孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

162.対決 メルクリウスVS死神のヌン

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ヴィスペルティリオ 南側の壁に空いた穴の目の前、そこで激突する二つの影ぞあり

二人の間で鳴り響く音は三つ、一つは発砲音 射撃音 それが何度も何度も鳴り響くのだ

もう一つは金属音 放たれる弾丸を全てはじき返して退けるのだ

そして三つ…それは、怒号

「羽ばたく斜陽 飛び交う炎熱、意思を持つ火炎 敵を穿つ焔火、黒羽は今炎光滾らせ迸る、焼き付けせ 穿ち抜け、我が敵を撃滅せよ『錬成・乱鴉八咫御明灯』」

「いいですねぇ!、古式魔術!まさしく力の権化!」

木霊する詠唱と銃声、砲火と共に放たれたのは羽撃き火花散らす火炎の鴉 その群だ、それが群がる様に飛び 向かっていく

ハットを被った糸目の男は装飾の施された仕込み剣を振るい燃え盛る鳥達を次々切り裂いていく、激しい火炎の連打の中 帽子を片手で抑える余裕さえ見せている

「チッ」

そんな様に舌打ちをするのは銃を持った凛烈たる女傑 メルクリウス、穴の目の前にて戦い始めてから既に十分程経っているが 未だに動かぬ戦況にやや歯噛みする

強いのだ、今メルクリウスが対峙している相手は…、これほどの強敵と戦ったのは久しぶりだと滾る心と焦る心が鬩ぎ合う

「んん、いいですねぇ…暫く平穏な学園生活を続けすぎたので、体が鈍っていましたが…ようやく勘を取り戻せましたよぉ~、ありがとう?メルクリウス殿?」

助かりましたよ と態とらしく宣う男にメルクリウスは再び舌を打つ、男の名はエドワルド・ヴァラーハミヒラ そして又の名を死神のヌン

大いなるアルカナ No.13、上位メンバーに位置する実力を持つこの男とメルクリウスは今戦闘の最中にある、理由は一つ この男…いや この男達は敵対する私達を炙り出し ここに呼びつけるためだけに

多くの命を危険にさらしている、…なんとしてでも阻止しなくてはならない 

その為にとっととこいつを倒してあの穴を塞いでやりたいが

(やはり強いな…)

メルクリウスは大いなるアルカナのメンバーと戦うのは初めてではない、かつて No.7戦車のヘットと争ったことがある

あの時から私は強くなったつもりだ、昔は幹部ですら無いメルカバ相手に苦戦を強いられていた事を考えれば 上位メンバーと互角に張り合えているんだから

だがそれでも、それだとしてもヌンは強い、魔術科でありながら卓越した剣技を持ち先程から銃を弾き揚々と歩いている、恐らくあの剣の腕を隠す為に剣術科ではなく 魔術科に身を置いていたんだろう

だがこいつはその魔術科でもトップの成績を持ってんだから 全くふざけた話だと思うよ

「貴様、我々が学園に入学する前からあの学園にいたようだが?まさか学生なのは本当なのか?」

「いいえ?、一応元々は別件で学園に潜入してたんですよ、そうしたらいきなり連絡が来ましてね?孤独の魔女エリスが学園に入学するから、そこで殺したいって…だからこうしてアイン達に手を貸してるんですよ」

「だからお前だけ先輩なのか、…別件とは何だ?」

「ええそれが聞いてください実はって話すわけないでしょ?、我々ここで世間話してるわけではないのですから!」

刹那ヌンが剣を引っ込め バネの様に体を縮めると共に、飛ぶ 跳躍する、矢の様に剣を突き出した姿勢で…!

「チッ、来るな!」

「はははは、当たりませんよ!」

向かってくるなら撃ち落とす と、ヌンに向けて双銃を連射し迎撃するが、ヌンは残像を残すほどの勢いで右へ左へと飛び交いあっとう間に弾幕を避け切り私の目の前まで現れる、その手に煌く刃を秘めながら

