孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

65.孤独の魔女と国を蝕む毒意

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空には雲が重たくかかり 星と月を隠す暗い暗い夜の中、夜闇に紛れて人が静かに そして騒がしく往来する


「…よし、全員持ち場についたな」

デルセクト国家同盟群 西方の地、工場都市エスコンディーナの裏路地にて連合軍服を着込んだ集団 凡そ二十人ほどが手にはマスケット銃 腰には軍刀を差し、物々しい雰囲気で影に身を隠している

いや、ここにいる者だけではない あちこちに似たような軍人が物陰に身を隠しながら とある工場を囲んでいる

囲んでいるのは、一見すれば普通の大型の工場…ここ工場都市エスコンディーナはデルセクトが国外に売り付ける商品や物品を大量に生産している区画でもあり、言ってしまえばあんな大型の工場はごまんと存在する 


だがなんでもない工場を連合軍の軍人達が包囲するわけもない…

「ここが例の場所です…隊長 如何いたしますか?」

周りを囲む軍人の中で隊長格にいると思わしき軍人の男が 隣に立ち、油断なく目の前のそれを見据えている今作戦の責任者『隊長』へと声をかける

「そうねぇ、包囲も済んだみたいだし このまま突っ込んじゃう?」

その美しさの前には星さえ翳り 月さえ凌駕する輝きを放つ圧倒的美貌を持ち、どこかなよっとした口調で喋る隊長…この作戦の全指揮権を委任されている男 ニコラス・パパラチアはこの期に及んでもどこか軽い口調だ

「隊長、もっと真面目に考えてください この作戦は大勢の部下の命が…」

「あら アルフォンス副隊長殿?アタシだってそのくらい分かってるわよ、何より 貴方を傷つけたくないもの」

ニコラスの隣に立ち 彼の補佐をするのは副隊長アルフォンスだ、…この作戦の指揮を任されながら軽い口調でロクに指示を出さないニコラスを相手に怒りの一言を加えるも ニコラスはそれを風のように受け流し 目にも留まらぬ速度で接近してくる

「ぐっ、近寄らないでいただきたい」

「あら、大きな声出しちゃダメよ 気づかれちゃう」

「くそ…だからこいつの下に着くのは嫌だったんだ」

ぴったりくっつくニコラスにアルフォンスは思わず顔を青くする、最初 この作戦の副隊長を任されると聞いた時は誇りに思ったものの自分が補佐する隊長があのニコラス・パパラチアだと聞かされた時は まるで地下にでもことされる気分だったろう

ニコラスは男色家 それも男と見れば誰彼構わず抱こうとする変態だと聞いている、こんな変態に抱かれるくらいなら死んだ方がマシだ アルフォンスは男に興味などないのだ、がそんなものニコラスには関係ない…

「まぁ、冗談は程々にして …そろそろ突入の時間よ、アタシが合図したら全員行動開始、アルフォンス副隊長殿はアタシとは別に一部隊率いて裏口を抑えてちょうだいね?」

「…了解」


しかも更に気にくわないことにこのニコラスという男色家の変態は 軍人としては最上位に位置する実力を持つ男でもあるということだ、この男が節度と分別を身につければ瞬く間に総司令に次ぐポジションに着く事など容易だろう、それがアルフォンスにとって面白くないことでもある

「この作戦、失敗できないわよ…ここで何としても『カエルム』を潰さないとね」

そうだ、ここは『カエルム』…人を堕落させ破壊する魔の薬 カエルムを流通させる組織のアジトと一つだというのだ、今現在カエルムはこのデルセクト国内に遍く広がっており このまま捨て置けば国そのものが土台から腐り崩れる恐れがあるとして 軍部が少なくない犠牲を払ってようやく突き止めた 諸悪の根源たる地なのだ


そして今日、そこに デルセクト連合軍は 突入する、カエルムの製造を叩き潰しあわよくば主犯を捕らえるために…

「………ようやくか」

ニコラスの指示を受け、一人の女軍人が…メルクリウスが決意を新たにするように最後に銃の整備を簡易的に行う、何が何でもこの国を苛む犯罪を許すまいという強い正義感を瞳から溢れさせている…

「おい、メルク 真面目だな…」

するとメルクリウスの隣で同じく今回の突入作戦に参加している彼女の同期 不真面目な軍人のデレクがメルクリウスのそれを見て辟易と声を上げる

「僕はこんな作戦早く終わらせて帰りたいってのにさぁ」

「くだらない、こんな時に遊びのことなど考えるな」

「は~、叩き上げは違うね」

互いに吐き捨てるように言い合う、真面目なメルクと不真面目なデレクを水と油だ、いやもう一つあげるならば デレクの父は貴族なのだ…金と地位を持つデレクにとって 借金で地下に住まうメルクリウスはそれだけで見下す対象になる

「…軍人として この国に尽くす、そこに一切の妥協も油断も許していいはずがない」

「そんなだからいつまで経っても割を食う側なんだよ、それにね この際だから言っとくけど…」

と言いかけて、デレクの言葉は止まる…いや止めざるを得なかった、何故ならメルクリウスの隣に何処からともなく…いや上空からか?、一つの小さな影が降ってきて 静かに着地したからだ

「な なんだ!?いきなり…」

「メルクリウス様、周囲の斥候完了致しました…周辺に怪しい人影はありません、また工場側もこちらに気がついている様子もまたありません」

「ん、ご苦労…」

「し 執事?」

闇の中から現れたのは執事だ、それもかなり小さい…まだ少年と言っても通じるくらいの身長の執事が闇より現れメルクリウスに対して跪いているのだ、いきなりの そして理解できない出来事にデレクは思わず銃を向けるが 執事は臆する事なく メルクリウスに頭を下げ続けている

