孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

125.孤独の魔女とお料理の鉄人

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コルスコルピの中央都市 ヴィスペルティリオの一角、ディオスクロア大学園に通う魔女の弟子四人が共同生活を行う屋敷が存在する、かつては貴族が使っていたと言われるこの屋敷…

今現在土地の使用者名義がメルクリウスになっていることから 通常はメルク邸、又はそのまま魔女の弟子の家

そんな家には 和気藹々と四人の弟子達が暮らしている、全員年も近く 数少ない理解者ということもあり関係性は非常に良好である

ただし、そんな関係性にも礼儀あってのもの 規則あってのもの、仲がいいからこそ律しあい 尊重し合う、その心がけは必須、そこをなあなあにすれば友としての関係はいずれ破綻する、距離が近いからこその決まり事は絶対 それがこの家のルール、友情を育む上で必要な法律だ


メルク邸 鉄の掟 一
決められた当番は不測の事態やどうしてもこなせない場合を除き必ずやること、忘れてしまった場合は素直にごめんなさいすること

この共同生活が始まった時 ラグナとメルクリウスの二人によって定められたこの家の法だ

当番は多岐に渡る、掃除 洗濯 ゴミ処理 沢山ある、そして中でも最も警戒せねばならぬのが

料理当番だ、エリスを除いてラグナもメルクもデティも料理の経験がない、いくらエリスが教えてくれるからといって、経験のない者は台所に立つだけで緊張するものだ

そして今日、この当番制が始まって 初めて料理当番が回ってくる者がいる

デティフローア…つまり私だ、私は魔術導皇の仕事があるからしばらくは免除してもらっていたが、その仕事も落ち着き 長期休暇も終わりに差し掛かった頃、一度やってみよう という話になり、今日朝食昼食夕食の用意をすることになった

「……………」

朝、デティはいつにも増して早起きをして 窓の外で囀る小鳥の声を背に、緊張の面持ちで台所に立つ

…料理の経験はない、城では一流のシェフのみんなが作ってくれていたから、サラダがどんな風にできるのか 肉がどういう風に焼けるのか、そんなこと気にしたこともないんだ、知識は皆無 経験は絶無 何もないところからのスタートだ

「はぁ、緊張するなぁ」

私は今日料理をする、エリスちゃんとかは簡単そうにトントン作るが…いざ台所でまな板を目の前にすると、何をどうすれば料理ができるのか何もわからないからだ

一応、初めての時はエリスちゃんに指導してもらうことになっていたのだが…

「すみません…デティ、エリスも手伝うつもりだったのですが、ズビッ…」

「エリスちゃんはゆっくりしてて、風邪が悪くなったら大変だよ」

今朝になってエリスちゃんが風邪を引いてしまったのだ、鼻水をタラーンと垂らし ガタガタ震え青い顔をしながら厚着をしている、原因は恐らく昨日海で魚を取るため素潜りしたことが原因だろう

そのままエリスちゃんは濡れた体のまま魔女様と風を切り移動、疲労もそのままに夜ご飯の魚を捌いて…、冷えた体で無理をすれば当然 エリスちゃんといえど風邪をひく

ちなみに一緒に素潜りしたラグナはけろっとしていた、本人曰くここ数年風邪を引いたことがないらしい

「ゔゔ…申し訳ないです、エリスが不甲斐ないばかりに…」

エリスちゃんはそう言うが、元を正せば私が魚が食べたいと言ったから彼女は海に潜ったんだ、つまり原因は私…なら私がキッチリしないといけない

「ほらほらエリスちゃんはベッドに行ってて、朝ごはんは私が作っておくからさ」

「そうですか?、…ですがデティ 料理したことないんですよね」

「朝ごはんくらい楽勝だよ、任せて任せて」

朝ごはんなんてパン焼いて出しときゃカタチになる、それよりエリスちゃんにはゆっくりしてほしいしね、彼女の背中を押してキッチンから追い出す…

さて、今日は勝負の日!今日一日の食卓を受け持つ身として責任を果たせねば!!


これは、デティフローア・クリサンセマムによる奮闘記、彼女の長い長い『料理』という概念との戦いの序章を描いたものである…

…………………………………………………………

ーーー第一章・デティフローアと炎のクッキングーーー


「材料はこれでいいよね」

手始めに私は食料庫から材料を持ってくる、今エリスちゃんは自室でケホケホ咳き込みながら寝ている、ラグナは朝稽古 メルクさんは自室で本を読んでいる

つまり一人だ、私はこれから一人で料理をしなければならない、が 思い返す…私がこの屋敷で毎日食べていたものを

エリスちゃんもラグナもメルクさんも、形は違えど基本的にはパンや卵といった 質素なものを出す傾向にある、つまり朝はパンと卵 これはきっと何かそういう決まりがあるんだろう、よくわからないが 初心者として流れに従おうと思う

なので今日のメニューはパンを焼いたものと エリスちゃんがよく出してくれるサニーサイドアップ この二つで決まりだ

「えぇっと、用意するのは卵とパン…でいいんだよね」

まな板の上に転がる人数分のクロワッサンと卵を睨みつける、さて…こいつら どうやったらエリスちゃんが出してくれる料理になるんだ?

まぁパンはわかるよ、焼けばいい

だが問題はサニーサイドアップ…、この硬い卵がどうやったらあんなふわとろになるんだろう、焼いたら溶けるのかな

「分からん!分からんけどとりあえずやってみよう、ウダウダしてたら朝ごはんの時間に間に合わないしね」

というわけで私は竃に火をつけ、その火の中にフライパンに乗せた卵を突っ込む

石は火で溶ける 鉄も火で溶ける、ならあの硬い卵も火で溶ける そうすればエリスちゃんの作るようなふわふわのサニーサイドアップか出来るはずだ、これだけで出来るなら安いもんじゃないか

「そうだ!この日で一緒にクロワッサンも焼いちゃおう!、ひょっとして私天才?」

そうと決まれば卵を火にかけたままクロワッサンを手に取る…これどうやって焼くんだろう、まぁいいかそのまま突っ込めば、串を取り出しクロワッサンを次々串刺しにし、そのままそれをボーボーと業火を外に溢れさせる竃に放り込む、焼けるまで待とう…

「あれ?、どれだけ焼けばいいんだ?」

まぁわかるだろ、焼けたら美味しい匂いするだろうし…

なんて考え一息ついていると…何やら異音が響く、なんだろう 焼けたのかな、そう竃の中を覗き込もうとした瞬間…

響く 破裂音、飛び交う 破片、遍く衝撃が竃から発せられる

「ぎゃぁぁぁあぁっっっっ!?!?!?」

咄嗟に飛び上がり避難する、今…今竃が爆発した 火薬でも入っていたのか?、いやでもそんなのも料理に使わないし…、一体何が爆発を

「あ…ああ~~…なるほど~~」

ソーっと竃を覗き込み理解する、卵だ 卵が爆発したんだ、卵って何?調理の仕方間違えると爆裂する危険な代物なの?、シェフってそんな危険と隣り合わせで仕事してたの?、帰ったら給料上げよう

しかし…

「せ…せっかくのパンと卵が…」

串に布を巻いて取り出せば、おかしい この串にはパンを指していたはずなのに、卵の破片が突き刺さりまくった炭が出てきた、火力が強くすぎたか…?

