孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

149.孤独の魔女と動き始めた歯車

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アルクカースでの激動の一ヶ月を終え 帰国の日を迎えたエリスとラグナ、長期休暇は一ヶ月半 まだ半月休暇は残っているが、一ヶ月で戻るのが本来の予定 

予定を変更しなければならない程何かあるわけでもない、ラグナももうこの国での仕事もある程度区切りがついたみたいですしね、コルスコルピに戻るならば今でしょう

というわけでエリス達が学園に戻ることになったその日、アルクカースでは送別会を行ってくれた、と言っても城の人たちが集まって口々に別れの言葉を言ってくれるだけなんだけれどね

「…よし、それじゃあ俺 学園に戻りますね」

「一ヶ月間 ありがとうございました」

特に荷物も持ってないので要塞で貰った土産の品だけを持って要塞フリードリスの入り口にラグナと共に立ち 集まってくれた人達に挨拶をする

集まってくれたのは ベオセルクさんや六隊長達王牙戦士団、リバビアさんやハロルドさん バードランドさん達 継承戦メンバー、そしてラクレスさんとホリンさん アスクさんリオス君クレーちゃん、エリスの知り合いが沢山だ

まぁ知らない人も中にはいたが…、その全てまでエリスが把握する必要ないだろう

「もう行っちまうんだな エリス ラグナ大王…」

一番最初に声をあげたのはバードランドさんだ、今回彼とはあまり接点がなかった と継承戦メンバーが全員それぞれの役職についているため、みんな忙しくてあんまりエリスと関われなかったというのが本音だ

「すみません、バードランドさん あんまり会えませんでしたね」

「出来るならよう、あん時の継承戦のメンバー集めてさ どっかの酒場貸し切ってパーっとあん時の思い出話ししたかったな、ここにはいないけどよ モンタナ傭兵団とか今頑張ってるらしいぜ」

「む…」

モンタナ傭兵団、エリスまだ彼らのこと許しませんよ…

「これこれバードランド、今から旅立つ者に向けて 後ろ髪引くようなこと言うでないわ、また会った時 それはすれば良い」

「相変わらずハロルドさんは穏やかですね、それに 前会った時よりも幸せそうです」

以前会った時 ハロルドさんは零落し 落ちぶれ死ぬのを待つだけの身だったが、今はどうだ
ラグナにより軍公認の訓練場を任され 毎日忙しそうにしていると言う、忙しいには忙しいが 今の彼はこれ以上ないくらい幸せそうだ

「そうかのう、まぁそうかもしれんのう エリスちゃん達に会わなければ、ワシは今頃路地裏あたりでおっ死んでたかもしれんしのう、エリスちゃん達には本当に 感謝が尽きんわい」

「そんな…、エリスは何も…」

「いいや、本当のことじゃ…今まで苦労して苦労して生きてきたワシに、最高のゴールテープを引いてくれたのはエリスちゃん達じゃ、ありがとう お陰でワシは救われたわい」

…なんだか涙が出てきちゃう、…エリスは次 いつここに戻ってこれるか分からない、少なくとも学園を卒業したらもうおちおち戻っては来れないだろう、いつになるか分からない

ハロルドさんはもう歳だ、もしかしたら…次ここに来るときには、そう思うとこれが今生の別れのような気がしてしまう

「ハロルドさぁん…」

「おおこれこれ、そんな顔するでないわ ワシはまだまだ死なん、これが今生の別れにはならんわい」

「信じますからね…」

「エリス!ハロルドばかりずるイゾ!」

ハロルドさんのシワシワの手を両手で握りながら別れの挨拶をしているとリバダビアさんがぷくーっと膨れている

「リバダビアさんもぉ…」

「ぬアァ!?、なんで泣いてるンダ!エリス!アタシはまだ死なナイ!?」

「分かってますよぉう、でもお別れは悲しいですよう」

リバダビアさんも連れて行きたい、彼女は本当に大切な友達だ、ラグナ達と変わらないくらい大切な友達なんだ、この人には何度も助けられた そう思うと…、うう ハロルドさんへの涙がまだ跡を引きずっている…

継承戦を戦ったメンバーは、友達というか 仲間というか、なんだかかけがえのない人達だ こういうを戦友と言うのだろうか、エリスにとってここの人達は家族のようなものなんだ、モンタナ傭兵団以外

「ラグナも、向こうで上手くやれよ ナメられんなよ」

「はい、ベオセルク兄様 、兄様も忙しいかもしれませんが また少しの間よろしくお願いします」

「任せとけよ」

「こちらは私達で守る、君は 君のすべきことをしなさい」

「はい、ラクレス兄様」

「授業サボんなよぉ?、後から後悔するぞぉ?」

「ホリン姉様じゃないから大丈夫ですよ、と言うか姉様 俺が帰ってくるまでの間に、あのデマ なんとかしておいてくださいよ」

「うぅ、弟が怖いよう」

「当然だろ、口から出まかせばっか言いやがって」

「自業自得だ、諦めろホリン」

「とほほ、ベオセルクも兄ィ殿も…兄弟が冷たいよう」

四兄弟は相変わらず仲が良さそうだ、あそこに挟まるのは無粋という物暫くそっとしておこう、兄弟間とはなんとも挟まり難い雰囲気がある それはどれだけ仲が良くても関係ない、友人は飽くまで別枠なのだ