「落ち着け、彼は私の執事のディスコルディアだ、腕に覚えがあるのでな 今回の作戦に同伴させた」

「ご紹介に預かりました…メルクリウス様の執事 ディスコルディアでございます」

「執事?…いや借金塗れのメルクが執事?、いやありえないありえない 雇えたとしても…そんな上等な物を」

ディスコルディアは顔を上げ優雅に一礼する、その面はデレクもハッとする程の美少年だ、見目麗しい それだけで執事の価値は上がる、デレクとて貴族…従者というもの見慣れてはいるが、先程闇から現れた手際 只者じゃないのはわかる

しかし、こんな執事が何故借金で首の回らないメルクの元に?というかメルクリウスには執事を雇う余裕なんて…

「なんか騙されてるんじゃ?」

「は?、執事にか?大丈夫だ この子は信用できる、少なくともお前よりはな」

「それよりもメルクリウス様…、もうすぐ突入のようですよ」

「ああ、わかった…危ないようなら下がっていろよ、戦いは軍人の仕事だ」

「チッ」

互いに密着し 製造工場を睨むディスコルディアとメルクリウスを見て デレクは面白くなさそうに視線をそらす

…いや、そんな怖い顔しないでくれよ エリス何にもしてないじゃないか、怖い顔しているデレクに辟易しながらエリスは装備を確認しながら追想する

そうだ…、今日 エリスとメルクさんは例の『カエルム』を叩き潰す為に製造工場突入へと参加することとなった、この一件でメルクさんが出世できるようにサポートするのがエリスの役目だ

ちなみに今回 ニコラスさんは隊長としてこの作戦の指示を取っている、表向きには中立に作戦行動を行うが いざとなったらエリス達に手柄を回してくれるらしい、ニコラスさんは嫌がったが…

ともあれ ニコラスさんが言うように、この作戦でエリス達は手柄を挙げ メルクさんには出世してもらわねばならないのだ、しのご言ってられない

「周囲に影はなく気づいた様子もない…か、しかし凄いな、こんな一瞬で見回ったのか」

「魔術による高速移動と魔眼術を駆使すれば 数分で街中を見回れますよ」

「魔眼術?グロリアーナ総司令が使うやつか?」

「はい、それと同じものです 技量は多分あちらの方が上ですが」

「…なるほど、やるものだな」

メルクさんに頼まれて周囲に怪しい者がいないか 気づいているそぶりはあるかを確認する為夜闇に紛れて周囲を駆け回り遠視の魔眼で色々見て回ったが 特に何かあるってこともなかった

むしろ無さすぎる、…異様なまでに静かだ そりゃあ秘密の工場だから騒がしくしてちゃ意味はないだろうけどさ、なんというか…そうじゃない アルクカースの継承戦を前にした時のような胸のざわめきを感じない

何はともあれ、あそこが犯罪者達の巣窟であることに変わりはない…突入すれば戦闘になる、取り敢えず全員ぶちのめせば手柄になるかな よく分からんがあとは出たとこ勝負だ

「…全員準備はいいかしら?、じゃいくわよ…」

ニコラスさんが手を上げ小さく全員に指示を出すと、皆一糸乱れぬ動きで 音も立てずに工場に張り付いていく、すごいな 流石は軍人だ …特にメルクさん 動きに一切無駄がない、エリスも真似してメルクさんにくっついていく

皆壁に張り付き 声を出さずに隊長の合図を待つ エリスも待つ、…壁の向こうからは相変わらず騒がしい声が聞こえるが、気づいている感じはない…いける

そうエリスが確信すると同時にニコラスさんが手を上げ合図を…


「はぁいそこまでよ!、止まりなさい?抵抗して弾丸打ち込まれるか 五体満足でムショにぶち込まれるかアタシにぶち込まれるか選ばせてあげるわ」

ニコラスさんが扉を蹴破り 他の軍人達も窓を叩き割り 皆一斉に中になだれ込み、ニコラスさんが勇ましく 銃を向ける、当然メルクさんも真っ先に突っ込み 銃を突きつける

「お おい!なんだよ!なんで軍が!」

中には大量の木箱と柄の悪そうなチンピラが十数人の程屯しており、一瞬抵抗しようと向かってくるがこちらの装備と人数を見てそれも諦め抵抗の意は無いと床に伏す、…拍子抜けだ

「ま 待て!撃つな!、お 俺たちゃ何もしらねぇ!」

「今更惚けるな、お前らがこの国に薬を売っぱらってんのは知っているんだ!」

「薬…ま 待て!本当に俺たちは何もしらねぇ!、ただ金で雇われて それで」

「そうか、ならもっと落ち着いたところで話そうか?檻の中とかな」

「アルフォンス副隊長殿やる気入ってるぅ~」

「うるさい!、静かに仕事してくれ隊長!」

チンピラ達の抗議の声など聞きもせず軍人達や副隊長のアルフォンスさんは次々とそれらを拘束していく、…まぁ分かってはいた フル武装の軍人が数十人単位で集まってるんだ 制圧くらい訳ないか…

しかしこれでは手柄も何もない、予定調和と言わんばかりにあっという間に終わってしまった、エリスが付いてくる意味さえなかったな…

「メルクリウス様…なんだか拍子抜けですね、これでは」

「……………」

目の前の大捕物を見てメルクリウスさんは難しそうな顔をしている、そりゃそうだ ここで手柄を上げなければ出世も何もないのだ、せっかくの機会だったのにそれを活かせなかった訳だし…

「…ディスコルディア、何か妙じゃないか?」

「へ?…」

するとメルクリウスさんは顎に指を当て考え込む姿勢をとる、妙?なんだ妙って…

「カエルムは奴らにとってもアキレス腱の筈、それをこんなチンピラに管理させるか?木箱でこんなに保管してるのに 防備も何もしていないなんて、流石におかしい…まさか」

そういうとメルクリウスさんは腰の軍刀を持ち近場の木箱を一つ 叩き割り中身を引き出す、すると中には 乾燥した薬草が袋つめされており…、そういえばカエルムは薬品だ つまりこの薬草はカエルムの材料?

