスさんは剣の達人、それもこのアルクカースにおいて達人と呼ばれているのだ、その実力は如何程のものか

ホリンさんも世界中の武術を屯集する変態、その技練 技量は先ほど味わったばかりじゃないか

並みじゃないんだこの二人は、戦争云々じゃない…そもそもエリス達はこの人達個人を相手取っても勝てるかどうか怪しいんだ

吹き飛ばされそうなプレッシャーを目の前で浴び、タタラを踏むエリスを庇うように立つのはラグナだ、これ程のプレッシャーを受け止め 体勢を崩さず兄と姉を睨みあげている

「…………」

「ラグナ…」


「…いや悪かった、弟の客将にケチをつけるなど兄としても敵としても無粋だったな、ではラグナ…継承戦の話はこれまでとして、舞闘会はもう直ぐだ 早く着替えてダンスホールに来なさい」

ラグナの視線を受け、何かを悟ったか…ラクレスさんは小さく笑い踵を返す…、それに続くようにホリンさんもちゃお?と挨拶しながら退室し、部屋にはエリスとラグナだけが残される

気圧されてしまった、想像以上の圧力と肌で感じる恐ろしいまでの実力に、エリスは完全に気圧されていた…これでは勝つ云々の話以前の問題だ、気合いを入れなおせ!平和ボケはやめろ!、今のエリスには何もかも足りない仲間も実力も時間も…だが気合いなら今からでも入れ直せる

「ふんっ!」

己の頬を叩き気合いを入れ直す、頬がジンジン痛むが寧ろ頭がシャキッとした、気圧されない まずはあの人達に気持ちで勝つのだ!

「……エリス」

「ラグナ?、なんですか?」

するとふと、ラグナの方を見ると、エリスのことをじっと見ていた…なんだろう、何か言いたいことがあるのだろうか、それとも先ほどの不甲斐ないエリスを見て何か一言物申したいとかかな、だとしたら真摯に真正面から受け止めよう

そう決意し、居直り向き直る

「着替えたいんだけど…」

退室し扉を閉める

そうだった正装に着替えるんだった、恥ずかしい恥ずかしい…!



………………………………………………………………

アジメク等 多くの国家には『舞踏会』というものが存在する、特権階級や上流階級の者達が集い、会話と踊りを嗜みながら 巧みに外交や交流を行う場、謂わば貴族の戦場とも言える場

こういった場をうまく活用できる者が上へ上がっていくのは、魔女大国も非魔女国家も関係ない

ここアルクカースも国家としての体を成している以上、権力を持つ特権階級は存在し その特権階級の交流の場として舞踏会も存在する

……否、舞踏会ではなく舞闘会だ


基本的な部分は舞踏会と変わらぬ、少し違うのは 貴族達が交流する際嗜むのが ダンスではなくバトル、つまり闘いであるということだけ


エリスはアジメクの白亜の城で舞踏会で使うダンスホールというものを見たことがある、広く絢爛でここで踊ったらさぞ気持ちがいいのであろうと踊りの心得のないエリスでさえ思ったものだ、終ぞ舞踏会に参加する機会は与えられなかったからどんなものなのか想像でしかないのだが

少なくとも…少なくとも…


「こんなのじゃないのは確かだぁーっ!!」

「キェェッッーーー!!」

白刃飛び交うダンスホールを逃げ惑う、なんだこれ…なんだこれ!何が起こってるんだ!?、四方八方で奇声をあげながらそこら中で身なりのいい人たちが殺し合いをしてる!?なんだこれーっ!?!?