「さぁ~?骨まで溶かしてあげましょう、『ゾイレシュメルツ』!」

剣が輝く、見ているだけで気を害しそうな黄色の輝き…これは確かケイリーを殺した…!、青褪める ヌンの使った魔術に覚えがあったから、銃を盾にしながら咄嗟に後ろへ飛ぶ

「ぐっっ…!」

黄色の滑り気を得た剣が私目掛け振るわれる、するとどうだ?私の手に持つ銃が 盾に突き出した銃が、剣を受け真っ二つに裂けてしまったではないか

この銃だってそんな柔な作りはしていない、奴の斬撃程度なら容易く防げる…筈なのに、私の手元には中頃から真っ二つにされた二つの銃だけが残される

これが、ヌンの魔術…

「硫酸か、確か 毒の魔術を使うのだったな」

エリスから得た情報と私が見聞きした情報を統合すればヌンの使う魔術は直ぐに予想が言った

「ええ、いい魔術でしょう?」

所謂有害毒物魔術と呼ばれる系統の魔術だ、その危険性から使用を禁止される第二級禁忌魔術に指定されている魔術、まさしく人を殺すためだけに作られた最悪の魔術

ただ、確かこの魔術…デティ曰く使用者がかなり少ないと言っていた気がする、当然だが人を殺すための毒を作る者もまた人間だ、使い過ぎればその毒に本人も犯され長生きは出来ない と聞いていたのだが

「お前、その魔術の恐ろしさを知っているのか?、使い過ぎればお前自身の命さえ失われるのだぞ」

「別にいいではないですか、人間いつか死ぬんですからねぇ…それが遅いか早いか、死ぬのが遅ければそれでいい 、というわけでもないでしょう?」

そう言いながらヌンは酸を纏った剣を己の手で握る、当然ヌンの手は白煙と異臭をあげる、痛くないのか?いや痛いだろうが、奴にとってみればどうでもいいのだろう

「別にいい…か、お前も一応あの学園に身を置いていた身だろう?、情はないのか?学友 恩師 学堂…全てお前に何の感情も与えなかったのか?」

「はぁ、くだらないお喋りが好きな方ですねぇ…、この際だから答えてあげましょう、私があの学園に抱いていた感情は一つ…それは」

それと共に酸を纏った剣を振るい、その黄色の雫をこちらへ飛ばす…ただそれだけで 水滴の当たった私の肌が焼ける音を立てて穴が開け 激痛が走る

「ッッ…!!」

「憎悪です、私の前に群がるガキ共を見ているとヘドが出る、…彼処に通える時点で あの子達は勝ち組ですからね、私みたいな 底辺で生まれた人間とは違う」

「底辺?…底辺に居たから裕福に暮らす人間を妬むと?、くだらん…!あまりにくだらん!」

「勝ち組の頂点たる貴方に言われたくはないですね!」

酸を纏う剣が私の首目掛け振るわれるのを見て咄嗟にしゃがみ込み回避する、それと共に手に持つ銃を捨て 新たに銃を作り出す

上を見上げ 抱く感情が妬みだと?、それ故に憎悪すると?、それ故殺すと?、あまりにもふざけている、下にいる事が殺すことの大義名分になるものか!

「お前は異常だ、物事の解決策に殺人が加わるような奴はおしなべてな」

「あはは、今更だねぇ」

立ち上がると共に銃と剣、二つの武器と二つの視線がぶつかり合う、剣の届く距離 銃口の目と鼻先で互いに構え、武器が振るわれ火を噴く

「中でも君は特上に気に入らなかったよ!メルクリウス!」

「貴様には気に入られるように立ち回ってないからな!」

「そういうところさ!」

数閃 硫酸の剣を瞬く間の間に振るい苛烈に攻め立てるヌンを前に立ち回る、剣を避け 酸を防ぎヌンの鼻先で銃をぶっ放す ヌンもまたそれを当たり前のように背を反らし避けてくる

武器には適切な距離がある、この場合剣の方が有利な距離だ 銃の旨味が全て殺される距離での激戦、そんなことを私も分かっている

それでも引くわけにはいかない、引けばヌンは次の手に切り替える、ヌンの手で一番恐ろしいのは一撃必殺の毒なのだ、なら奴に毒を用意させない、 互いに魔術が使えない超至近距離でのやり合いに持ち込む必要がある

「人が下手に出ていればつけあがって…、さんざ疑って お陰で正体がバレるかもと肝を冷やしたよ!」

「その割には余裕だったな!」

「まぁ君程度ならね!」

ヌンがその場で膝を折り 刹那のうちに横にすっ飛ぶ、逃すかと連射するも彼の後を追うようにその道行に風穴を空けるばかり、速い…対応は出来るが 銃弾では奴を捉えきれない

「現に私はこうしてこの日を迎えることが出来た!、一歩 踏み込み損ねたね!メルクリウスぅ!」

「やかましい!、不覚だよ お前のような男を野放しにしたこと!」

右から左から前から後ろから、四方から次々と突っ込んでくるヌンの突きを紙一重で躱していく、応戦とばかりに銃弾を見舞うがいつもの通り 空を切るばかり、ヌンに私の視覚が追いつけていない

