孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

154.孤独の魔女とアマルトの過去

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イオによって招かれたのは 学園の中でも一等豪華なノーブルズの居室だった、豪奢な壁 豪華な床、そして絢爛なソファが左右 中央に玉座の如き椅子…本来ノーブルズ内での会議に使われる予定の部屋らしいが、少なくともイオが入学してからこの部屋を会議に使ったことはないらしい

今はもっぱらイオの部屋だ、ここに近づく人間はいない、ここなら内緒のお話にはもってこいだ

内緒のお話、つまり アマルトのお話…彼が昔どのような生活を送り 何故今あんな風に捻くれてしまったかの話

それを聞いたから何が変わる訳ではない、それでも エリスは聞いておきたいんです、だって あんなに腐ってなお瞳の炎を消さないほどの人間が、どうして学園を潰そうなんて思い立ったのか

アマルトからすればいい迷惑でしょうが、それでもエリスは と言葉を続けてしまう

「さてと…、しかし いざ友達の過去を話すとなると、申し訳なさよりも小っ恥ずかしさが強いな」

エリスとラグナは右側のソファへ デティとメルクさんは左側 そしてイオは中央の玉座に座り恥ずかしそうに頬をかく、冷静になって考えてみればかなり奇天烈な状況だ

…エリスに置き換えてみれば あんまり知らない人たちに対してデティの昔話を聞かせるようなもの、やや恥ずかしい…

「それでも聞かせてください、イオさん エリスはアマルトをもう放って置けないんです」

「分かっているさ、君達がそのために今日まで頑張ってきたことはね、事実 どれだけアマルトに迫っても 彼の屈辱を知らない限り、彼に打ち勝つことは出来ても 救うことは難しい、その一助になれるよう 私も頑張るよ」

そういってくれると嬉しい、エリス達もしっかりと聞き その中からアマルトの気持ちを汲み取ることに尽力しよう…

「…さて、まず何から話したものかな、僕達王族コペルニクス家と学園理事の一族アリスタルコス家は古くから友好関係にあったことは知っているかい?」

「はい、今のコペルニクス王朝が打ち立てられたのも 当時のアリスタルコス家の尽力によるところも大きい、という話ですよね」

「詳しいね、エリス…そう 両家の付き合いはこのコペルニクス王朝が成立したその時より始まっている、まぁ仲がよかったのももう昔の話で 今は友好的というよりは伝統と仕来りから関係性を保っていると言った方が正しい…、私とアマルトが引き合わされたのも そういう仕来りからさ」

コペルニクス王朝は学園の力無くしてあり得ない、学園はコペルニクス王家の協力無くしてあり得ない、そういう関係がもう何百年も続いていることから 両家の子供達は幼い頃から引き合わされるという仕来りがあるらしい

取り上げず形だけでもいいから仲良くしてくれ そんな願いも込めての仕来り、だが

「私とアマルトはそんな仕来り関係なしの親友として今もやってこれている、幼い日の私は彼に惚れ込み アマルトも私を信頼してくれた、…アマルトは私になんでも相談してくれた 故に私は全てを知っている」

親友故に知っている、幼馴染故に知っている、その苦悩と道程を…

「私がこれから語るのは アマルトから聞いた話と私自身が見聞きした話になる、…若干の欠落はあるが、それでも良いなら語ろう 彼の過去を…、代わりに アマルトのことを頼むよ、僕ではもうどうにもできないから…」

「任されました」

その言葉にイオは鎮痛に顔を俯かせ、口を開く

「あれは八年前、私とアマルトがまだ8歳の頃だ…学園理事長を目指すアマルトの夢が崩れ始めたのは…」

アマルトから聞き及んだ話と彼が見聞きした話、それを統合した…アマルト自身の過去、それをイオはゆっくりと語り始めた…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

時は八年前に巻き戻る、丁度 エリスがアジメクを旅立つかどうかの頃の話である


探求の魔女の統べる国…知と探求 伝承と伝統の大国 コルスコルピ、古く 長く時を重ねたものこそが素晴らしいとされるこの国において 至宝と扱われる物が二つある

一つは魔女様 アンタレス、八千年間この世に存在し続ける彼女こそ このコルスコルピのあり方を体現するまさしく生ける至宝と呼ぶべき存在

そしてもう一つは学園、魔女様よりも前から存在し続ける伝説の学び舎、名をディオスクロア大学園 一説によれば一万年前から存在するとさえ言われる世界最古の学園にして 完璧な形で現存する遺跡の一つ

その学園を代々守り続ける家ぞあり、数千年前より世襲により幾星霜も学園を治め管理し続ける家 学園理事を魔女様より直々に仰せつかった一族アリスタルコス家

代々学園のトップに立つことを求められるこの家の重圧はある意味王族よりも重い

愚王は許されるが 愚鈍な教師は許されない、ただの一人でも愚か者を輩出すれば終わりの家 アリスタルコス家が今日この日まで続けて理事長を務め続けるのには並々ならぬ努力があった

数多の制約 幾千の努力 、それを常に当たり前のように求められ続ける生活を二十年以上続ける、必要のないものは削ぎ落とし 必要なものは何がなんでも捩じ込む、それによって形作られるは理想的な理事長

完璧ではない 優秀でもない されど欠落は無く 愚鈍でもない、ただ先代より継ぎ 次代へと繋げる作業を恙無く行える最低ラインだけが求められる理想の理事長、それをアリスタルコス家は絶妙な匙加減で数千年続けて 今も学園を守り続けている

今代の理事長 フーシュ理事長はまさしくそんなアリスタルコスのあり方を体現するような人物だ、理事長と辞書を引いて出てくる言葉全てを身につけそれ以外を持たない 理想の理事長

コルスコルピの貴族達は賛美する、フーシュ理事長のお陰で今代もまた学園は安泰だ、彼に任せれば安心だ そして彼の息子ならばまた安心だ、コルスコルピの宝である学園は安全だと


フーシュはそれを受けても喜ばない、ただ当然のこととして受け止める 学園を守るのも続けるのも当たり前 それ以外の思考を持たない、そして自分の息子が自分から引き継いで これまた安心、それは当然の事象だと



…しかし、数千年回り続け歯車は 彼の登場によって狂ってしまう

フーシュ理事長の息子 アマルト・アリスタルコス…その誕生によって


「いちっ!にっ!さんっ!」

春風に茶髪を躍らせながら剣を振るう、額に汗を流しながらも止めることなく庭先で木剣を振るう少年、齢は8歳 未だ遊びたい盛りである彼は遊ぶことも怠けることも弱音を吐く事もなく一心不乱に木剣で素振りを続ける

