孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

161.対決 デティフローアVS節制のサメフ

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ヴィスペルティリオの遺跡 四方に開いた穴…そのうちの1つ 北側の壁

その穴の目の前で向き合う二人の少女達

「むむむ……」

片や魔術の総本山導国アジメクを統べる魔術の王にして魔術導皇デティフローア・クリサンセマム

「ふふ…いつでもどうぞ?」

そして向かい合うはコルスコルピ四大支族が一角 魔術を司る一族フィロラオス家跡取り アドラステア・フィロラオス…又の名を、大いなるアルカナ No.14 節制のサメフ

両者共に生まれながらに魔術に関わることを運命付けられ生まれた少女二人、それが今 学園を守るため 虐殺を起こすため、相反する思想の下でぶつかり合う…

「この…ならいつでもいってやるー!、『フレイムタービュランス』!!」

開戦の狼煙を上げたのはデティフローアの方だ、両手を構えて空を撫でるように手を動かせば、巻き起こる 爆炎の嵐、炎の積乱雲は燃え上がり まるで火矢の如く火花を雨霰のように振り降ろす

魔術師の使う現代魔術の中でも攻撃力 攻撃範囲共に絶大であることが知られる範囲攻撃、飛んでくる炎は一つ一つが人の命を奪うに足る威力を持つ

「ふぅん…」

対するは節制のサメフ、魔女排斥機関マレウス・マレフィカルム…いくつもの魔女排斥組織が寄り集まり生まれた巨大な機関、その急先鋒を担う武闘派 大いなるアルカナにてNo.14という高No.を与えられる実力者たる彼女

その目の前の炎の嵐を見ても冷や汗一つかかず ヒョイと指を一つ立てながらこう言うのだ

「『ウォーターウォール』」

作り出すのは水の壁…、乾いた地面から間欠泉の如く湧き上がる水はサメフを守るように壁となり降り注ぐ炎を消し去る、水は火を消すは道理…習うまでもなく皆が知っていることだ、そう デティに言うようにサメフは笑う

「なんのぉっ!『サンダースプリット!』」

炎は防がれた、が 攻勢は終わらない、水で消されぬもの となれば電撃か、水中に電気を撃っても霧散し力を失うのは言うまでもない、だが デティフローアの放つそれは電気ではない

言うなれば落雷、自然界における最大エネルギーのそれと同格の光を片手で放り投げるように放つ、バリバリと空間に入る亀裂の如く飛び交う雷は水の壁さえも蒸発させその向こう側のサメフを狙い…

「『アーススパイク』」

が、無駄 サメフの一言で地面より湧き出るは鋭く尖った土の棘、それは避雷針となり雷を吸い寄せ サメフにあたる直前でデティの雷は急旋回して地面へと吸い込まれていく

魔術戦の基本だ、相手放った魔術と反する属性を使い 防御しつつ攻撃し、徐々に徐々に形成を定めて行く、デティフローアもサメフも卓越した魔術師 故にこの形に落ち着くのは必然であった

このまま惰性で魔術を打ち合ってもキリがない、寧ろサメフは戦いを長引かせるようにニヤニヤ笑いながらデティの攻撃を軽くあしらう

…そう、このまま打ち合えば その辺の魔術師の魔術戦と変わらない結果になるだろう、だが…デティは知っている、こう言う魔術戦をひっくり返す手段を

「洒落臭い!『カリエンテエストリア』!!」

片手を掲げ 笑うサメフ目掛け放つ、再び炎…いや炎弾だ

前少し違う部分があるとするなら、大きさか 或いは威力か、デティの手の中で燃ゆる炎はあっという間に隔絶した熱を放ち、周囲の石畳さえも融解させる

カリエンテエストリア…現代火炎系魔術に於ける最強候補との呼び声高い魔術だ、単純な威力だけで言えば炎熱最強、この魔術を扱える者は世界でも指折りしかいない事が唯一の救いとさえ言われる程の絶大魔術

それが 容赦なくサメフへ放たれる、水だろうが土だろうが関係ない、これを防げる物質はこの世にはない…そう、物質は

「ふぅ、分かりましたよ 使いますよ…『コンセプトコンプレッサー』」

放たれる太陽の如き火炎を前に、サメフは両手の指で四角を作り…唱える

コンセプトコンプレッサーと

「っ!やっぱ使えるんだ!」

何物にも阻まれない筈の火炎弾が サメフの放つ魔術、コンセプトコンプレッサーの前に防がれた

どのように防がれたか?まるで、見えざる立方体に押し潰されるように 握り潰されるように、あっという間に潰されて虚空へと消えたのだ…、やはり使ってきた というか使うように魔術を撃ったんだから当たり前なんだけど

「コンセプトコンプレッサー…マジで見たのは初めてかも」

「はぁ、これで分かりました?コンセプトコンプレッサーの前には全て無力…これこそ究極の魔術 最強の魔術なのです」

その言葉は強ち間違いではないとデティは冷や汗を流す、マジで使えるとか…

コンセプトコンプレッサー…、その概要は魔術導皇であるデティだけが知っている魔術機密事項…

その名も圧縮魔術、どんなものでも空間ごと圧縮してしまう魔術なのだ、本来は荷造りを簡略化する為 さる大商人が大枚叩いて作らせた魔術だった

これがあればどんな大荷物もポッケに納まる、これ以上ないくらい便利な魔術…世界の運搬事情に革命が起こったとこれが開発された三百年前は大騒ぎだったそうだ

が、しかし その大騒ぎはすぐに阿鼻叫喚へと変わる、何せこのコンセプトコンプレッサー…人間相手にも使えてしまうのだ

人間に使ったらどうなるか?、小さい人間の出来上がり?んなわけない、これは縮小魔術じゃない 圧縮だ、圧をかけ縮める魔術だ

ある程度の強度がある荷物なら耐えられるが 人間では耐えられない、使われればどんな人間も手のひらサイズの肉塊と化し 死ぬ、防御魔術も強固な盾も意味がない

何せ空間ごと圧縮するのだから…、この魔術を武器に転用され それはもう地獄のような有様になったらしい、使えば確実に殺せる魔術…防ぐ術はない、こんな魔術放置出来ないと 異例の魔女様の介入によりこの魔術はこの世界から消し去られた