「あはははは、野放しになったさ なっているさ、君の見えないところでは悪が犇めいている、それを全て暴こうなんて 傲慢なのさ!」

振るう、ヌンが剣を 私の目の前で 刃は届かないがその刃に塗りたくられた硫酸は跳ね飛び雫となり、私の体に当たり焼いていく

「ぐっ!」

「この状況もそうさ!、君は傲慢なんだよ!もっと足元見た方がいいよ、『ポイズンカーネイジ』!」

酸に怯む私の隙を突き、ヌンは剣に纏わせる毒を切り替える、緑色のまさしく毒と言わんばかりの輝きが煌く、あれを受けたらダメ あれ受けたら死ぬ

「さぁ、悶えて死にな!」

「侮るな!」

足を上げ毒剣を蹴り上げると共に後方へ向け回転し飛び退く、酸ではないなら弾く事ができる…

「おっと、上手いね 流石は元軍人」

「だから言っている、侮るなと」

とは言いつつ肝が冷える、こいつの攻撃は心臓に悪い 貰えば漏れ無く死が付いてくる、死と隣り合わせというのは慣れているが、だからと言って平気なわけではない

早く終わらせたいが 、焦れば隙を見せる…今は堅実に攻めなければ

「くくくく、焦ってるね?」

「何を言っている、そんなわけあるか」

「うぅん?、そうかなぁ? ほら君の肩」

「肩…」

ふと、自分の今の状態に意識を向ける、肩で息をし 額には珠のような汗、おまけに顔は蒼ざめている、焦っている ビビっているのが丸わかりだ

当然だ、致死性の毒をチラつかされ平静でいられる人間がいるわけがない、毒とは 有害物質とは、見ているだけで精神的ストレスが凄まじいのだ、それが堰を切り表に出てきてしまっている

「なんだかんだ言って、内心じゃあ怯えているんだね、毒にさぁ」

「そりゃ…そうだろ、お前だって怖くはないのか?」

「無いね、悪いけどさ…、強がりでもなんでも無い 私にとって毒や死ってのは身近なものさ」

そういうとヌンは静かに毒剣を地面に突き刺す、刃の刺さった地面は腐るような音を立てて黒い煙を上げていく

「おしゃべりが好きみたいだから一つ聞いてあげるよ、君さ…落魔窟上層に居たんだよね」

「む?、あ ああ」

「私もなんだよね、その穴で僕は生まれた…」

ヌンは糸目を鋭くしながら、剣を握る手に力を込める…


ヌンは語り思い返す…、今ここでヌンと名乗る男はデルセクト同盟国家群の中央都市の地下…地獄とも呼ばれるそこで生まれた

父も母も過剰な債務と犯罪を犯した所謂ロクデナシという奴だ、そんな奴らだから深い地下の底に閉じ込められ 永遠に落魔窟の底で鉱物を採取する強制労働者として過ごしていた

そこは別にいい とヌンは割り切る、自分が生まれる前に自分を生んだ人間の行いに関しては心底興味がないと、ただ その男と女は間違いを犯す

鬱屈として娯楽の少ない最下層で、何を思ったのか 男と女は一つの娯楽を見つけた、性行為だ 避妊など考えず荒れ狂うように交わり遊ぶのだ、何も珍しい話ではない

少なくともヌンが生まれた時はそれが普通だった、当然やれば出来る だが強制労働施設でもある地下で子供なんか作っても育てられない

ヌンは生まれて少しの間は育てられはしたものの 直ぐに捨てられた、名前も与えられずに

その後地下の監視員によって拾われ育てられるも 名無しの子供は直ぐに己が望まれた子で無いことに気がつく

名前がないからだ、名前とは人間が与えられる最初の祝福 それを与えられない己は祝福されぬ子であることに気がつく、幸い少年は聡かった…それを理解して直ぐ、まだ少年のうちから直ぐに自分を育てている人間の下から逃げ出した

だってそうだろう?とヌンは笑う、祝福された人間が祝福されぬ人間を育てる、まるで家畜のようだ 上から見下す人間が自分を育ててやっている、それを思えば誰かに育てられるつもりは湧いてこなかった

外に出ればその気持ちは如実になる、名前を持たない人間が一人していないから、みんな名前があることになんの疑問も抱かず生きている、名無しの少年は名を持つ人間全員に憎悪を抱く名を持つ人間が全員自分を見下す人間に見えたから

…そんな性格をしていたからか、彼が裏社会で人を殺して生きていくことになんの疑問も抱かなくなったのは、名を持つ人間を殺して回った 名を持たない彼は己を省みること無く社会の闇で殺して生きてきた

