孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

165.集結 カストリア五人組

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「お!、エリスー!」

「エリスちゃーん!」

「やはり決めたか、エリス」


「みんな無事ですかー!」

エリスはアインとの戦いを終え、みんなと合流する為ヴィスペルティリオの中央通りに向かうと 既に他の幹部達との戦いを終えたであろうラグナ達三人が寄り集まって待っていた

みんなボロボロだ、特にラグナは信じられないくらいボロボロで 地面に倒れ伏しながらデティに治癒魔術を受けている、…ボロボロだけど 勝ったんだなみんな

「皆さん 幹部は」

「倒したよ、なんとかな!」

「ちゃんと穴も塞いだし もう魔獣は入ってこないよ!」

「そして、エリス 君がここにきているということは…」

「はい、エリスもアインを倒しました…この手で」

遺跡と遺跡の間にできた通りに腰を下ろすラグナ達のそばまで寄り、エリスもまた腰を下ろす…はぁー みんなの顔を見ると戻ってきたって感じがして緊張が解れる

「はぁー、デティの治癒魔術はすげーな、失った魔力も全部元どおりだ」

「でしょ?私の決め技なんだ」

「デティ、エリスも後でお願いします」

「はいはーい!お任せあれ~」

そう言いながらデティはくるりと回転しながら治癒の光を振りまく、それだけでエリスの失われた魔力は瞬く間に回復し傷口は全て閉じられる、聞けばメルクさんもラグナもかなりの重傷だったようだが それもデティが治したらしい

デティの古式治癒は本当に頼りになる、唯一無二の力といってもいい

「ありがとうございます、デティ」

「うん、エリスちゃん …はい!」

というとデティは右手をスッとエリスに差し出す、手を広げてこちらに差し出して…えっと、なんだろう え?なに?金銭要求されてる感じ?、治したから金払えって感じかな

「あの、何でしょうか」

「エリスちゃん、私の手 握って?」

「え?、ああ…はい」

言われるがままに差し出されたデティの手をキュッと握る、ちっちゃなおててだ 可愛くも頼もしい、暖かな手だ

「あの、それでこれは一体?」

「えへへ、エリスちゃんの手 あったかいね」

え?…何?…、なんで笑ってるの?よく分からない 、説明が欲しい

「治癒は終わったか?、では状況の確認をするぞ、皆それぞれの成果を話し合おう」

パンっとメルクさんが手を叩き場を整える、取り敢えずみんな何があったか それだけでも共有しておこうと言うのだ

うん、エリスもみんなに言っておきたい事や伝えておきたい事があるし丁度いい、ラグナもデティもコクリと頷き、皆それぞれ順番に成果を語る

デティは節制のサメフと激戦 それを撃破

メルクさんは死神のヌンと激闘 そしてこれも撃破

ラグナは敵方最強の塔のペーと激突 これをなんとか撃破

みんなそれぞれの場所で幹部と戦い 時に命の危機を感じながらもなんとか倒し、穴を塞いだのだ

ヌンはメルクさんが壁に縫い付け動きを封じ、ペーはラグナと合流したメルクさんが錬金術で石化し確保したらしい というか、よく見るとすぐ脇に直立で石になっているペーが居た

石を操る彼女自身が石になるとは、皮肉というかなんというか…少なくともこれで後から暴れられることはないだろう、あのラグナをボコボコにしてしまうような怪物だ、下手に檻に入れるよりこうしておいた方が安全だろうしね

「それで、デティ…サメフはどうしたんですか?、まさか逃げられたとか?」

「それがね?、木になったの」

「いや エリスも気になってますよ、サメフの行方が」

「だから!木になったの!」

「は…はい、エリスも気になって…」

「木ーにーなっちゃったーのー!」

エリスも気になっちゃってるんですが…、え?気にしたらダメなの?、わからないですよデティ…、ハテナを浮かべていると

「それよりエリス、さっき言ってたのはマジか?、アインが五大魔獣の一匹 アクロマティックだったって」

ラグナが深刻な顔で問うてくる、アインの正体を…、そこに関してはエリスも驚きでしたが、事実です 決着をつけたのですから、そうエリスが頷きながら伝えると メルクさんとラグナは顔をつき合わせる苦笑いする

「すげー大物倒したもんだな、俺師範から聞いたことあるぜ?、五大魔獣って言ったら 師範の宿敵のタマオノの息子だろ?、よく倒せたな」

「いや、多分あれ本体じゃないです…、分け身だって言ってましたし 多分アクロマティックの一部、下手すると 切れ端レベルです」

信じがたいが 恐らくあれはアクロマティックの本気じゃない、本当に一部も一部 切れ端でしかなかったのかもしれない、だって最後に言ってましたから

『次は本体で、それも兄妹を連れて復讐に来る』と…、また恐ろしいのに目をつけられてしまった、…次会うときまでに 出来ればもっと強くなっておきたいですね

「しかし、何故そんな大物がアルカナにいたんだ?、聞いた話によればシリウスと繋がっているようだが…」

「そこは曖昧でしたね、アクロマティックは親を殺した魔女を恨んでいる、だから共通の敵を持つアルカナにとは言ってましたが…」

思えばアインは魔女の暴走をシリウスから聞いていた、奴はシリウスと繋がっている…繋がった上で態々アルカナの幹部になり、この戦いを巻き起こした、…その真意は未だ知れず

何故シリウスが魔獣と繋がってるんだ?何故シリウスはアクロマティックをアルカナに送り込んだんだ、関係性が漠然とし過ぎていて 全体像が見えてこない

「ううーん、アルカナって組織も一枚岩じゃねぇーんだな」

「ですね、ともあれ このカストリア大陸にいるアルカナ幹部たちは全て倒せました、これでもう敵はないでしょうね」

まぁ他にもマレウス・マレフィカルムに属する魔女排斥派組織は存在しているが、少なくとも今精力的に動いている組織はアルカナ以外ない、そしてこのカストリア大陸にいる幹部達は全員倒した

アルクカースでのヘットの陰謀から始まった長い戦いに一区切りついたのだ…、長かった…いやまぁまだポルデュークにアルカナの主戦力達がいるんだがね?

