孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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五章 魔女亡き国マレウス

88.孤独の魔女と今話題の冒険者

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「ふん ふん ふふーん」

歩く、手には試験合格証明書 を握りギルドの廊下を足を上げて腕を振りずったんずったん歩く

そうだ、エリスは冒険者登録試験に合格したんだ、それも歴代5位というかなり良い結果で、これなら師匠に胸を張って報告出来る

マルコはエリスの結果を受けて直ぐに教会に掛け合うと言ってくれた、なんでも10歳から13歳は登録出来ても冒険者見習いという扱いになり、受けられる仕事にかなり制限が出てしまうらしいのだが

エリスはそれが免除されるらしい、マルコ曰くかなり異例のことらしいが あの結果を前にすれば誰も文句は言わないと言ってくれた、別に見習いでもなんでもいいがこの制度が師匠の足枷になるかもしれないなら、無いに越した事はないしね

特別扱い と言われると少々むず痒いがそれでも少し嬉しい、エリスの魔術が認められたというのはどうあっても嬉しいものだ、これで師匠も喜んでさすが我が弟子と抱きしめてくれるはずだ

きっと師匠の方も物凄い記録を出しているだろう、エリスもそれに恥じないくらいの結果は出せた筈だ………ん?あれ?おかしいな

あの試験の場に師匠居なかったな、一緒に試験を受けて同じタイミングで試験会場に向かった筈なのに なんで師匠魔術師試験会場にいなかったんだ?あれ?もしかして師匠試験受けてない?そんなバカな…

試験会場から来た道を戻りギルドの広場まで戻ってくれば 相変わらずの喧騒だった、いや騒がしさの類が少し違う

試験に受かったか確認し合い抱き合う者達 仲間に合わせる顔がなくソッと姿を消す者、早速仕事を受けに行く者 とりあえず受かったはいいがどうしたらいいかさっぱり分からず右往左往する者

試験を受け終わった人間が続々とギルドの広場に集まっているのだ、当然ながら試験は魔術師の物だけじゃない、戦士の試験も別の場所でやったし盗賊の試験もやった、他の試験を受けた仲間と合流し結果を話し合っているようだ

「なぁ、結果どうだった?ちなみに俺は受かったよ、盗賊の試験なんか楽勝だったよ」  

「僕も僧侶の試験に受かったよ、てっきり治癒魔術の腕を見られると思ったらポーション作りの方だったから焦ったよう、念のため勉強しておいてよかったぁ」

「俺も戦士合格さ、ギリギリだったけどね…イーゼルは?」

ほら、あそこを見るとイーゼルの一団もいる、どうやら皆の顔色を見るに全員が受かったようだ、口々に結果を話し合う彼らはイーゼルに話を振るがイーゼルは答えない

「おい 、イーゼル お前まさか…」

「い いやいや、受かったよ ギリギリだったけれど」
 
「ならいいじゃないか、何顔を青くしてるんだよ」

「ううん、実は試験にとんでもない人がいて……」

ふと視線を移すとマティアスが早速いろんなチームから勧誘を受けている、あの特徴的な格好は目に映えるから直ぐにわかる、彼はこれから所属するチームを探すような口ぶりだったが どうやら大人気なようだ

「マティアス君、君の噂は聞いている 是非我がチームでその力を奮ってくれ!」

「いや彼は俺達のチームに入るんだ、俺達はこれからでかい仕事を山ほど受けるんだ、手っ取り早く名を売りたいならウチに来るべきだ」 

「いやいや、君に必要なのは仕事でも名声でもない、ウチは君を相応の待遇として迎える、立場も約束するよ」

どうやらマティアスが試験を受けることは事前に知られていたようで、試験終わりを狙って彼を自分達の側に引き込もうと様々な勧誘をする者達がマティアスに群がる

事実マティアスは既に一流の腕を持つ、字に迫る実力と才覚を持つ超大型新人だ、仲間にすれば戦力向上間違いなしだ

しかし、マティアスの顔色は優れない …まるで心ここに在らずと言った様子だ

「ど どうしたんだマティアス、まさか試験の結果が芳しく無かったのかい?君程の天才が」

「天才?…僕が?…、僕は天才じゃない…本物を前にしてしまってはもう天才とは驕れない…名乗れない…」

ワナワナと体を震わせながら話す、己は天才ではない 天才ではなかったと、そのあまりの様子に周りの冒険者は首をかしげる、こんな謙虚な奴だったかと

「本物?君が偽物になってしまうくらいの天才が試験会場にいたのか!?」

「みんな偽物だ…みんなみんな、あれこそ唯一無二の本物…僕には魔術師を名乗る資格さえない」

すると受付のお姉さんが何やら耳打ちをしながらギルドの職員と話をしている、奥からマルコが慌ててかけて来てあちこちに何か話しを通している、そして職員受付のお姉さん その全ての視線がエリスに向けられる

「えぇっ!?歴代5位…!?そんな凄い魔術使う奴が試験会場にいたのかよ!」

「あ ああ、普通の魔術師の百倍近い威力の魔術を軽々と…」

イーゼル達の声が無音の中響く

「エリス…エリスと名乗ったあの少女こそ、天才だ…私なんかでは足元にも及ばない、一撃で八千近い数値を叩き出した怪童だ」

マティアスがエリスを指差しながら叫ぶ

それと同時にギルド中の視線がエリスに向けられる、新人もベテランも職員も何もかも、エリスを見てポカンと黙って見つめている…いやそんなに見られたら照れます

「お おい!、マルコ 試験官お前だったよな!?、本当にあの小さな子が普通の魔術師の百倍の力持ってるって?」

「八千なんて数値聞いた事ないぞ、それこそ四ツ字級じゃないか」

「なんかの間違いなんだろ?訂正してくれよ」

するとエリスではなくマルコの方へと冒険者は殺到する、あの話は本当なのかと 何かの間違いじゃないかと、ギルド側の人間に確認しに行く…なんだか まずいことになりそうな予感がする

