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五章 魔女亡き国マレウス
102.孤独の魔女と新たなる旅路の始まり
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はっきり言って、何が起こったかは理解出来ない、エリスはズタボロの体を持ち上げ目の前を見る
クレーターに開いた巨大な穴、一直線に射線上の物を吹き飛ばし 僅かに残っていた城の跡を打ち壊している、恐らく旋風圏跳で加速した拳により 吹き飛ばされたコフによって開けられた穴
コフが動いてくる気配はない、恐らくエリスは勝った…勝てた、た だが何故勝てたか 何故あれを超えることができたか、無我夢中だったからよく分からない
旋風圏跳の重ね掛け…強力だがあんな威力で吹き飛ばすようなことはないはず、…一瞬 エリスが持ち得る全ての力…さらにそれを超えたもう一段階上の力が引き寄せられたとしか思えない、それが何かは 明言できないが
ともあれ勝てた、コフは瓦礫の中で倒れ 意識を失っている、起きてくる気配はない…なら後は師匠を治すだけだ
体を引きずるように師匠の寝ている所へ急ぐ、そうだ ポーションを持ってくるよりそのまま宿に直行してベッドの上で治療しよう、その方がいいはずだ…
それで、まずは謝ろう 傷つけてしまったことを、暴走していたとはいえ 師匠をこの手で傷つけてしまうなんて、その事をとにかく謝罪するんだ…
それから報告だ、第二段階のコフに勝てた事 自分でも理解できないほど力が引き出せた事、その正体について師匠からお話をいただいて、それもまた自分の力に加えるんだ
そしてエリスと師匠はまた旅に出るんだ…旅はまだまだ途中なんだ、こんなところで立ち止まれない
許してくれるかな、師匠は
褒めてくれるかな、師匠は
…分からない、今は師匠に会いたい…また褒めてもらいたい、今は無性に そう思う
「師匠…」
師匠は相変わらずそこにいた…、微動だにせず そこで横たわっていた、何も変わってない だというのに、何故こうも背筋が寒くなるのだ
「…師匠?」
呼びかける、答えはない…ただ 流る冷たい血は…既に止まっていた
「師匠…師匠!」
師匠に駆け寄り声を上げる、…その顔は安らかで まるで眠るように…冷たく
そんな…そんな…!こんな…!
「レグルス師匠!」
首元に手を当て 息を確認しドッと汗が吹き出て力が抜ける…そんな…、これは…
「レグルス師匠ぉぉっっ!!!」
これは……
「師匠ぉぉぉっっっっ!!!」
脈も……
呼吸も……
ある……
生きてる!普通に!、脈も呼吸も普通にある!死んだように寝てるだけ!、紛らわしい!紛らわしいよ師匠!、よく聞けばスウスウ寝息が聞こえる!
倒れこむ、緊張が抜けて汗が吹き出て思わず脱力する、生きてるんだ!…良かった……
「師匠、失礼します」
倒れこむ師匠の体を背負い持ち上げる、見てみればもう傷は殆ど塞がり血は止まっている…半端じゃないな魔女の治癒力、これは治療は要らないかもしれない、けれどこんなところで寝かせておくのは忍びない、ないだろうけど 風邪引くかもだし
「生きましょうか、師匠…帰りましょう」
師匠をおぶって帰路につく、…ありがとうございます師匠 あなたのおかげでエリスは勝てました…また強くなれました、ありがとうございます
………………………………………………
「これは、君の満足いく結果かい?ウルキ」
「……まぁまぁ」
椅子から立ち上がりその劇終を見届ける、拍手はない ただただ見ただけ、まさかこの土壇場で力を発揮し第二段階の中でも下も下ではあるものの魔力覚醒したコフを打ち倒すとは、計算外…いや計算外なのも計算通りだが、ウルキはただ静かに帰路につくエリスとレグルスを見て息を吐く
「魔蝕の力に呼応するを確認できましたし、今回は良しとします」
「そうか、それは良かった…ただ、意外なのはエリスの力かな、てっきり真価を発揮したら識確魔術を使うと踏んでいたんだが…」
「あら?貴方にも読み間違いはあるんですね、それとも識を扱う者同士 読み切れない部分もあるのかしら?」
確かに エリスがコフを打ち倒す瞬間、覚醒した瞬間使ったのは識魔術ではない、識確魔術を使っていれば あんな結果には終わらなかった
「私はなんでも分かるわけじゃないと言ったろう、だがあれは間違いなく覚醒だった…だというのに識魔術を発揮しないのはおかしくないかい?」
その通り、魔力覚醒とは単なるパワーアップではない、己の持つ真価の発揮…今までの人生で積み重ねた物の総決算、その人間の人格の発露と言ってもいい、エリスが識の才能を持つなら 本来の覚醒は識確魔術を完全に扱える状態になるはずだ、が あれは違った
「そりゃそうですよ、だって違いますから」
「違う?どういう意味だい?」
気分がいい、こいつに物を教えるのは気分がいい
「だって、あの魔力覚醒は識確魔術とは別ベクトルの進化ですから」
「……分からないな、魔力覚醒は人間一人につき一つだけだ、別も何も一つしかないはずだ、それともエリスは識確魔術を操る方向には育たなかったのかい?いやそんな訳は…」
「ええ、ちゃんと識確魔術の魔力覚醒も存在します、エリスちゃんは魔力覚醒を二つ持つんですよ」
「ありえない」
「ありえます、エリスちゃんは二つ 魔力覚醒を持っているんですよ」
こいつの言った通り、魔力覚醒は人一人につき一つだけだって魔力覚醒はその人間の全てだ、全てを二つ持ち合わせる人間なんていないだろ?、それは魔女も変わりはない、だがエリスちゃんは別…というか そうなってしまったんだ
人格とは記憶により発露する、二重多重に人格を持つ者も元を正せば一つの根から生えるが故に魔力覚醒は一つ、だが エリスちゃんはその絶大な記憶能力により 良い記憶と悪い記憶を完全に二分してしまった
二分したが故に、エリスちゃんの魔力覚醒もまた二分された…良い記憶 師匠との修行により発生した魔力覚醒と、悪い記憶 シリウス様に関連付けられてしまったエリスちゃんの原点とも言える物から発生した魔力覚醒…
さっき発動させたのは良い記憶の方、修行と旅 経験から来る魔術師としてのエリスとしての正当な魔力覚醒だ、魔蝕の子 シリウス様の器としての悪い記憶による覚醒こそ識確魔術を扱う状態にある…故に今回は発露しなかった
「なるほど、そう言う事か…記憶を二分すると魔力覚醒が二つに、いやそう簡単ではないな いな、 エリスの今の年齢、人格形成が完全に終了する間際だからこそ出来た奇跡のような出来事、それが二つの魔力覚醒か」
「私の心を読んで理解しないでください……まぁ、ええそうですよ、再現性はほぼ皆無ですが…この際魔力覚醒が二つあろうが百個あろうが関係ありません、エリスちゃんは魔蝕の魔力に適応する識の属性を持つ者、これが重要です」
やりようは見つかった 方法も確立した、後は時期を待つだけ…次の魔蝕を待つ、十二年後起こる魔蝕は特別だ、普通の人間から見ればいつもの魔蝕と変わりませんが…次の魔蝕は
「惑星合一、シリウスの作り出した惑星陣形が自然の形で再現される数千年に一度の機会…最も魔力の高まる日、だね」
「だから!頭の中読まないでください!」
「私は別に読心術の使い手ではないよ、読んでいるのは心ではなく事実を読んでいるのさ」
「同じだよ!クソッタレ!」
まぁいい、今回は退散だ これ以上ここにとどまる理由はないからな、すると今まで黙っていたバシレウスが立ち上がり
「やっぱり…いいなぁ」
「お?、惚れ直しましたか?」
「ああ、アイツなら俺を理解できる…同じ人のなり損ない、欲しい…欲しい!」
牙を見せ だらだらヨダレを垂らしながらエリスを欲するバシレウス、ヨダレ拭けよ そんなんじゃエリスちゃんにフラれますよ?ったく…
「驚いた、バシレウスが何かを欲している、欲望は人間性の最たるものだ…人間性を持たないバシレウスが何かを欲するわけがないのに…興味深い、これが愛の力」
「アホですか貴方は、愛の力なんか微塵も信じてないくせに」
「いや、愛とは馬鹿にできないよ?」
「死ね、あ ごめんなさい 死んでくださいでした死ね」
椅子を片付け立ち去る用意をする、エリスちゃん達はもうこの国を出るだろう、旅とやらを続けるんだろうな…、そうなれば 暫くは接触する必要性がない、しばしの間お別れだ
「おい、女…」
「なんですか?クソガキ」
「今魔女レグルスを襲えば容易に殺せるだろ、見逃すのか?瀕死だろアイツ」
あらまぁ珍しく建設的な意見、まぁこいつからすれば魔女レグルスは恋路を邪魔する壁、死んで欲しいんだろうな…けどざぁ~んねぇ~ん!
「ええ、殺しません 見逃します」
「なんでだ…」
「魔女レグルスの生存は別口の計画にも関わっているからです」
「別口?」
「ええ、何もシリウス様復活をエリスちゃんだけに頼ってるわけじゃありません、もう私はもう何千年も前から動いているのに、つい最近ポッと湧いたエリスちゃんを主軸に動いてるわけないじゃないですか、シリウス様復活の計画はもう既にいくつも並行して動いています、一つ潰されてもまたすぐに別の計画に移れるようにね、これが頭のいい大人の仕事ですよ?見習いなさい?クソガキ」
「クソ女が…」
まぁ?レグルスに死んでもらうことに変わりはないのですがね、アイツの手足を縛って顔を踏みにじって…ああ、良い…悔しそうな顔で私を睨むレグルス 全てを失い絶望に伏すレグルス…良い!最高!もっと睨んでくださいよ!もっと恨んでもっと憎んでもっと私を感じてくださいよぉ!
「…ウルキ、君もバシレウスのこと言えない顔しているよ」
「はぁ?、じゅるり…そんなわけないでしょ 私は上品なんです、このクソガキと一緒にしないでください」
「そうかい、ならいいさ…じゃあ私は先に帰るよ」
あ、こいつ面倒になって逃げたな、まぁ私もいつまでもこいつの声聞いついたくないし、帰るならどうぞご勝手にと…
「ああそうだ、帰りにアレのところに寄ってくるよ」
「アレ?、ああ…弟子の…」
「そう、私と君の可愛い弟子さ…アレもこの魔蝕の戦いを感じて昂ぶっているだろうからね、落ち着かせてくるよ」
やべ、その辺のこと考えてなかった、このマレウスであんな大々的に戦えば アイツも落ち着いていられないだろう、もし何かの間違いでアレが興奮し地表に隆起して暴れでもしたら大変だ、まだ奴が暴れるには時期が早すぎる
くそっ、アイツにフォローされるなんて屈辱だ…
「……帰りましたか」
終ぞ奴には視線を向けず、気配だけで奴が消えたことを確認する、…さて私も帰りますか…ん?
