孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

文字の大きさ
上 下
96 / 308
五章 魔女亡き国マレウス

86.孤独の魔女と辺境の少年

しおりを挟む
お星様お星様、どうか私の願いを叶えてください

力をください、強い力をください 贅沢は言いません、ただ力だけをください

お父さんを殺したやつを殺せる力を

お母さんを殺したやつを殺せる力を

この世の全てがみんなを殺したというのなら、この世全てをみんな殺せる力をください

惨たらしく 残酷に ぐちゃぐちゃに出来る力を、それさえ手に入れば私はもう心もいりません 命もいりません 幸せもいりません

だからどうか、お星様…お星様、天に輝く八つのお星様…どうか…どうか私を……



………………………………………………………………

魔女世界…およそ八千年前から続くという魔女が統治する魔女の時代、八つの魔女大国が幅を利かせ 魔女大国を中心に回る世界、そんな時代の真っ最中に 時代の流れに逆らう一つの大国が存在する

魔女のいない国…世界最大の非魔女国家マレウス、その領土はアルクカースやデルセクトに引けを取らず 膨大な領地と多種多様な文化を抱える大国の一つ

魔女がいない為加護を受けられない、その為魔獣は出るし 何か問題が起これば人間の力だけで解決せねばならぬ 

人間にはいささか厳しい世界ではあるもののそれでもこの国の人間は魔女の力など借りずとも懸命に生きている、魔女なんかいなくても生きている事を世界に示しながら 手を取り合って人だけで生きているのだ

そんなマレウスの一角…川を越え 平野を超え 山を越え 森を超えた先にある小さな小さな田舎村、ソレイユ村に今日もまた勇ましい声が響き渡る

「待てー!待つんだー!」
 
「げげぇっ!兄貴!追ってきましたよあの金髪のガキ!」

「ど どうしやしょうアニキィ!」

「逃げるぞ!アイツにゃ敵わねぇ!」

「待て待てー!鶏泥棒ー!」

閑散としたソレイユ村のど真ん中を土埃をあげて逃げる三人の男、無精髭と獣毛皮を使って作られた上着 そして手に持ったのは盗んだであろう鶏、それを抱えて逃げるように走り去る、格好と状況を見るに三人は盗賊 といったところだろうか

そして、それを追いかける金色の髪の子供が一人 まだ小さいのに、盗賊相手にも果敢に向かっていくではないか

「ひぇぇぇー!、追いかけてくる!、おいお前ら!足止めしろ!俺だけでも逃げるから!」

「あ!汚ねぇ!、兄貴は兄貴なんだからここは俺が残るくらい行ったらどうですか!」

「そうっすよ!兄貴なんだから!」

「うるせぇ!普段から敬わねぇ癖にこんな時だけ弟分ヅラすんじゃねぇ!離せバカ!」

しかし彼ら、チームワークはあまりいいわけではないらしく足を引っ張り合い掴み合い すったもんだしているうちに足を止めてしまい…

「追いついた!、鶏返せ!この泥棒!」

「お 追いつかれちまった…」

盗賊達は追いつく子供、金色の髪を汗に濡らしながら自分より遥かに大きな男達を強い語気で罵る、彼らはあの鶏を売るつもりか 食うつもりか知らないが、あれはこの村の大切な鶏なのだ 、あれが一匹いないだけでどれだけの人が迷惑を被るか分からない

何より目の前で悪事がなされているんだ、見逃す理由はない

「鶏を返せ、そうしないと…」

「くぅっ、し 仕方ねぇ!やっちまえ!」

「やる気か…!」

ぐっと構える子供にあからさまに怯えながらも男達は貧相な棍棒を取り出し構える、…異様な光景だ 鶏一匹盗む程度の小悪党とはいえ武器を構えた大人が三人 子供一人に怯えて武器で威嚇するのだから

…これは彼ら盗賊がもうどうしようもなく情けなく弱い というだけではない、彼らが怯えるのはこの子供が…

「や やっちまえって兄貴、相手は子供ですよ?流石に怪我させるのはちょっと…」

「構わねぇだろ!コイツ俺たちより強いんだから!」

そう、強いのだ その小さな体に似合わずこの金髪の子供は 強いのだ

「く くそぉっ!」

「来る、っとう!」

大振りになって盗賊の一人が棍棒を振り下ろす、貧相な棍棒 貧弱な屁っ放り腰から放たれる攻撃とはいえ 身長と体重で勝る相手からの攻撃だ、小さな子供なら怯えても仕方ない…がしかし、金髪の子供はその攻撃を恐れず飛び上がりヒラリと避けるとそのまま

「師匠直伝!面打ち!」

「いたーっ!!??」

腰に携えた木剣を引き抜きスパーンと打ち込んできた盗賊の顔に逆に打ち返す、子供と侮るなかれ 腰をひねり体をしっかり回転させた剣先には遠心力という力が乗る、それは大人一人 鼻血を吹かせて倒れさせるくらいの威力はある

「い 1発で…!」

「フッ!」

目の前で鼻血を拭いて倒れた仲間を見て呆然とするもう一人の盗賊の隙をつき 金髪の子供はすぐ様その足元に潜り込み

「師匠直伝!脛弾き!」

「あぎゃっ!!??」

打ちはらう その無防備な脛を、木の棒で思い切り脛を打ち据えられた男はあまりの痛みに涙を流してのたうちまわる、的確な打ち込みだ 寸分の狂いもない 小さな体を利用して小さな体の欠点を補った的確な戦い方に盗賊は瞬く間に二人地面へ倒れふす

「さぁ!、あとはお前だけだ!グラバー!」

「くそう、バカにしやがって!」

目の前で木剣を構える金髪の子供を前にグラバーと呼ばれた兄貴分の男は同じように木剣を構える、しかし彼も別に荒事は得意な方じゃない 多分木剣を使った戦いじゃ勝ち目がない…かといって子供相手に棍棒振って万一殺しちゃったら鶏泥棒じゃ済まなくなる

ここは取れる手は一つだけ!

