孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

150.孤独の魔女と絢爛、舞踏の宴

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長期休暇が明け 再び学園が始まった、まだやや汗ばむ蒸し暑さの中に肌寒い空風が混ざり 丁度いい気候を作り始める、秋の季節 それが少しづつ顔を覗かせ始める

長期休暇が明けると コルスコルピの国はだんだん騒がしくなり始める、もう少ししたら収穫祭だ、今年の豊穣を喜び 来年の豊穣を祈る伝統的な祭り、収穫の喜びを馬鹿騒ぎで発散し また一年という長い月日を乗り切る為に 人は収穫という作業に祭りという祝い事を付与した

特にエリス達の住む中央都市ヴィスペルティリオでは盛大に祭りを行う為、休暇明けから動き始める

その最たるものといえば やはり収穫祭のメイン、エウプロシュネの黄金冠だろう、去年エリス達がやったあれだ 、あれを今年もやる 伝統だからね

去年はカリストの策略によりエリス達が主演にねじ込まれたが 今年はそういうのは無しだ、早々にキャストが投票で選ばれ 皆収穫祭の を盛り上げる為練習を始めている

当然ながら今年エリス達は不参加、今年もエリス達を主演にと推す声もあったが、もうああいうのはこりごりだ、今年は事前にエリス達は参加しない旨を伝えておいたのでエリス達に票は集まらなかった

まぁ中には他人の話し聞いてない奴とか 熱狂的な人とかが数名入れたりはしたが、その程度で選ばれることはない

今年エリス達にはやることがあるから、そう ノーブルズのリーダー イオ・コペルニクスからのパーティへの招待、そこでイオはエリス達と決着をつけたいと言っていた、なので今年は祭りに参加せず 王城で開かれるパーティにエリス達は四人揃って出席することとなった

決着をつけるとイオは言った、エリス達は今日この日までにノーブルズを何人も打倒してきた、その多くが荒事での決着だった…つまりイオもまたエリス達と武闘で決着をつけたいのだろうか、そういうイメージはあまりないが…

まぁ 行ってみれば分かるか、という感じで話は決まり エリス達は大人しく収穫祭の日まで学園に通うこととなった

…学園生活の方は、去年に比べたら平和だが やや戦々恐々としている、というのも反ノーブルズ派が頭角を現し 風紀が乱れ始めている、絶対的統治者の零落と共に民衆が力をつけ始めているのだ

このまま行けば学園内で革命が起きる、その結果の是非を問わず 学園は今よりも過ごし難いものとなるだろう、それを止めたい と言っても今更エリス達だけでは止められない

一応 エリス達の仲間であるアコンプリスのクライスさんに話を通してみたが、あんまり意味はなさそうだ、反ノーブルズ派と言ってももう一枚岩ではない上、アコンプリス自体も最近は活動が過激になりつつある クライスさんはその手綱引きで手一杯の様子だった

このままでは良くない、現状変革の為にも ノーブルズ達 …そしてイオとの決着は急務だ


なんて思っている間に あっという暇もなく長期休暇から暫く経ち、収穫祭当日 運命の日がやってきた

………………………………………………………………

「エリスちゃん!どーお?似合う?」

「とても似合ってますよ、デティ」

収穫祭当日、外は祭りの騒ぎでごった返す中 エリス達は屋敷で揃ってお着替え中だ、これからエリス達はイオの招待により 王城でのパーティに出席する

パーティだ、しかも国王主催の由緒あるパーティ、だらしない格好ではいけない、ということでエリス達はみんな 正装に着替える

学生の正装とは即ち制服だが、今日は学生ではなく 大国の主として相応しい格好で出向かなければならない

例えばほら、目の前でクルリと可愛くターンを決めるデティが来ているのは魔術導皇の法衣、通称は『金刺繍の聖白法衣』、純白の布をダルダルに垂らしているのはデティが小さいからではない 元々そういうものだからだ

この金刺繍の白法衣は歴代魔術導皇が着た物と同じものだ、壊れる都度縫い直し 代替わりする都度丈を変え、何度も何度も連綿と使い続けてきた由緒ある品、デティのお父さんもその先代もその前も ずーっと着てた歴史ある法衣なのだ

これこそが魔術導皇の正装、おいそれと着込んで出かけていいものでもないが、今日は特別だ

「とても綺麗ですね、この法衣…」

「分かるー!、私もこの法衣とっても大好きなんだ!、もしものためにこの国に持ってきておいてよかったよ」

いやそうはいうがいつぞやの下着泥棒の件でこの法衣が盗まれてたらどうしたんだ?、もう国際問題どころの騒ぎじゃないぞ…、ああ ゾッとする…

「二人とも着替え終わったか」

「あ、メルクさん」

すると二階から足音がし、語りかけてくる メルクさんが

彼女の姿はまぁなんとも…様になっている、純白のコートに金のボタンが煌めくデザイン あれは軍服か?それを肩から羽織 うちには蒼と白のスーツが見える、美女というよりはあれだな 美男子のようだ

スーツとズボンというのもあって非常に男らしい、女なのにそこらの男性より遥かに美男子だ、胸が出ていなければ完全に性別を見誤る

「なんか 軍服を着ているとしっくりきますね、メルクさん」

「ああ、これは私が同盟首長になった後 一級の仕立て職人に作らせた一点物だ、デルセクトの軍服をモチーフにしているから、エリス的にも見慣れた物だろう」

「それでぇ~?お値段のほどはおいくらぁ~?」

「随分野暮なことを聞くじゃないかデティ、…そうだな 詳しくはよく覚えてないが、まぁこの一着であれくらいは買えるだろうな」

と言いながらメルクさんは明後日の方向を指差す、指差す先には窓がある…窓を買えるくらい?、んなわけがない 窓の外に映るのはこの国の王城 コペルニクス城だ…

流石にこの国の王城を買収できるほどではないだろうが、少なくともあの規模の城なら建てられるということだ、一周回って凄いのかどうなのかも分からない その服のどこにどれだけの金額が…、ぼられてんじゃないのか?なんて思うのは失礼か

「おいメルクさん、パーティ行くのに軍服って、そりゃ野暮じゃないのか?」

「なんだと!?これはデルセクトの同盟首長としての正式な装束で…って、お前に言われたくないぞ、ラグナ」

「え?そう?」

続いて現れたラグナ…は、なんというか パーティに行くというよりこれから国取ってきますって格好だ、黒の外套の下に黒の甲冑 それに赤いラインが入った如何にもアルクカース趣味な格好だ

ってかそれアルクカースで国王として仕事してた時と格好違いますよね、あっちの方がパーティに向いてるんじゃ?