「…………」
ふと、隣を見るとバシレウスがこちらをじっと見つめていた、なんだよクソガキ…何か言いたいことがあるなら言えよ
「…なんですか?」
「帰り道がわからん、送ってけ」
「はぁ!?なんで私が!?、あ!アイツ面倒ごと押し付けるためにワザとそそくさと帰りやがった!」
くそっ!、なんで私がこいつを送って帰らにゃならんのだ!、アイツが連れてきたんだからアイツが連れて帰れよ!、私バシレウス嫌いなんだよなぁ…理由は単純 普通にキモいから
「あんたなら適当に走り回ってりゃ帰れるでしょ」
「めんどくさい、テメェらが俺をここに連れてきたんだから連れて帰れ、さもないとレグルスにお前らが話してたこと全部言うぞ」
「テメ!クソガキ!………はぁーー…あーはいはい、わかりましたよ…あぁやだやだ」
がっくりとうなだれながらバシレウスを連れて行く、一応こいつも丁重に扱わなくてはいけない、こいつにもやってもらわなにゃならんことがあるしシリウス様が復活した後にな…、それまですくすく育ってもらわねば、魔女を超え得る魔王として…ね
………………………………………………
師匠を連れて旋風圏跳で飛び上がりサイディリアルへと飛ぶ、全然どこかわからない場所だったらどうしようと不安にもなったが、幸い遠視を使えば目視できる距離に街が見えた、そこまでくれば後は語るべくもなかろう
風に乗って宿まで戻るとエントランスではヤゴロウさんが待っていた、どうやら彼が語るにはエリスは昨日の朝から丸々行方不明だったらしい
どうしたでござるかと語ろうとした瞬間血だるまの師匠を見て何やら理解したのか とりあえずベッドを用意しそこに寝かせて 治療を施してくれた、治癒魔術ではなく 包帯などを使ったその場合で出来る応急処置とでも言おうか
やけに手際が良かったが 彼曰く剣に生きる以上 こう言う応急処置ができないと生きていけないらしい
とは言え師匠も自分の回復能力で殆ど治癒されている為後はもう復活を待つばかりだった
…そして、ヤゴロウさんが手当ての為レグルス師匠の服を脱がそうとするのを必死で止めたあたりで、師匠の瞼がピクピクと痙攣する
「ん…んんっ…」
「師匠!」
「むっ!、この傷 この出血でもう目覚めるでござるか?凄まじく頑丈でござるな」
ベッドに横になった師匠がエリス達の騒がしさに眉間に皺を寄せながらゆっくりと目を開き…、姿勢はそのままに静かに周りを確認する…すると
「エリス…ポーションを」
「はい、用意出来ています」
「ありがとう…よし!」
エリスがポーションの瓶を渡すとそのまま受け取り体を持ち上げながらゴキュゴキュと飲み干していく、塗ってよし 飲んでよしの万能治癒薬のポーション、舌に乗せればそれなりの苦味を伴うが 師匠印のポーションの効果は苦味に伴うだけの効果を持つ
つまり、アレだけあった傷が瞬く間に塞がり、弱っていた師匠の目がカッと見開かれ
「フゥーッ、…完全回復!」
無表情のまま元気一杯のダブルバイセップス 、師匠の完全復活だ…良かった、一時は死んでしまったらどうしようと思っていたが、魔女って本当に頑丈なんだな…
「師匠ぉ…」
「ああ、エリス…良かった 完全に暴走から解放されたんだな、ここまでお前が運んできてくれたんだろう?…ありがとうな」
思わずベッドに座る師匠の腰に抱きついてしまう、良かった…本当に本当に…
「すみませんでした師匠、…エリス…エリス…」
「いやいいさ、お前が無事ならそれでな…私は師としての役目を果たしただけだ、お前が道を外れたら叩き戻す、それが私の役目だ」
お前がこうして再び私の元に戻って可愛らしく泣いているだけで私は満足だよ、そう師匠は笑うのだ…優しい、けれどそれだけで許されて良いものか…
「師匠、エリス誓います…エリス 、もう自分を見失いません…」
「ん?どうしたんだ?急に」
「いえ、今回の一件…いえ、マレウスに着いてからと言うもの エリスはあまりいい人間ではなかったと思います」
エリスは、魔女を否定する者を許せなかった アルカナやマレフィカルムは勿論、ステュクスや魔女を必要としないこの国の人間に対して 確かな怒りを抱いていた、いや怒りだけじゃない…この国の人間を非魔女国家だ非魔女国家の人間だとどこか見下していた
良い態度とは言えない、単なる傲慢だ…そして、師匠のことに対して怒れる己に対して優越感を得ていた、滑稽だ 魔女か否かで物を見れば それはマレフィカルムと変わらないことに気がついていなかったんだ
だからこそ、無用な攻撃意識を持ち そこをシリウスに付け込まれた
「エリスは…自分の嫌な部分に目を向けず、嫌っていました …嫌な記憶に目を向けていなかったんです」
痛みを伴う記憶 苦痛を伴う記憶、そこから目を向けず 忌避し遠ざけた、だからといってそういった記憶が消えるわけじゃない、そういった部分は確かに累積し エリスの知らぬ間に膨れ上がり、エリスの攻撃意識や魔女排斥派への憎しみとして表に出てきた
大元を正せばエリスが記憶を遠ざけ嫌ったから、暴走などと言う心の弱さを作ったのだ
…シリウスのせいなどと言い訳にはしない、全て己の精神的未熟によって引き出された暴走…
「そうだな、マレウスに入ってからのお前の目は些か怖かった、最初はハーメアの件かと思ったが、それだけではない 私への好意からくる義憤かとも思ったが、そうでもない…、この際だからはっきり言おう お前は驕っていた、力を誇り技に溺れ心を軽んじた…あまりいい状態ではなかったのだろう」
その通り 驕っていた、力と技に 溺れていた…それだけで強くなったつもりだった、実際は違ったわけだが
「力とは心技体すべて揃ってようやく発現するもの心なくして力なく 心なくして成長はない、…だがお前ばかり責められない、私もお前の才覚に甘えていた 言わずとも分かると、お前ならきっと乗り越えられると…これはお前への信頼ではなく、これもまた私の驕りなのだろう」
きっと魔響櫃の件も そういったことも混み合いでのノーヒントだったんだろう、まぁ その件に関しては間違いだとは思っていません、考えるのもまたきっと修行になるので、ただ少しくらいはヒントをくれたらなぁとは思いましたが
「…なので師匠、エリスはこれから 嫌な記憶も悪い記憶も乗り越えていこうと…、いえ 飲み込んで自分の力に変えようと思います」
「そうだ、思い出したくない過去もまたお前を作る大切な一部だ、良いも悪いも含めて人間なら 良いも悪いも力に変えられる筈だ」
「はい!師匠!」
エリスはもう目を背けない、悪い記憶が闇を作るなら その記憶にも目を当て、闇すらも力に変える 、きっと簡単なことではない…落ち込み へこたれ 挫けるだろう、だがきっと強くなるってそう言うことなんだと 今なら思える
「うん、良い目をするようになった…また成長したな、エリス」
そういって師匠はエリスの頭を撫でてくれる、また成長できたのかなぁ…ん?、すると今度は師匠が何か言いたげに口を開けたり 躊躇って閉じたりしている、なんだろう なんて思うまでもない…
「すまん、ヤゴロウ…ちょっと席を外してもらえるか?」
「ん?、聞かれたくないことでござるか?」
「ああ、大切な…そしてあまり表沙汰にしたくない話だ、出来れば宿からも出て欲しい」
せっかく治療してくれたヤゴロウさんに対して酷い言い方ではあるが、それでもだ…この一件に普通の人間 それも外大陸から来た彼を巻き込めないから
「承知したでござる、うら若き乙女には秘密の一つ二つはあるもの、それを詮索しないのが男の務めでござる、拙者 しばらく外をぶらついているでござるよ、ただ帰ってきたら お二人が何故丸一日帰ってこなかったか 、何故血まみれで帰ってきたかくらいは聞きたいでござる」
「ああ、それくらいなら構わん、心配をかけたな」
「いやいや、しからば」
そういうとヤゴロウさんはそそくさと部屋を出て行く、窓の外を見てヤゴロウさんが確かに宿の外へと出ていくのを確認すると、師匠は決心した目つきでこちらを見る
「さて、…何故 私がこうしてヤゴロウを追い出したか、分かるな?」
「はい…、この一件についてはエリスからも師匠に聞きたいことがいくつかあります」
「そうか、…まぁ まずこちらから言わせてもらおう、エリス?シリウスと出会った記憶は残っているか」
シリウス…現世ではなく意識的な世界の中出会った存在、否 超存在とでも言おう怪物
師匠達が八千年前打ち倒した原初の魔女にして大いなる厄災そのもの、死せども死なず 未だに意識だけで地上を覆い、生者に干渉する術を持つ恐ろしい魔術師の名だ
エリスは奴の魔術のせいで暴走し 危うく肉体を乗っ取られかけた、本当に危うかった 師匠が助けてくれなければエリスはシリウスに飲み込まれ、この手でシリウス復活の一助を担うところだったのだから
「覚えています…」
「何故、ああなったかは分かるか?」
「分かりません、ただ少し前から頭痛がするようになって…その都度何かの呼びかけが聞こえるようになって…、最後には奴の世界に飲み込まれていました」
「そうか、頭痛か…やはりアレの仕業だな…、しかしどうやってエリスを…」
「その件についてはシリウスが語っていました、なんでも魔蝕を通じて生まれた存在は 圧倒的な才覚と同時にシリウスにつながる意識的なパスを持って生まれるのだとか」
「何?…いやそうか、魔蝕は元を正せばシリウスの魔術、それを利用すればそのくらいはできるか」
魔蝕の時 地面から溢れるあの緑色の光、あれはすべてシリウスの魔力だと言う…、十二年に一度の魔蝕の年は シリウスの魔力が最も高まる年でもある、エリスはその年に生まれた子 故にこの世に生を授かる時 シリウスの魔力を体に吸収しながら生まれているんだ…
故に エリスの魔力とシリウスの魔力はどこかで繋がっている、故に奴も干渉できるようだ
「しかし、それも微々たるパスだろう?生者と死者の間には世界という壁がある、それを貫通するほどのパスなど 何かきっかけがない限りああも深く干渉できる程に繋がらない筈だ、何か きっかけはあったか?」
「きっかけ…シリウスも何か言っていましたが、何かまでは…」
考える、持ち前の記憶力を総動員して考える、そうだ…思い返せば一番最初に異変が起こったのはソレイユ村でだ、ソレイユ村の…なんだ 何があった時だ…ええっと
「…そうだ、一番最初にウルキさんと会った時…」
ウルキさんと出会い 別れた時に妙なめまいに襲われた、多分あれが一番最初と口に出して思い出すと、師匠の顔色がますます変わり