「…じゃあな!」

「あ!待て!卑怯者!」

睨み合いから抜け出し 咄嗟に踵を返すグラバー、逃げの一手 それに限る、確かにグラバーは戦いじゃ劣るが相手は子供 見てみろアイツの短い足 見てみろ俺の長い足

どうやったってあの子供は俺に追いつけない 何という妙案、仲間は置いていくことになるがまた後で迎えに来ればいいだろう とグラバーは心の中で高笑いをする 今回こそ勝ったと

しかし

「逃すか!師匠直伝!飛翔剣!」

「え!?うぎゃっ!?」

飛んできた 木剣が回転しながら、投げたんだ 木剣を…その狙いはあまりに的確で驚いて振り向いたグラバーの顔面は綺麗に打つと、グラバーは堪らず鼻血を吹いて勢いよく地面にぶっ倒れる

「…全く、鶏は返してもらうよ」

「ぐ…ぐぞゔ、まだまげだ…」

「おーい!、お!もうグラバー達を倒しちまったか 流石だなぁ」

グラバーの手から大人しい鶏を奪い返すと 後を追って現れたおじさんが倒れる三人の盗賊を見て感心する、またこの子がやってくれたと

「はい、トノスおじさん 鶏取り返しましたよ」

「おお、ありがとう コイツらこの鶏が大人しいと見るや否や晩飯にしようと取っていきやがって、お陰で助かったよ」

「なんだなんだ またやったのか?」

「あらまぁ、またグラバー達が倒れてるわ」

騒ぎを聞きつけようやく村の人間達が集まってくる、グラバー達が倒れてるのはいつものことだ、毎回毎回この村で小狡い悪事をしようとして いつもこの子に倒されて終わるのだ

「ああ!、みんな!またステュクスがやってくれたよ!、この子は村の英雄だ!」

「えへへ、そんな 普通のことしただけだよトノスおじさん」

鶏を抱えたおじさんが盗賊を打ち倒した少年の金の髪を…ステュクスの頭を撫でる、グラバー達が起こす騒ぎを毎回毎回得意の剣術で打ち倒して解決してくれるのだ、農夫農民しかいないこの村に現れた まさしくステュクスは小さな英雄なのだ

「僕は!、どんな悪も見逃さない男になるんだ 、それで強くなって世界一強くて世界一優しい男になって!お姉ちゃんを助けるんだ!」

「おう、ステュクスならいつかきっと姉ちゃんを助けに行けるだろうよ!」

ステュクスは明るく笑うが、これでも一年ほど前に母を亡くしたばかりなのだ、それでも明るく振る舞い 母が助けられなかったという姉を…悪い貴族に捕まっているという姉を助けるために、こうして強く優しくなるために村で修行を積んでいるんだ

……本当は今すぐにでも助けに行きたい、けれど僕のいるマレウスからお姉ちゃんのいるアジメクは遠い 大陸の端から端まで移動するくらいの大移動だ、間には絢爛なるデルセクト同盟国家群 勇壮なる軍事国家アルクカース が跨りそのどちらもマレウスに勝る超大国だ

僕一人じゃとてもじゃないけどアジメクにはたどり着けない、だからここでこうして毎日鍛えているんだ、少しでも早く強くなるために 少しでも早くお姉ちゃんに会うために

「じゃあトノスおじさん!僕用事があるから!」

「おう、グラバー達はまたいつもみたいに自警団に突き出しておくぜ!、二、三日牢屋に閉じ込めて罰でも与えさせるさ」

「おねがーい!」

僕はトノスおじさんや周りのみんなに手を振り走り出す、一日でも早く強くなるなら一日も無駄にできない、僕の毎日は修行の毎日だ 、この小さな村 ソレイユ村で僕は毎日体を鍛えて生きている

…全てはお姉ちゃんを助けて お父さんと一緒に三人でこの村で暮らすため、お母さんにお姉ちゃんを助けられたよって報告するために

少年 ステュクスは今日も駆け抜ける

……………………………………………………

ステュクス・ディスパテル 年齢を六歳 、まだまだ子供と言える年齢だが毎日体を鍛えているだけあり同年代の中では結構な運動神経を秘めているとは村の大人達の談

何よりあまり子供のいないこのソレイユ村にとって 小さくも快活に生きるステュクスは星のような存在だ、皆に可愛がられながら使い古した木剣を腰に下げて毎日のように村中を駆け回っている

「おじさーん!、これここに置いていくよー!」

「おう!、今日も配達ご苦労さん!」

「ううん!いいの!普通に走るより荷物があったほうが体を鍛えられるから!」

息急き切ってステュクスは抱えていた小さな木箱を知り合いのおじさんの家の前に置く、と言ってもこの小さな村だ ステュクスと知り合いでない住人はいない


今日もステュクスは日課のように村を数周駆け回るマラソンを行なっている、これもお姉ちゃんを助けるために必要な訓練だ、何せお姉ちゃんのいるアジメクは遠い お父さんが言うにアジメクはあの遠くに見えるお山のさらに向こうのずっとずっと向こうにあるらしい