それを感じてラグナから離れる彼の友人がいる、どうやら彼等も同じ心境なようで 代わりにエリスの方によってくる、まぁ 彼等とも話がしたかったし丁度いいや

「久しぶりですね サイラスさん テオドーラさん」

「うむ、久しぶりであるな」

「おっすー、久しぶりエリスちゃん、挨拶が別れどきになっちゃうのは悲しいねぇ」

ラグナの右腕を自称するサイラスさんとラグナの右腕を自称するテオドーラさんだ、ラグナには右腕が二本あるようだ、一応彼等も王牙戦士団らしいが 隊長達とは別枠らしい

この人達もエリスに取っては大切な友人、というか 恩人か…継承戦ではとてもお世話になった、結局会うのは最後の最後になってしまったのは残念だが彼等は一応公人、無職プー太郎のエリスとは忙しさが段違いだ

「しっかし、いやぁ 大きくなりましたなぁ 、昔はこう 天才ちびっ子って感じだったのに、今はもう普通に才女って感じですなぁ、いやぁ美人だことで」

「あ、確かに確かに 昔からこりゃあでかくなったら相当な美人になると思ってたけど、そう想像以上だわ」

「もう、二人とも…それを言ったらサイラスさんだって変わったじゃないか、なんですかそれ」
そう言って指差すのはサイラスさんの口元 …上唇の上にちょっと生えた所謂チョビ髭、まだそんな髭とかが似合う年齢でもないからすげー違和感がある、似合ってない バカっぽい

だが当人は気に入っているようで よくぞ聞いてくださったと言わんばかりにちょいちょい髭を撫でて

「いやぁ実はですな、我輩ももう列記とした国王直属の大軍師、ちょっとは威厳が必要と思いましてなぁ、ナメられない知的な髭を生やしているのですよ」

「それ知的だったんですね」

「え…」

「だから言ったじゃんよ~サイラス~、それバカみたいだって」

「バカに言われたくないわ!いや嘘 バカって言ったの嘘だから黙って腕掴まないで!折る気でしょ!」

「千切るつもりっすよ、バカなんです」

「ひぃぃ!」

この二人はあんまり変わってないな、相変わらずいい友人って感じだな、エリスにとってのラグナ達みたいな関係だろう、つまり遠慮しない仲という事だ

「おーい、ラグナ エリス!、そろそろ行くぜ?オレ様を待たせんじゃねぇ」

ふと、アルクトゥルス様が声を上げる、エリス達をコルスコルピに送ってくれるのは師匠とアルクトゥルス様だ、彼女の機嫌を損ねたらエリス達はコルスコルピに帰れない、別れは惜しいが…仕方ない 、そろそろ移動するとしよう

「おいアルクトゥルス、せっかく別れの挨拶をしている最中だろう、もう少し待て」

「やだ、オレ様待つの嫌い」

「いえ、いいんです師匠…それでは アルクトゥルス様、お願いします」

「おう、おいラグナ!」

「わかってますよ!、それじゃあ兄様!姉様!今暫くの間よろしくお願いします!」

ラグナも兄弟との別れを済ませた、これからエリス達は再び学園へ戻る…ラグナにとっては暫くの別れ、エリスにとっては当分の別れを済ませ 今魔女様とともに移動しようとした瞬間

「エリスちゃん、最後にこの子達にも挨拶してあげて…?」

「アスクさん?、…この子達って」

ふと、アスクさんに呼び止められる…その手の中にはリオス君とクレーちゃんが抱きしめられていた…、そうか、彼らにもきちんと挨拶しないとな、ソーマとの戦いを共に潜り抜けたという意味では 彼等もまたエリスの戦友だ

「えりうー!」

「えりーうー!」

「リオス君 クレーちゃん、それじゃあエリス行きますね?短い間でしたけど ありがとうございました、次会う時は二人がもっと大きくなった頃かもしれませんね」

「あーうー」

本当にエリスの言葉を理解しているのか怪しいが、二人はエリスに向けて手を伸ばす…その手に答えエリスもまたその手を握れば、赤ん坊の暖かな温もりがじんわりと伝う、これが命の熱 本当に愛おしい…

ベオセルクさんが命に代えても守ろうとする気持ちが分かるな

「それじゃあ、二人ともお元気で」

「えりうー!たあうあうー!」

「ああうー!」

二人の言葉に軽く手を振り答えると共に、エリスは師匠と手を繋ぐ…、さぁ そろそろ帰らないと

「じゃあ、行くぞ?」

「はい、お願いします 師匠」

師匠のやや冷んやりした手を握りながら、エリスは頷く…そして決意する、旅が終わっても またここに戻ってこよう、必ず 必ず…

…そして、師匠は飛び立つ、エリスを連れて コルスコルピへ、エリスは エリスのすべきことを成すために、また あの学園へと…、そんな中振り向けば

やはり 以前と同じように、以前よりもやや多くの人達が エリス達に向けて手を振っていた、今度は泣きません 代わりに笑顔で答えます、エリスは 強くなりましたから

「みんなー!ありがとうございましたー!、また またここに戻ってきますからー!絶対にーー!!!」

その言葉が届いていたかは分からないが、何 きっと届いていたさ……

……………………………………………………………………

そして、師匠達との空を旅を少し経た後、エリスは再びコルスコルピへ その中央都市ヴィスペルティリオへ…いつもの見慣れた屋敷の前へと降り立つ、…あっという間に戻ってきたな

この屋敷の前に立つと、急速に日常が降りかかるというか…慣れていながらも新鮮な心持ちだ

「うっし、到着ぅ」

アルクトゥルス様がその一言と共に手を叩く、一仕事終えたって感じだ、この世界の頂点たるアルクトゥルス様や師匠を足代わりに使うのは やっぱり申し訳ないが、それでもやはり 今年も得難い経験をさせてもらった