「もっと軸を意識して!指先まで神経を張り巡らせるんだ!」

「はい!ありがとうございます!タリア姉さん!」

「よせやい、血は繋がってないんだから」

茶髪の少年 未だ歳若い頃のアマルトは側で素振りを見つめる親戚の姉貴分 タリアテッレに深く礼をする、疲労に肩を揺らしながらも声色と顔色には疲れを見せない むしろその目は輝き弾けるばかりだ

「んーん、まぁ ものになってきたかな?」

「ありがとうございます、これも全て姉さんの指導のおかげです」

「いい子だねぇアマルトは、ほら剣術のお稽古は終わりだ、屋敷で今度は魔術の授業だろう?、急いで支度してきな」

「はい!」

大慌てで木剣を仕舞いそのまま汗を流したままアリスタルコス邸へと走るアマルト…

…イオが語るに、この頃の…いや アマルトは両の足が地面を捉えたその時から この生活をずっと続けているという、珍しい話ではない アリスタルコス家では普通のことだ

毎日毎日 一秒一瞬も無駄にする事なく 理事長に必要な技術を知識を手に入れるために費やす、そうすることによって子供に理事長になる以外の道を示さない それ以外の思考を持たせない 

それをずっと続けることによりアリスタルコス家は続いてきたのだ…彼の父も祖父もその前も前も理事長になる以外の道を示されず 家の思惑通り理事長になった、どれだけ拒もうとも最後には理事長の椅子に座らされたのだ

…が、アマルトは違った

「あ!、イオ!来てたんだ」

「う うん、おはよう…アマルト、今日も大変そうだね」

アマルトがアリスタルコス邸に戻るとそこで出迎えるように気弱な少年が声をかける、アマルトの親友…というか まぁ、若かりし頃のイオだ 家の仕来りによりこの頃イオはアリスタルコス邸を出入りし よくアマルトに会っていた

正直に言おう イオはこの頃 あまりアマルトの事が好きではなかった

何故か?

「ううん、大変じゃないよ 僕の夢はみんなを導く理事長になる事だからね、このくらいなんでもないや!」

そう、眩しくアマルトは笑う…、この笑みが イオは苦手だった、あんな型に嵌めるような生活を強いられながらアマルトは強かにも笑う、理事長になる事こそが夢だからと その輝きがこの頃のイオにはあまりに眩しく 痛々しく見えた

…そう、アリスタルコスの誤算 フーシュの誤算 全ての歯車が狂った原因はこれだ

アマルトは、この頃から既に道を示されるまでもなく 理事長になる事を夢見ていたんだ、それが…全ての狂いの原因だった

あらゆる才能を持ち合わせ 高く眩い志し、そして深い慈愛の心をもって生まれたまさに千年に一度の理事長としての逸材、彼はあまりにも理想的すぎたのだ…それがアリスタルコス家にとって毒であるとも知らずに


…………………………………………………………………………

コルスコルピ中央都市ヴィスペルティリオ その中心部近くに存在する巨大なお屋敷、よく言えば古風 悪く言えば古臭い木製のお屋敷、それこそが アリスタルコス邸…アマルトの 

僕の家だ!

「んん…んー!、いい朝だなぁ」

窓から差し込む光に瞼を突かれ目を開ける少年が一人、名をアマルト・アリスタルコス…齢は8歳 その年齢に相応しい幼さを秘めた顔には子供らしい無邪気さはない

あるのは一つ

「よーし!、今日も頑張るぞー!」

ベットから跳ね起き 自室の窓を開けて両手を広げて己を鼓舞する、あるとは一つ!夢への情熱だけだ!

そう、僕には夢がある 何にも代え難い大切な夢 それは単純 理事長になる事 それだけだ、

でもなるのはただの理事長じゃない 生徒に慕われ未来を生きる人達の一助になれるような そんな理想の理事長さ、僕は元々理事長になる事が定められた家に生まれてるから 目指さなくとも理事長にはなれるんだけどね

でも、それでなれるのは普通の理事長だ 僕がなりたいのは最高の理事長なんだから、なら みんながするよりも努力をしなきゃいけない、夢の為の努力なら苦でもない

「アマルト様、朝食の支度が出来ております」

「あ、婆や おはようございます」

数度のノックと共に痩せこけた老婆が無機質な声をあげ扉を開ける、彼女はこのアリスタルコス家に仕える侍女の一人だ、婆やの顔を見るなりアマルトは慌てて寝癖を整え 踵を揃える

「今日も一日 ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

優雅に一礼する、理事長の家に生まれたからには 礼儀作法は必須だ、いや 必須どころではない 寧ろそれを教える立場に立つ以上ー並より更に出来なければいけない なのでこうやって常日頃から優雅な挨拶は欠かせないようにしてるんだけど…

「アマルト様、指先がズレております」

「あ、はい」

「次期理事長として乱れのないよう、…どうか」

ピシャリと厳しい言葉と共に手を伸ばす、婆やは侍女であると同時にマナーの講師だ 、というかこの家の従者は皆何かしらの技能を持つ人物たちばかりだ

庭師は歴史 料理人は数学 執事は魔術 宿舎係は馬術 皿洗いは芸術、理事長に必要なのはあらゆる学術への理解、それを養うためにこの家の従者は皆 教師として活躍できるほどの腕前の持ち主なのだ

そんな人間たちに囲まれて育つはアマルト、何をしていても指摘される毎日だが だからこそ嬉しい、指摘一つ それを直せば自分はまだ一つ夢に近づくのだから

「ダイニングにて既に朝食はご用意してあります、朝一番の授業まで時間がありません、手早く食べてご準備のほどを」

「はい!、今日もよろしくお願いします」

婆やの前で歩き方一つに気を使って歩き 向かうは食堂 ダイニングだ、アリスタルコス家も一応貴族 いや大貴族だ、その食堂は一度に50人ほどの人間が一度に席についてもまだ空席が出来てしまうほどに広い

がしかし、アマルトはこの席に 自分以外の人間が座っているのを見た事がない、従者は当然ながらこの席でご飯は食べない 、父はいつも明け方に学園へ向かい 夜も更けてきた頃に家に戻ってくる、当然食事は学園で取る