ああー、ポルデュークにいるのは少なくともアインよりも遥かに格上の実力者達ばかりかぁ、ポルデュークの旅も過酷なものになりそうだ

なんでもいいや、今はこの平穏を噛み締めよう…、そう四人で無事に集まれたことを安堵し全員で気を抜いて息を整える

すると

『みんな、よくやってくれた』

「イオさん!」

突如虚空より声が響く、遠隔で声を飛ばす管制室の機能だ、あそこは備え付けられた魔術的器具により遠方の様子を見て またその場に声を届けられる便利な道具があるという、それを使いイオさんがエリス達に声を届けてくれたんだ

『一時はヒヤヒヤする場面もあったが全員幹部の撃破と穴の修復、双方を成し得るとは…やはり君達は凄まじいな』

「イオ、それより学園に向かった魔獣はどうなった、助けがいるか?」

『それに関しては問題ない、エウロパ頼めるか?』

すると向こう側で何やら動く音がする、多分通話相手がエウロパさんに切り替わってるんだ

『あー、えっと…え エウロパよ、お疲れ様…』

「ああ、ありがとうエウロパ、それで様子はどうだい?」

『うん、エリスがアインを倒した瞬間魔獣達も我に返ったように統率を失ったわ、まるで自分がここで何をしてるか 分からなくなってしまったみたいにね』

アインが消えて その指揮もなくなり、魔獣達に統一されて意識である『学園を襲う』という目的は失われたらしい
それだけ魔獣皇子たるアクロマティックという存在が大きかったということだ、指揮を失えば連携もなくなる、奴らはもう殆ど脅威ではあるまい

『今狼狽える魔獣を私達で要塞の武装を使って撃破しているわ タリアテッレさんも出ているし、貴方達が動く必要はない…ゆっくり休んで』

「なるほどな、今度は魔獣達が袋の鼠になったわけだ タリアテッレが出てるんなら、安心かな」

「ですね」

「ってことはもう終わり?休憩でいい?」

「気を抜きすぎるのは些かアレかもしれんが、まぁ 大仕事は終えたんだ、少しくらい息を入れてもいいだろう」

もう終わりその言葉を聞いて、エリスは ラグナは デティはメルクさんは、戦いの疲れを癒すためにそれぞれ楽な姿勢をその場で取る、体力も魔力もデティのおかげで全快しましたが それはそれとして疲れるもんは疲れます、心がですよ

『もうこの場の魔獣達の討滅は九割がた終了しているわ、タリアテッレさんが凄まじい勢いで倒してくれているのよ』

そんなエリス達を不安にさせまいと 管制室のエウロパさんは状況を逐一伝えてくれる

『学園を囲む魔獣反応も…うん、もう消えていく 後は……え?』

今嫌な声が聞こえたぞ?、エウロパさんの想定外の声…ああいやだ、今から何か問題が起こったとかじゃないよな、手元のコーヒーこぼしちゃったとか そんなんであってれ

「どうした?エウロパ」

『……んん、これ何かしら…魔獣の一団から離れた位置に まだ魔獣がいる、でもさっきまでこんな場所に魔獣はいなかった筈なのに』

「まだ生き残りがいたとかー?」

『違う…残ってるというより、これ 今生まれた?』

「生まれた?」

四人の声が被ると共に その異変は突如として訪れる

まず最初に起こったのは地鳴り、そしてエリス達がそれに驚くよりも前に 響く…声

『ーーーーーーーーーーッッッッ!!!』

言語化出来ない凄まじい雄叫びが遠方から聞こえてくる、東側 エリスがさっきまでアインと戦っていた地点から、地鳴りを伴う咆哮が響くのだ

「な、なんだ!まだ魔獣がいるのか!?」

『こ これ、魔獣の反応が増えてる…大量の魔獣が 東側に出現しているわ!』

「ちょ ちょっと待ってください!エリス穴は塞ぎましたよ!」

『ええ、穴から入ってるんじゃない その場で生まれているのよ…!、百や二百じゃ効かないような数が、どういうこと…これ!』

分からないよ、まさかアクロマティックが!?けどあいつは間違いなくエリスが倒した、その筈なのに…もしかしてまだ何処かにカケラが残ってたのか?、いや…違う

アクロマティックじゃない、だって 魔獣が生まれてるんだろ?、魔獣を生むことが出来るなら 奴がそれをしないわけがない、だってアイツ 今日の為に魔獣を集めたと言っていた、出来るなら集めるなんて真似せずその場で生み出してる筈だ

魔獣の王子でさえ出来ない 魔獣の生成、それを行なってる奴が 東側に居るんだ

「東側に何か現れたみたいだな、メルクさん デティ エリス、悪いがもう一戦あるみたいだ 直ぐにその場に急行して…」

ラグナが慌てて立ち上がり指示を飛ばそうとした瞬間…

地鳴りが動く、というより近づいてくる ドスドスと音を立て、何もかもをぶち壊しながら遺跡をぶっ壊しながらなにかがこちらに向かってくる、超巨大ななにかが こちらに

「キャッ!」

「エリス!」

「うぎゃー!なにこれー!」

揺れる地面に足を取られた瞬間ラグナに手を取られなんとか姿勢は保つも揺れが収まらない、むしろ強くなる …揺れ 地鳴り…、違う 足音だ

これは何かが行進する巨大な足音で…………


考えを巡らせると共に、何かが エリス達のすぐ脇を通り抜ける、遺跡を踏み砕き 叩き飛ばし、学園に向かって突進する何かが …居た

「…なんか、今すげー気持ち悪いの通らなかったか?」

「はい、…あれ 魔獣でしょうか…」

進路上にあるもの全てを破壊しながら進むそれが目に入る、思わず呆然としてしまう

進んでいたのは怪物だ、頭は四方に伸びた物が四つ 腕は全方位から生えて 下半身は蛇のように伸びきり そこから足がいくつも生えてる、問題はパーツだ

頭は鳥 狼 ドラゴン 単眼の巨人と纏まりがなく、手足は触手だったり 翼だったり 爬虫類のようなものや人の腕のようなもの 獣のようなもの、凡そ世界に存在し得る全ての魔獣の特徴をごちゃごちゃにしたような 気色の悪い超巨大生命体が 学園に向かって進んでいた

「なんだアレは…」

「あんな魔獣見たことないよ…」

「というかアイツ、学園に向かってますよ」

よく見るとあの巨大な魔獣は要塞に向かって進んでいる、あれだけ巨大な学園とほぼ同サイズの動く要塞みたいな魔獣が 学園に向かって…

「やべ!アイツ行かせたらダメな奴だ!、急いで戻るぞ!」

「はい!…っ!」

急いで戻ろうとするラグナの腕の中から飛び出し、腕を前に突き出しながら防御する、突如飛んできた攻撃を防ぐために

「ぐっ!?」

「エリス!」

いきなり 飛んできた、攻撃が…爪が

見ればエリス達の目の前にはまるで獅子のような姿勢で爪と牙を突き出す魔獣がいた、ただ 特筆すべき点を挙げるなら それがないことだ、特徴がない 生物らしさがなにもない

まるでゴムのような黒色の体表には何もない、毛も 目も鼻も、ただだ丸みを帯びた顔にはギラつく口だけが牙を輝かせている、まるで人を殺すためだけに生まれたような存在が エリス達の目の前にいた