「ありがとうございました、師範」

「いいってことよ、オレ様もお前にゃ 一回国に帰ってきてほしかったからな、そのためならまぁこのくらいならしてやるさ」

「師匠も、ありがとうございました」

「いや構わん、それよりアルクカースは楽しかったか?」

「はい、とても!」

「そうか、それは良かった」

フッ といつものようなアルカイックスマイルで答える師匠、相変わらずカッコいいな、エリスもいつかあんなふうに笑えるようになろう

「それで師範はこれからどうするんですか?」

「帰るよ今から、オレ様はこの国に用ないしな」

「そうですか、…では 師範の名に恥じないよう、弟子として学業に励ますつもらいます」

「おう、励め励め んじゃあな!」

そういうと、アルクトゥルス様は屋敷の目の前に着くなり 再び跳躍し、空の向こうまで飛んでいく…、そんな様をラグナはただ ジッと いつまでも見送っていた、手を振るでもなく ただジッと…

何だかんだ言っても、あちらの師弟もとても仲が良さそうだな…

「それじゃあ私も そろそろ帰るよ」

「え?、師匠もう行っちゃうんですか?、長期休暇の間くらい屋敷に泊まっていけば…」

「いやいい、少し やることが出来たからな、なるべく早く動きたい」

…そう語る師匠の顔は、やや切迫したものだった いつもと違う、それは明確にわかったが どうやらエリスには共有してくれないようだ、何があったか聞きたい気持ちはあるが…聞いても教えてくれなさそうだな

「…少し寂しいですが、…分かりました、またすぐ会えますよね」

「勿論だ、では…あ そうだ」

踵を返し立ち去ろうとした師匠がふと、何かを思い出したかのように足を止める、やはりエリスに話してくれる気になったか?、いやそんな感じじゃないな、なんだろう

「エリス、プレゼントだ」

「へ?プレゼント?」

師匠が懐から何やら小包を取り出す、プレゼント…は嬉しいがなぜ渡されるのか 覚えがない、というかプレゼントって何だろう

なんて思っている間に師匠に小包を手渡される、ん?大きさの割に軽い…が 中身がスカスカかと言えばそうではなく、この感じ…もしかして

「あの、開けてもいいですか?」

「無論だ、開けて中身を見せてくれ」

「では…」

小包の紐をゆっくり 上品に外していく、本当はこんな紙袋破り捨ててしまいたいくらい早く中身を見たいが、贈ってくれた師匠の目の前でそれは下品すぎる、逸る気持ちを抑えながらゆっくりと 小包を開き、中身を取り出す…

そこにあったのは

「おお…おぉぉ!!」

思わず声を上げる、小包の中折りたたまれていたのはエリスのコートだ、師匠と揃いのコート この旅に出る時師匠から贈ってもらったコート、長い旅でボロボロになり 遂に学園での嫌がらせでズタズタにされてしまったそれが 新品同然の姿になって戻ってきた

いや少し違う、丈が今のエリスより少し大きめに作ってある、エリスの成長分を見越した大きさ…一生着ていけるような大きさだ

「師匠!直してくれたんですね!」

「ただ直しただけではない、また誰かにダメにされては可哀想だからな、この私自ら改良を施した 世界に唯一のコートだ」

せ 世界に唯一のコート、孤独の魔女自らが作り出した…そ それってとんでもないんじゃ

「私に出せる全力を用いて作った、巨絶海に住まう人界隔絶の魔獣 フロウティラサーペントの皮と鱗をベースに究極の薬草オムニポテンスリークと最高の魔石 祓魔鉱…この世界で取れる最上級の素材達と共に織り込んだ」

「な なんですかその仰々しい名前、全部聞いたことないんですけど…」

「あまりの希少性ゆえ古代でその存在が失伝した伝説の素材だ、現文明では未発見の素材と言ってもいい」

それ 師匠全部取ってきて、このコートの素材に使ったんですか?…んなアホな、つまり このコート、世界最強のコートなのでは

「エリス…お前は私と揃いのコートが欲しいと言ったろう?、だから 私のコートと同じ素材で作った」

「これ、師匠のコートと同じ素材で作られてるんですか!?」

「ああ、と言っても昔程純度の高い素材は取れなかったから、私のものに比べると幾分性能は落ちるが、私のものと同じ素材を同じ製法を用いて作り出した、鎧のように攻撃を防ぐことには特化せぬが 少なくとも戦いの最中引き裂かれることはないだろう」

謂わば魔女の衣の劣化版だが、今の文明ではそれ以上のものを作ろうと思うと ちょっと苦労するぞ と、何を仰いますやら…これ以上ないプレゼントだ、もうこのコートはエリスの前からいなくならない それだけで十分だ

エリスの エリスだけのコート…ああ、、嬉しいぃ

「そのコートの性能は…ふむ、言うより実践した方が早かろう、エリス ナイフは持ってるか?」

「え?ナイフですか?」

ナイフ って言ったら、以前貰ったマルンの短剣ならあるけど、と咄嗟に思い至り 師匠にマルンの短剣を手渡す…

「これならあります」

「うむ、…ん?いいナイフを持っているな 、いやに凄まじい …何処でこんなものを」

「それ凄いナイフなんですか?」

「ああこれは…って今はコートの話だ!、エリス コートを貸せ」

そう言うと師匠はエリスからコートを強奪すると、そのままそのナイフをコートに突き立て…って、引き裂くつもりですか!?せっかく貰ったのに!?何するんですか!と声を上げそうになり気がつく…