「ウルキだと!?ウルキに会っていたのか!?、やはり奴がパスを繋いでいたのか!」
「えええ!?、師匠 ウルキさんのこと知ってるんですか?」
いや、師匠はウルキさんのことを知るはずがない、だってエリス言ってないもん、ウルキさんが内緒にしてくれって…内緒?…まさか
「ウルキさんって…シリウスの関係者なんですか」
「…関係者も関係者…、奴こそ シリウスに付き従った十人の配下…『羅睺十悪星』が一人、終夜を穿つ妖天ウルキ・ヤルダバオートなんだ」
シリウスの十人の配下、かつて 世界中を打ち壊しまくったというシリウスに付き従う者達、その名も羅睺十悪星…詳しい強さの程は分からないが、師匠達が強者と言い 一人一人に苦戦したというほどだ、十人全員が魔女級の力を持っていたのだろう
そんな馬鹿みたいに強い十人のうちの一人?ウルキさんが?そんな凄まじい魔力感じなかった、ううん そうじゃないよ それ以前の問題だ、だって
「それって八千年前の話ですよね、生きているわけが…」
「奴は我々と同じ不老の法を用いている、不老の法は一度持ちいれば二度と老いることはない…といっても奴が不老の法を用いていることを知ったのも最近なのだがな」
不老の法…師匠達が若々しいままでいる理由の一つ、考えてみれば当然だ…それは魔女の専売特許ではない、おそらく魔術 …魔術であるなら魔女でなくても使える、ましてや魔術の祖であるシリウスの配下なんだ、使えて当然 使って当然
「…確かに奴はお前の暴走に関与していると言っていたし 暴走したお前を導いてアルカナの本部に連れて行ったのを確認していたが…まさかそんな前から接触していたとはな」
「えっ!?エリスをあそこまで連れて行ったのはウルキさんなんですか!?」
全然記憶にない、暴走してたから当たり前なんだが…、しかし思えばコフ達と邂逅する直前エリスはウルキさんに会っている、もしかしたら行く先々でウルキさんにあったのは偶然ではなくこの事態を引き起こす為、エリスを隠れて監視しながら その都度接触してきていたのかもしれないな…
「ああ、それを阻止する為戦ったんだが…すまん、逃げられた」
「逃げられたって 師匠ほどの人が取り逃がしてしまったんですか?」
「言ってくれるな、奴はもう我々魔女と変わらぬ実力を持っているんだ、本気で仕留めるには時間がなかったんだ」
そんなに強いのか …ウルキさん、全然そんな気配はなかったが…、でも本当なんだろうな シリウスの部下というならそれくらいの実力はあって然るべきか、いやでも確かシリウスの部下達って
「でも…それって大いなる厄災の時に倒した…いいえ、殺したんですよね」
「ああ、羅睺十悪星はどれも生かしておけない奴らばかりだった、故に殺した 全員一人残らず…そのつもりだったんだがな、ウルキだけは…どうやら殺せなかったらしい」
「殺せなかった?」
「ああ、…そうだな エリス、お前の前に我々八人が弟子を取っていたというのを聞いたことはあるか」
ない、でも 師匠達はどこか弟子を取ることを忌避する傾向にあるのは知っている、だからこの八千年間魔女達は弟子と呼べる存在を作ったことはなかった、だからこそ エリス達魔女の弟子は特異な存在なのだ
「いいえ…」
「居たんだよ、君の前に我々魔女の技を受け継いだ人間が…我々魔女の技を受け継ぎ シリウスと戦い、我々に何かあった時 世界を託せるようにと育てた存在が、君の…姉弟子にあたる存在が」
「は…初耳です、もしかしてその人が」
「そうだ、それがウルキだ…我々に取っての一番弟子 、八人の魔女全員に育てられその技全てを会得した者、それこそがウルキなんだ」
言葉を失う、エリスの前に…師匠に育てられた存在がいた?それがウルキさん?、…八人の魔女からそれぞれ技を受け継いで その力全てを己の物にした…下手をすれば魔女すら上回るかもれしない 人、ウルキさんがそんな人だとは 思いもしなかった…
「でも、なんで師匠達の弟子なのに…ウルキは師匠の元を去ったんですか?なんでシリウスの下に…」
「知らん…ただ単に我々の見る目がなかっただけだ…、あんな外道に育つと知っていれば…」
師匠達は結果的に裏切られた …だから弟子を取るのを忌避し始めた、第二のウルキを作りたくなかったから…
…そうか、だからウルキさんは師匠に内緒なんて言ったんだ、最初からエリスが孤独の魔女の弟子と知って接触してきたんだ…
でもどうして、ウルキさんはどうして師匠達を裏切ったんだ…、同じ弟子だから分かる、寝食を共にした師匠とは 親にも勝る存在、そんな人を裏切って敵対するなんて余程のことがない限り出来るはずがない
湧くのは疑問だけ、不思議と敵意は湧いてこない…それはあの人の優しい一面を見たからか、それともあの優しさもエリスを騙すためのものだったのか、分からないからか
「最終局面…私とウルキは直接対決し 長い戦いの末私は勝利した殺すつもりで戦った 私達の残した過ちは残れば禍根となり世の憂いと化す、だが…私は最後の最後で奴の死体を確認しなかった、出来なかった…あれでも弟子だ 血を吐き死んでいるところなど見たくなかったのかもしれない、それが こんな結末を生むとはな」
「師匠…」
「……………、ウルキが生きていて シリウスが復活を諦めていない…か、まだ 八千年前の戦いは…大いなる厄災は終わっていなかったか」
師匠は顔を覆い項垂れる、大いなる厄災…師匠の心に深い傷を残した戦い それがまだ終わっていなかった その事実に打ちひしがれているのだ
まだシリウスは復活していない、だがウルキさんはあの手この手でシリウスを復活させようとする、魔女の目を掻い潜って 八千年間温めに温めた計画を 今この時動かし始めているんだ
八千年間一度も尻尾をつかませなかったウルキさんだ、それがこうして魔女に存在が露呈するのを覚悟で動いたということは、もはや隠れる必要はないということ、近いうちにいきなりシリウスがこの世に再臨してもなんら不思議はない
そうなれば、また起こる…世界を巻き込む最悪の戦いが…
「…シリウス…何故だ、何故そうも、どうしてこんなことに…」
師匠の顔は…辛そうだ、辛そうだが 同時に思う…どうか憂げだとも
シリウスは師匠達に取っての師、さっきも言ったが 師匠と敵対するというのはそれだけで辛いこと、自分たちを育ててくれた恩義ある相手だ、何度も殺すのは とてもとても辛いこと…
「……くそっ…、私があの時過たねば…こんなことにならなかったのか…」
だが、師匠のそれ少し違う気もする、師と敵対する悲しみ以上に別の感情が感じられる、シリウスとレグルス…この両名の間には師弟以外の別の関係がある…、そんな気がする
「…師匠」
そんな悲しげな師匠を見て、エリスは立ち上がる
「エリス?」
「エリスを育ててください、フォーマルハウト様の言っていた 世界に迫る危機とは きっとこのことなんです、エリス達が弟子になった理由はきっとこれなんです」
フォーマルハウト様が言っていた、魔女が揃って弟子を取り始めたのは、本能的に危機を感じ取っているからだと、もしかしたら大いなる厄災のよう何かが近いうちに起こるのかも…と
きっと、この事だったんだ シリウスの再臨を師匠達は感じ取っていた、だから弟子を取った…エリスが師匠の弟子になったのは きっとそのため、なら 強くなろう、今度はエリス達が師匠たちに代わり 世界を守るために
「…育てる…か、君を大いなる厄災に巻き込むつもりはなかったが…そうだな、もしシリウスが復活すれば 己の身は己で守らねばならなくなる、その時 君がしっかり生き延びられるように、育てておかねばな」
「はい!、それにまだ復活すると決まったわけではありません、どこかでウルキを見つけて その計画を潰してやればいいんです、エリス達は旅の身 このまま旅を続ければいつかまたウルキと邂逅する日も来ると思います」
「その時は今度こそ…か、そうだな…うん、分かった 君のいう通りだ、まだシリウスが復活すると決まったわけじゃない、私たちで戦えば きっと最悪の未来も回避できるはずだ」
「はい!、その通りです!エリスと師匠、いいえそれだけじゃありません!デティやラグナ メルクリウスさんと言う弟子達もまた この世界のために戦ってくれます、もう八千年前の悲劇は起こさせません、エリス達でシリウスの復活を止めましょう!」
「ならその為にも もっと強くならねばな」
「あ…はい」
耳の痛い話だが、今のエリスでは到底役に立てない、ウルキさんと戦ったって 勝ち目がないだろう、それこそ魔女に類する力を持たねばならない その為にはまず第二段階へ…
「あ、そういえば」
ふと思い出す、第二段階といえば エリスは師匠が眠りについた後…
「師匠、実はエリスからもお話があって…」
「ん?なんだ?」
「実は師匠が眠りについた後 運命のコフと戦ったんです」
「コフと?、あいつとか…」
「コフはどうやら実力を隠していたらしく、…彼は第二段階に至った人間でした」
「なんと…、いや確かに壁を打ち破る程の魔力は持っていたが…そうか 第二段階に、って…第二段階の人間と戦ったのか!?か 勝ったのか!?」
「はい、勝ちました…本当になんとか 辛勝でしたが」
なんとか勝てた、最後の最後 全てを出し切る一撃でコフに打ち勝ち、エリスは今ここにいる…ただ分からないのは、コフが第二段階に至っていたならばエリスは絶対に勝てないということ
師匠は常々言っている、第一段階では第二段階には勝てないと、理論ではなくそういう理屈だとよく言っている、そしてエリスもまたそれを実感した、グロリアーナさんやコフ…あれは普通の魔術じゃ絶対に敵わない
だが勝てた、エリスはコフに勝てた…じゃぁエリスは第二段階に至ったのか?それが分からないのだ
「勝ったのか…、魔響櫃は?」
「こちらに」
そう言って取り出す魔響櫃、綺麗な四角形…だが いまだに固く閉ざされておる、開いた気配はない
「うむ、開いてないな…ということはまだ第二段階には至っていないはずだ」
「え?、これ第二段階に入ったら開くんですか?」
「ああ、というか 第二段階に至った人間が触ると自然に開くのだ…ほら」
そう言って師匠は指先で魔響櫃をコツンと突くと、エリスがどれだけやっても開かなかった箱がパカリと開く、本当だ…しかしエリスが触っても開く気配はない ということはエリスはまだ第二段階じゃないのか
「本当に開きましたね…」
「あ!まだ中身は見るなよ!」
そういうと師匠は慌てて箱を閉じてしまう、死角になって見れなかったけど 中に何か入ってるのか?、なんだろう…気になるなぁ!