いや目の前だけじゃない。

「ラグナ!囲まれているぞ!」

「チッ、デカいのに気を取られすぎたか」

気がつけばエリス達の周りにまで複数の魔獣がズラリと現れる、獅子のようなものから鳥のようなもの、魚 虫 巨人 ドラゴン…探せば山ほどいるが、全員が特徴のない黒の体表をしている

「な なな 何これ!こいつら!、さっきまでこんな魔獣いなかったよね!」

「…しかもこいつら、…こんな魔獣 存在しませんよ」

「え?どゆこと?エリスちゃん」

正体不明の魔獣 仮称を黒獣アンノウンとしようか、それと睨み合いながらエリスは口を開く

「エリスは魔獣の図鑑を暗記しています、この世に存在する魔獣ならほほ暗記していると言ってもいいです、けど こんな魔獣…見たことも聞いたこともありません」

「ってことは、さっきのあのデカブツが 生み出したって見る方が妥当かな、見たことないデカい魔獣とそれが生み出した奇怪な魔獣…やべぇな、早く学園に向かわないといけないのに」

既にエリス達の周りには凄まじい数の魔獣が現れている、見渡せば一面黒黒黒…まるで迫る闇のようだ、エリス達を足止めするつもりか?

「仕方ない!、みんな!散り散りになるなよ!、この魔獣の群れ 突っ切って学園に向かうぞ!」

「はい!ラグナ!」

「分かった…デティ、離れるな?」

「離れないよ!絶対!」

四人揃って構えを取り、アンノウン達の群れを突っ切るため、突撃を開始する

……………………………………………………

「何をした!シリウス!」

「何って、ただちょっとお手伝いしただけじゃが?」

「だからそれが何か聞いているのだ!」

火炎魔術を連射するもシリウスはそれをヒラリヒラリと風に舞うように避けながらヘラヘラ笑う

シリウスは まだ何かを仕込んでいるいう、アクロマティックが消えることがトリガーに、何か 壮絶な事態が引き起こるように細工をしたと、あの百万近い魔獣が前座になるような何かが

「ふぅん、どうせお前はそこに急行出来んのだ…教えてやった方が残酷か」

するとシリウスはアンタレスの顔でギィと笑うと腕を差し出す…

「何 簡単なことよ、アクロマティックに一つ細工をしておいた、奴が依り代する肉体に一つな」

「細工だと…」

「ああ、なんだと思う?なんだと思う?、特別に一回だけ解答権をやろう」

「いらん、教えるならさっさと教えろ」

「なんじゃーもうー、ノリが悪いのう…正解は…のう?」

愉悦 その顔は確かに、八千年前見せた大いなる厄災 そのものの笑顔で、奴はこういうのだ

「魔獣王タマオノの髄液…それを、奴の依り代に仕込んだのだ」

「タマオノの…髄液だと!?」

「そうじゃあ?、その髄液があの依り代の中でアクロマティックと混ざり 依り代そのものに変化をもたらす、その変化はアクロマティックが健在であったならば抑えられはするものの、それが消えればどうなるか…」

「まさか、作ろうというのか…ここで、新たな魔獣王を」

「今のお前に解答権はありませーん、…くくく 魔獣皇子の肉体が染み込んだ依り代に 魔獣王の髄液、そして空の肉体…これが揃えば 誕生する、新生魔獣王…いや?」

バッと両手を仰々しく広げ シリウスは宣言する、悪夢の開演を

「新たなる魔獣達の王!、悪魔獣王アインソフオウルが生まれるのだ!、奴は全盛期の魔獣王程強力な力は持たんが それでも、魔女の力の三割か四割くらいは出るじゃろうな」

魔女のほぼ半分程の力を持つのか、マズイぞ もしそいつが魔獣王と同じ魔獣を作り出して操る力を持つなら、エリスの手には確実に余る…、だが

「あの学園都市は滅びる、ワシが奴にそう命じた…エリス以外の人間は死に エリスも心を砕かれ我が依り代となる、そして レグルス…貴様もここで死ぬのだ」

「…なめるなよ、今あそこにいるのはエリスだけじゃない 魔女の弟子が揃っているんだ!、アイツらなら なんとかするだろう」

正直確実な勝算があるわけじゃない、でも 奴等が我々魔女と同じ集う運命にあり、あの場に集ったと言うのなら…きっと、私達と同じように いかなる危機も共に乗り越えていけるはずだ

だから、エリス 友と進み 戦え、この戦いこそがお前の大いなる戦いの幕開けとなるだろう

…………………………………………………………

「何が起こった!魔獣はもういないはずだろう!」

管制室にてイオが叫ぶ、解決を間近にして突如起こった緊急事態、要塞に迫るほどの巨大な魔獣が未知の魔獣の大群を伴って突っ込んできたのだ

あの黒色の魔獣、さっきまで学園を攻めていた魔獣とはわけが違う、瞬く間に迎撃システムを破壊して 残った普通の魔獣さえ食い殺し進んでくる

まるで蝗害だ、畑を覆い尽くす蝗のように水晶の画面を覆い 学園に迫る、ダメだ 防ぐものがない

どうする、打って出るか?だが…

「イオ!」

カリストが叫ぶ、忠告するように 訴えかけるように、その刹那

「ぐぅぅっ!?」

揺れた、学園が この要塞そのものが、外の様子を見なくても分かる あの巨大な魔獣が学園に突っ込み 組みついてきたのだ

「大変よ、このままじゃこの要塞 あのデカブツに握り潰される…!」

「そうなりゃここは 奴らにとっての餌場になるわね」

「ラグナ君達は魔獣達に囲まれている、…ここに到着するにはまだ少し時間がかかるはずだ、どうする イオ君」

エウロパが顔を歪ませる カリストが諦めるように笑う ガニメデが問う、どうするかを私に…王に

目を伏せ考えを巡らせる、父は外で兵の指揮を執っているが アレはタリアテッレ殿でも対処しきれない、…いずれ王国軍は押し込まれる 最悪全滅する

なら私はどうするべきだ?生徒達や街人を連れて逃げるか、ダメだもう魔獣に囲まれている、逃げ場がない しかし…戦う?戦ってなんとかなるのか?これ

…それに、戦うにしても戦力が

躊躇う私を皆がジッと待つ、私の指揮に従うと言っているのだ、…だからこそ間違えられない、私はここにいる人間全員を守る その責務がある

そう考えていると ふと、背後で扉が開き

「何を迷ってる!!!!」

声を…怒号が響く、男の…

「貴方は…フーシュ理事長」

フーシュ理事長だ、彼が珍しく顔を真っ赤にして現れ 私に詰め寄る、背後には教師達を連れて

「イオ様、このままでは学園が壊されてしまいます、私は貴方を信用してここを任せたのですよ?なのに、これではまるで話が違う!」

「理事長落ち着いてください、これは私にとっても予想外の…」

「このままでは!学園が!校舎がなくなると言っているのです!、伝統ある校舎が!私の祖先の頃から守り継いだ学園がなくなってしまう!、それだけは …それだけはなんとしてでも避けなければならない!それは明白でしょう!」