「これだって由緒ある姿なんだぜ?、アルクカース王族が出陣するときは 代々この格好で自軍を鼓舞したと言われてるんだ」

「ですから 今から行くのはパーティですよ、ラグナ…せめて甲冑は外しましょう?」

「ん…そうか、というかエリス お前もドレスに着替えたんだな」

ラグナの視線がエリスの体に向けられる、今のエリスの格好はいつものコート姿ではない、流石にパーティにコート姿で出るわけにはいかない、かと言ってエリスには正装があるわけじゃない

ということで少し前にメルクさんと一緒にドレスを仕立ててもらった、紫がかった白のドレス…、エリスはあんまりドレスとか着たことないのでややこっぱずかしいが、これを用意してくれたメルクさんには感謝ばかりだ

でも持ってても使い余すのでパーティが終わったらメルクさんに返すつもりだ、返されても困るだろうが かと言って売るわけにも旅に持っていくわけにもいかないしね

「綺麗だな エリス」

「は 恥ずかしいですよラグナ…」

「え?あ、…す すまん」

「ねぇーそこ、いつまでもイチャイチャしてたらパーティに遅れるよー!」

イチャイチャって、もう、デティは直ぐにからかうんですから…、まぁいいです ここまで準備して遅刻はあり得ない、ラグナも甲冑を外し まぁ戦士感は拭えないがそれらしい格好になったし、そろそろコペルニクス城に向かうか

「すみませんデティ、直ぐに行きます」

これからエリス達は遊びに出るわけではない、ラグナとエリスはイオから呼び出しがかかってる、この決着の是非が今後の行く末を分けると言えるほど 大切なものだ、気を引き締めてかからねばなるまい…

「表に馬車を用意してある、それで城に向かうぞ」

「お、準備がいいなメルクさん」

「当たり前だ、ラグナ…この格好でテクテク歩いて城まで向かう気だったのか?」

「少なくとも俺は去年そうしたぜ?」

「……、大物なのか 或いは…と言ったところだな、まぁいい」

やや呆れ気味のメルクさんを先頭に屋敷の前に用意してある馬車に一行揃って乗り込む、旅の時に乗ったようなものではなく、貴族が乗るようなしっかりしたものだ、序でに御者や馬も用意してくれていたみたいで エリス達が乗り込むと共に馬車は動き出す

「………………」

「どうした?エリス?顔が硬いぞ?」

座席に座ると 何やらメルクさんが心配した様子でこちらの顔を覗き込む、どうした?顔が硬いぞ と…、そりゃそうだ

エリスは今になってようやく緊張してきたのだ、いや 少し前まではあまり考えないようにしていたが、目の前に座るラグナ達の格好と貴族の乗る馬車に乗せられ これから向かうは王城…と来たもんだ

緊張するだろ、普通の旅人であるエリスからしてみればまさに別世界、交わることのない場所 行くはずのない場所へこれから向かうんだから、ああ 緊張で胸が高鳴り止まらない

「まさか緊張しているのか?」

「は はい、王族の方のパーティに行くなんて 初めてなので」

「紅玉会に出たことがあるだろうお前は」

でもあれは…いや、あれも国王主催のパーティか一応

「でもあの時はやらなきゃいけないことで頭がいっぱいで、緊張とか言ってる暇がなくて…」

「なら簡単だ、今回も同じような心持ちで挑め、お前は今回やるべきことがあるんだろう?、状況としてはデルセクトと変わりはない」

「そ そうですけどぉ…」

簡単に言ってくれるなぁ、一回緊張してしまったらそう簡単には解れない、…けどま事の重要性というか部類に関しては今回も紅玉会の時もあまり変わりはない、なら …緊張している暇なんか ないのかもな

はふぅ とため息を一つこぼして馬車の窓から外を見る、街には楽しそうにはしゃぐ人たちが見える、収穫祭というイベントの中で さらに小さな祭りや大会を開いているせいで

とっ散らかった取り留めのない印象を受ける喧騒…、あちこちですれ違う人たちを眺めつつ緊張をほぐす、…この街ってこんなにたくさんの人が住んでたんだ、知らなかったな

目で見ていても、目を向けなければ 見えないものもある、エリスはこの国に来て ずっと学園しか見てなかったんだな…いつもなら こんな風に街を見ていただろうにな


そんな風にだらしなく頬杖をついて窓の外を眺めていると、だんだん 街人の姿が少なくなっていくのがわかる、近づいているんだ 王城に、流石に国王のお膝元で騒ぐバカはいないか…

ガラガラと揺れる車輪が大人しくなる、舗装された石畳に出たんだ…王城が近い、そう思う間も無く 馬車馬が嗎き、車が止まる

王城の 荘厳な城門の前で

「もう着いたか」

直ぐ着いた、当然だ 歩いても直ぐの距離にあるんだ、馬車で行けばもっと直ぐだ、はぁ 結局緊張を紛らわす暇もなかったな、なんてため息をつきながら外側から馬車の扉が開けられる

それに答えてエリスも外へ、続いてラグナ達も…周りにはエリス達と同じように煌びやかな格好をした人達が次々と馬車から降りて城へと向かっていく…、去年のエウプロシュネの黄金冠も偉い人たちがたくさん来てきたし、あの人達はエウプロシュネを見に来たのかな

まぁエリス達は今日エウプロシュネを見る予定はないし、…エウプロシュネといえばエトワールの騎士マリアニールだ、彼女とはちょっと顔を合わせたくないので エリスはやや足早に城門を潜る