「おほん、まぁ多分 お前の全霊に呼応して恐らくだが一瞬 それこそ一撃放てるかどうかという時間だけ、限定的に第二段階に入り込んだのだろう…第一段階を極めた人間にはよくあることだ、感情の発露で一時的に とかな、だがそれを意識的に引き出せなければ真に第二段階に入れたとはいえない」
確かに、エリス自身自覚できないくらい一瞬だけ第二段階の力を引き出せただけで第二段階に入れたとはいえないな、コフとの戦いでな極限集中の中にあって更に集中状態にあった、…あれを意識的にか…まだ難しそうだ
「…精進します」
「ああ、だが一時的とはいえ使えたんだ、きっともう直ぐだよ……それで、その魔力覚醒でどんな魔術を使ったか覚えているか?」
「え?、いや分かりません…分かりませんけど、多分普通に風の魔術だと思います」
「そうか…いやそうか、うむ わかったよ」
なんだその反応…気になるな、…いや何を言いたいかは分かる きっと…
「…師匠 一つ聞きたいのですが、師匠にそんな傷をつけた魔術…、エリスは暴走した時 いったいどんな魔術を使ったんですか?」
「…ははは、お見通しか」
きっと師匠はエリスが第二段階に入った時 その師匠に傷をつけた魔術を使ったかどうか気にしているんだろう
師匠に普通の魔術は効かない、魔術というものを極めた師匠は凡ゆる魔術の構造を理解している、どんな魔術も師匠の前では糸を抜かれた編み物のように形を失ってしまい
けれど暴走したエリスはそれさえ乗り越え師匠に傷を与えた…つまり師匠さえ知り得ない魔術を用いたということた
「……言うべきか言うまいべきか、はっきり言えば悩んでいる…だが そう言う悩みから私はお前に多くのことを隠してきた、結果としてウルキに騙されると言う事態に至った以上、隠し事はやめたほうがいいな」
「…はい、教えてください」
「分かった、よく聞けエリス お前の持ち得ている才能は絶対記憶能力なんかではない、『識』と呼ばれる第六属性をお前は意識的に操れると言う才能を持っているらしい」
そこから師匠が語ったのは、正直とても難しいものだった…、まぁ要約すると
エリスは どうやら魔蝕によって『識』と言う第六属性を持っているらしい
認識 知識、凡ゆる識別を行う人間…いや知的生命体全てが持つ属性、どんな営みも武器も魔術さえも識から生まれる、そりゃそうだ 文明ってのは知識の伝播と進化によって生まれる、偶発的に剣が生まれるか?奇跡的に本が生まれるか?、つまりそう言うこと 物は識によって生まれ 識によって操られ 識によって決まる
人間が理解する凡そ全てを司ると言う絶対属性、かつて哲学者が発見し 提唱した現代には残らない古の属性、エリスはそれを魔術として操る才能があるらしい
シリウスも確かに識が欲しいと言っていたことから 彼女さえも識を操る魔術は使えないのだと思われる、…師匠もこの八千年で識を魔術として操れる人間は一人しか見たことがないと言う
そんな珍しい属性をエリスが…実感がない、しかし理解した 識は誰にも扱えない 扱えないから師匠も理解できない、だから魔術を分解できなかったんだ、そしてシリウスも使えないからシリウスも欲しい 何故かは知らないがシリウスの目的を達成するにはこの識がいる…
そう言うことだろう、…エリスの記憶能力もこの識の認識強化の一部だと言う、いや 多分この物分かりの良さも識の一部か
なんかやだな、頑張って理解したつもりでも それも与えられた識のおかげというのは…
「その識って …大変なものなんですか?」
「大変だ、使い方を誤れば人類文明全てが終わると言っていい、そして武器として知識を扱う人類文明では決して反抗できない…、我々魔女さえもな」
凄まじい力だ…、恐ろしい 急に恐ろしくなってきた、そんな力を使えてしまうなんて…、特別な力を持つ優越感以上に手に余る恐怖が勝る、言ってしまえば凡ゆるものを理解し 凡ゆるものを操れるということになるのだから、制御できなければ恐ろしい結末を生むことになる
師匠の虚空魔術とどっこいのおっかなさだ
「…こ、この識魔術というものを制御したりすることってできるんですか?」
「すまん、識に関しては私もよく知らないんだ、…識に関する物も殆どなく これを理解する者は現代にもいない、…こればかりはお前自身がどうにか理解していくしかない」
「そうですか…そのエリスの前に使ってた人はどうやって理解したんですか?」
「知らん、アイツに関しては理解出来ない部分の方が多い、何もかもを知っているくせに何も知らないと嘯き、知的好奇心に突き動かされるままに行動する…奴に関しては理解しようという気持ちよりも 嫌悪感の方が勝るよ」
酷い嫌われようだな、どんな人だったんだよ…
「まぁ、識を使うからと言ってお前が奴のようになるとも限らんしな、識とはいえ所詮は力の一つ、上手く操れば強力な武器になることには変わりない」
「そうですね、…とは言え どうやったらいいものか、何か文献とかないんでしょうか」
「聞いたこともないな、いや…だがもしかすると コルスコルピにはあるかも知れん、彼処には数千年規模で本を収集する大図書館がある、それこそこの世の全ての知識が揃うと言っても過言ではない、その図書館に赴けば 識について何かわかるかもな」
「コルスコルピ!エリス達がこれから行く国ですね!ちょうどいいですね!エリスその図書館で識について調べてみますね!」
「ああ…大変だと思うがな」
「…大変?」
「行けばわかる」
行けば分かるのか、なら行くしかあるまい もうこの国で知ることはないのだ、明日にでもこの街を発ち コルスコルピに向かおう、コルスコルピではその識についての文献を探す…図書館の名前、そう言えば名前を聞いた事があるな
確か名前はヴェスペルティリオ大図書館、長ったらしい名前だと記憶している…でも確かこれ、ウルキさんの口から聞かされたんだったな
…確かあの人はこの図書館で面白いものが見つかると言っていた、…あの時はまだあの人のことをただの考古学者だと思っていたから 歴史関係の何かでも見つかるのかな?なんて呑気に思っていたが、今なら分かる 面白いものとは即ち識に関係する何かだ
「師匠、実はその図書館…ヴェスペルティリオ大図書館について、ウルキさんがそこに行けば面白いものが見つかると言っていました」
「何?ウルキが?、分かりやすい露骨な誘導だな…恐らくだが ウルキの言う面白い物とは識に関連する何かだろう、シリウスもウルキもお前には識と力を高めて欲しいと願っているはずだしな」
「罠…ですかね」
「いや、ヴェスペルティリオ大図書館は魔女アンタレスのお膝元だ、スピカのような無警戒な奴とは違い、アンタレスは用心深く抜け目のない奴だ、彼処に忍び込んでウルキが何か出来るとは思えん…立ち入った瞬間アウトな罠はないだろう、とはいえ何かあるだろうし…うむ 注意だけはしておけ」
対策その程度か、いや相手がどの程度動けるか分かりない以上 その程度しか出来ないんだ、だがこことは違い彼方は魔女大国、ウルキさんも露骨に何か仕掛けてくることはないはず、識に関する何かが見つかったら、取り敢えず師匠に共有するようにしよう
「では、取り敢えずコルスコルピに赴き ヴェスペルティリオ大図書館で識の調査…ですね!」
「ああ、コルスコルピには他にも用もあるし ちょうどいい」
くくく、と師匠は笑う…邪悪な笑みだ、何か企んでいるのか、そういえば終ぞ師匠のこの国での用事を聞くことはなかったな、まだ教えてくれないのか はたまた教えてくれるという約束を忘れているのか、まぁ この国を出るときにでも聞けばいいか、もう国を出るということはその用事も完全に終わっているだろうし
……………………………………………………………………
そんなこんなでエリスと師匠の情報共有は終わった、とりあえずこの情報共有を通じてわかったのは お互い隠し事をするのは良くないということ、エリス達は師弟なのだから変にお互いを気遣ったりして黙っていると良くないことになるということだ
そしてエリス達のマレウスでの一件は落着する…、その後帰ってきたヤゴロウさんに何があったか報告、結構な修羅場だったのだが それを聞いても『そうでござったか』の一言だけ、冷たいというよりは修羅場そのものに慣れている様子だった
対するヤゴロウさんも報告があるよう、なんでもとある御仁に出会いそこに雇われることになったそうだ、御仁なんて言うくらいだから偉い人なのかも知れない、王様とか?まさかバシレウスじゃないよな、いやアイツはないか アイツ人間を雇用するって概念を知らなさそうだし
用事棒みたいなものかと問うと
似たようなものでござる とだけ返してきた、まぁ彼もこの国で働き口が決まったならもう気にすることはない、早速明日発つ事を伝えるとそのことの方が驚いていた
「こんなに早く別れることになってしまうとは、未だ恩を全て返しきれぬ拙者の未熟を憎むばかりでござるよ!」
なんて言いながらぐおおーんと顔をしかめて泣いていた、思いの外激情的な人なんだな…こう言う風に別れを惜しんで思いっきり泣かれるのは初めてなのでちょっとエリスもほろりとしてしまう、いや他のみんなと比べてヤゴロウさんと過ごした時間なんて微々たるものだが…
それでもこうして出会えたことには意味があるはずだ、またどこかで会うこともあろうとも、恩なんてその時ちょいと返してくれればそれでいいし 何より恩というほどのこともしていない
すると別れを惜しんだヤゴロウさんが懐から一本の綺麗な棒を取り出す、見たことないものだが綺麗な装飾だと見惚れているとヤゴロウさんが
「選別と言ってなんでござるが、エリス殿にこれを贈りたいでござる」
「くれるんですか?、でもこれ…なんですか?」
「これは簪というものでござるよ、所謂髪留めとでも言おうものか、こう髪を巻くように刺すようにちょいちょいと」
そう言いながらヤゴロウさんは慣れた手つきでエリスの後ろ髪に簪をさしてくれる、…綺麗だな ヤゴロウさんの国の女性はこうやってお洒落をするのか
「綺麗ですね」
「でござろう?、それに穂先を研いである故有事の際はこう相手の首にブスっと刺せば相手を一撃で殺せるでござる」
「……いりません、これ」
「何故っ!?」
当たり前だよ!、そんな暗器みたいなもの髪からぶら下げられるか!、ヤゴロウさんの国ではみんな髪から武器をぶら下げているのか…おっかない国だ!、するとヤゴロウさんは残念そうに簪をしまう
ところで気になったのだが、それ女性物の装飾品じゃないのか?なんで男のヤゴロウさんが持ってるんだ?それにあの慣れた手つき…ヤゴロウさんは昔それを誰かにつけて…
「じゃあ拙者送れるものが何もないでござるよ」
「別に物品を送らなくてもいいですよ、また会ったらその時は助けてください、それでお願いします」
「むぅ、いや…承った、恩義を返すためならば拙者喜んでエリス殿の刀になるでござるよ」
そう言うとヤゴロウさんは深々とエリスに向けて礼をする、別にエリスは大したことしてないんだけれどな…いや、多分ヤゴロウさんはわかってるんだ レグルス師匠が助けを必要としない事を、だからエリスの方で返そうとしているんだ…ヤゴロウさんから見ればエリスはか弱い乙女だろうから
「ところで、旅に出るとは お二人はどちらに向かわれるので」
ふと、ヤゴロウさんが顔を上げエリス達問う …、目的地は決まってる コルスコルピだ、そう…エリスが口にしようとした瞬間
代わりに師匠が口を開く、その口はエリスの全く予想しない事を口にし……
「ああ、コルスコルピに行ってな、そこに我が母校がある故 その学校にエリスを通わせようと思っているんだ」
「…え?」
え?
「え?…師匠?今なんと?」
いや師匠なんて言った?、コルスコルピに行って?うんそこはわかる、それで…そこに学園があるから?え?誰がどこに通うって?