「おや!貴方はエルツヘルツォーク公ではございませんか!、お久しゅうございます!槍の腕がまた一段と冴えておりますなぁ!」

「いえいえ!、イルマリネン様も変わらず研鑽を積んでおるようで、何よりございま…すぁっ!!」

彼方では優雅なお髭のオジ様達が剣と槍で斬り合っている、しかも物凄いスピードで

「あらニダロス様 ご機嫌麗しゅう?、とてもお綺麗なハンマーですこと」

「いやはやキルギスのお嬢様は見る目が違いますこと、これは先日商人より買い付けた特別な品でございまして、どうぞ肌で感じてくださいましぃっ!」

あっちでは綺麗なドレスのお嬢様方がハンマーと身の丈程の剣でガンガンぶつかり合ってる、おかしい おかしいぞ?エリスは貴族の集いに連れて来られると聞いていたのに、なぜエリスは今戦場にいるんだ?どうしてこうなった?

「おやっ?、ここに威勢のいい小娘がいるではないか、我が名はモナルヒ!是非とも手合わせをっ!?」

「ひっ!?見つかった!?」

逃げ回るエリスの前にも身なりのいい男が立ちふさがる、身に纏うスーツはとても優雅で口元で一回転するお髭はとてもチャーミングだが、その手に握られた大槍は全然優雅でもチャーミングでもない

しかもエリスを目に入れるなり、問答無用で斬りかかって来…ッ!?速っ!?

「ッー!!」

「ほう!飛んで避け咄嗟に我が槍の内に入るか!、見事な判断力よ!」

この人見かけは普通の貴族のくせして馬鹿みたいに強い!、しかもよく見たら刃が地面を切り裂いている!殺す気かエリスのことを!

「フッ!颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!!」

「ぬぉっ!?な なんだ風かこれは!?アルクカースでは見慣れぬ魔術…ぐぉぉっ!?」

槍を飛んで回避し男の体目掛け旋風圏跳を放ち 遥か後方まで突き飛ばす、エリスの旋風圏跳を初見では避けることができなかったか、受け身も取れず壁に激突し上半身が壁に埋もれる…

…やり過ぎたか、咄嗟だから全力でやってしまったが、あの人格好だけじゃなくて本当に貴族だよな、…と思ったら上半身が壁に埋まっただけで足をジタバタして抜け出そうとしてる!、マジか気絶してないどころか殆どダメージ無しとは


なんで、…こんなことに、エリスは想起する



そうだ、正装に着替えたエリスは ラグナと共に舞闘会の会場に移動したのだった

舞闘会の会場…所謂ダンスホールであった、アジメクのものより広くぐるりと円形に広がった特徴的な部屋、しかしおかしいぞ?と思ったのはここからだ、何せダンスホールなのに壁に物凄い数の武器が立てかけてあったのだ

剣とか槍とかズラリと、飾りにしては数が多すぎるだろなんて思ってたら、ラクレスさんがその場に集まった百人近い貴族の皆さんに挨拶したのだ

今日は集まってくれてありがとう、いつも元気でいてくれて嬉しいよ的な、そう…社交辞令のようなお決まりの言葉だったと思う、ただその後こう続けたのだ

『では、舞闘会の開催をここに宣言する、皆存分に腕を振るい最強を決めてくれたまえ』

なんだって?と聞き返すよりも前に貴族のみんながうぉーっと歓声をあげどこからか武器を取り出し もしくは壁にかけている武器を手に取り、…ダンスホールが戦場になった

「シャーッ!」

「私こそが最強だーッ!」

振るわれる剣撃 槍撃 打撃、鳴り響く金属音 怒声 乱暴な靴音、何かの間違いだとは思いたいがこれがアルクカース式の舞踏会…いや舞闘会!、戦いながら交流して戦いながら社交する、意味はわからないがこういうことだ…!

