孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

文字の大きさ
上 下
52 / 308
三章 争乱の魔女アルクトゥルス

48.孤独の魔女と宵闇の初戦

しおりを挟む

「………………」

息を潜めて木から木へと飛び移る、この身を風と一体化して飛べば 足音などまるで立たぬ…

エリスは今、拠点付近に現れた謎の松明の光めがけ バードランドさんとテオドーラさんの三人で迎撃に向かっている

お松明の光と規模からして恐らく敵部隊は斥候、斥候とは地形や敵軍の情勢を把握するために差し向けられる少数の部隊だ、恐らく他陣営の様子や拠点を探しているのだろう…こいつらにエリス達の拠点の場所がバレれば敗北は必至

ここでなんとしても全滅させなければ

「………………」

バレないように黒い外套を纏い、夜の木々を旋風圏跳で移動して斥候隊の頭上につける…、しかし斥候なのに夜に松明をつけて目立つなんて変な奴らだ…

と思っていたが、近づいて分かった こいつら部隊を二つに分けている、松明を持った重装備の兵士と その後方に闇に紛れている軽装備の兵士の二部隊だ、恐らく松明の光につられて迎撃に向かった連中を重装備の兵士が足止めし その間に軽装備の連中が接敵を報告…って流れか?、いわば斥候と護衛の二部隊が同時に動いているのだ

「……………」

二部隊合わせて人数は全部で…ひぃふぅみぃ…十一人程か、護衛の重装備の兵士が八人 軽装備の斥候兵が三人、一息にやれるか…?、一応エリス達の作戦としてはまずエリスが闇夜に乗じて奇襲 敵を撹乱し逃げようとする者 本隊に合流しようとする者をバードランドさんが狩り、そして本隊合流を援護しようと背後を見せた奴をテオドーラさんが襲う…そういうフォーメーションのつもりだが…

「ん?、今何か?音がしなかったか?」

「え?そうですか?、また魔獣かなんかじゃあないですか?」

「にしては音が妙だった、変に息を殺すような…」

誤算があった、それはこの部隊を任されている存在…その顔に覚えがあった事だ

「妙だ、少し警戒するぞ?、皆 一つ固まれ…伝令隊は少し離れておけ」

エリス達の気配に気づいたかのように指示を出すあの鎧姿の大男、開戦式で見たことがある…確か名前はジョージ、ジョージ・ドレッドノート…第一王子陣営に所属する第一戦士隊の隊長だ

第一戦士隊隊長…いきなり大物だ、今回の継承戦で最も巨大な戦力を持つ第一王子陣営の主力の一人が斥候隊を率いていたのだ、これは少し計算外だったが 思ってみれば当然だ、確実に斥候を果たすなら実力者を使うべきだし 何より彼は主力であった最高戦力ではない…

ここで出てきてもおかしくない人物だが…くそ、いきなり強敵だやり辛い

(というか、ここに第一王子陣営の兵士がいるってことは 近くにラクレスさんがいるのか?、だとすると相当まずいぞ…一旦引いて拠点の場所を移すか?いや、今更そんな暇はない、まずはこいつらを片付けないと)

どの道こいつらを全員倒さないとエリス達の居場所はラクレスさんにバレる 、…ならやるしかあるまい

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を……」

小声で詠唱しながら明後日の方向に小石を投げ エリスとは反対方向の茂みを揺らし斥候隊の視線を誘導する、いかに一流の戦士といえど極度の警戒状態では視線誘導も楽チンだ…そして視線が一箇所に集まった瞬間

「『旋風圏跳』…」

全速で跳ぶ、音を立てず 木々を抜ける一陣の夜風となって斥候隊に突っ込み、うち一人の襟を掴み、こちら側に引っ張る…全霊の加速を持って、誰にも気づかれないうちに兵士を宵闇の森の中へ引き込む

「……ッ!?ッー!?」

如何に相手が優秀な兵士といえど、猛風の前には無力にも足を掬われ闇に消える…、このやまエリスが兵士の体を全力で引っ張って部隊から引き離し、声を上げられないように口元を手で押さえてすぐそこの木に叩きつける、怯ませる…その隙に

「…意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』」

そして再度詠唱を行う、今度使う魔術は攻撃の物ではない…魔力で出来た縄を作り相手を拘束する、無力化魔術だ 
エリスの詠唱と共に現れた淡く光る縄はまるで蛇のように自我を持って動き出すとエリスの掴んできた兵士に巻きつき、その足を腰を腕を 口を…雁字搦めにしながら木にくくりつけていく

「ッー!ッッッー!!!」

ようやく状況が飲み込めたのか必死に暴れようとする兵士だが、残念ながら古式魔術で編み出した縄だ…いくら暴れても解けない、これで一人は無力化した、もう一度同じ手で出来る限り無力化する!

「…ッ!?おい、一人減ってないか?」

「え?本当だ…ってかさっきからなんか風が吹いて…ッー!?」

旋風圏跳で部隊に突っ込み、襟を掴んで闇の中へ引き込む 、風と一体化して放つ旋風圏跳はほとんど無音だ、というか風の音しかしない 故に攻撃を受けていると分かるまでに時間がかかるはずだ

先程と同じ手順で闇の中で兵士を木に叩きつけ怯んだ隙に蛇鞭戒鎖で木にくくりつけ拘束・無力化…二人目!

「また一人消えた、…魔獣じゃない!攻撃を受けている!」

「攻撃って言っても何をされて……ヌォッ!?ーーッ」

くそっ、早い バレるのが早い、普通仲間が一人づつ消えて行ったらもう少し混乱しないか?、同じ手順でもう一人を木に叩きつけながらエリスは些か戦慄する…いや目測が甘かったか、もう少しうまくやるべきだったか!?

いやもうここまできてしまったら引き返せない、最後までやるしかない

「ッッーー『蛇鞭戒鎖』!」

「ぐぅっ!?むぐっ!?ーーっ!?」

木に兵士をくくりつけ無力化する頃には斥候部隊は完全に敵襲を意識した陣形になっている 、いけるか…?もう一人くらい無力化したいが…!