「悪いなエリス、今まで内緒に密かに入学の準備を進めさせてもらった…お前には我が母校 ディオスクロア大学園に生徒として入学し、三年間そこで学んでもらうつもりだ…」
「学校!学び舎でござるな!、なるほどエリス殿も学び舎に通う年…エリス殿?何故固まっているでござるか?」
「が…学園?、さ…さ 三年も…??」
つまり何か?師匠のこの国での用事とはその学園に通うための準備で、エリスはこれから学園に通わされるのか?それも三年も?師匠以外の人間から三年も教えを…
「え…えぇぇぇぇぇえ!!??」
エリスの驚愕が木霊する、それは新たなる魔女大国での新たなる冒険を意味していた
クレーターに開いた巨大な穴、一直線に射線上の物を吹き飛ばし 僅かに残っていた城の跡を打ち壊している、恐らく旋風圏跳で加速した拳により 吹き飛ばされたコフによって開けられた穴
コフが動いてくる気配はない、恐らくエリスは勝った…勝てた、た だが何故勝てたか 何故あれを超えることができたか、無我夢中だったからよく分からない
旋風圏跳の重ね掛け…強力だがあんな威力で吹き飛ばすようなことはないはず、…一瞬 エリスが持ち得る全ての力…さらにそれを超えたもう一段階上の力が引き寄せられたとしか思えない、それが何かは 明言できないが
ともあれ勝てた、コフは瓦礫の中で倒れ 意識を失っている、起きてくる気配はない…なら後は師匠を治すだけだ
体を引きずるように師匠の寝ている所へ急ぐ、そうだ ポーションを持ってくるよりそのまま宿に直行してベッドの上で治療しよう、その方がいいはずだ…
それで、まずは謝ろう 傷つけてしまったことを、暴走していたとはいえ 師匠をこの手で傷つけてしまうなんて、その事をとにかく謝罪するんだ…
それから報告だ、第二段階のコフに勝てた事 自分でも理解できないほど力が引き出せた事、その正体について師匠からお話をいただいて、それもまた自分の力に加えるんだ
そしてエリスと師匠はまた旅に出るんだ…旅はまだまだ途中なんだ、こんなところで立ち止まれない
許してくれるかな、師匠は
褒めてくれるかな、師匠は
…分からない、今は師匠に会いたい…また褒めてもらいたい、今は無性に そう思う
「師匠…」
師匠は相変わらずそこにいた…、微動だにせず そこで横たわっていた、何も変わってない だというのに、何故こうも背筋が寒くなるのだ
「…師匠?」
呼びかける、答えはない…ただ 流る冷たい血は…既に止まっていた
「師匠…師匠!」
師匠に駆け寄り声を上げる、…その顔は安らかで まるで眠るように…冷たく
そんな…そんな…!こんな…!
「レグルス師匠!」
首元に手を当て 息を確認しドッと汗が吹き出て力が抜ける…そんな…、これは…
「レグルス師匠ぉぉっっ!!!」
これは……
「師匠ぉぉぉっっっっ!!!」
脈も……
呼吸も……
ある……
生きてる!普通に!、脈も呼吸も普通にある!死んだように寝てるだけ!、紛らわしい!紛らわしいよ師匠!、よく聞けばスウスウ寝息が聞こえる!
倒れこむ、緊張が抜けて汗が吹き出て思わず脱力する、生きてるんだ!…良かった……
「師匠、失礼します」
倒れこむ師匠の体を背負い持ち上げる、見てみればもう傷は殆ど塞がり血は止まっている…半端じゃないな魔女の治癒力、これは治療は要らないかもしれない、けれどこんなところで寝かせておくのは忍びない、ないだろうけど 風邪引くかもだし
「生きましょうか、師匠…帰りましょう」
師匠をおぶって帰路につく、…ありがとうございます師匠 あなたのおかげでエリスは勝てました…また強くなれました、ありがとうございます
………………………………………………
「これは、君の満足いく結果かい?ウルキ」
「……まぁまぁ」
椅子から立ち上がりその劇終を見届ける、拍手はない ただただ見ただけ、まさかこの土壇場で力を発揮し第二段階の中でも下も下ではあるものの魔力覚醒したコフを打ち倒すとは、計算外…いや計算外なのも計算通りだが、ウルキはただ静かに帰路につくエリスとレグルスを見て息を吐く
「魔蝕の力に呼応するを確認できましたし、今回は良しとします」
「そうか、それは良かった…ただ、意外なのはエリスの力かな、てっきり真価を発揮したら識確魔術を使うと踏んでいたんだが…」
「あら?貴方にも読み間違いはあるんですね、それとも識を扱う者同士 読み切れない部分もあるのかしら?」
確かに エリスがコフを打ち倒す瞬間、覚醒した瞬間使ったのは識魔術ではない、識確魔術を使っていれば あんな結果には終わらなかった
「私はなんでも分かるわけじゃないと言ったろう、だがあれは間違いなく覚醒だった…だというのに識魔術を発揮しないのはおかしくないかい?」
その通り、魔力覚醒とは単なるパワーアップではない、己の持つ真価の発揮…今までの人生で積み重ねた物の総決算、その人間の人格の発露と言ってもいい、エリスが識の才能を持つなら 本来の覚醒は識確魔術を完全に扱える状態になるはずだ、が あれは違った
「そりゃそうですよ、だって違いますから」
「違う?どういう意味だい?」
気分がいい、こいつに物を教えるのは気分がいい
「だって、あの魔力覚醒は識確魔術とは別ベクトルの進化ですから」
「……分からないな、魔力覚醒は人間一人につき一つだけだ、別も何も一つしかないはずだ、それともエリスは識確魔術を操る方向には育たなかったのかい?いやそんな訳は…」
「ええ、ちゃんと識確魔術の魔力覚醒も存在します、エリスちゃんは魔力覚醒を二つ持つんですよ」
「ありえない」
「ありえます、エリスちゃんは二つ 魔力覚醒を持っているんですよ」
こいつの言った通り、魔力覚醒は人一人につき一つだけだって魔力覚醒はその人間の全てだ、全てを二つ持ち合わせる人間なんていないだろ?、それは魔女も変わりはない、だがエリスちゃんは別…というか そうなってしまったんだ
人格とは記憶により発露する、二重多重に人格を持つ者も元を正せば一つの根から生えるが故に魔力覚醒は一つ、だが エリスちゃんはその絶大な記憶能力により 良い記憶と悪い記憶を完全に二分してしまった
二分したが故に、エリスちゃんの魔力覚醒もまた二分された…良い記憶 師匠との修行により発生した魔力覚醒と、悪い記憶 シリウス様に関連付けられてしまったエリスちゃんの原点とも言える物から発生した魔力覚醒…
さっき発動させたのは良い記憶の方、修行と旅 経験から来る魔術師としてのエリスとしての正当な魔力覚醒だ、魔蝕の子 シリウス様の器としての悪い記憶による覚醒こそ識確魔術を扱う状態にある…故に今回は発露しなかった
「なるほど、そう言う事か…記憶を二分すると魔力覚醒が二つに、いやそう簡単ではないな いな、 エリスの今の年齢、人格形成が完全に終了する間際だからこそ出来た奇跡のような出来事、それが二つの魔力覚醒か」
「私の心を読んで理解しないでください……まぁ、ええそうですよ、再現性はほぼ皆無ですが…この際魔力覚醒が二つあろうが百個あろうが関係ありません、エリスちゃんは魔蝕の魔力に適応する識の属性を持つ者、これが重要です」
やりようは見つかった 方法も確立した、後は時期を待つだけ…次の魔蝕を待つ、十二年後起こる魔蝕は特別だ、普通の人間から見ればいつもの魔蝕と変わりませんが…次の魔蝕は
「惑星合一、シリウスの作り出した惑星陣形が自然の形で再現される数千年に一度の機会…最も魔力の高まる日、だね」
「だから!頭の中読まないでください!」
「私は別に読心術の使い手ではないよ、読んでいるのは心ではなく事実を読んでいるのさ」
「同じだよ!クソッタレ!」
まぁいい、今回は退散だ これ以上ここにとどまる理由はないからな、すると今まで黙っていたバシレウスが立ち上がり
「やっぱり…いいなぁ」
「お?、惚れ直しましたか?」
「ああ、アイツなら俺を理解できる…同じ人のなり損ない、欲しい…欲しい!」
牙を見せ だらだらヨダレを垂らしながらエリスを欲するバシレウス、ヨダレ拭けよ そんなんじゃエリスちゃんにフラれますよ?ったく…
「驚いた、バシレウスが何かを欲している、欲望は人間性の最たるものだ…人間性を持たないバシレウスが何かを欲するわけがないのに…興味深い、これが愛の力」
「アホですか貴方は、愛の力なんか微塵も信じてないくせに」
「いや、愛とは馬鹿にできないよ?」
「死ね、あ ごめんなさい 死んでくださいでした死ね」
椅子を片付け立ち去る用意をする、エリスちゃん達はもうこの国を出るだろう、旅とやらを続けるんだろうな…、そうなれば 暫くは接触する必要性がない、しばしの間お別れだ
「おい、女…」
「なんですか?クソガキ」
「今魔女レグルスを襲えば容易に殺せるだろ、見逃すのか?瀕死だろアイツ」
あらまぁ珍しく建設的な意見、まぁこいつからすれば魔女レグルスは恋路を邪魔する壁、死んで欲しいんだろうな…けどざぁ~んねぇ~ん!
「ええ、殺しません 見逃します」
「なんでだ…」
「魔女レグルスの生存は別口の計画にも関わっているからです」
「別口?」
「ええ、何もシリウス様復活をエリスちゃんだけに頼ってるわけじゃありません、もう私はもう何千年も前から動いているのに、つい最近ポッと湧いたエリスちゃんを主軸に動いてるわけないじゃないですか、シリウス様復活の計画はもう既にいくつも並行して動いています、一つ潰されてもまたすぐに別の計画に移れるようにね、これが頭のいい大人の仕事ですよ?見習いなさい?クソガキ」
「クソ女が…」
まぁ?レグルスに死んでもらうことに変わりはないのですがね、アイツの手足を縛って顔を踏みにじって…ああ、良い…悔しそうな顔で私を睨むレグルス 全てを失い絶望に伏すレグルス…良い!最高!もっと睨んでくださいよ!もっと恨んでもっと憎んでもっと私を感じてくださいよぉ!
「…ウルキ、君もバシレウスのこと言えない顔しているよ」
「はぁ?、じゅるり…そんなわけないでしょ 私は上品なんです、このクソガキと一緒にしないでください」
「そうかい、ならいいさ…じゃあ私は先に帰るよ」
あ、こいつ面倒になって逃げたな、まぁ私もいつまでもこいつの声聞いついたくないし、帰るならどうぞご勝手にと…
「ああそうだ、帰りにアレのところに寄ってくるよ」
「アレ?、ああ…弟子の…」
「そう、私と君の可愛い弟子さ…アレもこの魔蝕の戦いを感じて昂ぶっているだろうからね、落ち着かせてくるよ」
やべ、その辺のこと考えてなかった、このマレウスであんな大々的に戦えば アイツも落ち着いていられないだろう、もし何かの間違いでアレが興奮し地表に隆起して暴れでもしたら大変だ、まだ奴が暴れるには時期が早すぎる
くそっ、アイツにフォローされるなんて屈辱だ…
「……帰りましたか」
終ぞ奴には視線を向けず、気配だけで奴が消えたことを確認する、…さて私も帰りますか…ん?
