孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

66.孤独の魔女と翡翠の塔

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工場都市エスコンディーナでのアジト突入作戦を終えたエリス達、メルクリウスさんはあわや失敗しかけた作戦を一人で軌道修正し成功へ導いた英雄として讃えられながら 、中央都市ミールニアへと帰還することとなった

というか軍部よりメルクさんに帰還命令が出たらしい、今回の一件を報告するなり上層部がメルクリウスさんを呼び出したとのこと、用件がなんなのかは教えてもらえなかったがともあれ上が呼んでいるなら反発する理由もない

エスコンディーナにあった敵組織のアジトや隠れ家などを改める為にまだ少し残らねばならないニコラスさんに一旦別れを告げ エリスとメルクリウスさんは先にミールニアへと帰還する

と言っても帰還はあっという間だ、何せこの国には汽車がある これがある限り西へ東へ直ぐに移動できる、本当に便利極まりない国だな…エリス馬車旅に戻れるか不安です



まぁ、そんなこんなでエリスとメルクリウスさんは今二人で汽車に乗って、ミールニアを目指す旅路の中にある、ガタガタと汽車がレールでリズムを刻む都度 エリスの髪先と肩が軽く揺れる…

「ほぇー…」

エリスはボケーっと窓の外を見ています、汽車は高速で動き続けており窓の外の景色は目まぐるしく変わっていく、草原を超え街を超え 時に崖を超え 一度見始めるとどうにも止まらない

汽車に乗るのは 師匠と乗った1回目 エスコンディーナに向かう時に2回目 今回で3回目だが、なんというか 何回乗っても新鮮な気持ちになれる

「…ふむ」

対するメルクリウスさんは汽車での移動など慣れたものなのか、窓の外に興味も示さずじっと本を読んでいる、乗り物に乗りながら本なんか読ん乗り物酔いしないのかな…、スピカ様なら今頃ゲーゲー吐いてるだろう

「メルクさん、何を読んでるんですか?」

「ん?、本だ」

見れば分かるよ、なんの本を読んでるか聞いてるんだ…しかしこの人読書が趣味なのかな、思えば家にもたくさん本が置いてあったし、家にいる時も暇があれば本を読み続けている…片付けないけど

「いや、エスコンディーナに着いた時面白そうな本を見つけてしまってな…金銭的に苦しいのは分かってるんだがつい買ってしまってね、…家に帰るまで待ちきれなくて汽車の中で読んでいるんだ」

「本を読むのが好きなんですか?」

「ああ、本を読んでいる時はこことは別の世界に行っているような、そんな感覚が好きなんだ」

「なるほど」

そういえば師匠も本は他人の目が見ている世界を覗くことができる窓だと例えていた、まぁ師匠は本ならなんでもいい感じだったがこの人はどっちかっていうとこう、物語系?小説?を読むことが多い気がする、それも…こう ロマンチックな恋愛系…

「で?、何を読んでいるんですか?」

「有名な本さ …タイトルは『悲恋の嘆き姫エリス』というらしい、君の名前と同じタイトルだったからついね」

「嘆き…エリス、なんだかエリス的には気の乗らないタイトルですね」

そう言いながらメルクさんは『悲恋の嘆き姫エリス』と書かれた本の表紙を見せてくれる、いやまぁ実はタイトルだけなら知っている、この本は世界的に有名らしく確かアジメクの本屋にも売っていた気がする

何よりこの本、エリスの『エリス』という名前の大元になったものらしい、師匠がエリスの名前を名付ける時にはたと浮かんだ本のタイトルから取ったと言っていたし

「世界三大悲劇のうちの一つであり、恋愛小説としても有名な作品さ…概要は簡単に言うなれば とある国の若き姫エリスと身分の低い兵士スバル・サクラの大恋愛を描いた作品だ」

そういうとメルクさんはウキウキした表情であれこれ語ってくれた、やれエリス姫とスバルのすれ違いがどうこう 二人の馴れ初めがどうこう 恋がどうのこうの愛がどうのこうの…、この人 意外にも乙女趣味らしく恋愛ものには目がないようだ

しかしエリスとて意識してしまう、エリス姫…同じ名前だからかどこかシンパシーを感じてしまう、エリスと剣士の大恋愛…剣士か そういえばラグナも剣を使っていたな、一応彼も剣士ということになるのか?

剣士のところにラグナを当て込めて…身分違い大恋愛…か、思い浮かぶのは豪奢なドレスに身を包むエリスに 花束を送るラグナの…って!何を妄想してるんだエリスは!、身分違いなのはエリスの方だ、あちらは王様 エリスは流浪の魔術師 その小説とは立場が逆だ…

それに恋愛とかそんな、エリスには…ああダメだ耳まで赤くなってきた、ほっぺた熱い…

「どうした?顔なんか赤くして」

「い いえ!なんでも!、でもその小説三大『悲劇』とかタイトルに『悲恋』ってついてるから二人の仲は上手くいかないのでは?結末わかってるのでは?」

「それを言うな、バッドエンド確定でもどういう風に悲劇になるのかとかどんな悲劇なのかとか気になるだろう、あと救いのある悲劇かもしれないし…それに、こう…楽しそうな描写があればあるほどこの後どうなってしまうのかと胸が締め付けられる…その感覚が楽しいんだ」

「そんなもんでしょうか」

「そんなもんだ、エリスは本を読まないのか?」

「読みますよ、ただ小説とかはあまり読みません 魔術教本や地図 図鑑など勉強に使います」

「…真面目だな、私もよく堅物と言われるが君も相当だ、何か趣味はないのか?」

「趣味…」

趣味と言われると困る、趣味…修行?でも修行を趣味扱いしたくないから…、ないな…エリス趣味ないよ、改めて自分の今までの人生を振り返れば 遊びという遊びをしてきたことがない事に気がつく

「ありません」

「ありませんって遊ばんのか?」

「……ありませんね 遊んだこと、生まれてからこのかた遊びに縁が無かったので」

「おいおい、それは重症だな…趣味はあったほうがいい、心身共に疲弊した時 助けてくれるのは 心の支えとなる趣味趣向だ、よし…では いまから私と遊ぼう」

そういうとメルクさんは本にしおりを挟みしまうと、代わりに何かを取り出す…これは、カードの束?ああいや違う、初めて見るが知識としては知っている

「トランプですか?」

「ああ、ニコラスさんに持たされてな…これで君と遊べと、丁度いいから二人でやろうじゃないか」

と言いながらメルクさんは二人の膝の上にどデカイトランクをどかりと置いてテーブルの代わりにするとその上にカードを配っていく、彼女が語るには今からオールドメイド…ババ抜きをするらしいが、えぇ 二人でババ抜き…

などは思わない、メルクリウスさんはエリスのことを思って提案してくれているのだ、ならエリスもそれに付き合おう…あまり乗り気ではないが

「ルールは分かるか?」

「バカにしないでください…ではそちらからどうぞ」

まったく、エリスがこの手の遊びをあまり好かないのには縁が無かったという理由以外にもう一つある…、理由は『フェアではない』からだ、エリスはカードの配置 どこに何があるか 一瞥しただけで全てを記憶し整理することができる、今までのゲームの流れをエリス一人が逐一確認しながらプレイできるのだから これではフェアではないだろ?