「…この乾燥した草 どう思う、匂いを嗅いでくれ」

「え?…スンスン」

そう言って一欠片指でつまんでエリスの鼻の前まで持ってくる、少し怖いが影というなら嗅ごう、そう思い鼻を鳴らせば…この匂い どこかで嗅いだことあるぞ、というか…これ!

「…ただの紅茶の葉ですね、これ…」

「やはりな、ここにある箱全て偽物だ …我々は騙されたんだ」

チッ と舌打ちしながら箱を蹴飛ばす、え?偽物?…エリス達突入する場所を間違えたとかではなく?、しかし軍部の人間が命がけで掴んできた情報 偽りとか間違いとかではない筈だ…

「どういうことですか?」

「バレていたんだよ、事前にこの突入作戦は…何処かの誰かが今回の作戦を敵の組織に密告して、我々がここに突入する前に本物のカエルムを別の場所に移したんだ」

「それって、軍部の中に内通者がいるってことですか?」

「だろうな、というか…居るだろ絶対、金を積まれればこの国の人間の殆どは口を割る」

確かに、金貨をちらつかせるだけでこの国の人間は素直になる、金貨をジャラジャラ渡せばホイホイ突入の日取りをゲロるだろう…、そして、突入の日取りがわかればあとは簡単だ カエルムを別の場所に移し 偽物の木箱を設置、何も知らないチンピラを金で雇いあたかもここに本物があるかのように錯覚させた…

「…やられましたね、ここにはもうカエルムはない ということですね」

「いや、まだだ…まだだ!、ここは確かにもうもぬけの殻かもしれん、だがここに奴らがいたのはきっと事実だ、何か奴らに繋がる手掛かりがあるはず…!」

周りの軍人が目の前のチンピラ達を捕まえる為に大立ち回りをしている端で、メルクさんは地面に這い蹲り 何か手掛かりがないかと犬のように探して回る

…この人の頭の中に今 出世云々のことは存在していないはずだ、あるのは一つ 『この国の為』その一言だけだ

「この国を…この国の民を食い物にして私腹を肥やす外道共を取り逃がすわけにはいかん…何か 何かないか」

愛国心と軍人の責務が彼女を突き動かす、地面の汚れで身体中が汚れながらも 手がかりを探す姿に圧倒される、この人はこの国を愛している そんなこと分かってきたが、ここまでとは

……このままでいいのか?、いいや…良いわけがない

「私も手伝いますよ、メルクリウス様」

「えり…じゃない ディスコルディア、…悪いな」

皆がチンピラを制圧し、この場がやっと偽物であると気づき脱力し始めこの作戦そのものが徒労に終わったと諦めていた頃、既にエリスとメルクリウスさんは二人とも倉庫の中を隈なく探し回っていた

埃まみれになりながら 土まみれになりながら、時たまに他の軍人達がエリス達の奇行を見て呆れもしたが、構わず探す…確かに作戦は徒労に終わったが、尻尾を掴みかけたのは間違いないんだ…

事実、不自然な点は多い それは量…もし仮にこの工場をいっぱいに満たすだけのカエルムの材料があったとしてだ、それを大慌てで外に持ち出したら直ぐにわかる、だってこの場所は軍の突入が決まるよりも前 発見された時点で監視の対象になってるだ、しかし怪しい木箱が持ち出された…そんな報告は上がっておらず 我々は終ぞこの工場の中身が入れ替わっていることに気がつけなかった

目撃証言もなく カエルムは忽然と消えた…どうやって消えたのか、その手がかりだけでも見つけておかないと………ん?、んん?



こ これ……!!



「メルクリウス様…!」

「どうした!、何かあったか」

そして、探し始めて十分頃だったか?、エリスもメルクリウスさんも頭から埃を被りながらも捜査を続けた甲斐もあって…エリスは

「ここ見てください、ここ」

「ここ?、何もないじゃないか」

エリスは指を指す、床を 何もない地面を指差し血相を変えるのだ、しかし 無い!無いんだ!

「ありません!、埃が…ここだけほら 丁度真四角に、これ 不自然ですよね」

「………ッ!」

よく観察しないとわからないが 確かに真四角…この建物の丁度角に位置するこの場所にだけ埃が無いのだ、短時間床を這いずり回っただけで埃まみれになるほどにこの工場は埃臭い…だというのにここだけ、まさにこの部分だけ埃が無いのは不自然じゃ無いか?

「待て、この床…中が空洞だぞ」

コンコンと床を叩けば 埃のある部分と無い部分では音がまるで違う、まるで響くようなその音を聞いた瞬間 メルクさんはその埃のない床をペタペタ触り始め…何か とっかかりのような物を見つけ 一気に引き上げると…

床が、いや床のパネルが一つ パカリと開いて取れたのだ…

「これ、…下に空間がありますよ、地下空間…いや地下通路ですか?」

「いいや、隠し通路…抜け道だ」

そのパネルの下には階段と…長く続く地下通路が果てまで続いていた、…もし この隠し通路を使って外へ逃げたのなら、目撃証言もなく 誰にも察知されることなく逃げることが出来る

何より 敵は犯罪者だ、こんなもの 用意して然るべき

「どうしますか?、ニコラスさんに報告して急いで部隊を編成しますか?」

「いや待て、…他の奴らは今 撤収し始めて現場の捜査を怠っている…この地下通路に気がついているのは私達だけ、あんまりこんな言い方はしたくないが…他の者を連れて行けば手柄にならん、私の…」