「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を『旋風圏跳』!」

今度は全力で飛ぶ、突風と言っててもいい速度で 木々の間を縫って突風に身を変えて斥候部隊に突っ込んで…

「…ーッ!見えた!そこか!」

「チッ!?」

一目で反応された、剣を振るってエリスを撃ち落そうとしてきたのは第一戦士隊の隊長 ジョージだ

咄嗟に剣を避ける為身を捩り進路を変える、ダメだった 奇襲はここまでか…クルリと空中で回転し近くの木に足をつき 停止する、ここからは戦闘で無力化して行かねばならない、やれるか ここにいるのはラクレスさんが厳選し集めた第一戦士隊かそれに類する実力を持つであろう冒険者達 皆一級品の戦士達だ

「む…子供?いや、確かラグナ様の陣営には小さな子供がいると聞いたが、まさかこれほどの実力か」

エリスの顔を いや風体を見てその正体に合点がいったかジョージは目を鋭くする、小さな子供を戦力として扱ってるところなどラグナしか居まい

「近くにラグナ様の陣営があるか!、モージス!走れ!本隊に報告しろ!」

「は…はい!」

ジョージの言葉に後方に控えていた軽装の戦士達が反応する、あれをそのまま逃せばエリス達はその時点で敗北、しかしエリスが奴らを狙わなかったのには理由がある 

「急いでラクレス様にか報告しないと…」

「ッー!待ってたいたぜ!お前らを」

「なっ!?既に回り込まれているだと!?」

エリスが騒ぎを起こしている間に後方部隊の更に背後に回っていたバードランドさんが逃げようとする兵士達に暗がりから襲いかかる、相手もいきなりの事にロクな対応も出来ず 三人いる後衛部隊のうち 一人を見事昏倒させる事に成功する

「よ…よっしゃ!一人倒した!へへへ…どーよ」

「お前…お前バードランドか!、へっ 脅かしやがって お前みたいな落ちこぼれが俺たち第一戦士隊を相手に足止めなんかできると思ってんのかよ!」

「げっ…モージス」

しかし不意打ちとは初撃しか決まらない、そこからは普通に戦闘になる…第九十戦士隊の隊長バードランドと 後衛に控えている第一戦士隊二人の対決、実力差は圧倒的だ

が、ここで嬉しい誤算が起こるのだ、後ろに控え 本体に合流するために走ろうとしていた第一戦士隊二人が相手がバードランドさんだと分かった途端強気になって 、二人揃ってバードランドさんに襲いかかり始めた事

こいつなら楽に勝てると踏んだのか、逃げないのだ…これはラッキーだ 逃げる第一戦士隊を追いかけるのよりはるかに楽、あとはバードランドさんに頑張ってもらう他ない

「オラオラオラ!どうした落ちこぼれ野郎!」

「ぐっ!うっ!」

しかし形成は不利なことには変わらない、第一戦士隊は軽装とは言えバードランドさんよりも格上、負け犬根性の染み付いたバードランドさんは守りに転ずるばかりでうまく攻めきれていない、さっきから二人の攻撃を防ぐのに手一杯といった様子だ

助けに行きたい気持ちはあるが…

「エリスというらしいな、お前はラグナ様の側近的立ち位置にいると聞く …お前を倒せば第四王子陣営は手痛い打撃を受けるはずだ…ここで打ち果たさせてもらう、はぁっ!」

「っ!…」
 
こっちはこっちで手一杯なのだ、前衛の戦闘及び敵対勢力の足止めを目的とする重装備隊は全部で八人、三人減らしても五人もいる、それが全員この国トップクラスの使い手達…エリス一人では些かきつい

エリス一人では…な

「中々にやるな!ちょこまかと!」

「囲め!機動力があるら先ずはそこから奪うんだ…ぐぉぉああっっ!?!?」

「ふしゅるる…よそ見し過ぎじゃあボケどもがぁぁっ!!!」

エリスを囲もうと動いた第一戦士隊が突如草むらから現れたテオドーラさんの一撃に吹き飛ばされる、吹き飛ばされるというか…吹っ飛ばされる 飛んでった戦士はそのまま木々を薙ぎ倒しそのままへし折れた木の下敷きになる…いや やり過ぎたろ、死んだんじゃないかあれ、ともあれ一人減った

奇襲による奇襲を重ね十一人いた兵士は五人減って残り六人、エリス達の方には四人 バードランドさんの方には二人、形成はかなり良くなった、これなら戦える

「ぐっ、貴様 テオドーラ!」

「お父ちゃん…、はははっ!擦り寄ったラクレスサマに使いっ走りとして使われてるとは哀れだなぁオイ!」

暗闇の戦場の中で相対するは第一戦士隊隊長にすて父 ジョージとそれを煽り散らす争心解放済みのテオドーラさん、互いに剣とメイスを構えて 睨み合っている、その姿は父子というより因縁の仇敵同士のようだ

…開戦式の時からそうだったが、やはりジョージは娘のテオドーラさんに対し並々ならぬ感情を抱いている様子、テオドーラさんが姿を現しただけで冷静さを失い エリスの事など眼中にも入れずに目の前の娘を睨んでいる

よし、…これでただでさえ少ない敵部隊は三つに分断できた 、バードランドさんは二人の伝令隊を撃破 テオドーラは隊長を撃破、そしてエリスは残った三人を撃破すればこの戦いは勝利だ

「エリスちゃん コイツぁウチがやっから!そこの雑魚三人よろしくゥ!」

「はい!、任せました!」

「なめやがって…いいだろう、相手をしてやる!」

暗い森の中 親と子の武器が火花を散らしぶつかり合う、こうして遠目で見ても分かるほどに二人とも激烈に攻め立てている、第一戦士隊の隊長の肩書きは伊達ではなく その剣さばきに隙はない、が…対するテオドーラさんの技練もまた大したもので まるで演舞を見ているかのような凄まじい技が空を飛び交う

「むむぅ、ジョージ殿が攻めきれず伝令隊が足止めされるとは、完全に場をかき乱されてしまったな、ここはこの小娘を早々に始末して援護に行った方が良さそうだ」

「来ますか…」

なんてエリスも余所見をしている暇なんかない、エリスの目の前には戦士が三人もいる それもラクレスさんが集めた一流の戦士が…、三人とも特徴的な武器を持っており …ん?こいつらよく見たら戦士じゃないな