私の胸ぐらを掴み肩を揺らすフーシュ理事長、…学園の危機か いや…、彼が危惧しているのは自分の存在意義がなくなってしまうことへの恐怖だ、誰かが死ぬとか そんなこと微塵も気にしてない、だから今まで黙って静観を貫いていたんだ

「理事長…しかし」

「しかしも何もない、何よりも守らねばならないのは学園です 何に代えても守らなければならない、…となれば 何を迷う必要があるのです」

「一体何を言ってるんだ、貴方は…?」

「生徒を前に出して戦わせましょう、彼らも母校のためなら命をかけて戦ってくれるはずです」

「なっ…!?」

絶句する、何を言ってるんだ この人は、生徒を前に?命がけで?本気で言ってるのか?、いつもの落ち着いたフーシュはどこへ行った、前回の課題の時も頻りに生徒の安否を気にして、いや…違うな 多分、これが本音だ

学園の運営に関わるから生徒の生き死に過敏だった、死人が出れば学園の評価に関わるから、しかし 今そんなこと言ってられなくなった

なりふり構わなくなり、本音が飛び出た 生徒よりも命よりも 伝統と学園だという本音が

「生徒だけではありません、街人達にも戦わせましょう、彼らもこの街の伝統の象徴たる学園のためならば喜んで戦ってくれるでしょう」

「あんた…何言ってんの!本気でそう思ってるの!!」

「最低…」

カリストとエウロパが顔を真っ赤にして怒る、ラグナ達が命がけで守ろうとしてくれた生徒達のの命を 盾代わりにするというのだから、そりゃ怒る 私だって…

「本気でそう思っているとも、アリスタルコスはその為にある 学園はその為にある 伝統とはその為に存在する!、続けること 存続することにこそ価値があり、その価値の為に我らコルスコルピ人は存在するのです」

「それはエゴでしょう理事長殿!!!、兄様!貴方もそちら側なんですか!」

ガニメデが叫び 理事長の隣に控えるグレイヴン筆頭教授に目を向ける、…ガニメデの兄であるグレイヴンは 何も答えず、ただ 辛そうに目を背ける…

「兄様理事長殿!!、今 ラグナ君達が外で戦っています、僕達の友が戦っているんです、それはこの学園の伝統を守る為じゃありません、無辜の命を 僕達の命を守る為です!、それを無駄にするようなこと、我々には出来ません!」

「出来る出来ないではない!、現に今学園が破壊されているんだ!、このままでは学園が破壊され…我らアリスタルコスの理念は…存在意義がなくなる、子々孫々に伝えてきてくださったご先祖様達に申し訳がない」

するとフーシュは我らの動かしている水晶、遠隔に声を飛ばす魔術通信具に目敏く目をつけると

「それか、それで指示が出来るのだな!、退きなさい!理事長命令だ」

と周りの人間を押しのけ 生徒達に命をかけて戦うことを呼びかけようとする、………そうだな 

この国にとって伝統はなによりも大切なものだ、時間が経っていれば経っているほど素晴らしい それは私も思うさ、古さとはどうやっても手に入らないものだ、学園を立て直しても 作り直しても意味がない

だからこそ

「分かりました、理事長…私が生徒に呼びかけます」

「イオ!?」

「何を考えてるんだイオ君!」


「そうか、それでこそ コルスコルピ家の嫡男、この国の価値をなによりも尊重する我らが盟友だ、頼むよ イオ王子」

カリスト達は私を責め フーシュは素晴らしいと褒め称える、遠隔通信用魔術器具…その目の前に私を誘い 頼んだよと肩を叩くフーシュの言うがままに通信魔術を発動させ、要塞内いる人間全員に声を届ける

『生徒諸君に告ぐ!』

私の声が学園内に響き渡り 生徒全員に声が届く、カリスト達は沈痛な顔を 教師陣はやや諦めの混じった表情で、フーシュだけが 喜色に満ちた顔で 笑う…

伝統とはこの国の命だ、だからこそ…私は決断するのだ

『生徒諸君…ではないな、クライス と言ったか?、エリスに協力していた生徒!君に頼みたいことがある!』

「な 何をしているんだイオ王子」

背後のフーシュの言葉を無視し 私は呼びかける、クライス 確かそんな名前だったはず、最初に反ノーブルズ派組織 アコンプリスを作り上手くその手綱を引いていたやり手の男、エリス達に裏で協力していたクライスに 声を飛ばす

『今学園は巨大な魔獣に襲われている、だから 君が生徒を指揮して街人と生徒をより深い地区へ避難させろ!そして守れ!、何が何でも 誰一人として!外に出すな!全員守り抜いてくれ!!』

「イオ…王子」

頼むぞクライス、誰も外に出すなよ きっとラグナ達がなんとか…いや、私たちがなんとかするから 誰一人だって死なせて堪るか!

「イオ…お前は、この学園を見捨てるのか!!!」

鬼のような形相で掴みかかり 吠え立てるフーシュは私の胸ぐらを掴み、殺す勢いで怒鳴り散らす、だけどさ …フーシュ理事長

「確かに伝統は大切です、ですが その伝統を伝えるのは人です!、人がいるから時とは積み重なり伝統となるのです!、人無き伝統など空虚 命無き学園など無いに等しい!、そして」

逆に フーシュに詰め寄り睨みつける…、アマルト どうやら私も同じ気持ちだったようだよ

「生徒無き理事長など居ないも同然!、生徒を蔑ろにする理事長ならば 居ない方がいい!!」

「貴様…貴様ぁっ!!」

怒髪天を超えたか、怒りのままに拳を振り上げるフーシュ 私を殴るか、だが 殴っても止まらん、もう 覚悟は決まってるんだ!