「あ…ああ!、本当だこの目で見た!間違いない、我々は既に彼女を見習いではなく一人前の冒険者として扱うつもりだ、それに今上に掛け合って彼女の字を用意しているところだ、最低でも二ツ字…下手すれば一気に三ツ字の可能性もある逸材だ、将来的には四ツ字も間違いない…私の予想では最高幹部にも行けると睨んでいる」

「ま マジか、登録試験突破と同時に字の獲得って…そんなのあるのかよ」

「なんの実績もない見習いくらいの女の子が…諸々すっ飛ばして三ツ字?」

「ヤバイぞ…これは…一大事だ」

戦慄が走る、異例に重なる異例 …三ツ字と言えば協会屈指の実力者だ、才能ある人間が場数を踏んでようやく立ち入れる領域に一足跳びに踏み込んだ少女、それが今 ギルドに現れたのだ

マルコを囲んでいる冒険者達はゆっくりとエリスの方へと再び向く、その目は恐怖を感じるほどにギラついており…

「エリス!僕だよ!イーゼルだ!、君まだチーム決まってないならウチに来ないかな!、僕たち年も近いしこれからチームを立ち上げるところだから きっと君もやり易いと思うんだけど!」

「ああ、歓迎するよ!ウチは男所帯だったから君みたいな華があるととっても嬉し…」

「バカ!そんな誘い方あるかよ!マジもんの天才だぞ!なんとしてでもうちに…」

「え!?」

気がつくとイーゼル達のチームに囲まれており勧誘されていた、イーゼルはエリスの手を逃すまいとぎゅっと掴んでおり 何が何でもチームに入れようと迫ってくる、というか囲まれた 逃げ場がない!

「いやエリスはチームを組むつもりは…」

「早速仕事へ行こう!とにかくここを離れるんだ!」

「おい!ガキども退け!」

「お前らみたいな新人にはもったいねぇ!」

「三ツ字の逸材だ!逃すな!」

エリスの手を引いて逃げようとするイーゼルを押し退ける大人の冒険者、全員がエリスを血眼になって睨んでいる、気がつけばイーゼル達は遠くへ押し出され次々と群がる冒険者達にエリスはあっという間に囲まれてしまう

「エリス君!その才能を活かしたいならウチに来なさい!、大丈夫悪いようにはしな…うげっ!?」

「抜け駆けすんな!、生半なチームに入るな!俺たちなら君を必ず最高幹部にまで連れて行ってやれる!」

「テメ…!出来もしねぇこというな!」

「お前こそ 字持ちが一人もいないチームでどうやってこの子を扱うつもりだよ!」

エリスを誘おうとした人間を別の人間が殴り飛ばし その人間をさらに別の人間が投げ飛ばす、エリスをなんとしてでもチームに入れようとする冒険者達でその場は乱闘騒ぎにまで発展する

特別扱いは嬉しいといったが、これはもう別問題だ!こんな大騒ぎになるくらいなら調子に乗って古式魔術なんて使うんじゃなかった

「あ あの!エリスはチームに入るつもりは…ひゃわぁっ!?」

抗議の声を上げようとした瞬間エリスの手は冒険者に掴まれ人の海に飲み込まれる、強引な力だ引っ張られる!

「え エリスちゃん、うちのチームに来なよ、飴あげるから」

「い…いりません!」

「テメェ!この誘拐犯!エリスはもうウチのチームに来ることに決まったんだよ!」

「決まってません!」

「一回ウチと仕事に来なさい!そうすりゃうちが一番ってわかるから!」

「行きません!」

「エリスちゃん可愛いねぇ!、ちょこっとこっちおいで」

「い 嫌です!嫌です!無理やり引っ張らないでください!師匠から貰ったコートが破けちゃいます!」

ジタバタ暴れて手から逃れても別の手がエリスの服を掴む、何が何でもエリスを捕まえようと群がってるくる、魔術抜きじゃエリスの力は大人に勝てない…なら魔術使うか?ぶっ飛ばすか全員?、でもそんなことしたらせっかく手に入れたか冒険者の資格が!でもその資格のせいでこんなことになってるわけだし…

なんて躊躇っていると

「そこを退けェェーーーッッツ!!…ニャ」

「う うぎゃぁぁぁっっ!?!?」

刹那 エリスに群がる群衆が四方八方にぶっ飛ぶ…エリスは何もしない、突如声が響いたかと思えば それによって人が吹き飛ばされたのだ

「まぁーったく!お前達はすーーぐ有望そうな若者にコバエのように集りやがるニャーん、だが その子はお前達にはまさしく猫に小判だ!…にゃん!」

「こ この声と無理矢理くっつけた語尾は…!」

「奴まで動かすというのか…いや、考えれば当然か!」

いや 奴って誰だよ、と思っていると吹き飛んだ冒険者達を踏みつけながら何人もの巨漢がエリスをまた囲む、…いや この男達 さっきまでエリスを囲んでいた冒険者とは違う

何が違うって レベルがだ、全員が全員かなりの使い手だ…筋骨隆々 その肉体を晒すかのように上半身が裸で浅黒い肌とツルツルのスキンヘッド、そして全員が頭に何故か猫耳をつけてる、…吐き気を催すほど似合ってない…

するとそんな猫耳マッチョマンを引き連れた 一人の女が歩いてくる、男達とは正反対でかなりの小柄だ、この子がこの猫耳集団のリーダーなのか?

簡単に言うなら猫であり少女だ、茶色の髪には肉球柄の模様が刻まれており羽織るマントには猫のマークが、頭に乗せた王冠と猫耳がトレードマークの少女は口の端から牙を覗かせながらエリスを見ている…なんだこの人

「お前が例の大型新人か…ニャ」

「え?、ああ…はあ、貴方は?」

「ん?我輩かにゃ?我輩はネコロア・レオミノル 冒険者ギルド大型クラン『キャットハウス』のドン!…猫より出でて猫より猫しの猫神天然のネコロア様だ!…ニャ!」

ネコロア…!エリスより上の第3位!、この猫猫しい奴がエリスより上の…いや 冒険者達の中でも最強格の魔術師の一人 四ツ字冒険者 猫神天然のネコロア…!