いつのまにかラグナとも逸れちゃったし、どうしよう 逃げちゃダメかな

「エリス!無事か!」

「ラグナ!」

と思ったら人混みを掻き分けてラグナが現れる、手には光り輝く宝剣ウルスだ 白く宝石が散りばめられた高そうなスーツがズタボロになっているところを見るに彼も今まで戦っていたのだろう

「悪いな、ロクな説明も出来ずに…怪我はないか?」

「ありません、それにどういう状況かもある程度理解できました!」

「そりゃ心強い、他の国の貴族が他人になめられないよう舞踏のレッスンをするように、アルクカースの貴族達は他人になめられないよう腕っ節を磨くから、ここにいる貴族一人一人が偉く強い…俺一人じゃ乗り切れる自信がない、一緒に頼む!」

なんでも公平を期すため部下を連れ込むことはできないらしい…なるほど、だから客将であるエリスに一緒に来て欲しかったのか…委細承知!と返事は出来ないが、どの道襲いくるなら戦うまでだ!

「王族の方ですな…!」

「おやおやラグナ様、大きくなられて…どれくらい大きくなった確かめてがよろしいですかな?」

「ラグナ様、私と一つ踊ってはいただけませんこと?」

ああくそっ!もう寄って来た!、ゾロゾロとラグナの姿を見るなり他の貴族が目の色変えて武器を構え出す、なるほど ラグナがボロボロになのは王族が故に特別絡まれるからか、一人一人はまだなんとか倒せるが、こうも一気に連続で来られると彼も危ないだろう

なら、…エリスも全霊を出す!

「行くぞエリス、合わせてくれ!俺は左をやる!君は…」

「右ですね、了解です!振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん…!」

「よし!、『三重付与魔術トリプルエンチャント斬速域同時付与アークコンビネーション』」

周りの貴族が構えるのと同時に魔力を隆起させる、背中合わせで構えるラグナも どうやら付与魔術を使っているようだ、彼の持つ剣の輝きが三つの光を孕みその存在感を増していく

エリスも負けじと詠唱を編み、師匠に言われた通りの手順を踏み…、一応殺さないよう魔術の形を変えてと、…行ける!

「…『薙倶太刀陣風・槌払』ッ!」

「輝け!宝剣ウルスッ!!」

腕を払うと共に突風を放つ、扇舞と違い斬撃性能は下がるが相手を打ち据え吹き飛ばす鉄槌の如き風の幕が、目の前の紳士淑女に降り注ぎ その身を高く打ち上げ吹き飛ばす、ただの風と侮るなかれ、これはもはや衝撃波の砲撃のようなもの 全身で受ければ骨さえ砕ける威力を持つのだ

対するラグナも剣を振るう、宝剣ウルスから光が放たれ ただの一撃の元目の前の貴族令嬢を斬り伏せる、…やはりというかなんというか、彼もまた相当な実力を持っている、魔女の弟子でもないのに、あの歳でエリスと殆ど変わらないくらい強いのは…彼が今まで独力で修行に明け暮れた成果だろう

「ぐぉっ!?」

「これは風が槌のように!?お 面白い!」

「きゃぁっ!?吹き飛ばされますわ!」

「こ これが王族の力!」

「ラグナ様…大きくなられましたね、次の舞闘会を楽しみにしております…!」

……倒した、一応エリスとラグナの周りを囲む奴らは、倒したけど すぐ起き上がって来そうだな、なんてタフなんだこの国の貴族は!

「フゥッ、まとめて倒すと気持ちいいな!エリス!」

ああ、彼もまたこの国の王族なのか、なんて清々しい笑顔なんだ…

しかしこれ、いつまで戦えばいいんだ…倒しても倒しても一向に減る気配がない、さっき倒した人たちもすぐに戦線に復帰するだろうし、こんな戦い続けていてはエリスもラグナもいつか限界がくる…でもラグナの感じを見てるに外へ逃げるのはご法度なのだろう

実際の舞踏会も、途中で退出するのは絶対ダメだし…くそう!