出てくるのは黄色と白の破片がまぶされた黒い炭、お皿の上に乗せればカランカランと音を立てて皿の上で踊る、これ食べれるのかな…食べ物で作ったし食べれないってことはないと思うけれど…

「はぁー、腹減った…おーい デティ~ 朝食は順調か?」

「おいデティ!今の発砲音はなんだ!」

「あ!いや、そのぉ…」

ラグナは朝稽古を終え メルクさんは先ほどの音を聞きドタドタと二階から降りてくる、そりゃそうだ 何せ竃の中で卵が爆裂四散したのだ、ただ事ではない

だけどどうしよう、もうみんな集まってしまった …今から作り直す暇はないな、というか作り直してもこの黒色の物体が量産されるだけな気がする

ええい!ままよ!、このまま朝食として出すか!勢いで誤魔化せば案外なんとかなるかもだし!

「あ…ははははは、朝ごはん…作ってました」

出来る限りなんでもないよ?と言い聞かせるような笑みを浮かべたままキッチンから顔を出す、するとダイニングには既に一汗かいたラグナと不安そうな顔でこちらを見ているメルクさんの姿が見える…、エリスちゃんは二階か 今の音を聞いても降りてこられないとは 相当辛いのだろうな

「朝ごはん作ってましたって…調理に火薬を使ったのか?」

「いやそんなことないんだけどね、…あ!でも出来たから安心して!ほら!」

そう言って突き出すのは皿の上に乗ったクロワッサンとサニーサイドアップになる予定だったものだ、それが皿の上でカラカラと滑る…クロワッサンとサニーサイドアップです!

分かるかな…

「なんだこれ」

だよな、分かんないよな…私も分かんないもん、何にも分かんない なんでこうなったんだろう

「えっと、クロワッサンとサニーサイドアップです」

「な 何をどうしてどうやったらそれがこれになるんだ」

「…色々聞きたいことはあるけどさ、一つしかないように見えるんだけど」

「えっと…合体しちゃいました、てへ」

或いは  サニーサイドアップは消滅したとも言える、ああ ラグナもメルクさんももう言い知れない顔をしている、これほどかと これほどなのかと戦慄し頬を冷たい汗が伝っている、…そうだよ これほどだよ!これが私だよ!

「ま…まぁ、デティは今日 初めて料理をするわけだし、エリスも風邪を引いていて一人で作ったんだ、こうなるのも仕方ない 寧ろ臆さず挑戦したことを褒めるべきだよ、俺たちに出来るのは その挑戦と努力を褒め称え これを食うことだ」

「ラグナー!やさしー!」

「ラグナ…これ、食べるのか?食べられるのか?」

おうよと威勢良く返事をするラグナはひょいと石のように硬い…いや もはや炭同然のそれを手に運び笑う、彼のこういう気持ちのいいところや豪快な懐には救われる、エリスちゃんが惚れるのも分かる気がする

「それじゃあ頂きまーす」

ラグナは全く躊躇することなく 口を開け、炭を放り込み咀嚼、室内に響く音はまるで岩でも削るかのような音、少なくとも食事中に聞くような音色ではない

最終的に砂音になるまで噛み砕き、…ゴクリと 凄い本当に食べた、作った私がいうのもなんだけど本当に食べたよこの人、すごいな 尊敬しちゃう

「うん、これ食わない方がいいな、不味い美味くないというレベルの話じゃない、食ったら健康を害するわ」

「…そんなもの食わなくても分かるが…」

「悪いなデティ、流石にこれはみんなに食わせられない」

ラグナは申し訳なさそうに謝ってくる、いや 謝るのはこちらなんだけど…

「とりあえず朝飯は果物か何か齧って済ませよう、…どうするデティ 今日は食事当番変わるか?」

ラグナは問う、無理に続けなくても良いと 指導役たるエリスちゃんが動けない状態にあるんだ、ならまだ慣れてるラグナやメルクさんがやった方がいいだろう…けど

「…ごめん、でも もう一回だけチャンスを頂戴、お昼ご飯 それはちゃんとこなしてみせるから」

このまま引き下がってはきっと私は料理自体を忌避してしまいそうになる、挑戦もろくにせずにだ それはダメだ、失敗は諦める理由にはならない

だから、もう一度チャンスをくれという、今度はきちんと食べられる料理を出すからと、その言葉を受けラグナとメルクさんは顔を見合わせると

「分かった、だが怪我だけはするなよ?」

「ああ、俺達に手伝えることがあれば手伝うからさ」

「ありがとう!二人とも!、じゃあ私果物持ってくるね!」

二人は任せてくれた、私に ならば半端な仕事は許されない、やるのだ 料理という未知と戦うのだ!

そう意気込み、私は焦げた炭を抱えて食料庫に向かう、今度はきちんとした料理を作れるようにと

………………………………………………………………


ーーー第二章・デティフローアと奇獣料理譚ーーー

朝食の果物を食べ終わった私達はまた各々の生活に戻る、長期休暇 今日は一日フリーだからね、とはいえ二人とも自由に過ごすわけではないらしい エリスちゃんが体を壊しているからその看病に回るとのこと

私もエリスちゃんの看病をしたいが、風邪は治癒魔術では治せない ポーションも風邪には効かない、なら私に出来ることはない…となれば私がすべきは二人が任せてくれた昼食を完璧な形で作ること

「よいしょっと」

キッチンに戻り椅子に座る、正直言おう 朝食の失敗は私の知識量の無さが原因ではない それも一因ではあるが根本的なところは違う

失敗した理由 それはきっと私の『料理に対する構え方』だろう、なんとかなる なるようになる そんなことばかり考えていたからどうにもならなかったんだ

甘かった、そもそも 料理人という職が存在するのだから、料理とはただそれだけで専門的な技能なのだ

「今まで 出てきたものを漠然と食べていたけれど、料理って大変なんだなぁ」

恥じる、己の無知と今まで欠いていた料理を作ってくれる人への感謝の無さを、難しいことを引き受けてやってくれている、その事に感謝しないといけなかった 料理をして初めてその気持ちを理解できた