後は母だが、…母は僕を生むと同時にこの世を去ったので机に着く姿どころか顔さえ知らない、僕は一度として母に抱かれたことがないんだ

まぁ寂しさはない、何を言ってもこの屋敷には従者がたくさんいるし つい最近友達も出来たし、何より

「おっはょーん!アマルト!元気元気ー?」

「タリアテッレ姉さん!」

「んんー、今日も元気だねぇ いや若けぇ」

静謐なダイニングの扉を打ち開け入り込んでくるは麗美な鎧に身を包んだ女剣士、アリスタルコス家の分家に当たる家 ポセイドニオス家の人間にしてアマルトの姉貴分 タリアテッレ・ポセイドニオスだ

扉を開けるタリアテッレを前にアマルトは目を輝かせる 、タリアテッレはアマルトにとって憧れの人間の一人だ、剣を持てば大陸最強 包丁を持てば世界最高、どんなことでも卒なくこなすタリアテッレの姿はまさにアマルトの理想とするところだ

「今日は飯食べたら朝一番から私ちゃんと剣のお稽古だよん」

「嬉しいです!」

「ふーん、じゃあ早く食べちゃいなよ」

「はい!」

タリアテッレは王宮料理長と王国剣士団の団長 さらにその上にアマルトの剣術指南役としての任も任されている、謂わばアマルトの剣の師匠だ、大陸最強の剣士に指南をつけてもらえるなんて僕はなんて幸福なのかと微笑みながらアマルトは朝食に用意された料理を食べる

…ふむ、こういう味付けもあるのか 、調味料はなんだろうか…隠し味もあるみたいだけれど、舌で覚えておかないと

「熱心に味わってんね、まさかまだやってんの?料理」

「え?、あ はい、姉さんみたいになりたくて」

「私ちゃんみたいに?、ならなくていいと思うけど…」

「でも僕、姉さんの料理大好きなんです!いつかあんな風に美味しい料理を作ってみたくて」

「ふーん…好きなんだ」

僕は別に料理が好きなわけではない、ただ 姉の事が好きだ、姉のことを尊敬している少しでも姉に近づきたい、少しでも姉に認めてもらいたい、家族に殆ど会えない僕にとって 姉は唯一の家族らしい家族だから

それに、ちょっと汚いことを言うと 姉みたいになれば、みんな褒めてくれるんじゃないかと密かに思ってるんだ、この国の誇りであるタリアテッレ姉さんみたいになれば みんなも僕を誇りに思ってくれるかもしれない、だかり…

「なので今日も料理教えてもらってもいいですか?」

「いいよん、勉強全部終わったらねん」

だから毎日味付けを確認し、勉強に託けて姉から料理を習う 姉との類似点はちょっとでも増やしたいから、いつか 彼女に並び立てたら そう思いながら…

なんてちょっと恥ずかしいな

「ぬぇえぇ?早くご飯食べちゃってよ、授業の時間なくなるよ、料理よりも君の授業の方が大切だからさ」

「あ!す  すみません!」」

「早くねー」

慌てて料理を掻き込み乱雑に咀嚼し、水と共に胃袋に叩き込む うん、味分からん!

「食べ終わりました!姉さん!」

「うーし、じゃ 木剣持って庭に集合ねー」

「はい!」

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アマルトという男は、身に抱える使命と胸に秘める目的を達し得るだけの才能を持っていたとイオは考える、イオとアマルトはそこそこ長い付き合いだが 今まで一度もアマルトの口から『出来ない』という言葉を聞いた事がない

魔術をさせればその理論もすぐに理解し、学術を学ばせればその本質を突き、幼いながらに帝王学さえも理解する

そして剣術は

「剣を持つ手に集中するな!意識は切っ先にだけ!、踏み込みが甘い!というか攻めが正直過ぎ!駆け引きとハッタリを覚えなさいな!」

アリスタルコス邸の広大な庭に響く乾いた木音、そしてタリアテッレの怒号

豊かな芝を踏み荒らしアマルトは踏み込み木剣を振るい、目の前で同じく木剣を構えるタリアテッレに斬りかかる、実戦形式の剣術訓練だ

「やぁっ!」

はっきり言って この時点でのアマルトの剣筋は既に大人の剣士と比べても差のない程鋭く素早いものだ、何より 一撃一撃に魂がこもっている 惰性で打っていない、何が何でも目の前の相手に食らいついてやろうとする気概が感じられる

普通の講師では相手にならない、だが…

「はい!甘い!」

アマルトの渾身の斬撃は容易くタリアテッレに払われ柄で一発 額をどつかれる

「あうっ!?」

「気合は十分 意気込み十二分、されど体裁きは不十分 もっと横に動かんと、回避出来んぜ」

「すみません…」

相手は大陸最強の剣士タリアテッレだ、いくら強くとも子供の勝てる相手じゃない そんなことわかってる、けどさ

(強いなぁタリアテッレ姉さんは、…いつか あんな風に剣を振るえたらなぁ)

痛む額を押さえながらアマルトは憧れる、ただただひたすら強い姉の姿に憧れる、あんな風に強かったら いつか理事長になった時 生徒を守れるんだろうな、その為にも強くならないと

「アマルトはなんでそんなに頑張るの?、もっと気ぃ抜いてもいいんだよ?」

「でも理事長になるにはこの程度じゃ足りないんです…」

「そう?欲張りなんだね、でもアマルトが望むなら私ちゃんはいつでも答えましょうぞ、我らが当主様」

「やめてくださいよ、そんなことよりもう一本お願いします!」

「んー?、ダメ もう時間だよ、次の授業に行かないとね はい十分きゅうけーい」

そういうとタリアテッレ姉さんは木の剣を僕から取り上げて屋敷に戻って行く、休憩か…僕としては十分の休憩も鍛錬に当てたいんだけど…

「いやいや、次の授業は算術だ 気持ちを切り替えないと」

ステーンと芝の上に座り込み風を浴びる、激しい動きで汗ばんだ体には 春風の涼はとても心地いい、春風の中髪を揺らして涼んでいると ふと、庭の門の前で馬車が止まる

豪華な馬車だ、あんな豪華な馬車乗り回せるのはこの国に一人しかいない

「イオ!来てくれたんだ!」

「あぅ…、お おはようアマルト」

イオだ、つい最近 家同士の仕来りにより引き合わされた 僕の友人、そりゃ 仕来りで繋がる関係だけどさ、それでも僕にとっては唯一の友人 だって屋敷から出ることを許されてないから、外の知り合いは彼しかいない

「今日も剣の訓練なんだね、お疲れ様」

それにイオは優しい、お疲れ様 頑張ったねと言ってくれるのはイオだけだ、みんなに褒めて欲しいわけじゃないけど それでも褒めてくれるのは嬉しいしね、僕は喜びのあまり飛び上がってイオに駆け寄る

