孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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六章 探求の魔女アンタレス

172.孤独の魔女と探求の末煌めく閃光

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春は巡り合いの季節であり別れの季節である

新たなる一年を迎える季節、古き一年に別れ告げる季節

所詮は時の巡りと自然現象、暖かくなるか寒くなるか そんな自然の移り変わりに人々は勝手に意味を見出し、勝手に喜んだり 勝手に悲しんだりするだけ

でも、例えそうだとしても 巡り合いは嬉しいものであり

別れは悲しいものである

エリスは今日この日、卒業式にて この学園とその生活と…学友達と別れを告げる


『三年 それは長くも短く、君達のこれから歩む人生において 瞬きのような時間に過ぎないのかもしれない、けれど その瞬きの時間を全力で生き抜いた経験はきっと君達の未来を守る剣になるはずだ』

学術国家コルスコルピ その中央都市に聳え立つ超巨大な学園…、ディオスクロア大学園

今日ここで、学園にとって重要なイベントが行われる…卒業式だ、入学した生徒達がその在学期間を終え 世に羽ばたく喜ばしい祝いの日

入学式同様 学園の中央にある大講堂に集められた972期生達はそれぞれの学科毎に並び立ち、最奥の壇上にて演説を繰り広げる 王子イオの声を聞いている

一応 ノーブルズは廃止されイオさんも一般と同じ生徒になりはしたが、それでもこう言う場では当たり前のようにスピーチをしている

当たり前だが、彼は学園の代表で無くなっても王子であることに変わりはない、卒業すればイオは国王、つまり彼は依然としてこの国の代表なのだ

『私自身多くを学ばせてもらった、そんな貴重な時間をみんなと共に出来たことを 私は誇りに思う』

イオさんはこの卒業式を限りに学園を卒業、今後は国王継承まで地方の領地運営をしたりして力をつけるらしい

ガニメデさんも卒業…、そのままコルスコルピ国軍に所属し部隊を預かるらしい、そこで結果を出せば 晴れて彼も父の跡を継げるのだ

エウロパさんとカリストさんは残るらしい、二人とも司法と財政を司る家の人間 今よりもっと勉強する必要があるので 高等学科に昇級し勉学に励むらしい

…みんな、卒業すればもう大人の仲間入りと言わんばかりに自分たちの道を進み始めているんだ

『以上だ、イオ・コペルニクス の名において、君達の門出に祝福を…』

しかし今日で学園も終わりか、この学園生活が終わってしまうことを恐れて悲しんだ時期もあったが、実際その時が来てしまうとイマイチ実感がわかない

なんかこう、漠然とした終わり感が漂うばかりでエリスの中で何かが起こるわけではない、ここにいる人達と別れるのは悲しいけれど 別に今生の別れじゃない

これはあれか?エリス旅に慣れすぎて出会いと別れに耐性がついてしまっているのか?、だって学園を卒業してからも会おうと思えば会えるし

「あー…」

なんか、冷めたことを考えている己に気がつき声が出る、くるりと周りの人たちを見れば友達同士だろうか、肩を撫であい涙を流す女子生徒達

ぐしぐしと袖で顔を拭く男子、鼻をスンスン鳴らす女子…、イオさんのスピーチに感動してって感じではなさそうだ、つまりこの空間に漂う別れの空気に当てられてなんだか物悲しくなっているだけなんだろう

この空気はまさしく旅立つ時にエリスが経験したものだ、アジメクで アルクカースで デルセクトで、現地で出会った友人達と別れ 前へ進む、でも最近になって知ったが 別れた後には必ず出会いがある

エリスはそうやって友達を増やしてきた、きっとアジメクに留まっているだけではエリスの交友関係はこんなにも広くなかっただろう

思えば沢山の人に出会えたなぁ

『では、次に ディオスクロア大学園初代生徒会長よりお言葉を貰って、我々の長ったらしい演説は終わりにしよう…、アマルト 前へ』

『命令すんなって…、でもあれだな 肩書きがあると緊張するというか…なんというか』

『いいからやれ』

『へいへい』

なんか奥の方で言い合ってるのがダダ漏れだ、相変わらず仲良いなあの二人 と思っていると奥より、イオと入れ替わるように一人の男がおずおずと怠そうに それでいて恥ずかしそうに首をかいて現れる

なんだか、入学初日を思い出すな

『アマルト、ぁー…アマルト・アリスタルコスだ…じゃねぇ 、です…一応皆さんの信任でありがたくも初代生徒会長やらせてもらってます はい』

たはは と壇上で笑う彼を見て、思わず吹き出してしまう

この中に入学初日を覚えてる人はどれだけいるかな、彼が初日にあの壇上に上がった時の冷たく冷淡な態度、冷めた目 何もかもが冷たかったあの男が、今 壇上で緊張して照れ笑いしているんだ

『…俺はここにいる皆さんの入学初日にした演説、覚えてる人いるかな…もう三年前だしな、でも俺は覚えてるよ そりゃあ良くない態度だった、高圧的で?傲慢で?おまけに口が悪くて、窮屈な思いをさせたかもしれないし 怖い目にも会わせたと思う、そこに関しては改めて謝罪したい…申し訳ありませんでした』

そう言って彼は深く頭を下げる、昔の彼には責任感がなく ただただ全員を敵として見ていた、故に冷たく敵意むき出しだった

なら今の彼はどうか?、少なくとも前よりも明るくなったし、責任感も芽生え 自分の過去の行いを反省し 省みて 謝罪出来るまでになった、彼もまた学園生活で成長したんだ

『そんな俺でも…、信じてくれた人がいた 信じ続けてくれた人がいた、…だからこうしてみんなにも信頼して生徒会長を任せてもらえるようになった、俺はそれに応えたい みんなの後輩を もしかしたらその子供も、俺が責任を持って守り抜く そんな理事長になるつもりだから、みんなは安心して卒業してほしい』

アリスタルコスの言うただただ歯車としてある理事長ではなく、生徒の為にともすれば学園さえ抛つ理事長を彼は目指す、それが良いことが悪いことかではなく、彼はそれを目指したのだ

何かを目指し志す男というのは魅力的に見えるもので、少なくとも生徒達の心象はとても良い、今の彼ならきっとこれからも生徒達から信頼されるはずだ

『…最後に三つ、言っておく 胸に刻んで世界に旅立て』

そう言いながら彼は三本の指を立てる、無意識か 意識的か分からないが、被る…入学初日と

『一つ規律は守れ、学園にいる間は常に校則がついて回ったと思うが、社会にゃもっと面倒な法律なんてのもある、せっかく頑張って学園卒業したんだしさ?、牢屋に入るなんて馬鹿らしいだろ?、だからさ 規則守って規律的に生きて、その上で自分に恥じない生き方をしてほしい』

アマルトという男は、捻くれながらも 周りを傷つけながらも 傷つき己を正していった、人間正しい事ばかり出来るわけでもないが、間違ったまま生きていく人間もいない

どこかで正せる どこかで間違う、それを繰り返して大きくなっていく、大事なのは鑑みる事

『二つ目は、まぁ あんまり馬鹿はやるなよ?一応みんな卒業生なんだ、学園の名に傷をつけるな!馬鹿者!なんて、言うつもりはないけどさ せめて、学友に恥じない生き方をしよう』

その点で言えばアマルトさんは間違いから始まり間違いを犯その上で、自分に恥じない正しいと思える道を選べた、周りから見ればどうかは知らないが 少なくともアマルトさんが正しいと思える方に進めた、エリスはそれを賞賛したい

『そして三つ目は…』

だから、最初の三つと今回の三つは違う、今の彼にはある 思いやる心が

『……、夢を見ろ!己に夢を見るんだ!、どんなに間違えたって落ちぶれたって!、傷ついたって歳食ったって!、夢を見ろ!見続けろ!そして飛べ!高く飛べ!、その術はここで友と学んだはずだ、こんな学園で三年過ごしたんだ お前なら外の世界でもやっていける、俺はそんな風にお前らに夢を見る…だから、お前らも自分に夢を見て 空を目指せ、高望みしろ!分を弁えるな!愚かに行けっ!、その先を見たいなら!まず己に夢を見ろ!』

そんな彼の成長した姿に思わずはらりと涙が舞う、彼自身が成長出来たその有様に エリスは少なからぬ感動を覚える

人間誰でも、夢を見て夢に向かって進んでいける、この世にあって努力出来ない時間はない、夢を目指せない瞬間はないんだ、そして夢を見続ける人間は強い

きっともう、折れることはない

『以上ーっ!、生徒会長の演説終わり!、長く起立させて悪かったな!、これで終わりだ!演説も…みんなの学園生活も終わり、だけど同時に始まるんだ もっと苦しい戦いが、だけど信じてるぜ?お前らを、だからまたどこかで会おうぜ!、次はお互いもっとデカくなって、夢見る自分に一歩でも近づいてさ!、じゃあな!」