…料理はニュアンスでやればなんとかなる、そう思っていたせいで私の料理スキルは皆無、ましてや知識もない 卵が爆発する危険な代物だとも思いもしなかった

だから勉強する、どんな行動もまずは学びから始まる 先生の言葉だ、なのでメルクさんが使っている料理の入門書を借りてきた、これを読めばある程度のことは分かるだろう

「さてと、…行くか!」

意気込みページを開く、昼食は朝食のように無様なものは出せない、何よりある程度しっかりした料理を出す必要がある、難易度は桁違いだ

今度は物を切ったり焼いたり 色々しないといけないかもしれないからね、先ずは道具の使い方を読み込む

えぇーっとなになに?物を切る時の心得…『料理をする時、野菜やお肉を切る時は猫の手で切る事』と 入門書には書かれている

驚いた、初めての発見だ まさか肉や野菜を切るのに包丁を使わず猫を連れてきてその手で切らせるとは、確かに猫の爪は鋭利だ 物を切らせるにはうってつけだろう

でもそれなら包丁は何に使うんだろう…、まぁいい 初心者はおとなしく本に従うんだ

「えーっと、猫の手猫の手…猫ちゃん猫ちゃん」

手始めに調理器具の中から猫を探す、差し詰め調理用猫とでも言おうか 用意された道具を一通り見るが…

「いない、猫ちゃんいないよ…もしかして逃げちゃったのかな」

しかし、調理器具の中に猫の姿はない、これでは何も食材が切れないではないか…、猫がどこへ行ってしまったかは分からない以上 私に出来ることは一つしかあるまい

「…新しい猫を連れてこよう」

昨日の余りのお魚が一尾凍らせて取ってあったはずだ、それを使って猫を捕まえてこよう そいつに食材を切らせるのだ、何を作るにしても食材が切れないんじゃ始まらないしね

というわけで食料庫から魚を一尾取り出し、魔術で解凍する これを使えば猫も寄ってくるだろう

「ん?、デティ 魚なんか持ってどこ行くんだ?」

すると魚をこさえて外へ向かう私の姿を見て二階の階段からラグナが顔をのぞさせる、手には皿…、そういえばエリスちゃんには桃を食べさせると言っていたから 多分その皿だろう

「ううん、ちょっと猫捕まえようかと思って」

「……猫?」

「うん、料理に使うの」

「え!?猫を料理に使うのか!?」

「うん!」

何をそんなに驚いているんだろう、アルクカースじゃ使わないのかな

(アジメクじゃ猫を料理にするのか…聞いたことないが…、いや他国の食文化にとやかくいうのは失礼か、デティも頑張ってるし…)

「分かったよデティ、気をつけてな」

「うん!行ってきまーす!」

何やら苦笑いで手を振り見送ってくれるラグナに手を振り返し、いざ進むは屋敷の外、幸いこの辺には路地裏も多く その分猫の溜まり場にもそこそこ覚えはある、というか学園からの帰り道 によく猫と戯れているんだ、あの子達の力を借りよう

新鮮なお魚の尾を掴み、プラプラさせながら屋敷を出て 路地に向かう、この時間帯 一通りの少なく日当たりのいい場所へと歩く

「猫ちゃ~ん、猫ちゃ~ん どこかなぁ~、お魚あるよ~ここらじゃ珍しい海魚だよ~」

魚を餌に路地で猫を呼ぶ、すると私の声に反応してか 或いは魚の匂いを嗅ぎつけてから、猫が何匹か小さな路地から現れ、こちらを見ている

「猫ちゃん!」

「なぁ~お」

「よしよし、おいでおいで 餌あるよ餌」

この魚の美味しさは保証する、昨日エリスちゃんが作ってくれた魚料理はどれも美味しかったからね、スンスンと鼻をひくつかせ 私の思惑通り猫達は魚に寄ってくる、よしよし

「お魚食べたい?、でもこれはタダじゃああげりれないんだな、実は手伝って欲しいことがあってね?」

「なぁ~」

猫の魔力は弱すぎてイマイチ何考えてるのかわからないが、きっと私の言葉は伝わっているはずだ、このまま魚を使って猫を我が家に招き 私の料理を手伝ってもらう、それでいい

まずは雇用体制の話をする、面接だ

お給料がいくらでお休みは月何日か、福利厚生の話も欠かせない 彼…彼女?が何処に住んでいるのかは分からないが屋敷専属の調理猫になってもらうなら住処を移す必要がある

ああそうだ昇進の話とか…履歴書もいるかな

そうプランを立てた瞬間…予想だにしない声が響く

「キャーーッ!カリスト様ぁーっ!!」

「ギャッ!?何事!?」

路地の向こうから耳をつんざくようなクソやかましい黄色い声が響き、驚いて私はそちらに目を向けてしまうんだ、当然猫とて甘くはない 私のその隙を見逃さず…

「あ!、待て!ちょっと!魚持ってないで!持ってくなら料理を手伝ってから…」

ヒョイと私の手から魚をふんだくり消えていく猫、…あれ…最後の魚だったのにな…

「もう!、これじゃあ料理出来ないじゃん!、何あの声!文句言ってやる!」

お陰様で料理を猫に手伝ってもらう目論見は潰えた、それもこれもあの声…なんだっけ?カリスト様?なんて人を呼ぶ声のせいだ、カリスト…どっかで聞いたことあるが 誰かは思い出せない

「って誰でもいいか!、よくも私のお魚と調理猫をー!!」

何はともあれ一言言わねば気が済まないと、勢いよく立ち上がり もうこれ以上ないくらい怒ってますからね?私 と全身で表現するように出来る限り大股で 拳を握り締めブンブンふって、声のする方へ声のする方へ進んでいく

声は大通りからだ、すぐ分かる いつぞや見た女の子の一団がわーきゃー騒いでいる、くそ喧しい!鬱陶しいぞこのアマ共!蹴散らすぞ!

「カリスト様!次はこちらをどうぞぉ」

「あ!あ!私もお飲み物買ってきました!」

「どうかお次は私めを椅子に…」

「ちょっとぉ、子猫ちゃん達?私のことが大好きなのはわかるけれどみんなで集まりすぎよ、まぁ 嬉しいけれどね」

大通りの一角に構えられたお洒落なカフェ、そこを丸々貸切状態にし占領、中には店中に溢れかえる女の子達を入れ…、それらを侍らせる嫌な感じの女が見える、カリスト…思い出した いつぞやの会ったノーブルズ達だ!

あんな女のどこがいいんだか、私には分からないが周りの女の子達はもうメロメロ…目の中にハートが浮かんで周りのことなんか目に入らず大騒ぎしている、あんなに騒いだら店に迷惑だろ!って思うけど どうやらこの店 従業員店長含め皆女そして彼女達も例に漏れずカリストの虜だ

みんな揃って カリストに骨抜きにされてる、異様な光景だ…ほんとあんたコーマンチキな女の何処がいいんだ?、美しさで言えばエリスちゃんやそれこそメルクさんの方が上も上 上々だ

まぁいい、何にせよ言わなきゃいけないことがある、お前のせいで猫を捕まえられなかったってなー!