ラグナ達と共に城門をくぐり 城へと入るなり、小綺麗な格好をした執事が出迎えてくれる

「ラグナ様 デティフローア様 メルクリウス様 エリス様、お待ちしておりました…パーティの会場はこちらです」

「ん、ありがとよ」

「ご苦労」

エリスが緊張から声を返せずにいる間に ラグナ達は慣れた様子で軽く執事に返事をし城の奥へと案内されていく、慣れてるなぁ さすが大王達 エリスとはまるで違う

「………………」

赤く染まる絨毯を歩き パーティの会場であるダンスホールに向かう、去年来た時は演者として、今年は王達の随伴として…か、一年でエリスも出世したもんだ

「こちらになります」

そうして、通されたのは大きなダンスホール…広い、紅玉会の時行ったパーティ会場より三倍くらい広い、流石は魔女大国の王城だ どでかいな

既に会場には多くの紳士淑女が集っており、もう半ば パーティは始まっているも同然だった

「もうすぐ 国王様より開始の合図がされるので、しばしお待ちを」

「ん、イオは?」

「イオ王子は別室にて休まれております、準備が出来たら呼ぶのでそれまでどうかパーティを楽しんで欲しい との伝言を頂いております」

「そっか、わかった 下がっていいぞ」

「御意」

ほぇ~ラグナ慣れてるなぁ~、こういうパーティに出席したのは一度二度じゃなさそうだ…当然か

しかし、イオはまだ準備とやらが終わってないようだ、それまでパーティを楽しむ…ったっても 何をどう楽しめば良いやら、祭囃子と共にみんなが一斉に踊ってるなら まだわかりやすいものを

見渡した限りそんな楽しそうなパーティじゃない、みんな小皿やグラスを持って立食しながら話し込んでいる

「んじゃ、これから挨拶回り行ってくるか」

「え?楽しむのでは?」

「建前だよ、一応俺たちは国の主として出席してんだ、それくらいはやっとかないと」

そういうもんなのか、メルクさんも既に襟を正して準備万全、デティでさえキリリとして魔術導皇モードだ、え エリスも背筋を正さないと…、しかし挨拶回りとはなんなんだ?あちこち歩いて回って『こんにちわ』『こんにちわ』って言って回るの?

周囲の貴族や王族達を見るにそんな事をしている様子はないし…と思ったら、その周囲の貴族諸侯の目がこちらをチラリと向くなり、ドッと川のように人の流れが生まれ 有象無象が寄ってくるではないか

「エリス 離れるな」

「ひゃわ…」

ボケっとしているとメルクさんには腰を引き寄せられる、離れるな その言葉を理解する頃には既にエリス達の周りには身なりのいい紳士や嫋やかな淑女が集まってグルリと取り囲んでいる

…か 囲まれた…!?

「これはこれは ラグナ大王、お久しぶりでございます、ディオスクロア大学園で学んでいるというお噂は本当だったのですな」

「お久しぶりですティモテ伯爵、私もまだまだ浅学の身故 学ぶ事の多い毎日を送っております」

「何をまた、ラグナ大王ならば主席も間違いないでしょう、何か 私に出来ることがありましたらどうかお声掛けくださいませ」

「ありがとうございます」

穏やかな笑みを浮かべた恰幅のいい老紳士にラグナもまた爽やかーな王子様スマイルで受け答えをする、ラグナのあんな顔を見たことないよ…というかラグナ 普段は見聞きしたことも全然覚えてないくせして相手の人の名前と顔覚えてるなんて…

「おお、メルクリウス様」

「む?、如何されたプロスペール殿」

「いえ、今日という喜ばしい日にメルクリウス様のお顔を拝見出来てプロスペールは恐悦至極の心持ちでございます」

「相変わらず世辞が嘘くさい奴だ、デルセクトを代表する商人たるお前の事だ、何か儲け話を持ちかけに来たのだろう?」

「ははぁ、流石は理知聡明なメルクリウス様でございます、実はメルクリウス様が推し進めている蒸気船事業に我がプロスペール商会も一枚噛ませて頂きたく、勿論 いくつか面白いお話もご用意してあります」

「フッ、目敏い奴め だか今日は祝いの日…大目に見よう、後で伺う 終わるまで待っていろ」

「ははぁ…」

メルクさんもすごいかっこいい、なんというか まるで隙を見せていない、お前の考えなどお見通しだと言わんばかりの お前など我が手の内だと言わんばかりの態度に思わず心までも彼女に掌握されそうになる、流石の同盟首長…地下でパン齧ってたとは思えない

「デティフローア様…」

「あ、魔術関連の話でしたら今日は受け付けていませんのでそれらはアジメクにどうぞ」

「し しかし、デティフローア様にはコルスコルピの魔術発展にどうかご助力願いたく…」

「私は世界の魔術発展に尽力する身ですので、どこか一つの国だけを贔屓することは絶対にありません、どうかご理解を」

「そ…うですか、申し訳ありません…」

デティはなんだか怖い、あんな小さな体が大きく見える、デティが時々見せる魔術導皇モードだ 、この時のデティはエリスでさえ口利き出来ない程の重圧を放つし 何より魔術界の平穏のためならなんだってするしどんな事だって言う

流石はスピカ様をして歴代魔術導皇の中でも最高傑作とまで言わしめた人だ、尊敬しちゃう…尊敬…するんだけどさ、デティ せめてテーブルの上のお菓子から目を離して話ししましょうよ

「………………」

そして当然エリスに話しかけてくる人はいない だってエリス王様じゃないしね、むしろ奇異の視線で見られる

『誰アイツ?』とあからさまに首を傾げられる、中には『彼女は誰ですか?』とラグナ達に聞く者もいるので その都度ラグナ達が説明してくれる

そしてエリスが孤独の魔女エリスと知ると 『これが…』と声を上げるが やはり声はかけてこない、というか 余計避けられる

エリスって世間的には嫌われているんだろうか…、と思ったらどうやらエリス 怖がられているらしい

理由は単純 得体が知れないから、孤独の魔女というただでさえよく分かっていない謎の存在の弟子ともなれば 余計意味不明だ、変に声かけて怒りを買うと恐ろしいから…だそうだ

エリスそんな怖い人ですかね、かと言って怖がられないために戯ける必要もないので、黙って棒立ちを続行する、大丈夫 エリスは声をかけられない エリスはカカシです

ただ立っているだけ…

「エリス…ですよね?」

「へ?」

ふと 声をかけられ顔を上げる、エリス?エリスの名前呼んだ?、一体誰が…はたと顔を上げ声のする方を向く、そこには眩いまでの黄金の鎧が目に入り…

「グロリアーナさん」

「やはりエリスでしたか、懐かしい デルセクト以来ですね」

グロリアーナさんだ、デルセクトで出会い まぁ色々苦渋を舐めさせられ苦労もさせられた相手だが、最終的には和解した人物 魔女フォーマルハウト様の下僕を自称するデルセクト連合軍の最高司令官様だ