痕跡も残さず、跡形もなく

なのに…今その使い手が目の前にいる、これは想像よりヤバい 何せ取得手段がまだ何処かに残ってることになる、そうなればまた世界は制御不可の無法と化す、それはなんとしてでも阻止しなければならない

「そんな危険な魔術、よく使う気になれるね」

「危険かどうかは貴方達魔術導皇と魔女が勝手に定めただけでしょう?、貴方達の意思一つでせっかく生まれた魔術を消し去るなんて…、そんなもの魔術への冒涜です!、魔術の下僕たる人間が魔術を抑え込むなんて 言語道断なんですよ」

「何言ってんの!魔術は人の為にある!その逆はあり得ない!人の世界に影響を与えすぎた魔術は広めてはならないの!、その魔術はあまりにも危険すぎる!事実人もたくさん殺してる!」

「なら剣は?弓は?人を殺す道具はこの世にごまんとあるのに何故魔術だけが迫害され封じられなければならないの?、世界の平安を真に願うなら そう言う殺しの道具も禁ずるべきでしょう!!」

「屁理屈言うな!、そんなもん私の管轄外じゃい!鍛冶屋に言え!」

「彼の方は私に教えてくれた…真なる魔術 その意味を…」

「聞け!」

サメフはうっとりとしながら私の話を無視しながら天を仰ぐ…、こいつ 言うだけ言って私は無視か!会話する気ゼロだな!

「あの日…病弱な姉が死んで 私がフィロラオス家の跡取りなる事が決まったあの日、…魔術の研鑽を積む私の前に彼の方は現れた…」

…サメフはゆっくり目を閉じて思い返す、もうかなり前だが それでも思い出せるほどに出会いは鮮烈だった、古い図書館で魔術の本を読み漁り勉強するアドラステアの前に現れたそれはこう言った

『それは偽りの魔術だ、歴代の魔術導皇が作り上げた 彼女らにとって都合のいい魔術達、本物の魔術ではないよ』

と…、最初は何を言っているかちんぷんかんぷんだったが、直ぐにアドラステアは意見を変えた…、現れたそれはサメフの目の前で魔術を披露したのだ

使ったのはなんだったか、そうだ 生命を奪い生命を作る最悪にして最高の魔術…、アドラステアが今まで見聞きしたそれとはまるで違う魔術、いや違う これこそが真の魔術

人の理解出来ない領域に有る絶大なる力 神の権能の一端、その圧倒的な御業を前にしたアドラステアはそれの足元にしがみつき懇願した

『どうか貴方の弟子にしてください!、私も魔術師の一人として 真なる魔術をこの手に収めたいのです!』

と、それはそんなアドラステアを見て笑うと…

『弟子には出来ない、私は弟子を一人しか持たないと決めているんだ 彼を裏切れない、代わりと言ってはなんだか一つ魔術を与えよう、これも君の言う真なる魔術の一つだ』

そう言ってアドラステアはそれから三つの大切なものを頂いた

一つは真の魔術 コンセプトコンプレッサー、それがアドラステアの額に触れると 瞬く間に使い方と詠唱が浮かび上がり、あっという間にアドラステアは真の魔術の使い手となった

二つは名前だ、アドラステアとしての名前を捨て 節制のサメフとして魔女排斥派に属することとなった、彼の方は魔女を毛嫌いしていた…だからアドラステアも魔女が嫌いになり、その日 アドラステアはサメフとなった

三つは目的、彼の方が目指す世界の実現…それは誰も彼もが何にも縛られることのない世界、永遠の解放と究極の解脱を齎す それが彼の方の目的、その一環としてサメフは動いた 世界を縛る魔術導皇を殺すため

その為に態々今動きが活発な大いなるアルカナに入り、その時のNo.14を瞬く間に殺し この地位についたのだ

「全ては彼の方の目的…人類の永遠解放の為 皆が空に羽ばたくように自由に生きる世界の実現の為、お前達を全員殺す…全て殺す」

全ては彼の方の為 真なる魔術の為、そう譫言を宣いその手で己の体を抱きしめるアドラステアを見てデティは…

「胡散臭…」

ジトーっと呟く、胡散臭…むせ返るような胡散臭さだ、芳醇極まる…よくもまぁそんな戯言と信じて突っ込む気になれたな、サメフってば思いの外純情?

「…貴様、今なんと言った」

「いや胡散臭いよ、永遠の解放?究極の解脱?、そう言う曖昧で未来の展望が全く見えない言葉ってのはね 詐欺師の常套句だよ、いざ実現してみると思ってたのと違ったーとかこんなはずではーってなるのがオチだよ」

「貴様…貴様、事もあろうに彼の方を…詐欺師呼ばわりとは…、し 信じられない!信じられない!、まさかこれは夢?だとしたらこんな夢を見てしまう己を罰さねば!、不敬者!不敬者!私の不敬者!」

なんか一人で己の事叩き始めたぞ…、なんかコイツの相手してる私が恥ずかしくなってきた…もうとっとと終わらせられないかなぁ

「いひゃい…ほっへいひゃい」

そりゃ自分でほっぺ叩いてたからね…、コイツ思ったより面白いやつ?、なんて思っていると…サメフの眼光が、こちらを向く

「許せない…許せない許せない!彼の方を愚弄するなど許すまじ!ここで惨めに潰されて死ね!」

「あ、やべ!」

サメフが指で四角を作る、やばい こっちに魔力が向いている、明確な殺意を私に向けている!飛んでくる!さっきの魔術!