ナイフの刃が コートに阻まれ傷一つ付いていない、魔女が太鼓判を押すほどの名刃なのに

「この通り高い防刃性能を持つ、そこらの鈍じゃ傷一つつかん、まぁ 剣で斬られれば痛いには痛いが、これを着ている限り真っ二つということは絶対にない」

「おお…!」

「おまけに断熱性能にも優れ どんな環境でも生地が痛まない、炎で炙られようが極寒の中突っ込もうがへっちゃら、濡れてもすぐ乾くしどんなに汚しても水で流せば元通り」

「おぉー!」

師匠は魔術で火を作ったり氷を作ったり水で濡らしたり泥で汚したり、様々な環境にコートを突っ込むが コートは相変わらず新品同然だ 凄い、なんか胡散臭い実演販売みたいだけど実際凄い

「そしてオマケにもう一つ 機能をつけた」

「オマケの機能?ですか?」

「ああ、これは何かに役に立つとか これがいるから凄い!ってわけじゃあないが まぁ気分的な問題と格好がつくと言う問題だな、正直これを実装するためにここまで時間をかけたと言ってもいい」

「なんですか?その機能って…」

「これを着て戦ってるうちにわかる、サプライズさ 楽しみにしていなさい」

そしてコートは再びエリスの手元に戻ってくる、…おお あんなに痛めつけられたのにまるで生地が傷んでない、師匠の言う通り防具としての性能はないがそれでも凄まじいコートだ

オマケの性能とやらは教えてもらえなかったが、そのうち分かるならお楽しみにとっておこう、なんて思いながらコートに袖を通す 着心地はあまり変わらない、つまり最高だ うん…ただちょっとゆとりが出来たかな?、前のコートはもうさすがに小さくなってたし

「似合いますか?」

「ああ、とても似合う かっこいいぞ」

「…むふ、でへへ」

かっこいいかぁ、そうかぁ 師匠もかっこいいもんなぁ エリスも師匠に並ぶにたる女になれたかなぁ?うへへ

「そのコートはお前にやる、大切にしなさい…」

「ありがとうございます、師匠」

「ん、それじゃあな」

そう言いながら師匠は再び踵を返しコートの裾がバサリとかっこよくはためく、いいなあれ…と思ったらどうやら振り返る瞬間手で裾を弾いて演出しているようだ、見ちゃいけないもの見た気がする…

けど、真似しよう…こう 手でバッ!って、うんうん 多分こんな感じだ、後で姿見の前で練習しよう

「しかし…やはり、この格好ですね しっくり着ます」

立ち去る師匠の背中を見送った後 己の体を再確認する、見慣れた姿だ これでこそエリスって感じ、やっと…やっと以前までのエリスに戻れた気がする、これこそ エリスの勝負服だ

なんてニマニマしながら振り返ると、既にラグナは屋敷に戻っていたようだ 師匠との団欒を邪魔するまいとする彼の気遣いか、相変わらずいい男ですね彼は

「ただいまー…」

屋敷の扉を開ければ、妙な寂寥感というか 物寂しいというか、静かだ 多分、まだ誰も帰ってないんだろう、エリス達が一番乗りか

だがいいんだ、デティあたりが一日早く帰っていたことを考えたらね、デティ一人じゃ生活できないし 何より可哀想だ、エリス達が一番乗りならそれでいい

「たった一ヶ月以内だけで、埃は溜まるもんですね」

やや埃臭い廊下を歩き ダイニングへ向かう、ラグナはいない 多分アルクカースでもらった土産の品を整理しに向かったんだろう、確か土産の品の中にはお肉もあったし 今日の晩御飯はあれでいいや、ああ でもメルクさんに頼まれた買い出しは行っておかないとダメか

「ああ、ダメです 座っちゃいました…」

座って気を抜いてしまった、これは暫く動けない…なんか 居着いちゃったなぁ

…これが家があるって感覚か、こうやって落ち着ける場 場所があるってのは 新鮮だな、あの馬車は別に落ち着ける場所じゃないし 、アジメクの惑いの森にあるのは師匠の家に帰ったら、こんな感情になるのかな

全てをやり遂げて あの家に戻ったら、エリスは燃え尽きてしまいそうな気がする…なんとなくだけど

「ん…」

ふと、ズボンのポッケを弄り 中身を取り出す、それは手のひらに収まる小さな箱 魔響櫃だ、何がきっかけになるか分からないからずっと持ち歩いているが、これが開く様子はない

これが開けられないと第二段階には入れない、いや違うか 第二段階に入らないとこの箱を開けられない?ん?順序はどっちだ?分からん

分からんけど、…エリスはこの修行で立ち止まっているのは確かだ…

「第二段階かぁ」

人のいない、薄暗いダイニングでポツリと呟き、机の上で魔響櫃を突き転がす、…ベオセルクさんは 家族を得て心の力を得た、だから第二段階に至った…

だが だからといってそれを真似するにしても、エリスは家族を作る気は無い 少なくともこの箱を開けるためだけにそんなことしたくないし、きっとそんな邪なことしたってこの箱は開かない

なら エリスとってベオセルクさんの家族のような物を得る必要がある

ベオセルクさんにとって家族とは何よりも大切なもので 何からも守りたい存在 そしてー戦う理由…

エリスの戦う理由はなんだ…、エリスは 師匠のために戦っている 師匠の名に泥塗らないため戦い、師匠の尊厳のため戦っている、けど それじゃあダメなのか?