この地下通路を見つけただけでも手柄だと思うが、もし…この地下通路の先に 逃げた奴らが潜伏しているとしたら、それを全員見つけたとしたら …それを メルクさん一人で捕まえカエルムを確保したとしたら…

どうなる?、…ゴクリと エリスがメルクリウスさんの喉がなる、…来た 二人で掴んだ蜘蛛の糸のようなチャンス、逃す手はない

「行きますか…メルクリウス様」

「ああ、行こう…バレないようにな」

金で雇われただけのチンピラを捕まえてとりあえず満足している他の軍人達を出しぬき、二人だけで地下通路に潜る、一応バレなように入り口は閉じておく…、地下通路は真っ暗だが リバダビアさんの指輪があれば視界確保には困らない

「しかし、地下にこんなものまで用意しているとはな…いったいどこまで繋がっているんだ?」

「少しお待ちを…遠視の魔眼で確認します…、薄暗くて果てまで見えませんが…長いですねこの道、長さ的に町の郊外まで繋がっていますね、もしかしたらもう別の街へ逃げてしまったかもしれません」

「それはどうかな、大量の積荷を抱えての移動はリスクを伴う 我々軍の突入をやり過ごし 熱りが冷めてから別の拠点へ移動しようとするだろう、恐らくこの先には 奴らの別の…保険として用意してあった施設か何かあるのだろう」

「施設ですか?」

「ああ、だから工場の中を偽物で満たし『最初からこの工場は囮でしたよ』なんて嘘くさい空気まで醸し出したんだろう…なんて希望的観測だがな、今はとにかくこの先に奴らがいることを祈って 少しでも急ぐぞ?タッチの差で取り逃がしたとなれば悔やんでも悔やみきれん」

「かしこまりました」

そしてエリスとメルクさんは駆ける、真っ直ぐと続く地下通路を走り抜く、まるで暗闇の牢獄で閉じ込められてしまったのではないかと錯覚するほど延々と続く闇の回廊を走り続けること十分そこらで エリス達は壁にぶち当たる

いや、違う 石で出来た階段が天井まで伸びてそこで道が途切れているのだ、…もしや そう思い階段を登り天井に手をつけば、入り口同様に天井もまた持ち上がる、やはりこの地下通路の出入り口に板を置いて穴を隠しているんだ

外に敵がいては敵わない、なのでほんの少しだけ天井を持ち上げ外の様子を伺えば

「…誰も居ませんね」

「ああ、だが奥に廃墟がある 灯は付いていないし使われた痕跡はないが、いる 誰かあの中に」

外は森の中であった、工業都市エスコンディーナを出て エリス達は町の郊外の森まで来てしまったようだ、鳥の囀りがやかましく耳をつくこの森の中、暗い闇のその奥に 確かに建物が一つ見える…一見すれば遠の昔に放棄された廃墟のように見えるが

エリスの目はごまかせないぞ、古いのは見かけだけ 骨組みや屋根などはしっかりとした素材で作られている あれは古い建物に偽装してあるだけだ

「あの中に、いるんでしょうか」

「いるだろうな、工場から持ち出した大量のカエルムと共に 犯罪組織の構成員達がわんさか…、出来れば一人として取り逃がしたくない」

「でしたらメルクさん、エリスが先行して裏口から叩きます…エリスが合図したら正面から攻め入って挟み撃ちにしましょう」

お尻を叩いて頭を出したところを狩る、片一方の攻めを陽動に使い本命を突く…ベオセルクさんが得意とする戦法だ、それをたった二人でするのは些か不安が残るが二人揃って同じ方向から攻めるよりは敵に打撃を与えられる

「危険だ、敵の規模も分からんのに…」

「エリスは大丈夫ですよ、…それにもし手に負えなかったら、うーん そうですね」

とはいえ失敗した場合のことも考えねばならない、そう思い 手から魔力球を浮かび上がらせる、可視化できる魔力の球は暗闇でもキラキラと光る、これなら…

「もしダメそうなら この魔力球を三発空に打ち上げ 炸裂させます、それを確認したらメルクさんは撤退 工場の軍人達を連れてここに急行してください、その間エリスはここから敵が逃げ出さないようにしますので」

魔力球は物理的影響を受けないし与えない、故に炸裂しても音は出ない…これなら隠密時の合図にはもってこいだ

「花火のようなものか?」

「まぁそんなもんですね、それで 二人だけでもいけそうなら一発だけ魔力球を炸裂させます、そうなったらメルクさんも突入してください」

「…結局君が危険なことに変わりはないが、分かった 君を信じよう」

「ありがとうございます、三発なら退け 一発なら進め…それで行きましょう」

メルクさんの首肯を受け取り、エリスは一人 闇を走る…纏う執事服の黒で闇に紛れ 音を立てずに廃墟の裏へと回る、罠とかが仕掛けられている様子も 外に見張りがいる様子もない、まあ見張りがいたら隠れている意味もないか…

さささと隠密を行い、廃墟の裏口に着き…窓からこそりと中の様子を伺う…

「やはり…」

外の荒れ具合に反し 中はしっかりとした出来をしている、…何より あの工場にあった木箱と同様の木箱が山ほど中に置いてある、やはりここが…おっと危ない

今建物の中で何か動いた、くそ 暗視の魔眼か透視の魔眼があれば簡単に中が見えるのに…

だが辛うじて見える、中に人間がいる 銃で武装した人間が見える限りで十人前恐らく見えないところにも複数人いると推察出来る

…いけるか?、…いけるな 多分行ける、電撃的に攻め入れば落とせる…うん いける!