僕じゃあ到底想像もつかないくらい遠くだ、お母さんとお父さんも二人で旅をしてようやくここに辿り着けたらしい、旅の途中で僕を産んだらしいけど 僕にはそんな記憶はない、この村からも出たことがない

村の外には危険な魔獣がたくさんいるから出ちゃダメなんだって、中には僕の家よりおっきな怪物もいるらしい、けどそんなものに怯えていられない

僕にはお姉ちゃんがいる、名前は無く お母さんがアジメクに置いてきてしまった生き別れの姉、僕はそんなまだ見ぬ家族の為に アジメクに行きたいんだ

だけれど、マレウスの外の世界は怖い世界だともお父さんは言う

なんでもアジメクの手前にあるアルクカースにはそんな怪物をパクリと食べちゃうようなもっと強い魔獣がたくさんいるらしいしね、アジメクに行くならいつか魔獣も倒せるくらい強くならないと

「えっほ えっほ!」

「あらステュクス君、今日も修行?大変ねぇ」

「ううん!、全然!このくらいへっちゃらだよー!」

「頑張ってねー!」

「はーい!!」

すれ違う村のみんなは僕を見る都度声をかけて応援してくれる、僕が強くなるのをみんな手伝ってくれる 僕はこの村が大好きだ、元々余所者だったお父さんとお母さんを快く受け入れてくれて、僕自身もみんなの子供のように扱ってくれる この優しい村が大好きだ

きっと、お姉ちゃんもこの村のことが好きになるはずだ

「えっほえっほ…、はぁ はぁ」

みんなの前で平気とは言ったけれど 流石に疲れる、けど 最初は村を一周することもできなかったんだ、ちゃんと強くなれてる…流石は師匠のトレーニングだ

…一年前、お姉ちゃんの為に強くなろうと決意した次の日 運命のように僕の前に現れた師匠、最初は『俺なんか師匠ってガラじゃねぇよ』とは言ってたけれど…今ではちゃんと剣術も教えてくれる

アジメクまでの道のりを教えてくれたのも師匠だ、その道のりが過酷であることを教えてくれたのも師匠だ、師匠は元々アジメクの人だったらしく母さんと同じくアジメクからここまで旅してきたから分かるらしい アジメクからここまでの道のりは過酷だと

「だから強くならないと、今のままじゃアジメクまでたどり着けない…!、よーし!気合い入れよう!」

パンパンと頬に張り手を入れ気合いを入れ直す、よし!マラソンは終わった この時間じゃ師匠はまだ寝てるだろうから、…うん 今日は彼処に顔を見せてみよう、そろそろいいかもしれないし 

「その為には一旦 家に帰ってお父さんとお母さんに挨拶しておかないと」

疲れた足を更に動かし家まで走る、僕の家は村からほんのちょっとだけ離れた所にある、お父さんは畑を持っててそこで育てた野菜を村に売ったりあげたりして生活してるんだ

村から少し離れれば僕の家は見えてくる、お父さんとお母さんがこの村に着いた時 村のみんなで建ててくれた家だ、大きくはないけれど二人で暮らす分には問題ないくらいの大きさ

きっと、お姉ちゃんが帰ってきても狭くはないだろう

「ん?、ステュクス おかえり、今日はもう修行は終わりか?」

「あ!お父さん!、ううん!これからだよ!」

家の前でホレスお父さんに会う、どうやらお父さんはこれから畑仕事らしい、今は農夫として働いているけれどお父さんは昔 凄腕の冒険者だったらしい、旅の途中で出会った母さんをここまで連れてきたのもお父さんだ

「そうか、頑張れよ」

お父さんは畑仕事も手伝わない僕の事を笑って応援してくれる、必ずお姉ちゃんを連れ戻せよと応援してくれる、だからその気持ちに応える為にも僕は頑張るんだ

もう古くなり始めた木の扉に手をかけ家の中に駆け込み、タンスの上に置いてあるベルトを腰に巻く、師匠がくれたベルトだ 僕にはまだ大きいけれどこれをつけると僕も強くなれた気がして気が引き締まるんだ

ベルトを肩からかけるように回し服装を整え、また家を出る 今度は家の脇にある石の前、ううん…お母さんが眠ってるお墓の前へと急いで向かう

僕はまだ字が読めないから分からないけれど、このお墓にはお母さんの名前が書いてあるらしい

僕のお母さんの名前はハーメア・ディスパテル…元々旅の役者だった人らしい、でも悪い貴族に捕まって ものすごく酷い目に合わされて…そしてその貴族の所から逃げる時 母さんは自分の子供を置いてきてしまったという、子供…僕のお姉ちゃんだ

お母さんはその事をとても後悔して、毎日夜中 寝る前に空に向かってお祈りして謝っていた、『ごめんなさい ごめんなさい』と…そして死ぬ間際にも お姉ちゃんに対して謝っていた、譫言のように…

だから僕はお母さんの代わりにお姉ちゃんを助けようと誓ったんだ

「お母さん…」

お墓の前に立ち、語りかける…この前に来るとあの日の決意が悲しみと一緒に湧き上がってくる、…必ず強くなってお姉ちゃんを助けるんだ 

「お母さん、もう少し待っててね…必ず僕がお姉ちゃんを連れてくるから」

お墓に手を当ててそう呟けば、母さんが応援するように微笑んでくれた気がする…、よし!頑張るぞ!