理由がダメなの?でも…今更帰ることなんかできないよ

「はぁ…」

「どうした?エリス、帰ってくるなりため息とは」

「ラグナ…」

土産の整理が終わったのか 彼が何やら心配そうに薄暗い部屋にランプを灯し明かりをつけエリスの目の前に座る、んー…

「いえ、ちょっと考え事を」

「そっか、俺に話せることか?」

「んー、どうなんでしょうかねぇ…じゃあラグナに一つ聞いてもいいですか?」

「なんでも来い」

頼もしいな、けど そんなことを言っておきながら、聞くことも話すことも定まってない、なんて聞けばいいんだ そもそもエリスは何に悩んでるんだ、それも分からない

エリスはどうすれば第二段階に至れるのか、そんなこと 聞いたって彼も困るだけだろうし……

……戦う、理由か……

「ラグナ 貴方には戦う理由 強くなる理由がありますか?」

「ある」

その即答に、目を見開いてしまう

エリスは、果たして同じことを聞かれて すぐに同じように答えられるだろうか、少なくとも今は無理だ、師匠の為に戦うと胸を張って昔は言えただろうが、今はなんだか 言えない

「その理由、聞いても?」

「友達を…お前を守る為だ」

「エリスを…」

「何があっても 何からも、君を守る為に 俺は強くなった 、君を守る為に俺は戦うんだ」

断言だ、そこに迷いは見られない その迷いのなさに圧倒されて、何も言えなくなる

これだ ラグナの強さの秘密はこれだ、エリスは今まで師匠の為師匠の為と宣いながら、強くなる理由を作っていただけなんだ

エリスはなんのために強くなる?師匠の為?違う、師匠は自分の為にエリスを育てているんじゃない、エリスのしたいことの為に育ててくれているんだ

ならエリスのしたいことって…なんだ、なんなんだ 分からない、強くなった果てにエリスは何を望む

ラグナにはそれがある、エリスはない…これが ラグナとの…差、これがあるからラグナは強くなれる どこまでも

「………………」

「ああ、なんて言ってもさ?エリスが守ってやらなきゃいけないくらい弱い!なんて思ってないよ、ただそれでもさ 何かあった時君の力になれたらなってさ」

「ラグナは強いですね」

「なんでそうなるんだ…?」

「なんでもです」

ショックだった、ただ漠然と強くなることを求めているエリスでは 目標を持って走るラグナには追いつけないことを理解してしまったから、きっとエリスに足りない心の力とはそれだ

ベオセルクさんは家族の為に戦うから強くなる ラグナは仲間を守る為に戦うから強くなる、理由があるから人は強くなる 

なら、エリスはどうだろうか…、みんなを 友達を ラグナを守るか…

「…………うん」

しっくりくる、ラグナの受け売りみたいだけど その気持ちはエリスも同じだ、ラグナもし傷つき倒れるなら身を呈して守りたい、デティが傷つくなら メルクさんが困るなら、エリスはなんだってする

その為にこの力を振るうことに躊躇いはない、足りないと言うのなら もっと強くなって みんなを守る

みんなを…いや、違うな 守るのは……

そう、魔響櫃を指で小突く すると…

「えっ!?」

「おっ!?」

揺れた 魔響櫃が、指で小突いたからではない まるで内側の何かが鳴動するように、見たことのない動きをした!

初めての反応だ!、こ これ…

「エリス!今なら開けられるんじゃないか!?」

「は はい!」

大慌てで箱を掴み力を込める、開けられる 今なら開けられる!初めて見せた反応をした きっと櫃に エリスに何か変化があったんだ!なら!

「んむむむーーーー!!!」

「……無理っぽいな」

「なんでぇ…」

開けられなかった、エリスがひしっ!と箱を掴んだ瞬間変化が終わった…なんだったんだ、え?この箱エリスからかってる?エリスバカにされてる?

いや、エリスの中に変化があるのと同時に箱にも変化が起こった、今回はその変化が弱かったからこの程度だったんだ、これが確たるものになれば…開けられる 箱を、エリスは至れる 第二段階に…!

「まぁ、今日はこのくらいで勘弁してあげましょう」

そう口にしてポッケの中には魔響櫃を突っ込む…

「惜しかったな」

「はい、でもコツは掴みましたから あとちょっとです」

「流石だな、…ってかエリス お前その格好…直ったのか?そのコート」

「え?、ええ!師匠に直してもらいました!、似合います?」

「似合う似合う、やっぱエリスはそのコート着てないとな」

でしょう?エリスもとても気に入ってるんですよ、着心地も抜群だし流石意味不明なくらい豪華素材で作られているだけある

ラグナに自慢するようにその場でクルリと回転し バッ!と裾を手で弾く、かっこいいだろ?

「うん、可愛い」

「かわっ!?」

可愛い!?予想だにしなかった感想を受けエリスの心は荒れ狂う、まるで右ストレート食らったみたいだ 、かっこいいではなく?可愛いなの?

「可愛いんですか?」

「うん、自慢げに裾ベシベシしてるの、なんか可愛くてさ」

「裾ベシベシ言わないでくださいよ!師匠のマネなんですから!」

「そ そうだったのか?」

そうですよ!、全く 師匠のマネなのに…裾ベシベシとか言わないでくださいよ、それに か かわ 可愛いとか…顔が熱くなるじゃないですか…

「はっ…!?」

ふと、とんでもないことに気がつく 今エリス達二人っきりじゃないか?、ラグナとエリスは この屋敷で 二人っきりなんじゃないのか!?

