孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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五章 魔女亡き国マレウス

87.孤独の魔女と始点の街

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魔女無き国マレウス、魔女の庇護下にない国の中では最も大きく最も栄えている国と言われる大国である

その成立は凡そ三百年ほど前、魔女の庇護下にない国々がとある一国を元に統合吸収を繰り返し生まれた国であり、その成立理由からして この国は数多くの文化体系を内包している

都市的で文化的な地域もあれば 前時代的で野蛮な地域もある、魔女がいないことからテシュタル教も隆盛しているし 魔獣も山賊も跋扈している、それ故にそれから市民を守る冒険者も数多くいる

というか冒険者協会本部もここにあるらしい

ともあれ、魔女がいないからこそこの国は自由だ、魔女一人の価値観に縛られず様々な文化が育っている、自由の国 又は変に散らかった国

それが マレウスという国だ


私とエリスはデルセクトを抜け、かれこれ一年近くが経ち ようやくマレウスという国に入国することができた、デルセクトを馬車で抜けるのに一年近い時間を要してしまったおかげでエリスは今11歳 背丈も大きくなり顔つきも凛々しくなってきた

そんなエリスと私は今………





「はぁぁぁぁぁああああ!」

「っと!、いい攻撃だがまだ速度が足りんな!」

旋風圏跳で加速したエリスの蹴りが私に飛ぶ、速い 鋭い 狙いも良い だが直線的過ぎる、あんなもの叩き落とすのは容易いと飛んできたエリスの足を掴もうと手を伸ばした瞬間

「『旋風圏跳』!」

「むっ!」

エリスの体が私の目の前で不規則に跳ね上がり軌道を変える、旋風圏跳をさらにもう一度使い 無理矢理方向転換し私の視界から消えたのだ

超高速移動の真っ最中による魔術発動の難易度 そしてその加速下の中での体への負荷とそれを逃す方法、全てをクリア出来なければ完成しない高等技術だ 素晴らしい

「直線に変則を交え、虚の中に実を 実の中に虚を、巧みに織り交ぜてこそ戦略 理解し用いてこそ戦術、心得てきたな エリス!」

怒涛の攻め と形容するのが一番正しかろう、風を切る矢の如く何度もエリスが私の元目掛け蹴りを放つ、一撃一撃が重たく かつ読み辛く巧みに私の死角に回り攻め立てる、それを全て徒手で叩き落とし防ぐ 『私はこの場から一歩も動かない』というハンデは些かやり過ぎだったか?

「『旋風圏跳』!」

「む…」

動きが変わった、まるで助走を取るように私から離れると そのままトップスピードでこちらに突っ込みながら…更に

「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』」

「それが個人で行う合体魔術か!」

私に向かって突っ込むエリスの周りに風が…風の大槍がまとわりつき、彼女の体が一つの槍と化し更に勢いを増し加速する

エリスが言っていた二つの魔術を同時に使い それを掛け合わせ一つの大魔術に変え放つという大技にして荒技、初めて見たが なるほどこれは面白い

「名付けて『颶神旋風刺突蹴り』…です!」

「ほほう!面白い 面白いぞエリス!、成長したな!…だが!」

踏み込み 迎え撃ち放つ掌底、それはエリスと一体化した巨大な断空の槍撃と正面からぶつかり また正面から打ち砕く、合体魔術は二つの魔術を一つの魔術にする技ではない 二つの魔術を限りなく一つに見えるように掛け合わせているだけで、その縫い目そのものは荒く淡い

ならばその魔術と魔術の境目を引き剥がしてやれば二つの魔術は互いにぶつかり合って相殺し自ずと消える、風を失えばエリスもまた失速し…

「くっ…う、まさか正面から破られるなんて」

ふわりと失速し地面へと落ち着地するエリス、その頬には一筋の汗が伝っており 呼吸は肩を荒々しく跳ね上げさせる、やはり合体魔術の負担は大きいようだ

「いや、よくやったものだ デルセクトでの戦闘経験はやはり大きいようだな」

今我々はマレウスの平原にて全霊の模擬戦をしているところだ、魔女の私と魔女の弟子であるエリス、この両者がぶつかれば周囲にただならぬ影響が出る故 人里離れた平原で修行していたのだが

舌を巻いたのはエリスの成長だ、デルセクトでは私が半年も石になっていたせいで殆ど修行をつけてやる事が出来なかった、本人も修行に打ち込める状況になかった為もしかしたら腕が落ちてるかもしれません…なんて言っていたが全然そんなことはなかった

むしろ強くなっている、数多くの敵と命のやり取りをしたおかげでエリスの戦い方から迷いや甘さが消えている、エリスの中で今までの修行と経験が結びつき 一つの芽が開花し魔術師として大成しかけているのだ

「それにしても…魔術を記憶と感覚を頼りに詠唱を省略し放つ…か」

「はい、…随分前から出来ていたのですが、最近ようやく物に出来てきたんです」

エリスが詠唱を省略出来るようなことを昔言っていたのは覚えているが、こうやって体感するのは初めてだ

はっきり言おう、驚いている この八千年の間に詠唱を省略して完全な魔術を放つことが出来る人間を見たことがない、私といえど詠唱は必須だ 

記憶力 というエリスの才能がこれほどの物とは思わなかったな、いや記憶力だけでなく私の修行により得た魔力制御もあるのだろうが…それにしたっても詠唱省略は想定外だな

「エリス その合体魔術と詠唱省略は恐らく君だけの武器だ、大切に磨いていきなさい」

「はい!師匠!…それで師匠 一つ伺いたいことがいるのですが」

するとエリスは姿勢をぴっしりと正し私の目を見つめる、なんだなんだ 改まって、そんな風に見つめられると緊張するな

「エリスは自分でもある程度師匠の魔術を会得してきたと思います」

「ああ、このマレウスに入ってから更にいくつも古式魔術を教えたな」

「…でも、虚空魔術は教えてくれないんですね」

む、虚空魔術か…そういえばフォーマルハウトとの戦いで見せていたな、居正しい 問い詰めるような視線で私を見つめるエリスに少し目を逸らす

そうか、虚空魔術を教えて欲しいのか…確かにそれを覚えればエリスもまた魔女の暴走を抑えられるようになるしな


虚空魔術…その名前の通り 虚空…つまり無を司る魔術、有は無に 力は無力に 凡ゆる物を無いものとして書き換える極大魔術系統のうちの一つ、この世で私しか使い手のいない いわば私の固有魔術…