はっきり言ってこの手のゲームでエリスは負ける気がしない、エリスの記憶力をもってすればこんなもの児戯に等しいが故に、あまり面白さを感じないのだ…だが仕方ない、ご主人様がやれと言うのならやりましょう

ただし、完膚なきまでに叩きのめしますがね、そう内心腹黒く笑いながら手札を差し出す



…………………………………………………


「こ これは、まさか…これ程とは」

メルクリウスは驚愕していた、エリスとゲームをやり その腕前に驚愕していた、口に出していうならまさかこれほど…とな、あれから何十回と同じようにババ抜きをしているが…勝敗は一度として覆らなかった

何度やっても何度やっても勝者は同じ…確かにこれではつまらないだろう

「……メルクリウスさん」

エリスは伏せ目がちにメルクリウスの名を呼ぶ、…今 78回目の勝負が終わったところだが、メルクリウスは若干 エリス相手にゲームを持ちかけたことを後悔していた…

エリスは78回目の勝負が終わった瞬間 顔を上げ、いつもと同じようにこういうのだ

「も もう一回!もう一回お願いします!、何かの間違いですこんなの!…え エリスが、一度も勝てないなんて!」

涙目になりながら再戦を希望する、そうだ…78回の勝負の内容は エリスの78敗0勝、一度としてメルクリウスに勝てなかったのだ

メルクリウスは特別トランプが上手いわけではない、エリスが抜群に下手だったのだ 確かにエリスはカード内容を記憶出来るが その記憶に縛られ過ぎて逆に動きが単調になってしまいやすく 簡単に翻弄されてしまったのだ

いや、…理由はあれこれあげたが 結局のところ、一番の理由は単純にエリスがぶち抜けて弱かった それに限る

「な なぁ、エリスもうすぐ着くぞ?ここらでお開きにしよう」

「い いやですいやです!、そんなここまで負け越して…うぐぅ」

首をブンブン振り回して駄々をこねる、いやだいやだこんな惨めな思いをして夜を越すなんて!一回二回の負けならまだいい 十回二十回の負けなら諦めもつく だが78回はダメだ だって78回も負けてるんだもん!、こんな結果あまりに惨めじゃないか!

悔しくて涙が出る、己のゲームへのあまりの才能のなさが…戦闘で負けたなら修行を積めばいいが こればかりはもうどうしていいかさっぱり分からない

「ほら、もう駅に着く…しかし 意外だな、何でもできそうなお前に出来ないことがあるとは、しかもあんな子供みたいに駄々をこねて…ククク」

「いいじゃないですか!、くっ…絶対リベンジします、またやりましょうね!」

「ああ、分かった いつでも相手になる、さぁ 荷物を持て…ここからは仕事だ、気を入れ直せ」

「…かしこまりました、メルクリウス様」

メルクさんにそう言われればエリスも襟を正す、悔しいがいつまでも引きずるのは良くない、それに…エリス達は別に仕事を終えて帰るわけではない、帰還命令…つまり帰還するのも仕事だ、なら執事として恥ずかしくないよう振る舞わねば

汽車がミールニアの駅に到着するなりトランクを抱え 荷物を全てエリスが持つ、重いが…普段から鍛えているのが幸いし動かせないほどじゃない

「しかし、帰還命令とは…急ぎで呼び出すなど 軍部は何を考えているのでしょうか」

駅に降り立ち乱雑と行き交う人混みの中 エリスとメルクリウスさんは並んで進む、帰還命令などもらわずともそのうち帰還する、だが軍部はそれを待たずにメルクリウスさんだけにその命令を下した、これではほぼ呼び出しだ…

「さぁな、…まぁ凡そ予想はつくがな」

「あれですかね、よくやった!昇進!って感じで出世させてくれるんでしょうか」

「そんなに甘くはないさ、…むしろ私はここからが正念場だと睨んでいる、君も気合いを入れておいたほうがいい」

と言われた、気合い?正念場?何だか物々しい言い方だが心配は無用、気合いならいつも入れているので、答えるように目をキリッと輝かせればメルクさんも何だか満足そうに微笑んでくれる

そしてそのまま大通りを進んで翡翠の塔へ向かう、翡翠の塔…下層には連合軍本部が上層には貴族達の集会場やダンスホール…そして議会場があり、最上層にはフォーマルハウト様の居宅があると言われるこの国…いや下手したらこの世界最大の建造物

その大きさは絶大であり工場都市エスコンディーナからでもはっきり見えるほどに大きく、この塔の所為で 塔の日陰はいつも夜のように暗いという傍迷惑な存在でもある

魔女の居宅なので文句をつける人間は 誰もいないが


「ここが、翡翠の塔」

それから大通りを進み 翡翠の塔へと到着する、大き過ぎて距離感が分からなかったが…あれだな 直下まで来るとあまりの大きさに若干の恐怖を抱いてしまう程だ、頂上が見えない…

「君はくるのは初めてだったか?」

「はい、凄まじいですね」

「私からしてみれば生まれた時から見えていた景色だから特に何も思わなかったが、確かに言われてみれば圧巻だろうな」

見上げれば後ろに垂れてもなお足りぬほどの高さに呆気を取られていると、ふと…塔の様子がおかしいのに気がつく、いや始めて来たからそれが異常なのか正常なのか区別はつかないけど…

「なんか、軍の本部って割には人少なくないですか?」

ふと周りを見回しても軍人の姿は見えない、みんな中にいるのかな?でも中からもあんまり人の気配はしないけど…

「確かに、いつもならもっと軍人が多く行き交っているのだが今日はやけに少ないな…、何かあったのか?」

と思えばどうやらこれは異常なことらしい、急に言い渡された帰還命令と人の気配のしない連合軍本部…何か因果関係はあるのだろうか、なんて考えていると …



刹那、エリスとメルクリウスさんの目の前に落雷が降り注ぐ…




「な なんだ!?いきなり…!?」

否、落雷ではない 音もなければ衝撃もない、ただ高速で空から金色の輝きが降り注いだから、落雷と勘違いしてしまっただけで…え? 金色?