自分を大切にする なんて思考はまるで浮かばない、名を持たない自分は 自己すらも曖昧で、大切にする『自分』というものも掴みきれなかった

毒を武器にして身を犯されても平気だった、誰に恨まれても何処か他人事だった

まるで、自分は世界にぽっかり空いた穴のようだった、居るようで居ない…名前がないってのは、それだけ重要ことなんだ、名前のある君達にはわからないだろうけどね



そしていつの日か、大いなるアルカナ…いや アレ出会った

ソイツは名前を持っていなかった、呼ばれる名はあるが それはソイツの名前じゃない、名無しの男と同じようで決定的に違う…何せソイツは 無数の名を持っていたから

『君も名前がないんだね、私も無い…と言いたいが私は捨てたの方が正しいかな』

その言葉を聞いて驚いたのは今でも覚えている、内容じゃ無い…

コイツ…口が聞けるのか?、まるで人間みたいに喋るじゃないか いや元々は人間だったんだろう、その名残が少し見える

名無しは圧倒されていた、別の生命体を見て圧倒されたのは初めてだ、初めて出会っただけで膝を折った、見下されている 見下されているのに

この存在が遥かに上過ぎて、見下されることが苦ではなかった、まるで 天の上に存在する目だった、コイツは

『どうせ君、やることないんでしょ?だった私の事手伝ってよ、君の願いは知らないけどさ、そんな願いくらい 私の目的が達成されたら 叶えてあげるから』

手から溢れた水を舐めさせられるような そんな感覚を感じた、施しをくれてやると言わんばかりのソイツの言葉に名無しは頷き

その日名無しはヌンになった、死神の名を与えられたことで彼のあり方は今定まった、と言っても変わらない やることは、あいつも言ってた…変わらずに殺し続けろと

「アイツ?…誰だ、アルカナのボスか」

「あはははは、ボスとアイツを同列に扱ったら可哀想だよ、ボスは良くも悪くも小物だからね、圧倒的な腕っ節がなければ そこらのチンピラと変わらないよ」

「なら…誰だ?」

「教えて欲しいかい?」

「ああ」

「じゃあ教えなーい」

ニヤーと笑うヌンの顔、腹立つ…すげー腹立つ こいつ、まさか私を焦らす為だけに全部話したのか?肝心なことだけ教えないために、コイツ…!

「まぁアイツの目的ももうすぐ達成されるみたいだし、そのうち君達の前にも姿を見せるんじゃ無いかな?」

「ふんっ、ならその時 我が手でその目的とやらを打ち砕くのみだ」

「うんうん、それがいいよ アイツの目的 私も嫌だからね、あんな悍ましい願いを聞いたのは初めてだ、気色悪過ぎて笑っちゃったよ」

あははははと笑うヌンは相変わらず焦らすような物言いで私をおちょくる、くそう 気になる、まるで熱中して読んでた本が途中から全部破かれていたのような感覚、焦れったい

「まぁそれもこれも君が生きてたらの話だけどね」

「何を言う私は…くっ、ぅぅ!?」

刹那、喉元に走る違和感に咳き込み首を抑える、痛い 喉が焼けるように痛い、目も霞む なんだこれは…!?

「ようやく効いてきたか、長々と話して正解だったね」

「なん…がはっ」

口から血が溢れてくる、ゴポリと滝のように血が…これは、まさか毒?だが私は毒を食らってなど

そう霞む目でヌンを見ると、彼は下を指差している…下、下には 地面に突き刺された毒剣がプスプスと黒煙を上げて…

「ま…さか」

「悪いね、これ普通の毒じゃないんだ 気化して吸うだけで効果のあるものでね、ただ効果が出るのに少し時間がかかるんだ、だから時間稼ぎをさせてもらったよ」

ヘットなら言うだろうね 悪人と言葉に耳を傾ける方が悪いよ とね、そんなヌンの言葉は途中から入ってこなかった

あるのは焦燥、まずい 喉をやられた、これでは詠唱出来ん…!