だが教えられるか 教えられないかでいうと

「…………、悪いが虚空魔術を教えることは出来ない」

「な なんでですか!、それは…っ、それはエリスが師匠の弟子として不足だからですか!」

「いやそんなことはない、断じて お前はこれ以上ないくらいの弟子だ、お前になら私の全ての魔術を授けても良いと思っている」

「なら!」

不満なのだろう、私が虚空魔術を教えようとしないことが… もしかしたら弟子として不出来だから教えてくれないのでは、そう思いもするだろう…だがそうじゃない、そうじゃないんだ

「虚空魔術は…この世にあっていい魔術ではない、本当なら使うことさえしたくない魔術なのだ」

「……エリスでは、授けるに値しないですか?」

「だからそうじゃない、…虚空魔術は危険過ぎる 本来は無い物を有る物として扱うのだ、その影響は計り知れない もし暴発すればお前自身がこの世から跡形もなく消えてしまうかもしれないんだ」

「エリスなら…上手くやります」

「ダメだ、…この魔術は 元々シリウスが私の為に作った魔術だ、私以外の人間が使えばどうなるか 私でも分からん」

「師匠の為に?」

…そうだ、私の為に作られた魔術 そして私はこの魔術の為に作り変えられた存在だと、それと同じ事をエリスにはさせられない

「なんでシリウスが師匠の為だけに魔術を作ったんですか?、他の七人にはそんな魔術与えてないんですよね」

「そりゃシリウスが…………、いや もうこの話は終わりだ、ともあれ虚空魔術は誰にも伝授するつもりはない それはお前の出来不出来の問題とは別の問題だ、理解してくれ」

「…………」

訝しんでる エリスが私を訝しみ怪しんでいる、そんな目で見ないでくれ、弟子にそういう目で見られると辛いよ、でも虚空魔術はその全容も含め起源も伝えるわけにはいかないんだ

もし伝えれば……ああ、なんで私は弟子に隠し事なんかしてるんだ、どうしてこんなことになってしまったのか

「…分かりました、師匠の一番の魔術を得ることが出来ればエリスも師匠の弟子として胸を張れるかと考えていましたが…そういうことなら仕方ないですね」

「お前は立派に私の弟子だよ、むしろお前以外考えられない、よしよし」

「もう師匠!誤魔化さないでくださいよー!」

その頭を撫でて 日中の修行は終える、ともあれエリスの成長は間違いない そろそろ基礎の段階を超えてもいいかもしれない、有り体に言うなれば…そう第一段階の壁を越える修行に取り掛かる頃合いなのかもしれないな

普通なら第一段階の突破はもっと人間として円熟してからの方が良いとされるが、私はその壁を突破させる法を知っている それを用いて時間をかけて修行すれば 一~二年で突破は可能だ

しかし、この第一段階の突破という物にはリスクも当然つきまとう、…もしこの段階の突破途中で躓くと魂が歪み 根底が崩れ、エリスという人間の人格そのものが変容する可能性がある、…そうならないように私も細心の注意を払うつもりだがな

「さて、そろそろ旅を再開しよう 近くに街があった筈だしな、今日はそこに寄り道していこうじゃないか」

「はい師匠!」

話をひと段落終えて再び馬車へと乗り込み 旅を続ける、マレウスは比較的温厚な気候になだらかな大地、旅をするにはうってつけだ

と言っても我々は今 マレウスを出てコルスコルピに向かう為に旅をしているのではない、…そうだな 状況をしっかり説明しておいた方が良いか


今我々はマレウスという国の中をブラブラ旅をして修行をしているのだ、提案してきたのはエリスだ

『デルセクトでの遅れを取り戻す為にマレウスで旅は一旦中断して 本格的な修行がしたい』

とな、アルクカースでもデルセクトでも我々はなし崩しで一年近く滞在してしまっていたが 我々の旅の目的は修行だ、一旦その場で足踏みして力を溜めたいというのなら断る理由はないしな

「師匠 次の街は確かそこそこ大きな街…でしたよね」

「ああそうだな、ここに来るまで農村しか立ち寄らなかったが、ようやくマレウスの街に着くことが出来そうだな」

「なら遂に、あれを始めるんですね」

「そうだな、緊張してきたな」

とは言え、なんの目的もなしに旅をしているわけではない… エリスの言う『アレ』とは即ち『ソレ』だ…今我々の持つ目的、それは

『冒険者になること』だ

何故今更、と思うかもしれない、確かに冒険者になるだけならアジメクでだってなれた、だが我々には別に冒険者としての立場は必要なかったからな、今日この日までノータッチできたわけだ

だが、このマレウスという国は冒険者協会本部があり冒険者という文化が最も隆盛する国としても知られている

ここは非魔女国家だからな 普通に魔獣も出るし山賊盗賊海賊も出る、治安ははっきり言って悪い、何せ統治する魔女がいないからな 、だからこそ冒険者という人種にとってはこれ以上ないくらいの仕事場になるわけだ

故にマレウスという国では 冒険者を優遇システムが多数存在する、金も稼げる優遇される ならならない理由はないだろう?

それに、魔獣退治はそのまま修行になるし ついでに金も稼げる、今のところ金には困ってないが…

実は、エリスにも話していないとある計画があるんだ、それを実行するには少しばかり金と時間がいる、だからここで金と時間を稼ぐつもりだ

そしてその為には冒険者ギルドに赴き 冒険者として登録する必要がある、ということで登録申請が行える大きめのギルド支部がある街に赴き そこでちょちょいと冒険者になる予定なのだ

「冒険者ですかー…エリス冒険者にはあんまりいい思い出ないんですよねぇ」

「そう言えばそうだな、アジメクでもアルクカースでも敵として立ちはだかったのだったな、しかしそれは冒険者という人間の立場の自由さにある、敵になることもあれば味方になることもある、事実冒険者の中に敵はいれど悪人はいなかったろう?」

「そうですね、ん?…アルクカースの…冒険者?そういえば…」

「どうした?エリス?」

「ああ!いえ!なんでもありません!」

なんてエリスと会話をしている間にも丘の向こうに白亜の街が見えてくる…、マレウスの街のうちの一つ 冒険者ギルドを中心として作られた冒険者達の為の街 『アマデトワール』が…だんだんと近づいてくる

何はともあれ まずは冒険者になろう、そうすればとりあえずこの国での活動指標は立てられる、そう思いながら馬車を進める…

…ただやっぱり緊張するなぁ、魔女が冒険者って…取り敢えず身分は隠しておこうっと

…………………………………………………………

始点の街 アマデトワール

冒険者協会の創設メンバーにして今現在最も強い影響力を持つ協会幹部 ケイト・バルベーロウの号令によって作られた街、冒険者達の活動を支援することを目的に作られている為 居住区画よりも宿の方が多く 日用品よりも旅に役立つ品々の方が多いという際立った街だ