「ふぅ…はぁ」

落ち着くように息を整え、気合いを入れるように小さく両頬を叩くと 手から魔力球を一発出し 空へと打ち上げる、淡い輝きを放つそれはフラフラと宙へと立ち上り…

軽い光を放ち、炸裂する…それと共に

「……ッ!!!」

思い切り裏口の扉を蹴破り中へと突入する、派手な音を立てて破壊され扉は静かな闇の中に轟音を響かせ

「ッ!?裏口に侵入者だっ!!迎撃しろ!」

闇の中、声が響き乱暴な足音が一斉にこちらへ向く、静寂は一瞬で消え失せ瞬く間に場は喧騒へと包まれる、電撃戦 相手に思考の猶予を与えぬこの奇襲の利点は相手が連携を取り始める前にこちらがイニシアチブを握れる点にある

つまり、先手必勝 先行必殺 、それこそ電撃のように相手を突けるかどうかがこの戦いの是非を決める

「ーッ『旋風圏跳』!!」

詠唱はもう済ませてある、中にいる者達がガチャガチャと銃を構えるよりも速く、エリスは風を纏い部屋の中を全霊で跳ぶ、逃げるわけではない むしろ突っ込むのだ、敵に…いや 敵の守るその大きな木箱の山へと

「しまった!、こいつ 真っ先にカエルムを…!」

目にも留まらぬ速度でカエルムの入った木箱へと飛び移れば続くように詠唱を唄う

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳・乱空撃』」

こんな大きな木箱の山、中にはきっとぎっしりカエルムが詰まっているんだろうな、さぞ重いのだろう…それは即ち、エリスにとって格好の武器ということになる

その場で回転しながら木箱の山々に旋風圏跳を掛けまくる、エリスが編み出した新たな旋風圏跳応用技 、その場で回転しながら旋風圏跳を連射し目の前の物を無作為に そして周囲に飛ばしまくる

「こいつ木箱を…ぐぇっ!?」

「こいつの魔術…この国のものではがぼっ!?」

その様は宛ら竜巻、目の前にあるものを巻き込み取り込み 吹き飛ばして回る風威の権化、重みと速度の乗った木箱達は部屋の中で暴れ回り 敵影を次々潰していく

「この、調子に乗りやがって…!」

しかしそんな木箱の嵐を避けて、銃を向ける影もある…まぁこれだけで上手くいくとも思ってない、相手が銃を向けると同時に魔力を腕の…いや指先 手に嵌められた指輪へと流し

「魔力全開!」

リバダビアさんから貰った光魔晶の指輪を光り輝かせる、エリスの全霊の魔力を受けて指輪は答えるように 凄まじい光量を放つ、ホリンさんの時と同じだ 闇に慣れた目が強烈な光を浴びればどうなるか エリスは知っている

「ぐぉぉっっ!?な なんだ、目くらましか!」

そうだ、目くらましだ 強い光を受けて目の前の男 いやこの廃墟にいる男達は皆目を抑え苦しみ始める、闇の中限定だが 闇の中でなら…この技は猛威を振るう、光を受け怯んだ男達は隙だらけだ、一気に大技で吹き飛ばす

「水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』」

水飛沫が撥ね 渦を巻き それはやがて瀑布となってあたりを満たす、勢いを持って 一方向にまとめて動く…水とはたったそれだけで万物を打ち砕く力を得る、エリスの生み出したそれはまるでこの家の中のもの全てを洗い流すが如く敵を根こそぎ飲み込んでいく

「ぐぉっ!、た 退避だ!退避するぞ!」

「だ だがここのカエルムは…」

「水浸しにされちゃ回収も出来ねぇ、なら少しでも被害を減らすんだ 俺達が捕まるのが一番マズイ!」

「くっ、ボスになんて説明したら…」

魔術から逃れた影がいくつか正面の出入り口へと走り逃げていく、カエルムを押さえてもそれを作り売っていた犯人を捕らえなければ元も子もない、だが…焦る必要はない 既に合図は送ってあるのだから

「…『Alchemicアルケミックflameフレイム』!」

「んなっ!?ぐぼぉあっ!?」

正面の扉を掴んだ一人が 扉ごと爆炎に呑まれ吹き飛ばされていく、まるで砲撃でも受けたかのように開いた大穴から夜闇を背に 彼女が軍靴を響かせ現れる

「デルセクト連合軍のメルクウリスだ、この国を食い物にしか弱き国民を虐げる外道どもが、私が全員 しょっ引く!」

「くそっ、隠蔽がバレたか…ん?よく見ればお前 一人か?、ハッ!手柄を急いだばかりに一人で来るとは間抜けなやつ」

エリスが大体片付けたとはいえ、敵はまだ多い 数にして五~六人ほどか?、全員が銃で武装していることを考えると結構な数だが、メルクウリスさんは怯まない 寧ろ…

「ああ、私は功を独り占めしようと焦った小物だよ…だがな、貴様ら悪党よりかはまだマシなつもりだ」

「抜かせ!」

「フッ…!」

相対する敵影が銃を抜く よりも早く、メルクウリスが動く

曰く、メルクウリスさん達の持つ錬金機構を搭載した術式銃というのは この国の中でもかなり特異な存在であるとエリスは聞いた

言ってしまえば あれは杖なのだ、持っているだけで魔力を高め 補佐し 強化する、錬金術にだけ特化した杖、それは銃としても通常の銃より遥かに高い性能を持つらしい

「ガァッ!?…」

撃ち抜く、敵の方が先に構えたというのに メルクウリスの銃弾が先に敵の肩を射抜いたのだ、高性能とは…何が高性能か、それは単純 発射までのスピードが段違いで早く また隙がない