するとユニークな格好をした三人は、ずらりとエリスの前に横並びに立ち始め

「ここはワス達の見せ場だなぁ、第一戦士隊に恩を売れたとなれば報酬も弾むだろうよ、…やいやい小娘!我ら『三羽烏』を相手にして生きて帰れると思うなよ!」

三羽烏?…ポカンとしているうちに彼らは三人揃ってポーズを撮り始める

「拙者二ツ字冒険者!『両断』のバーナビー!」

手に持った細身の剣同様細身の体をグルングルン回しポーズを取るのは無精髭の男

「同じく二ツ字冒険者…『陽炎』のデール…」

ナイフを手元でクルクル回し 珍妙な踊りを踊るのは全身黒のウェットスーツを着込んだ影の薄い男、そして

「ワスはリーダーの三ツ字冒険者!『千手斧』のジャレット!」

ポンと大きく出たお腹を叩き両手を前に出すの全身に投げ斧をぶら下げた大柄の…というか恰幅のいいデブもとい大男が名乗りをあげる、なんだこいつら

「我ら揃って対紛争専門冒険者集団チーム『三羽烏』!、この名を聞いて生きて帰れると思うなよ!」

「………………」

三位一体!と言わんばかりのポーズを決める三人…いや三羽烏を前に言葉を失う、いや時間の無駄ァ!何かあると思って聞いてみればただ名乗ってポーズ決めただけじゃん!時間の無駄じゃん!というか!

「対紛争専門冒険者集団ってそれもう傭兵では…」

「違う!ワスらは冒険者だ!一緒にするな!」

一緒じゃん、というかこの人達冒険者なんだ…確かラクレスさんは冒険者協会本部にも顔が聞き腕利きを雇ったらしいが、こいつらが腕利き?…

「くっ!拙者達をバカにして!…ならばこの名と我ら三位一体の連携を体に刻み込め!小娘!キェーッ!」

「っ!?速い…!」

別にバカにする意図はなかったが急にキレ散らかした細身の男もとい両断のバーナビーは、一瞬にして踏み込みエリスめがけその剣を薙ぎ払う…、刃が煌めいたと思ったらすでに振るわれている…速い 流石に二ツ字冒険者か、だが師匠と10ヶ月以上にも及ぶ戦闘訓練を経たエリスならこの程度の速度…対応できる!

「振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし…!」

身を屈め剣を避けると共に詠唱を謳うが…、感じる 、ヌルリと這うような殺気と害意、直感で理解する、 まだ攻撃が終わってない!

「ちょりゃぁっ!」

「っ!とと!、投げ斧!?」

避けた瞬間後ろのジャレットが投げ斧を投げてエリスの詠唱を妨害してきた、いやしてくるか 伊達に三羽烏は名乗ってない!

「取った…!死に去らせ小娘…!」

「チッ!取らせませんよ!」

「キェーッ!!!!」

投げ斧を身を翻し避けたかと思うと今度はデールが背後から切りかかってくる、大地を蹴り上げ咄嗟に避けても今度はバーナビーが、それに反撃しようとするとジャレットが そしてその隙を突き再びデールが

こいつら、互いに互いを援護しあって攻撃の波を一切途切れさせない、詠唱を唱える暇さえなくエリスは地面を転がり回りながら三羽烏の連携から逃れ続ける、…常に三人のうち誰かがエリスの隙を伺っている

やり辛いッ!!、…この連携 一朝一夕で出来るもんじゃない…変な奴らだが二ツ字冒険者は伊達ではないか、紛争専門という事は言い換えればこいつらは対人戦専門の冒険者という事だ

「フハハハ!拙者達三羽烏の連携を前に手も足も出んか小娘!」

「逃げてばかりでは勝てんぞ…」

その通りだ、だが古式魔術を放つ隙がない…詠唱を始めた瞬間それを妨害する為誰かしらが攻撃を挟み込んでくる、こいつらは一人一人の技量が高いため詠唱しながらの回避が出来ない…どう抜く 、この連携 どう対処する…

バーナビーの剣を避け ジャレットの投げ斧から逃げ デールの不意打ちを弾き返しながら考える、あれ?…そういえばこいつら、チームの中に魔術師がいないな…よし!なら!

「あんまりエリスをナメない方がいいですよ!…」

「ほう!ならワスらに勝てるなにかがあるのかねぇ?」

「あります!…死になさい!フレイムタービュランスッッッ!!!」

ジャレットの斧を避けた瞬間叫ぶ、早口でフレイムタービュランスの名を…古式魔術でダメでも詠唱の短い現代魔術なら唱えられる………

…………嘘だ、エリスはフレイムタービュランスを使えない 、これはただフレイムタービュランスの名前を呼んだだけで唱えたわけではない、そもそも魔術を使うにはそこそこの集中がいる だから攻撃を回避しながらでは無理なのだ…だが名前を呼ぶだけなら攻撃を回避しながらでもできる、だから叫んだだけ 火なんかカケラもでない

だが

「なっ!?それは広範囲魔術!?攻撃を回避しながら唱えられるだと!?」

「か…回避を!」

ハッタリとしては十分だ!、古式魔術は強力な反面使い手がいない 故にいまいちその威力が伝わり辛くハッタリには向かないが、フレイムタービュランスの使い手はこの世界にごまんといる 故に彼らも分かるのだろう、この魔術がどれだけ強力でどれだけ恐ろしいか…だから 、皆一様に回避姿勢や防御姿勢をとる

それはつまり、彼らの攻撃の連携が途切れるという事で…

「取りました!輝く穂先響く勝鬨、この一矢は今敵の喉元へ駆ける『鳴神天穿』」

「なっ…!?ハッタリ…がばばばっっ!?」

「デール!?」

慌てて防御姿勢をとる陽炎のデールの体を 一筋の雷閃が穿ち、その身を激雷により焼き尽くされる、雷はいくら防御しようとも肉体を通じてその意識を刈り取る 、他の冒険者が反応する頃には既にデールは黒煙を燻らせ地面へと沈んでいる

そしてエリスは、その動揺により生まれる隙を見逃してあげるほど優しくない

「我が吐息は凍露齎し、輝ける氷礫は命すらも凍み氷る『氷々白息』」

「なっ!?しまっ…うげぇっ!?」

詠唱と共にふぅと吹かれた白い吐息は氷の礫を作り出し、砲弾の如く勢いよく仲間が倒れ慌てふためく両断のバーナビーの顔面へと飛んでいき衝突、勢いに任せ体をぐるりと中空で一回転させ、間抜けな悲鳴と共に地面に激突する…動く気配はない、死んではないが 意識もない