「『コンセプトコンプレッサー』ッッー!!」

「にぎゃぁぁぁぁ!!!!」

走る 全力で横っ跳びに走れば つい一瞬前まで私の立っていた場所がまるで握り潰されるようにグシャリと潰されて、石畳も抉り取られたように跡形もなくなる

く 食らってたら、死んでた…!潰されて死んでたぁ…!

「こ この!『プロミネンスノヴァ』!!」

逃げながら手を向け放つ赤色の熱線、所謂レーザーだが…

「『コンセプトコンプレッサー』!」

ダメだ!、光だろうがなんだろうが圧縮には勝てない、空間ごと押し潰され私の魔術が握り潰される!、まさしく攻防一体 無敵の魔術だ、あんなもんどうやって攻略すれば…

「『コンセプト…』」

「まずっ…!」

捉えられた! そう察知したデティは刹那のうちに迷う…私の足では逃げ切れない、私の短い足と貧弱な身体能力ではサメフに簡単に捕まる!、私はメルクさんやラグナみたいに機敏に動けない…エリスちゃんのように風にも乗れない

…風にも?…そうだ!

「『…コンプレッサー』!」

「『ウインドショット』!」

風を放つ 地面に向けて、炸裂した風弾はその衝撃波で私を吹き飛ばす、所謂加速魔術と同じ要領で自分を魔術で吹っ飛ばしたんだ、当然 痛いし行く先も制御出来ず私はぶっ飛ばされ後方に存在する遺跡の壁へと叩きつけられる

「ぐぅーっ!?」

「自分を魔術で吹っ飛ばした?下品な使い方ですね」

痛い…壁に叩きつけられた体が痛い、けど 目を向ければ私の立っていた場所がゴッソリ抉られている、へへへ ああなるよりかマシだもんね…

「やーい、私は…ここだよー!」

「ふんっ、ただ数度避けただけで調子に乗って…、言っておきますが 私に魔力切れはありませんよ?、彼の方の加護がある限り私は無限の魔力を得ているのですから、何度だってこれを撃てますから、逃げても無駄です」

は?なにそれ、無限の魔力とかあるわけないじゃん…けど、あんな無茶苦茶な魔術を撃ってるのにサメフの魔力はさっきからまるで減ってない、いやおかしいおかしい そんなことあるはずないよ!

…いや、よくよく探ってみると 誰かがサメフに魔力を送っている…、誰だ?あのお方って奴か?、か細い魔力の糸はサメフの額から通じてどこかに続いている…どこだ?、え?地面の下?…なんで

「『コンセプトコンプレッサー』!」

「うっ!?『ウインドショット』!!!」

慌てて再び風弾を自分に打ち込みぶっ飛ぶ衝撃でコンセプトコンプレッサーを躱す、避ければ 地面に叩きつけられ傷が増えるが、それでも死ぬよりマシだ!

「まだ行きますよ?どこまで逃げられますかね!『コンセプトコンプレッサー』!」

「ひぃぃ!連射出来るのぉぉぉっっ!?」

走り出す 風弾を放ち吹き飛び逃げる、とにかく逃げるメチャクチャに逃げる、行き先も受け身も考えず逃げまくる、だってさっきからサメフの奴あの圧縮魔術をボカボカ連射してくるんだよ!?

「『コンセプト…』」

ドカドカと音を立てて私の背後の遺跡の壁が私が通り過ぎた道順に抉られていく、一瞬でも遅れれば私もああなる、そう思えば地面にに叩きつけられても悲鳴をあげる気にはなれない

「『コンプレッサー…』」

あまりにも抉られすぎた遺跡が崩れてもなお逃げる、地面が壁が 周りの魔獣が、問答無用で圧縮されて消えて死ぬ ああなりたくない、その一心で涙ながらに地面を転がる、気がつけば全身打ち身だらけで血塗れ

一撃も直撃をもらってないのにこの有様だ…ダメだ、今のまま逃げ続けてもいつか捕まる、と行くかその前に打ち所悪くて死ぬ可能性もある

でも逃げ続けてもサメフの魔力は減らない、どこかで反撃に出ないと…!

「くっ…『ウインドショット』!」

「ほう、向かって来ますか」

故に突っ込む、体をサメフにに向けて サメフに向けて飛ぶ!、反撃しないと!反撃しないと!

「ですが…『コンセプトコンプレッサー』!」

来る!、私を迎え撃つように圧縮魔術が放たれる、このままいけば押し潰されて死ぬ!…けど!

「『ゲイルオンスロート』!」

「なっ!!」

すっ飛びながら地面に向けて風魔術を放ち無理矢理方向転換し上空へと舞い上がる、一瞬 圧縮魔術に捕まりかけ 体全身を引っ張られたがそれを超える勢いで飛び上がったのが幸いし サメフの背後に着地することに成功する

取った!、サメフはいつもコンセプトコンプレッサーを正面にしか撃たない!、というかああいう超強力な魔術は大体正面にしか撃てない!暴発が怖いからた!、つまり背後を取れば!