「くそっ!、一人やられたか…!構うことはない!こちらの方が数で上回ってるんだ!、次弾争点の隙をつけ!」

敵も負けじと銃声を鳴り響かせる、が メルクウリスの鮮血を舞わせることは出来ない、彼女は地を這うような巧みな動きで銃弾の雨を次々と避け 遮蔽物に身を隠し接近していく、銃とは殺傷能力の高い恐ろしい武器だが 発射と発射までの間にかなり時間が空く

次弾を装填する隙 銃を扱う者には避けられない宿命、しかし

「ぜぇりゃぁっ!!」

「がぐぼぁ!?」

鉛玉の雨を避け疾風の如き蹴りが敵の顎先を穿つ、仰け反り 体を晒したその肩や足に向けメルクの銃砲が火を噴く、通常では考えられぬ速度での連射 速射…そのタネは 彼女の持つ銃にある


錬金機構を備えた軍の銃は外部から弾を補充する必要はない、予め用意されている錬金と為の材料が詰められた小瓶…カードリッジを詰め替えるだけで何十発もの弾を銃内部で錬成できるのだから

ただまぁ、錬金術を使えれば誰しもこの速度で撃てる訳ではない、錬成スピードの速さは使用者の錬金術の練度で決まる…つまり

「がはっ…く…そ」

「普通の銃では私には勝てんよ、勝ちたいなら あと十人は連れてこい」

強いのだ、メルクリウスは軍人としても銃士としても錬金術の使い手としても

「安心しろ 殺しはせん!、が 死ぬほど痛いから覚悟しておけ!」

敵の集団のど真ん中で撃つ 撃つ 撃ちまくる、四方に八方に存在する敵が反応する間も無く的確に肩を撃ち力を奪い 足を撃ち逃げ場を奪う、余りに早い 余りに強い 、一分の乱れも一抹の隙もない銃撃に敵は次々と倒れ…

「フンッ!…この程度か」

硝煙燻らせ ただ一人闇に立つメルクリウス、足元には撃ち抜かれ苦悶の声を漏らしのたうち回る敵の山…

…説明には聞いていたが、錬金術と銃の組み合わせがこれほど恐ろしいとは、…いや何よりメルクさんの強さに驚いている、この人 軍の末端に居ていい強さじゃないぞ

「ふぅ…しかし驚いたな、私が突入するまでもなく敵を壊滅させているとは、これが魔女より授かった力、虚空に嵐を生み 大地に津波を起こす…か、常識はずれもいいところだな」

「そうでしょうか、まぁその辺のよりは強いつもりですが、常識の範疇は超えてないと思いますよ」

常識はずれってのはあれだ、燃やそうが爆発させようが立ち上がってきたベオセルクさんとか生身で音速超えるリオンさんとか…ああいうのを常識はずれって言うんだ、それに比べたらエリスはまだまだ可愛いと思う

「そうか?、十分すぎる強さだと思うが…まぁいい 、これが本当のカエルム…って事でいいのか?、よっと!」

そういうと近くの濡れていない木箱を銃で叩き割り、中身を改めるメルクウリスさん…あ!エリスも中身見たいです、見せてください!

「…なんですかこれ」

中に入っていたのは、こう…えっと なんだろう エリスが今まで見てきたどの物質にも該当しない不思議なものが袋いっぱいに詰められていた、…強いて例えるならば、汚い緑色をした水晶?いやでも水晶にしては少し柔らかい、指でグッと押すと少しだけ凹んですぐまた戻る

なんだこれ…

「これがカエルム…ですか?、え?薬なんですよね?エリスてっきり乾燥させた薬草みたいなの想像してました」

「材料はそれと同じ 凡そ麻薬に使われる多くの薬草を、魔術薬学のポーション作りを応用し効果だけを抽出、それを結晶化させたものがこれだ…、細かく砕いて火で炙り 出た煙を吸うらしい」

煙なんか吸って楽しいのか?と思ったがそういえばナタリアさんはパイプを愛飲していたな、…魔術薬学にポーションの応用か、エリスの命を助けたポーションも使い方を変えればこんな恐ろしいものを作ること出来てしまうなんて…

「怖いですね、…これどうしますか?」

「全部焼いて消してしまいたいが、証拠品だ 一応押収する………いや、やはり一つを残してあとは全て焼いてしまおう、エリス この家ごと焼き払うからこいつら全員捕まえて外へ引っ張り出せ」

「え?、あ はい」

そういきなり指示するなり倒れ伏す犯人達を捕まえ始めるメルクリウスさん、エリスはそれを魔術の縄で拘束し、まとめてぐるぐる巻きにしていく…がしかし、なんで急に焼く方向に話が決まったんだ

「メルクウリスさん、残すの木箱一つだけでいいんですか?」

「構わん、これはこの国の毒だ 私の独断で焼いてしまっても問題はない…、ただ思ったのは 我々の突入が敵にバレていた件だ」

ああ、そうだな 確かにバレていたのは不自然だった、元々ここに置いてあってあの工場はダミーという可能性もあるが、それなら態々ダミーの場所と本命の場所を地下通路で繋ぐ意味がない

多分ここは臨時の避難場所 それこそ木箱を抱えて駆け込むようなギリギリの保険、軍の監視の目から逃れるためだけの

つまり、突入が決まってから彼らは移動を始めたということ それは突入の情報が漏れていたことに他ならない

「最初は、どこぞの木っ端の軍人が金と引き換えに情報を売ったのだと思ったが、今にして思えば このカエルムの元締めが、デルセクト同盟側の…それこそ、貴族に当たる人間である可能性もあると思ってな」