「このくらいなんてことないよ!」

「でもこの後も勉強があるんでしょ?」

「うん、算術の授業と魔術の授業、その後経営学を学んで歴史 音楽 絵画…後々」

「も もういいや、聞いてるだけで僕目が回りそうだよ」

そうは言うけどイオだって王子として勉学に励んでるはずだ、ならこのくらいの事 なんてことはないだろうに…、まぁいいや

「ねぇ、アマルト…アマルトは理事長になりたいんだよね」

「ん?、そうだよ!」

「でもさ、アマルトの家って代々理事長になる家系でしょ?、頑張らなくてもなれるんじゃ…な ないかな」

確かになるだけならなれる、けど…そうじゃないんだ

「…んー、ねぇイオ あれ見て」

「ん?あれって?」

ふと指差す、庭の向こう それにつられてイオもまたそちらを見る、アリスタルコス邸はやや小高い丘の上に建てられていることもあり、街の様子が展望できるのだ

「…こここんな綺麗だったんだ、いつも下ばっかり見てるから気がつかなかった…」

「綺麗でしょ?ここさ、ここからなら見えるんだ …学園が」

「学園?」

街が見えるなら 広大な敷地を持つディオスクロア大学園が見える、天を衝くような校舎とそこで学ぶ生徒達、よく見えないけれど あの数えきれない窓の向こうには学園の生徒達が教科書と向き合い未来のために勉強しているんだ
 訓練場には剣士を志す生徒達が豆粒のようにだが見える、毎日毎日 彼らはあそこで学んでいる、全て 未来のために 夢の為

学園とは未来を育てる場所なんだ、数え切れないくらいの夢と未来を育てているんだ、それは輝きを伴う なんとも言えない美しさを秘める

「あそこで学ぶ生徒達を見ていたらさ、思ったんだよね…僕もさ 父さんみたいにあそこで励む人達の役に立ちたい、叶えられる夢を手伝いたいんだ…あの学園を卒業して 夢破れて涙を流す人間を一人でも減らしたい、それが 僕達アリスタルコス家の使命なんじゃってさ」

「……僕達の…使命」

「そう、夢と未来 そして学園を守ることこそ!僕達の…ううん 僕の使命であり夢なんだ!」

「守ることが、なら 僕の使命は 国を守ること?」

「きっとそうだよ、イオも頑張らないとね」

「……そうだね」

イオはずっと、眼下の街と学園を見守り続ける…、いつか ここからじゃなくて、あの学園の頂点に立って、生徒達を守ってあげられる人間になりたいな

いや、なるんだ それこそが僕の夢…全てなんだ

「アマルトは強いね、それに凄いよ 僕と同じ歳なのに色々知ってて、いろんなものを見てる」

「そうでもないよ、知らないことばっかりだから今日も勉強するんだ」

「そう言うところだよ」


「アマルトー!休憩終わるよー!早く戻っといでー!」

「あ!、姉さんが呼んでる!、ごめんねイオ せっかく来てくれたのに」

「ううん、いいんだ 僕は君の邪魔をしたくないからさ、頑張ってね アマルト」

屋敷から響く姉の呼び声に反応し僕は跳ねるように反応する、もう少しイオと話ていたいけれど、でももう授業が始まる 

ごめんね、そうイオに一言残し僕は駆け出す、少しでも多くのものを積み重ねるために…、僕は今日も理事長への 夢への道を走り抜けるんだ

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「随分今と違いますね」

「まぁな」

エリスは昔の話を続けるイオの話に思わず口を挟む、イオが語るにアマルトは純粋に理事長を目指す情熱的な少年だったと言う、それは確かタリアテッレさんも同じことを言っていた

しかし、今はどうだ?腐ったような態度を取り 他人を盾にする事を厭わず、剰え理事長を否定し学園さえも潰してしまおうしている

ここから何がどうひっくり返ったらあんな風になっちゃうんだ

「あの時のアマルトは 気弱だった私には眩しすぎた、だが確かに アマルトは私を導いてくれた、彼がいなければ私は己の王道さえ見つけることはできなかっだだろう」

「昔は気弱だったんだなぁ?お前」

「気弱というか…嫌気がさしていた」

ラグナのからかうような言葉にイオは苦笑いで返す、アマルトと付き合うイオは気弱でオドオドしていて、今とはまるで違う そういう意味ではイオも変わったと言えるのか、こちらはいい方向に転んだと言えるのだろうが

「王族として生まれただけで、なんで王様にならなきゃいけないんだってね やりたい奴がいるなら他にやらせればいいとね、自分勝手に思っていた」

「まぁ、分かんないでもないが…なぁ?デティ」

「ごめん、私はわからんないや」

ラグナにも王族としての苦悩を抱えた時期はあるから分かるようだが、当然ながらエリスとメルクさんは分からない、エリスはともかくメルクさんは普通の商家の生まれだしね

でもデティも分からないと言う、確かに思ってみればデティはエリスと出会った5歳の頃から既に魔術導皇としての自覚を持って生きていた、ひょっとするとデティって相当凄い人?

「私のことはいいだろう?、…今はアマルトの話だ」

「そうでしね、…でも 今のまま生きればアマルトもあんなにはならなかったのでは?」

「そうだな、もし恙無く生きていれば アマルトは夢見た通り立派な理事長になっていたか、壊れていたのどちらかだろう」

「壊れて…?」

「それは今から話す…、全ての始まりは あの屋敷にあの女がやってきた時からだ、…正直に言えばあまりにも惨たらしい悲劇 というほどではない、昔は酷い話だとも思ったが 今なら言える、あれはきっと誰にでもある経験だと」

イオは先ほどよりも沈み込むような口調で話す…あの女とは、きっと

「誰にでもある悲劇だが、あの女が引き金になったのは確かだ… そういう意味では私はまだ彼女のした事は許せない、まぁ…この国の悪しき風習に翻弄されたと言う意味では、同情するがな」