「お母さん!お父さん!行ってきます!」

「ああ、いってらっしゃい」

お父さんは手を上げて僕に返事をしてくれる、母さんは答えないけれど 伝わってるよ…僕頑張るから




そのまま家を出て向かう先は一つ 師匠の家じゃない、冒険者ギルドだ

このマレウスには冒険者ギルドの本部があるらしい、魔獣がたくさん出るマレウスを守っているのは彼ら冒険者でこんな小さな村にも とても小さいながらにギルドはある、と言っても酒場くらいの大きさだけれどさ

冒険者…この人たちがいないと僕達は生きていけない、この村を守ってるのは彼ら冒険者なんだから、魔獣を相手に戦って 平和を守る人たち それが冒険者…そう、僕の修行にうってつけの場所だ

「おはようございまーす!」

村の一角にある古い酒場 ここが冒険者ギルドだ、ここに冒険者たちは集まって色んな仕事を受けて様々な事をする、魔獣退治だけじゃない 雨で倒れた木の撤去や壊れた家の修理 お金を払えばなんでもする冒険者の人達にはこの村の人達も大助かりだ

酒場の扉を押し開けて挨拶すれば…

「おお、ステュクス 今日も来たのかよ真面目だな!」

「その真面目さをコイツに分けて欲しいくらいよ、ほんと」

「将来有望だな ガハハ!」

中には十数人くらいの冒険者達が屯していて、腰には剣や斧がぶら下がっている、僕の持ってる木剣とは違う 本物の武器だ…、それを見て 心が疼く、カッコいい…僕も冒険者になりたい

そうだ、冒険者になりたいんだ、冒険者はその名の通り冒険して各地で仕事を受けるもんなんだ、ここにいる人たちはこの村に居着いてるけど、僕も冒険者になればアジメクまで旅が出来るからね!

冒険者のみんなは僕がギルドに入ってくるなり歓迎するように笑ってくれる、みんな武器を持って顔は怖いけどとても優しくていい人達だ

「聞いたぜ、今日もあの小悪党倒したみたいだな」

「うん、僕強いから!ねぇ僕も冒険者になれる?」

「はははは!いつかな!」

いつかじゃダメだ、なるべく早くなりたいのに すると受付のお姉さんがコップを持って僕のところに現れて

「はい、ステュクス君 ミルクよ、ゆっくりしてってね」

「はい!お姉さん!」

木のコップにはミルクが注がれている、とても美味しそうだ…僕は上機嫌になって椅子に座ってミルクを…じゃない!

「ねぇお姉さん!そろそろ僕も冒険者になれるかな!強くなったよ僕!」

「あはは…、ステュクス君はまだ小さいから無理かなぁ」

受付のお姉さんは困ったように笑う、いつもこれだ 強くなったら 大きくなったら、毎回同じ言葉であしらわれていては僕もあんまり面白くない

「背も高くなったんだよ…」

「ええっと…その」

「おいおいステュクス 、そんなに慌てなくてもお前ならそのうちいい冒険者になれるって」

「セグロさん…」

僕の肩を叩きながら酒臭い息を吹きかけてくるのはセグロさんだ、おじさんっていうと怒りお兄さんと呼ぶと上機嫌になって色々くれるいい人だ、実際この人はこのソレイユ村にいる冒険者達の中では一番の凄腕らしく 魔獣が出た時は一人で倒しに言ったりするくらい強い

まぁ、僕の師匠には5秒くらいで負けてたけど

セグロさんはいつもいつかいつかだ いつかも分からない時を待てるわけもない

「いつかじゃなだめなんだ、どれだけ強くなれても 冒険者になれなきゃ意味がないんだ」

「あ?…あー、お前なんでそんなに冒険者になりたいんだっけ?」

「お姉ちゃんを助けに行きたいの!アジメクにいる!」

「アジメク!?遠いなぁ…しかもここからじゃアルクカース経由しなきゃいけねぇんじゃないか?船使うにしてもアルクカース近郊の海域はあまりに危険だから船も出てねぇしよう」

「みんなアルクカースは怖いって言うけど、そんなに怖いの?」

アルクカースには曰くマレウスの魔獣が可愛く見えるくらい恐ろしい怪物しかいないらしい、全身鉄で出来た牛とか 山のように大きな猿とか、冒険者が百人がかりで挑んでも返り討ちに合うような怪物ばっかりだという

しかもそこに住んでるアルクカース人達はそれを倒して食べてしまうらしい、実際マレウスでも一流と呼ばれる冒険者は大体アルクカース出身らしいし、本当に恐ろしい国なんだと思う

「アルクカースだけじゃねぇ、デルセクトもコルスコルピもアジメクも、ある意味じゃあ恐ろしい…彼処には魔女がいるからな」

「魔女…」 
 
「アイツら人の形した化け物さ、魔女大国にいる連中はみんな魔女に心酔し老若男女問わずみんなが魔女に忠誠を誓ってる…異常なんだよ魔女大国ってのは」

マレウスに住むみんなは 魔女を恐ろしいと言い魔女大国を異常だと呼ぶ、僕も魔女は好きじゃない だってアジメクにいる魔女スピカは僕のお母さんもお姉ちゃんも助けてくれなかった

人を助けてくれないなら魔女なんて存在はいらないと思う、でもそれを魔女大国で言うと殺されるらしい…あっという間に騎士がやってきて檻に入れられ、最悪殺されちゃうんだって…

アジメク出身の師匠に魔女の事を聞くと苦々しい顔で黙るから あの人も魔女にはあんまりいい思い出がないのかもしれない

「それでも僕はアジメクに行く、その為には冒険者になる必要があるんだ」

「そうかい、だけど今は無理だ お前のお師匠さんも言ってんだろ?まだまだだってよ」

「うぐっ…」

それはそうだ、師匠はいつも僕見てまだまだとしか言わない、成長は実感出来てるし何か出来るようになると褒めてくれるけど、アジメクに行けるかと聞くと首を横に振る、早くお姉ちゃんを助けに行きたいのに…