そう拳を受け入れる覚悟で毅然と立ち向かうと、その刹那 フーシュの顔面がブレる

「がほがぁ…」

違う 殴られたのだ、私がじゃない フーシュ理事長が、横から ぶん殴られた

「理事長、生徒に向けての体罰は些かどうかと思いますがね?私としてはもっと理論的にことを進めて欲しかったが、まぁムカつく相手を殴りたい衝動というのは分からないでもありませんよ?そりゃ殴りたですよね?、事実 今私がそうですからね」

フーシュを殴り飛ばし コキコキと拳を鳴らす女性、メガネをかけたその人が フーシュ理事長を殴ってぶっ飛ばし 気絶させてしまったのだ、教師であるはずの彼女が

「り リリアーナ!お前!なんてことを…!」

「こんな捻くれ者でもね、生徒は可愛いんだ、それを捨て駒にされるというのなら …そりゃムカつくだろ」

リリアーナだ、魔術科筆頭教授のリリアーナが理事長であるフーシュを殴った、その事実にグレイヴンは驚愕しながらもどうしていいかわからず迷っており…

「そういえばグレイヴン筆頭教授?、我々が従うべき理事長が気絶してしまいましたねぇ?」

「何言ってる!お前が殴って気絶させたんだろうが!」

「ええまぁ、ですが結果として理事長は気絶した…では我らは誰の号令に従うべきですかな?」

「む……、うむ そうだな 今は緊急事態だ、小言は後にしようか」

リリアーナの言葉に合点がいったのかグレイヴンはやれやれと笑いながらこちらを見る、教師達が イオを見る、その視線が 全て…私に注がれる

「さぁ、イオ王子 貴方の答えを聞かせてくれ、貴方の言葉に従いましょう」

「今こそ、号令を」

「イオ、言って 貴方に従うから」

「イオ君、頼むよ」

「頼むまでもない、イオならきっと…いい感じにしてくれるから」

リリアーナが グレイヴンが カリストが ガニメデが エウロパが、その場の教師達が 生徒達が、私の答えを待つ

いや待つまでもない、答えは決まってる

「我々で生徒を守る、学園はどうなってもいい ここにいるみんなで戦えない生徒や街の人たち、国民を!」

教師達と我々ノーブルズで 生徒を守る、学園がどうなっても守り切る、その間にきっとラグナ達が来てくれる、ラグナ達ならなんとかしてくれる …それまで持ち堪えるんだ

「よっし!、では生徒の為に一肌脱ぐかね!グレイヴン筆頭教授?」

「リリアーナ…感謝する」

「感謝はイオ王子にしたまえよ、さぁ 我らの可愛い生徒を守ろうじゃないか」

そういいながらリリアーナは教師達を連れて部屋を出て行く、各々の武器を手に持ちながら 生徒達を守る為に戦いに出る

「じゃあ私達も行きますか?」

「そうね…、お人形も補充しておいたし、いつでもいけるわ」

「救える命のために戦おう!僕達の正義のために!」

「…ありがとうみんな、絶対に死ぬなよ」

カリストは杖を エウロパはぬいぐるみを、ガニメデは拳を握り 私は槍を持ち、管制室を後にする、生徒を守る為の王だ 貴族だ、そのために我らは戦うんだ

「………………」

皆を先に行かせ、一人立ち止まる…、アマルト お前も同じ気持ちなんだろ?、生徒を思うからこそお前は苦しんだんだろう?

「アマルト…、何処へ行ってしまったんだ」

本当に死んでしまったのか?、…いや アイツは戻ってくる、必ず みんなを守るために、だから 待っているぞ、アマルト

…………………………………………………………

「はぁー…、また騒がしくなってきたな」

遺跡の陰、壁にもたれかかるように座り込む男が一人… やや青い顔で天を仰ぐアマルトは外の喧騒に耳を澄ませる

アマルトはエリスを逃し閃光弾にてアイン達の目を眩ませた後、呪いでその身を小さなハエに変えて戦線を離脱したのだ、俺の逃げ足にかかりゃあんな奴ら煙に巻くなんざわけねぇ

ただ、エリスとの戦いでちょっと血を消耗し過ぎた…あんな勢いで黒呪ノ血剣を使ったのは初めてだったからな、ちょいと貧血気味で頭がクラクラするせいで ここで休んでたんだが…

「そろそろ動くか、…しかし まだエリス達はアインを倒し終わらねぇのか、もう結構時間も経つのに」

かと言って、アイツらを手伝う気にはなれない、そりゃあさ エリスの言い分だって分かる、学園を破壊するなんて逃げでしかない、いや逃げてすらいない

立ち止まって全部捨てようとしただけ、そんなことしたって意味はないし…何より生徒を蔑ろにする親父と同じ、過去に拘るのは伝統を重んじるアリスタルコスと変わらない

それは嫌だ、俺は親父みたいになるのもアリスタルコスみたいな生き方もしたくない

って言ってもなぁ、今更どうするよ…人間そう簡単に変われない、変われないんだよ

所詮クズはクズのまま、俺も結局クズの一族 その一員だったってわけだ

「まぁいいや、もう騒ぎも治るだろ…ドサクサに紛れで帰ろ、それで荷物まとめて どっか遠くに行こう、あの学園にはもう居られないし…」

と遺跡から出て学園に向かおうとした瞬間 目に入る

「お おいおい、なんじゃありゃ…」

目に入ったのは変わり果てた学園の姿だった、ありえないくらいでかい魔獣に組み付かれ破壊されながらも抵抗を続ける要塞 、それに黒色の魔獣が群がってるんだ

なんだアレ、エリスはどうした…なんでこんなことになってんだ

「イオは…、イオ達はどうなったんだ」

あの中にはまだイオがいる、俺の友達が…

あの魔獣に群がられる要塞の中に、きっとイオがいる筈だ…アイツはきっと人を置いて逃げない ガニメデも逃げない、二人が逃げないならカリストもエウロパも逃げない…

みんな まだあそこにいるんじゃないのか!!

「クソが!何がどうなってんだよ!」

気がつけば走り出していた、学園に向けて 黒い魔獣達の群れに向かって無我夢中で走り出していた、どうしたいか 何をするべきか 分からない、けど…けど!まだあの中にゃ人がいるんだろ!?生徒が!

「フシュゥゥゥゥウ!」

走って近づく俺に気がついたのか、テラテラした気色悪い黒色の魔獣がこちらに気がつく、目も鼻も耳もないくせして 目敏く俺に気がつくとこちらを見てダラリとヨダレを垂らし 立ち塞がる…、俺を向かわせないつもりか 学園に!

「邪魔すんじゃねぇぇぇぇぇええええ!!!!」

叫びながら短剣を取り出し 手首に傷をつけ作り出す、漆黒の血剣…それを片手に握り、一閃 魔獣の首を叩き落とす

「邪魔すんなら皆殺しにするぞッ!!」

「キシャァアアアア!!!」

俺の慟哭にも物怖じせず 魔獣達が一斉に吠え こちらに向かって飛びかかってくる、ナメやがって!獣畜生風情が!

「退けよ!、テメェらにゃ用はねぇんだよ!」

振るう 振るう、剣を振るい迫り来る魔獣の爪を切り裂き 牙を叩き折り、首を 体を 目の前に立ち塞がる全てを斬り開く、何も考えず 進む



「コァアアア!!」

「チッ」

絹を裂くような甲高い雄叫びと共に目の前の魔獣が鋭利な尻尾を振るう、速い というかこいつら一匹一匹が強い上にしぶとい、手足切り落とした程度じゃ止まらねぇ

振るわれる尻尾を頬の寸でで避けるとともに剣先を煌めかせ、その腕のように太い尻尾を輪切りにする

「はぁー…くそっ、カッとなって行動するんじゃなかったな」

激進が止まる、魔獣の壁に阻まれ足が止まる…気がつけば退路はなく 群がる魔獣に囲まれる、何考えてたんだ俺は…学園の危機に颯爽と駆けつけて なんかしようとしたのか?