「何故…おま…えは、平気なのだ…」

「自分に効くガスを使うわけがないだろ、悪いねぇ 毒使ってるうちに ある程度の耐性がついちゃったみたいでさぁ、毒じゃなかなか死ねないんだよねぇ」

「ぐっ…くそ」

「あははは、バーカ…それじゃあ トドメ行きますか」

ヌンは再び剣を構える、さっきと同じ状況…されど私の状態は違う、毒で目は霞喉は潰れ 息も絶え絶え、立っているのもやっとで 出来るならすぐにベッドで横になりたい

こんな状態で さっきと同じ戦いができるかと言われれば、悪い 無理だ

「はは、行きますよぉ~!!」

「くっ!」

銃を握りしめてヌンの剣撃を抑える、間抜けだった…話なんぞ聞かずヌンのドタマをぶち抜けばよかった、そう言う意味では 私はまだまだマスターの言う通り甘いのかもしれない

そう、マスターから言われたのだ…、あれは去年の夏 デルセクトに帰った時のことだ


『メルク?貴方は甘すぎますわ』

デルセクトの宮殿で指導を受けている時、言われた マスターに一言

その時はやり方や詰めの甘さを指摘されたものと思っていたが、どうやら違ったようだ…、確かマスターはこう続けていたな…

『メルク、よく聞きなさい?貴方の信念は立派です、悪を許さぬ貴方の姿勢は私でさえ尊敬の念を覚えてしまうほど、されど…その姿勢は 時として己に牙を剥くでしょう』

牙を剥くとは 私がその正義感に身を滅ぼされると言う意味ですか?…そんな風に私は返したと思う、するとマスターは

『ある意味ではそう、またある意味では違う…いつだって正義を志す者に死の刃を向けるのは悪ですもの』

それだけ言うと後は自分で考えろとマスターはその話をやめた、甘い正義は悪に滅ぼされる なら絶対的な正義となろう、その時はそう解釈したが

(あれは…こう言う意味だったのか)

酷く痛感する、あの時の解釈違いを…マスターが言いたかったのは私の正義が甘いのではない、私が甘いのだ

私の悪に対する姿勢は強固なものだ、絶対に悪には屈さない…だが、悪人が口を開いた時 私はその言葉に耳を貸してしまう

何故か?、それは問答無用で撃ち殺すのは悪だからだ、私は己自身が悪となることさえ許せないのだ、だから ヌンの言葉に耳を傾け この様だ

…マスターが言いたかったのは、悪を倒すためなら 悪にさえ身を落とす覚悟を決めろ…そう言う意味だったのかもな

(なんて、今思っても仕方ないが!)

振るわれるヌンの剣と銃で打ち合う、手に力が入らない 押し負ける…今は銃弾で牽制しなんとか均衡を保っているが、このままいけば…

「そら、これならどうだい?」

するとヌンは大きく息を吸う、周囲を漂うガスを口に集め…勢いよく私の顔目掛け放つ、当然有毒性の気体を受ければ失明とまでは行かずとも 走る、目に激痛が

「ぐっ!?」

目を背けた、背けてしまった…この綿密に渡り合っていた攻防に 今穴が空いた

刹那

「……かはっ…」

「ほら、もう終わりだよ…メルクリウス」

脇腹に突き刺さる激痛、毒の塗りたくられた刃が私の腹を貫き、舞い散る鮮血の代わりに 私の体に毒を流し込む、致死性の毒が…私の体に

「か…ぁ…」

思わず力が抜けて倒れこむ、脇腹から溢れる血は私の口から漏れ出る喀血と混ざり 血の海を作り出す

沈む、体が…血の海に、毒に…死に

「私の毒は言うまでもなく致死性、1分もすればいい君は死ぬ…この毒が心臓に達したその時ね、残り短い余生を楽しみ給え?」

「ぁ……ぅ……」

頭の上からヌンの声がする、ああ ダメだ…全身が痛い、死ぬ…これは死ぬ

失血はまぁなんとか耐えられよう、だが 毒が致命的だ、…この毒を…なんとかしなくては…

なんとか…解毒剤…、あるわけがない ヌンは己が毒で犯されようが構うことはない姿勢だ、解毒剤なんかあるわけがない…なら作るか?ダメだ 錬金術でもポーションは作れない

それに今から作るにしても…時間がない、1分と言う時間はあまりに短い

「ぅ…………」

死ぬのか、ここで…いやダメだ まだ死ぬわけにはいかん、なんとかするんだ 考えろ…考えろ……


一つ 思い当たる物がある、マスターから授かった術がある……

『どうしても己が助からないと悟った時、その時だけこの錬金を使うことを許可しましょう』

そう言われて教えられた 自己救命魔術がある…、それを使えば 私は立ち上がってヌンを倒せる

けど、…けど……

その術の内容は簡単だ 所謂人体錬金術、人造人間を作り出す術だ…それも直ぐに崩れる紛い物ではなく本物の体を作る術

マスターに教えられたのはこの人体錬金術を用い、自らの魂を糧に 自分と寸分違わぬ人体を作り出すこと、己の魂を材料にすれば 人格 記憶 意識 全て私と同じ物が作れる、もう一人の私と言ってもいいそれを作り…後を託すこと、それが自己救命 否 自己保存魔術

それを使えば私はもう死を恐れなくなる、毒を食らおうが何しようが 何度でも蘇り、ヌンに食らいつく事ができる、考えれば最高の手だ これで行くか?