「帰還命令を出してから直ぐに帰ってくるとは、流石に真面目ですね 結構結構」

それは、空から一直線に地面に降り注いだ…否 塔の上層付近から飛び降り着地した人間だった、黄金の鎧を身に纏い 黒曜の如き髪をたなびかせる、その身からは圧倒的な存在感を立ち上らせる絶対強者、それが今 エリスとメルクリウスさんの前に…顕現した

「ぐ グロリアーナ総司令!?」

「ッッ……!?」

グロリアーナさんだ、この国の軍部の頂点に立つ最強の軍人 にしてエリスとレグルス師匠を陥れ、師匠を攫うフォーマルハウト様の奸計の一翼を担った人物…そいつがいきなり現れたのだ

エリスとメルクリウスさんの警戒レベルは一気に上昇する、だって…この人はエリス達を騙した張本人だ、そしてエリスとも直接話しをしている…、マズい バレたか…エリスが生きているのが!ここにいるのが!

きっと帰還命令もこの為だ、魔女レグルスの弟子であるエリスとそれを助けたメルクリウスさんを始末する為に 呼び寄せたのだ…この国最強の存在が手ずからエリス達を…

「…あ あれ?、びっくりさせ過ぎてしました?上から登場すればびっくりさせられると思ったんですが、インパクトがあり過ぎたか」

が、エリス達の心配をよそにグロリアーナさんは目を丸くして冷や汗をかいている、襲ってくる様子は…ない、敵意もまたない、バレても…ない?

「グロリアーナ総司令自ら出迎えてくださるとは、少々驚きで…固まってしまいました」

「そっか、…いや すみません、真面目な君の事だからまた緊張していると思って気を紛らわせてあげようと思ったんですが、ふざけ過ぎましたメルクリウス」

ははは とグロリアーナさんは笑いメルクリウスさんの名を呼ぶ、その声は朗らかで快活だ…本当にただ驚かせたかっただけ?、エリス達を始末しに来たわけではないのか…ホッと一安心…

「おや?、そこの彼は…執事ですか?」

「へっ!?、あ…はい」

するとエリスにグロリアーナさんの視線が向けられる、やべっ…バレてないとはいえ顔を凝視されたら流石にバレる、さっきも言ったがエリスはグロリアーナさんと直接会って話をしている、声を聞いたら 顔を見たら 流石に気づく可能性がある

「……小さい執事ですね、まだ一流とは言えませんが謙虚な態度は見事です、いい執事を雇いましたねメルクリウス」

「ハッ、ありがとうございます」

声を低くして鋭角に頭を下げる、なるべく顔を見られないように頭を下げてグロリアーナさんの視線から逃れる、しかしエリスの心配とはやはりよそにグロリアーナさんはエリスになんの興味も示さず視線を逸らす

こえぇ…バレるかと思った バレたかと思った…

「しかし総司令自ら私に、その…例の帰還命令の件ですか?」

「ええ、貴方に一つ指令を下そうかと思っていたのですが、実は今塔の中で魔女フォーマルハウト様がパーティを開いていまして、軍部の人間には皆そのパーティの護衛をしてもらうことになっているのです」

「パーティ、…なるほど 私もその護衛に加わるのですね」

「いえ、貴方には一応パーティに参列していただこうかと思いまして、一応例のアジト潰しの功労者ですからね、魔女様も貴方に感謝の言葉を与えたいそうです」

「フォーマルハウト様が!、光栄です!」

「そうでしょうそうでしょう、では案内しましょう こちらですよ」

そういうとグロリアーナさんはエリス達を連れて塔の中へと進んでいく、…が エリスは少し警戒してしまう、以前こうやってグロリアーナさんにホイホイついていった結果が今だ、無警戒についていっていいものか?しかし変に反発するのもそれはそれで怪しいし…

メルクリウスさんは特に警戒することもなくグロリアーナさんについていく、…エリスの心配しすぎ…なのか?、だとしてもやはりグロリアーナさんへの不信感や警戒心は捨てきれない、この人は平気な顔で人を欺ける人なんだから

「ディスコルディア、行くぞ」

「…かしこまりました、メルクリウス様」

しかし四の五の言っても始まらない、…ここはやはりついていくしかあるまい、そう思い姿勢を正しメルクリウさんについていく、なるべく怪しまれないよう 執事らしく振る舞いながら…



………………………………………………

「こちらがパーティ会場になります」

しかしやはりエリスの心配なんて他所に普通にパーティ会場に通された、翡翠の塔中層…そこには広大なダンスホールが広がっていた

塔の内部とは思えないほど絢爛豪華な作り、アジメクの白亜の城を遥かに上回る造形の美しさに 思わずため息を漏らしてしまいそうになる程だ

そんなダンスホールには見て分かるほど豪華な服飾に身を包んだ貴族王族で溢れている、…何もかもが豪華なこの国の貴族らしく その姿も他の国よりもまた派手で、もう飾りだけでも結構な重さだろうというくらい指輪やら首輪やらをつけまくっていた…一周回って品がないぞあれは

そしてその外周や出入り口には軍人が待機しており貴族達を守るために警備を担当している、下に軍人がいなかったのはこの為か…しかしパーティを開いただけでこの国の軍人全てが警備に回されてしまうとは

今外で問題が起きても対応できないんじゃないのか?