そう言いながら彼は片手を掲げひらひら振りながら背を向け去っていく

思い違いかな、さっきの言葉 まるでエリス達四人に向けられた気がした、いや多分そうだな

次会う時 それを信じて、エリス達はまた各々の道を行く、そしてまた道が交わる時 少しでも自分の目標に近づいていることも信じて…

「俺達も頑張らないとな…」

「ちぇー、アマルト…カッコつけて…」

「だが立派な演説だった、彼の心の声 それが全員に伝わった、ならそれでいいのだろうさ」

「そうですね、アマルトさんの心が真っ直ぐ、淀みなく伝わってきましたね…」

四人で揃ってアマルトさんの背を見送る、彼の成長した姿を見て、そんな成長の一助にエリスがなれていたのかな なんて考えて、ちょっとだけ嬉しくなって…それで

『これにて卒業式のコメントを終了する…、これより卒業証明書の授与と学生バッヂの回収を執り行う、名前を呼ばれたものから前へ』

その言葉と共に生徒が自分の科の筆頭教授に名を呼ばれ 前で卒業したことを証明する証書の授与と胸のバッヂを交換している…、いよいよ終わりか

ここまで長かったような短かったような

不安だらけのまま入学して、バーバラさんと出会ってアレクセイさんと友達になって

ピエールに目をつけられ アマルトさん達と対立して、いじめられて地獄を見て

そしてラグナ達と再会して四人で戦って戦って 笑って楽しんで、アイン達と戦い決着を付け アマルトさんと和解して…

色々あった、色々あった上で ここに辿り着いた、学生生活の終わり…それが今

『エリス君』

「おい、エリス 呼ばれたぞ?」

「あ、ありがとうございます、ラグナ」

「ん、…行ってこい」

軽く微笑み見送ってくれるラグナに背を押され エリスは前へ、エリスを呼ぶのはリリアーナ教授だ…

「エリス君、もう卒業してしまうのだね」

リリアーナ教授の前へ行くなり、彼女は残念そうに眉を下げている、もう卒業って…

「元々三年のつもりでしたからね」

「分かっていたさ、でも 君のような才気ある生徒に指導をしてみたかったが、私が受け持つのは生憎高等学科でね、君には殆ど指導をしてやれないばかりか…助けてあげることもままならなかった」

「いえ、大丈夫ですよ、でも そんなにエリスの事買ってくれていたんですね」

「勿論さ、君なら七魔賢まで上り詰めることが出来る、もっと勉強してもっと高めて行けば必ず辿り着ける、私が行けたんだ君にも行ける…その成長に、私も関わりたかったんだが」

「はい、エリスの先生は魔女レグルス様をおいて他にいません」

そう 含みなくありのままの言葉を伝えるとリリアーナ教授は『相手が悪すぎるな』と諦めたように笑う、もし エリスが更に学園に通いたいと言ったら師匠はなんていうかな

高等学科でもっと魔術を学びたいと言ったら、多分許可してくれるだろう…、だがそうやって学園にしがみついてもあの日々が延長されるわけじゃない

ラグナ達は卒業してしまう、アマルトさんは残るが…あの日々とは違う毎日が続くことになる、それにそう言う気持ちで学園に残るのは良くないだろう、エリスにはやるべきことがあるから

「…あと、本当に良かったのかい?主席を辞退して」

ふと、リリアーナ教授が首を傾げる、主席の辞退 

実は少し前にリリアーナ教授より話がされた、エリスを今年度の魔術科の主席に選びたいと、エリス自身の成績の良さと魔獣王撃退の功を讃えての事らしいが、魔獣王撃退はエリスだけの力でやったことじゃない

ラグナ達が一緒に戦ってくれたから、イオさん達が全力で協力してくれたから、名前も知らない人たちがあちこちで奔走したから、多くの人間が一つになったからこその結果だ

「大丈夫です、他の生徒を選んであげてください」

「そうかい、なら その場合クライス君になるかな、彼は在学中に多くの魔術理論を提出してきた、このまま高等学科に進んでもいいようだが…彼は君たちと同じように自分の進むべき道へ進むようだ」

クライスさんが主席か、それはいい 彼はあの傲慢な態度に裏打ちされた実力と努力を秘めている、エリスの知らないところでも努力を山のように重ねていたらしい

うん、そっちの方がいい…なんか、エリスが主席を譲ったみたいで少し感じは悪いが、それでもと エリスは感じる

「では、君に証書を授ける…、バッヂを前へ」

「はい」

そう促され、胸の学生バッヂを外す…、これを外すのは久しぶりだ、ずっと制服に付けっ放しにしてたから、こうやって握りこむのは久しぶりだ

それを今、エリスは手放す…それはつまりエリスの学園生活の終わりを意味していて

「うむ、ではこちらを…」

「ありがとうございます」

バッヂを手放し代わりに受け取る式書には 卒業の文字が刻まれている、なんか 思っていたよりあっけないな、あっけなく終わったな

あっけなく終わったのに、なんだか 不思議な気分だ、清々しいとはまた違う とても…なんていうだろうこれ、まるで 扉をあけて外に出るような解放感、進まねばならないという使命感、道を前に一歩踏み出したという達成感、もう戻ることはないという寂寥感

それがごちゃごちゃに混ざったような不思議な感覚に胸を打たれて、少し 放心してしまう

「エリス君、下がりなさい」

「あ、はい…」

ぼーっとするエリスに向けてリリアーナ教授が促すように後ろを指す、しまった 浸るなら戻ってからの方が良かったか

…踵を返し、戻りながら証書を見て思う

そっか、もう終わりなんだな…、口先だけで言っていた言葉をようやく理解する、終わるってこういうことなんだ


………………………………………………………………

卒業式が終わり、エリス達の学園生活は終わる

あんなにも気持ち掻き乱されたというのに 文字にするとたったこれだけなのだからなんだか寂しい

証書を受け取り、卒業式のプログラムの凡そを終え漸く解放されたエリス達は校門を抜けラグナ達と共に四人揃って屋敷に戻る、アマルトさんは生徒会長としてまだ仕事があるみたいで エリス達と一緒に戻ることは出来なかった

こうやって校門を抜けて、屋敷に戻る帰り道 いつも通っていたこの道を辿ることはおそらくもう二度とない、エリス達はもう学園に戻ることはないから

それをみんな理解しているからか、帰り道に口を開く人は一人もいなかった、ただ並んで歩くこの時間を噛みしめるように黙って…いつもよりほんの少し短い歩幅で進む

けど、永遠はない この世に永遠はない、一度進み始めた事柄はいつか終わる…いくら遅くゆっくり進んでも屋敷にはついてしまう

「…終わったな」

ラグナが屋敷の門を前に小さく呟く、そうですね 終わりですね、エリス達の学園生活 みんなとの共同生活、それももう終わりだ

「なんか、あっという間だったね」

デティが式書を抱きしめながら囁く、そうですね あっという間ですね、最初はあまりに長く感じた三年も振り返ればあっという間だ

「だが、これからだ」

それでも前を見るメルクさんは力強く言う、そうですね これからですね、学園生活が終わっても道は続く、それぞれの道がずっとずっと続いていく、あくまでこれは通過点でしかないんだ

「…エリス、みんなと一緒に学園に通えて 良かったと思ってます、この学園生活 エリスの人生で一番楽しい期間だったと言っても過言じゃありません」

そう言いながら、屋敷の扉を開ける…玄関先には四つの荷物 エリスとラグナとメルクさんとデティの荷物、ラグナ達は国王だ 帰れるなら一日でも早く帰った方が良いと昨日のうちから荷造りをして

こうやって卒業式が終わった瞬間 旅立てるように置いておいたのだ…、忘れ物は何もない もうここに戻る用事もない

「みんなと会えた喜びを噛み締めながら…ずっと ずっと過ごしてきましたし、ずっとずっと過ごしていたかったと思ってます」

「エリス…」

「エリスちゃん…」

纏められた荷物を見て、自覚する 目の前に終止符が迫っていることに、楽しかった生活の終止符が、それを思うと 卒業式では出なかった涙が…ポロポロと流れてくる

別れには慣れてるはずなんだけどな、なのに 慣れても涙は出てきちゃうんだ

「叶うなら、もっともっと…一緒にいたかった…、叶うならずっとずっと…ここで一緒に」

涙と共に溢れる言葉、終わらなければいいと思ってるわけじゃない、それでも涙と一緒にエリスの弱い部分が叫んでしまう、未練がましいったらない

「エリス」

するとラグナが強く、声を上げると共にエリスの肩を引き寄せ 抱き寄せる

「ラグナ?…」

「終わったのは学園生活だけだ、俺たちの友情はなんら終わってない 終わらない、この生活が終わっても 次はもっと楽しい日々が待ってる、歩き続ける限りそのもっとは続く どこまでも、だから泣く必要はねぇさ…」

強く抱きしめながらエリスの耳元で囁くように言うラグナの言葉は、涙に濡れた心に染み渡る、次はもっと それを信じて人は進む、振り返りたくもなるが きっと次は振り返ることも思いつかないほど楽しい日々になる

「そうそう!、学園卒業してもさ!大人になってもさ!、そんなの所詮環境が変わるだけ!、私達の友情には何にも影響しないよ!」

「離れていても友であり続けられることを証明したのは君だろう?エリス、大丈夫 またいつかみんなで再会して、みんなで戦って、みんなで笑い合う日々がすぐに来るさ、その時まで涙はとっておきなさい、またきっと 再会したら君は泣いてしまうだろうからね」

デティとメルクさんもまたエリスの頭をよしよしと撫でて優しく言葉をかけてくれる、みんな優しい…優しいよう、みんなと友達で本当に良かった 出会えて良かった 再会できてよかった、みんなを守れて…よかった

「だから、エリス お前も再会を信じろ…な?」

「…うん、ラグナ…エリス信じる みんなのことを」

「よし!、それでいい!」

ニッ笑う彼の犬みたいな白い歯が覗き見える、いい顔だ…かっこいい顔だ、やっぱりエリス彼を好いてしまっているようだ、…身分違いであることは理解している、王と旅人 結ばれるわけがないと分かりきってる…だから

「ありがとう ラグナ」

出来る限りの気持ちを乗せてラグナに微笑みかける、彼の手を取り己の頬に乗せその温もりを記憶しながら、彼の瞳に目を向ける

「お…おお、おう…」

「デティもメルクさんも、ありがとうございます エリスみんなと終えて本当に良かったと思ってますよ」

「でしょー?、何を隠そう私も思ってます!」

「フッ、そうか…まぁ 今回はこれでよしとするか」

何?メルクさん?今回はこれでよしとするって最後にそんな含みのある言い方をして…、というかラグナの手がどんどん熱くなって、と思ったらラグナの手がするりと抜けて離れていってしまう、名残惜しい

「じゃ じゃあ、そろそろ行くか!」

「ラグナ、声が裏返ってるぞ」

「メルクさん!」

「はははははは、うむうむ これでよしこれでよし」

なんて騒ぎも程々に、エリス達は荷物をそれぞれ手に取る、エリスは制服から着替え いつも旅装、ラグナも私服に着替え肩から大きな鞄を背負い メルクさんはスーツケースを二つ手に持つ、デティはもうすぐこの屋敷に迎えが来るそうなのでここで待機だ

「では、これでお別れだな」

「そうですね、メルクさん…、皆さんはこれからどうするんですか?」

ふと、聞きたくなって伺う、これからどうするかなんて国に戻って国家運営するに決まってるが、そうではなく みんなの今後の活動方針を聞いているんだ…

「そうだな、私はこれからデルセクトに戻ってから…兵器開発に努めようと思う」

「へ 兵器ですか!?」

「戦争でもすんのか?」

メルクさんの口から飛び出た物騒な言葉に目を剥き仰天する、だっていきなり兵器ですよ?物騒じゃないですか!