イオは再び語り始める 、アマルトの過去 否 その歪みの深淵にある名を

「あれは私とアマルトが出会ってから半月が経ったある日のことだ、アリスタルコス邸に許嫁としてサルバニート・フィロラオスが現れたんだ」

……………………………………………………………………………………

「姉さん、どうでしたか?今日の料理」

一日の授業を終え 太陽も沈み始めた頃、アマルトは無音のダイニング 食卓の前に立ち、一人椅子に座り料理を食べる姉貴分 タリアテッレに神妙な面持ちで見つめる

あの料理はアマルトが作ったものだ、料理が趣味ってわけじゃないが姉への憧憬から毎日のように腕を高めているんだ、最初の頃は酷いもんだったが

最近じゃあマトモなものを作れるようになってきた、まともなものを作れると やっぱり楽しいよね

「んーーー」

今回の料理は少し自信があったが、姉さんは全て平らげた後 難しい顔をする…

「塩がひとつまみ多い、肉の焼き加減も 20秒ほど長いかな、その割にこっちは煮込みすぎ…加減がまだまだだね」

「そ、そうですか…」

服を握り締める、自信はあったんだが やはり料理という点ではまだまだみたいだ、…でも ちょっと悔しいな

「ってかさ、別にそこまで美味しく作らなくて良くない?、アマルト理事長になるんだよね?、料理人じゃないよね」

「それは…そうなんですけど」

理事長に料理の腕は問われない、けど…僕は姉さんに少しでも近づきたいんだ、ちょっとでも姉さんに近づきたいんだ、だって…だって…

…僕は、知ってるから…みんなが僕のことをなんて呼んでいるか

「まぁいいや、道楽も程々にね?アマルトにはやらなきゃいけないことがあるんだからさ」

「は はい、そこは 任せてください、キチンと立派な理事長になりますから」

「うんうんそれでよし、…所詮 料理なんて…どんだけ極めても道楽、遊びでしかないんだからさ」

姉さんはそう言うが、姉さんの料理の腕は剣の腕と同じで 天才的だ、僕と同じくらいの歳になる時には既に屋敷の料理人を唸らせるほどの料理を作っていたと言う

僕も、そうなりたい

「アマルト様 よろしいですか?」

「あ!は はい!」

ふと、ダイニングの扉を開けて婆やが入ってくる、しまったと肩を震わせ出来る限り立ち姿を整える、普段から心がけていても やはり乱れるものは乱れるから

「サルバニート様が参られました」

「…サルバニート、分かりました 挨拶してきます」

婆やの言葉を受け、ようやくか と内心ため息をつく、サルバニートとは僕の許嫁の名だ、
僕が生まれるよりも前から結婚する子ど決まっていた少女の名前

魔術大臣フィロラオス家の長女、僕と同じ歳の女の子…僕がより優秀な子を残せるようにこの国の偉い人たちが会議して決められた結婚相手だ、それが今日からこの家で過ごすことになる としばらく前から聞かされていた

本格的な婚姻は僕たちがもう少し大人になって子供が作れるようになったら行われるらしく、それまでお互いに慣れておくためらしい…けど

正直緊張する、結婚相手って言っても僕はそのサルバニートの顔さえも知らない、どんな子なんだろう、顔を知ってる姉さんは『ちょー美人だから安心しな』とは言ってたけど…

いや、ここで僕がどう思っても結果は変わらない、これから結婚する相手だ 失礼のないよう挨拶しないと


婆やに案内され、サルバニートの為に用意された部屋へと向かう…聞いた話ではサルバニートさんはあまり体が強い方ではなく病を患いがちだと言う、その為今もベッドの上で療養されているらしい

「ここが…ごくり」

扉の前でゴクリと唾を飲む、緊張しつつも 扉をノックする 懇々と、すると内側よりややざわつく声が聞こえたのち 、聞こえてくる

「どうぞ…」

声が、鈴のように可憐な声が…まるで今にも倒れそうな花のような美しい声、あまりの美声に思わずはたとしつつも、まるで誘われるように 扉を開ける…

すると、そこには…ベッドの上には

「初めまして、貴方がアマルト様でございますね…嫁に入る身だというのに このような形での無礼な挨拶をすることを、お許しください」

艶のような紫色の髪 雪のように白い肌をした少女が上体を起こしながらこちらを見ていた、その姿を現わすなら 陳腐ながら美しいと言わざるを得ない、ベッドの上でやや辛そうに力なく微笑む姿も、むしろ逆に美しさを際立たせているように思える

「貴方が…サルバニートさん?」

「はい、フィロラオス家より参りました サルバニート・フィロラオスにございます、お恥ずかしながら生まれつき体が弱く このような醜態を晒す身ですが、子はちゃんと身籠もれますのでご安心を、ケホッケホッ」

「そ そんなこと、大丈夫だよ…それよりも 辛くないかい?」

咳き込む彼女を見ていると思わず駆け寄ってしまう、消えて無くなりそうな 雪結晶のような彼女に何かしてあげたい、そう思い近づくと…ふと 彼女の側に誰かいることに気がつく

「…あの、そちらは?」

「ああ、彼はカルロス 私のお付きの従者です、この家に来るに当たって私が連れて参りました、私のお付きではありますが アマルト様の従者でもございます、何なりとお使いを」

「カルロスです、よろしくお願いします」

男の人だった、黒髪と切れ目…僕より一つ年上かな、そんな子供とも言える年齢の子が執事服を着ていた、フィロラオス家の従者 体の弱いサルバニートの世話係だろうか

ただカルロスは僕が動くまでもなく 先んじて動き、サルバニートに上着を羽織らせる

「サルバニート様、ご自愛を」

「ありがとうカルロス…、アマルト様 我々はまだ出会って間もない仲、されどこれより婚姻まで至る仲でもあります、…よろしければアマルト様のお話を聞かせてはいただけないでしょうか」

「は はい!」

そんな憂げな目で 顔で 声で囁かれては逆らえない、僕は導かれるままに彼女の脇の椅子に座る、う…同年代の女の子とか初めて見た、この家にいる女の人はタリアテッレお姉さんと婆やだけだ

つまり僕が今まで見てきた女の人はどちらも僕より遥かに年上の人たちばかり、同年代となると…本当に初めて、女の子ってこんないい匂いがするんだ

「どうされました?アマルト様」

「い …いえ、少し緊張してしまって」

「緊張ですか…ふふふ、アマルト様も緊張されているんですね、私も同じです」

…か 可愛い、憂げな彼女が笑うとまるで花が咲いたみたいだ…、綺麗だ いつも笑っていてほしい

「では、アマルト様はどのようなお人なのか…何が好きなのか、伺ってもいいですか?」

「僕ですか?、僕は…いつも理事長になる為の授業を受けているので好きなものとかは特に…、言うなれば 最近は料理が好きですかね、最初は上手くできませんでしたが 作れるようになると面白いもので」