「ぐぉっーーー!?」

なんて思考していると向こうの一団がまとめて吹き飛ばされるのが見える、数にして数十人…一度に爆発するように吹き飛ばされたぞ!?一体何事

「はっはっはっ、みんな鍛え方が足りないんじゃな~い?」

と思ったらその爆心地にはホリンさんがいた、黒塗りの槍を肩に担ぎあのタフな貴族達を一撃で吹っ飛ばしていた

「ホリン様王女!、我が名はラデツキー!私と決闘をし!私が勝ったら是非結婚していただきたい!」

するとまた入れ替わるように別の大男が金棒を振り回しながらホリンさんに突っ込んでくる、しかしホリンさんはまるで全力で走ってくる馬車のような威圧を放つ大男の突撃を意にも介さず軽く睨むと

「勝ったらね…、無理だろうけどさぁっ!」

「ぜやぁっ!?、……な 消えっ!?」

いきなりホリンさんの姿が消えた、いや消えたかのようなスピードで大男の懐に潜り込んだのだ…なんという踏み込みの速さ、見えないどころか音もしなかったぞ今

「遅い遅い!『奥義・震天武輪槍』ッ!」

奥義…そう口走ると共に大男の脇を槍の腹で一撃打ち据える、一見するとただの体重を乗せた打撃だが、槍の腹が男に命中する瞬間 ドスンと一発地面に踏み込むことで、衝撃を二倍にして二重に打ち込んだのだ

持ち得る速度 重量 威力 技量 全てをその一撃に込め撃ち放たれたそれは、大男の体を容易く空へと打ち上げ、なんとその体が天井にぶっ刺さる…エリスのようにただ飛ばしただけでない、確実に今の一発で男の意識を刈り取ったのだ

今の一撃…エリスに向けられていたらエリスは避けられたか?…

「ひぎゃぁっっ!?」

「ぐぉっ…この私がまるで相手にならんだとぉっ!」

そう戦慄していると、今度は別の方角で悲鳴が鳴り響く、そちらの方角は死屍累々…いや誰も死んでないが、誰もが意識を失い白目を向いて倒れているのだ、唯一その中で立つのは…

「さて?次は誰が相手かな?」

ラクレスさんだ、細身の剣をダラリと下に向け余裕の表情で山のように積み上げ貴族達の上に立っていた、その神々しい姿…絶対とも形容できる立ち振る舞い…そして貴族さえも踏みつけるそのあり方は、驚くほど様になっていた

「流石はラクレス様…、次期国王に最も近いと言われるだけはある」

「ああ、パレストロ殿がまるで赤子のように捻り倒されたぞ…桁外れだ」

「キャーッ!ラクレス様素敵ですーっ!、今度は私を斬ってくださーい!…どりゃあああああっ!『付与魔術エンチャント刺突属性付与スティング』ぁぁああああっ!」


「おっと、みんな威勢がいいな …だが直線的過ぎるよ?」

ラクレスさんの剣がキラリと輝く、と思った瞬間には既に振り抜かれており 彼に迫る貴族達がその都度バタリバタリと倒れていく、剣の振り始めさえ見極めることが出来ない神速の斬撃は、褒め称える間も無く敵を撃滅していくのだ


…アルクカースの貴族達は強い、だがその中でもホリンさんとラクレスさんは別格だ、二人がエリスを見て不足と言ったのを思い出す…、これを見せられたら確かに不足だろうとしか思えないな

「…二人とも、相変わらず強い、 しかもまるで本気を出してない」

「アレでですか?」

「ああ、よく見ろ 二人とも一度も構えてない、…軽くあしらっているんだ」

なるほど、…多分エリス達も他の貴族に混じって二人に挑んでも、他の貴族同様一瞥もされることなく斬り伏せられるだろう、…悔しいが 今はどうにもならない

そう歯噛みしていると、突如…体を射抜くかのような感覚が全身を襲う、一瞬不意を突かれたかと思ったが違う、なんだ!?