街の中心には巨大な冒険者ギルド アマデトワール支部、全国の支部の中で随一の大きさを誇り マレウスの中央都市に存在する本部に次ぐデカさを持つという

この支部には毎年 毎日 冒険者を志し冒険者登録をしに来る若者 元傭兵 軍人が集い登録試験を受けに来るのだ、別に他の支部でも一応登録試験は受けることができるが

冒険者として必要なものは粗方揃っており冒険者支援の充実したこの街は冒険者活動を始めるにはうってつけであり『冒険者を始めるならまずはアマデトワールから始めろ』なんて風説も漂っている事から 態々遠方からここまで出向いて冒険者登録をする者が多数いるのだ

それ故にこの街は始点の街と呼ばれている、ちなみに終点の街はない、冒険者の旅に終わりはないからだ


そして、そんな冒険者登録試験に 今回エリスと師匠も参加する、冒険者になれば依頼を受け魔獣を狩って金に出来るし、なんとマレウス国内に限った話ではあるが宿には『冒険者割』なる制度があり 冒険者なら割安で泊まれるらしい

ならこれを利用しない手はない、マレウスを旅するなら冒険者になっておいた方が得だ、なって損があるならやめればいいしね、取り敢えずなっておくことに越したことはない

「賑やかな街ですね」

「些か騒々しいくらいだな」

今エリス達はアマデトワールの街の大通りを二人で手を繋ぎながら歩いている、手を繋いでいる理由は単純 道が混んでいるのだ…

右を見れば露店が 左を見れば露店が、道の左右に露店がズラーッと敷かれておりそれぞれポーションとか剣を研ぐ研ぎ石とか、松明やら油やらなんか旅に必要そうな物がいろいろ売っており それを買い求めに来た冒険者達でごった返しているんだ

道を行くのは多分みんな冒険者だ、みんな皮の鎧や鉄の鎧を着て 棍棒や剣を腰に下げ、傷跡だらけの怖い顔をしかめて歩いてる、まるでアルクカースを思い出す風景でなんだか微笑ましい

ただ、冒険者に混じってやや緊張した面持ちの少年や少女が入り混じっているのが見える、あれは恐らくエリス達と同じく冒険者になる為の試験を受けに行く人達なんだろうな

冒険者登録試験、名前の通りだ 登録する為の試験だ これに落ちたら向こう一年は冒険者になれないらしい、なのでみんな緊張の面持ちだ

なんでも昔は試験なしで登録が出来たらしいのだが 、そのせいであんまりにも戦闘が出来ない冒険に不向きな人間ばかりが働き口を求めて取り敢えず冒険者になる事態が多発したらしい

そして二十年ほど前、とある事件が起こる 発端は一つの依頼からだ、内容は街の近くに魔獣の群れが出たので、街の防衛を請け負ってほしい という依頼だ、街の防衛は重要度も難易度も高い為それに伴って依頼報酬も高額だ

いつもなら凄腕の冒険者が数十人規模で集まり迫り来る魔獣を追い返す という流れなのだが、なんとこの依頼に飛びついたのは数百人 …ただしこの集まった数百人がなんと戦闘も何も出来ないズブのど素人達ばかりだったのだ

依頼人も冒険者ならまぁ上手くやるだろうと楽観していた というか、そいつが強いかどうかなんて戦ってみないと分からない、そいつらが大して戦えないと知らずに防衛を任せてしまったのだからさぁ大変

翌日さっそく魔獣が大挙して訪れたのだが、戦えもしない人間がいくら集まっても戦いになんてなるわけない

結果は凄惨たるものだ、依頼を受けた冒険者は全員食い殺され 街の人間もほぼ全滅、街はわずかな生き残りを残し丸々一個滅びるというとんでもない結末になってしまった

これを重く見た冒険者協会はそれ以降 ある程度の技能を持った者を選別する為試験を行うことにしたらしい、誰でも受けられた冒険者登録は年齢が制限され実力を伴う者だけがなれ、年に二回ある更新を行わなければ登録抹消という制度が追加された

お陰で冒険者の数は激減したがそれと共に質そのものは向上したらしい、実力がない奴がいなくなったお陰で仕事もちゃんと実力ある奴に回るようになったし 依頼する側も安心して利用できるからね

試験に落ちたら一年受けられない というのも、一年間修行して出直してこい という意味合いもあるのかもしれない

ともあれ冒険者はある程度実力がないとなれないしやっていけない、それを今からエリス達は受けようというのだ 登録試験を

「エリス、ないとは思うが落ちるなよ」

「はい、師匠の名にかけて決して」

はっきり言って落ちる気がしない、これはエリスの力を過信してるからとかではない、エリスがアジメクで出会ったアルベルという新米冒険者がいた 盗賊相手にへっぴり腰でエリスに助けられた彼だ

彼がなれるなら多分エリスもなれる、あの時から既にエリスはアルベルよりも遥かに強かった、おまけに今はアルクカースを経験しデルセクトを経験したエリスは当時の比ではない

それに落ちることを考えて試験に臨むより受かる事を考えて臨んだ方が十全に力を発揮できるものだ




「さて、…着いたな」

師匠の言葉通りエリス達は街の中央 冒険者ギルド アマデトワール支部へと到着する、立派な建物だ 城…と言ってもいいかもしれない

ぐぐーんと天に伸びる巨大な白亜の石の城、無骨でありながらも麗美、何より活気が街とは段違いだ その大きな入り口からすでに多数の人間達が行き来しており威勢良い顔つきで出かける者 緊張の面持ちで足を踏み入れる者 様々だ

支部はただでかいだけではない、規模が大きい為マレウス中の依頼が一挙に舞い込むらしい、多くの仕事があるなら多くの人間が集まるのは必定、故にこそのこの活気だ

「試験頑張ろうね!」

「はい…でも緊張してきました」

「何よ!今日まで冒険者になる為に頑張ってきたんでしょ!」

「別に冒険者になる為では…、私は魔術師として大成出来ればそれでいいわけですし」

横から声が聞こえてくる、エリスと同じくらいの歳の子供だろう女の子二人組が見える、夢に生きる為の一歩として冒険家を選択する者は多い 剣の修行をするなら魔獣退治はうってつけだ、魔術の修行をするなら魔獣退治はうってつけだ、ともかく修行にはうってつけ…

王国軍に入隊する前は冒険者でしたとか歴史に名を残す魔術師も昔は冒険者でしたとかもザラだ

「ふふふっ、遂に来た アマデトワール…僕の伝説が始まる」

そのまた隣からナルシストっぽい男の声が聞こえる、貴族のような豪奢な服を着込んだ金持ちそうな青年だ、確かにここで大成出来るなら伝説に名を刻めるだろう、だが冒険者は命懸けだ 途中で命を落とす可能性も大いにある