デティもメルクさんもまだ帰ってないし…、いや二人きりだからと何があると言うわけではないが、どうにも…意識してしまう

「………………」

ラグナとエリス、アルクカースでは半ば夫婦のような扱いを受けていた、そのせいでとんでもないことに巻き込まれもしたが はっきり言えば嬉しい、だが なぜ嬉しいのかははっきりしない

ラグナがかっこいいからか?、エリスって意外に面食いなのか、でもじゃあラクレスさんやニコラスさんとそう言う話が出たらエリスは嬉しいか と言われれば微妙だ、ラクレスさん相手には申し訳なさが浮かぶし ニコラスさん相手だと微妙な心持ちになる

エリスの頭の中で今まで出会った人物をラグナの位置に当てはめても、ここまで嬉しいのはラグナだけだ、ラグナだけなんだ

…………どうしてか、いつからか 分からない、この感情がなんなのか 分かるような分からないような、目を向けたいような 見ないフリをしていたいような

ただなんとく言えるのは、もしかしたら 気がつかないままの方が、案外幸せだったりるかもしれない と言うことだ、未知を既知にするは容易いが 既知は絶対に未知とはならないから

「な なんだよ、ジッと見つめて」

「いえ、別に…」

「別にって…」

そして、流れる奇妙な沈黙 何も言えない何も言わない、ただラグナの見つめ合う ラグナの瞳から目が離せない、確固たる意志と燃えるような炎を孕んだ翠の眼…瞳の炎は最初出会った頃よりも強くっている、意志の強さ その強さが彼に力を与え、エリスを惹きつける

「…………」

奇妙な沈黙の中見つめ合う、息苦しいがずっとこうしていたい不思議な雰囲気があり、気を抜くと 口が動いて要らぬことを口走ってしまいそうで下唇を噛む、…でも

これだけは聞きたい、ラグナは…将来 どんな人と結婚するんですかって、そんなこと ラグナに聞いても分かりっこないし、意味なんかないのに

それでも……

「らぐ…」

「エリ…ス、あ う…お先にどうぞ」

「い いえいえ」

ふと声が被りお互いに譲り合う、何を考えていたんだエリスは バカか、危なかった…このままだエリスはラグナに…

「ラグナ…何か聞きたいことがあるんですか?」

「え?、いや ただ気になったことがあるからさ、エリス …実は前から 聞きたかったことがある」

「はい…」

ゴクリ そんな固唾を呑む音さえ聞こえる、聞きたいこと…まさかラグナもエリスと同じ事を…

「前々から気になってたんだが」

「…はい」

「………………いや、やっぱいいわ 忘れてくれ」

ズルっと思わず脱力し滑ってしまう、いいわ?忘れてくれ?出来るか!ここまで来て!、何も良くない!この記憶力がなくとも忘れられんわ!、思わず彼に駆け寄り詰め寄る

「忘れられませんよ!ここまで来て!、なんですか!何が言いたいんですか!」

「いやぁ、大したことじゃないし…」

「ズルイですズルイです!エリスだけやきもきさせて!それが狙いですか!」

「別にそう言うわけでは…」

「前もありましたよね!こう言う事!、去年 デルフィーノ村でザカライアさんと出会った時もなんか言ってましたよね!、その時来年になったら言うよって言ってましたけど!?もう来年なんですけど!?」

「え?あ~ そんなこと言ってなぁ~」

なんですか!その態度!もう!、思わず彼の胸板をポカポカ叩く って硬ッ!?鉄かこの胸板!?」

「それも忘れて」

「忘れません!!」

「俺が軽率だった!頼むから!」

「むうーー!!」

何が聞きたかったんですか!それも ってことはその時と同じ事を聞きたかったって事ですか!、この…この!硬い!硬いよこの胸板!割りかし本気で殴ってるのに全然ビクともしない!このぉー!ズルイですー!ラグナー!

「ラブコメだ…」

「なっ!?」

「げっ!?」

響く第三者の声に手を止める、ラブコメ…この光景を見てそんな頭お花畑な感想が浮かぶ人間は一人しかいない、大慌てでラグナから離れつつ声のする方を見る、いや確認するまでもないが

「か 帰ってたんですね、メルクさん」

「ああ、ホーリック以来だな…まぁそんなことはいい、続けてくれ 私はいないものとして」

「話は終わったよもう」

「終わってませんよラグナ!今日こそは言ってもらいますから!」

「どうした?珍しいな 喧嘩か?」

聞かせてみろ とメルクさんは革のケースをその辺に乱雑に放りダイニングの椅子に腰をかける、聞かせろと言うなら聞かせよう ほっぺ膨らませながらエリスはメルクさんに寄り添うように彼女の隣に座る

「聞いてくださいよメルクさん!」

「ああ、聞こう」

「ラグナ 何かエリスに言いたいことあるみたいなのにそれを内緒にするんです!、内緒にするだけならいいのに それをチラチラちらつかせて…気になりませんか?」

「確かに良くない態度だな、言いたくないなら 最初から言わなければいい」

「メルクさんまで…、ああ 分かったよ、言うよもう」

流石に二対一は不利と悟ったか、ラグナは観念したように座り込むと…

「エリスってさ、王族にモテるよな って聞きたかっただけなんだ」

なんじゃそら…

「本当にそれだけですか」

「それだけだよ!、…エリスって 旅先でいつも王様と仲良くなってる気がするしさ、デティ然り 俺や兄様達然り、五大王族もそうだし バシレウスに至っては求婚までされている」