「お久しぶりですグロリアーナさん」

「ええ、よもやこんな場所で再会しようとは 大きくなりましたね」

「グロリアーナさんもより一層綺麗になりましたね」

艶やかな黒髪 煌びやかな美貌、元々綺麗だったが 今は更にそこから時間という名の研磨石が彼女の美しさを研ぎ澄ませ 妖艶と言わせるまでに輝かせている

「肉体の方も更に綺麗になりましたよ、見ますか?貴方のためなら脱ぎますよ」

「衆目の前なので遠慮しますね、それより 声をかけるのエリスでいいんですか?、メルクさんには…」

「同盟首長とは少し前までデルセクトで会っていたのでね、何より今は忙しそうなので こちらを優先しました」

「そうでしたか」

そっか、ちょっと前までメルクさんはデルセクトにいたしね、懐かしさはそんなにないか…しかし懐かしいな、グロリアーナさんとはデルセクトで知り合った仲 つまり再会は数年ぶりだ、他に誰かきてないのかな…エリスの知り合い

「今日来てるのはグロリアーナさんだけですか?、例えば デルセクトからザカライアさんとか来てません?」

「あれを連れてくるとデルセクトの品位が落ちるので置いてきました」

「あ…ははは」

ひでー言われよう、否定できないあたりタチが悪い、まぁザカライアさんとは去年出会ったからまぁいいか…

「…エリス、ザカライアから聞きました この国にも大いなるアルカナの影があるとか」

「聞いてたんですね…」

「ええ、残念ですが私といえど他国である以上あまり援護は出来ません、一応タリアにも話を通しましたが あまり効果はないでしょう、彼女はアルカナの恐ろしさを知りませんから」

…グロリアーナさんとは共にヘットと戦った間柄だ、故に知っている アルカナを放置する脅威を、だがタリアテッレさんは知らない アルカナを放置する危険性を、だからアルカナ達ものびのびと活動出来ているんだろう

「大丈夫ですよ、エリス達がなんとかします」

「…ふふふ、確かにそうですね 貴方とメルクリウスが共にいればアルカナといえど敵ではありませんね、何せ実績がありますから…ですが油断なさらないように」

「はい、心配おかけします」

では とグロリアーナさんはそれだけ残すと再び人混みへと消えていく、…もしかしたら エリスが一人で立っているのを見兼ねて声をかけてくれたのかもな、魔女が関わらないと本当にいい人なんだよなぁ グロリアーナさん


 「エリス、グロリアーナ総司令と何を話していたんだ?」

すると、メルクさん達も挨拶にひと段落がついたのか 会話に区切りをつけてこちらに寄ってくる、もう挨拶はいいのだろうか…まだ話したそうな人が結構いるみたいだけど…

いやいい、エリスはこの手のことに関しては門外漢、下手に口に出せばラグナ達に迷惑をかけそうだし無視しよう

「いえ、久々の再会の挨拶を」

「そうか、グロリアーナ総司令も 以前の事を気にしているみたいでな、以前の借りを返したいと言っていたんだ」

以前の事…ああ、デルセクトでの戦いのことか、或いはエリス達を騙した時のことか どちらにせよ確かにグロリアーナさんには酷い目に遭わされた、だがもう気にしていないからいいんだがな…

「なんだエリス、グロリアーナさんとも知り合いなのか?」

「エリスちゃんって地味に交友関係すごいよね」

そんなメルクさんとエリスの会話に混ざるようにラグナとデティも合流する、もうみんなお仕事は終わりらしい とはいえまだ国王の開始の合図とやらはないし、それまでテーブルの上の料理でも軽く摘もうかな、さっきから凄くいい匂いがしていてとても気になっていて……

そう、意識が緩み 注意が散漫になったところに、響く その声が…

「ほう!、魔女の弟子が四人揃って学園で学んでいる その噂は聞いていたがまさか本当だったとは、そう!驚きだな」

女の声だった、傲慢でありながら力強く、芯が通りながらも刃物のように鋭い意思のこもった言葉、それがエリス達に投げかけられる…

魔女の弟子 エリス達に対してだ、その不遜な言葉にラグナ達は何者と目を尖らせそちらを見るが…

エリスは知っている、その声を…声の主と直接面識はないが、知っている

エリスにとっての恐怖の象徴に 最も近いしい位置に立つ者として、エリスの記憶に刻み込まれている存在

「うん?、どちら様でしょうか…」

「そうか 出遅れてしまったか、大国マレウスを代表する者としてこの遅れは不甲斐ない、そう!不甲斐ないな!」

「マレウス?…」

「うん!改めて自己紹介しよう、私はマレウスの国家宰相を務めさせていただいている レナトゥス・メテオロリティスという者だ よろしく頼む、そう よろしく!」

レナトゥス・メテオロリティス、ギラリと光る鋭眼と薄暗い色合いの緑髪が特徴の女宰相、コルスコルピの隣国にして世界一の大きさを持つ非魔女国家であるマレウスの王家に使える若き秀才、僅か30にして国のトップに立っているんだ 並大抵ではない人物であろう

その辣腕と輝く若さと美貌からマレウス国内でも人気…らしいが、エリスからしてみれば彼女も恐怖の対象だ

何せ彼女はバシレウスを、あの蠱毒の魔王バシレウスを連れていた女だから

「っ…!!」

首を振り周囲を探る、宰相である彼女がいる ということはバシレウスも来ているのか!?、考えてみれば周辺諸国の王が集まってるんだ、なら隣の大国であるマレクスから国王が来ていないはずがない

バシレウスはあれでマレウスの王だ、なら…ここに来て…

「っ…ひっ…ぅっ…」

一瞬フラッシュバックした記憶で思わず声が震える、怖い 怖いんだエリスは、バシレウスが…あの圧倒的な力 あの恐ろしい目つき 人間とは思えない素振り、願うならもう二度と会いたくないと願った存在が近くにいるかもしれない

そう考えただけで体が震える、まさか エリスはここまでバシレウスを恐れていたのか?、…バシレウスは次あったらエリスを嫁にすると言っていた エリスを連れて行くと言っていた