「防御は出来ないでしょ!『プロミネンス…』!」

両手を前へ出して 詠唱する、決める …ここで無防備な背中に一撃ぶっこめば…

と、そこで 気がつく、サメフの目が背中越しにこちらを見ていることに、その手が こちらに向けられていることに…

「『解除』…」

「え!?」

私が声を上げるよりも早く、それは襲い来る 

サメフの広げられた手の中から突如、鋭利な岩の破片が飛んで来たのだ、完全に盲点であった 完全に失念していた

私が今相手しているのは圧縮魔術であることを、圧縮…圧縮なのだ 消滅ではなく

「ぐっ!?がぁっ!?」

「バカですね、圧縮させた物はいつでも元に戻せる…それを忘れていたんですか?」

鋭利な破片が私の体に突き刺さる、太腿 脇腹 肩身体中に突き刺さり血が吹き出る、やられた…そりゃそうだ 元々荷物を運ぶ為の魔術、いつでも圧縮したものを戻せるのは当たり前だ

岩を圧縮で砕き縮め、手の中に収めたそれを弾きながら戻せば…それは解放の衝撃と共に炸裂弾と化し武器となる、サメフは圧縮した武器を 身体中に仕込んでいるんだ …こうやって接近された時のために

足止めの為に

「『コンセプト…』」

「ま…まず…」

全身に突き刺さった岩破片は激痛を齎し動きを縛る、目の前でサメフが手の形を作りながらこちらを振り向いているのに、ダメだ!死ぬ!死にたくない!…死にたく…

「ないぃっ!!!」

「『コンプレッサー』ッッ!!」

渾身の力を込めて後ろへ跳ねる、目の前で巻き起こる圧縮から全力で跳ねて逃げる、圧縮に引き寄せられる感覚を味わいながらも呪縛から逃れ 後ろへすっ飛びゴロゴロ転がり逃げる、

「はぁ…はぁ…」

避けられた、避けられた 間一髪だった 危うく潰されて死ぬところだった、倒れ伏しながらバクバクと跳ねる心臓を抑えながら直ぐに思考を戻す、早く逃げないと…そして傷の治癒をして 体勢を整えて

そう…手をついて立ち上がろうとしたその時、異変に気がつく

「…あれ」

手をついて、立ち上がろうとした…のに、立てなかった

変に空振り…立ち上がれない、と言うかなんだ この妙に温かいものは、全身が温かい、まるでお湯に浸かってるみたいな…

混乱する頭で、手を見る 突こうとした腕を見る、右腕を…目に入れる

「…ぁ…」

無い、腕が…肘から先が…綺麗さっぱり無くなり、血が…血…が

「おや、腕一本だけですか」

「ぁ…ああ…あぁぁああ…」

さっきだ、さっき回避した圧縮…あれ回避しきれなかったんだ、それで突き出していた右腕だけ巻き込まれて、持ってかれて…持って…ッッッッッ!?!?

「ああぁあぁぁぁぁあああぁあっっっっっっ!!!!」

のたうち回る、信じられないくらいの激痛に 

腕が!私の腕がない!右腕が…腕が!血が止まらない!止まらないよ…!

痛い!痛い!痛い痛い痛い痛い!!、助けて!誰か!ラグナ メルクさん!エリスちゃん!先生!…助けて!助けて!

「ふふふふ、無様ですね…大丈夫 直ぐに、あなた自身も押しつぶしてあげますから」

「ヒッ…!」

のたうちまわる私を見下ろす目、冷酷で残忍な目…、殺される…殺される…!、死にたくない!死にたくない!!

「うあぁぁぁぁあぁああああ!!!!」

無我夢中で背を向け走る、片腕がなくなりバランスの取れない体で逃げる サメフから、涙をながら懇願するように、全力で

「終わりです…『コンセプト…』」

「ッッッ!『ウインドショット』!!」

飛ぶ、兎に角どこか別の場所へ それ以外何も考えず風弾を連射しめちゃくちゃな軌道で飛び回る、逃げなきゃ 逃げなきゃ…!

全身を覆う痛みの中サメフから逃げ 近くの遺跡へと転がり込む


「おや、逃げましたか…、まぁいいです 血の跡を追えば簡単に追いつけますからね」

………………………………………………………………

暗い遺跡の中、むせ返る血の匂いの中 私は横たわる

「ひぐっ…ぐすっ…うえぇぇぇえ…」

涙が止まらない 震えが止まらない、顔を両手で覆いたいのに 私にはもう片腕しかない

「怖い…怖いよ、痛い…痛いよ」

どこか、油断があった…学園でも敵なしだったし 私なら勝てると

違った、勝てない…私は弱い ラグナみたいに力も強くない メルクさんみたいに経験もない エリスちゃんみたいに凄くもない、友達と自分を同列に見ていた

みんな強いのに私だけが弱い…、その事実に痛み以上の苦痛が襲う

…もう嫌だ、私じゃどうにも出来ないんだそれはよくわかった、右腕という大きな代償を支払ってようやく理解できた、周りが天才と称えるだけで 実のところ私は天才でもなんでもないんだ

「…ぐすっ…」

痛い、落ち着けば落ち着くほど腕が痛い、気を抜けば意識を失いそうなほどに…でもダメだ、意識を失えばそのまま死んでしまう だから 必死に堪える

「……エリスちゃん」

そんな痛みと死の間際にあって思う返すのは友の顔 親友の顔、エリスちゃんはいつもズタボロになりながら戦う、けれど 逃げたことは一度もない、撤退したことはあれど 戦いそのものから逃げたことはない

それは彼女の送ってくる手紙でよく知っている、…私もいつかエリスちゃんみたいな戦いをと憧れていたけれど、実際その場に出てみればこれだ

エリスちゃんはいつもこんな痛い思いをして戦ってたのか…、聞けば内臓が破裂したともあると言う 聞けば全身の骨が砕けたこともあると言う、聞けば…一度死んだこともあると言う