しかし、ラグナの戦争というワードを聞くなりメルクさんは小さく首を振り

「違う、ただアインの襲撃を受け思ったのだ、やはり五大魔獣は存在し 人類に敵意を持っている、ともすればいずれ攻めてくることもあるかもしれない、そうなった時必要になるのはあの防衛機構のような迎撃システム…いやそれを上回る高性能なものだろう」

たしかに、魔獣はシリウスの分け身のようなものだ、もしかしたらまた魔獣たちが一斉攻撃をかけてくる可能性がある、その時人々を守るのは圧倒的強者ではなく

普遍的に配られ配置された技術と武器だ、事実あの迎撃システムがあったからエリス達は紙一重のところで被害者を出さずにすんだ

「ああいうものを作るのは技術を専売特許とするデルセクトの役目だ、時間はかかるが 魔獣など駆逐できる様な兵器を作るつもりだ、当然 戦争には利用させん、我が名に誓ってな」

世界を変えることができるのは彼女の様な地位と志を持つ人間、エリスではどうやっても出来ないことを彼女は可能としている、なら お任せしよう、きっとメルクさんならやってくれるだろうから

「じゃあ私も決意表明しまーす!、私はーアジメクに戻ったらー!…、大いなるアルカナやマレウス・マレフィカルムに対抗する魔術的秩序保安組織を作るつもりだよ」

「組織…」

デティも大真面目だ、完全に導皇モードで 組織を作るというのだ、魔女排斥機関に対抗する様な、そんな組織を

「別にね、魔女を否定することは構わないんだよ、それも一つの思想だからね…私は思想弾圧はしたくないから、でも…奴らは危険な禁忌魔術の保有者を多く所有している、これは導皇として見過ごせない、奴らが魔術を放棄するまで 追い詰めるつもりだよ」

「組織ですか、…いいと思います 向こうが数を揃えるなら、こちらも数を揃えるというのは」

「でしょー?、私が一声かければ世界中の魔術師が動いてくれるからね!、組織編成なんかあっという間だよ!、そんでさ!その組織が出来たらエリスちゃん幹部にどーう?」

「え エリスを幹部にですか?、それは…どうなんでしょうか」

エリスが組織の幹部か、ううん 悪い話には思えない、エリスもマレフィカルムは危険だと理解しているし、この旅が終わっても多分奴らとの戦いは続く、そうなった時在野でそれが可能かと言われると怪しい…

進路の一つとして考えるのはアリかもしれない

「エリスちゃんは既にカストリア大陸のアルカナを撃滅した功績があるからね、幹部どころかボスでもいいくらいだよ」

「ボスや幹部はちょっと荷が重いですが、いいですね また出来たら声をかけてください」

「よっしゃー!創設メンバーゲットー!」

そっか、エリスその組織創設メンバー…いやともすれば一番最初の構成員になるかもしれないのか、うう、それはそれで荷が重いような…エリス誰かに指示とか出来ませんよ、エリス
は指示待ち人間ですから、下っ端のがありがたいです

「でさ、ラグナはどうするの?」

「俺?俺か…」

するとラグナはゆっくりと空を見上げて、何かを決意したのか頷き

「もっと強くなる」

「…それだけ?、強くなるなんてみんな思ってることだけど」

「分かってるさ、でもさ 今回学園での戦いを通して思ったんだ、俺出来ること少ないなぁってさ」

そんなことはないと思う、彼はエリス達のリーダーとしてよくまとめてくれたと思う、でも確かに 彼は力という一点では無類の強さだけど、強いだけではどうにもならない場面もまた多かった、だからことエリスたちは助け合って乗り越えたんだ

「別にみんなのことを信用してなくて なんでも自分だけで解決できるようになるとは言わないよ、俺はどうやったってメルクさんみたいに深く考えられないし デティみたいに魔術にも詳しくないし、エリスみたいに覚えも良くない、だから もう出来ないことはみんなに任せるよ!、代わりに俺 誰にも負けないくらい強くなる、敵を倒すのはきっと俺の仕事だからさ」

「もうラグナ、エリス達だって戦いますよう」

「へへへ、分かってるよ…けどさ、もしとんでもない敵が現れた時 力不足で仲間を失うなんてことにはなりたくないから、とりあえず俺が前に立って 仲間の命くらいは守りたいんだよ、きっと それくらいしか能がないしさ」

みんながみんなの仕事をできるように戦い守る それが俺の仕事だよと彼は言う、事実今回戦った中でラグナは敵側最強戦力である塔のペーを打ち負かした

後から戦いの跡を見せてもらったが、地面は吹き飛び遺跡は消し飛び…明らかにアインよりもペーの方が格上だった、エリスやデティメルクさんでは勝てなかった

ラグナだから勝てた、彼はエリス達の最高戦力として、不足ないくらい強くなると言うのだ

なら、やることは一つ

「頑張ってくださいね、応援してますよ ラグナ」

「ああ任せろい!、んでエリスは…ってもう決まってるから」

「ええ、もう決まってます ずっと前から」

メルクさんは兵器を作り デティは組織を作り ラグナは力を得る、そしてエリスがやるべきことは やりたいことは一つ

「旅を続けます、この二つの大陸の果てまで冒険して、色んな人と出会って、エリス もっと大きくなってきます」

旅だ、結局 エリスは旅する為に旅をしている、みんなみたいに建設的ではないかもしれない、ともすれば遊んでいるといってもいいかもしれない

けれど、色んな人達と出会い 別れ、色んな奴と戦い 勝って、乗り越えて踏み越えて、そして切り開く みんなの道を、それがエリスの生き方だ やりたいことなんだ

「そりゃいい、こっちも応援してるよ、エリス」

「うんうん!、また冒険の話聞かせてね!」

「君は風のように舞っているに限る、自由に何者にも縛られず、地の果てまで吹き抜けろ…エリス」

「はい、皆さん 次会うときはポルデュークの弟子達とも友達になってるかもしれませんので、その時は仲良くしてあげてください」

ラグナ達の返事を聞いて、歩き出す 新たなる大地、ポルデューク大陸に向けて、エリスは今一度旅に出る、アジメクを旅立った時と同じように、あの時より一回り大きくなって

「それじゃあ皆さん、また何処かで」

「ああ、またなみんな」

ラグナが拳を突き上げニッと笑う

「また会おうね!絶対だよ!みんな!」

デティがぴょんこと飛び跳ね手を振る

「会えるさ、私達ならな」

メルクさんが背を向けたまま軽くこちらを見て微笑む、皆が皆再会を約束して 再び歩き出す、それぞれの道を

奇妙な偶然で交わり合ったエリス達の四つの道は再び四方向へと別れることとなる、けれど この道を歩き続ければ また会えるさ

だってエリス達は、友達だから


エリスは振り返ることなく、進み続ける…前へ前へ、友と別れ 悲しくとも、それでも前へ

…………………………………………………………

ラグナ達と別れ エリスは一人乗り合いの馬車に乗り込み、一週間近くの一人旅に出る、お金はあるし 今更一人旅くらいなんなくこなし向かう先は湾口街ペスボラドール

このカストリア大陸で二つしかないポルデューク行きの船が出ている港町だ、そこで師匠と待ち合わせをしているんだ

「ふぅー…」

馬車から降りて最初に感じるのは潮風、向こうの方ではカモメが鳴き声をあげながら飛んでおり、街の向こうには青々とした海が見える…、ようやく着いた 港町に

「よいしょ、ここに師匠がいるはずですが…」

馬車から降りて荷物を抱えながら港町を歩く、一通りはあまり多くないな…あまり整備されず雑草が間から生える欠けた石畳の上を歩きながらペスボラドールの街を歩く、どこで待ち合わせとは決めてないが 師匠ならエリスがここに来たことを察知してると思うから直ぐに…

「エリス、こっちだ」

「ん?、あ師匠!」

なんて思ってたらすぐに見つかった、港のカフェテリアで優雅にコーヒーを飲んでいた、コーヒーか そう言えばこの国に来た時も最初にコーヒーを飲んだな

ともあれやや駆け足で師匠のいるカフェテリアに駆け込み、師匠を前に捉える向かいの席に座るとともに店員さんにコーヒーのブラックを注文し すぐに出てきたコーヒーをエリスもまた啜る

やはりうまいな、この国のコーヒーは

「お疲れエリス、学園どうだった?」

コーヒーを啜りながら問いかける師匠の言葉を聞いて、反芻する…どうだったか、最初は不安で不安で仕方なかったし、事実入ったばかりの時はトラブルだらけであまりいい思い出はない

けど、今なら言える

「最高に楽しかったです」

「そうか、それは良かった…」

「それに師匠の言った通り第二段階に入りましたしね、ほら!」

と懐から取り出すのは鍵の開いた魔響櫃、アインとの戦いの最中開き エリスの第二段階到達を知らせ、その役目を終えたそれを取り出す

「ん…、ってそれまだ開けてないのか?」

「はい、まだ中身は見てません」

開けるには開けたがまだ中身は見ていない、師匠はこの中に何かプレゼントを入れてくれているみたいだし、出来るなら開封は師匠の前でやりたかった

「私の前で開けたかったのか?、律儀というかなんというか…目の前で中身を見られるのは小っ恥ずかしいな」

「そう言わないでくださいよ、師匠からの贈り物なんて嬉しいじゃないですか」

「うう…、いいから開けろ」

何やら師匠の顔が赤い、それを隠すようにカップを持ち上げ顔を隠す、恥ずかしがってまぁ…

でも開けますよエリスは、だってすごく楽しみだったんですから!なんだろーなー!楽しみだなー!、開けちゃうよ?開けちゃいますよ?、ほら…ほらほら 開いちゃった!

