孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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七章 閃光の魔女プロキオン

179.孤独の魔女とエイト・ソーサラーズ

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「こうですか?」

「うーん、悪くないね 、悪くないけどちょっと芝居っぽいかな」

「芝居臭いと言うことですか?」

「うんうん、大袈裟というか…、お客さんは芝居の匂いのする芝居を嫌うからね、出来れば 自然な風にしたほうがいいかも」

昼の陽光が足元の雪をやや溶かす そんな町のやや外れの馬橇の群れの中エリスは芝居の先生であるナリアさんと師匠の前で一人小芝居をする

子供にされてしまった師匠を元に戻す為 クリストキントと協力関係を築いたエリスは今、便宜上役者ということになっている、故にこうして ナリア先生指導の下芝居の練習に打ち込んでいるんだ

「でもナリアさんも若いのに、凄いですね」

しかし、ナリアさんのアドバイスは的確だ、間違った事は一つも言ってない と思う 素人だから分かんないけど…

ナリアさんは昔から役者をやってらしく、その経験に裏打ちされた知識は一介の職人らしさを纏う

「それを言うならエリスさんもだよここまで旅してきて 剰え門外漢の役者の世界に飛び込んで、そして成果を挙げている、なかなか出来る事じゃないよ、それに大して僕と変わらないでしょ?年齢」

まぁそうなんですけどね、彼とは一歳差故にあまり離れている感はない、2歳上のラグナでさえ年上感がなかったんだから尚更か、いや ラグナはそもそも年上感がない人でしたね

しかし、小芝居による練習もひと段落だな、見れば太陽が頭の上に登っているのが見える、そろそろ昼か…

「さて、次は何をしますか?」

「いや、一旦稽古はお休みにしようか、あんまり一度に詰め込んでもあれだし、飲み込んだ物を消化する時間も必要だしさ、だからお休み」

「休憩ですか?」

ふむ、もう動けないほど疲れたと言われたら別にそうじゃない、けど言い分は分かる、魔術の修行も同じだ、教わった事を一旦自分の中で噛み砕き飲み込むのには時間がかかる

そういう意味でも修行の間にリラックスできる時間を挟むことはよくある

それと同じ、なら 稽古を強行する必要はないだろう

「分かりました、では休憩にしましょう」

「ん、芝居はもう終わりか…立派だったぞ、エリス」

「師匠!ありがとうございます!!」

なんて言いながら近づいてくる師匠はいつものようにエリスの頭を撫でようとする…が、まるで身長が足りないので 代わりにエリスがしゃがんで頭を差し出す、なんか不思議な心地だ

「それでナリアさん、休憩とは言いますが 何をするんですか?」

「うーん、エリスさんはこの国に来たばかりみたいだし、折角なら エトワールがどんな国か、案内してみよっか」

「案内ですか?、いいですね エリスもこの国 この大陸にはあまり明るくないので、ね?師匠」

「そうだな、この大陸の常識と我らのいたカストリア大陸の常識とは別のようにも思える、案内してもらえる事に越したことはあるまい」

ですよね!、実際この国はエリスが今まで旅してきたどの国とも違う、常に雪が降る環境と極寒の冷気 何もかも違う、それに…

新しい国に来たらまずその国を理解するため歩き回るという工程は大切なんです、と言うかエリスはそれが好きで旅をしてるんです、折角新しい景色に来たんだ ゆっくり見て回りたい

「うん、じゃあ行こうか、案内するよこのルクレティアの街を、ここはいい街だよ」

「それは楽しみです、新しい街を見ること以上に 楽しいことはありませんよ」

と言うなりナリアさんはさっさと稽古から休憩へ切り替えのしのしと音を立てて雪を踏みしめルクレティアの街へと向かっていく、さぁ 観光だ 

軽く意気込み肩を回すと共に、師匠の方に手を伸ばす

「行きましょうか、師匠」

「ああ、そうだな」

……………………………………………………………………

ルクレティアの街、その第一印象はフェロニエールよりも少し大きく栄えた街と言うもの

並び立つ建造物の背は高く行き交う人々の数も多い、そしてやはりと言うかなんと言うか 大通りにはこれ見よがしと創作を続ける芸術家達の姿が見える、多分 どこに行ってもこの国にいる限りこの光景とは付き合うことになるんだろうな

「へぇ、おっきな街ですね」

「ルクレティアはエトワールでも十本の指に入る大きさの街だからね、美術館も劇場もフォロニエールよりも倍くらいあるし」

「そんなに美術館があるんですか?、なんか…多過ぎでは?」

なんで雑談をしながらエリスの前を歩くのはナリアさん、そしてエリスと手を繋ぐ師匠の三人でルクレティアの街を歩く

…こうやって歩いていると如実に分かるが、今回の旅はエリスの旅路の中で結構異質だ、それはこの国の独特の風土由来では無い

(エリスより低い頭しかない…)