「遂に夢の冒険になる時がきた!、けれどここで落ちたら元も子もない!みんなでしっかり受かって冒険者になるぞー!」

「おーー!」

更に騒がしい団体が見える、これまたエリスと同じくらいの年齢の男子達が5、6人…剣士だったり重装だったり軽装だったり魔術師だったり、皆個性豊かな格好をして威勢良く掛け声を挙げている

他にも豪華なローブを着た若者 筋骨隆々の戦士 ニヒルに笑う女 青い顔で大丈夫大丈夫と呟く眼鏡の男、多分みんなエリス達と同じく試験を受ける者なのだろう、どんな試験かは分からないが彼らを蹴落とすようなことはしたくないな

エリス達は別に冒険者として生きていくわけじゃないんだし

「この感じ…懐かしいな」

そう小さく師匠は笑うと…エリスの手をそっと引いて

「さ、行くか エリス」

「はい師匠!」

ギルドの入り口を潜り、そのまま受付へと歩く…さぁ、これから冒険者登録試験だ!





と、意気込んだはいいものの 受付所は長蛇の列、なんと仕事の受注所と登録所は同一らしく 仕事を受ける者と登録する者が一緒に並んでいる為こんな長蛇の列になっているらしい

そこは別にしろよ…と言いたくなる気持ちをそっと抑えて師匠とは一旦別れる、受付は個々人で行うらしいので師匠とは別の列に並ぶ、しかし異様だ 冒険者とこれから試験を受ける者と一緒に伝説の孤独の魔女が並んでるんだから…

あそこにいる人間誰もあれが魔女レグルスと気がついていないようだ、まさか後ろに並んでる人が孤独の魔女とは思わないだろうし、まさか前に並んでる人がこれから登録試験を受ける魔女だとも想像できないだろう

アルクトゥルス様あたりが見たら笑いそうな光景だ、なんて些か出鼻をくじかれつつもエリスは待つ 着々と処理されていく列を見てなんとく察する

仕事を受けた者はそのまま外へ、そうでない者は奥へ通されている 割合としては4:6くらいだ…受ける人間の割合の方が若干多いな…なんて思ってるうちにエリスの番だ

「こんにちは、仕事…って感じじゃなさそうね」

「はい、冒険者登録に来ました」

「ふふふ、勇ましいわね」

受付のお姉さんはエリスを見ると微笑ましく笑うと、下から登録用紙を取り出して…

「じゃあ、いくつかの項目に書き込んでね」

そう言って渡された用紙にはお姉さんの言う通り項目がいくつかあった、と言っても書くところは少なそうだな

名前と年齢と…職業という欄がある、職業?冒険者は職業だろうに それとも前職か何かかな、そう思って見てみると

戦士 魔術師 射手 と言ったいくつかの項目があることが分かる、項目は沢山ありメジャーなものから踊り子 僧侶 挙げ句の果てには盗賊なんてものもある、いやこの盗賊ってわざわざ自分から盗賊って書くやついるのか?

「あのこの職業って」

「ああ、よく勘違いする人いるのよね、それは手に持つ職のことではなくその人の持つ技能のことよ、ほら 剣が得意か魔術が得意か…とかね?」

「盗賊というのは」

「もちろん泥棒のことではないわ、そういう技能を持つ人のことね」

なるほど、魔獣退治に求められるのは剣の腕でも魔術の腕でもない、確実な依頼成功能力だ、確かに腕っ節も必要になるが それ以外の側面も多く求められる

例えば森の中の魔獣を倒すなら森の歩き方の知識がいる、何の知識もなしに森に入れば魔獣を見つける前に森に殺される、ただの剣士や魔術師ではどうにも出来ない

だが盗賊や山賊はどうだ、あれはあれで相応の技能が求められる役職だ、自然の中で生きていけなければ山賊や盗賊なんかやっていけないし、罠の設置や解除 そして発見なんかも彼らの専売特許だ

そういう意味では彼ら盗賊の力は冒険者活動に大いに役立つのだろう、まぁ 普通に盗賊やってる奴が冒険者なんてやらないだろうけどね、冒険者が出来るんなら盗賊やってないだろうし

「書けました」

名前と年齢と職業…と言っても魔術師しかないので魔術師と記入、出身地とかも聞かれたので一応アジメクとしておいた、それをお姉さんに差し出せばそれをスラスラと読み 軽く頷くと

「魔術師ですね、では奥の立て看板に従って試験会場に向かい 登録試験を受けてください、貴方の奮闘を祈ってます…頑張ってね!」

「はい!、ありがとうございます!」

そういうと続けるようにいくつか説明を受けた、まず杖や道具の持ち込みは禁止 試験内容は現地で伝える 試験に失格したらその日から数えて一年は登録試験を受けられない という簡単なものだった

その説明の後 ギルドの奥に続く道へと通される、道はいくつも枝分かれしておりそれぞれ『戦士試験会場』『魔術師試験会場』『盗賊試験会場』と言った具合にそれぞれの職業の会場がか用意されている

どうやら登録時に記入した職業に応じて試験内容が変わるようだ、まぁ当然か 魔術師と戦士が揃って身体能力テストなんかやっても公平じゃないしな、一応立て看板に従って歩きつつ腕についた籠手…宝天輪ディスコルディアを外す、これは防具でもあり杖でもあるからね

袖に隠せばバレないだろうけど、わざわざズルをしなきゃいけない程の物でもないだろう

立て看板に従い歩いていると エリスと同じように魔術師の職を選んだ者がチラホラエリスの前や後ろを歩いている、どうやら魔術師は人気な職業なようだ

というか、魔術師の働き口なんて王宮に仕えるか冒険者になるかの二択しかないから当然といえば当然なのか?