俺はついこの間までこの学園ぶっ壊そうとしてただろうが、エリスに説得されて全部やめましたってか?、阿呆らしい

ちょうどいいじゃねぇか、こんなもん 全部やめにして逃げちまおう、無理だよもう なんとかするのは

このまま逃げても文句言われねぇ、イオだって自分でなんとかするさ、エリス達が助けるさ

今なら引き返せる、逃げよう…学園は滅びる 当初の目的通り、これでアリスタルコス家かの存在意義はなくなる、親父も泣きを見る…万々歳じゃないか

(俺が今更 どうこうしたって…意味なんかねぇ)

逃げよう そう決意した時、ふと 魔獣達の隙間から向こう側が見える

アレは学園の壁だ 要塞に変形しても変わらない、学園の歴史ある壁、それが向こうの魔獣によって打ち崩され 大穴が開く、あーあ 歴史とかなんとか言って修繕しないから、こういうことに…

「ッッ……!?!?」

見えた、見えてしまった 崩される壁の向こう 逃げる生徒達の姿が、恐らくこの事態を受け避難してきたであろう生徒たちの姿が見える、魔獣を目の前に怯え竦む姿が


「ひぃぃい!も もう魔獣が!」

「た 助け!助けて!誰か!」

生徒の一団 数は数十人くらいか、だけど関係ない 魔獣には…アイツらにかかれば無抵抗な子供くらい一瞬でミンチだ

「キシャァアアアア!!!!!」

「キャーーーッッ!?!?」

魔獣の咆哮に驚いて一人の生徒が腰を抜かしてしまう、あれは死んだ 殺された 今に魔獣の爪に引き裂かれて殺される、奪われる 命が…あの生徒の、未来が


これが学園崩壊だ、俺の望んだものだ…ものなんだ

「お お前…」

思わず口が勝手に喋る、やめろ 何か言うな俺、剣を握り締めるな

何しようってんだ今更!、俺は捻くれて腐って 大勢の人間苦しめて!学園まで壊そうとして!、自分の都合で生徒を蔑ろにしたのは俺も同じだ!魔獣やクソ親父と同じなんだ

「お前っ!!」

やめろ!前に進むな!引き返せ!俺も死んじまうぞ!あんなところに躍り出たら!、俺はもう何もできない!何者にもなれない!、夢も未来も俺にはないんだ

そうやって学園を壊そうとしたのは変わらないんだ、そういう俺は変われないんだ

「お前!学園の…学園の!」

変わらない 変わらないんだ、誰に何を言われても俺はもう理事長にはならない、それを目指していたのは昔の話だろ、それはもう昔ほど夢だろう、なのに…なんで 俺の足は動いてるんだ、魔獣の爪に引き裂かれてもなお 俺は

「学園の生徒に……!!!」

走る 爪を振り上げ生徒を殺そうとする魔獣に魔獣に向けて、包囲を無理やり突破して

変わらない、人は簡単には変わらない…

「俺の学園の生徒に!、何してんだぁぁあっっ!!!」

「ゴァァッッ!?!?」

すっ飛び その脳天に剣を突き刺しブッ倒す、生徒に襲いかかる魔獣の脳漿ぶちまけて、助けちまった…逃げられたのに 助けに入っちまった…、ああクソ!変われないんだよ人は!簡単には!

例え!裏切られても!夢を踏み潰されても!笑われても!否定されても!捻くれても腐っても傷ついても!変われないんだよ!変わってないんだよ!あの頃から!、俺は!!!

「あ 貴方は…アマルト…」

「いいから逃げろ!!、死にたいのか!!」

「あっ、は はい!」

叫び怒鳴れば生徒達は蜘蛛の子散らしたように、これで…生き延びてくれれば

って、何やってんだ俺…いや ああもう、取り繕うのやめるか、俺はきっと 多分 まだ…

「がふぅっ!?」

油断した瞬間側面から魔獣の尻尾が飛んでくる、突き飛ばされ 壁に叩きつけられ 骨がミシミシと音を立てる、ああ…くそ  痛え

「ゴシャアアアアアア!!!」

「うるせぇな、人がいい感じに浸ってる時に…」

ガラガラと音を立てる壁から這い出て、剣を杖に立ち上がる、頭がクラクラする 血が足りない、全身傷だらけだし 超痛い、逃げられんなら逃げたいし、終わりにしていいなら終わりにしたい

それでも引けないのは、こいつらが開かれた学園の穴に殺到して 今にも中に入ろうとしているから、こいつらを入れたら 生徒が死ぬ、生徒が死ねば その未来が断たれる

俺が剣を極めたのはなんのためだ、 何のために苦しんだ 何のために戦ってたんだ、何に憤り 何に絶望して それでもまだ 何に縋っている

「シャァァアアアア!」

「ぐっ…ぅぉぉぉおおおおお!!!」

気合いを入れ 立ち上がる、立ち上がって 吠える 

俺は…俺は!俺の夢は!なおも焦がれる夢は!

「俺が…この学園の生徒を守るんだ!、それが…俺の 夢なんだから!!」

結局 あの頃から俺は変わってないってことか、都合のいい話だってのは分かってる、でも 

それでも!俺は夢を諦めたくない、あの時見た輝きを忘れたくない!失いたくない!、だから

この命尽きるまで戦ってやる、生徒を守るために!