「…言われてみれば、エリス 普通の友達より王族の知り合いの方が多いかもしれません」

「だろ?」

言われてみれば、エリスは少なくともここまで全ての魔女大国の王族と、関わりを持っている 友達といってもいい仲の人間も多い、言われるまで気がつかなかったな エリスめちゃくちゃ王族に好かれている

「って、それを言ったらエリス別にイオに好かれてませんよ」

「まぁそうなんだが…」

とそこまで言って気がつく、そう言えばピエールはエリスの事をいじめながらもエリスの事をモノにしようとしていた、あいつも一応王族だ…エリスの顔はどうやらかなり王族好みの顔のようだ

「確かに 我がデルセクトの五大王族達もエリスの顔つきを絶賛していたな、王家に受ける何かがあるんだろう」

「迷惑ですよ…そんなの」

「確かにな、…で?ラグナはエリスの顔をどう思う?」

「そう言う話になると思ったから言いたくなかったんだよ!」

全く と腕を組みながら唇を尖らせるラグナ、そんなに怒らなくても…、エリスは王族に好かれる星の下に生まれているようだ、だが 正直迷惑だ、バシレウスみたいなめちゃくちゃな奴に付きまとわれるくらいなら 好かれない方がマシだ

だけど…、王族好みか…、ラグナも王族だよな、エリスの顔 ラグナはどう思ってるんだろうか、いやまぁ 王家に好かれる顔なんてのもよくわからんし 何よりエリスは出会った王族全てに好かれているわけではない

例を挙げるならイオ そしてソニアさんだ、ソニアさんに至ってはエリスの事を殺そうとしてきた、まぁ あの人に好かれたら終わりな気がするからいいが

「はい、この話終わり もう話したからいいよな?エリス」

「納得しました、ラグナに隠し事されるのは悲しいですから エリスもスッキリです」

「うむ、喧嘩は終わり やはりお前達は仲良くしていなければな、はははは」

「別に喧嘩してたわけじゃねぇよな、エリス」

「はい、喧嘩ではありませんよ」

ただちょっと怒ってただけだ、ラグナに隠し事されてね…しかし、隠し事…そう言うエリスはラグナに隠していることはないか、と言えば ある…

色々ある、話してないことがたくさん、家族の事とか エリスの出自の事とか、…そう思うと黙ってるのが辛くなるな、まぁ 今は言わないが、いつか ちゃんと話そう

「そう言えばデティは帰ってないのか?」

「そういえば遅いですね、まぁアジメクとコルスコルピは大陸の端と端ですし 魔女様とはいえ時間がかかっているのかもしれません」

と言ってもすぐに帰ってくるだろうがな、なんて話している間に 玄関先が騒がしくなる、どうやらデティが帰ってきたようだ

「帰ってきたか」

「出迎えてあげましょうか、彼女も向こうで仕事してたでしょうからね 労ってあげましょう」

「そうだな」

みんなで膝を叩き 立ち上がりながら玄関へ向かう、…とそこで気がつく

何かおかしい、玄関先で話し声が聞こえる、誰かと誰かが話し合っている、デティとスピカ様か?いや片方は男だ デティと誰かが話し合っている、誰だ?誰かが訪ねてきたのか?、そう一瞬だけ去来する思考は直ぐに目の前の光景によってかき消される

「あ、エリスちゃん達…」

困ったように眉を垂れ下げるデティが玄関先で振り向きながらこちらを見る…その目の前には

「今日はいたか、まさか長期休暇中出かけているとは…いや君達の予定だから好きにすれば良いのだがな」

「イオ…?」

イオだ、この国の次期国王にしてノーブルズの最中心メンバー アマルトと並ぶ男、それが護衛も連れずに一人でこの屋敷を訪ねていたのだ

「何しに来たんだ国王が一人で、外交ならもっとしっかりした場所でやろうぜ」

「ラグナ大王…いや今日はそう言う用事ではないんだ、ただ 招待しに来た」

「招待?」

エリスがそう不思議そうに首をかしげると それに答えるようにイオは懐から四枚の髪を取り出し…

「もうすぐ収穫祭があるのは知っているね?」

「そういえばそんな時期だったな」

収穫祭 長期休暇が明け 秋に入るか入らないかぐらいの時に行われるコルスコルピの祭りのことだ、前年はまぁ色々あって楽しめなかったが それが一体なんだと言うのか

「君達をコルスコルピ王城でのパーティに招待したい」

「え、エリスもですか!?ラグナ達だけじゃなく!」

「ああ、君も招待したい 来てくれるか?」

収穫祭の日コルスコルピの城で行われるパーティにエリス達四人が招待、そう聞いてメルクさんは訝しげな顔をしラグナの肘を叩く、それを受けラグナもわかってると言わんばかりに手で制し

「それ、次期国王のお前が直々にすることか?」

「……そうだな、確かにそこは不審かもしれん、だが 私と君達の関係だ、下手に使いの者を寄越したほうが疑われると思ったのだ、私が直々に来たことは 私なりの誠意と汲んで欲しい」

…はっきり言ってまだ彼の人となりを把握できているわけじゃない、エリスからしてみれば 彼の印象と言えばロクデナシの弟を否が応でも庇い、成績不振の生徒は迷わず切り捨てる非情の怜王だ