「ねぇねぇ、君も魔術師の試験を受けるの?」

 「え?」

ふと肩を叩かれま振り向くとエリスより少し年上くらいの男の子に声をかけられた、そういえばエリスの後ろに並んでいた男の子だったか、いや…確かに入り口で騒いでた5、6人の男子達の中にこんな顔の子もいたな あれの一員か

「僕はイーゼル、君は?」

「エリスはエリスです」

「そっか、僕以外に歳の近い子で魔術師試験受ける子がいなさそうだったから心細かったんだ、一緒に頑張ろうね」

なんか妙に馴れ馴れしいな、いやあれか これは多分勧誘だ、チームの人数に規定はない 多ければ多いほど良い、おそらくあの5、6人のメンバーはそれぞれの試験会場で歳の近そうな チームに入ってくれそうな人に片っ端から声をかけて仲間に引き込もうとしているんだ

存外賢いやり方だ、若く未熟なうちから大勢囲い込んで仲間にしておけば安全に仕事が出来る、そうやって仕事をこなして仲間を増やしていけば いつか一大勢力になることが出来る…まぁエリスは誰かとチームを組むつもりはないんだが

「はい、一緒に頑張りましょうね イーゼルさん」

「フンッ、こんな子供が…受かるわけないじゃないか 冒険者は遊びじゃないんだよ」

すると今度は意地の悪い声が聞こえる、…前を歩いていた男がこちらに声をかけてきたのだ、メガネをかけたその顔には見覚えがある、入り口で青い顔しながら大丈夫大丈夫と呟いていた男だ

入り口じゃあんなに自信なさげだったのに いざ相手が子供と見ると尊大な態度をとる、いい性格とは言えないな

「な なんだよ!僕達は遊びで来てないんだ!」

「冒険者には誰だってなれるはずでしょう?、受かるか受からない そこに年齢は関係ないはずです」

「魔術師は積み上げた修練の数と時間がモノを言う職だ、子供の君たちより大人な私の方が優れているのは当たり前のことだ」

馬鹿馬鹿しい とメガネの男はエリス達に吐き捨てると足早に試験会場に向かっていく、…多分彼も余裕が無いんだろうな、だから周りに当たり散らして鬱憤を晴らしているんだ、まぁそのはけ口にされたエリス達はたまったもんじゃ無いが

イーゼルもなんだあいつはとやや怒り気味、まぁいいじゃ無いですか 彼がどう言おうとやることは変わりないし、多分結果も変わらない 

「エリス達も行きましょうか」

「う うん、今の腹が立たないの??」

「全然」

世の中もっと許しがたい存在や度し難い奴は大勢いる、それに比べたらあんなの可愛いもんだ、嫌なことに変わりはないが 目くじら立てて怒るほどのことじゃない

「君、大人なんだね…」

「年齢は同じくらいだと思いますよ?」

「そう言う意味じゃなくて…、いや いいや、行こうか」

目の前の眼鏡の男に続くように会場に向かえば…ふと、広い空間に出る 多分ここが会場なんだろうな、そう思えるほどには広く開けた大部屋だ

「うわぁ、思ったより大勢いるんだね…この中から受かるのか」

会場には既に大勢…ザッと見たところ五十人ほどの魔術師が揃っていた、皆揃いも揃ってローブを着込んでいる、…なんでローブなんだろう、決まりでもあるのかな…コート姿のエリスが若干浮く…え?服装自由じゃないの?

ふと見てみるとさっきの眼鏡の男も見える、入り口にいたメンバーもそこそこいるな、他がどれだけ集まってるか分からないけれど 、多分他と比べて結構多いような気もする、飽くまで予想だけれど

「…ふむ、そこそこ集ったな」

集団から離れたところでこちらを見てるスキンヘッドのいかつい顔をした男がいる、あの佇まい 試験を受ける側ではなく多分試験を課す側、つまり試験官だろう男はエリス達魔術師達と手元の時計を見比べて考えている

すると

「…規定の時間になったな、よし ではこれから冒険者登録試験を始める!、全員 列に並び給え」

試験官と思わしき男の号令にその場に集まった魔術師達は慌ただしく並び始める、どうやら指定の時間が来たので試験を始めるようだ、彼の号令と共に会場の扉が閉められたのを見るに時間が来るごとに試験を行っていく方式なのだろう

なんて考えているうちに並び損ねた、さっきまで隣にいたイーゼルさんはそそくさと列に並び前列に位置取っている、まぁ…並び順に合格の是非が変わるわけでもない…と思いたい、何をするか知らないけれど


「冒険者を志す諸君、よく集まってくれた 私はギルド公認の二ツ字冒険者 『荘厳』のマルコというものだ、君達と同じく魔術を使い様々な魔獣を倒してきた実績を持つ、今日は私が試験官として君達を試させてもらう」

「二ツ字が…!」

「そんな大物が試験官をやるなんて…流石はアマデトワールだな」

「彼から折り紙つきを貰えれば箔がつくな」

二ツ字冒険者、その呼び名を聞いた瞬間周囲がどよめく、そりゃそうだ 雑多な冒険者ではなく地位と相応の実績持つ冒険者が試験官を務めるのだ、彼から合格をもらえるだけで ただ合格する以上の意味合いがあると言える

冒険者の中でも実力者にのみ渡される字 それを二つ所有しているのだ、かなりの実力を持つことは証明されている、というかエリスも二ツ字冒険者は相手にしたことがあるからその強さは分かるつもりだ

「老いた者 年若い者、経験がある者ない者、試験を何度も受けている者 初体験の者、数多くの人間が集い 今ここに試験を受けるわけだが、最初に言っておく 私はそう言った事情で君達を差別や区別をするつもりはない、冒険者に必要なのは強さ 圧倒的強さ、それだけだ」

マルコはその場でぐるぐると歩き回りながらスピーチを行う、その者が持つ事情や立場で区別しない 強いなら誰でもいい 弱いなら誰であっても不合格にする、公平であり平等 素晴らしい

だがエリスは同時に思ってしまう、これ毎回言ってるのかな…お決まりのスピーチだったりするのかな なんて

「中には元奴隷の者もいれば貴族の子息もいるだろう、だがな 冒険者として依頼を受けた瞬間 そんな物は何も関係なくなる、魔獣の前では人間であること以外何もない、故に私は平等に審査する 君達がふさわしいかふさわしくないかを、…弱い者は冒険者にならない方が身のためだ」

長い…いやでも言ってることは正しい、弱いのに冒険者になった者達の末路は前述した例の事件が物語っている、皆食い殺される…食い殺されるくらいならならない方がいい、多分マルコさんの仲間か友達かが実際に食い殺されたことがあるのだろう

そんな実体験を思わせる重みが彼の言葉からは感じられ、皆一同に襟を正し姿勢を伸ばす

「君達魔術師に求められるのは覚えてる魔術の数でも知識でもない、威力だ 火力だ、たとえ魔術が一つしか使えなくても 無知蒙昧であっても、絶対的な火力があれば生きていける…そこで」

というとマルコが指を鳴らすと 奥から巨大な水晶玉が運び込まれてくる、人間三人分くらいの大きさの、そう それこそ巨大な水晶玉が…暗く濁っていてお世辞にも綺麗とは言えないが…

「これは魔術師でもあり偉大なる冒険者でもあるケイト・バルベーロウ様が開発した魔術の威力を数値化し見る事の出来る物だ、これに今から魔術を打ち込み 指定の数字以上の物を出せたら合格、それ以下なら何が何でも不合格だ」