「…………」
ふと、隣を見るとバシレウスがこちらをじっと見つめていた、なんだよクソガキ…何か言いたいことがあるなら言えよ
「…なんですか?」
「帰り道がわからん、送ってけ」
「はぁ!?なんで私が!?、あ!アイツ面倒ごと押し付けるためにワザとそそくさと帰りやがった!」
くそっ!、なんで私がこいつを送って帰らにゃならんのだ!、アイツが連れてきたんだからアイツが連れて帰れよ!、私バシレウス嫌いなんだよなぁ…理由は単純 普通にキモいから
「あんたなら適当に走り回ってりゃ帰れるでしょ」
「めんどくさい、テメェらが俺をここに連れてきたんだから連れて帰れ、さもないとレグルスにお前らが話してたこと全部言うぞ」
「テメ!クソガキ!………はぁーー…あーはいはい、わかりましたよ…あぁやだやだ」
がっくりとうなだれながらバシレウスを連れて行く、一応こいつも丁重に扱わなくてはいけない、こいつにもやってもらわなにゃならんことがあるしシリウス様が復活した後にな…、それまですくすく育ってもらわねば、魔女を超え得る魔王として…ね
………………………………………………
師匠を連れて旋風圏跳で飛び上がりサイディリアルへと飛ぶ、全然どこかわからない場所だったらどうしようと不安にもなったが、幸い遠視を使えば目視できる距離に街が見えた、そこまでくれば後は語るべくもなかろう
風に乗って宿まで戻るとエントランスではヤゴロウさんが待っていた、どうやら彼が語るにはエリスは昨日の朝から丸々行方不明だったらしい
どうしたでござるかと語ろうとした瞬間血だるまの師匠を見て何やら理解したのか とりあえずベッドを用意しそこに寝かせて 治療を施してくれた、治癒魔術ではなく 包帯などを使ったその場合で出来る応急処置とでも言おうか
やけに手際が良かったが 彼曰く剣に生きる以上 こう言う応急処置ができないと生きていけないらしい
とは言え師匠も自分の回復能力で殆ど治癒されている為後はもう復活を待つばかりだった
…そして、ヤゴロウさんが手当ての為レグルス師匠の服を脱がそうとするのを必死で止めたあたりで、師匠の瞼がピクピクと痙攣する
「ん…んんっ…」
「師匠!」
「むっ!、この傷 この出血でもう目覚めるでござるか?凄まじく頑丈でござるな」
ベッドに横になった師匠がエリス達の騒がしさに眉間に皺を寄せながらゆっくりと目を開き…、姿勢はそのままに静かに周りを確認する…すると
「エリス…ポーションを」
「はい、用意出来ています」
「ありがとう…よし!」
エリスがポーションの瓶を渡すとそのまま受け取り体を持ち上げながらゴキュゴキュと飲み干していく、塗ってよし 飲んでよしの万能治癒薬のポーション、舌に乗せればそれなりの苦味を伴うが 師匠印のポーションの効果は苦味に伴うだけの効果を持つ
つまり、アレだけあった傷が瞬く間に塞がり、弱っていた師匠の目がカッと見開かれ
「フゥーッ、…完全回復!」
無表情のまま元気一杯のダブルバイセップス 、師匠の完全復活だ…良かった、一時は死んでしまったらどうしようと思っていたが、魔女って本当に頑丈なんだな…
「師匠ぉ…」
「ああ、エリス…良かった 完全に暴走から解放されたんだな、ここまでお前が運んできてくれたんだろう?…ありがとうな」
思わずベッドに座る師匠の腰に抱きついてしまう、良かった…本当に本当に…
「すみませんでした師匠、…エリス…エリス…」
「いやいいさ、お前が無事ならそれでな…私は師としての役目を果たしただけだ、お前が道を外れたら叩き戻す、それが私の役目だ」
お前がこうして再び私の元に戻って可愛らしく泣いているだけで私は満足だよ、そう師匠は笑うのだ…優しい、けれどそれだけで許されて良いものか…
「師匠、エリス誓います…エリス 、もう自分を見失いません…」
「ん?どうしたんだ?急に」
「いえ、今回の一件…いえ、マレウスに着いてからと言うもの エリスはあまりいい人間ではなかったと思います」
エリスは、魔女を否定する者を許せなかった アルカナやマレフィカルムは勿論、ステュクスや魔女を必要としないこの国の人間に対して 確かな怒りを抱いていた、いや怒りだけじゃない…この国の人間を非魔女国家だ非魔女国家の人間だとどこか見下していた
良い態度とは言えない、単なる傲慢だ…そして、師匠のことに対して怒れる己に対して優越感を得ていた、滑稽だ 魔女か否かで物を見れば それはマレフィカルムと変わらないことに気がついていなかったんだ
だからこそ、無用な攻撃意識を持ち そこをシリウスに付け込まれた
「エリスは…自分の嫌な部分に目を向けず、嫌っていました …嫌な記憶に目を向けていなかったんです」
痛みを伴う記憶 苦痛を伴う記憶、そこから目を向けず 忌避し遠ざけた、だからといってそういった記憶が消えるわけじゃない、そういった部分は確かに累積し エリスの知らぬ間に膨れ上がり、エリスの攻撃意識や魔女排斥派への憎しみとして表に出てきた
大元を正せばエリスが記憶を遠ざけ嫌ったから、暴走などと言う心の弱さを作ったのだ
…シリウスのせいなどと言い訳にはしない、全て己の精神的未熟によって引き出された暴走…
「そうだな、マレウスに入ってからのお前の目は些か怖かった、最初はハーメアの件かと思ったが、それだけではない 私への好意からくる義憤かとも思ったが、そうでもない…、この際だからはっきり言おう お前は驕っていた、力を誇り技に溺れ心を軽んじた…あまりいい状態ではなかったのだろう」
その通り 驕っていた、力と技に 溺れていた…それだけで強くなったつもりだった、実際は違ったわけだが
「力とは心技体すべて揃ってようやく発現するもの心なくして力なく 心なくして成長はない、…だがお前ばかり責められない、私もお前の才覚に甘えていた 言わずとも分かると、お前ならきっと乗り越えられると…これはお前への信頼ではなく、これもまた私の驕りなのだろう」
きっと魔響櫃の件も そういったことも混み合いでのノーヒントだったんだろう、まぁ その件に関しては間違いだとは思っていません、考えるのもまたきっと修行になるので、ただ少しくらいはヒントをくれたらなぁとは思いましたが
「…なので師匠、エリスはこれから 嫌な記憶も悪い記憶も乗り越えていこうと…、いえ 飲み込んで自分の力に変えようと思います」
「そうだ、思い出したくない過去もまたお前を作る大切な一部だ、良いも悪いも含めて人間なら 良いも悪いも力に変えられる筈だ」
「はい!師匠!」
エリスはもう目を背けない、悪い記憶が闇を作るなら その記憶にも目を当て、闇すらも力に変える 、きっと簡単なことではない…落ち込み へこたれ 挫けるだろう、だがきっと強くなるってそう言うことなんだと 今なら思える
「うん、良い目をするようになった…また成長したな、エリス」
そういって師匠はエリスの頭を撫でてくれる、また成長できたのかなぁ…ん?、すると今度は師匠が何か言いたげに口を開けたり 躊躇って閉じたりしている、なんだろう なんて思うまでもない…
「すまん、ヤゴロウ…ちょっと席を外してもらえるか?」
「ん?、聞かれたくないことでござるか?」
「ああ、大切な…そしてあまり表沙汰にしたくない話だ、出来れば宿からも出て欲しい」
せっかく治療してくれたヤゴロウさんに対して酷い言い方ではあるが、それでもだ…この一件に普通の人間 それも外大陸から来た彼を巻き込めないから
「承知したでござる、うら若き乙女には秘密の一つ二つはあるもの、それを詮索しないのが男の務めでござる、拙者 しばらく外をぶらついているでござるよ、ただ帰ってきたら お二人が何故丸一日帰ってこなかったか 、何故血まみれで帰ってきたかくらいは聞きたいでござる」
「ああ、それくらいなら構わん、心配をかけたな」
「いやいや、しからば」
そういうとヤゴロウさんはそそくさと部屋を出て行く、窓の外を見てヤゴロウさんが確かに宿の外へと出ていくのを確認すると、師匠は決心した目つきでこちらを見る
「さて、…何故 私がこうしてヤゴロウを追い出したか、分かるな?」
「はい…、この一件についてはエリスからも師匠に聞きたいことがいくつかあります」
「そうか、…まぁ まずこちらから言わせてもらおう、エリス?シリウスと出会った記憶は残っているか」
シリウス…現世ではなく意識的な世界の中出会った存在、否 超存在とでも言おう怪物
師匠達が八千年前打ち倒した原初の魔女にして大いなる厄災そのもの、死せども死なず 未だに意識だけで地上を覆い、生者に干渉する術を持つ恐ろしい魔術師の名だ
エリスは奴の魔術のせいで暴走し 危うく肉体を乗っ取られかけた、本当に危うかった 師匠が助けてくれなければエリスはシリウスに飲み込まれ、この手でシリウス復活の一助を担うところだったのだから
「覚えています…」
「何故、ああなったかは分かるか?」
「分かりません、ただ少し前から頭痛がするようになって…その都度何かの呼びかけが聞こえるようになって…、最後には奴の世界に飲み込まれていました」
「そうか、頭痛か…やはりアレの仕業だな…、しかしどうやってエリスを…」
「その件についてはシリウスが語っていました、なんでも魔蝕を通じて生まれた存在は 圧倒的な才覚と同時にシリウスにつながる意識的なパスを持って生まれるのだとか」
「何?…いやそうか、魔蝕は元を正せばシリウスの魔術、それを利用すればそのくらいはできるか」
魔蝕の時 地面から溢れるあの緑色の光、あれはすべてシリウスの魔力だと言う…、十二年に一度の魔蝕の年は シリウスの魔力が最も高まる年でもある、エリスはその年に生まれた子 故にこの世に生を授かる時 シリウスの魔力を体に吸収しながら生まれているんだ…
故に エリスの魔力とシリウスの魔力はどこかで繋がっている、故に奴も干渉できるようだ
「しかし、それも微々たるパスだろう?生者と死者の間には世界という壁がある、それを貫通するほどのパスなど 何かきっかけがない限りああも深く干渉できる程に繋がらない筈だ、何か きっかけはあったか?」
「きっかけ…シリウスも何か言っていましたが、何かまでは…」
考える、持ち前の記憶力を総動員して考える、そうだ…思い返せば一番最初に異変が起こったのはソレイユ村でだ、ソレイユ村の…なんだ 何があった時だ…ええっと
「…そうだ、一番最初にウルキさんと会った時…」
ウルキさんと出会い 別れた時に妙なめまいに襲われた、多分あれが一番最初と口に出して思い出すと、師匠の顔色がますます変わり