つまり ここで会ったら終わりだ、抵抗出来るか?アイツ 凄く強かったし 少なくとも以前は太刀打ちどころの騒ぎではなかった

「マレウスの宰相様でしたか、…私は アルクカースの大王 ラグナ・アルクカースです」

「これは丁寧に、しかし存じている 故に話しかけた、そちらにいるのはメルクリウス首長 そちらはデティフローア導皇ですね」

「ん、然り メルクリウスだ」

「お初にお目にかかります」

そんなエリスを差し置いてラグナ達は呑気にレナトゥスと会話を続け 、ラグナに至ってはレナトゥスと握手まで交わしている…

「ん?、レナトゥス様 …貴方 この右腕」

「おや、流石は魔女の弟子 お気づきになられましたか、その通り 我が右腕は魔導義手なのですよ」

「やっぱり義手か」

長袖に手袋と一切露出しないスタイルのレナトゥス故 気が使ったとラグナは確かめるようにレナトゥスの右手を掴む、その都度腕が反応するあたり 魔導義手とやらは肉体神経とつながっているように見える

って、観察している場合じゃないんだけど…

「右腕だけではありません、私は両腕と左足 そして左目も紛い物です、全て魔導技術により作られた偽りの肉体故 いつでも切り離せます、見ますか?」

「い いやいいよ…しかし随分満身創痍なんだな」

「この歳でこの地位まで駆け上がるには 一筋縄ではいかないという事です、まぁ 我が国のためならばこの五体惜しくはありません、…して そちらの金髪の女性はどなたかお伺いしても?、何やら私を見て怯えている様子ですが」

「へっ!?」

ふと、レナトゥスが不思議そうな目でこちらを見る、エリスに注目された ただそれだけで肩が跳ねる、ただバシレウスに関係がある人物に見られただけでこれだ、どうやらエリスは 心の奥底でアイツを相当恐れているようだな…いや、実際恐れているんだ あの無茶苦茶で埒外な存在を

レナトゥスの言葉を受け振り返るラグナは不思議そうな目で首を傾げ

「どうした?エリス、そんなに怖がって…」

「エリス!、ほほう!貴方がエリスなのですね!いやぁ お会いしたかった」

するとレナトゥスは手を握っていたラグナの手をふいと振り払い、ツカツカとこちらに寄ってくる 両手を広げながら…

「こ、来ないでください…」

「ん?失礼…いやしかしお会いしたかったのは本音ですよ、何せ我らが王 バシレウス様が直々にフィアンセに指名したお方、一度この目で見ておきたかった」

「ば バシレウスはまだそんな事を…!」

「ええ!、バシレウス様は毎日のように貴方のことを想っております、『今日迎えに行こうか 明日にしようか、それとももっと先か』とね、ああ こんなことならばバシレウス様も今日この場にお呼びすれば良かった」

ゾッとする、アイツ まだエリスのことを諦めていないばかりか、そんな…毎日のようにエリスを狙っているなんて…、バシレウスは今日ここに来ていないようだが…それでも今この瞬間も バシレウスが気まぐれを起こしているからエリスはここに居ることが出来るだけなんだ

もし、バシレウスが何かのきっかけでエリスの回収を決意したら、すぐにでもこの場に現れる ということだ…、エリスを捕まえに

「エリスはバシレウスと結婚する気はありません」

「それは残念、しかし諦めてください バシレウス様は手に入れると誓ったものは全て手中に収めてきた方、貴方もバシレウス様を恐れるからにはその力を知っているのでしょう?抵抗は無駄です」

「む…無駄…」

「ええ、大丈夫…貴方ならきっと上手くやれます、私よりも上手く彼の方を理解して寄り添ってあげられます、腕か足の一本くらいは目の前で貪り喰われるのは 覚悟したほうがいいかもしれませんがね」

ね? とそう語るレナトゥスの目 、まるで穴のように暗く 彼女という面の内には闇しか見えない、ニタリと笑う目も口も 真っ黒に見えるのはエリスの恐怖心からか

諦めろ バシレウスが望んだ時点で世界はそのように罷り通る、逃げ道も抜け道もない その事実は不可視の槍となりエリスの胸を貫く、血の代わりに吹き出るのは恐怖…悍ましい バシレウスもこの人も

「おいあんた」

ふと、エリスの体が抱きとめられる、暖かく 頼りになる胸板…ラグナだ ラグナがエリスを庇うように抱き寄せレナトゥスを睨んでいる

「エリスの意思を無視して妻に娶るような真似…悪いが俺は許容出来ないぜ」

「おやラグナ大王…やはり友人は大切ですか、ですがこれからも大王としてやっていきたいならバシレウス様の歩む道の前には立たないほうがいいですよ?、さもなければ 人として死ぬことさえ許されないでしょう」

「やってみろ…、お前がエリスを手に入れるため歩む道があるとするなら、その道は 俺が阻む…そうバシレウスに伝えとけ」

「愚かな…、バシレウス様の怒りを誘うような真似を、この件は聞かなかったことにしておきましょう…、エリス様?バシレウス様との婚約の件 どうぞ良しなに御考えを、準備が整い次第 必ず迎えに行きますので」

ふむ そう一言冷たく言い放つと彼女は上着をビシッと整え 軽く一礼をし踵を返すレナトゥス、必ず…迎えに行く そう言い残して、バシレウスはエリスを諦めていない 執念深くその時を待っている

何処に逃げても無駄 そんな考えさえ浮かんでくるのはバシレウスとレナトゥスの異様な恐ろしさの為せる業か…

「おい、エリス もう震えなくても大丈夫だぞ」

ラグナに声をかけられ、ようやく自分が震えながらラグナに縋り付いていることに気がつく…

「す すみませんラグナ」

「いやいい、…しかし そんなに怖いのか?バシレウスが」

「…はい、彼のことを思い出すと 何故か震えが止まらないのです、彼の姿を思い出すだけで」

バシレウス自身も恐ろしいが、もしかしたら 彼にそっくりな見た目を持つ最悪の存在 シリウスの件も重なっているのかもしれないな、白い髪 赤い目 意味不明な人格 二人ともそっくりだしな、どちらもエリスからしてみれば恐ろしいことこの上ない相手だ…