「私がこんな、パーティに参加してもいいのでしょうか」

「一応参加ということにはなっていますが、やはり下賤の身がこのパーティに参加することをよく思わない者もいるでしょうから、メルクリウス 貴方はなるべく外周に居なさい」

グロリアーナさんはメルクリウスさんの身を案じなるべく外の方に居ろと言ってくれる、…なんというか 見ている感じグロリアーナさんは身内にはかなり優しいように思える、一回の軍人であるメルクリウスさんの名前を 総司令であるにもかかわらず覚えているし

「しかし、すごいパーティですね、何か良いことでもあったのですか?」

「栄光の魔女フォーマルハウト様が主催するパーティですからね、この国の貴族王族なら誰しも参加する義務があります、事実五大王族も全員参加するようですし」

「五大王族も…?」

五大王族?、聞いたことがある…確か、この同盟の中に存在する数多の王や貴族 権力者の中でもぶっちぎって大きな影響力を持つ五人の王族達のことだ、一人一人が魔女大国の王族級の権力を持つとさえ言われているらしい

が…そんな人たちでさえ、魔女には逆らえない 故にパーティもすっぽかせないらしい、しかし五大王族か、一体どんな人たちなんだろう

思い浮かぶのは今までであった国王達…デティやラグナみたいに気の合う人はいるだろうか それともイスキュスさんみたいに小心ながらも国のために尽くす人だろうか、ジークムンドさんのように力強い王だろうか…

なんて考えていると、ざわざわと会場が その場に集った貴族や王族達がざわざわとざわめき立つのが聞こえる

「おい、五大王族が来るみたいだぞ」

「道を開けろ、奴らに目をつけられたら敵わん」

「あんな恐ろしい奴らと同じパーティにでなければならないとは、くわばらくわばら」

どうやらその五大王族とやらが来るみたいだが、…周りの人間の様子がおかしい まるで魔獣が到来するような、自然災害を前にしたような…そんな理不尽なものへの恐怖を感じる

すると 会場の一層大きな扉がガツンと派手に開かれる、まるで主役の登場だと言わんばかりの厚顔な それでいて、誰も文句が言えないほどのオーラを纏った者達が カツカツとブーツを鳴らし そんな彼ら彼女らを祝福するように、周囲の軍人達が貴族が王が手を打ち叩く

万雷の喝采をさも当然のように涼しい顔で受け流す五人の男女、あれが…この国の権威の頂点に位置する存在、五大王族…

「この間議会があったばかりというに、魔女様の気まぐれにも困ったもの…妾とて忙しい身であると言うのに、妾を振り回せるのは 魔女様を置いて他になかろうよ」

真っ赤な髪に真っ赤なドレス そして真紅の口紅を輝かせる婦人が先頭を歩く、厚く化粧をした顔を扇子で隠しながら歩く様は優雅ではあるものの…どうしても拭えない、他人を見下す嫌な顔つき、あれも王なのか

「あれが、五大王族ですか?」

「ああ、彼女はセレドナ・カルブンクルス、紅玉の名を魔女より戴きし紅炎婦人さ」

「紅炎婦人…強いんですか?」

「ハァ?、強いわけないだろ…ああいや、君はアルクカースにも立ち寄ったんだったな、なら勘違いしないように 王族が強いのはあの国くらいなものだ、普通の王族は強くないし戦えない」

こそこそとメルクさんがグロリアーナさんに聞こえないよう耳打ちしてくれる…

しかしなんだ強くないのか、大層な二つ名を持ってるから強いもんだとばかり…いやしかし、あのセレドナという女性がちらりと周囲を見るだけで、同盟に所属している他の国王達が一斉に頭を下げているのを見るあたり、権力的な意味合いではかなりのものなのだろう

「…ほら、ニコラスさんが国王と寝たって話あったろう?」

「え?ああ、はい…国王とその息子と寝て そちらの道に引きずり込んだとか」

「それが、彼女の旦那だったんだ…元々カルブンクルスを治めていた国王と王子は纏めてニコラスさんに骨抜きにされてね、腑抜けた彼らに変わって彼女が実権を握るようになったらしい」

「ニコラスさん…五大王族を抱いたんですか」

「だから問題なんだよ、噂じゃセレドナ様は未だにニコラスさんを恨んでいるようだよ?何せ自分の旦那が男になんか寝取られたんだからね、彼女のプライドはズタボロさ」

むしろ五大王族のプライドを傷つけてあそこまで飄々と好き勝手できるあの人…何者なんだよ

「チッ、うるせぇーな…拍手喝采なんかいらねぇーんだよ!、ケッ!」

すると、今度はなんかやたらガラの悪い緑色の髪をした男が入ってくる、荒々しい態度と周囲を鑑みない傍若無人な態度はベオセルクさんを思わせる

いや、劣化ベオセルクさんだなあれは…、ベオセルクさんには好き勝手やっても許されるだけの強さと何だかんだ人を惹きつけるカリスマがあったが彼にはそれがない、態度が似てるだけだ

「あのチンピラは?」

「こら、口を慎め…彼の方はザカライア・スマラグドス、彼も五大王族の一人さ、理不尽な態度と乱暴な行いを平然と行う 五大王族きっての問題児さ」

ポッケに手を突っ込みガニ股でズカズカと偉そうに歩くのはザカライアさんというらしい、一応腰に豪華な剣を差してはいるが、あまり使われた形跡はない…強くなさそうだな

「ザカライア、君はもう少し王族としての礼節を身につけたらどうだい?それじゃあ猿も同然さ、おっと、猿の方がまだ利口だったか?」

「ああ?、レナード!テメェなんつった!」

「事実を言った…悪いかな?」

そんなザカライアを諌める…というより小馬鹿にするのは顔のいい青髪の青年だ、一見すると人のいいイケメンだが その口ぶりと表情から腹黒さがにじみ出ている、五大王族であるザカライアにそんな口の利き方ができるなら彼も…

「あの人はレナード・サッピロス、彼も五大王族の一人だが…エリス 気をつけろ?、彼は女を何人もベッドに連れ込み好き勝手しているという、女と見れば見境なく物にしようとしてくるだろう」

とはいうが、ニコラスさんより可愛らしいと思ってしまうのはエリスだけだろうか、レナードは顔はいいが ニコラスさんに比べればまだまだだ、しかし あの顔の良さに騙されてしまう女性は多いだろうな…ラクレスさんと同じくらい顔がいいし

「ちなみにニコラスさんも狙っているらしい」

その情報は別にいらなかったな、しかもあの人全然懲りてないじゃないか 

「フンッ、道を開けよグズども!余の道を開けぬか!」

すると、今までの五大王族よりもさらに偉そうなデブったおじいちゃんがズカズカと杖をついて歩いてくる、鼻はイボだらけで目つきも悪く 王様というより悪の首魁だなあれじゃあ