冒険者といえばチームを組むものだ、個人では受けられる依頼に限りがある 、チームは少ないものなら2~3人 多いものなら10人規模になるが、さらにその上 クランとはチームが更にチームを組んで出来た冒険者内の組織のことだ

複数のチームが連携し合いながら複数の依頼を同時にこなす事で莫大な利益をあげるらしい、…そしてそのクランの中でも更に際立って巨大な大型クラン それを統べる人がこの人だと言うのだ

左右を見れば皆特徴的な猫耳をつけている、彼女の率いるキャットハウスの人間であることが一目で分かるシンボルなのだろう

「崇めよ!奉れ!ニャーッニャッニャッニャッ!」

それ笑い声なのか


「マジかよ、あのネコロアが直々に しかもスカウトに来てるぜ…」

「普段は莫大な献上金と共にそれなりの実績も示さないとクランにも入れねぇ奴が、自分から接触を図ったか…これはもう我々では手は出せんな」

ネコロアがエリスに話しかけた瞬間 皆もう勧誘は諦めたのか遠巻きにこちらを見守り離れていく、…た 助かった…のかぁ?

冒険者はそりゃいなくなりはしたが 代わりに屈強なネコミミマッチョメンがエリスを囲んでいる、むさくるしさとと言う一点では悪化と言える

「エリス…だったか?、お前 数値はいくつだった?…ニャ」

「え?は…8450です」

「ほう!、新人時代我輩が叩き出した点数と殆ど同じだニャーん!、これは本物の逸材!ネズミを前に爪を隠す真の逸材!、素晴らしいにゃ」

にゃにゃにゃ~!とネコロアは豪快に笑う、あれ新人時代に叩き出した数値なのか…なら現在のこの人は既にエリスより遥か上の存在といっても過言ではないのだろう、いやエリスより上の人間くらいそりゃ山ほどいるか

その辺の魔術師にはまぁ負けないつもりだけれど、ベオセルクさんやグロリアーナさんと言った生粋の化け物達にはエリスも遠く及ばない、きっとこのネコロアさんもその人達と同類の化け物なのだろう

「気に入ったぞう!エリス!、お前我輩のクランに入れ!そして我輩の弟子にしてやろう!嬉しいだろう!…ニャ!」

「で 弟子ィ!?」

「そうだ!弟子にゃ!子猫でもいいにゃ!」

何言ってんだエリスは孤独の魔女レグルスの弟子なんだ!、助けてくれたのはありがたいけれどそれとことは別だ!

「我輩のクランも大きくなりすぎたからにゃーん、後継者に関してはまさしく猫の手も借りたいにゃ」

「いきなり現れて何を言いだすんですか!、エリスは貴方のクランにも入りませんし貴方の弟子にもなりませんよ!」

「ほーん…まぁまぁそう言うにゃーん、ほらこれ猫耳、我輩のクランに入ればこれ付け放題だ…ニャ」

この人たちびっくりするくらいエリスの話聞かないな!、無理矢理 強引 エリスの一番嫌いな言葉だ!、しかしネコロアはエリスの話を無視して懐から猫耳を取り出しエリスに差し出す

「猫耳!?…そんなもの……」

いらない…いらない?いらないのか?、いやこの猫耳可愛いし どっちかというと欲しいけれど、でもクランには入りたくない 弟子にもなりたくない、けどこの猫耳は欲しい…きっとつければ可愛くなれるだろう

あれ…?なんだこれ、この猫耳を見てると頭がクラクラして思考が定まらない、エリスのネコロアを否定する言葉も意志も 猫耳を欲する感情に埋め尽くされていく、おかしい 絶対おかしいのに…可愛い

「どうだ?欲しいだろ?これ…欲しければ入れ 我がクランに…ニャ」

「う…あぁ…え エリスは…」

「そうそう、くくく 耐えられまい?この誘惑 まさしく猫に鰹節 猫にマタタビ 小娘に猫耳、さぁ我が弟子になると言うのだ…ニャ」

ずいと更に猫耳が近づけられる、ぐっ…ダメだ欲しい…気持ちを抑えられない、手が伸びる止められない…ニャ…ニャア…


刹那、猫耳に手を伸ばすエリスの頭に手が乗せられる、ネコロアはのではない 優しく暖かな…覚えのある感覚

「魅了魔術を染み込ませた装飾品で相手を釣る…か、大物ぶっている割には存外やることが小物だな」

「な 何者だ!…ニャ」

「先約さ、この子の師匠は私だけだ」

「師匠?…師匠!」

はたと目がさめるといつのまにか師匠がエリスの頭を撫でて隣に立っていた、と言うかあれ?エリスさっきまで何してたんだ?ネコロアに猫耳差し出されたまでは覚えてるんだけど、分からない

「師匠?お前にはこの逸材は勿体ない…そらどうだ?お前もこの猫耳はいるか?、可愛いぞ…にゃ」

「いらん」

師匠は差し出された猫耳を手ではたき落とし踏みつけ叩き割る、…エリスさっきまであれを欲しがってたような気がするけど、なんであんなもの欲しがってたんだろう…

「んなっ!?我輩の『キャットテンプテーション』が効かんのか…お主何者、…ニャ」

「やはり魔術が込められていたか、…これを目にしたものはその物品が欲しくてたまらなくなり、それを対価に言うことを聞かせる…と言ったところか?、ちゃちだな 残念だが私にそんなクズ魔術は効かんよ」

魅了魔術…そうか、エリスあの猫耳に魅入られて…魅了されて危うくネコロアの言うことを聞かされるところだっんだ、危ない…師匠が助けに入ってくれなければ危ないところだった