と思ったのはどうやらエリスだけではない、皆武器を下ろし 冷や汗をかきながら…ただ一点を見つめている、ラクレスさんもホリンさんもラグナも…その視線につられてエリスも


静寂に包まれたダンスホールにカツンカツンと靴音が響く、…その靴音の方角 …それはホールの入り口の扉だ、圧倒的な存在感を放つそれが こちらに向かっている

「来たか…遅刻だぞ」

ラクレスさんがそう呟いたかと思った瞬間、爆音轟かせ 扉が宙を舞う…一つの靴型が刻まれていることから、蹴破られたことが分かるが…蹴り一つで扉がここまで飛ぶか?

「…………」

はたと ホールの入り口を見れば、そいつが立っていた…

ラグナやラクレスさんのような顔立ち、なのに彼ら以上に目つきが険しく 血よりもドス黒い赤い髪を揺らし、死神のような見た目をしたソイツは周囲をいや世界の全てを睨みつけていた

まるで狼だ、人の皮を被った狼 血に餓え肉に飢え戦いを求める一匹の餓狼は、周囲の視線など意にも介さずズカズカとホールに入ってくる

「ベオセルク兄様…」

そう、ラグナが呟き ようやくその正体に合点が行く

ベオセルク…、その名は旅の最中聞いた 、曰く四人の国王候補の中で単独最強の戦闘能力を持ち、鋼の如き体を持つチャリオットファラリスを素手の一撃で殴り殺した、異常な男

アルクカース第三王子 ベオセルク・シャルンホルスト・アルクカースが 現れたのだ

「…………」

ベオセルクは黙って周囲を睨む、彼に睨まれた瞬間 あれだけ勇ましかったアルクカース貴族達が肩を跳ね上げ、一歩引いてしまう、あのラクレスさんやホリンさんでさえ頬に一筋の汗をかいているように見える

「べ…ベオセルク王子!」

「…………」

すると、そんな静寂を割って一人の若い貴族が現れる、槍を持ち 穂先をベオセルクに向け威嚇する、挑もうと言うのだ あの人の形をした暴威の権化みたいな奴に

「私はダーネブログ!、ベオセルク様に挑み勝ち!この武名を轟かせに参った!いざ尋常に勝負を!」

「…手前は戦場で一々自己紹介して回んのか?」

「ッ!いざッッ!」

ダーネブログは踏み込む、速い…ホリンさんには劣るもののとんでもなく速い踏み込みだ、速度とは槍に威力を与える 音速をさえ凌駕する槍の刺突は真っ直ぐベオセルクの喉元に迫り…

「ぷげぇっ!?」

……次の瞬間にはダーネブログが宙に舞っていた、何も見えなかった まるでダーネブログが突きを繰り出した瞬間 壁に弾かれるよう吹き飛んだように見えた

いやしかしよく見ると彼の持っていた槍はズタズタにへし折られている、いつどうやって折った?いやそもそもベオセルクは何をした?

その答えは彼の手にあった…いや無かった、何も持っていない つまり素手だ、リーチでも速度でも勝る槍相手に 、先手を譲り その上で先に攻撃を当て叩き潰したのだ、ありえるのかは分からない 出来るのかは分からない、だが事実としてベオセルクはそれをやってのけたのだ

「…ラクレス兄上、遅刻しました」

地面に叩き落されるダーネブログのことなど見もせず一直線に兄ラクレスの元までゆったりと歩き、軽く会釈するように頭を下げる、遅刻…?そういえばこの人王族なのに開始の時にはいなかったな

そんな態度のベオセルクを見て、ラクレスさんも呆れ顔でため息をつく

「見ればわかる、盛大に遅刻した上に舞闘会の雰囲気台無しだ、せっかく盛り上がっていたと言うのに」

「こんなままごとに盛り上がるもクソもないだろに、そんなにやりたいなら兵を率いて表でやればいい」

「それもいいかもな、だが今日は舞闘会の日だ、これは貴族同士の交流と意見交換の場で…」

「聞きたくない」

ぼ…傍若無人!、謝るだけ謝ったら踵返して帰っていくぞ…い いや違うこちらに来る!?