なのになんで彼女はあんなに強く戦えるんだ…、私も彼女みたいだったら 少しは違ったのか…

こんな時 彼女は何を心の支えにしてるって言ってたかな…、そう 確か

「師匠の…教え」

思い浮かぶ顔がエリスちゃんから先生に切り替わる、スピカ先生…先生にはたくさんのことを学んだ、そう たくさんのことを

それは 窮地にあって私自身を助けてくれる教え…、そうだ

「先生の教えを…裏切っちゃいけない」

先生は私を信用して教えを託してくれた、それだけじゃない カリスト達は自分達の命さえ私に託してくれた、エリスちゃん達は私を信用して この場を任せてくれた

「逃げちゃいけない、私は…ここで逃げちゃいけないんだ」

血塗れの体で立ち上がる、残った手で全身に突き刺さった岩の破片を引き抜き、失われそうな意識の中…思い出す、先生の教えを

「癒せ、我が手の中の小さな楽園を 、癒せ…我が眼下の王国を、治し 結び 直し 紡ぎ 冷たき傷害を 悪しき苦しみを、全てを遠ざけ永遠の安寧を施そう『命療平癒之極光』」

作り出すのは治癒魔術…私はちゃんと先生から教わってるんだ、古式治癒術を…!、どんな傷さえも治し切る 最強の治癒術師 友愛の魔女スピカ その弟子なんだ 私は!

暖かな光が傷を塞ぐ、全身に空いた穴は塞がり 古式治癒術は失われた腕さえも元に戻す、…戻った 私の右腕…

「そうだ、私は友愛の魔女の弟子なんだ…魔術導皇としてじゃなく、先生の生徒として 逃げてはいけないんだ」

古式治癒術は失われた体力さえも十二分に元に戻す、…全快した 右腕で拳を作りながら、考える

今のまま戦えば、また同じ目に合う 今度は死ぬかもしれない…奴は強い 私が何をしても無駄かもしれない、右手の中にある喪失感はきっと一生消えないだろう、今度同じように消えるのは左手から右足か…或いは体か

恐ろしい、恐ろしいさ今だって、でも逃げるわけにはいかない 私にここを任せてくれたみんなのため 戦わなきゃいけないんだ

魔女の弟子として みんなの友達として!

「でもどうやったものかなぁ」

その場に座り込んで考える、サメフのコンセプトコンプレッサーは無敵に近い攻撃力と防御力を持つ

あの魔術の前にはどんな魔術も無意味だ、私の切り札である『アブソリュートミゼラブル』も物質である以上圧縮は避けられない、私の攻撃は全部防がれるのに相手の攻撃は全部通る、相手はそれだけを出してれば良い まさに無敵のカードだ

でもなんとかしないと勝ち目がない、そのなんとかを考えてるんだが そうも上手くいかない

「…やっぱりエリスちゃんみたいに都合よく湧いてこないか」

エリスちゃんはこう言うときパッと逆転の一手を思いついて 相手の魔術の弱点を突き華麗に勝利して来た

…私には真似できない…、いや やるんだ!やらないと!

「エリスちゃんはこう言う時 どんな風に考えるんだったか」

確か、エリスちゃんはこう言う逆転の手は今までの記憶の中にあるの言っていた、エリスちゃんみたいに記憶力は良くないけれど、私も思い出せる範囲で思い出す

んー、サメフの魔術…あれは卑怯だ、封印されるのも理解できる

おまけに魔力も減らないんだ、あんだけ撃ったのに消費ゼロ 嫌になるなぁ

アイツは接近しても圧縮したものを解放して迎撃してくる、隙がない

その割に周りの魔獣には手を出させないし 律儀なのか、いや単純に私を甚振りたいだけか
 
もうあんな痛い目には会いたくないなぁ

……記憶は更に深層化し 余計なことにまで頭がいく

折角宝玉見つけたのに、エリスちゃんはしっかりアマルトに勝ったし、生徒会ってどんなだろう

カリストの戦いの時も大変だった、魔獣とも戦ったなぁ、隠者のヨッドはまぁ半ばエリスちゃんとラグナだけで倒してたなあ

腕痛かったなぁ 帰ったらエリスちゃんに泣き付こう、それでお菓子作ってもらって、みんなと食べて、みんなと戦いの自慢話しして、その為には帰らないと…

「ああー!、考えがまとまらーん!」

考えれば考えるほど余計な方向に頭が行く、こんな記憶の中にヒントなんて……

「あっ!…あったぁ」

思わずにやけてしまう、浮かんだ サメフの魔術を打ち破り 完璧に勝つ最高の方法が、私天才かも…

そうだ、さっきは魔術導皇として戦ったから痛い目みたんだ、みんな魔女の弟子として戦ってるんだから、私も魔女の弟子として戦うべきだったんだ

「…よし、これで行こう」

そう決意すれば、足が自然と震える…さっきの恐怖は治癒では癒せない、最悪の予想が脳裏に何度も現れ 逃げてしまえと誰かが耳元で囁く

私は此の期に及んでようやく命の危機を理解した、戦いとはそう言うものなんだ…みんなはそれを理解した上で命を賭け皿に乗せている

私だけだ、呑気にしていたのは…みんなと一緒に戦うなら

「私も命張らないと!、死ぬ気はサラサラないけどね!」

震える足をぺしりと叩き、歩き始める…サメフの場所は分かってる、魔力を探れば一発だ、…手には決意 胸には必勝の策、口を一文字に遺跡の外へと歩き始める

………………………………………………………………

「おや、大人しく出て来ましたか、死ぬ気は出来たようですね」

「…………!」

私が遺跡に出ると、待っていたとばかりに出迎える…うう、やっぱ怖え…怖いけど 怖いけど!

「お待たせ!あんたぶっ倒す準備できたから!覚悟して!」

「またそんな強がりを、おや?潰した右手が元に戻ってますね…まぁいいでしょう また潰すまでです」

サメフがゆっくりと構える、さぁ 第一関門にして最難関だここを乗り切れるかどうか 全てはそこにかかっている

「彼の方の使徒として!魔術導皇!あなたを殺します!」

「今の私は魔術導皇じゃない!スピカ先生の 友愛の魔女スピカの弟子!デティフローアとしてる あなたを倒すの!」

「どちらも同じ事!死になさい!、『コンセプト…』」

来る!サメフが指で四角を作りこちらに向けて圧縮魔術を放つ、このままでは死ぬ!