エリスは師匠のものです、そうアピールするように師匠にしがみつけ師匠もまたエリスの所有権を主張するようにその頭撫でる

「ぐぅっ…よくもお手製のかわかわネコミミをぉ!、逃してなるものか!エリスは渡してもらう…斯くなる上はぶちのめしてでも!」

粉々に砕かれたネコミミカチューシャを見てネコロアは青筋を浮かべキレ上がり、猫の手型の杖を構え 師匠を相手に魔力を隆起させ始める、が師匠はそれを見ても小さく鼻で笑うばかりで…

「はっ、断られた瞬間実力行使か?まさしく猫の額のように狭量な女だな!、行くぞエリス!とっとと逃げるに限る!」

「はい師匠!」

「ま!待て!」

ネコロアの怒号に師匠は微笑で返すと共にエリスの体を脇に抱えギルドの入り口に向けて走りだす

「ま 待ってくれ!ネコロアのところが嫌ならせめてうちと組まないか!」

「師弟揃ってでもいいから!」

「せめて話だけでも!」

入り口を塞ぐように冒険者達が壁を作る、エリスのみならず師匠までも抱え込もうと言うのか、されど師匠はそれを気にもとめず 更に加速すると

「我々は二人旅がしたいのだ、お前らはお呼びではない!」

跳躍 いや最早飛翔と言うべき速度で飛び上がり人の壁を超え外へと飛び出し、更に旋風圏跳を用いて空を舞いギルドを後にする、流石に空に逃げられては誰も手が出せないのか 、ネコロアを始めとした冒険者達はただ呆然とそれを眺めて見送るのだった




「あいつら空飛んで逃げてったぞ…」

「なんなんだアイツら…」

「あのエリスの師匠って言うくらいだからあの黒髪の女もとんでもない実力なんじゃ…」

「くそっ!逃した魚はデッケェな…」

エリスとレグルスの去ったギルドでは、もう見えなくなった二人を見送るように歯噛みする冒険者達で溢れていた

もしエリスを仲間に加えることが出来たなら、チームの名は一気に広がる事になる、戦力が向上すればそれだけ受けられる仕事の幅も広がるし知名度が高まれば多くの仕事を受けられる

もしかしたら自分達のチームも大型クランのように巨大になるかもしれないし、そうなれば今みたいにその日暮らしとはおさらばだ、富も名声も何もかも手に入るチャンスだったのにと落胆する

あんな逸材百年に一度の存在だ それを逃したショックはあまりに大きい

そもそも大型新人となれば試験を受ける前から噂になるものだ、だから試験終わりを狙って声をかけるのだが エリスの登場は完全に予想外、誰も予想し得ないタイミングで現れた上に その素性は誰も知らないのだ

あれが何者だったのか、エリス と言う名前の魔術師の噂は聞いたことあるような無いような、少し前まで他国に行っていた冒険者達は首を傾げる

それにあの黒髪の女もまた相当な使い手な筈だし、出来れば仲間にしたかった…

「…ともかく、本人が望んでいないのに無理矢理スカウトしたり物品と引き換えに取引するのは冒険者の規約違反だ、ともすればエリスは三ツ字冒険者になる人間、協会側としても彼女は優遇したい、今後もし彼女を無理矢理チームやクランに引き込もうとして彼女から苦情が来た場合 協会としても対処するからそのつもりでな」

マルコは後ろ手を組みながら落胆する冒険者に声を飛ばす、そりゃチームに入れられなくて彼らはショックかもしれないが、もし今回の騒ぎを受けてエリスが冒険者をやめれば それこそ協会側に損失が出る

三ツ字級とはそれだけ貴重なのだ、あの若さならそれ以上に行ける 有望な若者の前途を守るのは協会の務めだ

「チェッ、いいじゃねぇか ちょっとくらい」

「彼女が仲間に入りたいと思う魅力的な冒険者になるんだな、まぁ彼女達も流石に二人きりで仕事は難しいから、いつかどこかの助けも必要とするだろう、その時を狙うんだな」

「お堅いねぇ…、納得いかないが仕方ないか」

皆納得はしないが飲み込みはする、もしエリスが本当に三ツ字や四ツ字になったとして、そんな奴に恨みを買ったり大変だ

「しかしこの間のバシレウス様といい 最近の子供はどうなってんだ?」

「バシレウス様を人間としてカウントしちゃいけないよ、次世代を担う最強の一角なんだ、…十年もすりゃ 世界最強の怪物に育つだろうしな」


「くぅっ 屈辱屈辱!猫を殺せば七代祟り 我が恨みは千代八千代…この屈辱忘れんぞぉ…あ…!、にゃーん」

もう既に諦めムードで三三五五の冒険者達の中ネコロアは一人歯噛みしながらエリスの去った方を見上げる、今は無理でも いつか必ずと



…………………………………………………………

「すみませんでした師匠…」

空を飛んでいた師匠は追っ手がないのを確認し人気のない路地裏に降り立つ、…忸怩たる思いだ、師匠に助けられなければエリスは今頃どうなっていたか…

「ふむ、そうだな 今回は少し説教がいるかもな」

「あうぅ…」

エリスは調子に乗って魔術試験で全力を出し その結果無用に注目を浴びた、注目されることは気持ちよかったが その後の騒ぎはもうこりごりだ

強い力を持つ者がいればそれを利用しようとする者は多い、目立てばそう言う人間が増えるのは当たり前だ…それを考えずエリスは特別扱いを受け悦に入っていた、行動とそれがもたらす結果を考えていなかったからだ

「力とは誇示するものではない、強い力を持っているからと言って見せびらかしても良いことなんか何もないし、それに強い力を持っていると言うだけで偉ぶるような奴など高が知れると言うものだ」

「はい…すみません…」

「この件を反省したならば、無闇に魔術を見せびらかすような行動は控えなさい、君も有名になって来たし 何より君の力はもう十分周りから抜きん出ている、周りと自分を比べる必要はない…だろう」

「はい…」

しおしおと体が萎れていくのを感じる、師匠にこんなに怒られたのは初めてだ…それだけエリスが調子に乗っていたと言うことだろう、デルセクトに入る前にも言われていた 油断していると、事実エリスは油断してヘットに惨敗を喫した