「エリスがここまで怯えるとは相当だな」

「よっぽど怖いんだねぇ、バシレウスってやつが よしよし、大丈夫だよ エリスちゃん」

「メルクさん デティ、すみません 心配かけました」

うう、情けない みんなに励まされて 気を使われて、でも それでも恐ろしい、エリスはもう二度とバシレウスと関わり合いになりたくないんだ、…なのに今もまだ奴はエリスの見えないところで舌なめずりしている 

そう考え震える体をデティは優しく撫でて宥めてくれる…優しいですね デティ

「エリス 君は俺が守る、だからそう怯えるな」

「ラグナ…ありがとうございます、…エリス 少し気分が悪くなってしまったので少し脇に逸れて休んでますね」

ラグナに抱きとめられ震えは治るが、今度は逆になんか疲れてしまった…肉体的にではなく精神的に、目の前がクラクラする これは…あれ、人混みに酔ってしまったのか?情けない話だ

「大丈夫か?、俺が介抱を…」

「いえ、ラグナ達はまだやることがありそうですし、エリス一人で休んでますね?」

「そうか?…でも」

「いや、ラグナ ここはエリス一人にしてあげようじゃないか、彼女はさっきの件で精神的に疲弊しているだろうし、何より慣れんパーティで人に酔ったのだろう」

「そうか…ああ、分かった」

「すみませんラグナ、折角守ってもらったのに」

「いいさ、それにメインはこの後なんだ、ゆっくり休んでろよ」

「はい、分かりました」

申し訳ない 面目無い 不甲斐ない…忸怩たる心持ちでエリスはみんなから離れ壁際に立ててある椅子に向かって歩く、はぁ 思ったよりも精神的負荷が大きいようだ…

「ふぅ…」

一先ず 椅子に座って息を整える、人混みから抜けて 一人ポツンと座っていると 妙に落ち着く、やはり人混みに酔っていたようだ パーティで囲まれるというのはこんなにも精神的に負荷がかかるものなのか…ラグナ達すごいな

と言ってもいつまでも甘えていられない、この後にはイオとの接触も控えているんだ 一先ず瞑想の一つでもして心を落ち着けよう…



「もしもし?、お嬢さん…少々よろしいですか?」

「え?」

さぁこれから瞑想でもしようと目を閉じたところ、声をかけられ水を差される 、なんだいきなり また知り合いか?しかしこの声は聞いたことがない

「…?、あの どちら様ですか?」

声のする方を見ると、見知らぬ男が立っていた 髭を蓄えた見覚えのない男、いや その清潔感のある装束と頭の長帽子からシェフであることはわかるが、知らない人だ

「少し、よろしいですかな?」

そう…見知らぬシェフはエリスに対して そういうのだった


…………………………………………………………

パーティ会場の中を歩きながら ラグナは一人考える

『バシレウス様は手に入れると誓った物は全て手に入れてきたお方です』

バシレウスはエリスの身を狙ってる、嫁にするなどと言いながら 結婚すると言いながら、エリスを幸せにする気は毛頭ない それは容易に理解できる

エリスがあんなに怯えているんだ、そんなエリスを無理やり連れて行こうなんて…許せない、俺はそういう奴からエリスを守る為に力を得たんだ 得ているんだ、バシレウスが目の前に現れるなら 俺がなんとかする

どんな奴だってぶっ飛ばしてやる そう鼻息荒く決意する

「さて、どうすっかな」

今 ラグナは一人で会場を歩いている、メルクさんとデティは別行動だ

メルクさんはさっき話してた商人と話をしに デティはパーティの為に用意されたお菓子を目当てにフラフラと消えた、まぁ 彼女達もパーティは初心者じゃないし やりたいこともあるだろうからな、心配なのは慣れてないエリスだけだ

こういう場までみんな一緒にいる必要はないか…

まぁいいや、俺も挨拶は一通り終えたし あとは暇だ、エリスが心配だが人に酔ったのに俺がそばに居ても意味がない、介抱はしたいが 今は我慢だ

とりあえずイオから呼び出しがかかるまで、料理でも摘んで待ってるかなぁ、デティじゃないがさっきからテーブルに並べられてる料理が美味しそうで美味しそうで集中できなかっんだよなぁ

「よーし、食うぞぅ!」

へへへ そう笑いながら机の上の肉料理に手をつけようとした瞬間…、手を止める …どうやら 飯食ってる暇はなさそうだ

「もうか?」

そう 机に伸ばした手を引っ込め背後に立つ存在へ声をかける、騎士だ 恐らくイオが寄越した使いだろう

「はい、イオ様がこちらでお待ちです」

「…ったく、一口くらい食いたかったよ…ちょっと待ってろ、エリスも呼んでくる」

「いえ、イオ様はまず ラグナ様…貴方とお話しがしたいと言っています、一対一で」

「俺と?……」

ふむ、俺と二人きりで話がしたいと来たか…、そうか 何を考えてるか知らんが、向こうが話したいというなら応じよう、エリスももう少し休ませたかったしな

「エリス様は我々が責任を持って後でお連れいたしますので」

「分かったよ、んじゃ どこで待ってるかだけ 教えてもらってもいいか?」

「はい、では案内はわたくしが」

そう言って騎士と共に前へ出るのは 俺たちをここへ案内した執事だ、エリスは騎士達が連れてきてくれると言うし イオの呼び出しもある、俺は一足先に向かうとするか

「じゃあ、案内してくれ」

「御意、イオ様はこの城の頂点 展望テラスにてお待ちです」

そう言うなり執事は俺を会場から連れ出し 階段を上がり、客人とは言え立ち入れない領域へと俺を誘う

必然人足は徐々に少なくなり イオの待つ最上階へ上がる頃には俺以外の人の気配を全く感じないまでの静寂が辺りに漂う

そして

「こちらで、イオ様はお待ちです」

コペルニクス王城の頂上…、その展望テラスへと俺は通される、人はいない 恐らく下階にて行われるパーティに人員を使っているから、この城の上層部は今 殆ど無人なのだろう

「ご苦労さん」

執事に軽く礼を言い、俺はテラスに足を踏み入れる

天井はなく 風だけが音を鳴らす静かな世界、街を一望出来る 国を見通すことの出来る王だけに許された景色がそこには広がり、今 地平線に沈みかける太陽が正面に見える

そんな太陽の手前 テラスのど真ん中にイオはいた、ご丁寧に机と椅子を用意し そこで俺を待ち構えてたのだ

「待ったか?」

「いや、私の方こそお待たせした…どうぞ、ラグナ陛下」

俺は促されるがままにイオの正面の椅子に座り 机を挟む形で対面で構える、…ってかこの遠目じゃ分からなかったが、チェス盤が置いてあり 既にご丁寧に駒まで配置につけてある、…ふむ