「『バーニングカーニバル』!」

そんな魔術を前に炎を噴きださせる、単純な火炎 されどその熱は瞬く間に広がりサメフを囲み彼女に向かって飛んでいく

「…チッ、無駄なことを『コンセプトコンプレッサー』!」

直ぐにサメフは目的を私から炎へと切り替え 迫る炎を圧縮、握り潰して消し去ってしまう どんな抵抗も無駄、この通り全て消し去れますと言わんばかりに呆気なく

「さぁ次は何を…なっ!?」

されどサメフは目を剥く事となる、何せ炎を放ったデティの方を見たら

「ふぅーっ!、早めに消してくれてありがと!」

「貴方!?炎の中を突っ切って!?」

燃え盛る火炎の中にデティがいた、魔術を放った瞬間 自分の魔術に突っ込んだのだ、炎を消す圧縮に巻き込まれるかもしれないのに いやそれ以前に自分の魔術でも炎は炎 突っ込めば普通に大火傷だ

なのに、デティフローアは飛び込んだ 全てはサメフを捉える為に、射程圏に捉える為に

(チッ、まだ足りない もっと近寄らないと)

「バカですね!近寄ればなんとかなるとでも!?、第1近寄らせるわけがないでしょう!『解除』!」

サメフが手を払いながら 圧縮を解除する、押し込める力も凄まじいが それ故に解き放たれる力もまた凄まじい、解除と共に虚空から爆裂するように岩や魔獣の牙が解放されて飛んでくる

まるで弾丸の雨、だが今引いたらまたやり直しだ!なら

「ぅぅぅぅううう!!やらいでかーーーー!!!」

「なっ!?進んでくるの!?」

飛び交う破片の雨の中致命傷だけを防ぎながら進む進む、サメフの姿がだんだん近くなる…いけるか?いける、この距離なら!当てられる!

「何か狙ってるみたいですね…、ですが無駄ですよ?どんな魔術もこのコンセプトコンプレッサーの前では無駄な徒労、いいでしょう!貴方のその策とやら この手で握り潰し、絶望した貴方の四肢を潰してあげましょう!」

油断したな?後悔しろよおい!

「『ウインドショット』!」

風弾を作り出し 後ろに向けて放つ、その爆風を利用し 私は跳躍する、高く高く 前へ前へ、サメフに向かって飛びながら 詠唱する、私の持つ必殺技…否、必癒技を!


「癒せ…我が手の中の小さな楽園を 、癒せ…我が眼下の王国を、治し 結び 直し 紡ぎ 冷たき傷害を 悪しき苦しみを、全てを遠ざけ永遠の安寧を施そう」

「古式詠唱!?ですが無駄です!古式だろうが現代だろうが!どんな魔術も我が前では無意味!『コンセプトコンプレッサー』!」


サメフは己の目の前に圧縮魔術を展開し防御を行う、その圧縮の防御の前にはいかなる魔術も無意味 どんな攻撃も通さない、攻撃ならな!

「『命療平癒之極光』!!」

私の体から放たれるのは癒しの光、それはキラキラと辺りを包みサメフに降り注ぐ…サメフの目の前で巻き起こる圧縮を貫通して、サメフの体に降り注ぐのだ

圧縮は空間ごと行われる、故にその空間を通り過ぎる魔術はどんなものでも押し潰されて消えてしまう、しかし この治癒は違う、何せ治癒は対象の体の中でだけ起こるのだ それを阻止するには自分の体を押し潰すしかない

何が何でも伏せげない それが治癒魔術最大の武器!

「っと!」

「これは…治癒?」

サメフの背後に着地して腕を組む、勝負あった…この治癒をぶつけた時点で 私の勝ちは確定した

「ふふ…あはははははは!何かと思ったら治癒?まさか私に媚を売って命だけは助けてくださいとでも言うつもりですか!、あはは あはははははは!何をしてくるかと思えば…治癒?治癒ぅ?それで私をなんとかするつもりと?あははははは!」

「なんとかするつもりじゃないよ、なんとかなったの…もう終わり」

「貴方がですか?、ならもういいですよね…ぐちゃぐちゃに握り潰してあげましょう」

サメフは照準を合わせるように指の四角に私を捉える、…が 逃げない 退かない 怯えない、むしろどんと来いと腕を組み睨みつける

「ふふふ…、終わりです!『コンセプト…』」

渾身の一撃を放つつもりか、いつも以上に魔力をその手に篭り、大地が揺れて剰え今までは見れなかった光さえも生み出される、サメフの最強の一撃が今

「…え?」

サメフの顔色が変わる、おかしい いつもと同じように魔力を込めただけなのに、いつもの10倍以上の力が出ている、これでは綿密な魔術制御が出来ない、目標達成を前に逸ったか?