「…これ」

小さな箱の中に入っていたのは、ペンダントだ、特に魔力も何も感じない 普通のペンダント、シルバーの細いチェーンに まるで師匠の目を思わせる石が一つぶら下がってる、いやこれ ガーネットか

「なんですか?これ」

「なんですかって 見ての通りペンダントだ、マレウスの露店で見つけたなんの変哲も無いペンダントだよ、第二段階に入る頃にはエリスもおしゃれをする頃かと思って、似合うと思ったから…」

なるほど、つまり店売りの普通のペンダントか、いや魔女の贈り物だからこれまた凄まじい代物かと思ったが、そっか エリスを気遣ってのものか

確かに、エリスももう16歳 そろそろ人間として成熟し、オシャレとかしてもいい頃合いかもしれない、けれどエリス 今の今まで身嗜みにこだわった事はないし…、いや だからか

お前も大人として 洒落の一つでも身につけろ、ということかな、…むふふ それはそれとして師匠の贈り物 嬉しいな

「えへへ」

「そんなに嬉しいか?、大層なものじゃないぞ?」

「嬉しいです、師匠の気持ちと思いやりが詰まってて、エリスの宝物です」

嬉しい嬉しい そう心の中で小躍りしながらペンダントを身につけ…一つ、気がつく

そういやエリス、オシャレには拘らないとか言いながらいろいろジャラジャラ身につけてるな、リバダビアさんの指輪とか ディスコルディアの金の籠手とか、これにペンダントが加わるとなんか成金みたいだな

まぁいいや、気にすることはない これ全部大切な人たちからの贈り物だしね、そう身につけたペンダントを服の内側にしまう

「さて、じゃあそろそろ行くか?、船のチケットはもうとってある 直ぐにでも 旅立てる筈だ」

「そうですか、やや名残惜しいですが…もうこの国に未練はありませんしね、行きましょうか」

コルスコルピでするべきことは全て終わった、この大陸でするべきことはもうない、あとは旅立つだけ、名残惜しくはあるが振り返るのは進んでからでも出来る、なら先に進むべきだ

「ズズッ…じゃあ、そろそろ船に乗り込みますか」

「だな、荷物はもうまとめてあるみたいだし、直ぐにでも出れる」

手元のコーヒーを飲み干し空にすると共に立ち上がり、代金を机に叩きつける

よし、終わり…船はもう来てるみたいだし、もう直ぐに…

「って、師匠 馬車は?」

「ああ、あれか 置いていく」

「えぇぇぇえっ!?置いていくんですか!あれを!、じゃあエリス達ポルデュークでどうやって移動するんですか!」

まさかまさかの置いていくとは、まぁ確かにあの馬車を船に載せるわけにもいかないし、かといってあれは特別なもので変えは効かない、何より思い出の詰まったエリスの第二の家みたいなもので…

「ポルデュークは寒冷地帯でな、その殆どが雪に覆われている、あの馬車は雪のないカストリア大陸を想定して作られたものだ、ポルデュークを進むにはあれでは少し危険だ」

「なるほど、向こうの環境に適していないんですか…それじゃあ態々持っていく必要もない、ってことですね」

「そうだ、向こうでは向こうの移動手段を手に入れる必要がある、…安心しろ 馬車はアンタレスに預けてある、またいつか取りにくればいい」

とは言うが、あの思い出の馬車ともお別れになるとは 少し考えていなかったので些かショックだ、そうか…こんなことならあの馬車にもお別れを言っておくんだったな

「……ばしゃあ…」

「まさかそんなに思い入れがあったか…、すまないな 勝手に決めて」

「いえ、いいんです…別れもあれば出会いもありますから」

「そうか、…大きくなったな」

馬車に想いを馳せ師匠に撫でられながら港町を歩き、船乗り場へ向かう

こうやって歩いて ちょっとすれば見えてくる、エリスが今まで見たどの船よりも大きな帆船、そこらの家なんかよりもずぅーっと大きい超超巨大な船、城みたいにどでかい木製の船が錨を下ろし港に留まっている

「…あれですか?」

「ああ、あれだ あれがこの世界に二つしかない大船 ジェミニ号 その片割れだ」

雄大、そして圧倒 広げた帆は翼のように白く どこまでも行けそうな力強さを感じる、大陸間の移動が可能となるたった二つだけの船、そのうちの一つ…これがジェミニ号

今からあれに乗り込んでポルデューク大陸を目指すのか、ギャラクシア運河を超えた時乗った船とは別格の大きさだ、恐らく その船旅もそれ以上のものになるはずだろう

……なんか、ワクワクしてきたぞ エリスの未だ見たことのない船で 見たことない地へいく、まさに未知の旅、未知とは恐ろしいが同時に楽しくもある

これだ、これこそ旅の醍醐味だ

「行きましょう!師匠!」

「ああ、もう直ぐ出航だ 手早く乗り込もう」

そう一言交わすなりエリスと師匠は荷物を抱えて船の入り口 埠頭へと走り出す、さぁこれから船旅だ!と意気込んだところで…

「おおっと、待ちな?忘れ物してるんじゃないのか?」

そう、一言言いながらエリスの目の前にヌッと男が立ち塞がり道を阻むのだ、いきなり…いきなり出鼻を挫かれた、一体なんだと言うのだ忘れ物なんてしていない、前日にしっかり確認した、と言うかなんでそれを今見知った男に注意されなければならないのだ

やや憤りながら文句の一つでもいってやろうと頬を膨らませる

「なんですか!、忘れ物なんかエリスは…あ!」

顔を上げ 男の顔を見て、気がつく エリスの目の前に立つ 立ち塞がる男の正体と、忘れ物の正体に

「あ…アマルトさん!」

「よう、…酷いなエリス、俺への別れの言葉は無しってか?」

アマルトさんだ、学園にいるはずのアマルトさんが港に現れ、ニヒルにニヤニヤ笑ってる、いやいやなんで彼がここに…

「って、別れの言葉は卒業式前日に言ったじゃないですか!」

「あれは学園を卒業することに関してのコメントだろ?、旅立つコメントは貰ってないし」

「それも込みです!」

「なんだよせっかく会いにきたのに…、友達が見送りに来たんだから もっと笑えよ」

え?、見送りに来てくれたの?、態々学園からここまで?…そっか、そうなのか、旅立つエリスを態々港まで…、そっかそっか

「そうだったんですね、ありがとうございます」

「それでいいんだよ、ポルデューク横断の旅…決して安易な旅路じゃない、だから友達として激励をとな?」

「でも態々ここまで来てくれるなんて…」

「いいんだよ、足があるから」

そう言いながらアマルトさんはクッと親指で後ろを指す、その指の動きに合わせてエリスもまた彼の背を見ると…

「師を足扱いとは偉くなりましたね馬鹿弟子」

「アンタレス様!?」

「アンタレス!お前も来たのか!」

「シッ…お忍びなので名前を呼ばないでください」

アマルトさんの後ろに立つのはアンタレス様…、いや メアリー先生だ、あの眼鏡をかけた人相の悪い女教師が気怠げに顔をしかめている、そっか…魔女様に連れてきてもらったのか

「全く いきなり友達の見送りに行きたいと頼み込まれて…気の迷いでこんな面倒なこと引き受けるんじゃなかったです」

「なんだよ、あんたもレグルスさんを見送りに行きたいって言ってたろ?、お互い様だろ」

「馬鹿弟子…口を慎みなさい」

「お お二人とも仲良く仲良く」

啀み合う二人を見て慌てるが、逆にレグルス師匠はくつくつと笑ってる、まるでアンタレス様がこうやって喧嘩する様が面白くてたまらないみたいな、そんな微笑ましさを感じているようだ

「くくく、アンタレス…随分弟子を可愛がっているな」

「そんなわけ…」

「いいや、癇癪持ちのお前が弟子に軽口聞かれて嫌味で返せる…、それは一重に弟子を想ってるからだろう?」

「………………」

アンタレス様は何も言わない、ただ顔を背ける…そっか、この師弟もまたエリス達と変わらない奇妙な友情のようなもので結ばれているのかもしれない、弟子のアマルトさんも素直じゃないが 師匠も師匠ですねこれは

「おいエリス」

「ん?、なんですか?アマルトさん」

「ありがとな、改めて礼を言わせてもらうよ、お前に出会えて良かった、あの学園 あの時期にお前に出会えてさ、お陰で助かった」

…な なんですか急にそんな、素直じゃないアマルトさんに素直にそう言われると、て 照れちゃいますよう

「えへへ、お助けできたようなら何よりです」

「ああ助かったとも、だから 次は俺が助ける番だ、困ったら俺に言え 絶対助けに行くからさ」

「…そうですね、なら また困ったら言いますね?」

「存分に言えよ、俺達 友達だからな」

なっ!と言うなり彼はエリスに道を開け 背中をパンっと叩き前へ押す、まるで行ってこいと喝を入れるように、最高の激励をエリスに刻み付けるように、その暖かな手は確かにエリスの足を前へ進める