「あのお師匠さんの言うことは聞いといたほうがいい、あの人の名前は俺昔聞いたことがあるけどまさかこんな辺境の村に現れるとは思っても見なかったぜ、俺も今から弟子入りしようかな」

「セグロさんはもう強いし冒険者じゃないですか」

「そうでもねぇよ、なぁカリーダ おかわり」

「もう昼間に出せる分はありません、大人しく仕事いってください」

受付のお姉さん…カリーダさんはセグロさんに辛辣に笑う、そりゃ真昼間っからお酒飲んでたらそりゃそうだろう、でもあれ?いつもなら…

「そう言えばセグロさん、今日は魔獣退治に行かないんですか?、昨日も明日は魔獣退治で忙しいっていってたのに」

「ああー、その件についてなんだがなぁ」

いつもなら朝一番で村の近くの魔獣退治に行って忙しそうにしてるのに、今日は朝から飲んでる…魔獣退治サボったのかな?、と思ってるとどうにも違うらしい

「実はねステュクス君、昨日この村に三人新しく冒険者が立ち寄ったのよ」

「三人も、珍しいですね」

ソレイユ村は都市部からも離れた辺境の村だ、態々ここに立ち寄る人も少なく 冒険者が立ち寄ったとしても一人…それもたまーに来る程度なのだ

「ええ、まぁ一人は考古学者でただこの村に宿を取りに来ただけなんだけど、後の二人が魔獣退治の仕事を代わりに受けてくれたのよ」

「なるほど、それでセグロさんが暇なんですね 二人も冒険者さんがこの村の近くの魔獣を退治してくれるなら安心ですね」

「いや違う…この近辺じゃねぇ、このソレイユ村近くの森にいる全ての魔獣を狩り尽くす勢いで全滅させちまった、たったの一日で…」

「え…」

ソレイユ村の近くには大きな森がある、彼処には大量の魔獣が跋扈していて そこから漏れ出てくる数体をセグロさんが狩る形でこの村は守られている、が森の中にはそれこそ数百体近い魔獣がいるはずなのに それを一日で?

「凄い人なんですか?」

「聞いた話じゃ冒険者になったのはつい一年前らしいが、その実力の高さと怒涛の勢いを評価して もう既に三ツ字以上の地位が与えられている超天才さ、まさしく雲の上のエリート様さ」

三ツ字…!、冒険者の中でも際立って強い人は冒険者協会から『字』が与えられる、一つツ字 二ツ字 三ツ字 四ツ字…と、一ツ字でも凄腕と呼ばれるのに その人たちは既に二ツ字以上の実力を持ってるんだ

セグロさんでも後十年は頑張らないと一ツ字になれないと言われてるのに、凄い人は本当に凄いんだな

「しかも二人がかりじゃなくて片方の一人が全部やっちまったんだから、なんつーか才能の差ってのを感じるよなあ、お陰で俺も一週間は暇さ」

「僕!その人に会いたい!」

すごい冒険者なら冒険者になれる秘訣みたいな物を知ってるかもしれない、何か強くなるヒントみたいな物を聞ければ…!そう思い席を立つと

「多分そろそろ顔見せるんじゃねぇか?」

「ああほら、噂をすれば」

セグロさんとカリーダさんは酒場の入り口の方に目をやる、それにつられて僕もまたそちらを見れば、…ちょうど 扉が開かれ その姿が目に入る

「あいつさ、一人で森の魔獣全部倒しちまった新進気鋭の冒険者ってのは…」

それは…僕と同じ金の髪を持って 黒い立派なコートを着込んだ…

「おはようございます、何か仕事 ありますか?」

「…子供?」

子供だった、いや僕よりは結構 年上なんだけど、それでも子供と言える年齢の女の子が酒場の扉を開けていた、何かの間違いじゃないか?

「あの人まだ子供じゃないですか」

「まぁ、確かに年齢はまだ11だったか12だったか?、まだ見習いって形ではあるが その実力から特例でもう一端の冒険者扱いを受けてるんだと」


「なんですか貴方は、年下に子供って言われると腹立ちますね」

「あ…」

気がつくと女の人は僕の目の前まで来ていてムッと顔をしかめている、しまった…怒らせてしまった、この人が本当に凄腕なら怒らせちゃダメだ 冒険者のコツとか教えてもらえなくなっちゃう