だから今回はこの注意を肝に銘じる、いかに師匠のお叱りを記憶できていても いざという時心になければ意味がないから…、また同じような失敗はしない

「分かったなら良い、それで?魔術師試験を受けたんだろう?結果はどうだった?」

「はい、もちろん合格です、歴代5位と言われました」

「ほう、歴代で5位か 素晴らしいな、さすがは我が弟子だ」

「師匠!」

萎れていた体が一気にシャッキリする、褒められた!褒められた!やったやった!、そうだよ師匠に褒めてもらうために頑張ったんだもん!、嬉しいなぁ 他の誰に特別扱いされるより何百倍も嬉しい

「しかし5位か…」

「一位を取るつもりだったんですけど、すみません」

「いやいや、世の中まだまだ使い手はいる者だ…だが、古式魔術を用いてもまだ上には上がいるか」

「はい、さっき会った猫神天然のネコロアや冠至拳帝のレッドグローブと言った面々がエリスの上らしいですね、ただ…」

ただこの四ツ字冒険者とははっきり言って僅差だ、コンディションとか使用魔術とか なんらかの不確定要素…そう言った物で容易くひっくり返るくらいの差でしかなかった、だが…

「その上にいる二位のバシレウスと言う方はエリスの二倍近い点数を持ち、一位のケイトさんに至ってはエリスでは到底届かない領域の魔力でした」

二位のバシレウスさんは一万と八千 一位のケイトさんは二十七万…エリスの八千では到底勝負にならないレベルだ、そんなレベルの実力者が冒険者協会にはいるんだ

ケイトさんは協会最高幹部なのは知ってるが…。バシレウスと言う名前には覚えがない

「ふむ、そうか…今のお前でも全く歯が立たない程の使い手か、興味があるが ケイトにバシレウス…どちらも聞いたことのない名前だ」

いやケイトさんの名前はアルクカースで聞いてるでしょと言いたいが多分忘れてるな、これは…そういえば

「そういえば師匠、師匠は魔術師の試験を受けてませんでしたけど…冒険者登録の方は」

「私が魔術師の試験を受ければそれこそ大変なことになるだろう?、戦士を受けても盗賊を受けても加減が効かなさそうだったのでな、踊り子 なんて職業があったらそれを選んで試験を受けた」

「お 踊り子ですか!?」

確か踊りを踊って冒険者達を鼓舞する職だった気がするが、そんなもので元気が出るのか不明だがたしかに踊り子という職はある…師匠それを受けたのか

「どんな試験内容だったんですか?」

「簡単にダンスを踊ると言うものだったな、当然合格した」

「師匠踊れるんですか?」

「まぁな、昔カノープスから教わったものだが 踊れるには踊れる」

「見てみたいです」

「嫌に決まってるだろう、何が楽しくて弟子の前で踊らにゃならんのだ、それにな 目立たないことが重要なのだ、名前も偽名を使ったし踊りもそこそこで終わらせた、故に私は誰からも注目されていなかったろう?」

たしかに、誰も師匠に注目していないばかりか師匠が誰かも分かってなかった、…でもだからこそ気になる、師匠があの試験を受けたら どうなるのかを、一体どんな点数を叩き出すのかを

「さぁ、説教はこれで終わりだ、早速仕事を受けに行きたいが…この街じゃあもう仕事は受けられそうにないな、騒ぎになる前にとっとと逃げるぞ、エリス」

「はい、師匠」

申し訳ない、確かに騒ぎを起こさないようにするなら魔術師なんぞ受けずに他の職にしておけばよかった、それなら注目を受けずそこそこの点数で試験を突破出来たのに…お陰でエリス達は冒険者達の中で名前が轟いてしまった、結果として旅に支障が出るかもしれない

まぁ支障が出ればやめればいいが、せっかく手に入れた冒険者の立場をエリスのミスで手放す結果になるのはやはり申し訳ないな

「では、適当な仕事を受けながら 修行を続けるか、デルセクトで得た遅れはここで取り戻すぞ」

「はい!師匠!」

ともあれ、やってしまった物を取り返す事は出来ない、できるのは進むこと進める事、このマレウスを巡って冒険者として活動しそれを糧にしながら修行する事だ、今日からエリスのマレウスでの本当の旅が始まる…


路地裏を抜け 逃げるようにアマデトワールを抜けるエリス、まぁここでこんな騒ぎを起こしてしまったんだ、もうここに戻ってくることはあるまい 、この時はただそう思っていた…この時は

………………………………………………

石造りの城 灯の灯らぬ城の中、ともすれば廃城とも観れるその中に 蠢く幾重の影がある

影と闇に紛れるような黒い服を着込んだ人間達が城の中で行き来する…

この城に名はない、地図にも乗らぬこの城を態々名前で呼ぶ人間などいないからだ

だがもし、もしだ この城に名前があるとするなら、きっと皆こう呼ぶだろう

魔女排斥機関マレウス・マレフィカルム実働組織 大いなるアルカナの本部、と…野暮ったくはあるもののそのままの意味だ、魔女殺しを成す為に世界中で活動をする大いなるアルカナの本部とは この闇に紛れる城の事なのだ

中で蠢く黒服もまた大いなるアルカナの構成員、…普段は場所の発覚を恐れ構成員でさえ必要最低限しか立ち寄らぬこの城は今日、どういう訳か大勢の構成員で満たされている

「戦車のヘット…彼がしくじったそうですよ」

城の最奥 かつて玉座の間であったその部屋の中にどかりと置かれた長テーブル、配置された22の席、そこにポツポツと座った6人の人間達が口を開く

皆 マレフィカルムの制服である黒服以外の服を身に纏っており、その体から溢れる威圧は並大抵のものではない

それも当然、何せここに集まった6人全員、並みの構成員ではなく…この組織 大いなるアルカナの幹部達なのだから


「かなり大掛かりな計画だった筈だが、やっぱり奴に全て任せたのが失敗だったのですよ」

すると6人の幹部のうちの一人が席を立ちながら仰々しい身振り手振りで演説する、紫のローブとフードを目深く被り、嗄れた声で戦車のヘットを糾弾する

戦車のヘット 大いなるアルカナの22人いる幹部の一人でNo.7の番号を振られた実力者だ、幹部達の中でも随一の組織力と狡猾さを携えたあの男がしくじり 剰え敗北したというのだ