「あの人もですか?」

「あの人はジョザイア・アルマース…このミールニアを治める王にして、デルセクト国家同盟群の中でもトップクラスの影響力を持つ方、五大王族最高とまで言われる国王さ」

なるほど、魔女が住まう国を治める王か…そりゃあ権威も凄そうだ、実際態度もメチャクチャデカイ…いやそれを咎める者はこの国にはいないのだろう、それだけ彼は偉い…

なんか、…みんな嫌そうな人ばかりだ、少なくともエリスが出会ってきた王達とは違う、いやむしろあれが普通なのか?、エリスと会ってきた王達は皆一本筋の通った気風の良い人達ばかりだったから、なんだかギャップを感じる

すると そんなジョザイアの影を、先に歩く五大王族の影を歩むように 控えめに謙虚に身を縮こまらせ、最後の五大王族が歩いてくる…遠目からでも分かる、赤と緑のメッシュの特徴的な髪色、エリス あの人に会ったことあるぞ

「え、あの人…」

「ああ、彼女も五大王族の一人 双貌令嬢ソニア・アレキサンドライト…財力で言えばこのデルセクトで一二を争う程の莫大な資金力を持つ王族だ、…なんだ?エリス あの人を知っているのか?」

知っている、ソニア様 以前暴漢に襲われているところ助けたんだ、あの時から只者じゃないと思っていたが まさか彼女五大の一人だったとは

思い出すのは彼女の恐ろしい瞳…、襲いかかってきた暴漢を逆に撃ち殺そうとしていた苛烈な裏の顔、それをエリスは知っている…

「い 以前、暴漢に襲われているところを助けたことがあるんです、まさか五大王族だったとは」

「そうか、…ソニア様を助けたのか…」

なんか、メルクさんが複雑そうな顔をしている…なんだろう、何か事情があるのか?なんて思っていたらソニアさんがこちら…というかメルクさんの顔を見るなり、はたと何かに気がついたようにこちらに向かって歩いてくる

五大王族…この国の頂点がこちらに向かって歩いてくるんだ、歩く ただそれだけでソニアさんはエリス達の前にまたがっていた人混みを真っ二つに割り、真っ直ぐこちらに向かってくる、な…なんだろう

「御機嫌よう、メルクリウス…こんなところで会うなんて奇遇ですね」

そして、メルクさんの前までやってくると 優雅に一礼をし、メルクリウスさんの名を呼ぶ、なんだ メルクさんもソニアさんと知り合いだったんじゃないか…なんて思っていると

「そ ソニア様!、ソニア様こそ…お元気なようで…」

メルクさんは顔を青くし冷や汗を滝のように流しながらその場に跪く、え?…何?

なんだ、メルクさんの態度は明らかに恐れているものだ、目の前のソニアさんを恐れ怖がり、許しを乞うように頭を下げている…尋常じゃない、この怖がり方は あの勇ましいメルクリウスさんが

「お元気?、お元気なように見えますか?私が?、胸糞悪りぃ顔見て 今最高に気分悪いなんだよなぁ 私」

「なっ!?」

するとソニアさんはニタリと口を三日月のように歪めると目の前で跪くメルクリウスさんの頭にグリグリと乗せ踏みつける、異様な光景 異常な行動、しかし誰も咎めない むしろ他の王族達も目を逸らし関わらないようにしている、な 何が…

「メルクリウス様…」

「いい!、…君も跪け」

「は…はい」

「メルクリウスさん?、私に借りたお金他ほとんど返せず執事を雇ってるんですか?、ずいぶん余裕なようですね?、あれから殆ど返済もできてないみたいですけど…もう少し締め付けた方がいいですか?、ああ それとも強制労働場 いきたいですか?」

「そ…それは、それだけは…」

借りた金…そうか、メルクさんの父親が金を借りた先って よりにもよってソニアさんだったのか、ソニアさんはメルクさんを辱めるように 痛めつけるように より一層強く頭を踏みつける

「借りた物は返す こんな当たり前のこと親から習わなかったのですか?、ってぇ お前のトーチャン私から借りたモン返さず首括ったんだったなァ 、じャ~こんな当たり前のことも出来ないのは当然カナ?カナカナ?」

ソニアさんはもはや金を返す云々などどうでも良いのだ、それを盾に逆らえないメルクリウスさんを甚振るのが好きなのだ、口元からたらりとヨダレ垂らし 加虐によって得られたオーガズムに身を任せている

…金、それを盾に相手を痛めつけ 快感を得る、そして金と快楽を搾り取れるだけ搾り取ったら 地下の底へ捨てる、悪魔だ…この人は 悪魔だ…!

「………ッ」

「悲鳴もあげない 痛がりもしない、高潔で誇り高く 気高い…貴方って本当に軍人の鑑ですね、…胸糞悪いけど 許してあげる、そんな貴方の鋼の心が決壊して発狂するのが楽しみだから…今は許してあげる、けど 見逃すと思うなよ…金返さねぇ限り私が永遠に痛めつけてやる…クケケケケ」

「………」

「それとも、やっぱここで死ぬ?…脳漿ぶちまけてさ」

そういうとソニアさんはどこからか銃を取り出してメルクさんの頭に突きつける、借金の回収などどうでもいい、その加虐心を満たすためならなんでもする その狂気、ああ これが…この狂気がエリスを恐怖させているんだ

「………」

「…やはり声をあげない、つまんないなぁ…じゃあもういいや、なんか腹立ったし殺そ」

カチリと 銃が音を立てる…まずい、撃たれる メルクさんが、止めるべきか!?いや止めるべきだ彼女が殺されたら何にも……

「ソニア、やり過ぎです…ここは翡翠の塔 借金の取り立てもましてや私的な性欲処理も許した覚えはありません」

すると引き金に指がかけられた銃を掴み グイと上に捻りあげるのはグロリアーナさんだ、その目は確かな怒気を孕んでおり あのソニア相手に一歩も引かぬ…いやともすればソニアの狂気以上に恐ろしい怒りが大地を揺らす