……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ…そんなのは絶対に嫌だ、合理的に考える私を 少女の如き幼さを持つ私が止める

嫌だよ、だってそれをしたら 私は死ぬんだ この私は死ぬんだ、新しい私は今の私と同じかもしれないけれど私じゃない、もしそれでヌンを倒せても エリス達の…友達のところに戻る私は私じゃない

私とは違う何かが私の代わりにラグナ達の輪に入る、ラグナ達は私の死にも気がつかない、この私はただ孤独の中死んでいく

ただ死ぬよりも恐ろしい事だ、このまま死ぬ方がまだ何倍もマシだ…!

でも、このまま死んだら ここの穴は誰が塞ぐんだ…せめて代わりだけでも用意すべきなんじゃないか

「そろそろ、ですね…この世にお別れは済みましたか?」

「ぅ…か…はぁ…」

息が途絶える、何も出来ないまま死ぬ…それでいいのか?だけどもう手が…


死を目の前にして 走馬灯が走る、様々な記憶が蘇る思えば思うほどに死にたくない……


……記憶、エリス…彼女は記憶の中から…勝機を……ああ、…ああそうか、そうだったな


「では、おやすみなさい?メルクリウス」

「……………………」

その時、メルクリウスの息は既に無く ヌンはその死を確認する、イオ達管制室がメルクリウスの死を確認した方のは それとほぼ同時だ

メルクリウスは死んだ、この時確実に

「さて、それじゃあこの遺体はこのままにしておきますか、これを見つけた時の彼らの顔が楽しみですねぇ」

カラカラと笑うヌンはメルクリウスの死体に背を向け穴と向き合う、メルクリウスが死んだと言うことはこの穴は塞がれないということ、つまりどの道学園は終わりだ

ようやくあのけたたましい子供達の声から解放される、いや この際聞きにいくか?魔獣に引き裂かれるガキの断末魔…ふふ

「あはははははは!、それもいいかもしれませんねぇ!子供も親も!男も女もみんな死ねばいい!死神の鎌に首を裂かれるその瞬間…一体どんな声を上げて死ぬのでしょうか!、楽しみですねぇ楽しみですねぇ」

静寂の中残酷にもヌンの声だけが響く、魔女の弟子は死んだ これで何もかも終わりだ

なにもかも



「なら、その死神はどんな声で死ぬんだ?」

「なっっ!?!?!?」

背後から声がする、声を上げてはいけない人物の声がする、ヌンは糸目を開きながら急速に振り返る、と その刹那

銃弾が飛び、ヌンの手に持つ剣が横っ腹に鉛玉を受けへし折れる、この時ヌンはなんと声を上げたか、『バカな』か或いは

「貴様!死んだはずじゃ!…メルクリウス!!」

振り返ったそこには、血塗れながら立ち上がってこちらに銃を構えるメルクリウスの姿が、死んだはずのメルクリウスの姿があった

「ははは、お生憎様…いや私も死んだと思ったよ、これは死ぬなと…だが、思い出したんだ、私の体は 普通ではないことに」

メルクリウスの血色は戻り その目は活力を得ている、毒が綺麗さっぱり消えたかのようだ

あの時 間違いなくメルクリウスは 私は毒に侵され死にかけた、死にかけたが死ぬことはなかった、何故か?

それは私の体にある、毒が蝕んだその心臓 私の心臓はもう普通の心臓じゃないことをすっかり忘れていた

「私の心臓は デルセクトの事件の時少し変異していてな、究極の錬金機構 ニグレドとアルベド、それが私の心臓と同化しているんだ」

そうだ ニグレドとアルベド、破壊と創造を司る二つの錬金機構は私の体と同化し あの結晶は私の心臓と一体化した、つまり毒が私を蝕み死にかけた瞬間

私の体の中でニグレドとアルベドが勝手に動き出したのだ、偶然じゃない 必然だ、この二つは私の意思によって押さえ込まれている それが弱まれば当然この二つは活性化する

私の命を守るため錬金機構は一旦私の生命活動を極小化し代わりにその活動を活発化させた、ニグレドは体内の毒素を全て破壊し、アルベドはその代わりに失われた血と その毒から毒への抗体を作り出した、お陰さんで今は毒を食らう前より健康体だ

「バカな!毒を食らって…死なないなんて、人間じゃない…!」

「そうだ、私はもう人間じゃないんだ…私自身が喋って動く錬金機構、悪いが私は毒程度では死なないようだ」

いやすっかり忘れていたんだがな?、毒を食らって死にかけるなんて初めてだったし、頭からすっかり抜けていた

いや良かった、本当に良かった 新しい私を作って後を託さなくて、それをしていたら私はどのみち死んでいた…、ある意味 何もしなくて正解だったんだ

はあー!よかった…本当に…、これで エリス達のところに戻れる!!