「二ツ字冒険者の二人が…一瞬 それも一撃でやられただと」

「後は貴方だけですね、こうなれば三羽烏も形無しです」

「ぬぉぅ」

ジャレットが投げ斧を投げる間も無く、一瞬の隙を突かれ彼の相棒達は地に伏す事となった

もし彼らの中に魔術師がいれば あれが詠唱ではないことに気がつけたろう、魔術詠唱とただ言うだけの言葉は違う、その細かな違いを魔術師なら誰もが把握できる…が 彼らの中にその違いを察知できる人間がいなかったのが敗因だ

「あんまりワスを侮らん事だ、これでもワスは三ツ字冒険者…一人で戦った方が強いのだ!」

じゃあなぜ三羽烏やってるんだ!と…言おうかと思ったが気迫が変わった、手に持った投げ斧の柄頭同士を組み合わせ、頭とお尻に刃がついた一本の武器へと変形させると、その巨体を揺らし飛びかかってきて…ってか普通に早いぞ、さっきの両断のバーナビーよりも身軽だ 、あんなに太ってるのに!

「チョイヤァァァ!!、必殺!両刃地獄斧車ぁぁぁ!!」

「くっ!ととっ!最初からそれやればよかったじゃないですか!」

「奥の手とは最後にとっておくからこそ効くものよ!」

くるくると斧を車輪のようにグルグルと回転させながら行われる激烈な攻めは 最初のコンビネーション以上に隙がなく素早い

一度目の攻撃を避けてもすぐに二刃が三刃が迫り来る、くるくると回転させているだけだと言うのにその攻撃は縦横無尽 …あっという間にエリスの逃げ場は失われ、巨大な木を背中に追い詰められる

「フハハハハ!三ツ字冒険者をナメるでないわぁぁ!!」

「ナメてません!輝く穂先響く勝鬨、この一矢は今敵の喉元へ駆ける『鳴神天穿』」

「ふんっ!効かぬ効かぬ!」

悪足掻きに雷を放てど即座に見切られ避けられてしまう、雷を見て避けられるか普通 …いややはり三ツ字冒険者、この人は間抜けな風体をしているが そこらの小国に行けばあっという間に最高戦力に上り詰める事ができるくらいの実力はあるんだ

「それだけかぁ?、ならばここまでよ!喰らえ超必殺!両刃天幕斧落としィィイイイ!」

「ッ…!!」

だからこそ、強いからこそ 感じる 迫る刃に 命の危機を…!、故にこそ動きが 全ての動きが緩慢になり、脳が冴える 心が冷たく静かになり、振り下ろされる斧が…ゆっくり ゆっくり…

「フッ!」

「ありぇえっ!?避けられた!?」

極限集中状態…ただただ極度の集中状態に入り、全ての攻撃に対し素早く反応出来るようになるだけの状態

だが魔術は集中力が物を言う、古式魔術は集中の度合いによって威力が変わる…であるならばこの集中力はそのまま武器となる

エリスにとって切り札の一つでもある極限集中状態、山猩々やレオナヒルドと言った敵を相手に打ち勝ってきた実績のあるこの技を、この10ヶ月の修行で磨かないわけがない

「ふしゅぅぅ……」

息を軽く吐き、ジャレットの斧撃を瞬く間に避ける…彼の攻撃は速いがモーションが大きい、集中して挑めば軽く見切れる…

エリスは以前この集中状態を維持しようとすることに集中していたが、今は違う …常に頭の中で敵の行動を演算予測することに集中する事で、維持時間とパフォーマンスが格段に跳ね上がった、だからこそ 格上であるジャレットの攻撃にも

「ぬぉぉ!追い詰められてなおこの粘り強さ!なんとしぶとい!」

「………しゅぅぅ」

ジャレットが斧を振るう、エリスを仕留めようと斧を振るう その攻撃は素早いが直線的、軽く半歩 身を横にずらせばその斧は虚しく空を斬りエリスの背後の木を傷つけるばかり、何度振るおうとも当たらない

「ええい!面倒な!」

そして、集中状態ならば 詠唱を跳躍して、一瞬で現象を発現出来る…、息を吐き 体の中で魔力を高めて拳に集める、とはいえこのまま魔術を詠唱なしでぶっ放してもまた回避される可能性がある、彼は咄嗟ながらに雷さえも避ける男、故に …不意を打つしかない

だからこの集めた魔力を撃つのは彼自身ではなく

「っはぁっ!!!」

「なっ!?何を…」

裂帛の気合と共に反転、ジャレットに背を向けて拳を放つのは背後の大木、ジャレットの連撃を受けて傷ついた大木の腹に拳を打ち込むと同時に 火雷招を爆発させる

ジャレット…彼はエリスの魔術を警戒していたはずだ、攻撃を避け 返す刀で撃たれる魔術を、だからこそ その虚を突きあらぬ方向へ魔術を放つ、跳躍詠唱により一瞬にして放たれた火雷招は一撃で巨木を貫通しその腹が真っ二つにへし折る…そうへし折るのだ

ミシミシと音を立てて ゆっくりと巨木はエリス達の方へ傾き…必然的にに背の高いジャレットの頭めがけ降り注ぐ

「ぬぉぁぁああっ!?木を折ったか!しかし!この程度で負けるようでは三ツ字など貰えんわ!!」

爆音を奏で倒木するそれをなんとジャレットは両手で受け止め持ち上げたのだ、見た目通りの怪力 だが…驚きはしない、その程度想定内だ

それに見てみろ、木を受け止めるために両手を使っているジャレットを、その斧は 一体何処へ行った?エリスと戦うための斧は…その状態でどうやって使う?