「たのもーう、騒音のクレームに来ましたー!!」

「え?、何この子」

ただ私は臆することはない、ノーブルズ ピーマンズだか知らないが文句の一つも言わなきゃおさまりもつきゃあせん、この馬鹿騒ぎのせいで料理に使う猫の手を確保し損ねたんだ!、今日の料理どうするんだよ!お前らで料理するぞ!切ってみろ!

「はい!退いて退いて!」

「ちょ ちょっと!ルール違反よ!」

「カリストファンクラブのルール知らないの!?」

「知らん!、自分の知ってることが常識だと思うな!アホチンカン!」

困惑するカリストの虜達を押し退ける、何がカリストファンクラブじゃい!知ったことか!、こちらと料理当番じゃい!

手というオールを必死で振り回し人の海を渡航し、行き着くは店の最奥 女の子を二、三人くんで作られた人体玉座の上に座る悪魔はこちらを見て、驚いたような それでも落ち着き払ったような顔を向ける

「あら、貴方…デティフローアちゃんじゃないの、嬉しいわ 私のファンクラブに入りにきてくれたのね」

「んなわけあるかい!、街中でギャーギャー騒いで迷惑だって言いにきたの!」

「街中って ちゃんと室内で騒いでるでしょう?」

「人数と規模が明らかに室内に収まってないでしょ!、こんな人数で騒いだら近隣に迷惑!主に私に!迷惑!大大だーい迷惑!」

「あらそう?」

カリストはニタニタ笑いながら私の体を見る、嫌な目だ たまに会う変態ロリコン貴族と同じ目だ、目ん玉フォーク刺してやりたいくらいイラつくが、抑える…私は抗議にきた 戦争にじゃあない

「ちょっとこの…!カリスト様になんて口聞いてんの!」

「そうよ!失礼よ!」

「この偉大な方に向かって!口の聞き方を弁えなさい!」

「はぁ?……いぃやぁでぇーすぅ!ベロベロー!」

周りの取り巻きどもが怒り散らしながら文句を飛ばしてやるから言ってやるのだ、なぜこいつらに口出しされなければならないんだ、私は今カリストと話してるの 口を挟まないでと舌を出しておちょくれば 周りの顔が一気に赤くなり沸騰した湯みたいに怒りを見せる、壮観だなこりゃ 愉快愉快

「この…!カリスト様!このチビ女の始末の御許可を!」

「貴方様がこんな見苦しい女と会話されるなど私は耐えられない!」

「チビ言うな!、荒事に出るんならやめておいたほうがいいよ…私 強いから」

杖を構え 剣を構える女達、どうやらここにいる人間 全員学園である程度の戦闘技能を積んだ者達らしい、だが それでも負けるわけがない、だってこいつらと私では背負ってる者の名前が違う

こいつらはカリストとか言う浅ましい女一人のために

私はアジメク国民全員の為に、まずそこで差がつく 故に負けない、当たり前の話だ

私が手をフリーにし構えれば、それだけで周囲の女達は淀む、…そもそも戦闘に慣れてる様子もないな

「やめておきなさい、その子の言うことは本当よ、貴方達じゃ束になっても傷一つつけられないわ」

「貴方も含めてねカリスト」

「うふふふ、それはどうかしらねぇ…、ねぇ これ折角の縁だし、お茶しない?奢るわよ」

「誰が…!」

「甘いショートケーキとジュースもあるわよ」

「まぁ話だけなら構わないか…」

着席、その瞬間運ばれてくるケーキとジュース…ってこのショートケーキ!近所で有名な奴!絶対美味しい奴!、この店だったんだ…うわぁ、スポンジふわふわ いちごキラキラ…美味しそうだなぁ

「ふふふ、甘いわね」

「んんぅ~、たひかにぃ~」

「違うわ 貴方が甘いって言うのよ、そのケーキに毒でも仕込んであったらどうするの?」

カリストは脅かすように言うが 、このケーキに毒は入ってないだって変な味しないもん、毒が入ってたらもっと苦いでしょ 毒食べたことないから知らんけど、少なくとも今は私は元気いっぱいだ、それに何より…

「毒があっても自分で解毒出来るから問題ありません」

「そっか、アジメクの皇女様だもんね、そのくらい余裕か…ふふふ」

「…パクパク…モグモグ…」

ケーキをフォークで突き回しながらふとカリストを見ると、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ている、こいつもケーキ食べたいのか?やっぱり返せと言われても返す気は無い もう私のだもんねと腕でケーキを隠しながらカリストを睨み返す

「べ…別に取らないわよ」

「もちゃもちゃ…」

ならまだ何かあるのか?…、だが確かにカリストの魔力は煩悩に塗れ 薄汚い欲望を帯びている、表情には出してないが何か企んでる 私には分かる私には

「ねぇデティちゃん、私の子猫ちゃんになれば そんなケーキがいつでも食べ放題よ」

「ケーキってのはたまに食べるから美味しいの、それに…いくら甘いお菓子が食べられるからって 魂まで売るほどじゃない、あんな浅ましく周りでキャーキャー言うなんて ごめんだよ」

「そう?、でも…私の為なら そんなこと気にならなくなるんじゃない?…ねぇ?子猫ちゃん」

するとカリストは静かにこちらに身を乗り出して…瞳がキラリと妖しく輝く、そんな光り輝く目で私のことを見つめる、まるで私の内側を見透かすように、妖しい目で…

「何?ジッと見て」

「あ あら?、…私のこと好きじゃない?」

「好きに見える?、むしろ嫌い!大っ嫌い!」

「へぇ…、面白い娘…」

何処かじゃい!面白いわけあるかいな!ぶっ飛ばすぞ!、こいつさっきから意味ありげに笑い続けて 反省してるのかね、相変わらず周りの女どもの目は鋭いし、ノーブルズの取り巻き ジャスティスフォースとはまた違った面倒さだ

「私は好きよ、貴方みたいな強く才能のある美しい女が 私の美にひれ伏し屈する様が」

「悪趣味ぃ、もっといい趣味探したほうが良くない?読書とか」

「ふふふ、ここにいる子達も元々は才能溢れる…それこそ天才と呼ばれる娘達だったの、それが私を超えようとして…このザマよ、そしてその内貴方もこの中に加わることになる」

「ラクダがタップダンス踊るようなもんね、無理よ無理 ありえません」

「随分余裕なのね、でも無駄よ これは決定事項なの…これは決して覆らない、何をどうしようともね」

なんか騒音注意に来ただけで、えらいことになったな まぁこのケーキ食ったら帰るけどさ、美味しいケーキもギロギロ睨まれながら食ったら不味いもんね、また今度みんなと一緒にこようっと、そうすればきっともっと美味しいしもっと楽しいはずだ