「チビラグナか」

どうやら弟の顔を見に来たらしく、ラグナの顔を見てポツリと呟く…こう 近くで見れば見るほど人間には見えない、いや姿形は人間そのものなのだ…だが纏う雰囲気というかなんというか、よく言えば人並み外れている悪く言えば人間とは思えないのだ

「ベオセルク兄様、お久しぶりです」

「……はぁ、弱そうな面構えだな」

ぼ 傍若無人…、一言二言会話を交わすとラグナの面構えに文句を言いそのままエリス達の間を通り抜けていく、え?帰るの?舞闘会参加しないの?

「待てベオセルク、何処へ行く」

やはり帰ろうとしていたらしく、そこを兄ラクレスに止められる…だよな おかしいよな、だって顔を見せるだけ見せて一言二言文句言って帰るって、流石にアルクカースと言えどこんな所業は許されない、王族であるならば尚更だ

「帰る」

「帰るな、お前…舞闘会への出席は王族の義務だと何度言ったら分かるのだ」

「そんなに出席させたきゃ、兄上…俺を叩きのめしていうこと聞かせりゃあいいじゃないですか」

…引き止めるラクレス、帰ろうとするベオセルク 両者の間に火花が散り、もはや空気は最悪だ、その上ベオセルクがラクレスを挑発してもう大変、一体どうなってしまうのかと思った所…ラクレス様がポツリと呟いた

「上等だお前、兄としてまず口の聞き方教えにゃならんかよ」

「クク…」

迸る激怒 走る青筋、キレた…あの優しげに笑っていたラクレスさんが激烈なまでにキレている、そんれに答えるようにベオセルクさんも笑い 拳を握る

あ、これは殺し合いが始まるな 誰もがそう予感したその時

「静まれ!、…舞闘会とは互いに高め合うための場、怒りをぶつけ殺し合う場ではない!、長兄としての責務を忘れるなラクレス、ベオセルクも兄を立てろとは言わんが 此度はお前が悪い、互いに矛を収めよ」

「これは…父上、お見苦しいところを」

「チッ、クソ老いぼれが…」

突如響いた男の嗄れ声により王子二人は互いに闘志を収め、声の方向を向き 抱拳礼を取る二人の王子、いやベオセルクの方は超渋々と言ったようなやる気のなさだけど

誰だ、知らないおじさんだ…ちょっと悪い言い方をするなら筋骨隆々のハゲオヤジだ、あまりにも鍛え上げられすぎた筋肉のせいで立派なお洋服がパツパツじゃないか、手には立派な錫杖と頭には王冠…ん?父上?ってことはこの人…


「エリス、あの人が俺の父上、ジークムルド・アルクカース…この国の大王だ」

ジークムルド!?大王!?あのマッチョマンが…ラグナのお父さん!?えーー!なんかやだ!!

いや…嫌だと言うのもまぁ変な話ではあるが、でも待ってほしい、父…つまりラグナはあのジークムルドの血を引いていると言うことだ、親子とは否が応でも似るもの…ラグナ将来ああなっちゃうの?それはなんかやだな

「ジークムルド様だ、これはまた今日も一段と素晴らしい筋肉で」

「ナイスバルク!流石大王仕上がっていますなぁ!」

「上腕二頭筋のカロケリ大山脈!」

「むんぅっ!ゔぅんぅっ!、はははは皆健勝でなにより!我が筋肉も喜びの祝辞を述べているわ!」

しかし貴族達には慕われているようで、皆大王を口々に褒め称える 気に入られる為のおべっかではなく心からの賛辞だ、ジークムルドもそれを理解してから 皆の歓声に応えて筋肉を見せつけるようポーズを取る