「うははははは!この程度でワスは負けん!残念だったな小娘…あ」

自慢げに笑う彼に指を一本向ける、そこでようやく気づいたか 彼の手は木を受け止めるために使われておりその足は木に押さえつけられており、斧は咄嗟に捨ててしまい 逃げ場は絶たれていることに、これならもう避けられない 防げない 逃げられない

「残念でしたね…『天降 剛雷一閃』!」

「ひぃっ!?ま 待ち…ぐがががぁぁぁっっ!?!?」

指先から放たれる剛雷は千手斧のジャレットの体を穿ち、ビリビリと…いやゴロゴロと音を立てその全身を極限まで痛めつける、如何に三ツ字の実力者とはいえ 電撃には逆らえない、全身を黒く焼かれ 彼の体は悲鳴と共にフラリとバランスを失い、倒木に押しつぶされ意識を失う

ってあぶねぇ!エリスも危うく潰されるところだった

「危ない危ない…敵に集中し過ぎると今度は周りが見えなくなっちゃうなぁ…」

命からがら 倒れる丸太から逃げる頃にはエリスの極限集中状態もとっくに解けており、ホッと一息つく…、うん 倒せた、周りを見てもエリスを相手に襲いかかろうとするものなどおらず

先程まで相手にしていた三羽烏は皆意識を失い倒れている、死なないように手加減はした…ジャレットだって実力者だ あれくらいじゃ死なないだろ

「さて、他の人も助けに行きますか」

服についた汚れを払い立ち上がり周りの様子を伺う

「くそっ!二人掛かりは卑怯だろ!お前らエリートなら一対一で戦えよ!」

「バーカ!、そんな泣き言抜かしてるからいつまでたっても雑魚なんだよ!」

ふと声が聞こえてくる、バードランドさんだ…相対するのは第一戦士隊の二人 片方は確かモージスと呼ばれていた男だ、彼らは伝令隊としての使命を全うするためか装備はほとんどつけておらず身につける武器も片手で持てるくらいの小ぶりの剣、だがその手から放たれる連携と技の数々はバードランドさんを着実に追い詰めている

いや違う、追い詰められてるんじゃない 気持ち的に攻めきれてないんだ、武器を盾代わりに使い体を縮こまらせて…あれでは反撃できない、染み付いた負け犬根性が彼に攻めの姿勢を忘れさせているんだ

どうする、助けるべきか…でも …

「全く情けねぇぜ!、昔口走ってた大口はどこにいったよ!ええ!、バードランド!」

「くっ、ウルセェ…!」

何か、何かとっかかりが掴めればバードランドさんは戦える筈なんだ、彼は恐れているだけで弱くはないはずだ、彼は今日まで怠けていたわけではない むしろ励んでいた、その努力は決して嘘をつかない

それを証拠に第一戦士隊のエリート二人を相手にして彼は守りきれている、昔の彼なら瞬く間に負けていたのに 今は耐え忍んでいる、実力がついている証拠だ

だからこそ、この戦いで何かを掴めば彼は戦えるようになる…だからここで変に手を貸しても、後々のことを考えると意味がない

「オラッ!とっととくたばれよ!」

「ぉぶぶぉっ!?」

しかし、その拮抗にも限界がくる モージスの放った蹴りが彼の守りを抜けて腹へと突き刺さり、強烈な蹴りは彼の体から酸素を奪い 動きを奪い、バードランド膝は地面へと突き刺さる、その姿はもうダメだと諦めるようで…

まずい…!

「これで終わりだよ…!バードランド!」

「ば バードランドさん!、また負け犬になるつもりですか!、あの時の 惨めな落ちこぼれに戻る気なのですか!」

「ッ…!」

剣を振りかぶるモージスを前に叫ぶ、とりあえず彼の発破になりそうな言葉を、ここで援護するのは簡単だ、だが戦いはまだ続く ここで彼には自信をつけてもらわないといけない、だからこそ…かける、発破を

エリスの発破の言葉が効いたか、それとも彼の中で燃える闘志の炎が戦いもせず挑みもせず負ける彼に語りかけたか、咄嗟に 上半身だけ体を起こし、手に持った大剣でモージスの一撃を防ぐ、防いだ 防いでくれた!バードランドさん!

「チッ、まだ足掻くか!なら…今度こそトドメを刺してやる!『付与魔術・破砕属性付与』!」

「う…ぐぅ、『付与魔術・頑健属性付与』…!」

モージスの付与魔術にバードランドさんも付与魔術で対抗する、付与魔術の威力とは二つの要因よって決まる、使い手の技量…そして

「ははは!バーカ!テメェみたいなクズ戦士に贈られるクズ武器で付与魔術を防げるかよ!武器ごと叩き壊してやる!」

武器の質によって変わる、だが…どうやらモージスは戦士としては一級品だがその目は節穴のようだ、バードランドの持つ武器が どういうものか見抜けていないみたいだ

「……?、な なんだ?なんで武器を崩せないんだ?、ってかなんでこんなに付与魔術が強力なんだよ!まるで 俺たちの持つ一級品の武器と同格 いやそれ以上の…はぁっ!?」

二人の付与魔術がぶつかり合った結果、モージスの武器はバードランドの武器と付与魔術の前に容易く受け止められたばかりか、モージスのその剣が根本からポッキリ折れてしまう

当然だ、バードランドの持つ剣はアルミランテさん達が分けてくれた一流の魔鉱石を用いてアルブレート大工房という一流の職人が作り上げた、超一流の武器 それから放たれる付与魔術が一流かどうかなど聞くまでもないし

何より、自分の立場にあぐらをかいていたモージスと違い今日この日まで死に物狂いで鍛錬続けていたバードランドの方が、今は 強い

「お 折れちまった、短剣とはいえ俺の付与魔術を帯びた剣が、…な 何かの間違いだ!こんなの…俺が最下位戦士隊のクズに負けるなんて」

「…どうやら俺ぁ、何か勘違いしてたみたいだ…」

目の前で慌てふためくエリートを見てゆらりと立ち上がるバードランド、その立ち姿にもはや弱さも迷いもない…掴めたようだ、取っ掛かりが

「…俺達が積み重ねてきた鍛錬と努力は、案外 馬鹿にできねぇもんだったんだな!」

「ひぃっ…お おい!助けろ!、俺たち第一戦士隊がこんなクズに負けたなんてこと、あっていいはずがねぇ!」

「お おう!」

モージスも慌ててもう一人の戦士に声をかけるが、もう遅い…バードランドは既に付与魔術の乗ったその剣を大きく振りかぶり、鍛え抜かれた筋肉は彼の努力の結晶がうねりを上げる