「ウルキだと!?ウルキに会っていたのか!?、やはり奴がパスを繋いでいたのか!」
「えええ!?、師匠 ウルキさんのこと知ってるんですか?」
いや、師匠はウルキさんのことを知るはずがない、だってエリス言ってないもん、ウルキさんが内緒にしてくれって…内緒?…まさか
「ウルキさんって…シリウスの関係者なんですか」
「…関係者も関係者…、奴こそ シリウスに付き従った十人の配下…『羅睺十悪星』が一人、終夜を穿つ妖天ウルキ・ヤルダバオートなんだ」
シリウスの十人の配下、かつて 世界中を打ち壊しまくったというシリウスに付き従う者達、その名も羅睺十悪星…詳しい強さの程は分からないが、師匠達が強者と言い 一人一人に苦戦したというほどだ、十人全員が魔女級の力を持っていたのだろう
そんな馬鹿みたいに強い十人のうちの一人?ウルキさんが?そんな凄まじい魔力感じなかった、ううん そうじゃないよ それ以前の問題だ、だって
「それって八千年前の話ですよね、生きているわけが…」
「奴は我々と同じ不老の法を用いている、不老の法は一度持ちいれば二度と老いることはない…といっても奴が不老の法を用いていることを知ったのも最近なのだがな」
不老の法…師匠達が若々しいままでいる理由の一つ、考えてみれば当然だ…それは魔女の専売特許ではない、おそらく魔術 …魔術であるなら魔女でなくても使える、ましてや魔術の祖であるシリウスの配下なんだ、使えて当然 使って当然
「…確かに奴はお前の暴走に関与していると言っていたし 暴走したお前を導いてアルカナの本部に連れて行ったのを確認していたが…まさかそんな前から接触していたとはな」
「えっ!?エリスをあそこまで連れて行ったのはウルキさんなんですか!?」
全然記憶にない、暴走してたから当たり前なんだが…、しかし思えばコフ達と邂逅する直前エリスはウルキさんに会っている、もしかしたら行く先々でウルキさんにあったのは偶然ではなくこの事態を引き起こす為、エリスを隠れて監視しながら その都度接触してきていたのかもしれないな…
「ああ、それを阻止する為戦ったんだが…すまん、逃げられた」
「逃げられたって 師匠ほどの人が取り逃がしてしまったんですか?」
「言ってくれるな、奴はもう我々魔女と変わらぬ実力を持っているんだ、本気で仕留めるには時間がなかったんだ」
そんなに強いのか …ウルキさん、全然そんな気配はなかったが…、でも本当なんだろうな シリウスの部下というならそれくらいの実力はあって然るべきか、いやでも確かシリウスの部下達って
「でも…それって大いなる厄災の時に倒した…いいえ、殺したんですよね」
「ああ、羅睺十悪星はどれも生かしておけない奴らばかりだった、故に殺した 全員一人残らず…そのつもりだったんだがな、ウルキだけは…どうやら殺せなかったらしい」
「殺せなかった?」
「ああ、…そうだな エリス、お前の前に我々八人が弟子を取っていたというのを聞いたことはあるか」
ない、でも 師匠達はどこか弟子を取ることを忌避する傾向にあるのは知っている、だからこの八千年間魔女達は弟子と呼べる存在を作ったことはなかった、だからこそ エリス達魔女の弟子は特異な存在なのだ
「いいえ…」
「居たんだよ、君の前に我々魔女の技を受け継いだ人間が…我々魔女の技を受け継ぎ シリウスと戦い、我々に何かあった時 世界を託せるようにと育てた存在が、君の…姉弟子にあたる存在が」
「は…初耳です、もしかしてその人が」
「そうだ、それがウルキだ…我々に取っての一番弟子 、八人の魔女全員に育てられその技全てを会得した者、それこそがウルキなんだ」
言葉を失う、エリスの前に…師匠に育てられた存在がいた?それがウルキさん?、…八人の魔女からそれぞれ技を受け継いで その力全てを己の物にした…下手をすれば魔女すら上回るかもれしない 人、ウルキさんがそんな人だとは 思いもしなかった…
「でも、なんで師匠達の弟子なのに…ウルキは師匠の元を去ったんですか?なんでシリウスの下に…」
「知らん…ただ単に我々の見る目がなかっただけだ…、あんな外道に育つと知っていれば…」
師匠達は結果的に裏切られた …だから弟子を取るのを忌避し始めた、第二のウルキを作りたくなかったから…
…そうか、だからウルキさんは師匠に内緒なんて言ったんだ、最初からエリスが孤独の魔女の弟子と知って接触してきたんだ…
でもどうして、ウルキさんはどうして師匠達を裏切ったんだ…、同じ弟子だから分かる、寝食を共にした師匠とは 親にも勝る存在、そんな人を裏切って敵対するなんて余程のことがない限り出来るはずがない
湧くのは疑問だけ、不思議と敵意は湧いてこない…それはあの人の優しい一面を見たからか、それともあの優しさもエリスを騙すためのものだったのか、分からないからか
「最終局面…私とウルキは直接対決し 長い戦いの末私は勝利した殺すつもりで戦った 私達の残した過ちは残れば禍根となり世の憂いと化す、だが…私は最後の最後で奴の死体を確認しなかった、出来なかった…あれでも弟子だ 血を吐き死んでいるところなど見たくなかったのかもしれない、それが こんな結末を生むとはな」
「師匠…」
「……………、ウルキが生きていて シリウスが復活を諦めていない…か、まだ 八千年前の戦いは…大いなる厄災は終わっていなかったか」
師匠は顔を覆い項垂れる、大いなる厄災…師匠の心に深い傷を残した戦い それがまだ終わっていなかった その事実に打ちひしがれているのだ
まだシリウスは復活していない、だがウルキさんはあの手この手でシリウスを復活させようとする、魔女の目を掻い潜って 八千年間温めに温めた計画を 今この時動かし始めているんだ
八千年間一度も尻尾をつかませなかったウルキさんだ、それがこうして魔女に存在が露呈するのを覚悟で動いたということは、もはや隠れる必要はないということ、近いうちにいきなりシリウスがこの世に再臨してもなんら不思議はない
そうなれば、また起こる…世界を巻き込む最悪の戦いが…
「…シリウス…何故だ、何故そうも、どうしてこんなことに…」
師匠の顔は…辛そうだ、辛そうだが 同時に思う…どうか憂げだとも
シリウスは師匠達に取っての師、さっきも言ったが 師匠と敵対するというのはそれだけで辛いこと、自分たちを育ててくれた恩義ある相手だ、何度も殺すのは とてもとても辛いこと…
「……くそっ…、私があの時過たねば…こんなことにならなかったのか…」
だが、師匠のそれ少し違う気もする、師と敵対する悲しみ以上に別の感情が感じられる、シリウスとレグルス…この両名の間には師弟以外の別の関係がある…、そんな気がする
「…師匠」
そんな悲しげな師匠を見て、エリスは立ち上がる
「エリス?」
「エリスを育ててください、フォーマルハウト様の言っていた 世界に迫る危機とは きっとこのことなんです、エリス達が弟子になった理由はきっとこれなんです」
フォーマルハウト様が言っていた、魔女が揃って弟子を取り始めたのは、本能的に危機を感じ取っているからだと、もしかしたら大いなる厄災のよう何かが近いうちに起こるのかも…と
きっと、この事だったんだ シリウスの再臨を師匠達は感じ取っていた、だから弟子を取った…エリスが師匠の弟子になったのは きっとそのため、なら 強くなろう、今度はエリス達が師匠たちに代わり 世界を守るために
「…育てる…か、君を大いなる厄災に巻き込むつもりはなかったが…そうだな、もしシリウスが復活すれば 己の身は己で守らねばならなくなる、その時 君がしっかり生き延びられるように、育てておかねばな」
「はい!、それにまだ復活すると決まったわけではありません、どこかでウルキを見つけて その計画を潰してやればいいんです、エリス達は旅の身 このまま旅を続ければいつかまたウルキと邂逅する日も来ると思います」
「その時は今度こそ…か、そうだな…うん、分かった 君のいう通りだ、まだシリウスが復活すると決まったわけじゃない、私たちで戦えば きっと最悪の未来も回避できるはずだ」
「はい!、その通りです!エリスと師匠、いいえそれだけじゃありません!デティやラグナ メルクリウスさんと言う弟子達もまた この世界のために戦ってくれます、もう八千年前の悲劇は起こさせません、エリス達でシリウスの復活を止めましょう!」
「ならその為にも もっと強くならねばな」
「あ…はい」
耳の痛い話だが、今のエリスでは到底役に立てない、ウルキさんと戦ったって 勝ち目がないだろう、それこそ魔女に類する力を持たねばならない その為にはまず第二段階へ…
「あ、そういえば」
ふと思い出す、第二段階といえば エリスは師匠が眠りについた後…
「師匠、実はエリスからもお話があって…」
「ん?なんだ?」
「実は師匠が眠りについた後 運命のコフと戦ったんです」
「コフと?、あいつとか…」
「コフはどうやら実力を隠していたらしく、…彼は第二段階に至った人間でした」
「なんと…、いや確かに壁を打ち破る程の魔力は持っていたが…そうか 第二段階に、って…第二段階の人間と戦ったのか!?か 勝ったのか!?」
「はい、勝ちました…本当になんとか 辛勝でしたが」
なんとか勝てた、最後の最後 全てを出し切る一撃でコフに打ち勝ち、エリスは今ここにいる…ただ分からないのは、コフが第二段階に至っていたならばエリスは絶対に勝てないということ
師匠は常々言っている、第一段階では第二段階には勝てないと、理論ではなくそういう理屈だとよく言っている、そしてエリスもまたそれを実感した、グロリアーナさんやコフ…あれは普通の魔術じゃ絶対に敵わない
だが勝てた、エリスはコフに勝てた…じゃぁエリスは第二段階に至ったのか?それが分からないのだ
「勝ったのか…、魔響櫃は?」
「こちらに」
そう言って取り出す魔響櫃、綺麗な四角形…だが いまだに固く閉ざされておる、開いた気配はない
「うむ、開いてないな…ということはまだ第二段階には至っていないはずだ」
「え?、これ第二段階に入ったら開くんですか?」
「ああ、というか 第二段階に至った人間が触ると自然に開くのだ…ほら」
そう言って師匠は指先で魔響櫃をコツンと突くと、エリスがどれだけやっても開かなかった箱がパカリと開く、本当だ…しかしエリスが触っても開く気配はない ということはエリスはまだ第二段階じゃないのか
「本当に開きましたね…」
「あ!まだ中身は見るなよ!」
そういうと師匠は慌てて箱を閉じてしまう、死角になって見れなかったけど 中に何か入ってるのか?、なんだろう…気になるなぁ!