「ぐ グロリアーナ様?、お言葉ですがこれは私と彼女の問題でして」

「ソニア…これから魔女フォーマルハウト様がきますので今回は見逃しますが、次翡翠の塔で勝手な真似をすれば、バラバラにしますからね」

「わ わか わかりました、申し訳ありません…ここは引きますのでどうか」

有無を言わさぬ 何も言わせぬ、相手の理屈を真正面から射抜き砕くグロリアーナさんの目を前に、ソニアさんは黙って銃を引く…、いやよく見ればグロリアーナさんが掴んだ銃がひしゃげ手形が付いている

「…チッ、ではメルクリウスさん?、また…ね?」

次は覚えていろよ そんな視線を残しながらソニアさんは去っていく、助かった…危うく殺されるところだったぞ、…というかグロリアーナさんももっと早く助けてくれればいいのに メルクリウスさんはこんな大衆の前で辱められた上に痛めつけられたのに、助けてくれたのは本当に最後の最後 寸での所だったぞ

なんて思っていると今度はその怒りの視線がエリスの方へ向けられ

「貴方も従者なら止め入りなさい!、主人が危機に瀕しているというのに何を呆然と跪いているのですか!、弾除けくらいしたらどうです!?」

「えっ…あっ」

怒られてしまった、いや当然だ 何エリスはメルクリウスさんが痛めつけられてるのに一緒になって跪いてたんだ、今のエリスは執事なんだ 身を呈してメルクさんを助ける義務があるじゃないか、グロリアーナさんはエリスが助けに入るのを待っていたんだ それでも助けないから…怒って…

「っ……」

忸怩たる思い、執事としてある程度仕事が出来ているという油断と慢心が エリスに従者としての魂を失わせた、…執事失格だ

「いいんです、グロリアーナ総司令…私が彼女に跪けと命令したのですから」

「メルクリウス様…」

「気にしなくてもいい、私は大丈夫だから」

…メルクさんはなんでもないように立ち上がるが、…ぐっ!主人にこんな格好をさせて何が執事だ!、形だけ真似るんじゃなくて執事になりきるんじゃなかったのか!エリス!

次は 次こそはきちんと守る、ソニアがメルクさんを甚振ろうというならこの身を盾にしてでも守る!、それが執事の役目だ!心に誓い メルクリウスさんに一歩近寄りその身を支える

「…ディスコルディア」

「次はきちんと守りますから、ご安心を ご主人様」

「フッ、キチンと反省したようですね…ディスコルディアさんでしたか?、執事として精進するように、メルクリウスは真面目が過ぎますので キチンと守ってください」

エリスの態度に満足が行ったのかグロリアーナさんは踵を返し その場から立ち去っていく、…あの人は確かにエリス達を騙したが 悪人ではないのだろう、あの人はあの人なりの正義…主人に尽くす正義を成しただけなんだ

そして今、彼女は彼女自身の主人の元へと向かう、そう…この国最高の従者を侍らせる この国最高の支配者の元へと


五大王族がパーティの場に着いた瞬間、五人が入ってきた入り口とは別の…最奥の扉が開かれる、誰が入ってきたんだろう?なんて思う人はいない この翡翠の塔上層から降りて来られる人間は一人しかいない

皆一様に姿勢を正す、エリスもメルクさんも 五大王族もみんな、背筋を伸ばして前を見る

そうだ、このパーティの主役は五大王族じゃない、彼らを招致した張本人が今 扉をあけて…降臨する

「皆、よくぞ集まってくださいましたわね、我が宴へ」

耳につく瓊音の如き声、響くそれはあまりに美しく ただの一言で人を屈服させる、鏗鏘たる美声は瞬く間にダンスホールへ浸透し 、エリスの体に染み込んでくる

『跪き忠誠を示さねば』

そんな言葉が頭に浮かび、思考する間も無くエリスの体は再び 大地へと沈む、ただ先程のように脅され恐怖でする平伏とは違い、こうして頭を垂れているだけでなんとも誇らしく 、あのお方の下僕として在れる己が身の光栄と幸福に打ち震え…

…ッハ!?、エリスは今何を考えていた!?、危ない ただの一言で魂を掌握され 自ら進んで下僕になるところだった…

ふと周りを見れば、皆が皆 静かに跪いている…王族だろうが軍人だろうが関係ない、かの存在の前では等しく下僕なのだ

「面を上げることを許します」

あ…命令だ、言われた通りにしないと……ってまた気がついたら立ち上がってる!?

うう、あの声は危険だ 聞いているだけで頭がクラクラして言われた通りに動いてしまう、魔力や魔術とは関係ない 超絶したカリスマ、人を従える資格を持つ存在…聞いているだけで人を心酔させる声はまさしく魔性、アルクトゥルス様とはまた別の凄みだ…

「あれが、栄光の魔女フォーマルハウト様」

宙に揺らめく金糸は灯りを反射しまるで暁のように輝いて見える、身に纏うドレスは天衣のように薄く それでいて実態の掴めない…エリスが今まで見てきたどの物質にも該当しない何かで作られており 、…ああ あの美しさを形容する言葉が見つからない

あまりにも美しい、その赤い瞳を見ていると頭の奥の方がピリピリと音を立てて正常な思考を奪われていく、このままではいけないと思うもののその危機感さえあの瞳に吸い込まれていく…

思えばエリスは師匠抜きで魔女と相対するのは初めてだ、師匠はいつも魔力を放ってエリスを魔女の魔力から守ってくれていると行っていたが、師匠の庇護無しでは指一本動かすことができなくなってしまうのか…

「ぁ…ぁ、…ぅ…」

「大丈夫か?、あまりフォーマルハウト様の瞳は見るな…彼の方の瞳を見れば その魔力に飲まれてしまう、出来る限り 顔は見るな」

「っぷは…あ ありがとうございます」

フォーマルハウト様の瞳を見てビクビクと体を痙攣させるエリスの顔を無理矢理伏せさせその呪縛から解放してくれるメルクさん、あの瞳から目を逸らした瞬間 思考が戻ってくる…と同時に冷や汗も噴き出る、危なかった 本当に危なかった…あのままあの瞳を見つ続けていたらエリスは師匠の事も忘れて栄光の魔女に尽くす生き人形にされていただろう