「さぁ、続きをしようか ヌン、元気になったからな」

「この…、死ぬなら死んでくれよ!大人しく!『ブラッドポイズン ディストラクション』!」

折れた剣を捨て腕を掻き毟り溢れさせるのは血…、否 血毒だ、魔術で血を毒に変えているんだ、血は最もよく魔力を通す 故にそれを使えばより強力な毒を作れるのか

ポタポタと垂れる悪疫の毒血は地面に垂れるだけで地面を腐らせる、それを握りしめながらヌンがこちらへ飛んでくる、剣は潰したが剣術でも生かされる体術は未だ健在だ

「いいだろう、相手をする」

そう言って銃を捨てる、調子に乗っているか?違うな、丸腰の相手に銃を撃つわけにはいかん、これは甘さだ

私の甘さ、悪を前に己が悪になり切れない甘さだ、それ故私はさっき死にかけた

だが、それでいいんだ!私は悪を倒すために悪にはならない!、正義として悪を誅する!例えその甘さに悪が漬け込み 再びこの喉元に悪の刃が迫ろうとも構わない!

そんなもの全て振り払って私は私の正義を貫く!それが私のやり方だ!在り方だ!それで死ぬなら、むしろ本望だ!

「来い!ヌン!」

「ぐぁぁあああああああ!!!!」

雄叫びをあげながら毒血を纏った爪で斬りかかる、あれを受ければ体が再び毒に侵される、だがな

「何度も効くか!!!」

「ぐぶぅっ!?」

我が掌底がヌンの顎先を貫く、恐るから 蝕まれるのだ、私は毒を恐れていたから 毒に負けたのだ、ヌンの毒に体を侵される前に心が恐怖という猛毒に侵されていた だから、手が手が出なかったんだ

なら恐れるものか!、たとえどのような痛みでも堪えて 耐えて 耐え抜いて!

「私は貴様を倒す!」

「ご…ッっのォァ!!!」

毒を塗りたくったヌンの腕で振るわれる、が それすらも恐れず受け止める、毒の抗体は得たが この毒血は体を壊死させる効果があるらしい、事実受け止めた手がズブズブと音を立てて血を流すが

痛いだけ、死を目の当たりにした私にはこんなもん 屁でもない

「ヌン、お前は名を持たぬが故に見下されていると言っていたな」

「ああ?、だからなんだ…!」

「確かに名を持たぬお前は不幸であったろう、だがその不幸を乗り越えず踏み台にして 、不運から他人を見下していたのはお前も同じだ」

ヌンの過去は確かに悲しきものだ、こんな場になければ共に涙も流して必ず力になると約束もしただろう、だが  彼はダメだ…彼はそんな不幸を叩き棒にして人を殺すことを正当化している

たとえ生まれが不遇であれ 悲運であれ 惨憺であれ、それでも それを理由に、いや どんな理由があれど人を殺していい理由はない、お前は己の不幸を人を殺す建前に使っていたに過ぎない

お前は 死神のヌンを名乗る前から死神だったんだよ!

「やり直す機会をやる、だから反省しろ」

「ハッ、甘いね 大甘だ!それで死にかけたのを忘れたか!」

「忘れないさ、死の記憶は永遠に忘れない 故にこそ私はそれを乗り越える、踏み越えて強くなる…、強くなって もっと甘くなってやるよ」

ヌンの腕を受け止めながらもう片方の手をヌンの胸に添え…魔力を高める

「光輝なる黄金の環、瞬き収束し 閉じて解放し、溢れる光よ 永遠なる夜を越えて尚人々を照らせ」

「こ…れは、や やめろぉっ!」

ヌンの前に添えられた私の手が光り輝く、当然ヌンもそれを承知せぬと毒血で爛れた腕で私の手を掴み焼き切ろうとする、激痛が走る…が…

もう臆さないんだよ、お前のおかげで私はまた一歩強くなれたからな


「『錬成・極威瑞光之魔弾』!」

「や やめ……」

解放される 握られた拳の中から吹き出るのは眩き光冠、まるで日の出の如きそれは虹色の輝きを作り出し、炸裂する 

「がぼがぁぅぁっ!?!?」

作り出したのだ、この私が作れる最高品質のそして最強の弾丸を、それを銃を介さずただ破裂させただけ、ただそれだけでヌンの体は凄まじい威力により吹き飛ばされ 開けられた穴の方へと飛ばされていく、まだだ!