「私ならああはいきません、この魔術師のベートに後任を任せて頂ければ、必ずや成功に導いて見せましょう」

ローブの男は名乗る、ヘットのしくじりを自分こそが挽回すると他のメンバーに声高に主張するが、魔術師のベート…彼もまた戦車のヘットと同じく大いなるアルカナの幹部の一人だ、22人いる幹部の中のNo.1…と言ってもこのNo.とはコードネームのようなもの

強い者はより大きなナンバーを割り振られ弱い者は必然的に低いナンバーを授かることになる

即ちこのNo.1 魔術師のベートは……

「無理でしょ、No.7のヘットがしくじったのに さらに下のNo.1のあんたじゃあ結果は目に見えているし、あんたこの中でも最弱じゃん」

「ギーメル!貴様!口を慎め!、大いなるアルカナの幹部No.は飽くまで指標!、私がヘットより下な訳がないだろう!」

「事実でしょ、あんた幹部の中じゃ一番弱いし、ぶっちゃけ幹部ってかその辺の構成員と変わんないじゃん」

弱いのだ、この組織の幹部たちの中で最も低いNo.1…幹部と一般構成員の狭間 或いは崖っぷちに立つ男なのだ

そんなベートの主張を鼻で笑うのは美しい桃色の髪を輝かせるドレスの女、名はギーメル…大いなるアルカナの幹部にしてヘットより上のNo.2 女教皇のギーメル

無気力に下に垂れた目でギロリとベートを睨みつける、大いなるアルカナは実働組織、動いてナンボ働いてナンボの組織である、そこで絶対視されるのが実力であるのは当たり前の話だ

「あーっはっはっはっ!言われちゃったねぇベートぉ!、アンタはもう少し慎みを覚えた方がいいよぉ!、まぁ 私からしてみればギーメルもベートも目くそ鼻くそだけれどね!、ねぇ?ダーリン」

「その通りさハニー?、僕達より弱い二人が僕達より強いヘットの代わりが務まるわけがないよぉ~?、この組織じゃ 強いってのは何にも勝る要素だからねぇ~?、悔しかったら強くなるしかないよぉ~?」

あっはっはと二人で声を上げて笑う太った妙齢の女と恰幅のいい中年の男がいる、二人揃って貴族のように豪華な装飾で身を包み 嘲笑うようにその手の指輪を見せつけながらギーメルとベートを笑う

女の名はNo.3女帝のダレット 男の名はNo.4皇帝のツァディー、夫婦揃って大いなるアルカナの幹部を務める実力者だ、No.が上になればなるほど幹部内の強さも地位も上がっていく、こんな馬鹿げた二人組も 組織では抜きん出た実力を持つ者なのだ

「でもさ、その理屈でいくとヘットより上の階級…つまりNo.7以上の人間がアイツの任務を引き継ぐことになるよね、となるとこの場でそれを引き継げる人間は少ないんじゃない?、高No.の幹部はみんな外に出てるわけだしさ」

ダレットとツァディーの言葉を受けてため息混じりに返すピンク色の髪を揺らす少女が一人、幼げな顔とは裏腹に露出の多い大人気な格好を惜しみなく晒す彼女の名はザイン

戦車のヘットに次ぐ実力を持つ No.6 恋人のザインである、彼女はその場の空気に煩わしそうに欠伸をしながら正面に座る大男に目を向ける

「だから、ヘットより上の力を持つ貴方達が適任だと私は思うんだけれど、そこはどうなの?No.8…正義のラメドさん?」

「……ふむ」

大男、皆の座る椅子と同様黒い椅子に狭苦しそうに座る筋骨隆々の体を晒し、真っ白の純白の洋服を着込んだスキンヘッドの男はザインの言葉を受け一言発すると

「正義…それがあるならば動く、ヘットの行いは悪そのもの…それを引き継ぐことなど出来ん」

「あーあ、相変わらずお堅い…嫌な男」

彼の名はNo.8 正義のラメド、誰よりも正義を愛し不義を憎む義勇の戦士である、戦車のヘットよりも強い力を持ちながら彼の行いを糾弾し 沈黙を貫いているのだ、彼の言葉によって会議は平行線へと移る

議題は一つ No.7戦車のヘットが魔女の弟子エリスに敗れ その計画を全て破綻させたことに尽きる、ヘットは組織内にさらに組織を持つ男、魔女大国三つをまたいで計画を実行できる程の男だった

だが、それも全て憎き魔女の弟子 エリスによって打ち破られヘット自身も対決と末敗北したという、エリスがどれほどの強さかは分からない 故にヘットの跡を継いで活動する者はヘット以上の人間が望ましい

だからこうして幹部が集まって会議をしているというのに、22人いる幹部の中で集まったのはたった6人 議席は空席ばかりが目立ち、集まったのも殆どがヘット以下の階級の物達ばかり

仕方ないといえば仕方ない、これ以外のメンバーは皆別の場所で別の任務に当たっている、特に上位メンバーやアルカナ最強の五人『アリエ』達は軒並みカストリア大陸にいない…、いくら呼びかけても直ぐにこちらには来ることは出来ないだろう

しかしだからと言って放置していい理由にはならない


「んー、みんなで協力してってのはダメなのかな、ほらここにいるメンバーでいうとNo.1から4、6と8…全部足したら…えっーと…23!、No.23だよ?最強だよ?いけそうじゃない?」