「おほん、まぁ多分 お前の全霊に呼応して恐らくだが一瞬 それこそ一撃放てるかどうかという時間だけ、限定的に第二段階に入り込んだのだろう…第一段階を極めた人間にはよくあることだ、感情の発露で一時的に とかな、だがそれを意識的に引き出せなければ真に第二段階に入れたとはいえない」
確かに、エリス自身自覚できないくらい一瞬だけ第二段階の力を引き出せただけで第二段階に入れたとはいえないな、コフとの戦いでな極限集中の中にあって更に集中状態にあった、…あれを意識的にか…まだ難しそうだ
「…精進します」
「ああ、だが一時的とはいえ使えたんだ、きっともう直ぐだよ……それで、その魔力覚醒でどんな魔術を使ったか覚えているか?」
「え?、いや分かりません…分かりませんけど、多分普通に風の魔術だと思います」
「そうか…いやそうか、うむ わかったよ」
なんだその反応…気になるな、…いや何を言いたいかは分かる きっと…
「…師匠 一つ聞きたいのですが、師匠にそんな傷をつけた魔術…、エリスは暴走した時 いったいどんな魔術を使ったんですか?」
「…ははは、お見通しか」
きっと師匠はエリスが第二段階に入った時 その師匠に傷をつけた魔術を使ったかどうか気にしているんだろう
師匠に普通の魔術は効かない、魔術というものを極めた師匠は凡ゆる魔術の構造を理解している、どんな魔術も師匠の前では糸を抜かれた編み物のように形を失ってしまい
けれど暴走したエリスはそれさえ乗り越え師匠に傷を与えた…つまり師匠さえ知り得ない魔術を用いたということた
「……言うべきか言うまいべきか、はっきり言えば悩んでいる…だが そう言う悩みから私はお前に多くのことを隠してきた、結果としてウルキに騙されると言う事態に至った以上、隠し事はやめたほうがいいな」
「…はい、教えてください」
「分かった、よく聞けエリス お前の持ち得ている才能は絶対記憶能力なんかではない、『識』と呼ばれる第六属性をお前は意識的に操れると言う才能を持っているらしい」
そこから師匠が語ったのは、正直とても難しいものだった…、まぁ要約すると
エリスは どうやら魔蝕によって『識』と言う第六属性を持っているらしい
認識 知識、凡ゆる識別を行う人間…いや知的生命体全てが持つ属性、どんな営みも武器も魔術さえも識から生まれる、そりゃそうだ 文明ってのは知識の伝播と進化によって生まれる、偶発的に剣が生まれるか?奇跡的に本が生まれるか?、つまりそう言うこと 物は識によって生まれ 識によって操られ 識によって決まる
人間が理解する凡そ全てを司ると言う絶対属性、かつて哲学者が発見し 提唱した現代には残らない古の属性、エリスはそれを魔術として操る才能があるらしい
シリウスも確かに識が欲しいと言っていたことから 彼女さえも識を操る魔術は使えないのだと思われる、…師匠もこの八千年で識を魔術として操れる人間は一人しか見たことがないと言う
そんな珍しい属性をエリスが…実感がない、しかし理解した 識は誰にも扱えない 扱えないから師匠も理解できない、だから魔術を分解できなかったんだ、そしてシリウスも使えないからシリウスも欲しい 何故かは知らないがシリウスの目的を達成するにはこの識がいる…
そう言うことだろう、…エリスの記憶能力もこの識の認識強化の一部だと言う、いや 多分この物分かりの良さも識の一部か
なんかやだな、頑張って理解したつもりでも それも与えられた識のおかげというのは…
「その識って …大変なものなんですか?」
「大変だ、使い方を誤れば人類文明全てが終わると言っていい、そして武器として知識を扱う人類文明では決して反抗できない…、我々魔女さえもな」
凄まじい力だ…、恐ろしい 急に恐ろしくなってきた、そんな力を使えてしまうなんて…、特別な力を持つ優越感以上に手に余る恐怖が勝る、言ってしまえば凡ゆるものを理解し 凡ゆるものを操れるということになるのだから、制御できなければ恐ろしい結末を生むことになる
師匠の虚空魔術とどっこいのおっかなさだ
「…こ、この識魔術というものを制御したりすることってできるんですか?」
「すまん、識に関しては私もよく知らないんだ、…識に関する物も殆どなく これを理解する者は現代にもいない、…こればかりはお前自身がどうにか理解していくしかない」
「そうですか…そのエリスの前に使ってた人はどうやって理解したんですか?」
「知らん、アイツに関しては理解出来ない部分の方が多い、何もかもを知っているくせに何も知らないと嘯き、知的好奇心に突き動かされるままに行動する…奴に関しては理解しようという気持ちよりも 嫌悪感の方が勝るよ」
酷い嫌われようだな、どんな人だったんだよ…
「まぁ、識を使うからと言ってお前が奴のようになるとも限らんしな、識とはいえ所詮は力の一つ、上手く操れば強力な武器になることには変わりない」
「そうですね、…とは言え どうやったらいいものか、何か文献とかないんでしょうか」
「聞いたこともないな、いや…だがもしかすると コルスコルピにはあるかも知れん、彼処には数千年規模で本を収集する大図書館がある、それこそこの世の全ての知識が揃うと言っても過言ではない、その図書館に赴けば 識について何かわかるかもな」
「コルスコルピ!エリス達がこれから行く国ですね!ちょうどいいですね!エリスその図書館で識について調べてみますね!」
「ああ…大変だと思うがな」
「…大変?」
「行けばわかる」
行けば分かるのか、なら行くしかあるまい もうこの国で知ることはないのだ、明日にでもこの街を発ち コルスコルピに向かおう、コルスコルピではその識についての文献を探す…図書館の名前、そう言えば名前を聞いた事があるな
確か名前はヴェスペルティリオ大図書館、長ったらしい名前だと記憶している…でも確かこれ、ウルキさんの口から聞かされたんだったな
…確かあの人はこの図書館で面白いものが見つかると言っていた、…あの時はまだあの人のことをただの考古学者だと思っていたから 歴史関係の何かでも見つかるのかな?なんて呑気に思っていたが、今なら分かる 面白いものとは即ち識に関係する何かだ
「師匠、実はその図書館…ヴェスペルティリオ大図書館について、ウルキさんがそこに行けば面白いものが見つかると言っていました」
「何?ウルキが?、分かりやすい露骨な誘導だな…恐らくだが ウルキの言う面白い物とは識に関連する何かだろう、シリウスもウルキもお前には識と力を高めて欲しいと願っているはずだしな」
「罠…ですかね」
「いや、ヴェスペルティリオ大図書館は魔女アンタレスのお膝元だ、スピカのような無警戒な奴とは違い、アンタレスは用心深く抜け目のない奴だ、彼処に忍び込んでウルキが何か出来るとは思えん…立ち入った瞬間アウトな罠はないだろう、とはいえ何かあるだろうし…うむ 注意だけはしておけ」
対策その程度か、いや相手がどの程度動けるか分かりない以上 その程度しか出来ないんだ、だがこことは違い彼方は魔女大国、ウルキさんも露骨に何か仕掛けてくることはないはず、識に関する何かが見つかったら、取り敢えず師匠に共有するようにしよう
「では、取り敢えずコルスコルピに赴き ヴェスペルティリオ大図書館で識の調査…ですね!」
「ああ、コルスコルピには他にも用もあるし ちょうどいい」
くくく、と師匠は笑う…邪悪な笑みだ、何か企んでいるのか、そういえば終ぞ師匠のこの国での用事を聞くことはなかったな、まだ教えてくれないのか はたまた教えてくれるという約束を忘れているのか、まぁ この国を出るときにでも聞けばいいか、もう国を出るということはその用事も完全に終わっているだろうし
……………………………………………………………………
そんなこんなでエリスと師匠の情報共有は終わった、とりあえずこの情報共有を通じてわかったのは お互い隠し事をするのは良くないということ、エリス達は師弟なのだから変にお互いを気遣ったりして黙っていると良くないことになるということだ
そしてエリス達のマレウスでの一件は落着する…、その後帰ってきたヤゴロウさんに何があったか報告、結構な修羅場だったのだが それを聞いても『そうでござったか』の一言だけ、冷たいというよりは修羅場そのものに慣れている様子だった
対するヤゴロウさんも報告があるよう、なんでもとある御仁に出会いそこに雇われることになったそうだ、御仁なんて言うくらいだから偉い人なのかも知れない、王様とか?まさかバシレウスじゃないよな、いやアイツはないか アイツ人間を雇用するって概念を知らなさそうだし
用事棒みたいなものかと問うと
似たようなものでござる とだけ返してきた、まぁ彼もこの国で働き口が決まったならもう気にすることはない、早速明日発つ事を伝えるとそのことの方が驚いていた
「こんなに早く別れることになってしまうとは、未だ恩を全て返しきれぬ拙者の未熟を憎むばかりでござるよ!」
なんて言いながらぐおおーんと顔をしかめて泣いていた、思いの外激情的な人なんだな…こう言う風に別れを惜しんで思いっきり泣かれるのは初めてなのでちょっとエリスもほろりとしてしまう、いや他のみんなと比べてヤゴロウさんと過ごした時間なんて微々たるものだが…
それでもこうして出会えたことには意味があるはずだ、またどこかで会うこともあろうとも、恩なんてその時ちょいと返してくれればそれでいいし 何より恩というほどのこともしていない
すると別れを惜しんだヤゴロウさんが懐から一本の綺麗な棒を取り出す、見たことないものだが綺麗な装飾だと見惚れているとヤゴロウさんが
「選別と言ってなんでござるが、エリス殿にこれを贈りたいでござる」
「くれるんですか?、でもこれ…なんですか?」
「これは簪というものでござるよ、所謂髪留めとでも言おうものか、こう髪を巻くように刺すようにちょいちょいと」
そう言いながらヤゴロウさんは慣れた手つきでエリスの後ろ髪に簪をさしてくれる、…綺麗だな ヤゴロウさんの国の女性はこうやってお洒落をするのか
「綺麗ですね」
「でござろう?、それに穂先を研いである故有事の際はこう相手の首にブスっと刺せば相手を一撃で殺せるでござる」
「……いりません、これ」
「何故っ!?」
当たり前だよ!、そんな暗器みたいなもの髪からぶら下げられるか!、ヤゴロウさんの国ではみんな髪から武器をぶら下げているのか…おっかない国だ!、するとヤゴロウさんは残念そうに簪をしまう
ところで気になったのだが、それ女性物の装飾品じゃないのか?なんで男のヤゴロウさんが持ってるんだ?それにあの慣れた手つき…ヤゴロウさんは昔それを誰かにつけて…
「じゃあ拙者送れるものが何もないでござるよ」
「別に物品を送らなくてもいいですよ、また会ったらその時は助けてください、それでお願いします」
「むぅ、いや…承った、恩義を返すためならば拙者喜んでエリス殿の刀になるでござるよ」
そう言うとヤゴロウさんは深々とエリスに向けて礼をする、別にエリスは大したことしてないんだけれどな…いや、多分ヤゴロウさんはわかってるんだ レグルス師匠が助けを必要としない事を、だからエリスの方で返そうとしているんだ…ヤゴロウさんから見ればエリスはか弱い乙女だろうから
「ところで、旅に出るとは お二人はどちらに向かわれるので」
ふと、ヤゴロウさんが顔を上げエリス達問う …、目的地は決まってる コルスコルピだ、そう…エリスが口にしようとした瞬間
代わりに師匠が口を開く、その口はエリスの全く予想しない事を口にし……
「ああ、コルスコルピに行ってな、そこに我が母校がある故 その学校にエリスを通わせようと思っているんだ」
「…え?」
え?
「え?…師匠?今なんと?」
いや師匠なんて言った?、コルスコルピに行って?うんそこはわかる、それで…そこに学園があるから?え?誰がどこに通うって?
「悪いなエリス、今まで内緒に密かに入学の準備を進めさせてもらった…お前には我が母校 ディオスクロア大学園に生徒として入学し、三年間そこで学んでもらうつもりだ…」
「学校!学び舎でござるな!、なるほどエリス殿も学び舎に通う年…エリス殿?何故固まっているでござるか?」
「が…学園?、さ…さ 三年も…??」
つまり何か?師匠のこの国での用事とはその学園に通うための準備で、エリスはこれから学園に通わされるのか?それも三年も?師匠以外の人間から三年も教えを…
「え…えぇぇぇぇぇえ!!??」
エリスの驚愕が木霊する、それは新たなる魔女大国での新たなる冒険を意味していた
応援ありがとうございます!
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