「まぁ、アマルト様はお料理ができるのですね…、無礼であることは承知しておりますが…、一度 食べてみたいですね」

食べてみたい?僕の料理を…、そんなこと言ってくれたのは初めてだ、料理だけじゃない 何かを求められたのは初めてだ、それって…こんなにも嬉しいことなんだ…

「あ あります、さっき作ったものの余りで良ければ」

「本当ですか、では…頂いても?」

「うぅ…」

うう、そんな小首を傾げて見上げないでくれ 逆らえないぃ~!、気がつけば僕は大慌てでキッチンまで戻り、さっきタリアテッレ姉さんに食べてもらった料理を皿に盛る、と言っても小皿に少し、本当に余り物だが 喜んでもらえるだろうか

「持ってきました!」

「ふふふ、アマルト様って 面白い方なんですね」

「はぁ はぁ、なんで?」

走って戻ってきたら、なんか笑われた…なんか変なことしちゃったかな、マナー的にまずかったかな…

「では、頂きますね」

小皿に小さく持ったお肉を一切れ サルバニートさんはこれまた小さなお口でパクリと、平らげる…食べる所作まで可愛らしい、んくんくと奥歯で咀嚼する動作一つさえも胸を高鳴らせる、その細い首がゴクリと嚥下すると

彼女の顔は、太陽のように明るくなり

「美味しいです、アマルト様」

…そう、言ってくれる

美味しいと、今まで一度も褒められなかった料理を食べて 笑顔で美味しいと、言ってくれる 、ただその一言二言だけで 身が震える

美味しいのか、美味しいんだ…美味しいんだ!、僕上手く作れてるんだ!、今まで努力することが当たり前だった、やって当然のことをして褒めてくれる人間などいない、だけど…だけどそれでも 嬉しい

涙が出てそうだ…僕、こんなにも褒めて欲しかったんだ それさえも分からなくなってた…

「美味しいですか!」

「ええとても…、出来るならまた食べたいですね」

「なら!明日も…作ってもいいですか?」

「ええ、こちらこそ お願いしたいです」

「ッ…!!」

明日も また食べてくれるのか、また 明日も美味しいって言ってくれるのか、明日もま褒めてくれるのかな

なら、明日はもっと頑張ろう、明日はもっと褒めてもらえるように頑張ろう、うんと頑張って うんとサルバニートに褒めてもらおう

「アマルト様、今日はもう遅いですし、長話はサルバニート様のお体にも障ります」

「あ、そうだった ごめんねサルバニートさん」

「いえ、私は今日からここにいるのです、また明日お話しまょう」

ね? と微笑む彼女の笑みに胸を射抜かれる、ドスンと叩かれたような衝撃が走る…ああ、僕 この人と結婚するんだ…なんて幸せなんだ、こんなにも幸せに感じたのは初めてだ

「は はい、それじゃ また明日ぁ」

この時 部屋を出る僕の顔がにやけてふにゃふにゃになっていなかったか不安だった、かっこよくみられたいわけじゃないけど かっこ悪くも見られたくない、うん 僕この人と結婚出来るんだそれはなんて幸せなことなんだろう

彼女の夫に恥じないような立派な理事長になろう、そんでもって料理ももっと上手くなって 彼女をもっと笑わせて、うん そうしよう!僕を幸せにしてくれた分 もっと幸せにしよう!

最初の緊張は何処へやら、僕はこの晩 スキップで自室に戻り、ソワソワながらベッドに潜った、サルバニートさんかぁ…えへへ 、好きだぁ…

………………………………………………………………………………

サルバニートさんが家に来てから 僕の日常は大きく変わった、内容は変わってない 毎日勉強勉強の毎日 鍛錬鍛錬の日常、変わったのは僕自身だ

「先生!出来ました!」

「あ アマルト様、もうですか」

算術の先生に渡れた課題を終わらせ手をあげる、もう終わったか…それもそうだ アマルトは今日 いつもの半分以下の時間で全ての課題を終わらせた

「最近のアマルト様の成長スピードには眼を見張るものがあります、この調子のまま精進を欠かさないように」

「はい!じゃあ次剣術行ってきます!」

「あ、ちょ 休憩は…」

「いりません!」

算術が終われば次は剣術だとアマルトは脇にかけておいた木剣を抱え 先生の言葉さえ待たず休憩さえもせず屋敷を駆け抜け、そのまま庭で待つタリアテッレ姉さんの元へ向かう

「お?、アマルト…もう来たの?早くね?」

「姉さん!剣の稽古お願いします!それで終わったら料理の稽古も!」

「いいけども…、最近随分張り切ってんじゃん、いいねぇ いい意気込みだ 流石は未来の理事長サマ」

「えへへへ…」

タリアテッレの言う通り、アマルトはここ最近…具体的に言うなればサルバニートが来てからこの一ヶ月で劇的変わった、それは鍛錬へのモチベーションだ

今までは当たり前のように頑張っていた、だが今は違う 一日頑張って 夜にサルバニートにそれを報告する、するとサルバニートは

『今日も頑張りましたね、アマルト様』

そう行って褒めてくれるのだ、褒められる たった一滴の水に等しいそれは乾ききったアマルトの心に潤いをもたらした

褒めてもらう その喜びを知ったアマルトはより褒めてもらうため頑張る、そのモチベーションは烈火の如くだ

事実、こうしてタリアテッレとの剣術の訓練でもそれは如実に出ていると行っていい



「はぁぁーーーっ!!」

「おっ!、この 生意気な!」

一ヶ月前までまるで太刀打ちできなかったタリアテッレ相手に食いつくくらいには上達したのだ、まるで空回りしてきた歯車がピタリとハマったようにアマルトという男は急速に力をつけていった

だが…

「しかし、まだまだ私ちゃんにはまーるで勝てんぜアマルト!」

「あぅっ!」

いくら上達と言っても急に大陸最強になれるわけじゃない、またいつものように一瞬の隙を突かれてタリアテッレの斬撃により吹き飛ばされるアマルト

剣を振るう初動 その前段階から見えないと言う反則じみた斬撃は容易くアマルトの木剣を叩き割り、彼自身もまた芝の上に転がされる

「くそーっ!、まだ全然勝てないか…!」

「あたぼうよ、そう簡単に語れてたまりますかいな」

と 口先では余裕を宣うタリアテッレ、されどその心中は

(…いやしかし、めっちゃ上達したな…元々なんでも出来る子だったけど 剣術だけは群を抜いてら、こりゃマジでやるかもしれねぇや)

冷や汗を流していた、そりゃ本気を出せばアマルトが瞬きを一つする間にこの手の木剣でアマルトを二十四回は殺せる

だが、それもつい先月まではアマルトが瞬き一つ終えるよりも早くタリアテッレはアマルトを五十五回は殺せた…それが今では瞬き一つで半分以下、つまり とんでもない速度でアマルトは上達している、