「じゃあなエリス、次会う時 俺は理事長になってっから」

「ふふふ、その時エリスは何になってるでしょうね」

「さぁな、向こうでそれ見つけてこいよ」

「はい、見つけてきますね アマルトさん」

親指を立てるアマルトさんに合わせるようにエリスもグッと親指を立てる、互いの未来を誓い合うように、笑顔で 互いの道に送り出す 送り出される、故に歩く エリスとアマルトさんは

「ではな、アンタレス ちゃんと弟子を育てろよ」

「それはこちらのセリフです…弟子を持ったなら 最後まで面倒をみてくださいよ…レグルスさぁん」

「無論だとも」

そしてエリスと師匠は船へ乗り込むため歩き出す、背後にアマルトさんとアンタレス様、この国を残して 歩き始め前へ進む

「頑張れよー!、俺!ちゃんと家と決着つけっから!なんも心配しなくていいからなー!!」

はい…分かりました、その言葉 きちんと受け取りましたよ、寂しいですけど 名残惜しいですけど、もう振り向きません エリスが進む先に必ずみんなで再会し合える未来が待ってると、信じてますから

…そう決意し、船に一歩乗り込み…でも と、心に去来する

でも…でも、最後に一回くらい 振り返るのもいいかな、うん そうしよう

「アマルトさん!」

師匠と一緒に船に乗り込みながら半身振り返り、アマルトさんの方を見て 叫ぶ

「いってきまーーす!!」

アマルトさんに ラグナ達に この国に 今までの旅に、告げるように声高らかに叫び 手を振る、ありがとうみんな 行ってきます、エリス またちゃんとここに戻ってきますから!

その言葉を受け両手を振りながら笑うアマルトさんにこちらもまた全霊で答える、この国で得た 友の一人に向けてエリスは一旦別れを告げる

「…大きくなったな、エリス」

「そうでしょうか」

「ああ、大きくなったとも」

そんなエリスの背中を優しく撫でながら師匠は言う、大きくなれたのか まだ分かりないけれど、でも エリスは良かったと思ってますよ、この国に来れて 学園に通えて 旅に出れて 師匠に出会えて

それが成長というのなら、きっと エリスはこれからも大きくなり続けます、いつか 師匠と肩を並べられるくらいにまで、大きく…

「では、行こうか」

「はい、行きましょう!ポルデューク大陸に!」

そしてエリスは再び前へと 船の奥へと進む、もう振り返る時間は終わりだ、これからは先を…まだ見ぬ大陸を目指す旅となる、この長い旅の折り返し地点 これからも油断せずに行こう

何せ…、そう 何せ ポルデューク大陸にはエリスの宿敵 アルカナの主力部隊がいる、戦いはこれからも激化する、でも 負けませんよエリスは!

だって、この胸には友達との記憶があるから、友達の為なら エリス誰にだって負けませんから、だから見ててください アマルトさん デティ ラグナ メルクさん…師匠

エリス、絶対にこの旅を乗り越えてみせますから!!






そうしてエリスはまた旅に出る、カストリア大陸での旅を終え 学園を卒業して、新たな大陸 新たな旅へと、無限の希望を抱いて…


しかし、この時まだエリスは予期することも出来ない

ポルデューク大陸での戦いは、エリスの想像を遥かに超える程に過酷で絶大な旅路であり

エリスの、人生最大の激戦の舞台になることを、まだ見ぬ敵の数々 最強の敵の存在に、未だエリスは…

………………………………………………………………

しんしんと しんしんと雪が降り積もる寒い夜、誰もが身を縮まらせ息を白くするこの極寒の宵時

ここはポルデューク大陸、常に寒々しくあちこちに雪が残り続ける寒冷の大陸、その端にある大国が一つ、美しき国エトワール 

ありとあらゆる芸術が作り出された屯集される美と芸の術が全ての大国、その一角にあるとある建造物

こんなにも寒い夜だというのに、甲冑を着込んだ兵士達が外も中も守護しているではないか、なんとも物々しい雰囲気だ

この大きな建物は何か?、王城か?貴族の館か?、どちらも違う いや一応貴族の持ち物であることには変わりないのだが、…名を言うとすればここは美術館

ラスメニーナス美術館、オズリア・ベルケス卿所有の美術館であり当人の作品や彼の抱える芸術家達 そして世界より屯集した美術品の数々が収められる謂わば美の殿堂、そんな美しい場に似つかわしくない無骨な兵士達

しかも真夜中、何事だなどと囁き合う街人さえ居ない中 一人の大柄な男が寒そうに毛皮のコートを羽織りながら美術館の扉を開ける

「はぁー寒い寒い、すみません ベルケス卿夜遅くに」

「本当だよ君、全く 王国警邏隊だかなんだか知らないけれどね、私の安眠を邪魔するのはやめていただきたい、明日は朝日をスケッチするつもりなのだから 早く寝ないと筆が乗らん」

「そりゃ失敬」

目の前でプリプリと怒る太っちょの男…この美術館の所有者にしてこの街の領主を務める貴族オズリア・ベルケスの怒鳴り声を聞き流しながら雪の降り積もった山高帽子を降ろし手でちょいちょい払う

「では改めまして、今宵この美術館の警備を担当させて頂く王国警邏隊…私はその責任者 ローランド・ハルスと言います、お見知り置きを」

ローランドと名乗る男は再び山高帽子を被り一礼する、この国の警邏を担当する警邏隊の隊長と名乗るローランドは少し雪のかかった顎髭をピンと張り出来る限り愛想を込めて笑う

しかしオズリア卿の機嫌はあまり良くならない

「警備など要らんよ、私は祖父の代から自分でこの美術館を守ってきたのだから」

「とは言いますがね、来てるんですよね 例のアレ」

「…うむ、これだろう?」

そう言ってオズリアが渋々と言った様子で懐から取り出すのは一枚のカード…そこには鮮やかな文字でこう記されている

『今宵、ラスメニーナス美術館に所蔵される秘宝 ペネロペの麗涙を頂戴する 』

『怪盗ルノアールより』…と、文字の最後には何やら難解な記号が書かれている、これは間違いなく

「ううむ、間違いない 奴のサイン、本物の怪盗ルナアールのサインだ、噂を聞きつけてすっ飛んできて正解だったな」

怪盗ルナアール…、近頃現れた謎の人物であり 一定周期でこうして予告を出し その予告通り、美術館や貴族の館から秘宝や名のある美術品を盗み出していく謂わばコソ泥だ

コソ泥だが、その手口や手腕は見事なもので、今まで一度として奴の盗みを邪魔できた者は存在していない、王国側も苦渋を舐めさせられる日々が続いているのだ

「こうして予告が出た以上 今夜奴は必ずペネロペの麗涙を盗みに来ます、今日こそ奴を捕まえねば…!」

「君達のメンツの話かな?、だがね 他の連中がどうだったかは知らないが、私の所は大丈夫さ、何せ祖父の代から一度として美術館の盗難を許したことはないのだからね」

「他の方々も概ね同じようなことを言っていましたよ、そしてその言葉は大概朝まで持ちませんがね」

「ふんっ、侮らないでもらいたいね」

「侮っては居ません、侮っているのは貴方ですよ、ルナアールを侮ってはいけません…、それよりペネロペの麗涙は?まだ盗まれていませんか?」

「問題ないよ、来なさい」

というとオズリア卿はゆっくりと美術館の奥へ向かい、案内するようにオズリアは口を開く

「この美術館はね、王国の名のある魔陣師に依頼して多くの警備魔術陣を用意しているのさ、不正を働いて外に出ようとする人間がいれば魔術陣が発動し 対象を拘束する」

「ほう、それは数はいくつほど…」

「ん?、凡そ三十程だが?」

「些か少ない気がしますが…」

「馬鹿言うな、君みたいな貧乏人は知らんだろうがな、質のいい魔術陣を一つこさえるのに一体幾らかかると思ってるんだい?、言っておくが私の用意した魔術陣はそこらの人間が用意するような低品質なものとは訳が違うんだ、質だけで言えば王国随一だ」

「質じゃありません、数です 数が必要なんです、数が少なければ必ず穴が生まれてしまいます」

「穴?、馬鹿なことを…」

するとオズリアはゆったりと足を止める、美術館の最奥 まるでそこがこの美術館で最も重要で最も警備が厳重だと言わんばかりに

最奥の部屋にあるものは一つ…、人間の二、三倍はあろう大きさの巨大な女性の彫刻…、悲しむように俯きながら嘆く様が表現されている、その鬼気迫る様は彫刻だと言うのに女性の泣き声が聞こえてくるような凄まじさを覚える

「これは…」

「これがペネロペの麗涙さ、ペネロペ・ドナテルロが作り出した美術品 その最高傑作さ、君 嘆き姫エリスは知ってるかな?」

「ああ、ええ…と言うかこの国じゃ知らない人間はいませんよ、我が国が世界に誇る名作歌劇じゃないですか」

「これはその嘆き姫エリスをイメージして作られた逸品なのだよ」

悲恋の嘆き姫エリス それは遥か古より存在する歌劇の名だ、当時王族だったエリス姫と一介の兵士であったスバル・サクラが身分違いの恋をする、当然身分違いの恋は実らず スバルは兵士として死地に向かうことになり エリス姫は嘆きの涙を流した

そんな内容の劇だった、この国にいる人間なら誰もが知ってる まさに世界一有名な劇だ、…となれば当然それをモチーフにした作品なんてのは珍しくはないが、これはその中でも別格だ

出来が素晴らしい、ここまでの彫刻は中々無いな

「しかし大きいな…、まさかルナアールはこれを盗み出そうと?」

「いや、恐らくは彫刻の涙の方だ…彼女の目元を見てみなさい」

「目元…あ!」

そこでようやく気がつく、この作品の鬼気迫るリアリティ それを引き立てているのは彫刻の目元にある巨大なサファイア、それが涙として光っているからこそ この彫刻は際立って素晴らしく見えるのだ