「ラグナ大王 チェスは打てますか?」

「これでも戦争大好き国家の王族だ、こんなもん三歳の時から打ってる」

「それはいい、何を隠そう私もチェスが大得意でしてね、良ければ お相手願えますか?」

…それで決着つけるってか?、いや イオは誠実な男だ、それならそうと先に言う、ならこれは 単なるコミュニケーションの一環か、下手に警戒するだけ疲れそうだな

「分かった、じゃ 先手は譲るぜ」

「有難い、…では」

それだけ言うと イオは静かに駒を動かし始める、堅実な動かし方だ アルクカースにいる奴はいつも押せ押せ攻め攻めの手でくるから、こう言う実直な打ち方をする奴は珍しいな

なんて余所事考えながらも 俺もまたイオに答えるように駒を動かし イオがまた答えるように動かす、無言の問答のようにただ淡々とお互い 駒を打つ音だけを響かせる…

「…チェスはいい、会話をしなくとも 探り合いをせずとも、相手の気持ちが直に伝わる」

「そうだな、互いの考えをぶつけ合うって点じゃ これも議論となんら変わらん」

「…ふふ、貴方とはつくづく気が合うようだ」

ポツリポツリと言葉による会話を交えながら 俺達はチェスに興じる、イオめ 言うだけあって手強いぞ、こりゃ久々に面白いのが楽しめそうだ…、ええっこれは…うん ブラフだな、こっちは放っておいて こちら側を…

「ふむ、流石はラグナ大王、乗ってきませんか」

「昔 兄様に鍛えられたんでな」

アルクカース王族ならチェスくらい打てて当然 と、昔ラクレス様に激烈に鍛えられたんだ、おまけにベオセルク兄様もあれでいてシャレにならないくらい強い、そう言う経験もあってか 最近じゃ負けなしだ

「兄様…か、ラグナ大王にも兄がいるのでしたな」

「兄が二人 姉が一人、みんな俺の大切な家族だ」

「兄弟想いですね、…私とは大違いだ」

イオ強く、盤面に駒を打つ

イオにも弟がいる、あんまりいい弟とは言えないが 弟がいる、名をピエール…兄貴の名前を笠に着て好き勝手している男で、エリスを虐めていた張本人だ

「ピエールか?」

「はい、…弟のラグナ大王から見て我が弟ピエールはどうですか?」

「厳しい言い方をすりゃ いい弟とは言えないな、兄の威光を笠に着て 好き勝手するなんて考えられない、弟は出来る限り兄貴を立てるもんだ」

「…それが同じ弟としての意見ですか、いやはや手厳しい…ですが 弟が兄を立てるように、兄も 弟を守る為に全霊を尽くしたくなるものなのですよ」

再びイオが 強く駒を打つ、…今度の一手はやや甘いな イオの奴ちょっと心が乱れてるな

「だが それが良くなかったのかもしれない…今になってそう思うのですよ」

「というと?」

「貴方の知っての通り ピエールはあまりいい人間ではありません、権力を振りかざし 名前を武器に下の人間を脅す、はっきり言って王族失格です…父も従者たちも口を揃えてそう言います」

「俺も言うな そりゃ」

「ええ、…ですが ピエールはあれで努力しているんです、私は 弟の献身も努力も知っている、だからこそ 兄としてそれが無視できなかった」

「それで 甘やかしたと?」

「ええ、思い切り甘やかしました…何か問題があればピエールを率先して庇い 守ったが、結果としてピエールは私にもたれかかるようになった、私がトップに立つ学園は、彼にしてみれば正に天国でしょう 誰も逆らえないんですから」

「…………」

「そして、それが結果として この争いの種を生んだ」

エリスがピエールを怒りのままに襲い、ピエールがエリスを虐め、そこに俺たちが加わり イオが加わり、ノーブルズが加わり 反ノーブルズが生まれた、エリスがピエールを襲ったのも 彼女の友達をピエールが虐めたから、元を正せばピエールから始まってる

だからって、この一件の原因が全てピエールにあるかと言われれば、そこは同意しかねるがな

「…バーバラが怪我をした件にピエールは無関係です、ですが元を正せば ピエールに原因があるのは覆しようのない事実である、そう言う話を 先日致しました」

「そうか…」

「後日 ピエールに謝罪に向かわせます、バーバラとエリス 双方に対して働いた行いは、王族なればこそ許されないものですから」

ここに関して、これ以上俺とイオが関わるわけじゃない…結局最後に落とし所を見つけるのは当人たちだからだ、ここで外野が口を出しても 事がややこしくなるだけだ、今更誰が悪いとかなんとか 周りが言っても仕方ないしな

「ただ、一つ 気になることがあるんです」

「なんだ?」

「バーバラが怪我をした件です、あの一件にピエールは関係ありませんでした しかし学園ではピエールがやったことになっています」

まぁ、エリスがピエールを疑って襲ったように、周りも疑うわな ピエールはそれをやる男だと思われてたわけだし

「お陰でピエールは学園で孤立し ノーブルズの零落と共に…その、あまりいい学園生活は送っていません」

「そうか、…そりゃ気の毒だが…」

「いやいいんです、こちらは私がなんとかすべきことですから、ただ…問題は結果として真実が全て有耶無耶になった上で 事態が勝手に進んだことにある」

…む、確かに言われてみりゃその通りだ、結局バーバラを襲ったのが誰か分からないままエリスとピエールは激突した、いやそれだけじゃないな…もし バーバラを襲った真犯人がいるとするなら…

「まさか 、バーバラを襲ったやつはエリスとノーブルズがぶつかり合うのが目的だったってことか?」

「恐らく、今回の一件 何者かが裏で手を回し結果として我らはその犯人の思惑通り敵対してしまったことになります」

バーバラを襲えば 犯人はピエールだと誰もが思う、親しい友が怪我をしてエリスが黙ってられるとも思えない、犯人はエリスがピエールを襲うよう仕向けた もっと大きくみればエリスがノーブルズに刃向かうよう仕向けたとも見れる