「そこを退きやがれ!俺はぁ第九十戦士隊の隊長にして!次期国王ラグナ第一の部下だ!この野郎!」

「ぐぼぉぁっ!?」

「がべぇぁっ!?」

振り抜く、剣の腹で第一戦士隊を二人まとめて吹き飛ばす この国のエリートと呼ばれような戦士をまるで紙切れのように一撃で吹き飛ばすに飽き足らず、その剣は周囲の木々さえ薙ぎ倒していく…凄まじい威力だ

が…ラグナ第一の部下というのはいただけない、一番最初に仲間になったのはエリスだ、どちらかというと第一の部下はエリスだ…まぁそんな無粋なツッコミ、今はしないけどさ

「ふんっ、なんでぇ 戦ってみりゃ大したことねぇじゃねぇか、…いやこれもこの剣を作ってくれた工房の連中やカロケリ族の奴ら、あと特訓してくれあのジジイ達のおかげか…一人じゃこんな強くなれたかったな」

「いぇーい!やりましたね!バードランドさん!」

「おお!エリスちゃん!いぇーい!俺やったぜ!…げっ、エリスちゃんの方は三人相手だったのか、それも俺より早く倒してやがる…しかも無傷、まだまだだな俺…」

いぇーいとハイタッチしに行ったのだが、どうやらエリスの戦果の方がすごいことを気にしている模様、そんなに他人と比較しても意味ないと思うが…でもいい、バードランドさんの顔つきがさっきよりも自信に満ち溢れている この結果だけで十分だ

「あはは、エリスの方も危なかったですけどね…それよりテオドーラさんを助けに…」

と言いかけた瞬間、甲高い金属音が響く…何かがへし折れたかのような そんな音、そうか もうどうやら向こうも決着がついたようだ

「ぐっ…ぐぅ、そんな 私が…」

「勝負あったみたいっスねぇ?」

音の方に首を向ければ、膝をつくジョージと余裕そうにメイスを肩で担ぐテオドーラさんの姿がある、いや余裕ではないのだろう テオドーラさん自身あちこちに傷がある、が…それ以上にジョージはボロボロだ
いやまさかこの国トップクラスの部隊である第一戦士隊の隊長に勝ってしまうとは、強い強いと思っていたがここまでか

「ぐっ…お前のような無責任な娘にやられるとは一生の不覚だ!」

「劣等感ってのは剣を鈍らせるもの、昔のお父ちゃんはもっと強かったのに…そんなに気に食わないんスか?ウチが討滅戦士団に入らなかった事が」

「当たり前だ!、争心解放を扱え…戦いの才能もある、私の父デニーロに匹敵する才を持ちながら討滅戦士団への 魔女様の誘いを断るなど我が一族の恥である貴様の事を許せるまずがなかろう!」

なにやら神妙な様子だがエリスは彼らの事情を知らない、取り敢えず片手間に聴きながら近くで倒れてる斥候部隊を回収して拘束しよう、ほらバードランドさんもぼけっとしてないで と肘をぺしりと叩く

「私達は父デニーロと同じく討滅戦士に入り 魔女様に尽くさねばならない、それが誇り高きドレッドノート家の役目だというのに…それを棒に振って」

「ああ、聞かなきゃよかったそんな中身の無い話、結局んところお父ちゃんやお母ちゃんじゃあ討滅戦士団に入れないから娘のウチを入れて溜飲下げたかったけど思い通りに行きませんでしたムキーって話でしょお?、くだらねぇ~」

なるほど、テオドーラさんが両親から嫌われているのは両親の方針に逆らったからか、ジョージの口ぶりから察するに おそらく討滅戦士団入りは彼にとって悲願とも言える程のものだったに違いない、それを掴みかけた娘がその話を蹴ったならば まぁ怒りもするか

「くだらないだと!戦士ならば上を目指すのは当たり前だろう!、貴様のように向上心のない奴が!上の部隊に所属する事を目指さない奴が!戦士を名乗るなど私は認めない!認めてたまるか!」

「…阿呆らしい、結局お父ちゃんは自分が所属してる部隊の名前でしか 戦士の価値を語れないんだね」

「何を言って…」

「戦士の本懐とは出世にあらず、剣を振るう意味にこそあり…お爺ちゃんがよく言ってた言葉、お父ちゃん 息子なのに忘れちゃったの?」

「剣を振るう…意味…げぶぁっ!?」

話はこれまでと言わんばかりにテオドーラは実の父に容赦なくメイスを打ち付け昏倒させる、…テオドーラさんの顔はここからは見えない、だがきっと親子の溝は埋まってないんだろう そんな一回剣を交え語り合ったくらいじゃあ人の距離は縮まらない、特に親子の確執は…

「…ウチは見つけたんよ、ウチが武器を振るうに足るお方を…乱暴でなんでもぶっ壊す不器用なウチを それでも必要だと言ってくれるあのお方の為なら、ウチ 魔女様にでも逆らっちゃうもんね」

………これは、後からバードランドさんから聞いた話だが テオドーラさんはその昔ひどい乱暴者として知られたていたらしい、バードランドさんがテオドーラさんに挑まなかったのは当時の噂を知っていたからだとか

そんな彼女が今のようにちゃらんぽらんな態度をとるようになったのは、話によればラグナとの出会いがあったからだとか…どのように出会い何があったかまでは分からない、だが一人の野獣を戦士に変えてしまう何かが きっとあったのだろう

エリスにはなんとなくわかる、誰からも必要とされないと落ち込んでいるときに 誰かに必要とされる感動を、その人の為ならなんでもしようと思えるその感情を…エリスには理解出来る

きっとテオドーラさんも同じなんだ、必要とされたから戦う 必要とされるために戦う、その為なら誰になんと思われても構う事ないのだ、なんて ちょっとだけテオドーラさんのことがわかった気になってしまうエリスなのであった

「テオドーラさーん、終わりましたかー!」

「うお?エリスちゃあん!終わったよ~ん、ってかバードランドもなんとかしたんだ!やるぅ」

「ハハハハハ!おうよ!案外俺もやれるもんだろ?今なら誰にも負ける気がしねぇぜ!」

戦う前はあれだけ不安だったが、いざ蓋を開けてみれば内容は完勝、一人として逃す事なく 敵は全滅、ジョージさんを魔術で拘束して…これで 斥候隊全員を捕虜にできた

勝った、勝ててしまった…継承戦という大きな戦いの中では 戦局に影響するかは分からないほど小さな戦いだが、勝てちゃった お陰でエリスもバードランドさんも勢いに乗れた、うん やった