「貴族が…確かに、このカエルムの元締めがそういうポジションにいる場合、他の貴族へ売りつけるパイプの確保も容易ですものね」

思ってみればこの国の貴族だってバカじゃない 見るからに犯罪者と思わしき人間が持ち寄った薬など誰が使う、…きっと 売りつけたのは同じく貴族…いや被害範囲から見ると もっと…

「つまり、…デルセクト同盟に所属する王侯達の中の誰かがこいつら犯罪者と手を組み、カエルムを国中に流していると?」

「ああ、貴族や王族なら 軍にも干渉できる…どんなルートからでも軍の情報を入手し出来るしな、そして手に入れた情報をもとに私達を出し抜こうとした…この筋書きの方がしっくりくる」

「なるほど、しかしじゃあ何故薬を焼いてしまうんですか?、王族が犯人なら 犯行の証拠として十分なのに」

「もしこれをそのまま全て押収し持ち帰れば、きっとその黒幕が何処からか手を回し またカエルムを相手側に取り戻されるかもしれん、それじゃあ元の木阿弥だ」

「なら、持って帰って 相手が取りに来るのを待つ というのは?」

「そりゃテクテク歩いて取りに来ればいいが、ここまで周到にやる相手だ、うまく翻弄され気がつかないうちに全部元どおりにされる可能性の方が大きい、なら 全部焼く…私の独断で、そうすれば…」

そうすればその元締めとなる貴族は 間違いなくメルクリウスさんに報復に来る 自分の裏の儲けを潰し大損を出した相手を殺す為に、自分の方を餌にする というわけか

「大丈夫ですか、…それこそ 誰も気がつかないうちにメルクリウスさんが消される可能性も」

「ある…、だが 相手がこちらに手を伸ばしてきたなら、逆にその手をつかむチャンスでもある、リスクを嫌っている場合じゃない…この薬が出回れば出回るほど無辜の民が壊されていくんだ、多少の危険は受け入れるさ」

「メルクリウスさん…」

「そ それにほら、真犯人も捕まえた方が私も出世できるかもしれんし」 

そう取ってつけたように語る、この人は本当にこの国のことしか考えてないんだな、これを焼いた結果何が起こるか 深く考えていないように思える、何より危険すぎだ…これを焼けば 即ち敵組織や黒幕に喧嘩を売るようなことになる

…だが捨て置けないという気持ちもまた理解できる

「わかりました、では メルクリウス様の身辺の警護はこのディズコルディアにおまかせくださいませ」

「何?、お前が…いや、そうだな、これだけの実力を持つお前が側にいてくれたなら、こんなに心強いことはない、…お前を巻き込む形になるのは少しばかり心が痛むが」

「メルクウリス様に助けられた命です、多少の危険はなんのそのです」

軽く胸を叩き、お任せをと微笑んで見せる 彼女の強過ぎる愛国心と正義の心は、時として危険を生むが 言い換えれば、不徳と悪心が渦巻くこの国を変えるきっかけになるかもしれない

ラグナの場合とは些か状況が違うが国を愛する気持ちは何処も同じ、なら エリスもまた彼女の行いに加担しよう

「ありがとうエリス、…なら」

「ええはい、…火はエリスがつけますので、離れていてください…起きろ紅炎、燃ゆる瞋恚は万界を焼き尽くし尚飽く事なく烈日と共に全てを苛む、立ち上る火柱は暁角となり、我が怒り 体現せよ『眩耀灼炎火法』」

エリスの魔力を焚き木にしあっという間に炎は膨らみ、眼前の廃墟を焼いていく、この炎は全てエリスの魔力…つまりエリスの一部で出来ている、周囲に燃え広がらないように操るなど造作もない

一応煙は吸わないように細心の注意を払う、これ吸ってエリスも中毒になっちゃったら間抜けもいいとこだし

廃墟とともにカエルムは焼けて消えていく、天へと昇る煙は…エリス達とこの国を蝕む悪との開戦の狼煙だ、師匠を助けるという目的 アルクカースとの戦争を回避するという目的 それに加えたもう一つの目標 それがこの国から少しでも悪を切除すること…

「あ…ああ、カエルムが…ボスに なんて説明したら」

敵の一人が意識を取り戻し、焼ける廃墟を目の当たりにし がっくりと項垂れる絶望している、というか 先程まで暗闇で見えなかったその姿 闇に紛れるようなその姿で全容が分からなかったが、目の前の炎に照らされ 彼らの姿が詳らかになる

黒いコートに 黒い服 全身を黒で固めた不気味なコーデ、それを全員が揃って着用しているのだ これはきっと奴らの制服なのだ、そして それをエリスは見たことがある…

「コイツら…アルクカースにいた…!!」

「なんだ?、知っているのか?コイツらを」

知っているも何も、今エリス達が倒し捕まえた奴ら アルクカースにいた黒服だ、ラクレスさんがジャガーノートを建造するにあたって手を組んでいた謎の組織、それが今 デルセクトにも いやデルセクトでも何かをしようとしている

「あ 貴方達、何者ですか!」

この黒服達は ただの犯罪者じゃない、金や名誉を求める俗物的な奴らが ラクレスさんと手を組み国内に動乱を産もうとするわけがない、この黒服達は 何か明確な目的を持って動いている、そしてそれは 少なくともエリスが知る限り…国の 世界の存亡に関わるものだった

「………………」

「答える気はない、か…おいエリス コイツらはなんなんだ、ただの犯罪者じゃないのか?」

「エリスも詳しいことは分かりません、ただコイツらは以前アルクカースで国を世界を危機に陥れるような計画の一端に加担していた連中なんです、もしかしたら今回もデルセクトの戦争の影で何かを企んでいるのかも」

そうだ、コイツらはアルクカースでも継承戦や対デルセクト侵略戦争のゴタゴタの陰で暗躍していた、…もしかしたら今回もデルセクトの対アルクカース侵略戦争の陰で何かをしようしている可能性が