アルクトゥルス様とは別の意味で感じる危機感…そうだ、フォーマルハウト様も同じく魔女なんだ…埒外にして究極の存在なのだ

「皆がわたくしの呼びかけに応えて集まってくれた事、嬉しく思いますわ…?」

「いえ、余達も魔女様のお招きを頂けるなど光栄の極み」

「ええ、妾達は魔女様の加護の下国を治める者、そのお言葉は何にも勝り優先されるもの」

ジョザイアとセレドナが前へ出て 魔女の言葉に応える、あの傲慢で偉そうな彼らが敬服の意を示している、いや示さねばならないのだ 如何に彼等とは言えこの国で魔女の怒りを買えば彼等の持つ権威も財力も無に等しく消し去られる…故に、この国で偉ぶるなら魔女の機嫌取りは欠かせないことなのだ

「……ケッ…」

「…品がないなザカライア」

「うっせ…」

しかしザカライアとレナードの若い組みは頭は下げているものの不服そうだ、プライドが邪魔をするのか それとも魔女に対して何か思うところがあるのか、或いは特に意味はないのか 機嫌取りなどはしない

「して、魔女様?今宵の宴…なんの意味合いもなしに開かれたわけではないのですよね、魔女様はいつも深い考えのもと行動なされています、今宵も そうなのでしょうか」

ちなみにソニアさんはその後ろで猫を被ってニコニコしている、あの人は加虐の対象以外には猫を被ってわざとナメられるような態度をとるようだ、エリスと一番最初会った時もそうだったし

「意味合い…そうですわね、今日は祝いの席なのですわ…我が悲願への第一歩がようやく踏み出された事への祝い、そしてそれによって手に入れた至高の品を皆にお見せしようかと思いまして」

至高の品?悲願への一歩?なんだ、栄光の魔女フォーマルハウト様の目的って一体…なんて考えているとズイとメルクさんがエリスの前に立ち塞がり 

「…君は一度退出した方が良さそうだ」

「え? な…なんでですか?」

「なんでもだ」

なんだろう、しかしメルクさんの目はエリスに覚悟を問うような…ああ 分かった、そういうことか 今から何がされるのが理解してしまった、この人は何処までも優しいな エリスを気遣ってくれるのか…でも

「メルクリウス様、魔女様が現れたこの席で退出するのは不敬の極み…私は大丈夫ですので」

「…そっか、分かった」

そうだ、…耐えてみせる うん、ちゃんと耐えてみせる…

力強く視線を前へ移し、もう一度フォーマルハウト様に目を向ければ…フォーマルハウト様は指を鳴らし、奥から何かを いや『至高の品』を運ばせてくる、屈強な軍人が四人がかりで重そうに運ぶそれは 赤い布が被せられており、仰々しく フォーマルハウト様の隣へと音を立てて置かれる

「なんだ…至高の品とは」

「さぁ、でも魔女様が至高と呼ぶのだからさぞ凄まじい物なのだろう」

「彼の方は世界中の財宝を一手に集めておられる方だ、きっと我らの考えも及ばぬものに違いない」

赤い布の被せられたそれを前に周囲の貴族と王族達は更にざわめく、あの魔女様が見せる至高とはなんなのか 我らはこれからどんなものを見せられるのか、期待の込められた視線と声が 目の前のそれに集中する

しかし、エリスは既に理解している あの赤い布の向こうにあるものが…、手が震え脂汗が噴き出て固唾を呑む、目は逸らさない…

「では、お見せしましょう …皆その美しさをとくとご覧あそばせ」

そういうとフォーマルハウト様はその手で赤い布を取り払い、その中にあるものが露わになり……

「ッ…!」


「おお、これはなんと…」

「美しい、よもやこのような物が存在しようとは」

「さすが魔女様ですわ」

赤い布の向こうにあったもの、それは…彫刻…否 大理石の台座の上に設置された石像だった

力なく口を開け呆然と立ち尽くす女の石像、髪の毛先 ひらめく服の先 何処をどう切り取っても何処からどう見ても、何をどうしても 美しい 一点の曇りさえ感じられないそれは人間の手によって生み出される芸術の限界を遥かに超えるものだ

その美しさに皆一様に声を漏らし、その素晴らしさに息を漏らす、あんな品が私の手にもあったならと羨望と欲望の篭った瞳で、中には劣情を催した目でその石像の胸を見るものもいる…

……、だがエリスは その石像の顔を見て その石像の有様を見て 思わず声を上げそうになる、だって…だってあれは石像なんかじゃないんだ

(レグルス…師匠…)


「これこそ、わたくしが求め続けた至高の芸術品ですわ!」

あれは あの石像は、レグルス師匠その人だ…模して作ったとかではない レグルス師匠を石化して作った石像なんだ、レグルス師匠自身なんだ!

必死に耐える、唇を噛み 腕をつねり上げ…己で己を律する、そうでもしてなければエリスは今すぐあの石像に飛びかかってしまいそうだから、レグルス師匠の石像をいやらしい目つきで 欲に満ちた目つきで見つめるこのゴミどもを殺し尽くしてしまいそうだから…、だから耐える

「…やはり」

「いいです…、私は逃げません」

しかし、目を逸らさない…石化した師匠の姿を目に留めて 決意の炎に薪をくべる、絶対に助け出す どれだけ時間がかかっても、それがエリスの 魔女の弟子の役目なのだ

「これは我が友 孤独の魔女レグルスを石に変え作った至高の彫像、この八人しかいない魔女の一人を変えて作った石像です、希少性 美しさ…全て極限まで高められたまさしく至高の品と言えるでしょう?」

そういうとフォーマルハウト様は石となったレグルス師匠に絡みつきその頬を撫でる、…まるで物扱いだ…その人を人とさえ思わぬ態度に怒りを覚えるが、今ここで飛びかかっても何にもならない、今は耐えるのだ

「魔女様を…石に?、それが フォーマルハウト様の悲願ですか…」

「ん~?違いますわ、わたくしの悲願とはこの世界に存在するわたくし以外の魔女全員を石に変え、コレクションすること、世界を統べる八千年級の存在を石に変えこの手のうちに納めること…それこそわたくしに相応しい究極の贅沢とは言えませんこと?」

魔女全員を!?それはスピカ様やアルクトゥルス様も狙っているということか!あの人は!、でもそんなことしたら世界から魔女がいなくなることになる、そうなれば…魔女大国は瓦解する いや魔女大国だけじゃない

今魔女という柱がこの世界から失せれば、確実に世界は滅びる…そんなことさえ分からないのかあの人は、いや分かってる 分かった上で世界と自分の欲を天秤にかけ後者を取ったのだ