違う…違うのだ、分かるよなサメフ 今自分の身に起きている異常事態が何か

「ま まさか、さっきの治癒は…!?」

「その通り!古式治癒術は傷だけでなく体力や魔力を上限を超えて回復させるの!、それ受けた貴方は今いつも以上に魔力が体の中に込められている!、だから普通に魔術を使おうとするだけでいつも以上のものが出てしまう!」

所謂魔力の暴走、カリストが巨大な杖を使って魔術を暴発させた時と同じだ、先程の治癒は相手の魔力さえも大幅に回復させる、ほぼ全快状態のサメフの治癒分が全てサメフの魔力に回ったおかげで

サメフは今 通常の10倍近い魔力を体の中に秘めている、このままではカリスト同様魔力が暴走し 魔術が暴発する、まあ?所詮は魔力ですし体から出して発散させてしまえばそれで済むんですけど…

ですけどぉ…

「魔力…減らないんだよね、だって無限の魔力を授かってるから」

「ッッ!?わ 我が主よ!直ぐに魔力を送るのをやめてください!このままではこの身が爆ぜてしまいます!我が主人ィッ!どうかぁっ!!」

やっぱり、その主人って奴に魔力を送ってもらってただけか、分かったよ あんたの足元から管のように伸びる魔力…ずぅーっと見えてたからね

いくら発散させても いくら魔術に魔力を入れても、サメフの魔力は一向に減らない、めちゃくちゃに溢れた魔力は崩れるようにとめどなく溢れる、溢れるのに減らない 無限の魔力とやらが仇になったな

いくら魔力をたくさん持っていても、人間一人が扱える量には限りがあるんだから!

「ひぃぃぃぃい!!!ま 魔力が!どうすれば…どうすれば…、そ そうだ 私自身の魔力を圧縮すればいいんだ、大丈夫…私なら 彼の方が認めた私なら、次期フィロラオス家当主たる私なら!このくらい!」

「オススメしないよ、…止めないけどさ」

溢れ出る魔力を前に慌てるサメフは何を錯乱したのか自分の魔力に圧縮をかけようとする

「『コンセプトコンプレッサー』!」

自分の目の前に圧縮した空間を作り出し 体の中の魔力をギュッと押し縮め 暴走しそうになる魔力を無理やり抑え込む、すごいな あの暴力的な魔力量の中魔術を使えるなんて…いや、完全じゃない 今までとは精度が格段に違う、悪い意味でだ

さてそろそろか、サメフに背中を向け準備する…、両手を広げ…いや違うな 顎に手を当て…しっくりこない、せっかくだし盛大に…いやここはクールに?

「あは…あはははは!どうだ!魔力の圧縮に成功したぞ!起死回生の一手!破れたり!!」

ううん、小難しいのは無理だな ここは簡単に終わらせとこう

「おい!こっちを見ろ!魔力の圧縮は終わった!もう暴発はない…暴発…は、え?あれ?なんだこれ、あ 主よ!魔力はもういいのです!これ以上送らないでください!このままでは折角圧縮した魔力が!あ 圧縮しきれない!抑えきれない!や やめ…」

指を二本たて 横にし目元に持っていく、ピースだ…いやここはこう呼ぼうか?、Vサインと

さぁ決めるぞ、これが私の…

「勝利のポーズ!!」

「ヒィィ!?ま 魔力が 私の圧縮を超えて…ぁ…」

Vサインを決めた瞬間 私の背後で大爆発が起こる、その圧縮もまた仇となったのだ…溢れる魔力を無理やり押さえ込んだせいで、その主人とやらから送られてくる魔力は、サメフの魔力が大幅に減ったと勘違いし、正常値に戻そうと凄まじい勢いで魔力を送ってきたのだ

圧縮された魔力に追加で送られる莫大な魔力、差し詰め硬い瓶の中に無理やり水を流し込み続けるようなもの、いくら圧縮の力が強くとも、最後には耐えきれず爆発する

サメフの何百倍もの大魔力が圧縮から解放された勢いで爆裂したんだ、強力な魔術と無限の魔力…それも使い方を誤れば仇となり、私の付け入る隙となる

それがサメフの敗因だ…

「ぁ…がっ…がはっ…」

零距離で魔力の爆発を受けたサメフはズタズタになりながら血を噴き地面に倒れ伏している、口からはもうもうと煙を立て、魔力全てが爆発してしまったせいで彼女の中の魔力も殆ど残ってない

さっきの爆発で主人様との魔力管も切れてしまったようだし、これで終わりだ

「私の勝ちだね、サメフ!」

「バカな…バカなぁ…、私が…負け…ゲホッ、負けたのか…彼の方から力を授かった私が…無限の魔力と真なる魔術を使う私が、偽りの魔術を使う魔術導皇なんぞに…」

「魔術に真も偽もないよ、あるのは正と誤だけ …魔術とは人のためにある、その為に人は魔術を縛る、魔術なんて 所詮人の生活を豊かにする道具の一つでしかないんだから」

「魔術導皇たる…貴様がそれを言うかぁっ!」

「うん!、私だから言う!、魔術を司るからこそ!私は誰よりも魔術を縛り それを人の営みのために使う!、悪いねサメフ その解放された世界とか言うやつ 私魔術導皇として 魔女の弟子としてぶっ壊すつもりだから!」

「させ…るか、させるか…!」

うお、サメフのやつまだ立つのか…もう魔力もほとんど残ってないのに、まだやる気か
いやまだ何か手があるのか…!

「ククククク、私を侮るなよ…今から見せてやろう、私の奥の手を!」

そう言いながら立ち上がり両手を広げるサメフ、その身からは魔力は感じられないが凄まじい気迫がある、まだ終わってないか!そう身構えた瞬間

立ち上がったサメフの額から 一本の黒いツノが生えてきた

「つ ツノ!?、それがサメフの奥の手!?」

「へ?ツノ?、あ 本当だ…なにこれ」

って関係ないんかい!、サメフは何もわからないと言わんばかりに額を触り 自分に生えたツノを確認すると、みるみるうちに顔が青くなり

「え?何?何これ!なにこれぇっ!?、なんでツノなんか…いやこれツノじゃない ツノじゃ…、まさか まさか私に魔力を送ってたのって…、ああ…あああああああああ!!!」

「ちょ ちょっとサメフ、落ち着いて…」

ツノを引き抜こうとジタバタ暴れるサメフ どう見ても正気じゃない、おかしい 尋常じゃない、なにが起こってるんだ…!?あれサメフの意思で生やしたわけじゃないの!?