「やったぞー!おー!」

「うぉ!?エリスちゃん急にでかい声出してどうしたんだよ」

「なんでもいいじゃんバードランド!、ウチらも叫ぼう!おー!勝ったぞー!」

「お…おー?」


「おーい!、エリスー!無事かー!」

「おーー!」

ひと段落ついた辺りで拠点の方からおっとり刀で駆けつけてくるラグナ達の声に勝鬨で返事をするエリス達、継承戦最初の戦いは見エリス達の勝利に終わった、斥候にやってきていたジョージ達を魔術で雁字搦めにしたまま回収し、エリス達はラグナと共に拠点へと変えることとなる

『流石は我が弟子、この程度造作もないか?よくやった』とエリスは師匠に褒められ…

『父を打ち倒したか…、君の中で決着をつけられたならそれでいい』とテオドーラさんはラグナと真面目な話をして…

『流石は隊長だ!俺達もやれば出来るんだ!』と戦果を挙げ戦士隊に胴上げされるバードランドさん、斥候に来ていたのが隊長を含めた第一戦士隊達ということもあり、エリス達の挙げた戦果はラグナ軍に多大な士気を齎し 初日からエリス達は順風満帆のスタートを切ることとなる

いやよかった、何もかも上手くいった…これでエリスも枕を高くして寝れる、こうしてエリスは継承戦初日を乗り越え 満足感と達成感に包まれながら師匠の膝の上で眠ることとなる…


…………………………………………………………

そうして、朝になる頃 というかエリスが起きる頃には皆既に起きて行動を開始していた、取り敢えず簡易的たご飯を口ち運びながらバードランドさんから朝方何があったか エリスが寝ている間に開始されていた軍議で何が話し合われたかの説明を受けた

まず、エリス達が捕まえた斥候隊 一応サイラスさんが尋問して少しだけ情報を得る事ができた

彼らは斥候隊兼別働隊らしい、第一王子陣営はエリス達と同じ山中でのスタートとなったらしい、しかし既にホーフェンの細かい地形を事前調査で把握していたラクレスさんは即座に移動を開始 平原へ出てホーフェン砦の確保に向かったらしい

ジョージ達斥候隊は ラクレスさん達とは別方向へ移動し 敵陣営の発見の任を任されていたらしい、見つけ次第ジョージ達が敵を足止め モージス達が砦へ移動し情報を持ち帰るという算段だったらしい…エリス達によって失敗に終わったが

ラクレスさんも山中でスタートだったか、初日で変に動き回っていたらもしかしたらラクレスさんの本隊にかち合っていたかと思うとゾッとするな、しかし恐らくラクレスさんは既に山を越え砦を押さえている頃だろうとの事

そうか、取り敢えず近くにはいないんだな 居場所が分かっただけで今はそれでいい

あと捕虜の扱いについてだが、もう考えなくていいと言われた…もしかして殺したのではと考えたが、どうやら継承戦は一度戦いに敗れた者はどうあっても継承戦に関わることは許されていないらしい

つまりエリス達に負けたジョージさん達はいくらエリス達のところから暴れて脱走したとしてもラクレスさんのところへは帰れないし、継承戦を戦うことも許されないらしい…なるほど ならもう考えなくてもいいな

「いやしかしあそこで第一戦士隊の隊長を潰せたのはデカイな」

「ですね、多分 確実に斥候を成功させたいから主戦力を割いたんでしょうけれど 、そこをつけたのならラクレスさんに痛手を負わせたと考えてもいいですね」

バードランドさんはあれから少々自信がついたようで、昨日からとてもご機嫌だ 、ラグナからも直々に礼を言われたようで そりゃあもう有頂天だ

「そういえば斥候隊って他にもいないんですかね?」

「いるにはいるらしいが、山中の捜索を任されてるのはあの部隊だけらしい、まぁ全部が全部本当とは限らないから 鵜呑みにしちゃいけないけれどな」

「お、エリス!起きたか」

なんてバードランドさんと話をしていると、紙の束を抱えたラグナがこちらに駆けてくる、軍の指揮官として彼も忙しそうだ

「昨日はありがとう、危うく兄様に俺たちの拠点がバレるところだった…エリス達が奮戦してくれなければ危ないところだったよ」

「頑張ったのはエリスだけじゃありませんよ」

「そうか?、バードランド曰く 迎撃隊の指揮をとったのはエリスだと聞いたけれど?」

指揮とったか?…いや確かに作戦を立案したし先鋒もエリスが担当したけど、…でもそれでエリスだけの手柄だと胸を張るほどエリスのツラの皮は厚くない、バードランドさんとテオドーラさんがいなければ そもそもあの戦いは成り立たなかった

「まぁ、ともあれ君達の奮戦のおかげで俺たちの軍の士気はうなぎ登りだ、いきなりラクレス兄様の部隊に勝てたのはデカいな」

「それは良かったです、ところで今日はどうするんですか?、出来れば勢いついている間に何か進めておきたいんですが」

勝って嬉しいのは分かるがあれば斥候隊だ、先遣隊でも遊撃隊でもない ただの様子見、その様子見をたおして満足してるようでは継承戦での勝利など夢のまた夢、この勢いが死なないうちに攻勢をかけるのだ

「分かってるさ、一応もう指針は決めてある…今回はこちらから斥候を出そうと思っている、部隊をいくつかに分け山中を捜索 ラクレス兄様や他の陣営が出した他の斥候がいないか 他の陣営がこの山にいないかの調査をするつもりだ」

「斥候をこちらからですか」

「ああ、まず部隊を二つに分ける…一つは俺と一緒に拠点を守る部隊と外に出て斥候する部隊…一応戦士隊の大部分は斥候に回ってもらうバードランド 昨日の今日ですまないが君にも動いてもらう」