アルクトゥルス様と同じ…暴走している…、狂っているんだ 自分の魔力で

「そ…それは…」

みんな、一歩引いてしまう フォーマルハウト様の恐ろしい野望に、己が欲を満たす為なら人を踏みつけても構わないと思っている彼らとて、その欲の為に世界を滅ぼしてもいいとは思わない…

恐れる 正気を疑う だが誰も止めない、…魔女に口答えできる人間などいない 口を挟んで止められる人間などいない、如何に貴族とは言え 王族とは言え 軍人とは言え、誰も魔女には逆らえない


「…………やはり、フォーマルハウト様は」

メルクリウス ただ一人を除いて、彼女はやはりと確信を得るだろう、疑念は晴れ 決意へ変わる、やはり魔女様は己を見失っている ならなおのこと引く事は出来ない、やり通せなければ…必ずや魔女様の正気と栄光を取り戻さなければ

胸に固く誓い、エリスとメルクさんは二人並びたち 壇上のフォーマルハウトと魔女の石像を睨むように見る


今はまだ、あそこにはたどり着けない…だが 必ずや

「今宵はこれを見せたかっただけですわ、いずれまた新たなコレクションをお見せする時が来るでしょう…その時をどうか楽しみにしていてくださいまし」

ウフフフフ と神籟の如き微笑と共に再度指を鳴らせば、周囲の兵が集まってきて 師匠の石像を持ち上げ、再び奥へと去っていく…ああ 師匠、今しばらく待っていてください、必ず助けますので

そうして師匠の石像と共にフォーマルハウト様 グロリアーナさんはダンスホールの奥 塔の上層へと消え、ダンスホールを包んでいた不思議な空気は薄れ霧散する

「…ディスコルディア、お前は先に帰って 晩飯の支度をしていてくれ」

「メルクリウス様?」

「私はこれから仕事がある、君も君の仕事に戻るんだ」

もはやこの場でするべき事は終わったと言わんばかりにメルクリウスさんはそう言うのだ、…メルクリウスさんはこの後パーティに出席した後 なにやら仕事がある様子だ、そこまでエリスが付き合う必要はないだろう

「かしこまりました、とびきり美味しい晩御飯を用意してお待ちしております」

「ああ、じゃあ私もとびきり腹を空かせておくとするよ」

なんて軽く微笑みながらメルクリウスさんは手をハラリと振るとダンスホールの人混みの中へと消えていく……うん、よし じゃあエリスも執事としての仕事に戻ろう

両頬を軽くはたき ダンスホールの出入り口へとそそくさと向かう、出来る限り目立たないように…、ダンスホールを抜け 絢爛豪華な塔の内部をとてちてと走り下層へ向かう…

しかしすごい塔だ、中の廊下一つとっても凄まじくキンキラキンだ、壁は黄金 床は真紅の絨毯が敷かれており汚れ一つない、流石はフォーマルハウト様の居城だな


なんて思いながら走っていると、廊下のど真ん中を塞ぐように 誰かが立っているのを見かける、あれは…

「…確か、ヒルデブランドさん?」

「…?…何?…執事?、…お嬢様の邪魔をした執事」

顔についた大きな傷跡が特徴的な女性、…あのソニアさんが以前侍らせていたメイドのヒルデブランドさんだ、メイド服の上からでも分かる筋肉…彼女はあのアルクカース出身の元傭兵だと言う、腕っ節は相当なものだろう


「助けたんです、銃を持った暴漢に襲われていたので」

「抑、銃を持った男程度に遅れを取るお嬢様じゃない、加虐のためなら何でもする それがソニアお嬢様、あの人は負けない」

その巨体の前に立ち 、若干睨み合う形で向き合う…

すこし、警戒する…何せこの人はあのソニアさんが常に横に侍らせているメイドだからだ、見た感じソニアさんのあの行いにも加担しているようだし

「…問、貴様メルクリウスの執事か」

「はい、耳が早いようで」

「殆、何故あれに仕える…借金で首も回らず地下に落ちた身、給金さえまともにもらえないだろう」

「お金じゃありません、私はあの方の志に惚れ込みついていくと決めたのです」

まぁ、エリスとメルクリウスさんは共に同じ志を持って動く仲間、お金を貰う渡すとか雇う雇われるの身ではない、この格好だって変装で 振る舞いだってエリスが好きでやってるだけだ、だがそれを一から説明するつもりはない

「むしろ私からすれば、何故貴方はソニアさんに仕えているのですか?、あの人の元にいれば貴方とて危ないでしょう」

「喟、私はソニアお嬢様に何をされても離れるつもりはない、彼の方からは強さを感じた…アルクカースでは感じられぬ 圧倒的な物を…」

アルクカースの価値観は強いか強くないかで測られる、そしてアルクカースの人間は強い人間に惹かれる…ソニアさんは確かに強い、狂気からくる芯の強さは確かにアルクカースでも見ないものだ

「……なら、私達は同じですね」

「痴、一緒にするな、お前のような半端者と…私はソニアお嬢様の為に一生を捧げる、悪い事は言わない…お前も早くメルクリウスから見切りをつけろ、お嬢様の怒りを買えば メルクリウスは死ぬ」

「なら私がメルクリウス様を守ります」

「…鏖、ならば諸共私が殺す」

…引かない、お互い一歩も 執事とメイドの異様なにらみ合い、両者の間に火花が散るほどのにらみ合い

殺すか…ソニアさんが指示すればこの人が襲いかかってくる可能性があるということか、ヒルデブランドさんの強さがどの程度のものかは分からない 流石に討滅戦士団とかそんなデタラメな強さではないだろう、しかし五大王族のソニアさんが重用する程の人物だ、弱いわけはない…

もしかしたら、メルクさんやエリスよりも強いかもしれない…だが、生憎と敵の強さを理由に引けるほど、今のエリスは甘ったれじゃない、敵が強いなら乗り越える アルクカースで学んだ事だ

「では、私これから夕餉の支度がありますので」

「……諾…」

その脇をするりと抜けて先へ進む、ヒルデブランドさんはエリスを止める気配もない…ソニアさんとヒルデブランドさん、出来れば敵に回したくない人達だが きっとメルクさんが進み続ければどこかで立ち塞がってくるだろうな、そんな予感がする

だが間に何があろうと進み続ける、…その決意は今日より一層強くなった

師匠、待っていてください!絶対!絶対絶対助けますから!
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