「吼えた立てる大地、星よ!生まれ落ちたその形を変質させ 新たなる姿を私が与えよう!『錬成・大錬土断崖』!!!」

拳を地面に叩きつけ錬金術で作り出し、穴の中に新たなる壁を 魔獣も破れないくらい堅牢で強固な岩の壁を…、ただ 一つの付属品をつけて

「あ…ぐっ、なん…だこれ」

岩壁に巻き込まれる形で壁に埋め込まれたヌンが呟く、ヌンごと壁を作ったのだ 今ヌンは右手と頭以外 岩に埋まっている状態にある、あの壁はヌンの酸でも壊すことのできない特別性だ、自分だけでは抜け出すことほどままなるまいよ

「ふ ふざけるなぁ!出せ!ここから!」

「はははは、そこがお前の反省部屋だ そこで大人しく見ていろ、お前の大嫌いな学園が救われるところをな」

「く…そ!くそぉっ!」

制服を翻し踵を返す、これで幹部も倒し壁も塞げた、任務完了だ 

後は他のみんながなんとかするだけだろう、まぁ みんななら平気だ、例え死を目の前にしても 私のように踏み越えて進むことが出来る、その覚悟をみんな持っている

いやデティは怪しいな…いや、いや大丈夫 あの子も強い子だ、強い子だが心配だ…この腕を治癒して貰うついでにデティの様子でも見にいくか

そう足となる迎撃システムを呼び出そうとしたところ、異変が起こる

「ッッ…!?な なんだこれは」

地面が揺れている、地震…違う地鳴りだ、これは西側から?西…あそこには

「ラグナか?」

ラグナの方は、まだ戦っているようだ…まぁ、あいつなら大丈夫だろ

…………………………………………………………

「ひやッ…ひやさせて!」

エウロパが珍しく怒りを表しにバンっと地面を蹴飛ばす、怒ってるわけじゃない ただ喜び方が分からないだけだ、心配と勝利の喜び それが曖昧になっているんだ

「いや良かった、メルクリウス首長が死んでしまったかと思ったよ」

イオも汗を拭う、一時はメルクリウスの生命反応がかなり小さくなったこともあり本当に死んでしまったのではと焦ったが

まさか毒が効かない体質で、本人がそれを失念していたとは…いや言うまい、言うまいよ

「これでデティフローア導皇と合わせて壁の穴は二つ塞げた、残り半分だが…」

とイオはそこで指を噛む、残りが重要だ 言っては悪いがサメフもヌンも奴らの中ではただ恐ろしいだけで脅威度は低い、あくまであの四人の中でと言うだけで 二人も十分恐ろしいのだが…

残ったメンツを考える、残りはNo.15 悪魔のアインとNo.16 塔のペー…

アインは言わずもがな、奴にとってこの魔獣の海そのものが武器だ、そして塔のペー、奴の言うカストリア大陸最強の幹部という言葉は恐らく真実

あのサメフやヌンよりもなお強いのだ、想像もつかない…ラグナ大王は一体どんな戦いを…

「っっ!?これは…地鳴りか、どこからだ!」

イオは揺れる地面を受け指示を飛ばす、いや頭ではわかっている この地鳴りは恐らく

「ラグナ大王と塔のペーの戦いの場だ…」

ガニメデが静かに呟く、どうやら一人でずっとラグナ陛下の戦いを水晶で確認していたようだ、…が その顔は明るくない 悔しそうだ

「…どうした?ガニメデ」

「…メルクリウス君達の件を見ていた、デティ君は右腕を失い メルクリウス君は死にかけた、どちらも無事だったが…このままでは被害が出てしまう、だから 僕もなにか手伝えないかと思って ラグナ君の戦いを観戦していたんだ、けど…」

「けど?」

「レベルが違う、違いすぎる…僕じゃあこの場にいても なんの役にも立てないだろう」

水晶に映し出されたそこには、傷だらけのラグナ陛下と禍々しい漆黒の魔人が対峙していた、その戦いはまさに…鬼神と魔神の戦い

さっき私達とした戦いとはまるで違う、ラグナ…彼が 本気で戦っている

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