コンコンと水晶玉をノックしながらマルコは言う、魔術を数値化し測定なんて そんなことが出来るんだ、いや便利だな これがあれば魔術師の強弱なんてのは1発で分かる

しかしこんなものを開発してしまうなんて、いよいよ何者なんだ ケイト・バルベーロウって、確か以前聞いた時はラクレスさんが懇意にしている冒険者協会最高幹部で 戦力として冒険者を派遣してもらった云々で名前が出てきたのは知ってるけど…

「一般的な魔術師が撃つ魔術は凡そ80くらいだ、君達にはそれ以上の100を出してもらいたい、当然 冒険者なら100以上出せて然るべきだ、私なら650は出せるしな」

普通の魔術師の凡そ8倍だ、一般的な魔術師というのがどの程度の物を指すのか分からないが マルコという魔術師は十分抜きん出た存在 ということになるだろう

魔術の数値化なんてやった事ないから、エリスがどの程度の物なのか分からないけれど…やれるかな、念のために一番強いのを使いたいけれど…何にしようかな

「では 手前にいる者達から順に水晶玉に打ち込んで行け、悔いが残らないよう 一番強い物を出し惜しみなく撃つことをお勧めする、泣いても笑っても 文字通り1発勝負だからな、では 始め!」

というと我こそはと 一人前へ踏み出す、小綺麗なローブを羽織った青年の魔術師だ 、一番最初…つまり彼の出す数値がある意味指標になるが 果たして

「では私から行きます…はぁぁぁ!!」

そういうと青年魔術師は体から魔力を隆起させ溢れさせる、最高の一撃を放つ為に魔力を高めているんだ…しかし

(魔力の制御と維持が甘い…、魔力を高めて体外に放出出来てはいるがその殆どが空に散っている、あれじゃあ消費分と効果量が釣り合わない…)

魔力を高めてはいるが 高めているだけ、無駄に力んだせいで魔力を上手く自分の手元に留めておけていない、ザルに水を通すように魔力は彼の手元から離れている、あれじゃあ 魔術の威力上昇は微々たる物だろう

「…ッ!!『フレイムインパクト』!!」

そして魔力が十分に高まったのを確認したのか青年は全身全霊で魔力を収束させ、詠唱と共に火炎を撃ち放つ、オーソドックスな火属性魔術 吹き出すように炎が直進し敵を燃やし尽くす魔術だ…それは一直線に水晶に進み

直撃すると共に魔術は水晶に吸い込まれた、飲み込まれたとでもいうべきか?、薄暗い闇の中に吸い込まれた魔術はその中に消え…そして代わりに光が外へと放出される

その光はやがて形を取って空に浮かび上がり…

『110』

そう 文字をかたどるのだ、…110 つまり…

「ほう、いきなり合格ラインが出たな 勇んで前へ出ただけはある、合格だ 奥へ進んでそこで待機していなさい、君はもう冒険者だ」

「よっし!…はぁ はぁ…」

合格だ、魔力操作は甘かったがそれでも合格分の数値を出せた彼は汗だくになりながらもマルコの言葉を受けガッツポーズをし フラフラと奥へと進み そこで待機する

合格なんだ、てっきり不合格かと思ったけど…いやいや そんな嫌な事を考えるもんじゃないな、エリスもまだまだ未熟な修行の身 人の事をどうこう言えるほど偉くない

「次は私が」

そういうと前へ出るのはさっきの眼鏡の男だ、前の人間が合格し それに続くと言わんばかりに前へ出て 前例と同じように魔力を高めているん

「ん?、お前はレイランドか 今年で5回目の挑戦だな、次こそは上手くやれよ」

「言われずとも…!」

どうやら眼鏡の男はレイランドというらしい、レイランドはマルコの言葉に煩わしそうに返事して手を前へかざす

というか5回目ってことは今年で五年目ということになるな、だからあんな青い顔して緊張してたのか、あんまり冒険者としてデビューが遅れるのはよろしくない、彼もまた焦っているのだろう

「…はぁぁぁ!行くぞ!風の大魔術!『ゲイルオンスロート』!」

レイランドの言葉に呼応して風が吹き荒れる、それはやがて大きな竜巻となり水晶へ一直線に飛んでいく、ゲイルオンスロート エリスも聞いた事のある魔術だ

かつてレオナヒルドが使っていた というか得意とした凶悪な魔術 、あれにはエリスも辛酸を舐めさせられたが、レイランドのそれはレオナヒルドのそれよりふた回りほど小さい、レオナヒルドは魔力操作は下手くそだったが威力だけはとんでもなかったからな

なんて考えている間に水晶は魔術を吸い込み 再び数字を表示する、そこには

『75』

…と、一般的なそれより低い数字だ、ゲイルオンスロートは高威力の魔術のはず、それでこの数字は……雑魚じゃん

「そんなバカな!ゲイルオンスロートですよ!広範囲に渡って全てを破壊する大魔術!それが…なんで、前年より威力が低くなってるんだ!」

「レイランド…お前さてはこの魔術を取得することばかり考えて基礎の修行を疎かにしたな?、いかに強い魔術を覚えても 磨く事をしなければ威力は下がって当然、新しい物に手を出さず今あるものを磨かなかったからこの結果になったのだ」

なるほど、彼はいつまで経っても合格できないのを使用している魔術のせいと思い込み、新しい魔術の取得に時間を割いてしまった、取得したばかりの魔術で使い慣れてない上に威力向上の為の修行をしなかったせいで、むしろ逆に衰えてしまったのか

ううむ、これはエリスにとっても教訓になる話だ、新しい魔術を師匠に強請るよりも今ある魔術の研鑽に努めた方がいい場合もあるか、身に刻んでおこう

「こんなバカな…も もう一度!もう一度だけチャンスを!」

「ダメだ、お前は不合格だ 大人しく入口側で控えていろ」

「そんな…そんなぁ…」

レイランドは情けない声を上げながらポツポツと来た道を戻る、哀れとは思うまい ただエリスも同じ道を辿りないよう、彼の後ろ姿を目に焼き付けるだけだ

どうやら合格者は部屋の奥で 不合格者は入口側で待機させられるようだ

「さぁ!次だ!、100以上を出せば問題ないんだ 今更恐れる必要はない!」

その言葉を受け 前列にいる連中が動き出す、皆代わる代わる魔術を放ち合否を分けていく、エリス後ろの方だから 試験を受けるのは後半になりそうだ

『95』『118』『85』『72』『93』『112』『45』

『85』『109』『108』『80』『90』『92』『110』

魔術を放ち 数字が出て 結果が分かる、その繰り返しだ 大体三人に一人くらいの割合で合格者が出る、あと一歩及ばない者もいれば周囲と自分とのレベル差に愕然とする者もいる