「今日こそ姉さんから一本取って サルバニートさんにいい報告をしたかったのに」

「ああん?、なになに?女ですかい 、女のためにこのタリアテッレの首を取ろうたぁいい度胸じゃござせんか」

それもこれもサルバニートが現れてからだ、サルバニートが現れてから 屋敷の講師陣の想定を遥かに上回る程の勢いをアマルトは得た、サルバニート一人に褒められたおかげで アマルトの中に眠っていた才能をさらに引き出したのだ

このまま行けばアマルトは世紀を代表する大人物になる、…せっかく 抑えていたアマルトの才能が解放されつつある

(それはあまり望ましくないな、やはり外部の異性と接触するのは早かったか、女一人にコンディションを左右されるなんてこと、未来の学園理事長にあっていいはずがない…)

「どうしたんですか?姉さん、怖い顔して…僕何かいけないことしましたか?」

「ん?、いやいや別にぃ?次教える型は何にしようか悩んでただけぇ、それより もう剣術の授業は終わりにしてさ、休憩時間で軽く料理作ってサルバニートにご馳走してあげようよ」

「は はい!!」

料理をサルバニートにご馳走しよう その言葉にアマルトは跳ね上がる、アマルトはその時間が大好きだ、サルバニートはいつも料理を食べて アマルトを褒めてくれるから、アマルトの一日の授業の内容を聞いて クスクスと笑いながら楽しんでくれるから

その為に頑張っているんだ、少なくともこの一ヶ月間 アマルトはそれを楽しみに生きて頑張っているんだから

「じゃあ早く行きましょう!姉さん!」

「はいはーい」

ウキウキと浮き足立つアマルトの背中を見て、タリアテッレは目を細める、さて どうしものかと、まぁ そのような答え 思っても思考などせぬのだが

そう タリアテッレは静かに目を閉じる

……………………………………………………………………

そこから更に時間が経ち、サルバニートがアリスタルコス邸に来てから 半年という時が経過し 暖かな春はひっくり返り寒々しい秋の頃となった

「どうかな、今日の料理は」

「とても美味しゅうございます、アマルト様」

「そっかよかったよ」

ただ、半年という短くも長い時が経っても アマルトの情熱は変わることはなかった、毎日のように休憩も取らず授業を受け 早めに全てのスケジュールを終わらせ、愛しのサルバニートに軽い手料理を片手に今日も部屋に足繁く通うのだ

サルバニートは相変わらず体が弱いみたいで、この屋敷に来てからずっとこの部屋で過ごしているからね、僕の方から向かわないと

「最初に口にしたものも美味しかったですが、これは更に美味しいです…アマルト様は毎日成長しているのですね、素晴らしいですわ」

「そんな…なんてことないよ」

それは君の為だよ とは口には出来ない、結婚することは確定だ 照れ隠ししたつ って意味はないけど、それでも 生まれてしまった恋心は意地悪で、アマルトは未だ本心を打ち明けられずにいた

…僕たちは結婚することが決まった仲、けれど気持ちは伝えた方がいいと思う、…んだけどォ…サルバニートの微笑みを前にすると何も言えなくなる

「今日は良い豆と良いトマトが手に入ったからね、温かいスープにしたんだ、体を冷やさないようにね」

最近じゃタリアテッレ姉さんも僕の料理を食べても悪い顔をしなくなった、まぁ褒めてはくれないけれどね、でもタリアテッレ姉さんのお弟子さん達には好評だ

王宮料理人として腕を磨く為弟子入りしたビッツさんは『アマルト様は毎日良いものを食べているだけあり舌が鋭敏ですな』と味を褒めてくれる

最高の料理人になる為姉さんに弟子入りしたマリナさんは『流石は弟殿だねぇ、アタシも負けないようにしないとサ』と腕を褒めてくれる

そして、今日の豆料理は姉さんの弟子のアビゲイルさんからアイディアをもらったものだ、『最近寒いですからねぇ~、サルバニート様は体弱いですからぁ あったかいもの作ってあげましょう』と…、そこから着想を得て作ったスープ

味の方は完璧のようだ

「なるほど、スープのおかげで体が…そして、そのお気遣いに私の心もポカポカです」

「えへへ…」

サルバニートは相変わらず褒め言葉を隠すこともなく真正面から褒めてくれる、…こうやって半年間彼女と触れ合ってわかったことだが

この屋敷の講師陣は、敢えて意図して僕を褒めないようにしているようだ、タリアテッレ姉さんもだ、それをタリアテッレ姉さんに問い詰めとそれが伝統だからだと答えられた…まぁいいんだけどさ

理事長になれば誰も褒めてくれない、褒める側に回るわけだしね、…それでもこうやって褒めてもらえるのは嬉しい

「…アマルト様はどうしてそこまで頑張られるのですか?」

「え?、どうしてって?」

「いえ、毎日 烈火の如く燃え盛り鍛錬と授業に励んでいるのを私はいつもここから眺めておりました、励む姿は大変凛々しいのですが…あれほどの情熱、理由がなければああは出来ません、宜しければ理由をお聞かせ願えますか?」

理由か、いつかイオにも言われたな…そんなに頑張る姿はおかしいのか?、まぁいい

「言ってなかったかな、僕 理事長になるのが夢なんだ」

「まぁ、ですが理事長になるのは役目…目指さずともなれるものでは?」

「それでなれるのは普通の理事長じゃないか、僕は理想の理事長になりたいんだ、生徒達の理想にね なんでも出来てなんでも解決できて、全部解決できるような凄い理事長に、その為ならどれだけでも頑張れるんだ」

「夢…ですか」

そうだ、夢だ 夢とは原動力だ、人間の推進力だ 

これがあるから人は進める、どれだけでも頑張れる あの学園で勉学に励む生徒達の気持ちが分かる、夢があるからみんな毎日のように頑張れるんだなぁ…

夢は持った方がいい、夢に向かって走るからこそ分かる…サルバニートさんには無いのかな、夢

「ねぇ、サルバニートさんには夢ってないの?何か目標とか」

「夢ですか…、私はこのように体の弱い身ですので、出来ることは限られますからね…でも、ありますよ 一つだけ」

一つ いや一つでもいい、僕も一つだから、サルバニートさんの夢か…なんだろう 僕に手伝えるものかな?、それなら僕も力になりたいな

「どんな夢?」

「………結婚することにございます」

その流すような横目にどきりと心臓が跳ね上がる、結婚すること それが夢…、う 嬉しい 僕もサルバニートさんと結婚出来る日を夢見ているんだ、それなら僕にも手伝える

僕が一刻も早く立派な理事長になって、彼女と挙式を開くんだ…彼女を僕が幸せにするんだ

「サルバニートさん!僕が幸せにするよ!」

「ありがとうございます、アマルト様」

「失礼しますアマルト様、もう時間も遅くなってまいりました、お嬢様の体の為にも…」

「ああ、ごめんなさいカルロスさん」

ふと、カルロスさんがやや慌てたような顔で割り込んでくる、サルバニートさんのお付きの従者だ 彼はこの部屋から動けないサルバニートさんに代わり あちこちに動き甲斐甲斐しくサルバニートさんに尽くしている