「ご ごめんなさい」

「…ふふふ、大丈夫ですよ 実際若いですからね、貴方と同じで」

「あ あの、本当に…凄腕の冒険者さんなんですか?」

そう聞くと目の前の女の人は少し考えるそぶりを見せてから

「…凄腕かどうかは分かりませんが、一応冒険者ですよ」

「ほ 本当!、ぼ 僕!冒険者になりたいんです!」

「そうでしたか、…名前聞いてもいいですか?」

優しげに微笑みながら名前を聞いてくれる、名前…うん!、握手を求めるように手を差し出しながら…名乗る

「僕はステュクスって言います!」

「ステュクスですか、…じゃあこちらも名乗りましょう 」

そして女の人は僕の手を握ると

「エリスはエリスです、よろしくお願いします ステュクス君」

女の人は、エリスさんはそう名乗る…エリス それがこの人の名前、僕と同じ子供でありながらマレウスに名前を轟かせる凄腕冒険者。

「エリス いい名前ですね」

「エリスの師匠がつけてくれた、エリスの自慢の名前ですよ」

師匠がいるのか この人も、そう言えば二人組と言っていたな ならきっと師弟で旅をしているんだろう

…僕も、と言いたいが僕の師匠はもう死んでもアジメクに近寄りたくないと言っていたし 師匠と一緒にアジメクには迎えないだろうな

「ところでステュクス君はその年で冒険者になりたいんですか?、勇敢ですね」

「うん!、…僕のお姉ちゃんがアジメクにいるんだ、お姉ちゃんに会いに行くには冒険者になるのが一番だから、冒険者になりたいんだ」

「アジメクに?遠いですね、でも世界は繋がっています どれだけ遠くても諦めず進み続ければ必ず辿り着けます、強くなるのも冒険者になるのも アジメクに向かうのも、きっと直ぐに叶いますよ」

それじゃあ と言ってエリスさんは手をひらりと振り別れを告げるそのままカリーダさんのところへ行き仕事の受注をしに行く、本当に冒険者なんだな…

…それにエリスさんは言ってくれた、いつか ではなく 直ぐだと、直ぐ…か そうだ、真面目に修行してれば直ぐなんだ、諦めなければ必ずお姉ちゃんに会えるんだ

「よし、じゃあ僕修行に行ってくるね!」

「おーう!頑張れよステュクスー!」

「いってらっしゃい!」

セグロさんとカリーダさんに別れを告げ 酒場の入り口に走る、こうしちゃいられない 僕も頑張って修行しないと!、ふと エリスさんと目が合うと エリスさんも僕を見送るように軽く口元だけで微笑み見送ってくれる、綺麗な顔だ まるでお母さんみたいに綺麗で優しい顔

綺麗で優しくて凄い人、この村には僕と年の近い人はいないから、とても不思議な気分だ…凄いな エリスさん、僕と同じ子供なのに大人に混じって仕事をして まるで僕の思う理想そのものだ

あの人みたいになる為に僕は今日もまた修行に向かう、僕を鍛えてくれる敬愛師匠の元へ…僕の家よりさらに村から離れた林の近く、木を組んで作られた木陰の小さな家

そこに 僕の師匠がいる



師匠と出会ったのは、僕がまだ誰からも修行をつけてもらっていない頃 大人の見様見真似で無謀にも森に入って 魔獣を倒して強くなろうとしていた頃だ

当然今みたいに鍛えてないから僕は魔獣に襲われて 食べられかけた時、偶々近くを通りかかった師匠が魔獣を真っ二つにしてこう言ったんだ

『弱いんだから、無茶するな』って…それから師匠の足にしがみついて強くしてほしいと騒ぎまくった、師匠が村に家を構えてからも 家の扉の前に張り付いて強くしてほしい強くしてほしいと頼み込んだ

雨の日も風の日もずっと、…追い返されても無視されても弟子にしてほしいと頭を下げ続けて、…諦めた師匠はやっと僕を弟子にしてくれた

最初はやる気なさげに素振りだけさせたり態と無茶苦茶な修行をさせたりしたが、その全てを乗り越えるうちに師匠も僕のことを認めてくれたのか、最近ではちゃんと修行をつけてくれるし、技もいくつか教えてもらった

今ではグラバー達も簡単に倒せるようになって来た、全部師匠のおかげだ

「師匠ー!師匠ー!おはようございまーす!」

木漏れ日の中 家の前で目覚めの素振りをしている師匠に声をかける、黒い髪 綺麗な剣、引き締まった筋肉を晒した男…あれが僕の師匠…

「ん?、早いなステュクス もう来たのか?」

「はい!、今日も修行!よろしくお願いします!ヴェルト師匠!」

…かつてカストリア四天王と呼ばれ大陸中に名前を轟かせた人物にして、元アジメク友愛騎士団 団長 ヴェルト・エンキアンサス、それが僕の師匠だ

「張り切ってるな、よっし!一丁やるか!」

「はい!ヴェルト師匠!」

………………………………………………………………

「構えがなってない!、疲れたからって手を下すな!首がガラ空きだぞ!」

「は はい師匠!」

「守りを意識しすぎだ!どこを守ってるからバレれば隙を突かれるぞ、ほらここ!」

「くっ!」

木剣と木剣がぶつかり合い 乾いた音が林の中響き渡る、剣を構えるヴェルトとそれを真似して不器用に構えを取るステュクス

やっているのは単純な打ち合い、ヴェルトは口が得意な方ではない 剣術のなんたるかも言語化して説明できるわけではない、なので修行は全て実戦形式で行われ ステュクスの戦いを剣撃で指摘しながら手本を見せる

一対一の師弟だからこそできる指導、まだ子供のステュクスには過酷かもしれないが鉄の決意と鋼の意志で耐え抜ききちんと己の力として蓄えている

「止め!、一旦休憩だ」

「ぷは…!」

朝登った太陽が頭の上に移り 影が短くなる頃合いにようやく休憩が言い渡され、汗でずぶ濡れになった体を地面へと倒れさせる、疲れた…疲れたけど 今日も有意義に修行が出来ている

「強いですね師匠はやっぱり…一撃も入れられません」

「お前は動きが単調過ぎだ、意気込みはいいが正面からばかり攻めすぎだ、前から行ってダメなら側面をつけ やり方を変えろ」

「なるほど……」



「二人とも、今日も励んでますね」

「あ!トリンキュローさん!」

すると、ヴェルト師匠の家の中からトリンキュローさんが出てくる、何故かメイド服を着て前髪で目元を隠した不思議な雰囲気な女性だ、師匠と一緒に暮らしているらしく 師匠曰く『腐れ縁』らしい女性で 特に結婚とかしてるわけではないらしい