「恐らくルナアールは言葉通り涙を盗むつもりなのだろう、…よりにもよってこの彫刻を狙うとは 愚かな奴め、サファイア単体ではなんの芸術性もないと言うのに」

たしかに、あのサファイア単体で売っても ただの大振りのサファイアでしか無い、それそれで価値があるが、あれはこの彫刻の目元にあるからこそ価値がある、芸術的観点から見れば他の絵画や彫刻を狙う方がいいのかもしれない

だが、そうじゃない

「奴は…ルナアールは嘆き姫エリスに関する物品しか狙わないのですよ、それがどんなに価値がなくとも どんなに厳重でも、余程エリス姫のファンなのでしょうね」

「だとしたら盗むなど下劣な行いだろう、作品とは盗んで独占するものではなく 見て楽しむもの、それを盗み出すなど 作品を汚すようなものだ」

「それは同意します、しかし このままではこの作品の価値が下賤の手によって汚されてしまいます、ですのでどうか我々に警備を…」

「要らんと言っておろうに、見てみろ あの彫刻の足元を、この美術館においてある魔術陣、三十のうち半数近くをこの彫刻の守護に当てているのだ」

チラリと彫刻の足元に目をやれば、たしかに凄まじい数の防御術式や高速術式が刻まれている、これを突破するのは難しいな、一度発動してしまった術陣を正面から打ち破るのは時間がかかる

ルナアールがこの術式の解除を行おうとすれば 夜のうちには不可能だ

「こうやって近づけば魔術陣が弾き 対象を捕まえる、君たちより余程優秀だろう、ルナアールの裾さえ掴むことができない君たちに比べればね」

そう言ってオズリア卿はルナアールのカードをヒュッと彫刻に向けて飛ばせば…、カードは術式が作り出す無色透明の壁に阻まれ 地面に落ちるとともに拘束術式により拘束される

まるで、それがルナアール自身がそうなるのだと予言するように

「し、しかしルナアールなら…ルナアールならこれを突破してくる、奴を甘く見てはいけません」

「しつこい男だな君も、ルナアールを恐れるのはいいが私は……ん?」

ふと、オズリアの視線が横を向く その先には彫刻に弾かれたカードが落ちていて…

「なんだあれ、カードに何か浮かび上がって…」

まるで、水に濡らしたようにカードにじわじわと何か記号のようなものが浮かび上がってくる、それはすぐに形を作り出し淡い光を放つのだ…

いや違う!あれは意味のない記号じゃない!あれは立派な…

「あれは魔術陣です!、奴めカードに術式を仕込んで…」

ローランドが叫ぶ、しかし時すでに遅く カードに仕込まれた魔術陣は完成し、光と共に凄まじい量の煙をもうもうと作り出し、瞬く間に世界を純白に染め上げる、目くらましだ

「な なんだこれは!?ゲホッゲホッ!、ま 前が見えん!」

「くそっ!ルナアールだ!奴が仕掛けてきた!全員!警備を…ぐっ、ゲホッ」

あまりの煙たさに叫びながらも咳き込む二人は煙に目をやられ赤く染めながらも手を払い一刻も早く煙を打ち払おうともがく、これはルナアールの攻撃だ いち早く行動に出なければ先手を取られる!

そんな願いが通じたのか あんなに強く立ち込めていた煙はすぐに晴れ、二人の視界は明瞭になる…しかし

「あ…ああ!、そんな!ペネロペの麗涙が!」

オズリアが顔を青くしながら晴れた煙の向こうを目にする、そこには先程まで 本当についさっきまであったはずの彫刻の涙が ペネロペの麗涙が、あの大ぶりのサファイアが 消えていた

「嘘だろおい」

そしてローランドは別のものを見て顔を青くする、見たのは魔術陣の方だ…、発動した魔術陣を打ち消すのは至難の技、だってのにどうだ

今目の前にあるそれは、魔術陣で作られた魔力の壁が、綺麗に丸い穴を開けられぶち抜かれているではないか、何をどうすりゃああなるのか ローランドでは見当もつかない

ルナアールは卓越した魔術陣使いだとは聞いていたが、これはちょっとやり過ぎだ、こんな事できる奴 この国に何人いるんだ?

「おい!何をしてる!あんたら警備に来たんだろ!早くペネロペの麗涙を取り戻してくれ!、あれがないとこの彫刻はただの石塊に落ちてしまう!」

「分かってますよ…、くそっ!どうやって…どこから…」

「隊長!外にルナアールが!」

「もう外に!、今追う!」

外より響く部下の声に弾かれるようにローランドは走り美術館の外へと飛び出す、先ほどまで降っていた雪は変わらず振り続け 相も変わらず月の光と共に世界を白く染めている

「どこだ!ルナアールは!」

そんな雪の中 部下を連れ立って外に出る、月の光だけが視界を確保する…そんな白の世界の中、木霊する 一つの声、嘲るような高笑いが

「はーっはっはっはっはっ!、御機嫌よう諸君!、白のキャンバスの中狼狽える君達にタイトルをつけるなら差し詰め 真実を見失し民かな?」

「くっ、上か!」

声のする方 美術館の屋根の上そこを揃って見れば 、居た…まるで貴族のマスクのようなそれで顔を覆う白いマントをはためかせるのは、淡い肌色の髪をした怪人

あれこそ、間違いない!あれこそが怪盗…

「ルナアール!」

「ふふふ、そう熱烈なカーテンコールを贈るのはやめてくれ給え、今日の公演は終わりさ この通り、目的のものは頂いたからね」

そう言いながらルナアールは手の中のそれを見せる、それは向こう側にある月の光を青に変える大ぶりのサファイア、間違いなく先程の彫刻の目の前にあったペネロペの麗涙!、やはり奴が盗み出していたか!

「返せ!、それはあの彫刻の元にあるべきものだ!、それでこそ価値が生まれるんだ!」

「そして、怪盗は価値あるものを盗むものさ、嫌なら君達が阻止し給え 君たちはそうあるべきもので、それでこそ価値が生まれるのだろう?」

「言わせておけば…!、おい!囲め!今日こそ捕まえるぞ!」

「ははははは!、やめておき給え 君達では無理さ、君達のような端役が怪盗を捕まえるなんて 、そんなめちゃくちゃな脚本を書く人間はいないよ!」

ローランド達が慌てて美術館の屋根に登り出す頃には既にルナアールは人間離れした脚力で飛び立ち、別の建物の屋根へと飛び移り月夜へと消えていく

「はーっはっはっはっ!、今日の公演は終わりだと言ったろう?、次回の公演を楽しみにしていてくれ給え!、ではさらばだギャラリー諸君!」 

「待てーっ!ルナアールーッ!」

ローランドの叫び声虚しく 怪盗は月の光の中へと消えていく、その手にサファイアを握り締めて、今宵もまた怪盗の鮮やかな演目は恙無く終わる

美しき国に咲いた鮮やかなる芸術家 怪盗ルナアール、次の演目はいつか どこか、ローランド達民衆はただただその事ばかり考えるのであった


…………………………………………………


ポルデューク大陸 否 世界最強にして最大の大帝国 アガスティヤ、広大な土地と世界トップクラスの技術力を持ち、他の魔女達でさえ 魔女大国でさえ、この国を前には道を譲る

そんな大帝国の中央都市マルミドワズ…、難攻不落にして豪華絢爛、最先端の技術と最新鋭の文明を持つこの街に憧れる人間は少なくない、世界最高の街を一目見たいと立ち寄る冒険者もいる

がしかし、万に一つの確率を掴み取り この街を前にした冒険者は皆口を揃えてこう言う

『あれは街ではない、我々を知らない 別の何かだ』と

………そんな中央都市マルミドワズの中心にて支える巨城名を『燦然なりし永劫の大帝宮殿』、略して大帝宮殿の玉座の間にて 揃う…

「……………………」

右に十六人 左に十六人、大皇帝を支える三十二人の勇猛なりし臣下達 通称『大帝三十二臣』が手を揃え前を見る

その後ろには帝国百人隊長、さらにその後ろには帝国千戦隊 さらに奥には…、全員が黒の鎧と赤の剣を腰に揃って同じ方向に目を向ける

「皆!捧剣!」

その最前線 玉座に最も近き場に揃う三人の男女、一人一人が魔女大国最高戦力を上回る実力を持つと言われる帝国三将軍 そのうちの一人 将軍筆頭…、眼帯の男ルードヴィヒ・リンドヴルムの声に呼応し その場の全員が腰の剣を抜き 眼前へと立てる

今この場に集まるのは世界最大の国の世界最高の軍隊、あのアルクカースさえも下に見る隔絶の軍、それが揃って忠義を向ける相手はこの世にて唯一の存在

「皇帝陛下の御成である!!」

ルードヴィヒの声と共に、空の玉座 その上の空間がぐにゃりと歪む、虚空がまるで何者かに引き裂かれるように形を失い、そのうちより 手が出ずる

その声は一払いにて虚空のカーテンを払い その姿を露わにすると共に、声叫ぶ

「大皇帝!君臨!!」

カツンと玉座の上に着地し、絢爛なマントを振るい 豪奢な手袋に包まれた手を前に突き出し、何色とも取れぬ無色の髪を振るい 高らかに叫ぶ 君臨であると

その存在を目にした瞬間 目の前に広がる帝国軍達その全てが踵を合わせ忠義を示す

「カノープス陛下、ご命令通りに我等三将軍と三十二臣 この場に集うております」

「うむ、善哉である ゴッドローブ、アーデルトラウトもカストリアへの視察ご苦労であった」

「勿体無いお言葉…」

三将軍一の体格を持つゴッドローブ、槍を背に携えた女将軍アーデルトラウトは皇帝 カノープスの前で跪く

世界最大の国 世界最高の軍隊を率いるは当然、八人の魔女達の中で 即ち世界最強の存在、無双の魔女カノープスをおいて他にいない

八人の魔女達を率い今なおこの魔女世界の先頭を歩む唯一絶対の存在、他の魔女のように人間の王や代表を立てず、自らが国を指揮する大皇帝として八千年間帝国内外で絶大な影響力を維持し続けているのだ