サルバニートさんの体調が悪くなった時のために寝泊まりもこの部屋でしている徹底した忠義振りだ、サルバニートさんを守ってくれている という意味では僕は彼に対して感謝と敬意を示さなければならない

「じゃあまた明日来るよ、サルバニートさん」

「はい、その時をお待ちしておりま…ケホッケホッ…」

「サルバニートさん!、大丈夫!?」

「大丈夫…いつものことですから、私はアマルト様の足枷になりたくはありません、…私のことは どうか気になさらず」

「…う うん」

それでもやや心配だ、サルバニートさんの体は強くない…そう聞いていたが、それはどうやら僕の想定以上だ、体を崩し寝込むことは一度や二度じゃない 数え切れないくらいある
しかも良くないことに最近じゃその体調も悪化し始めている…、このままじゃ 子を残せる年齢まで生きられるかどうか…そんな噂も耳にするほどだ

…一応アリスタルコス家が預かった子供ということで、最上級の医師と薬を用意してはいるが、それでも体調の降下を遅めているに過ぎない

大丈夫かな、もしもの時のためにカルロスさんが控えているけど…、いや 僕に出来る事はなるべく早く理事長になって彼女の夢である結婚をほんの少しでも早めに行うことだけなんだ

あと、明日は体に良さそうな料理も作ってみよう、アジメクには薬食同一の思想を体現する薬膳料理もあるというし、体にいい料理を作れば僕も何かの役に立てるかもしれないしね

「じゃあまた明日」

とだけ挨拶して僕は一人、高鳴る胸を抱えたままサルバニートに別れを告げる、この胸の高鳴りは恋ゆえか 或いは彼女の体への不安感からか、はあ 心配だ…上手く寝れるかな

…ふと、自室に戻るため廊下を歩いていると、見慣れない影が廊下を歩いてくるのが見える、あれは…

「お父様」

「ん、アマルト こんな時間まで起きてたのかな、まあまだ就寝時間じゃないからいいんだけどさ、うん」

見開く瞳孔 鉄のように変わりない表情、そして特徴的な髭を伸ばした男…僕の父さんにして、現学園理事長 アリスタルコス家当主 フーシュ・アリスタルコスだ

珍しい、いつもはもっと遅い時間に帰ってくるのに

「お父様、今日はどうされたのですか?とても早いお帰りですが」

「うん、今日は早めに仕事が終わったからね、まぁ こういう日もあるさ、それよりもアマルト 最近勉学の調子がいいそうだね」

「はい、絶好調です このままなら僕もお父様みたいな理想の理事長になれると思います」

「そっか、それは良かった じゃあなってくれよ理想の理事長に」

相変わらずお父様は顔色ひとつ変えない、動いているのは口だけだ 、しかもその口から発せられる言葉も生気のない単調なもの…

でも僕はお父様のことも尊敬している、何故ならお父様はあの学園を導いている人、僕の憧れを体現した人だからだ、毎日のように生徒の成長のために今日も早くから遅くまで仕事をしている

僕もこうなりたい、そう思わせる程にお父様は熱心だ、すごいなぁ

「それでさ、彼女どう?ほら…名前なんだっけ?、フィロラオス家のご息女」

「サルバニートさんですか?」

「そうそれ、体調が良くないって聞いたけどなぁ」

サルバニートさんか、体調は良くない…それはお父様の耳に届くほどなのか、もしかしたら あんまり時間がないんじゃ…いやいや、考えるな お父様ならなんとかしてくれるはずだ

「実はあんまり良くなくて…、お父様 なんとか出来ませんか?」

「ふむ、それじゃあ医師の量と薬の品質もあげようか、やや痛い出費だが彼女には次代を生むという役目を果たしてもらうまで死んでもらっては困るからね」

「な 何言ってるんですかお父様…」

それじゃまるで子供を産むだけが目的みたいじゃないか、子供を産んだら 薬も医師も打ち切って…サルバニートさんは用済みみたいじゃないか、流石に冗談だよな…だって だってさ、お父様はそんなことしないもんな…うん

「ほらアマルト、もう今日の予定がないなら早く寝て、明日に備えなさい」

「…はい…」

尊敬する父の口から聞かされた嫌な言葉にショックを受け 促されるがままに部屋へと戻る、やめよう 変な事を考えるのは…今の僕に出来ることは少ないんだから

ああ、早く立派な理事長になりたい、そうすれば…きっと 全部上手くいく筈だから……、そう 項垂れながら僕は自室のベッドで沈み込むように眠る、少しでも早く 彼女を救えるくらい強くなるために





「…さて、サルバニートか どうするかなぁ」

自室に戻ったアマルトの背中を見送りフーシュは髭を撫でる、あんまり 良くない方向へ進みつつある、アマルトにあれ以上余計な目的を持たれても困るなぁ

「フーシュ様、よろしいですか?」

「おや、タリアテッレちゃん 来てたんだね」

ふと、目の前に現れたタリアテッレを見て声を上げるフーシュ、相変わらず目にも見えない速度で移動するからいきなり声をかけられるとビックリするなあ、まぁ顔には出さないが

「少し、小耳に入れたいことが…」

「ほう、何かな?君が態々言いにくるなんてさ」

「サルバニートの件です」

「……ほうほう」

「実は…」

神妙な面持ちでタリアテッレの報告を耳にするフーシュ、その報告内容はまぁ衝撃のものだったが、相変わらずフーシュは顔には出さない 、鉄のような無表情を保ったまま、フーシュはこう 口にする

「なるほどね、アマルト 可哀想な子だね」

タリアテッレの報告を受け ただ、それだけ口にする

アマルト、可哀想な子だね と、…相変わらず顔色の一つも変えずにフーシュはそう言う、だってまぁ 流石にアマルトが可哀想になったからね、我が息子ながら…

あんまりにも、哀れでさ
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