…このノリにはついていけないなエリスは


「して、…舞闘会はベオセルクの登場により完全にその熱を収めてしまったが…」

「チッ」

「だが丁度良いといえば丁度良いとも言える、今宵は王位継承戦を丁度一年に控えた記念すべき日、ここで一つ 国王候補達に貴族達へ意気込みを一つ聞かせてもらうとしようじゃないか」

ッ…!?、継承戦の意気込みを この場で?、そう聞いた瞬間ラグナの肩が跳ねる、目の前にはラクレス ホリン ベオセルク…今しがた絶大な力を見せつけてきた国王候補達がズラリと並ぶ
上手くやれば貴族を仲間に付けられるだろう 上手くやれば状況が好転するだろう、上手くやれば…流れを変えられる重要な局面が今 図らずしてやってきたのだ

「お 俺が…俺の…意気込みを?…」


ラグナの情けない声と共にアルクカース王位継承戦 前哨戦…第一ラウンドのゴングが今鳴り響く


………………………………………………


「暇だ…」

ポツリと 虚空に呟く、エリスとラグナは舞闘会とやらに参加する為にろくすっぽ私に説明することなく要塞の方へ駆けて行ってしまった、対する私は馬車の番をする為こうして要塞の前で馬車を止めボケーっとしている、蚊帳の外だ私は

いや蚊帳の外でいいんだ、今回の一件は私が強く干渉すれば何か歯車が狂ってしまいそうな気がしてならないんだ、だからラグナにはあまり私は干渉しないようしている、故にエリスはラグナとばかり関わるようになってしまったがいいじゃないか、エリスが懐いていると言うことは悪いやつではあるまい

…しかしどうするか、デルセクトとの戦争…それを阻止するにはもうラグナには王位継承戦を勝ってもらうしかないが、それが失敗してしまったら…

一応思いつくプランは衝突するアルクカースとデルセクトの間で全力で暴れ両軍がぶつかる前に蹴散らすと言うものだ、そうすれば戦争は起こらないが

それをすればアルクカースの魔女 アルクトゥルスとデルセクトの魔女フォーマルハウトを同時に敵に回すことになる、…それは出来れば避けたいよな…

「ん?…」

ふと、意識を現実に向ければいつの間にか私の馬車が戦士達に囲まれていることに気がつく、なんだろうか…邪魔にならないところに止めてたつもりなんだが、どけと言うならもう少し脇に寄ろうかなと思ったが …完全に私を逃げられないように包囲しているなこれ

「私に何か用か?」

「いえ、やはり魔女レグルス様でしたか…相変わらず凄まじい闘気ですね」

銀色の鎧を身に纏ったメガネの戦士がそう答える、ん?こいつどっかで見たことあるな…誰だっけ?

…あ…ああ、思い出してきたぞ 確かこいつら

「討滅戦士団か、国境で会った連中だな…貴様らも帰っていたか」

眼鏡のやつの名前は聞いた気がするけど思い出せん、だがこいつらの所属は思い出した 討滅戦士団、アルクトゥルスの直属というだけありバカみたいに強いらしい

ああ、確かにこいつらは強い 戦えば敵なしだろう、だがなそれは『戦いだけ』の話、殴り合いに勝てるだけの力など強さとは呼ばない、そんなことアルクトゥルスとて理解しているだろうに…こんな連中侍らせ何がしたいんだか

「ええ、以前貴方からアルクトゥルス様にお会いしたいとお話を頂きましたので、今回は正式に…対談の場を設けさせていただこうかと」

「何?…それは一体どういう…」

と私の疑問の言葉を遮り 答えが返ってくる、声ではない 言葉ではない、ただ…戦士達を割って一際大きな其奴がどかりどかりと私に向けて歩いてくる、こいつは…などと改めて理解するまでもない

「アルクトゥルス…」

「よう、レグルス…」

ニタニタと笑い私を見下ろすこの国の支配者にして、今私達を取り巻く問題の中心にいる存在、争乱の魔女アルクトゥルスが…私の目の前にドスリと座るのであった
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