トリンキュローさんはとても優しい、いつも僕の事を気にかけて偶に村に一緒に出かけてくれる、なんでも故郷に残して来た妹と僕が似ているらしい、…僕も同じ事を思う お姉ちゃんがいたら こんな風に一緒に出かけられるのかなって

「休憩ですよね、レモネードを作ったのでこれで喉を潤してください」

「わーい!、ありがとうございます!」

木のコップに注がれたレモネードを手渡してくれるトリンキュローさん、よく冷えていて美味しそうだ、早速 と思い口を近づけたところ

「待てステュクス!、…俺が毒味する」

「師匠?」

「毒味って 毒なんか入れませんよ、失敬な」

「うるせぇ、いいからよこせ」

そう言うと師匠は僕の手からレモネードを奪い取りゴクリと口の中に放り込むと…

「ブフゥーッ!苦ェーッ!!?ってかすっぱーっ!?」

吹き出した、盛大に吹き出してなお足らず崩れ落ちペッペッと口の中のものを吐き出している、苦かったのか…いや僕はレモネードの味なんて分からないからなんとも言えないが

「テメェ!トリンキュロー!、これどうやって作った!」

「どうって…こう、レモン握り潰して」

「アホか!、それはレモネードとは言わねぇよ ただのレモン汁じゃねぇか!、お前料理も家事もロクに出来ねぇんだから 下手に気ぃきかせるなよ、こんなもんステュクスに飲ませようとしやがって」

トリンキュローさんはメイドの格好をしてるだけでメイドじゃないらしい、なので料理も家事も全部ヴェルト師匠がやってるとのこと、でも僕は嬉しいですよトリンキュローさん 出来ないことでも僕のためにやってくれたと思えばそれだけで嬉しいんです

「失敬な、料理くらいできますよ 煮たり焼いたり楽勝です」

「煮過ぎだし焼き過ぎなんだよお前の場合…、水くれ水」

「注文が多い人ですね、はい」

そう言って水瓶から水を掬いヴェルト師匠に渡すと師匠はそれを飲むのではなくガラガラとうがいして口の中のものを洗い流す…そんなに苦かったのか

「ははは、二人とも仲良いですね」

「はい、ヴェルトは私が大好きですので」

「よく言うぜ、こんなところまで連れて来ておいて…はぁ」

そういうと師匠は近くの切り株に腰を下ろし、息を落ち着ける それに合わせるように僕もまた地面に広がるように座り込む、はぁ 風が気持ちいい…

「そういえば師匠、今日凄い人に会いましたよ?」

「凄い人?、なんだ 魔女か?魔女なら俺はいないって言っておいてくれ」

「そんなに凄い人じゃないですけど…、僕よりちょっと年上くらいの女の人で凄腕の冒険者って呼ばれてる人です、なんでも一日で森の魔獣全部倒しちゃったとか」

「へぇ、そりゃすげぇや」

「私でも出来ますよ、それくらい」

あんまり驚いてくれないな、まぁ二人とも物凄く強いから驚かないのか、ヴェルト師匠はともかく トリンキュローさんも凄く強いらしい、師匠はトリンキュローさんを凄腕と呼んでいたけどなんの凄腕なのかは分からないし、どうやって戦うのかも教えてくれなかった

けど偶に…手の動きが追えない時がある、速いのもそうだけれど不思議な動きだ 真似してみるけど僕には全然出来ない

「凄くないですか?、若いのに」

「それ言ったらヴェルトもアジメクで最年少記録持ってましたよね?、確か 最年少で士官学園卒業でしたっけ?」

「最年少で入学と卒業だ、まぁその記録も最近抜かれたがな」

師匠はアジメクの騎士になるための学校で歴代最速という記録を持っていたらしい、誰にも抜かれないような記録だと思ったら、最近クレアって人に抜かれたらしい…アジメクには凄い人が多いんだなぁ

「若けりゃ偉いわけじゃない、歳食ってから落ちるパターンもある、俺みたいにな」  

「師匠は凄いですよ、とても強いですし」

「そりゃこの辺ならな、だけど…もうデニーロのおやっさんやグロリアーナとかタリアには勝てる気がしねぇ、いやまぁタリアには一回も勝ててねぇんだが」

アルクカースのデニーロ デルセクトのグロリアーナ コルスコルピのタリアテッレ…そしてアジメクのヴェルト師匠、昔はこの四人をして大陸最強の四人 『カストリア四天王』と呼ばれていたらしい、この人達はそれぞれ魔女大国最強の人間と呼ばれていて その人達と肩を並べられるなら十分強いと思うのだけれど

「というか、そのタリアって人には勝ててないんですね」

「おう、多分 魔術抜きの剣でのやり合いなら最強はカストリアじゃタリアテッレ、ポルデュークならエトワールのマルアニールだな、この二人に剣での戦いで勝てるやつはいねぇ 、俺でもな」