みんなとなら何を食べても美味しいけどね、えへへ

すると、背後の女が ゆらりと動いた気がした、目を向けずともわかる 魔力を見ているから、その魔力はとても淀んでいて、感じ取るだけで胸糞が悪くなる食い気味が悪くて、それで…

「やっぱりこいつもエリスの友達ね、程度が知れるわ」

「は?」

ふと、取り巻きの中の一人が口にした言葉に思わず反応してしまう、何?私の親友貶すのこいつ

いい度胸じゃん、今デティ裁判の最高裁で有罪が決まりました、あつあつクリームシチュー頭からぶっかけて引き摺り回す、シチュー引き回しの刑だ

「エリスの奴、私達に逆らえず俯いてた癖に友達が来た途端元気になってさ、ほんとムカつくわ ああ言う女嫌いなのよね」

「ちょっとアンタ、何言ってのさ エリスちゃんがアンタに何したっての?」

ふざけてる余裕なくなるくらい、血が沸き立つ 怒りで、流石に私も友達目の前で貶されてニコニコ笑ってられるくらい優しいつもりはない

いつもなら、エリスちゃんかラグナが止めてくれるんだろうが、今日この場この瞬間には誰もいない、私を止める人間は …席を立ち椅子をテーブルに戻しながらエリスちゃんの悪口を言う女に向かうと、…他の女子達も口々に声を発する

「何って、別に ただムカつくからよああいうの」

「ノーブルズに逆らった身の程知らず、どうしたって構わないでしょ」

「アハハハハ、あれ傑作だったよね…頭から水ぶっかけたり 蹴られても私達に逆らえないんだから」

「…アンタ達何言ってんのか分かってんの?何したか分かってんの?」

怒りが湧いてくるとともに蘇る記憶、エリスちゃんは私達と合流した時、本人は気高に振舞っていたが、誰が見ても分かるほどに衰弱していた、心身ともに あんなに強いエリスちゃんが弱っていた

エリスちゃんは他の生徒から迫害されたとだけ言っていたけれど、こいつら エリスちゃんが抵抗出来ないのをいいことに、そんな…下劣な…

この世には溺れてる犬を見て行動する人間には二種類いる

助ける者と笑う者、どちらが良いかではない、ただ悲しい事に二種類いるだけだ

そしてこいつらは、ただ後者なだけ、ざけんなぶっ殺す

「何したか?色々やったわよ、アイツの椅子外に投げ捨てたり?作ってきた弁当ぶちまけたり、ああ 大切してた古臭いコートも処分してあげたっけ」

「ぇ…コートを」

その言葉だけは聞き捨てならなかった、水をかけた石をぶつけた そりゃ聞き逃していいわけじゃないが、それは違うだろ 次元が違うだろ、だってあのコートはエリスちゃんのでの品だ、記憶を決して失わないエリスちゃんは 記憶を形として残す事を好む

エリスちゃんがアジメクを旅立つ時着ていた…エリスちゃんが大切していたコート 私にとってもラグナにとってもメルクさんにとっても 他ならぬエリスちゃんにとっても思い出深い大切な大切な品 いや 宝物だ

それをこいつらはただムカつく ただ気に入らないという中身のない悪意と嫌悪、そして単なる憂さ晴らしのためだけに、エリスちゃんの宝物切り刻んで ダメにしたのか、こいつらは…こいつらが…

「…っ!」

気がつけば拳を握ってその女の前に立っていた


「はあ?何よ、やるっての?アンタもエリスにみたいに私達に暴力振るうって?、やっぱりアンタもアイツの友達ね!、野蛮な奴の友達は全員野蛮なのよ、アハハハハ」

笑う 周囲の取り巻きは笑う、私を エリスちゃんを、見下し 嘲笑う…エリスちゃんはこんな奴らに囲まれて数ヶ月も暮らしたのか、そりゃあ弱るわな

私と再会した時のエリスちゃんは見たこともないくらい弱ってた 、どれだけ傷ついても立っているエリスちゃん、だがそんなエリスちゃんが弱ってた倒れてたんだ…!

その事実を再確認する都度、頭がスーッと冷めていく 冷静になる、怒れば怒るほど 激怒がひっくり返る、ここで暴力で終わらせるのは簡単だ、簡単にして安易だ…だが

「…勘違いしないで、私はエリスちゃんのように拳で打ち据えてあげるほど優しくはないの」

「はぁ?、何言ってんの?」

「私は刃には刃で答え、罵詈雑言には罵倒で返し、尊厳を踏み躙る者には同じ屈辱を味あわせる、私の友達地獄に落とした借りは絶対に返す、全員漏れなく 裸で学校30周させてやる!」

何が正しいとか どれが間違ってるとか、世の中を支配する真理は 今この際置いておく、今重要なのはこいつらが 私の友達を 傷つけたという事実一つ、それに対する返礼は行う、力ではなく悪意ではない 単純なる報復 純粋な因果応報、地獄見せてやる!

歯をむき出しにし激怒する、周りがドン引きする勢いで…すると くつくつと喉を鳴らすような微笑が静かなる空間に響く、私の背後で…鳴る

「地獄ねぇ、なら私は天国を見せようかしら…貴方達全員!私の下僕にしてあげる!足の指舐めて恍惚とする下僕にね!」

カリストだ、立ち上がり私を見下ろしながら宣う 下僕にすると、もしかしてこいつ この女達を庇うつもりか?、今私が物の分別つくように見えるか?、なら敵だ こいつは敵だ

…しかし聞いた話じゃ こいつに反抗した生徒は直ぐにこいつの信奉者に変えられるようだ、そこにどんな種があり、どんな仕掛けがあるかはわからない、こいつは今のように私たちみたいに逆らう奴らを信奉者に変えてきた実績と経験があるんだろう


だがな、ナメんなよ…私は本気だかんな!

「上等ぉ!やってみなよ!」

「ええ、…でもここじゃあやらない、学園で貴方達が堕ちたところを周りの生徒に見せないとね、だから 今日のところはお帰りなさい?、長期休暇明けの学園…楽しみにしていてね」

ツンと私の鼻を指で突き微睡むような微笑を浮かべ続けるカリスト、相変わらず嫌な笑みだ…

しかしその微笑みを見て周りの女子達はキャーキャー騒ぐ、しっかし分からないなぁ こんな奴のどこがいいんだ?私の方が綺麗じゃないかな まぁ好かれたいと思ってないから別にいいんだけどね!