「あ…ああ!やめてください主人よ!私はあなたのために働いたのに!こんなのあんまりでしょう!最初から…最初から私を養分にするつもりだったのですか!?」

「養分…?」

「ぃぎぎぎゃぁぁぁぁぁあ!!!!」

サメフは暴れる、暴れに暴れているうちにツノはますます伸びていき 次第にその頂点に葉をつける、…あれ ツノじゃなくて 木?、なんでサメフの頭から木が…

なんで疑問に思う間も無く今度はサメフの体に異変が起こり始める、彼女の足が地面に埋ま腕が伸び 指先から葉が生え、肌はガサガサした樹皮へと変わる…そう サメフの体が、サメフが木に変わっているんだ

「ちょ ちょっとサメフ!どう言うこと!?これどう言うこと!?」

「あ…が…あ…ああ、主人…私は貴方と…一体化できるのですね…、私もまた…生命の大樹の…一部に」

サメフの体は木に飲まれ、その顔も消えていく…や ヤバイヤバイ!まだサメフから聞かなきゃいけないことたくさんあるのに!、でもどうやったら助けられるかまるでわからん!、というかなに恍惚とした顔してんだよ!

「セフィロト…?、ちょっと取り敢えずその主人の名前だけでも教えて…!」

「我が主人の名は…」

「うんうん!」

「ああ…………」

「消えるなー!!!言ってから消えろー!!」

私の叫び声も虚しく、サメフは髪色と同じ紫色の葉を彩る一本の不気味な木に変わってしまう、…魔力を探るが サメフの魔力はもう感じない、完全に木に飲まれてしまったようだ…もう元には戻せない

「なんだったんだ…」

取り残されるように木の前で立ち尽くす、…勝ったのか?これ…勝ったんだよな多分、後味は悪いけど…

「勝ったのか」

私は戦いの末 生き残った、目的を達したのは私の方だ、…正直 華やかな勝利かと言われれば怪しい、けど いつか見たエリスちゃんの手紙に書かれていた世界、憧れの世界にいま私はいる

ようやく、エリスちゃん達に並べた気がした、ようやくだ

「まぁいい、主人だかセフィロトだかも いずれ突き止めてやる、今はこの勝利を祝…う前に、あの穴埋めちゃうかな」

とりあえず、大大大勝利のポーズは この一件が終わった後にとっておこう、…そうだ エリスちゃん達もきっと勝つからね、みんなで再会して そのあと思いっきり喜ぼう

…………………………………………………………。

「戦況はどうだ」

要塞となったディオスクロア大学園、その最上部に位置する通称管制室にてイオは指揮をとる、迎撃システムや砲撃を使い 出来る限りエリス達の援護をする、魔獣を彼女達に近づけさせない その間にエリス達が幹部を倒し、穴を塞いでくれる

そう父に変わって兵士や生徒に指揮をする、あれから十数分…迎撃システムが突破されるまであまり時間がない、出来ればそろそろ戦況が動いて欲しいが

「ラグナ大王と塔のペー 依然として戦闘中です」

「様子はどうだ?」

遠方を映す水晶を操作する生徒は感覚で水晶を操作しながら画面を切り替える…、ラグナ陛下の戦いの場だ、しかし

「戦闘が激しすぎて見えません!」

「…そうか、ラグナ陛下がそこまでの戦いを強いられる相手か…」

映るのは砂ぼこりと爆炎ばかり、なにも見えない…まるで戦場の只中

ラグナ陛下ははっきり言って弟子側の最高戦力だ 切り札といってもいい、そんな男がそこまでの戦いを強いられるとは、大いなるアルカナ…その幹部達はただならぬ実力者のようだ

「エリスと悪魔のアインも依然激闘している模様、…こちらはかなり危ういですが」

画面が切り替わるとエリスとアインが戦っている、アインは凄まじい数の魔獣をエリスに差し向け エリスは鬼のような勢いでそれを蹴散らしている、アイン…アレクセイがあんな恐ろしい男だったとは、私がもっと踏み込んで捜査していれば…

いや、踏み込んで捜査していれば奴はその場で本性を現していただろう、そう考えると下手に触らなくて正解だったのかもしれない

「ラグナ陛下もエリスも戦闘中か、未だ戦況は動かず…か」

「あああ!!!」

どうしたものかと考えこもうとすると、カリストが叫び声をあげながら立ち上がる、その顔は衝撃…そして喜びの色に彩られており

「どうした!カリスト!」

「やったー!デティフローア様が勝ちましたー!、北側の穴!封鎖かんりょーう!」

映像を切り替えれば北側に空いていた穴は見事に塞がれている、あそこに向かったのはデティフローア導皇様、そうか 幹部を倒したのか、あの小さな体で戦場に向かい 見事勝ち星を握ったのだ、流石は魔女の弟子…いや、デティフローア様だ

「やったやったー!流石はデティフローアさまぁ!、私の愛するお方…、これで穴は残り三つ!このまま快進撃で…」

「いいえ」

喜び狂うカリストに水をぶっかけるような冷たい言葉が響く、…エウロパだ 彼女はカリストとは正反対の青い顔をしていて…

「南側の穴の封鎖は絶望的よ…」

「南側といえばメルクリウスか、何かあったのか…」

「ええ」

するとエウロパは水晶を操作し、画面を切り替える …

その画面に映る景色、それを見て 皆言葉を失う カリストもイオも、思わず目を見開き…口を唖然と開けるのだ、何故か?

それは

「メルクリウスは死神のヌンと交戦の後…」

そこには、血溜まりに沈み 口から血を吐き虚ろな目で倒れるメルクリウスの無残な姿が映されており


「メルクの…死亡が確認されたわ」
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