師匠より凄いのか…、そしてその二人でも魔女には手も足も出ないという 世界は広いなぁ、魔女かぁ

「…そんな人達を従えてる魔女に一目会ってみたいですね」

「いいもんじゃねぇ、やめとけ」

「魔女の気を害すれば 終わりですからね、関わらないのが一番です」

師匠達二人も魔女には関わるなという、…そんなに危ない存在なのか、魔女って…やっぱり怖いなぁ

「まぁ、ステュクス お前は別にこの大陸で最強になりたいとか、魔女様に仕えたいとか そんな願望はないんだろ?」

「はい、僕はお姉ちゃんさえ助けられればそれでいいので」

「お姉ちゃん…アジメクにいるって言う悪い貴族に捕まってるというあの、ヴェルト 心当たりとかありませんか?アジメク在住でしたよね」

「悪くない貴族にそもそも覚えがねぇ、貴族ってのはみんな悪いもんだ…悪い貴族ってだけじゃあどうにもな、…その姉の名前とか分からないのか?」

「お姉ちゃんはお母さんに名前をつけられてないので…」

本当は名前をつけてあげたかったけれど、その悪い貴族が許さなかったらしい…だからお姉ちゃんには名前がない、もしここに帰ってきたら みんなで名前を考えればいいんだ

「名無しか…困ったな」

しかし師匠は困ったという、何せお姉ちゃんに繋がる情報が何一つとしてないのだ、最悪僕はお姉ちゃんを前にしても気がつけない可能性さえある…

アジメクに行くことばかり考えていたけれど、お姉ちゃんを探す方法も考えないといけないのか

「まぁ、その辺はなんとかなんだろ」

「楽観的ですねヴェルト、何か妙案が?」

「いや、この手のことはどうにもならないと思うよりどうにかなると思ってたほうが、案外上手く行くもんだ、悲観してちゃなる事もままならん」

「ただ楽観的なだけでしたね、我々も何か力になってあげたいですが、私達はアジメクには近寄れないので」

「昔 何かあったんですか?」

「色々な、お前にゃ関係ない 、さ 修行再開だ」

そう言いながら師匠は膝を叩いて立ち上がり僕に木剣を手渡し再び修行へと取り掛かる、と言ってもやることは一緒だ 剣で撃ち合い僕が叩きのめされる、それの繰り返し

だけど昨日より少しだけ師匠の動きに対応できるようになったし 少しだけ剣も早くなった…気がする、だから僕は師匠を信じて修行するんだ この人についていけば必ずお姉ちゃんにたどり着けると信じて

…………………………………………

そうして師匠と夕方になるまで修行して 軽く街のパトロールをしてから僕は家に帰る、パトロールと言っても困ってる人がいないか見て回るだけだけれどね

偶にグラバー一味が村のみんなに迷惑かけてることがあるから 其奴らを捕まえるのも僕の仕事だ、と言っても今はグラバー達は檻の中だろうから あと三日は平和かな

あいつら小物なくせして悪党気取るんだよなぁ、本当は人も傷つけられない癖してなんで盗賊なんてやってんだろ

「おや?、貴方はステュクス君」

「あ!エリスさん!」

ふと、道でばったりとエリスさんに会う 、相変わらずクールな立ち姿にちょっと憧れてしまう、彼女はこの歳でしっかり冒険者をやってるんだ、僕の理想とする姿 それがエリスさんにあると言ってもいい

「こんな時間まで修行ですか?頑張りますね」

「うん!エリスさんは?」

「エリスも修行終わりです、と言っても寝る前にもう一度修行をするのですが」

寝る前にも!それは流石に真似できないよ…ご飯食べたら眠くなるし、集中できないときは素振りとか修行は絶対するなって師匠に言いつけられてるから

「エリスさんは凄いですね」

「そうでしょうか、自分ではそうは思いませんが」

「凄いよ!、子供なのに大人のセグロさんより強いし 魔獣倒しちゃうし、まだ冒険者になって一年なんでしょう?」

「まぁ、冒険者になる前から旅はしていましたからね」

「旅?どこを旅してたの?」

「色々なところですが…主要なところはやはりデルセクト アルクカース アジメクですかね」

ぼ…僕がこれから行こうとしているところに…全部行ってるのか!、まるで僕の理想を体現したみたいな人だ…!

「そういえばアジメクにはお姉さんがいるんでしたね、エリスも知り合いがアジメクにいるので、何かあったら手伝ってあげるように頼んでおきますね」

「知り合い…ですか?」

「ええ、魔術導皇なので勝手は効くと思います」

魔術導皇…聞いたことない役職だ、偉いのかな 勝手が効くってことは多分そこそこ偉いんだろうな、そんな偉い人とも知り合いなのか…偉い人と知り合いになる方法なんて 僕には見当もつかない

「お、お願いします!」

「はい、お願いされました、それじゃあまた」

そういうとエリスさんは僕に頭を下げて僕を素通りして何処かへ去っていく…

対する僕は動けなかった、あまりの衝撃 あまりの驚愕に

エリスさん、この閉じられた村で生きる僕の前に突如現れた世界を生きる人、不思議な雰囲気と母さんのように優しい笑顔、その人を前に僕の胸は自然と高鳴っていた

…やれるんだ、僕にもきっと 夢を叶えられるんだ、そう心の中で思えば思うほど力が込み上げてくる、エリスさんに与えられた刺激は僕を突き動かす よし、マラソンもう一本行っておこう!

こうして、僕の時は夢へと進み始めた、ただこの時は…僕の夢が とんでもない方向へと向かっていることになんて、気がつかなかったんだ
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,909pt お気に入り:107

【完結】私に触れない貴方は、もう要らない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:291pt お気に入り:7,695

街角のパン屋さん

SF / 完結 24h.ポイント:404pt お気に入り:2

捨てられ令嬢は屋台を使って町おこしをする。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,370pt お気に入り:625

婚約者から愛妾になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:433pt お気に入り:930

私達は結婚したのでもう手遅れです!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,344

憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:1,851

偽りの恋人達

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:38

処理中です...