「任せてくれ!、バッチリ隠れて敵を見つけてくるぜ!」

自信満々だな、しかし斥候…まず敵を見つけねば話にならないしな、ラクレスさんはこの山にいないことは分かっているから 後はホリンさんとベオセルクさんか…

都合よく三陣営四陣営も山の中にいる可能性は少ないと思うが、いないならいないことを確認する作業は必須だ、後ろを気にしていたらおちおち前にも進めないからね

「分かりました、エリスも山の中に入るんですね?」

「いや、エリスは他の戦士達とは機動力が桁違いだ、危険な任務になるが エリスには山の外に出て他陣営がいないか探してきて欲しい」

「山の外へ…」

確かに旋風圏跳を使えば山を抜けるのに一時間もかからない、敵の目を気にしなければ1日でホーフェン中を回れるだけの機動力はある、他の人達と行動を共にしてもエリスの旨味は発揮出来ないと思う、確かに適材適所と言える

「分かりました、というか 山の外を調査をするなら 、師匠から教わった新技があるので、そいつを試しますね?」

「新技?…なんだそれ」

よくぞ聞いてくれました、この10ヶ月で師匠から教わった技だ、魔術とは少し感覚が違うが…、昔からよく師匠が使っているのは見ていたが ようやく教えてもらえたのだ

「新技とは 魔眼術です」

「マガンジュツ?…いや魔眼術か、聞いたことはあるがどんなものかは知らないな」

「説明は後でします、じゃあちょっくら行ってきますね?ラグナ」

「じゃあ俺たちも斥候に行ってくるぜ」

「あ…ああ、分かった みんな無事でいてくれよ」

呆気を取られるラグナを置いてエリスとバードランド…いや、戦士隊のそのほとんどは外へ出て山狩りに向かう、…いやエリスは山に入らないんだけどね、魔眼術があれば 山を出ずとも広範囲の捜索が可能だ



「さてと…じゃあ行きますか」

みんなが山に入っていくのを見送りながらエリスは拠点の前で一人ストレッチをする、じゃあいくぞう!

「すぅー…颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

息を吐き 魔力を高める、もう慣れに慣れきった魔力を風に変換する作業を行い、この身を一陣の風として フワリと宙へ浮かぶ、エリスは風だ…大空を行く風 何者にも阻まれることなく、宙を舞う…風だ!

魔力と風を爆発させ、一気に飛ぶ 方向は真上!、上へ上へと風を吹き上げ体を急上昇させていく、その速度は凄まじくみるみるうちに拠点が小さく 大地が遠く 山が低くなっていく

「これだけ高く飛べば十分ですかね」

エリスの眼下には今 ホーフェン地方の全てが映っている、とはいえこのままでは全てが遠すぎて何も見えない、辛うじてホーフェン砦が見えるくらいか?…

だが、ここからが真骨頂だ…エリスが師匠より賜った新技 その名も『魔眼術』

師匠…いやスピカ様などの魔女が扱う物で、これを使えばさまざまな物を視る事が出来る、遠くのもの 壁の向こう 果ては魔力の流れや熱の流れや時の流れまで、通常の視覚では捉えきれないものを捉える高等魔力技術である

そう魔力技術だ、広義的には魔術じゃない これはおよそ全ての生命体に本来宿っている技術らしく、魔力を体の感覚に乗せる事でその機能を拡張するというもの、魔力を持つ存在なら誰でも出来る…が その難易度は非常に高く、魔力の扱いに卓越した者でないと使うことは出来ない

「むむむ…」

故にエリスも集中する、目の中に魔力を集中させる…魔術を使う時は少し違う感覚に最初は戸惑ったがコツを掴めば簡単だ、目が魔力を宿し その視界がぐんぐん広く そして、色々なものを明確に拾うようになる…先程までまるで見えなかった遠くの景色が そこらに生える雑草の本数まで数えられるくらい明瞭になる

これが魔眼術の初歩 名を『遠視の魔眼』!、師匠が遠くを望む時にかよく使っているものだ、他にも透視の魔眼とか熱視の魔眼とかあるがエリスは使えない、師匠はほぼ全ての魔眼術を取得している上その全てを息をするように並列使用出来るため この世の全てが見えるらしい

果てしない話だ…まぁ今はこれ一つあれは十分だ、目を凝らし ホーフェン中を見て回る

「ううーん、誰もいませんね」

ホーフェンの地理はエリスが地図に書いた通りの地形だ、山があり谷があり平原があり砦があるが、彼方を見てもこちらを見ても誰もいない そりゃあそうか、見えるところに軍を構える奴はいない

…ああ一応砦に人がいるのは見えた、中には開戦式で見かけた顔もある 間違いない、あれは第一王子陣営、もう砦を確保してたか…まぁいいや あそこにいるのは分かってたし今は捨ておこう

それより所在不明の第二王女と第三王子だ、えーっと…どこだどこだ?怪しいのは山の中か?いや…谷のところとか

「……あ!」

見つけた!人だ!人がいる!、ホーフェンの裂傷と呼ばれるホーフェン全域に広がる谷の中に人の影が見える、あれは…っ!拡大してさらに詳しく探れば、それはすぐに見えた

槍を肩に担ぎ 不敵に笑いながら馬に跨るその女の顔に エリスは見覚えがある、間違いない 第二王女ホリンだ、谷の中を軍を率いて移動しているんだ!、確かにあの谷の中なら遠目からは分からない 安全に移動できる上谷はホーフェン全域につながっている、あそこを押さえればどこにでもいける

そしてその隣を歩くのは、身の丈程の大槌を背負うのは討滅戦士団 団員ルイザ・フォーミダブル…ホリンさんと一緒に全軍を率いて移動している、拠点も立てずに一気に移動するとは…ッ!?

「い 今、目があった?」

今一瞬ルイザさんがこちら見て笑った気が…いや気の所為だ、あの谷の中から山の上を飛ぶ小さなエリスを視認できるわけがない、…というかそれより何より問題なのがこの軍勢、恐らく というか確実に!

「この山を目指して進軍している?」

エリス達のいる山岳地帯めがけ 第二王女軍が真っ直ぐ、全軍で向かってきている姿が この目に映ったのだ

それは、新たな…いや 今度こそ正真正銘の継承の為の戦が始まることを意味していた
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,794pt お気に入り:106

【完結】私に触れない貴方は、もう要らない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:7,695

街角のパン屋さん

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

捨てられ令嬢は屋台を使って町おこしをする。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,384pt お気に入り:624

婚約者から愛妾になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:930

私達は結婚したのでもう手遅れです!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,344

憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:1,851

偽りの恋人達

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:38

処理中です...