「フンッ!覚えてろい!後ケーキ美味しかった!ありがと!」

フンスカフンスカ鼻息荒くカフェを後にする、学園が始まったら仕掛けてくるというのなら上等だ、襲ってきたらギタギタにする 向かってきたらけちょんけちょんにする、だから今はいいんだ 今は…

「あ!しまった!お昼!急いで用意しないと!」

でも猫捕まえてないし、これじゃあ料理のしようが…あわわわ

大急ぎで路地を超え家へ戻る、ともかく無いものは仕方ない あるものでなんとかしよう



カフェを後にし、路地に消えるデティの後ろ姿を見つめ…静かにカフェの中コーヒーを啜るカリスト、その様は優雅 貴族の一息とでも言うべき可憐さに、周囲の女子達は色めき立つ

がしかし、当のカリスト本人の内心は

(…あの女、私に従わないどころか傅かないなんて…まさか)

荒れていた、ここに人目がなければこのカップを叩きつけて奇声を発しているほどに、私は男が嫌いだ 薄汚いから、そしてその次に私に従わない女が嫌いだ 

私は美しい、濡れたように艶めく髪 宝石さえ陰る瞳 黄金の比率によって整えられた顔、そしていかなる楽器さえ雑音に聞こえるこの美声、あらゆる美を兼ね備えている

私は天才だ、アマルトには劣るが剣も魔術もなんでも出来る、文学 音楽なんでもござれの天才だ

だからこそアマルトからも一目を置かれている あのイオよりも、それは偏に私が天才だから、私が特別だから 生まれながらに上層に居座る女だから

私は…私は…!、私は全ての女の頂点に立つ存在 凡ゆる女は私の前に跪く、あの魔女さえもいずれ跪かせる、下の者が上の者を仰ぐのは当然、それなのにデティフローア…アイツは従わない 靡かない 平伏さない

それが許せないし我慢ならない…だが

(でもまぁいいわ、私が本気を出せば あんな女イチコロ、まだ私の魔術の真髄は見せていないのだからね)

まだ本気を出してないだけだ、私の力が 私の美が 才気が打ち破られたわけではない

それよりも今は楽しい事を考えようじゃないか

アイツを下僕にしたらどうしようか、椅子にするには小さ過ぎる あんなのに座ったら腰を悪くする

なら 単純に辱めるか、奴の言った全裸で校庭30周…いいわね、私の虜になればアイツも喜んでそれをするだろう、エリス達だってどうするだろう…クククその様を思い浮かべるだけで興奮する

今から学園が始まるのが楽しみだ…

「あの、カリスト様」

「あら?どうしたの?子猫ちゃん」

ふと 下僕にした女がおずおずと前へ出る、私を愛するなら私もまた愛する、この子は私の愛しの子猫ちゃんだ、この子を愛でるように私もなるべく優しく美し受け答えをする

「あのデティとか言う女…どうしますか、始末しますか」

「そうね、……」

考える、私が本気を出して 奴らの住処に行けば それで終わりだ、だがそれでは面白く無い、あまりにもあっけない せっかくのいい獲物だもっと足掻いてもらわねばならない、楽しくもない…、なら

「ええ、私に逆らう愚か者に思い知らせなさい」

「では…例の計画を

「そうね、…ただ仕掛けるのは学園が始まってから、それまではゆっくり私と戯れましょう」

そうだ、私が本気を出せば直ぐに終わる、だから焦る必要はない ゆっくりやればいいんだ、この子達と遊んでね

…………………………………………………………

「…ただいまぁ…」

結局 私はただ魚一匹猫にあげてカフェでケーキ食って帰ってきただけだった、今日は一日料理に注ぎ込もうと思っていたのに、自分が惨めでならない

私はアホだ、カリストの相手なんかしたばかりに、大アホだ カリストはもっとアホだけど…

これじゃあきっと昼食も同じ結果になる、…任せてくれたみんなに申し訳がないよ…流石に怒られるかな…、ラグナは怒鳴ったら怖いだろうな メルクさんの怒りは天を割るだろうなぁ…

いつもよりも心なしか重たい屋敷の扉をゆっくり開けて、鉄球でもついてるんじゃないかってくらい重たい足取りでトボトボとキッチンに向かう

昼は間近だ、流石にもう準備を始めないといけない 間に合わない、ああ これなら見切り発車で外に出ず大人しく本を読み続ければよかったな、結局本を読むこともできてないから 知識的にはさっきと変わらない

これじゃ二の舞だ、同じ轍を踏み同じ結末を迎える、だが今更ジタバタ出来ない 出来ることもない

仕方ない、覚悟を決めて作ろう そして怒られよう、全ては私の無知と浅慮が招いた必然ならば 受け入れる、不貞腐れず 出来る限りの努力はするつもりだが…

そう ダイニングに入った瞬間…

「おう、お帰りデティ」

「帰ったか」

「メルクさん…ラグナ…?」

二人がいた、エリスちゃんの看病をしているはずの二人がダイニングに、いや それだけじゃない、二人ともエプロンを着ていて…

…ああそう言うことか、不甲斐ない私にはもう任せられないと 二人が作ることにしたのか…、そりゃそうか ロクに反省の色も見せず外を遊び歩いていれば失望もされる

申し訳なさと悔しさが胸に溢れて 涙として出てきそうになる、怒られるよりもみんなに失望される方が辛い、みんなに見放される事の方がとてつもなく辛い…これなら怒鳴られた方が何倍もマシだ、…もう友達失格だ私は…私は…

ッッーー!!、ダメだ 泣くな 不貞腐れるな、これは私の招いた結末じゃないか、受け入れる覚悟はしただろう!

「ど どうしたの?二人とも、エプロン着て」

なるべく、素面を装い 熱くなる鼻っ柱を隠して 何事もないかのように聞く、でも答えはわかりきってる、二人の格好を見ればわかる…

「いや?これから昼食の準備に取り掛かろうと思ってな」

やっぱり…私には 任せられないよね、メルクさんもラグナも私に失望し見放したんだ、責任も果たせず反省もしないチビを…、見放して当然だ 失望して当然だ

分かっていても、構えていても 覚悟していても、辛いもんは辛いな…

「ごめん…二人とも、私が不甲斐ないから…」

それでも、謝る それは必要な事だから、許されるから謝るんじゃない 許しを請うから謝るんじゃない、許されずとも謝るのは当然だ、何せ私は二人の信頼を裏切って……


「ん?…何を悲しそうな顔をしているデティ、私達はただ君と料理を作ろうと思ってだな」

「え?私と?」

不意を突かれ、再度私はラグナとメルクさんの顔を見る、よく見ると二人は何も怒っている様子はない、失望したような冷たい魔力もしていない…ただ 私の態度に疑問を持っている様子だ、…あれ?

私と作る?私が不甲斐ないからではなく?、まだ私のことを信頼してくれるの?まだ私にチャンスをくれるの?