つまり エリスは何者かに嵌められたってことになる

「…誰だそんなことする奴、ノーブルズとエリスを戦わせたい奴っていうと アマルトとか…」

「アマルトは……!!!」

ふと 俺の呟きに反応し イオが立ち上がり声を荒げる…、友を疑うならって顔だな こいつ…優しすぎるだろ

すぐに自分が冷静さを失っていることに気がつき、軽く咳払いをするとイオは何もなかったように座り込み

「アマルトは、そんなことをする男じゃありません…確かにノーブルズを動かし ラグナ陛下達と戦わせ学園の秩序を奪いましたが、そんな…人に瀕死の重傷を負わせるような奴じゃ…」

「分かってるよ、言っただけだ アマルトなら間怠っこしい事せずもっと人任せにやるだろうさ」

「…ありがとうございます」

「しかしだとすると誰が犯人なんだ?、そいつが今も学園にいるとすると ちょいとマズイぞ」

エリスを嵌めて何かをしようとした奴がいる、ピエールさえも ノーブルズ達さえも使って何かをしようとした正体不明の存在がいる、恐ろしい話だ 見つけるなら早々に見つけておきたい

「実は、もう目星はついているんです」

「何?本当か?」

「はい、私が独自に調査した結果 どうにも…怪しい人間が一人いるのですよ」

怪しい人間が…ねぇ

「誰か聞いてもいいか?」

「はい、ですがこれはまだ私の胸にしか秘めていません、アマルトにも言っていません 確証がないから…、なのでラグナ陛下もどうか他言無用でお願いします」

「分かったよ、話せねぇ 誰にもな」

「ありがとうございます」

そう言うとイオはチェスを打つ手を止め、懐から一枚の紙を取り出す…

「どうやってか 何故やったか、動機も手段もまだ不明ですが、調べる限り この人間を置いて他に犯人が思い浮かばないのです」

そしてその紙は これに手渡され…その中身に、目を通す ……

「こ…これ、こいつがやったのか?」

「まだ分かりません、ですが…もし 何かを企んでいるのだとしたら 相当周到な人間です、油断ならぬ策謀の持ち主かと思われる」

「だがこいつは……」

紙に書かれた内容を読んで イオが怪しいんでいる人間の名を見て、思う…嘘だと疑う気持ちは湧かない、寧ろ やはりと言う感情しか湧いてこない

いや、だとするとこいつの狙いは…っ やべぇな、色々なピースが一気にハマって 最悪の想像が浮かぶ、もしかするとこいつの狙いは…

エリスの命か?

…………………………………………………………

「んん!美味しいです!」

「それは良かった、まだまだありますので どうぞどうそ」

エリス今 会場の中心地から離れた壁際で運ばれてくる料理に舌鼓を打っている、料理を運んでくるのは さっきエリスに声をかけてきたシェフのおじさんだ

曰く 『いくつか料理を作ったのだがパーティに出すにはちょっと自信がない、なので味見を頼めないか』と一人孤立するエリスに声をかけてきたのだ

まぁ、そのくらいならお力になりますよ と言うなりシェフのおじさんは小さなテーブルをエリスの前に運ぶと共に次から次へと料理を運んでくるのだ

しかもそのどれもがまぁうまい、はっきり言ってデルセクトナンバーワンの料理人 アビゲイルさん以上だ、まぁ 料理大国とも知られるコルスコルピの王宮料理人ならこのくらいの腕はあるか

「凄いですね このチーズとトマト すごく美味しいですよ、シェフのおじさんが作ったんですか?」

「ええまぁ」

「流石ですね…」

このおじさんの料理は美味い、さっき摘んだテーブルに並べられた他の料理よりも美味しい、それはつまりこの人の腕が他よりも隔絶していると言う事だろう… 

「ではお次はこう言うものなどどうでしょうか」

そう言って運ばれてくるクローシュの中には 小さな肉がいくつか転がっており、ん?この匂い 香草焼きか?

「美味しそうですね、香草焼きですか…でも見たことない肉ですね、豚でも牛でも鳥でもない…ウサギに近い?いや全然違うか、なんのお肉ですか?」

「ネズミです」

「ね…っ!?」

ネズミぃ!?、これネズミの香草焼きなの!?あの屋根裏とかドブとかでチューチュー言ってるあれ?、…それを料理にするなんて聞いたことないぞ、と言うか 確かバシレウスと初対面した時も 彼ネズミ食べてたな

うう、嫌なの思い出しちゃった…

「ああいやいや、ドブネズミじゃないですよ?山ネズミの方です」

「山ネズミ?」

シェフの人が慌てて訂正するが…正直何が違うか分からない、まぁ キチンと洗ってあるだろうし 加工も十分だ、…せっかく好意で出してもらったなら 食べるべきかな

「まぁまぁ、騙されたと思って…」

「ううん…」

まぁ、仕方なし ええいままよとおずおずとフォークで肉を刺し、覚悟を決めてパクリと一口……う う

「うまっ!?これ凄く美味しいですよ!」

美味い かなり美味い、ネズミがこんな絶品料理に化けるなんて、んん!歯応えも斬新でかつ味付けも適切、この人相当なやり手だ!うん!スタンディングオベーションしたい!

「美味しいですか?」

「とても美味しいです!でもなんの肉かは言わない…ほう……が…………」

カラン と音を立ててフォークを取り落す、あれ…なんだ?体が痺れて 力が上手く入らない、な なんだ?これ…気持ち悪い 体中がモゾモゾして気持ち悪い…

なんですかこれ 、そう…シェフのおじさんに聞こうと顔を向けた瞬間…悟る

「美味しい…美味しいですか、ほほ~う そりゃあ…よかった」

ニタリと悪魔のように笑う その残酷な笑みを、そこでようやくエリスは気がつく

嵌められた事に

「ぐっ!が…ぐぁが…!な 何を…!」

全身が熱い 苦しい、思わず首を抑えて倒れこむように蹲る、痛い…痛い痛い痛い 全身が痛い!、やられた…これ…毒か……!!

倒れこむエリスを見て なんの反応も示さないシェフ、彼はゆっくりと歯を見せ笑いながらエリスを見下ろしていた、騙された…

燃えるような熱にうなされながらエリスの意識は徐々に薄くなっていく、…くそ…く……そ…………
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