あんまり心情は良くないものだが…こう言う時決断するのはラグナの仕事だ、誘われているのがエリスだけなら渋るが、誘われているのは四人同時にだからな

「…そうだな、信じよう 俺としてもあんたのことは嫌いじゃない」

「貴方の懐の深さに甘える我が身を許して欲しい」

「いいって」

ありゃ、意外 エリスの知らない間に仲良くなってたのか?、それとも魔女大国を統べる王としてシンパシーのようなものがあるのだろうか

「だが一つ聞かせてくれ、どう言う風の吹き回しだ?何が目的でお前がわざわざここまでする」

「それは…」

ラグナの言葉にイオは言い淀む、言葉を探しているのか 或いは丁度いい言い訳を探しているのか、だが嘘はオススメしない デティの前で嘘は意味をなさない

「…っ、決着をつけたい ここまでの骨肉の争いに、我々と君達の争いに、終止符を打ちたいんだ、その為に私は ラグナとエリス 君達と話がしたい」

「決着……か」

決着 即ち入学してから今日まで続いたノーブルズ達との戦いに白黒つけたいってことだ、これが彼の提示する落とし所 、ここらが潮時 それは向こうも同じように考えていたようだ

これ以上エリス達が争えば学園は荒れる一方だ、最近じゃ エリス達がノーブルズと癒着していると言う噂から エリス達ともノーブルズ達とも敵対する第三抵抗戦力まで生まれている、このままじゃ学園内で群雄割拠の戦国時代が始まってしまう

その前に 手を打つ、もう争いはしないと…

「分かった、その決着 受けて立つ」

「ありがとう、では収穫祭の日 楽しみにしている」

それだけ伝えるとエリス達に招待状を渡し イオはその場を静かに立ち去っていく、本当に護衛も何ほつれていないようだ、まぁ 彼もアマルトから何かしらの呪術を授かっているだろうし、その辺のチンピラには負けないか

…しかし決着かぁ、どうなるんだろうか

「さてと、なんか急だが 決着をつけることになった」

「のようだな、まぁ 私とデティはお呼びでないようだし、ここはエリスとラグナに任せるよ」

「どうやって決着つけるか分からないけど、任せたよ!ラグナ!エリスちゃん!」

「ええ、お任せを」

特にデティも訝しむ様子はない つまりイオは本気でエリス達と決着をつけに来ている、ノーブルズのリーダーの一人、それとついに激突か…どうなるかは分からないが、なるようにしかなるまい

収穫祭…その日まで今は静かに待つとしよう

「しかしイオのやつ 『今日はいた』と言っていたな」

するとふと、メルクさんが顎に手を当て何か考えるように口にする

「確かに言っていましたね、それがどうかしましたか?」

「ん、いや 口振りから察するに イオのやつ、我々が長期休暇でいない間、もしかしたら毎日この屋敷を訪ねていたのかもしれないな」

「…あー…」

なんか、申し訳ないことをした気がする、そっか 彼も覚悟を決めてきてくれたのに エリス達一ヶ月も家開けてたもんな、毎日毎日この屋敷の扉を叩いてジッと待機し 今日もいないかと肩を落として帰るイオの姿が目に浮かぶ

なんというか…案外、律儀な人なのかもしれない

…………………………………………………………

「ふぅー…」

風に揺れる髪を手で押さえ 一呼吸つく、落ち着け…落ち着け私と自らに暗示をかけるように一人内心呟くレグルス

町を一望できる小高い丘の上に立ち、悶々とする心を切り捨て目を瞑る…、何故こうも心かき乱されるか?

理由は一つ、アンタレスだ

先日アルクカースでアルクトゥルスが言っていた言葉

『アンタレスがそろそろ暴走する、帰ったらアンタレスを訪ねろ』

アルクトゥルスの言葉に従いレグルスはエリス達と別れるなりすぐにアンタレスのいる奈落の底に向かったが

…居なかった 、いつもそこから動かないはずのアンタレスがこの日ばかりはどこにも居なかったのだ、吹き出る冷や汗を振り払い直ぐに外に出てこの国をひっくり返す勢いで探して回ったが

結果はご覧の通り、その姿はどこにも確認できなかった…

「アンタレス…どこに行ったんだ」

アルクトゥルスはアンタレスが暴走すると言った、アンタレスはその事実を事前に察知しておきながらレグルスには話さず アルクトゥルスにだけは話していた、その真意は分からない だが今は重要ではない

今重要なのは アンタレスが本来しない筈の動きをしているという事実、一年間ほぼ毎日奴の部屋に赴いているが 居ない日はなかった、なのに…

…暴走しているのか?、それとも暴走の兆候を察して先に手を打った?…或いは私がこうして聞きに来ることを読んで…、ダメだ 何を推察するにしても材料が足りん

何故だ、何故アンタレスは私に暴走の兆候を隠していた、お前は何を知っている 何故…

「くっ、奴が本気で私の目から隠れているのだとしたら 探しようがない」

奴も私も同じ魔女 、私が本気で探せば奴も本気で隠れる、そうなった場合千日手だ…いつもの魔女パワーのゴリ押しでは解決出来ない

解決できるとしたら、知恵比べに勝つことくらいだが 残念ながら探求の名を背負う奴と私ではその知恵の天秤はややアイツに傾く

あとは時間か、とにかく闇雲に探し回れば尻尾くらいは掴めるだろう…今はそれしかできない、どれだけ時間が残されているのか分からないが、少なくとも

このコルスコルピで起こる事件、それが漸く 動き始めたということに他ならないのだろう……
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