泣きそうな顔でキョトンとしていると二人はなんだか申し訳なさそうに二人見合って笑うと

「いやぁな、よくよく考えてみたら別に教えるのがエリスじゃなくてもいいんじゃないかって思ってさ、俺達も最近は料理に慣れてきた、ならデティに教えることもできるんじゃないかってさ」

「思えば君は完全に初心者なんだ、その君に全ての重荷を背負わせるのは 些か私達も無責任だと思い、こうして力になろうとしているのさ、朝は君に丸投げしてすまなかった」

「で でも、私 不甲斐なくて、ロクに何も出来なくて」

「だが君は手を抜いていない、きちんと失敗を反省して本を読んでいただろう?、ちゃんと見ていたさ、君が真摯なのは私達もよく分かっている、罷り間違っても君を不甲斐ないなんて思うわけがない」

「わ 私に失望してないの?怒ってないの?」

「立派に役目を果たそうとする奴を見て、失望も怒りもするわけないだろ?、それが友達なら 尚更な」

二人は私に謝り、この頭を撫でてくれる 朝はよく頑張ったなって、その魔力に何の嘘偽りも見られない、二人は心の底から私の事を想い 私の事を尊重し、私を…信じて…!

「ってわけさ、デティ 一緒に昼飯作ろうぜ?俺たちに分かることならなんでも教えるからさ」

二人とも…、二人を疑った己が恥ずかしい、そうだ 二人はちゃんと私を見てくれているんだ、努力を認めてくれているんだ…

私だって二人のことを見ているし 認めているんだ、それと同じなんだ二人も みんなも、そんな事さえ気付けないなんて、最初から分かってたじゃないか 二人はそんな心の狭い人間じゃないって…、、 バカだな…私は

「で でも!エリスちゃんはいいの?」

「心配には及びませんよデティ」

「え!?エリスちゃん!」

階段からゆっくりと降りてくるのはエリスちゃん、寒そうに上着を羽織り やや赤らんだ顔をしながらも降りてきて、微笑むのだ…だ 大丈夫なの?風邪なんでしょう?

「ラグナ達の看病のおかげで幾分楽になりました、エリスの事は気にせずに…手伝う事はできませんが、何かしらの役には立てると思います」

「エリスの熱も大分引いてきてるんだ、それでもまぁ油断していい状態じゃないが、俺達が付きっ切りでいなきゃいけないほどじゃないんだ、でもエリス キツかったら直ぐに部屋に戻れよ」

「はい、…エリスも デティが頑張るところ見たいので」

そう言うとエリスちゃんは椅子に座り力なく微笑むエリスちゃん、…みんな…みんなぁ、私はみんなの信頼と優しさが嬉しいよ

さっきまでとは違う涙が溢れそうだ、私のためだけにみんなで悩んでみんなで考えてくれた、何をされる 何を貰うよりも嬉しい信頼の発露に 私もまた…

「エリスちゃん…ラグナ メルクさん、ズズゥー!わだじはみんなのごどがだいずぎだぁー!」

泣く、ボロボロ目と口と鼻から水を流しながら感動する、感動した 感動したよぉーっ!みんな大好きだー!

「おいおい、何泣いてんだよデティ」

「だっで!わだじ!みんなの信頼に応えなきゃって…任された責任を果たさなきゃって、でないとみんなに嫌われちゃうかもっで…それでぇぇぇ」

「嫌うわけないだろ、俺達だってデティの事が好きだし 何より信頼もしてる」

「デティが一生懸命なのはよく理解しているしな…私も見習う部分が多いと尊敬さえしているよ」

「エリスにとっては一番最初の親友ですよ?、特別でないはずがないです」

うぅ…嬉しいよう嬉しいよう、みんなが口々に私を認めてくれる、世界中探してもみんな以上の友達はきっと見つからないよ…、私にとっての親友なんだ みんな!

そうだ、やっぱり私にはみんなが必要だ…この日々はきっと 永遠に残り続けるんだ、きっと

「ありがとう…みんなぁ」

「りょ…料理作るだけで偉い感動されたな」

「まぁいいじゃないかメルクさん、よっし!んじゃ作るぞ!飯!」

「皆さん、頑張ってくださいね」

ラグナは腕まくりをしメルクさんも髪を束ねる、よし私も頑張ろうとエプロンを着込み三人でエリスちゃんに見送られながらキッチンに向かう

「あ、そういやデティ 猫は見つかったか?」

「猫?なんで今猫の話が出るんだ?」

そうだ、猫が見つからなかったんだ 食材を切るには猫の手がいる、だがその肝心の猫の手がなければ…

「アジメクじゃ猫を料理に使うんだろ?、なぁ?エリス」

「…そんな話は聞いたことありませんよ?」

……あれ?、使わない?え?どう言うこと?あの本嘘書いてあったの?

「そもそも猫は可食部も少なく肉も筋張っているので、困窮しても食べないです」

「ちょちょ!ちょっと待ってよ!なんで猫を食べるってことになってるの?」

私は猫を料理に使うのだ 猫で料理を作るわけではない、…いや 確かに私 猫を料理に使うといったな、つまり…勘違いされてたのか?、でも調理に猫を使うなら 普通はそう言ったら伝わるものじゃ…何かおかしいぞ?

「ん?、ではデティは何故猫を探していたのですか?」

「いやそのまま料理に使うんだよ、あの料理の教科書書いてあったよ?、食材を切る時は猫の手で!って、だから猫に手で切ってもらおうと思って」

「ああ…なるもど、ではデティ?猫の真似してみてください、出来る限り可愛く」

え、なんで…とはエリスちゃんの言葉を疑問に思いつつも真似をする、…えっと?手を丸めて 片手を胸へもう片方を頭の上へ持っていき、腰を突き出し …

「にゃん!」

「うん可愛い!…その手ですよデティ、その丸めた手のことを猫の手と呼び、この丸めた手で食材を押さえて包丁で切るんです、指を伸ばしたままだと指を切ってしまいますからね」

「え!?そうだったの!?私てっきり本物の猫の手かと…」

「ふふふふ、デティ…可愛い勘違いでしたね」

そんな、これ勘違いだったの?じゃあ私とんだピエロじゃん!、思えば猫なんかに食材切らせるわけないじゃん、私馬鹿か…

なんだ…そうだったのか、ふふふ そっか そうだったのか、良かった…

「ふふ…うふふ、はははは…しかし…ぷふっ、猫の手を…本物の猫の手と勘違いして …あはは、猫を捕まえに言ったと…あはははは」

エリスちゃんは愉快そうに笑ってお腹を押さえている、そんなに笑わなくても…私本気だったんだけど!?、いやこ こんな馬鹿ことに本気になっているからか、それに エリスちゃんは苦しそうな顔をしているより笑ってる方が可愛い

「まぁ!勘違いだったならいい、包丁の使い方から教える必要があるなら 俺たちも気合い入れないとな」

「ああ、何事も初めては無知なもの、ここからやるぞ デティ」

「うん!私はフライパンの使い方もわからんぞー!うおー!」

「デティそれはフライパンではありません、鍋の蓋です」

そこから始まる炎のクッキング、料理の初心者とこの間まで初心者だったラグナとメルクさん、そして風邪でダウン中の経験者達によるクッキングが始まるのだ

二人は分かる限りのことを教えてくれた、包丁の使い方 道具の名前と用途、食材の調理法 もはや美味しい料理を作る以前の話だ、なんとか食べられる物を作る為 二人とも知恵を絞り努力を惜しまなかった