「…待てエリス、なんだその戦争っていうのは、デルセクトはこれから戦争に巻き込まれるのか?」

「へ?……」

目を丸くして声を上げるメルクリウスさん、いや目を丸くしたいのはこっちだ…え?知らないの?そんなわけないだろう、アルクトゥルス様は確かに戦争の準備を始めていると言っていた、戦争の支度をしているのに軍人の彼女が知らないわけは…

…アルクトゥルス様が見間違えた?読み間違えた?、…いやあり得ないな アルクトゥルス様の八千年の戦争の経験から来る慧眼は本物だ、あの人が何を見て準備をしていると言ったか分からないが

少なくとも今 デルセクトではアルクカースに攻め入る支度をしているはずなんだ

「アルクカースの争乱の魔女アルクトゥルス様が、デルセクト側に侵略の兆し有りと仰られて、それでエリス達はフォーマルハウト様の暴走を察知したのですが…」

「デルセクトが侵略の兆し?私は毎日軍部に顔を出しているがそんな話は聞かんぞ、ましてや戦争なんて…デルセクトは対外的な戦争は既に数百年とやっていない、俄かには信じ難いが…ううむ」

…いきなりの事実に固まってしまう、アルクカースにいた黒服達の存在 軍部の人間さえ知り得ない侵略戦争 、分からない 謎が点在しすぎて線で繋げない…一歩進んだと思ったら広がっていたのが暗闇だった気分だ

「ともあれここで考えても答えなど出まい、カエルムを処理したらこの黒服達を連行するぞ」

「はい、かしこまりました」

この国で 言い知れぬ何かが起こり始めている、そんな予感を感じながらも 今はただ…前へ進むことしかできない、師匠…エリスは師匠なしでやっていけるんでしょうか、…不安です


そうしてエリス達はカエルムを処理し それを作り売り払っていた組織の人間を捕らえることに成功した、全員縄にかけて軍に引き渡し証拠品に残したカエルムもみんなまとめて本隊に引き渡し…この作戦は成功に終わった

イマイチすっきりしない終わり方だ、解決したのにまるで解決した気になれない、ましてやカエルムの製造場を潰したからってこの薬がこの国からなくなるわけじゃない、製法を組織が握っている限りまたすぐにでもカエルムはこの国に席巻する、…とはいえ 一旦は成功 

むしろ大成功、何せメルクリウスさんが大手柄を上げてくれたんだから


………………………………………………………………

「おいおい、マジかよ…メルクリウスの奴、一人で全部解決したのかよ」

ざわざわと誰かが呟く、皆驚きを隠せない様子だった…当たり前だ、敵のアジトに突入したと思ったら偽物で、ここまできてなんの手柄もなしかと落胆していたら…メルクリウスが近くに隠れていた本物の敵アジトを突き止め その構成員とカエルムを全て処理して帰ってきたのだから

「以上が事の顛末になります、敵構成員は全員捕縛…カエルムも証拠品の一箱を残し焼却、一応建物跡は抑えてありますので 後でそちらの方を確認していただければ」

簀巻きにされた黒服達を背にメルクリウスは誇るでもなく 待機していた突入部隊の全員に …隊長のニコラスに報告する

「姿が見えないと思ったらやっぱり一人で動いていたのね、メルクちゃんならやってくれるって信じてたわよ、それで?その黒服達が例のカエルムの関係者かしら?」

「はい、直接因果関係について聞いたわけではありませんが、彼らがこれを守り これを持ち出そうとし、そして何か知っていることは確認済みです 無関係…という言い訳は通用かしないでしょう」

「なるほどね、しかしこの数を一人で…」

「………………」

メルクリウスさんは何も言わない、否定も肯定も 一応この件はメルクリウスさんが一人でやったことになる、エリスは影に隠れて メルクリウスさんを立てる、少しでもメルクリウスさんの立場が良くなるように

「デルセクト軍切っての叩き上げと言われるだけはあるなメルクリウス、この件はきちんと上に報告しておく、先の極秘任務の件と言い上層部のお前の評価は非常にいいからな 期待しておくといい」

ニコラスさんの隣 副隊長のアルフォンスはご機嫌にいう、メルクリウスの手柄は即ち指揮をとった彼の手柄にもなる、ましてや敵に欺かれ偽物のアジトに踏み込んで逃しましたとなれば彼とて危なかったからだ

「極秘任務…」

極秘任務とは …まぁ皆まで言わずともわかる、レグルス師匠襲撃作戦のことだ、メルクリウスさんはその実力の高さを買われレグルス師匠の注意を引く囮として戦ったらしく そこでもまた成果を挙げたらしい…

あの師匠が気を引かれる程の実力、それをメルクリウスさんは既に持っているんだ

「それじゃあ作戦行動はおしまいね、そこの黒服のみんなを中央都市に輸送して帰りましょ、この街男娼がないからアタシ限界なの」

「そればかりですね、ニコラス隊長」

「ええそうよ、まぁ他の子が相手してくれるなら別にいいけど…」

チラリとニコラスさんが突入部隊の方を見ると全員が視線を逸らす、妖怪かあの人は…と思ったらあれだ 突入部隊の方を見るふりをしてエリスの方を見ている、そしてまるでよくやったとでも言わんばかりにパチクリとウインクをしてくれる

メルクリウスさんの活躍は軍部にまで届くだろう、これで一気にお偉いさんとは言わないだろうが、順調な踏み出しだ

…だが同時にいくつもの疑問が浮かび上がってきた、どうやらデルセクトで起こっている事件は エリスがこれから挑むであろう戦いは、アルクカースの時ほど単純ではなさそうだ…
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