中にはレイランド同様もう一度とゴネる者もいるが全てマルコに追い返される、酷い時はインチキだと暴れる者もいたが あっという間にマルコに制圧されて摘み出された、これから冒険者になる人間と既に冒険者として結果を出している者の間には歴然たる差があるのだ

あれだけいた冒険者も部屋の奥と入口側で二つに仕分けられ、まだ試験を受けていない人間の方が少なくなり始めた

そして順番はイーゼルの番まで巡ってくると

「いっけぇぇぇぇぇ!『アイススパイク』!!」

やや緊張した面持ちで氷の槍を放つ魔術を打ち込むと…

『102』

現れた数字はギリギリ100以上、ギリギリであれ大差であれ合格は合格 彼よりずっと年上の人間の多くが不合格になる中、合格を掴み取ったその実力と才気は確かなものなのだろう

「うん、合格だ 君のように未来ある若者が合格してくれて私も嬉しい 、奥で試験を見ながら待機していなさい」

「やったー!、はい!ありがとうございます!」

ややフラフラになりながらもイーゼルは部屋の奥へと進み こちらを見ながら待機する、さてと そろそろエリスの番かな、と勇んで前へ出た瞬間 

「どきたまえ」

別の人間に押し退けられる
見ればエリスを押しのけたのは他の人間と違い豪華なスーツと装飾をつけた金髪の男だ、こいつあれだ 入り口にいた伝説がどうのこうの言ってた奴だ!

デルセクトを経験したエリスには分かる、こいつ貴族だ しかも鼻持ちならぬタイプの

「全く、みんなレベルが低いな…そろそろ真打が登場して 本物の実力者と現実というものを僕が見せてあげないとか行けないかな」

「ほう、確か君はクルスデルスール家の…」

「そう!、僕こそはこのマレウスの魔術御三家の一角 クルスデルスール家の跡取り、マティアス・クルスデルスールさ 恐れ入ったか!はっはっはっ」

どの辺に恐れ入る要素があるんだ…と思ったらそのクルスデルスールという姓を聞いただけで少なからず周囲が慄き始める、どうやらただの貴族ではなく魔術的に実力のある名家の人間らしい

「クルスデルスールと言えば マレウスで名を馳せる魔術貴族じゃないか…」

「ああ、一時は魔術導皇と肩を並べた程の一族だ…そんな奴が何故冒険者なんかに…」

エリスの耳は不合格者達のひそひそ話を耳聡く聞き寄せる、魔術導皇…デティの家と肩を並べたって、つまり魔術界最高峰じゃないか そりゃ恐れ入るわ

だが一時期…だ、今は違うのだろうし 何より彼がデティと同格かどうかは別の話だ、だがそのレベルの家なら 魔術の勉強は他とは比にならないだろう、質も量も そしてそれはこう言う場では如実に差として出る

「確か去年、ディオスクロア大学園を主席で卒業したとか…」

ん、またディオスクロア大学園の名前が出たか、確かコルスコルピに存在するという巨大な学園で、世界中から有力なものが集まり勉学に勤しんでいるらしい、…そして にわかには信じがたいが師匠の母校でもあるらしい…

「後学の為に冒険者として少し活動してみたくてね…、それじゃあ軽く合格するとしよう」

すると彼の体から魔力が溢れる、魔力隆起だ さいしょさの青年魔術師と同じ…だがその質はまるで違う、無駄がない 綺麗に魔力を自分の元に手繰り寄せてうまく操っている

この人口だけじゃない、本当に他とはレベルが違う…!

「じゃあ行くよ?、…『プロミネンスノヴァ』!」

刹那 白色の輝きが辺りを包む、圧倒的熱量を持った魔術がマティアスの手より放たれたのだ、威力 規模 精度 そのどれもが他とは桁外れ、その大魔術に皆が感嘆の声を上げるよりも速く 魔術は水晶に吸い込まれて 光が浮かび上がる

『220』

…本日最高得点だ、合格ラインの2倍近くの数値を叩き出しまさしく一線を画する実力を他の魔術師たちに見せつける

「ふぅ、少し手を抜きすぎたか」

「こ これは、既に一線級の実力を持っているか、流石はクルスデルスール…恐れ入った」

マルコのその言葉の後、響き渡る拍手喝采 合格者も不合格者も、ただただ認めざるを得ない程絶対的な力 、事実他の人間がフラフラになっているにもかかわらずマティアスは悠然と立ち、当然と言わんばかりに髪をサラリと撫でている

「当然ながら合格だ、いきなりこの数値だ 君は引く手数多だろう、私としても冒険者として君が名を馳せることを期待している」

「ああ、目下のところの心配は 僕に見合うチームが見つかるかどうかってところだろうけどね」

そういうとマティアスは憮然と奥へと進んでいく、彼のいう通り 今回の試験の真打はまさしくマティアスだったのだろうな

…っと、彼がいなくなったから次はエリスの番か

「次はあの子か」

「マティアスの後とは可哀想に」

「合格できるかも怪しいな」

周囲がざわめく、まぁエリスはまだ子供だし 何よりあのマティアスの後だ、どんな魔術も引き立て役のごとく霞んで見えるだろう、マルコ自身 あまり期待してなさそうな…気の抜けた顔をしている

「さぁ、次は君の番だ 前の記録は気にせず存分にやりなさい」

事実エリスの後ろに並ぶ人間はもう戦意喪失気味だ、あれを見せられては自信など保てるはずもない 、だけど別にエリス達はマティアスと競うのではない 飽くまで合格ラインを目指すだけ、気落ちする意味なんかないだろうに

周りの視線 呟き 囁き、全てをシャットアウトして集中する、やるべきことをやる それだけだ

「…行きます」

そう言いながらいつものように腰を落とし極限集中に入る、…さて 何を撃つべきか 、一番威力の高い魔術というと煌王火雷掌か、いや マレウスに入ってから教えてもらった魔術の中にはそれを上回る物もたくさんあった

そっちの新しい魔術を使うか、…いやいや さっき学んだばかりじゃないか 付け焼き刃で挑むより使い慣れた魔術の方が安定する、だからここは…最も慣れ親しんだ…

「さぁ、行きなさい」

「はい…すぅ焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎…」

魔力を起こし 引き立たせる、隆起させるのではなく渦巻き 体の中に浸透させるイメージで、ゆっくりと魔力を体に行き渡らせる

「ん?何をぶつぶつ言って…」

「万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 」

周りがどよめく、というより困惑する 何をするつもりなのかと 、だがそんなもの気にせず静かに詠唱を続ける、魔力はやがて熱を持ち 熱はやがて形を持ち 形はやがて雷を象り 雷はやがてエリスの手に収束する

いける…特大の!