帝国国民は 臣下は 将軍達は、そんな大皇帝に無二の忠義を誓い 誰もが彼女の言葉に従う、彼女こそが世界を救う救世主であることを信じているから

「して、ルードヴィヒ…、レグルスと例の御子は」

「レグルス様とその弟子エリスですね、彼女達は学園を後にし、今 このポルデューク大陸に向かっているところだそうです」

「ふむ…ふぅむ、そうか」

ルードヴィヒの報告を受け カノープスは軽く息を吐きゆっくりと玉座に座り思案する、カノープスにとって親友であるレグルスとその弟子エリスの到来、本来なら祝うべきことなのだが

「準備の方は」

「既に完了しております、いつでも その二人を始末することが出来るでしょう、弟子はもちろんのことながら 魔女レグルスの方も」

始末する、殺すつもりだ…その二人を、この帝国軍の全てを用いて この世より抹消する、それは既に帝国軍内部には周知の事実として伝わってる

故に戦慄が走る、ついに来たのか ついに決戦の時が…と

「如何しますか、陛下が命ずるならば奴等がこのポルデュークの地を踏んだ瞬間 その命刈り取ることも出来ますが」

ルードヴィヒが不遜にも宣う、エリスもレグルスもすぐに殺せると 弟子のエリスはともかく、魔女であるレグルスも出来るというのだ、それは油断か?否事実だ

この男 ルードヴィヒ・リンドヴルムは魔女を除けば人類最強の男といってもいい、この世で最も魔女に近い存在、実力だけ見れば『今の』レグルスならば殺せる

準備と人員を整え 時を見て不意をつけばルードヴィヒならばレグルスを殺害することが出来る…だが

「ならん、レグルス達が降り立つのはエトワール…即ち他国だ、そこでお前を全力で戦わせるわけにはいかない、レグルスとお前が全力で戦えば 街一つ消し飛ぶ、いくら今のレグルスが弱体化しているとはいえ 彼女は弱くはない」

世界の秩序を守る側にある帝国が他国で暴れるわけにはいかない…それに……

「陛下…?」

「………………」

目を瞑り黙り込むカノープスにルードヴィヒが訝しげに眉をひそめる、そんな声さえ無視してカノープスはただただ考え込む…、どうするべきかを

「レグルスが帝国に足を踏み入れた時…だろうな」

「そうですか、まぁ 彼女は何もせずともここを訪れ、恐らく 陛下の前に現れるでしょう」

「ああそうだ、その時の動きは追って伝える」

ルードヴィヒは読んだ、カノープスの顔からその考えを読み 汲んだ、レグルスを他国で始末するわけにはいかない、まずはその顔を拝んでから…だ

すると

「陛下!陛下陛下!!」

「ん?」

ふと、後ろに控えていた百人隊長達の中から数人が前へとズカズカ現れる、それを見た瞬間 動いたのはアーデルトラウトだ

「不敬者、誰が前に出ていいと言った」

「いぃっ!?」

突きつける、前へ出た男の首元に鋭い槍を突きつけ動きを止める、特筆すべきはその動き、間にあるべきはずの行動 『槍を抜き』『男の方を向き』『近く』、そのアクション丸々省略し 反応も出来ない速度で槍を突きつけたのだ

「こ これが三将軍…すげぇ」

「ふざけた口を、縫い合わすぞ…」

「よい、アーデルトラウト槍を退けろ、 して…何用だ、名と要件を」

「……陛下の命令とあらば」

玉座の上でため息をつきながら手を払う、命令もなく前へ出て剰え皇帝に無礼な物言いをした男を許すという、皇帝が言うなら許すと言わんばかりにアーデルトラウトは槍を退け 、男を威圧するように槍の尻で床を強く叩き沈黙する

「はい!、俺は帝国西方守護師団の百人隊長!ゴラク・ハヌマーンです!」

「ほうハヌマーンと、ジョウト・ハヌマーンの倅か 目元が似ているな」

「いえ 俺はその孫です、俺祖父ちゃんに憧れて 陛下に尽くす為に帝国軍に…」

「ゴラク隊長 要件を早く言いなさい」

カノープスが懐かしそうに顔を綻ばせる中 アーデルトラウトが頬を膨らませながらゴラクの尻をぺしりと叩く、雑談を許した覚えはないと

「あて…、そうだ 陛下!、どうか魔女レグルスをこの帝国に連行する役目!俺とその仲間に任せてはくださいませんか!、ネハンとヴァーナと俺の三人なら 必ずや魔女レグルスをここに連れてきてみせます!」

「ほう…」

随分な自信だ、彼の祖父 ジョウトも勇猛な武官であったが、その血はこの子にも流れているようだ

…カノープスはゆっくりを瞑る、かつて我に使えた臣下達、薄れつつある記憶ながらも皆思い出せる、今日この日までに数億では効かぬ程の人間が我に使え 真なる秩序の為に尽くして逝った

彼の祖父ジョウトもまたその一人、喧嘩っ早く向こう見ずで、でも軍への忠信は人一倍で。この子を見ているとジョウトとの思い出が蘇る、この子だけではない ここにいる人間のほとんどが私の知る部下の子供や子孫達だ

この子達を守る為 この子達の親や祖先の意思を尊重する為、我は迷うわけにはいかん

「分かった、ではゴラク ネハン ヴァーナの三人にレグルスをここに案内する任を命ずる」

「ははぁー!ありがたき幸せ!必ずや…」

「それと…」

「え?」

それと と皇帝は続ける、そして再び読む ルードヴィヒは皇帝の顔色を読む、これは良くないことを言おうとしている顔だ、事実 ルードヴィヒの思惑通りカノープスは太々しくこう宣う

「それと、メグを連れて行け」

「め メグって…確か陛下の」

「ッ…!、なりません!陛下!」

メグ その名を聞いてルードヴィヒの顔色が変わる、よりにもよってな名前を出してきたことに驚き、冷静な彼にしては珍しく慌てて皇帝の話を遮る

「メグをエリスと接触させるのはあまりに危険です!、何が起こるか…」

「よい、我はそれを見てみたい…、メグがエリスと接触して何をするか エリスがメグと接触してどうなるか、これは目的とはなんら関係のない我個人の願望だ」

「しかし、…しかし…」

言い淀むルードヴィヒを前にカノープスは、なんだか悪いなあなんて軽い思いつつもこの意見を変えるつもりはなかった、反対されてもメグは我が命ずれば必ず遂行する、それをカノープスもルードヴィヒも理解していた

「よいな、ルードヴィヒ」

「…わ 私に決定権はありません」

「だろうな、聞いていたな!メグ!、エリスと接触しここに連れて来い!これは皇帝の命令である!」

叫ぶ 延々と轟々とカノープスの号令が玉座の間に木霊しやがて虚空に消える頃、一つ 現れる

ストンと 一本の鋭いナイフがカノープスの前に落ちてきて、床に突き刺さる

どうやら、了承したようだ

「フッ、ゴラク 急いで用意しろ、メグはもう出立の準備を始めているようだぞ」

「え!?もう!?、お おい!急ぐぞ!ネハン!ヴァーナ!」

慌てて玉座の間から走り出るゴラク達をみて、軽く笑うように息を吐き玉座に頬杖をつく、レグルスは殺す だがエリスはまだ分からない、その命は星を割る鍵となる…あれは貴重だ、出来るなら確保したい 確保した上で処分するか使うかを決める

そして、メグ…あれがエリスと接触しどのように動くか、それは我でも読むことが出来ない、どうなってくれるか どう動いてくれるか、どのように動いてもいい

それが運命だとするなら、ともすれば…と淡い期待を抱いてしまう

…………………………………………………


教国オライオン、荘厳なりし礼賛の声響く街、やや降り積もった雪が世界を白く染める そんな雪の中一際大きく一際神聖な大理石の建造物が天を衝く

世界に根差す一大宗教 テシュタル教における総本山 『大テシュタル神聖堂』、細かな彫刻の数々が刻まれ 遥か古より存在するまさしく神の降り立ちし場

『神よ、神よ、我等地上の従僕 星神の下僕、この祈り この意思 この声の全て、貴方への忠誠へと捧げ奉る』

テシュタル神聖堂の目の前、ぐるりと大理石の柱で囲まれた広大な広場には、数万は軽く超えていようテシュタル教徒達が腕を組み 聖堂に向けて祈りの声を捧げている

この大聖堂の奥には、テシュタル様の第一の下僕たるテシュタル教の頂点 教皇夢見の魔女リゲル様がいるのだ、彼の方が我等の祈りを受け取りテシュタル様へと届けるのだ

何れ訪れる大いなる終焉より、我等敬虔なる教徒を星神王テシュタル様が守護してくれるようにと


そんな教徒達の祈りを 大聖堂の上層より眺める三つの影がある

「皆、今日も神への祈りを欠かさぬようで…私は嬉しゅうございます、神よ…この声聞き届け給え」

背に巨大な鉄製の十字を背負ったシスターが、ふふふと慈愛の微笑みを浮かべ眼下の信徒達を眺める

「我等の宣教が功をそうしているようで何よりだ、一人でも多くの人間に我等が教えを伝えることこそ 我が勤めですからね」

満足そうに顎を撫でる眼鏡の男性はくつくつと肩を揺らす、それと共に彼の服飾にあしらわれちゃ純白の羽の飾りが揺れる

「そうかい?、あたいからすりゃ数が増えるのも考えもんだけどね、宣教師のお前は人数こさえりゃそれで満足かもしれねぇけど、母数が増えれば仕事も増えるのがあたいらなの忘れんなよ」