「来るなら来いよ!、全員叩き斬ってあの世に送ってやる!!」

「グシャァァァアアアアッ!」

剣を握り前へ踏み出る、夢と未来を守るため戦う…、我ながらすげー耳障りのいい言葉だと思うよ、でも 言葉にするとそうなっちまうんだからしょうがない

ほんと、しょうがない

「うぉぉぉおぉぁぁああああ!!」

血を失い傷つき 薄れる意識の中それでも剣を持ち斬りかかる、目の前には死神の鎌如き爪が迫る…

そして……



「よく言いました!、それが聞きたかった!」

「は?…」

突如として降ってきた女に叩き潰され 目の前の魔獣が弾け飛ぶ、何が起こった…誰が現れた

「やっぱり、貴方なら立ち上がれるって信じてましたよ、アマルト」

「エリス…お前」

エリスだ、同じく魔獣を突っ切ってきたのか ズタボロだが、相変わらずこいつは毅然と立っている、だけど 今はその立ち姿も瞳も、悪く感じない 寧ろ親近感を感じて頼もしくも思う

「助けに来たのか?俺を?」

「はい、助けに来ました、貴方を」

「やめろよ、さっきまで敵同士だったくせに、急に味方ヅラなんか」

「でも今は味方です、面だけじゃなくて エリスは貴方の味方です」

こいつ…、まぁいいか 今はそうやって強引にでも受け入れてくれるのはありがたい

「おーい、エリス!先行くなって!」

「全く!虫のように湧いてくるなこいつら!」

「ああー!アマルトー!やっぱり生きてたんだ!」

「げぇっ、騒音どチビ…」

「チビ言うなー!!」

エリスに続くように次々と魔獣を吹き飛ばし現れるとはラグナとメルクリウスとチビ、いつものメンバーだ…仲がいい事で

「見てましたよ、アマルト 貴方が生徒を助け みんなを守ろうとするところ」

「ぃー…、見られてたのかよ」

「へぇ~?、捻くれ者の癖にいいとこあんじゃ~ん?」

おおん?と言いながら俺の膝をくいくい突くチビフローアの顔よ顔、なんだその顔 まるで揶揄うみたいな、バカにしやがって でももう誤魔化すもんか

「ああそうだよ、俺はもう自分から目を逸らさない…俺は学園の生徒達を守るために戦う!、なんか文句あるか!」

「無いよ、寧ろ いい顔してるぜ?アマルト」

と言いながらラグナは俺の肩を叩く、こいつ年下のくせしやがって…、まぁいいかもう そういうの

「ではアマルト、決意も新たにしたところで 君にも助力を頼みたい、この学園を救うために」

メルクの声が突き刺さる、この学園を救うため…か、こいつらの受け入れの速さは寧ろ驚きだよ、なんでそうも素早く俺を信用出来るかね、逆に不安だよ俺は

でも…、アイツらから言い出さなければ 俺の方から頭下げてたから、有難い申し出だ

この状況、何とかするにゃこいつらの助けは不可欠だ

「ああ、もうひねた事言わねぇよ、この状況 なんとかするためなら力だってなんだって貸してやらぁ」

「ありがとうございます、アマルトさん」

「……こちらこそ」

「え?今なんて言ったんですか?」

「なんで肝心な事は聞こえないかな!」

「おい!、あっちにイオ達がいるぞ!、遊んでないで行くぞ!エリス アマルト!」

「遊んでないで行くぞ~、ア マ ル ト くーん!」

「腹立つチビだな本当こいつ!」

錬金術で壁を塞ぎ補給したメルクリウスに連れられ俺達は、五人足を揃えて魔獣の海を渡る、学園を 生徒達を守る為に

………………………………………………………………………

黒い魔獣 アンノウンは一体一体は強く意思と意思が見られず、ただ使命感に駆られるように人間を殺すために学園に殺到し エリス達が近づけばターゲットをそちらに切り替える

まるで人を殺すためだけに存在しているようだ、魔獣と呼ぶことさえ躊躇う 生き物であるかも不明、そんな 怪物の海を渡り エリスは再会した、アマルトさんと

やっぱり生きてたんだ、それも 傷つくことを厭わず生徒を守りながら剣を振るい 彼はこう叫んでいた

『俺が…この学園の生徒を守るんだ!、それが…俺の 夢なんだから!』

夢と 彼は叫んでいた、なら 助ける…そう約束したから、再び立ち上がるなら エリスは彼を助けると約束したから

だからエリスは彼を助けて、合流して エリス達は向かう…あの巨大な魔獣を止めるために

そして

「イオさん!」

「エリス!間に合ったか!」

学園の目の前で迫る魔獣達を前に槍を振るうイオさんとも合流する、イオだけじゃない ガニメデさんやカリストさん エウロパもいる、彼等が学園の前で魔獣を相手に戦ってくれていたから 学園はギリギリのところで堪えているんだ

と言ってもギリギリだ、既に学園は包囲され四方からアンノウンに攻められ、更にはあの巨大な魔獣は要塞上部にしがみつき 叩き壊そうと暴れている

このままじゃ学園崩壊は時間の問題だ

「よかった!、君たち四人がここに戻って来れば 反撃に出れる」

「いいや?、四人じゃないぜ?イオ」

「?…、何を言ってるのですか ラグナ陛下…あ!」

ふと、イオさんはエリス達の後ろで申し訳無さそーに立つ男の存在に目がいく、ここまで来ておきながらそそくさと後ろの方に回り目立たないようにやり過ごそうとしている男に…

「アマルト!!!」

「よ よう、イオ…頑張ってるみたいだな」

「頑張ってるみたいだなじゃない!お前 今までどこにいたんだ!」

「どこって…何処だろうな」

イオさんは顔を真っ赤にしながらエリス達を押し退けアマルトさんに詰め寄る、この大変な時にお前はどこに居たんだと言いたいのだろうか、でもエリスは知ってる アマルトさんはアマルトさんで生徒達を守る為に戦っていたことを…

「あの、イオさん?実は…」

「アマルト!、怪我はないのか?どこか負傷は?」

「ね…ねえよ、さっきそこのチビに治してもらった」

「そうか、…よかった」

と思ったら違った、イオさんはアマルトさんの体をあちこち触り怪我がないか探して回る、心配してたんだ、何せ彼は イオはアマルトの

「なんでそんなに心配してんだよ…」

「当たり前だろ!、私はお前の お前は私の親友だ、行方不明なら心配もする…無事でよかった」

「…悪い、心配かけた」

親友だからだ、エリスがラグナ達を心配するように イオさんもアマルトさんの身を案じていたんだ、いくら無事だって信じてても そこは別なんだ、無事なら嬉しい

「ちょっとー!仲良くしてるとこ悪いですけどこっちギリギリなんですけどー!」

「あ、メルク…」

「おおー!ラグナ君達!それにアマルト君!助けに来てくれたんだね!流石は正義の味方!」

続々と寄ってくるガニメデさん達元ノーブルズメンバー達、皆ズタボロになりながらも学園を守る為に戦っている、けどカリストさんという通り 戦況はあんまり芳しくないな

エリス達がここを手伝っても、多分変わらない …けど、今のままではイオさん達は押し切られる、しかし…



「『アトミックレイン』!」

刹那、エリス達の目の前の魔獣達に降り注ぐ白光の雨霰、それらは魔獣や地面に着弾するなり巨大な爆発を生み出し 瞬く間に目の前の魔獣を殲滅していく、凄まじい威力の魔術だ…