「『火雷招』ッッ!!」

極限の集中と実戦では実現し得ない強力かつ長大な溜めから放たれる一撃は、普段の物よりも数倍の大きさ 数倍の威力を伴った炎雷となりエリスの手から放たれる、あまりの熱量に床は溶け 崩れる程の一撃

轟音が鳴り響かせ進むそれは正に自然の一撃 否 自然さえ超越した魔術、エリスが今出せる中で威力と練度が最も高い魔術、これならいける…否! 行かせる!

「ぬぉぁっ!?こ…これは この光は!?、それにこの熱 本当に1発の魔術で…!?」

マルコの叫びは既にエリスの魔術が水晶に吸い込まれた後だった…、あの水晶叩き割るくらいの勢いで行ったんだが 無理だったか、なんなんだほんとあれ…

なんて思ってるうちにエリスの数値が出る、その点数は…


『8450』

八千だ、合格数値の凡そ八十倍!通常の魔術師が80くらいだからエリスはその百倍だ、マティアスの数値どころかマルコさえも遥かに上回る数値、よし!合格 どうだ見たか孤独の魔女の弟子エリスの実力!、今回最高どころか歴代最高を狙ったんだ!どうだ!恐れ入ったか!はっはっはっ……

そう思い周りを見れば全員ポカンと口を引いている

「…お おい、俺目が悪くなったのかな、あそこに書いてある文字がよく見えねぇ」

「数字が4つ並んでるように見えるんだけど、えっとこれ どういう事?」

「信じられない、信じられない…!なんだあの威力…!」

「今あの子供が撃ったのか?…いや何かの冗談だよな、あんな子供が俺の何十倍もの数値出すわけが」

周囲が口々に呟く、信じられないと そんなバカなと、その反応を見てエリスは些かいい気分になる、スカッとしたというか 侮っていた人間の目の色が変わるのって気持ちいいんだな

そんな中マルコもようやく口を開き…

「八千…?、何かの間違い…いやだがあの威力…間違いない、本当に叩き出したのか こんな少女が …歴代5位の大記録を!」

ああ、5位なんだ…いや自分が最強と思っていたわけじゃないけどさ、でも本気でやったんだし一番くらい取れるかなとは思ったんだけれど…いや、古式魔術を使ったエリスを抜いた人間が上に四人もいるのか

「す 凄いぞ!これは記録的な瞬間に立ち会ってしまったかもしれない!、八千…とんでもない逸材が現れたな!、君!名前は!」

「え エリスです」

「エリス!直ぐにでも本部に掛け合って字を用意させよう!、凄いぞ…ああ凄いしか出てこない、これは将来四ツ字も間違いない …いやもしかしたらケイト様に並ぶほどの大冒険者になるかもしれない!」

ふと周りを見ればザワザワとざわめいている

「合格どころか一気に字付きだと…!」

「何者だよアイツ…」

「エリス…聞いたことあるか?」

「いや…俺は…」

「そういえばそんな名前最近聞いたような…」

周りがエリスを見て騒いでいる、むふふ 悪い気はしないなぁ これで師匠の弟子の面目躍如といったところか、いやいやいい気になるな…下ではなく上を見ろエリス

そうだ、例えばエリスの上にいる人間達だ、一体どれほどの使い手なのか 名前だけでも聞いておけばいつか出会った時に挨拶くらいはできるかもしれないしね

「あの、歴代5位って 上には誰がいるんですか?」

「上?、ああ 4位は『冠至拳帝』のレッドグローブ様の8500 三位は『猫神天然』のネコロア様の8550だ」

冠至拳帝レッドグローブと猫神天然のネコロアか…二人とも頭に四つの字が付くことから冒険者協会最強クラスの使い手であることがわかる、あんま魔術師っぽくない二つ名だけど

ううーん、それにしても僅差だ 頑張れば抜けそうだなぁ…、やっぱり煌王火雷掌の方が…いや 今の一撃はエリスの全霊にして今のエリスの全てだ、それで敵わないのならまだエリスにこの二人を抜くことはできないのだろう

「続く第2位がバシレウス様の18000…」

目ん玉飛び出そうになった、一万?一気に跳ね上がったな これはもう抜けそうとか敵うとかじゃなくて意味が分からない、どうやってそんな威力叩き出したんだ、エリスの全霊の火雷招の二倍近い威力の魔術を使うなんて…

というか誰なんだ そのバシレウスって、異名が付いていないことから冒険者ではなさそうだけれど…冒険者じゃないならなんで試験なんか受けてんだ?分からん

「そして、一位が冒険者史上最強の魔術師と言われるケイト・バールベロウ様の275000、これが現状の最高記録とされており 五十年前から一度として抜かれたことのない偉業と言われてるんだ」

「に 二十七万!?」

目ん玉飛び出てひっくり返りそうになる、もはや桁が違うというより次元が違う、八千如きでイキってたのが恥ずかしくなる

ケイト・バールベロウ 五十年前に冒険者に字制度をもたらし 試験制度も導入しラクレスさんのような王族にも顔が効く、おまけにエリスの古式魔術を遥かに上回る威力を所有している…か、とんでもない人間がいたもんなんだなぁ

一度会ってみたい物だ、いや冒険者協会の最高幹部だから早々会えないだろうけど、どんな人間でどんな魔術を使うのか見てみたい

「凄い人もいるんですね」

「その凄い人たちの仲間入りを果たしたのが君なんだ、ケイト様と自分を比べちゃいけない あの人は特別なんだ、いやぁ今から君がどんな冒険者になるのか楽しみだ…」


「エリスちゃん…とんでもない人だったんだ…」

「とんでもないなんてレベルじゃない、あんな魔術があったなんて あんな魔術師がいたなんて、…クルスデルスールの人間として、己の慢心が恥ずかしくなるほどだ」

ふと見るとイーゼルさんやマティアスがエリスを見てわなわな震えている、いやエリスの魔術を見て 数値を見て震えているんだ、合格ラインを遥か彼方に置き去りにする数値を前に

二人だけじゃない 合格者も不合格者も、エリスの後ろに並んでいた候補者達も その数値を見て震え上がる、別に怖がって欲しいわけじゃないが…それでも悪い気はしない

師匠の力が 師匠から授かった力が、認められたと思うといささか嬉しい、そうだ エリスは合格したんだ、それもかなり良い結果で

師匠の弟子に恥じぬ結果を残せた事は喜ばしい、この試験結果ならば師匠も喜んでくれるはずだ、そう胸を高鳴らせながらエリスは合格者の側へと歩き出す


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