そんな平行線の会議に 一言異議が挟まれる、みんなで協力しようと…その声に五人は目を向ける、その紅茶を優雅に飲みながら口を挟む六人目の男を睨みつける

「23じゃなくて24よ」

「あれ?計算間違えてた?」

「それにね、雑魚が寄り集まってもさ無駄なの、そもそもここにいる連中と組むなんて絶対無理」

紅茶を飲む男に恋人のザインは厳しい目と指摘をぶつける、こんな奴らと組むくらいなら死んだ方がマシだと

「同感だ、正義なき者と手を組むなどできるわけがない」

「あっはっは!、それはこっちのセリフだよ!、ダーリン以外の人間は信用できないからね!、ねぇ?ダーリン?」

「その通りさハニー?、僕達の言うことを聞くなら考えないでもないけどねぇ~?」

「無理無理、というか私たち 魔女を殺すって点で繋がってるだけで、仲間じゃないからね」

「その通りだ!、私の実力を過小評価する者どもとなんか組めるか!」

皆口々にこいつらと組むのは無理だと叫ぶ、彼らは組織だ 仲間じゃない、偶々同じ目的を持って偶々行動を共にしているだけで、全員が全員単独行動を好むのだ

そりゃ力を合わせられればそれでいいかもしれないが、力を合わせてもそれが必ずしもプラスに働くとは限らないのだ、彼らの場合は特に

「あららぁ、もうちょっとみんな仲良くしようよ」

「そういう貴方はどうなの?、さっきの計算には貴方が入ってないみたいだったけれど?、No.10 運命のコフ?、今日この場に集まった人間の中じゃ 貴方が最強なんだけれど?」

「…まぁね」

運命のコフ そう呼ばれた男、中頃で切った紺色の髪を揺らし彼は憂げに目を移す、そのNo.は今日この場に集まった人間の中では最大のNo.10、戦車のヘットさえも彼の足元にも及ばないと言われている10番代の男 …No.10 運命のコフである

「僕としてはさ、みんなに仲良くなって欲しいんだよね、ヘットもよく言ってたよ?一人で出来る事には限りがある だから俺達は徒党を組むのさ…ってね、格言だったなぁあれは、彼が負けたのはとても悲しいよ」

はぁ と、ため息をつきながら紅茶に映った己の顔を見つめる運命のコフ、ヘットは悪人だったけれどいい奴だった、そりゃ関係ない人間を大勢巻き込んだのは頂けないが、だからと言って彼から受けた恩恵がなかった事になるわけじゃない

何より彼はこの場にいる誰よりも熱心で活動的だった、文句ばかり垂れる人よりも常に行動で示し続ける彼の印象は余程良かった

「あら、優しいのね」

「そう?、まぁ昔から元気なのと優しいのが取り柄ってよく母さんに…」

「嫌味よ、今のは」

「……嫌味だったんだ」

女教皇のギーメルの言葉に苦笑いするコフ、ともあれここにいる人間の中で最も高いNo.を持つ彼が指導権を握らねば彼はまた散り散りになって行動し始めるだろう、ヘットは確かに夢半ばで敗れたが確かに大国に打撃を与えていた、その傷が癒える前に僕達が団結してその跡を継ぐ必要がある

だが、その跡を継ぐ上で最も弊害となり得る存在がいる

「でも困ったな、魔女の弟子エリスか…ヘットを倒してしまうくらいなんだから相当強いみたいだね」

エリス…最近では『流浪の暁風』なんて大層な二つ名がついているらしい彼女はアジメクからアルクカース デルセクトと旅をして着々と力をつけているようだ、未だ成長の途上でありながらその強さは既に大いなるアルカナの幹部達の半数を上回っている

このまま放置すればいずれ大いなるアルカナでは対応できない存在になってしまうかもしれない、国を持たず流浪の身の彼女は何処にでも現れる…目下のところ帝国に並ぶ最大の脅威と言ってもいい

「ふふふふ、お困りのようですな 運命のコフ」

「ああ困ってるよベート、何か妙案があるのかな」

「勿論、私は優秀ですので」

No.1魔術師のベートがくつくつと笑う、彼は些か傲慢が過ぎるところがあり、よく言えば常に上を見ている向上心の塊 悪く言えば常に自分より上の存在に敵意を剥き出しにしその足元をすくおうとしてくる、弱いけど面倒な男だ

「実は私の情報網に引っかかったのですよ、エリスの情報が…どうやら彼女 今このマレウスにいるようですぞ?」

「っ…」

全員に戦慄が走る、あのエリスが マレウスの明確な敵が ヘットを倒した女が、今この近くに来ているというのだ、皆驚きもするが…コフはさして驚かず紅茶をすする

普通に考えればそうだろう、彼女はアジメクからアルクカース デルセクトと旅をしているんだ、次に来るのはこの国であることは容易に想像がつく、来ているだろうとは思っていた

だがここで重要になるのがエリスがこのマレウスで何をしようとしているか、ただ通り過ぎようとしているだけなら手を出すべきじゃない、下手に手を出してここに大いなるアルカナの本部があることがバレる方が余程まずい

ヘットは優秀な男だ、やや口が軽い部類に入るが態々この本部の場所までベラベラ話すほど迂闊な男でも無いはずだ

「皆が尻すぼみするようなのでこの魔術師のベート、エリスの首をここに持ってきて 貴様らより私の方が上であることを証明して進ぜよう」

「なっ!?やめなよベート 無理に手を出すことはないよ、時期尚早だよ」

「おやぁ?、No.10 運命のコフともあろうお方がまさか恐れているのですかなぁ?」

「ああ怖いよ、エリスを刺激してこの本部の場所がバレでもしたら大変だ、この国にはマレウス・マレフィカルムそのものの本部もあるんだ、僕達の秘匿性が崩されるようなことがあれば君だけの失態では許されないんだよ?僕達も怒られるよ」

「何を言いだすかと思えば…、エリスは私が始末する 死んだ者に秘密を暴く事は出来ようはずもない!」

「いいんじゃない?コフ、やらせれば?こいつが失敗して死んでも大した痛手じゃないし」

恋人のザインまでもがどうでも良さそうに呟くが、そうじゃない そうじゃないんだ、どうして彼らはこうも低脳なんだ、ベートはベートで自分の功ばかり考えて他の人間はそれを止めようもしない