「いいかデティ、包丁が危ないのは言うまでもないだろう、指を昼飯にしたくないのなら、さっきエリスから教えてもらった猫の手で切るんだ、分かったな」

「はい、メルクさん…にゃん にゃん にゃん」

「切る都度猫の真似はしなくていい」

「分かったにゃん」

メルクさんのおかげで私は食材を切れるようになったし

「デティよく見ろ、この肉 焼けてるように見えるか」

「うん、見える」

「だろ?だが表面だけだ しっかり焼こうと思うなら、串で刺して中から出る汁を見るんだ」

「うわっ!真っ赤なの出てきた…」

「まだ焼けてねぇな、もうちょっと焼いてみるか、次は火から離してな」

ラグナのおかげで私は焼く方法を知ることが出来た

「デティ、美味しい料理を作ろうと思わなくていいのです、必要なのは愛情ですよ」

「でもエリスちゃんの料理は美味しいよね?」

「それはエリスの愛情がたくさん詰まっているからですよ」
 
「ラグナへの?」

「みんなへのです!茶化さないでくださいよ…」

エリスからはお料理のなんたるかを教えてもらえた

四人であれこれ言い合いながら、笑い合いながら料理を仕上げていく、いつのまにかエリスちゃんも元気が出たのか張り切りながら厨房に入ってきていた その後すぐにラグナに追い出されダイニングに着席させられていた

そんなこんなでみんなもう乗りに乗って色んなことを教えてくれた結果…………




「パーティでもするんですか?…皆さん」

エリスちゃんが机に並んだ料理の数々を見て眉をひくつかせる

はい…そうです、作りすぎました、シチュー 肉盛り サラダ パン スープ…それが机に所狭しと並んでいる、あれもこれもと作ってるうちに三人でこんなに作ってしまった

「悪いエリス、俺達も調子に乗りすぎた」

「シチューの作り方 美味しい肉の焼き方 サラダはどう作る スープはどう煮込む、あれこれ実践していたら なんか沢山出来てしまった」

「でも色々やり方教えてもらえたよ!えへへ、これで私も料理作れるんだぁ」

凄まじい量のご飯を前に辟易する三人を他所に私はみんなから教わった物を纏めたメモを眺める、これは私たち4人の知識の結晶 絆の具現だ、ただのお料理メモ以上の価値がある みんながみんなそれぞれ筆をとって書いてくれた 教えてくれたメモ、それを抱きしめれば自然と笑みが零れる

「嬉しそうですね、デティ」

「うん!嬉しいよエリスちゃん!」

「それは良かった…では、こちらも気合を入れて処理しますか」

するとエリスちゃんはどこからか鉢巻を取り出しそれを頭に巻くと両頬を叩く、風邪なのにすごい気合だ

「いいですかデティ!料理とは皿に盛って終わりではありません!、食べる人間が残さず食す!その過程までを料理というのです!、作るだけ作って満足してはいけませんよ!」

「おう、残さず食う それは食材と料理を作った人間に対する礼儀だ」

「私達が作ったんだ 私達で食べるぞデティ」

「うん!、任せて!全部食べてデカくなってやるー!」

フォークを片手に料理に飛びかかる、…私達はそれからとてもお昼に食べる量ではないそれを食べ尽くすこととなる、四人で食卓を囲んで額に汗を流しながらかき込む

みんなとバカやって みんなと食卓囲んで みんなと笑い合う、この日常を私は尊び慈しんだ、慈しみ続ける きっと、それは大人になっても…変わらない

どこか確信めいたものを感じながら私は自分で焼いたパンを齧り…

「んまーい!美味しいよー!みんなー!」




………………………………………………………………

突然ではあるが、話をしよう…単なる世間話とでも言おうか、無駄話とでも言おうか、私の雑談にでも付き合ってくれ

何、そう構えるほどの事ではないよ、そうだね…


こんな話を識っているかな?、とある船乗りの話さ…

ある冒険より帰還した船乗りは、帰還した折 その船を修復することにした、という話さ

朽ちた部品は新たなものへ置き換え 傷ついた櫂は別のものに変えられて、最終的に 船乗りの船は全て余さず別の部品に置き換えられたそうなのだが

ここで問題になるのは、その船を構成する全ての部品を交換した場合 その船は果たして同じものと言えるのか、そして取り替えた古い部品を組み立てて作られた船と新しい船どちらが船乗りの本来の船なのか…とね

面白いだろう?面白くない?、まぁそこはいいさ 別にどうでもね、問題は答えがあるかどうかだ、君はどう思う?……

私が思うにこれの答えは簡単なものさ、曖昧だが 結局は船乗りがどう思うか、つまり 船乗り個人の識別により答えは変わってくる

船乗りが新たに手に入れた船を気に入れば新しい船こそが船乗りの船

思い出を捨てられないというのなら古い船が船乗りの船

もしかしたら両方が船乗りの船 ということもあるかもしれない、結局はその人自身がどう思うかに委ねられるのさ

では本題に入ろう、今のは例題さ

本題は…もし、その双方の船が 全く同じ材質 全く同じ形状 全く同じ状態 全く同じ大工が仕事をしたなら、この問題も少しは意味合いが変わるんじゃないかな

交換されても誰も分からない、一部分だけが換わっているのか それとも換わってないのか、或いは全て換えられているのか 識別が不可能な状態にあったなら、この話はそもそも成立しないだろう?

何せ誰も認識出来ないんだから、きっと 当の船自身も取り換えられていることに気づくこともないだろう

これらを見分けることはできるのか?、船乗りに見分けることは不可能ではないか?、無論 不可能ではない 見分ける方法はある

どとのつまり、万物とは 四つの原因から成る、それは質料と形相と作用と目的だ…この船は双方質料と形相と作用は同じだが、目的が違う

故に この場合新たに旅に出る方が新しい船 留まるのが古い船となる、全く同じでも 目的とは違うものなのさ、分かったかい?

…で、この話をして何が言いたいって顔だね、分かるとも この話にも件の四原因があるからね、そう 目的が

さて、なんと言ったものか…そうだな、これは飽くまで船の話だが

だからと言って、それが人間に起こりえない話ではない、という話さ

…うん?分からない?、そうか 分かった、ならもっと分かりやすい話をしよう もしかしたら沼の男の話の方が事態の本質に近いかもしれないからね

え?聞きたくない?、そうか まぁ確かに答えをいちいち教授するのも面白くはないだろう、では私は退散するよ

どんな物事も動き続ける、人とは真実に向かって進むもの どれだけ本人が拒んでも、人はいずれ真実に行き着く、まぁその時 確かな答が出せるかは また別の話だが…ね?

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