「すげー威力…」

「あっーはははははははは!、やはりいいねぇ 魔術とはバァーンッ!とぶちかましてこそだよ、久々にスカッとしたねぇ」

呆然とするエリス達五人の真上から振りかけられる甲高い笑い声、空飛ぶ杖の上に立ちながら手を振るい魔術を以ってして魔獣を吹き飛ばす女性…

「って リリアーナ先生!」

「おお、エリス君 戻っていたかい、イオ王子から聞いているよ、勝利の凱旋として盛大に我が生徒を祝ってあげたいが今はいささか忙しくてね」

リリアーナ先生だ、魔術科の筆頭教授の…それが地形を変えるほどの大魔術をぶっぱなしながらケタケタと笑っている、この人戦えたんだ…というよりこんなに強かったんだ

「リリアーナ先生って強かったんですね」

「何言ってるのエリスちゃん、リリアーナさんは七魔賢の一人だよ、強いだけじゃなれない 賢いだけじゃなれない、強くて賢い 世界最高の七人の魔術師の一人、そんじょそこらの魔術師と一緒にしちゃいけないよ」

とデティからお叱りを受けてしまった、そっか リリアーナさんとはあんまり縁がなかったからイマイチ知らなかったけど、この人魔術界を代表する七魔賢の一人なんだ…そりゃ強いよな

「ご覧の通り、僕達に加え学園の教師達 そして王城の兵士達で今現在、ギリギリのところを維持している状態だ、教師陣は皆かなりの使い手 おまけに僕達には古式呪術がある、けれど はっきり言って長くは持たない」

イオさんが語る、周囲にはリリアーナ先生他 グレイヴン先生や王城の兵士達が要塞の武器を使ってなんとか魔獣を退けているが、長くは持たない このままでは被害が出てそこから総崩れになる

「なんとかする手立ては一つ、未だに魔獣を生み出し続ける あの親玉を倒すより他ないが…、我々ではあれは倒せないだろう」

「デカいもんな、アイツ…」

「だから、悪い 連戦になるが ラグナ陛下…頼めないだろうか」

今 この場であの巨大な魔獣に挑みかかれるのはエリス達だけだ、実力云々もあるが、誰も彼も手一杯なんだ…みんな 学園と生徒を守る為に必死で戦ってる

どこからも人は出せない、だから 動けるのはエリス達だけ…

「頼めるか…か、なぁ みんな、行けるか?」

分かりきったことを聞くなぁラグナは、例え無理でも 答えは一つだ、エリスの答えも デティの答えもメルクさんの答えも、きっと アマルトの答えも

「行けますよラグナ、エリス達はいくらでも戦えます」

「この学園の中には無辜の人々がいる、それを守れるのは力者の責務、だろう?」

「せっかく頑張ったんだから!全部台無しにされて溜まりますかって!」

ラグナとエリスの目が アマルトに向かう、彼はこちらを見ない ただ上空を、学園上部に張り付く巨大な魔獣を忌々しげに見つめる

「アマルト…」

「分かってるよラグナ、…あんにゃろうには俺もムカついてんだ、学園に固執し張り付きへばりつき てっぺんに居座り続ける有様、本当そっくりだぜ…丁度いいや!この手でぶちのめして 、あの気色悪い汚物を地の底に叩き落としてやりますか」

というと彼は短剣を取り出し 手の中に握ると共に、作り出す 血の刃を…

「だから 俺からも頼む、ラグナ エリス デティフローアメルクリウス、頼む…学園を守るのを 手伝ってくれ」

そう、決意を込めて言うのだ、その目に陰りはない あるのは一つ、激烈なまでの炎…怒りと希望と 諦めてなるものかという苛烈な煌めき、今の彼となら戦える 今の彼とならエリス達は一緒に…

「当然です!、守りましょう…生徒達を!エリス達の学園を!」

「ってわけだ、イオ 俺たち五人であの魔獣を倒す、後ろは任せたぜ?」

「ありがとうラグナ陛下 エリス君…、君達が学園の生徒で本当に良かった」

「全くだよ!エリス君を私の権限で入学させた甲斐があったねぇ!やはり私の目に狂いはなかったよ!、あっはっはっ」

イオさんは頭を下げ リリアーナ先生は朗らかに笑う、エリスも今そう思ってますよ この学園に入学できて、本当に良かったと

色々な思い出を得て 大切なことを学び、友と肩を並べて戦える…大切なことを学べたこの学び舎を、守るは今!エリス達で!

魔獣達と向かい合うイオさんとリリアーナ先生にエリス達は背を向けて、五人で睨むは巨大な魔獣…この一件の黒幕

「多分、これがこの学園での最後の戦いになるな」

ふと、ラグナが口を開く、そうですね 多分これが長かった学園生活における 最後の戦い、ラグナ達と一緒に 生徒として戦える最後の機会

「ラグナは直ぐに感傷に浸るな…、だが 今は私も少し寂しく思う」

「確かにー、なんかそう思うと 泣けてきた…」

「おいおいお前ら余裕だなぁ?、まだ戦ってすらいねぇだろ、そういうのはあのデカブツぶっ殺してからでもよくねぇ?」

いつものエリス達の掛け合いに 今日は 今は 新しい声が一つある、アマルトさんだ

この三年間戦い続けた彼が 今はエリス達と肩を並べてくれている、最後の最後にはなったものの、彼とこうして仲良く話し合い 共に共通の敵と五人揃って戦えること、嬉しく思いますよ

…というか、五人か…これで学園の魔女の弟子が全員勢ぞろいしたってことか、いや?学園どころか

「そういえばこれで、カストリア大陸の魔女の弟子 勢揃いですね」

「え?」

「ああ」

「そういえば…」

みんなそう言えばと口を開く、だってこのカストリア大陸には魔女が五人しかいない、つまりその弟子もまた五人

孤独の魔女の弟子 エリス

友愛の魔女の弟子 デティ

争乱の魔女の弟子 ラグナ

栄光の魔女の弟子 メルクリウス

そして、探求の魔女の弟子 アマルト

揃って五人、カストリアに存在する魔女の弟子 全員揃った

「ふぅーん、じゃあ私達 五人揃ってカストリア五人組だね!」

「いや一括りにすんなよ!、なんだよカストリア五人組って!、せめて五人衆とかさ!」

ビシッとデティの思いつきにツッコミを入れるアマルトさんを見て、思う

…悪くない、カストリア五人組…なんか 凄くいいなぁ、エリスがその中の一人だと思う無性に嬉しい

よーし!

「カストリア五人組!行きますよー!」

「お前もかよ!エリス!」

「うっし!、じゃあ行くぜ!カストリア五人組!、学園を救うぞ!」

「おー!やるぞー!ラグナー!」

「お前が仕切るなぁーっ!そして俺をその中に入れるなーっ!」

ムキーっと怒るアマルトさんの手を引いて駆け出す、学園側へ あの魔獣と決着をつけ、カストリア大陸の戦いに幕を下ろすために!

エリス達の正真正銘 最後の戦いが始まる
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