ここで手を出すのは得策じゃない、そんなことも分からないなんて

「ふんっ、言っておけザイン…魔女の弟子を殺しその功績で私は更に上にいく、貴様も私の足元に跪かせてやる」

「あっそ、墓はたてないからね」

「あっはっは、聞いたダーリン!あのベートがエリスを倒すってさ!無理なのにね!、ねぇ?ダーリン」

「その通りさハニー?、君じゃあ無理さベート?、なんたって君は弱いからねぇ~?」

「言っていろ!今に見ていろ…今に見ていろ!」

ギーメルやダレット ツァディーに囃し立てられベートは地団駄を踏みながら城の外へとかけていく…、ああ どうしよう…今から彼取り押さえに行くか?

「…コフよ、お前はやや穏健が過ぎるのではないか?」

「ラメド…、穏健じゃない 慎重なだけさ、……ねぇ 僕達大いなるアルカナはマレウス・マレフィカルムの庇護下に入ったおかげで物凄く安定した、そこは分かるよね」

大いなるアルカナは元々単独で魔女排斥の為に動いていた組織だ、その時はまだこんなに大きくなった、構成員も少なかったし武器も資金も少なかったから出来ることなんて全然なかった

それが大きく変わったのは十年前、突如現れたマレウス・マレフィカルムの使者がこう言ったんだ

『貴方達の頑張りは認めますけれども、今のままじゃあどこまで言っても『頑張り』止まりですよ、ウチも熱意とガッツのある仲間求めてたんで …どうです?ここはいっちょ手…組んでみます?』

…突如として現れ奴はそう言った、不遜で傲慢 どこか小馬鹿にした喋り方、しかしそれに腹をたてる者はいなかった 何故か?、それは奴の侵入に文句を言った僕達の組織のボスの頭が今しがた我々の目の前で爆ぜたからだ、強さ…それが別格だった …奴は提案という形で我々に接触してきたが あれは半ば強制だ、断れば死 それが言外に伝わってきた

我々は屈服した、命惜しさ以上に奴への恐怖が混ざったのだ、その提案を飲み我々はマレウス・マレフィカルム内で実働 作戦などを管理する組織へと変化した、まぁ体よく言えばそうだが、…実際のところは最前線で働かされる小間使いにされたんだよ僕たちアルカナは

それからだ、こうなったのは 幹部も増えた、ベートやギーメル ヘットと言った実力者が我々がマレフィカルムの軍門に下ってから加入したメンバーだ、資金も増えた武器も強力になった 出来ることは大いに増えた、

だけど…

「僕やラメド…他の上位メンバーはその前からいるからこそわかる筈だ、今の大いなるアルカナは変だ、まるで制御が効いていない…」

「そうだな、昔のアルカナには少なくとも正義があった…今はそれも微塵も感じられないがな」

「…ああ、みんながみんな己の目的と怨嗟のために行動し、他人を巻き込むことを厭わず暴れている、これじゃあ僕達の憎む魔女とおんなじだ」

徐々にアルカナは元の姿を失い変貌し、今では何の為に魔女を殺そうとしているのかさえ曖昧だ、これじゃあ世界の破壊と変わらない

「魔女も魔女排斥機関も…、まるで何かに突き動かされるように悪に走っている」

「…その何かがマレフィカルム本部にある…か、でも もう僕達には何も出来ない、突き動かされるまま 行くしかないんだろうな」

「その通りだ、正義は絶対だ…魔女が勝つにしても排斥派が勝つにしても、正しい方が勝つのだ」

ラメドは相変わらずだ、どちらも間違ってるなら 生き残った方が正義だと、だけど僕は思う…

このままじゃきっと、どちらも生き残らないと

「だがやることは変わるまい、我々には勝算があるはずだ…ヘット作戦以上に重要性を持つ、マレウス・マレフィカルムの元帥から持ちかけられた例の計画だ」

「計画ねぇ、あれは計画とは呼べない気がするけど」

目を伏せ コフはラメドの言葉を頭の中で反復する、今我々は無意味にマレウスにいるわけではない、とある計画を命じられているのだ…大いなるアルカナのボスではなく、それすらも率いるマレウス・マレフィカルムの親玉に 

「十二年に一度…陽天が暗蓋に覆われる刻、魔女の起源の刻にして魔女終焉の刻…『魔蝕』、その力を用いて魔女を殺せ、…だったかな」

「ああ、魔蝕の力を用いることができるなど 俄かには信じ難いが…」

「信じる信じないの工程は必要ないのさ、僕たちはが命じられたからやる、その結果できなければ僕たちの落ち度、元帥の語った例の力が真実であれ偽りであれね…はぁ 下っ端の辛いところだよねぇ」

元帥は突如として使者をこの本部によこしてきたのだ、僕達を勧誘しにきた時以来のマレフィカルムからの接触にビビっていると 奴らは指令を我々に下した

『魔蝕の力を使え、方法と道具は我らで用意する あとはお前達がやれ』

と…胡散臭い 、やり方と道具が確立してるなら自分たちでやれば良いものを、それをしないってことは少なくとも危ない橋であることに変わりはないのだろう、だから僕達に押し付けるのだ 僕達が死のうがくたばろうが奴等には関係ないのだ

「やるのだな、だがもしもマレフィカルム本部が我らを捨石にするつもりだというのなら、私は私の正義を執行せねばならない」

「怒鳴り込みに行くのかい?、やめてくれ…まぁ上手くやるよ」

コフは頬杖をつきながら空を見る、狂った世界だ 全てが狂ってる 根本から…、運命の歯車は噛み合わず皆空転を続けている、これが噛み合う日は来るのか…

ただ、これもまた 大いなる流れ 運命の一部だというのなら、受け入れよう …何…そこで終わるならそれが僕の運命なのだろう
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