チッと軽く舌打ちしながら葉巻を咥えるのは悍ましい迄に顔体問わず無数の古傷を作った女、彼女が軽く指を鳴らすと共に葉巻に火がつき煙が揺らめく


全員が修道服を着込み、その身から漂う威圧と魔力は他を圧倒する、只者でないのはその姿を目にした万人が思うだろう、そして この者達の名を知る者は同時に畏怖もする

テシュタル教を守護せし国内最強…否 テシュタル教の歴代でも最高とさえ言われる四人の聖者達、『教国四神将』そのうち3名が揃い踏みしているのだから

「それよりも、もうすぐなんですよね?…聖戦」

ふと、巨大な複十字を背負う彼女は悲しげに目を伏せながら囁く

「ああ、皆もう戦いの準備は出来ている…後は彼女を待つばかりだが、ベンテシキュメ…彼女の様子は」

「ああ?、今飯食ってるよ…ほれ」

眼鏡の男が傷だらけの女…ベンテシュキメと呼ばれた彼女はふと後ろを見る、廊下の奥に存在する 神将の間、その奥へと食物を運び込むシスター達の姿を目に入れる

ただ食べ物を運んでいるだけ、しかし 神将達は理解する まだ彼女が食事中であることを、何故か?そんなの簡単だ

「相変わらずすごい量だな」

シスターは数十人単位で部屋に出入りする、その手には巨大な皿 山のように盛られた料理達、成人男性が一度に食べる量が次々運び込まれ そして次々と空皿へと変えられていく

「当然だ、神より与えられし究極の肉体を持つんだ、あの体は凄まじい力を持つ反面 多大なエネルギーを必要とする、寧ろ平常時は良く抑えてる方だと思うよ」

四神将 三人の視線の奥にある一つの部屋…、巨大な円卓の前で食事をとるそれを目に入れる

「……はぐっ…むぐっ…」

鶏一匹 丸焼きにしたそれを片手で掴み上げ一口で平らげ骨を吐き出す、それなりの大きさの魚を二尾 片手で掴み 丸呑みにする、ボウルに盛られたサラダを持ち上げ口の上でひっくり返し 全て一口で食べてしまう

圧倒されるような食事ぶり、ただ食べているだけなのに格の違いを見せつけられる

「んぐ…、ぷは…ごくごく…」

水瓶を片手で持ち上げ ごくごくと飲み干す、食欲も凄まじいがそれを収める肉体を見て 三人はゴクリと固唾を呑む

何をどうやったらあんな肉体が手に入るのだと…


「流石は我ら四神将の筆頭…、あの威容 まさしく神より与えられし肉体」

そう讃えられる程に それの肉体は凄まじい

特筆すべきはその身長、腕は丸太のように太く 足は岩のように厳かで 体は天を突くほどにデカイ

そう、デカイのだ あまりにも大き過ぎるのだ、その身長は以前測った時は2メートルを優に超えていた、世の中で大きいと言われる人間達を全て見下ろす超高身長とそれを支える引き締まった筋肉

あんなにめちゃくちゃな身長なのに 人型の体裁を崩しておらず、寧ろ 美しいとさえ言えるほどに整った肉体

「……ふぅ」

デカいとは、ただそれだけが武器になる、積載できる筋肉量 搭載出来る血液量 そこから生み出される爆発力、強固な骨格 長い手足、全て普通の人間ではどれだけ鍛えても手に入らない代物

おまけに彼女はその恵まれた肉体を極限まで鍛え上げ、人類の到達点へと至るにまで磨き上げ 魔術も何も使わず片手で大理石の柱をペンのように砕き足の一振りで小屋くらいならボールのように山の向こうまで蹴り飛ばす

最強の肉体美を持ち、その上で彼女はもう一武器を持つ、究極の武器を

「お加減はどうですか?、ネレイド様」

十字を背負った女が声をかける、その声に巨大な女は…ネレイドは目を向ける

「…十全だ」

そう呟く、 彼女の名をネレイド 

四神将筆頭 闘神将ネレイド・イストミア、又の名を夢見の魔女リゲルが弟子、生まれ落ちたその時より魔女に育てられ 生まれながらにして弟子として鍛え上げられた、現世代で最も早く弟子として世にあった人物

エリスよりもデティよりも早く魔女に鍛えられた彼女の実力ははっきり言って隔絶していると言っていい

元々彼等の肩書である神将は、その世代最強の聖者に送られる謂わば魔女大国最高戦力の証、各世代に一人しかいない 事実彼等の前任者の先代神将も一人だけであった

がしかし、今世代はそれが四人もいる、全員が歴代神将と同格かそれ以上の実力を持っているのだ、そしてその中で最強の人物こそが彼女 ネレイド・イストミアなのだ

「皆は…」

「問題ありません、いつでも 御心のままに」

「ん…」

目の前の三人が恭しく頭を下げるのを見て、ネレイドは立ち上がる、特注の動き易いよう改造され タイツのように伸びながらも防刃性能を持つ戦闘用シスター服着込み 、肩まで伸びる水色の髪をぐるりと振るい屹立する

ただそれだけで三人は思わず声を漏らす…、立ち上がるとなお大きい…

「行くぞ…、時は満ちた…神の敵を この手で…握り潰す」

人の頭くらいなら軽く覆える手を掲げネレイドは白い息をフシューと吹き出す、時は来た 神の敵との決戦の時が近づている

「さぁ…行くぞ」

そう言ってネレイドはずしずしと音を立てて部屋の入り口に向かい…外へ

「あた…」

出ようとして出口の縁に頭を引っ掛けぶつけてしまう、決して小さな出口ではないのだが…ネレイドからしてみればこの世界の全ての出入り口が小さいのだろう

今日昨日大きくなったわけでもないのに 彼女はいつも頭をぶつけている気がするが…誰も言わない、もっと注意しろとか 最初から屈んでおけとか…言ったら余計凹むし

「うぅ…」

やや涙目になりながらネレイドは窮屈そうに屈んで潜るように外に出て行ってしまう

ま…まぁいい、とにかく決戦の日は近い、聖戦 それはもう目の前まで来ているのだから、もう気は抜けない

全ては神のために 全ては魔女の為に 全ては我が師の為に……母の為に

……………………………………………………………………

帝国西方に存在する暗い森、その中で一際大きな木の真上に立つは白い髪 白い目の透明な雰囲気を漂わせる女、それはジッと意味もなく 虚空眺め続ける

「……来たか」

彼女は目を鋭く尖らせる、遂に来た 来てしまったと

彼女の名はシン、審判のシン 大いなるアルカナNo.20の大幹部、絶大な力を持ち 実力至上主義の大いなるアルカナにて、最強の五人 『アリエ』の名を預かる彼女が、酷く焦ったように指を噛む

やられたのだ、事が思惑通りに進まず 事態が余計悪い方向へ進んでしまった

「エリス…孤独の魔女の弟子、まさかこれほどまでに大きくなるとは、こんな事なら危険を冒してでもデルセクトで潰しておくべきだったか」

この憔悴の原因はエリスと呼ばれる少女が原因だ、孤独の魔女の弟子として突如世に現れ世界を気ままに旅をして大陸を舐めるように移動する存在

それが今 シンの頭を悩ませている、奴はカストリア大陸を横断し そこにいるアルカナ幹部全員を倒してしまったのだ、No.1から16まで…一応11と12は偶々こちらに来ていたから無事だったがそれでも幹部のうち半数がやられてしまった

コフやヘット アインやペーまでやられたのだ、はっきり言って今も信じられない、確実に主力級と言えるメンバーが軒並みにやられたんだ、もうアルカナという組織はエリスの手で壊滅状態にあると言っていい

「残るは我らアリエと11と12…、アインやコフを倒すような奴相手では11だろうが12だろうがもはや相手にはならない、我々アリエがでなければエリスを倒せない」

しかし、動けるならすぐに動いてエリスを殺しに行っている…、それが出来ないのは奴が常にレグルスと行動を共にしているからと、…もう一つ 今この状況にある

「くそっ、帝国軍さえいなければ…」

問題は帝国軍の方だ、今アリエ達とアガスティヤ帝国軍は交戦状態にある、奴等は圧倒的に軍事力で我々を追い詰め 着実に撃滅しようとしてきている

今この状況にもしエリスまで重なれば、かなりまずい事になる…、いや 来る、エリスは必ずここに来る、奴はポルデュークも同じように横断する

なら、きっとここにも来る…絶対に現れる 私の前に

「…エリスか、…コフを倒した女…、奴は絶対に私が倒す」

小さく拳を握ればバチバチと稲妻が走る、エリスは私の居場所を奪う死神だ…奴だけは、この手で倒さなければならない、もし奴がここに来て 私の前に現れる事があれば

その時は絶対に…、殺してやる 殺してやるからな…!エリス!

暗い闇が支配する夜の森に一条の光が轟音と共に煌めき、シンの立っていた木を焼き尽くす、まるで雷に打たれたかのように焼け焦げ 真っ二つに引き裂かれた炭の中で シンは蠢く

「アルカナの敵は私の敵だ、エリス…来るなら来い、そんなにアルカナを潰したいなら 私を倒してからにしろ」

バチバチと電撃を迸らせながらシンは歩く、その足跡に電流を残しながらゆっくりと…、圧倒的な敵意を秘めながら、ただ静かに 敵意を燃やす、未だ邂逅せぬ宿敵の存在を感じながら…静かに

ポルデューク大陸での、最終決戦の火蓋が、徐に切られ始める、エリスにとっての アルカナにとっての最終決戦は、今目の前に迫りつつある

…………………第六章 終
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