エリスは6歳から旅をしている、それ故に行動を共にする仲間が出来ても基本的にエリスより年上である場合が多かった、がしかしエリスももう16歳 そりゃ年下も多くなる

ナリアさんはそもそも年下だ、師匠も限定的とはいえ今は子供…、つまり エリスは今この一団で年長者なのだ、なんか新鮮だな

この間まで居た学園だとエリスとデティが一番年下だったから、尚更ね

「そういえばエリスさんは世界中を回ってるんですよね」

「え?、はいそうですね、と言ってもまだ世界全部を回ったわけじゃありません、精々カストリア大陸を横断したくらいです」

「それでも十分凄いと思うけど、僕はエトワールの街々を回るだけで驚きでたくさんなのに、そんなに国を転々としてたら、疲れない?」

「全然?」

「うっ、すごい明るい顔…」

と言っても別に疲れるような事ではない、というかもう慣れた、そりゃ最初の頃は移動の疲れで体を壊したりしましたが、もうそんなヘマはしない

伊達に人生の3分の2を旅に費やしてませんよ、エリスは

「せっかくだし色々聞きたなぁ、…カストリアの国って、どんな国があるんですか?」

「色々ありますよ、平和で牧歌的なアジメク 激しくおっかないですけど人情味あふれるアルクカース、絢爛豪華で でもちょっと恐ろしいデルセクト、そして風光明媚なコルスコルピ、どれもいい国でした」

「アルクカースはおっかない国とは聞くけど…デルセクトかぁ、とても豪華な国と聞いてるから僕もちょっと行ってみたいんだよなぁ」

「どっちもいい国でしたよ、どちらにも大切な友達がいますからね」

まぁ、罷り間違ってもアルクカース大王とデルセクト同盟首長が友達ですとは言えない、なんでって 面倒だからだ、色々と…友達が凄いとエリスまで凄いと勘違いされる、エリスはただの旅人ですからね

余計な面倒は背負わないに限ると言うのは、この旅で得た大切な経験だ

「でも、エリスからすればこの国はとてもいい国に思えますよ」

「うん?そうかなぁ、この国から出た事ないからそうやって褒められてもイマイチ実感湧かないなぁ」

「だって通行人と目が合っただけで襲いかかられませんし、店で食事しただけで金貨取られませんし、普通にいい国です」

「どんな国から来たんですか…」

どんなって、だからアルクカースとデルセクトですよ…

「それにしてもこの街、フェロニエールの街より結構栄えてますよね、フェロニエールもかなり大きな街でしたが、何故地方の街がこんなに栄えているんですか?」

街が栄える要因はいくつかあるが…商業的な意味合い 通行的意味合い 戦略的意味合い、所謂国にとっての要衝というものは比較国が力を入れて整備することもあり栄やすい印象を受ける

しかし、この国は地理的に見てもそのどれもを満たしているとは言えない、港が目の前にある商業的要衝の条件を満たしているフェロニエールの方が栄えているべきなのに、このルクレティアの規模はフェロニエールを上回っている

そこに、何か 違和感のようものを感じてしまう

「それはね?この街がエイト・ソーサラーズ筆頭のエフェリーネ・サンティ様の故郷でその劇場がある街だからさ」

む、まただ またでた、エリスの知らないワード…エイト・ソーサラーズ、確か女性しかなれず 、かつ王室が公演する悲恋の嘆き姫エリスの主演が選ばれるという…、聞くからに特別というか ただならぬ雰囲気が漂う名前だが…

よし、聞いてみるか

「あの、そのエイト・ソーサラーズってなんですか?」

「え?知らないの?、知らない人初めて見た」

「い いいじゃないですか、この国に来るまで演劇とは縁遠かったんですから、それで なんなんですか、そのエイト・ソーサラーズって」

知らない そう言っただけでドン引きされるくらいにはこの国では一般的な名称らしいが、残念ながらエリスはこの国に来るまでその名を聞く機会に恵まれなかった、ただ その人の故郷と言うだけでここまで街が栄えてしまうのだから

相当な人であることはわかるが…、なんて 思うまでもなくナリアさんは口を開き、その名の意味を語る

「エイト・ソーサラーズはこの世で唯一 魔女劇にて主演を演じることを、つまり魔女様達の役を演じることを許された八人の女性のことです」

「魔女劇…、それで 魔女を?」

魔女劇とは読んで字のごとく 魔女様達の伝説を舞台化したもので、悲劇 喜劇 風刺劇に並ぶ古くからある劇として知られる物だ

中でも魔女劇は高尚なものとしても知られている…、魔女劇というものがあるのは知っていた、けど それで主演を演じる人たちをエイト・ソーサラーズと呼ぶのは知らなかったな

…というか

「あの、こういう事言うのはとても野暮なのかもしれませんけれど、それって魔女偽証罪に当たるのでは?」

魔女偽証罪…つまり魔女の名を騙る者に与えられる罰だ、師匠が隠匿生活を送っている間 魔女レグルスの偽物が氾濫した際魔女大国内に敷かれた法律で、レオナヒルドが犯した罪でもある

劇でもなんでも、魔女を名乗るのはその魔女偽証罪に入るような気がするんだが…大丈夫なのかな

「だから八人だけなの、エトワール王室は魔女偽証罪が適用されない人間を例外的に八人選ぶ特権を有しているんだ、だからその特権を使い その時代における最高の女優八人を選びそれぞれの魔女の名を与える、それはつまり裏返れば…」

「その時代 最高の女優の証、ってわけですね」

「その通り、これ以上ないくらいの名誉な事なんだ、何せ魔女様の名前だからね 重たいし責任もある、それを演じ切るのは並大抵の人間では出来ないんだ」

だから…か、だからコルネリアさんはエイト・ソーサラーズを目指しているんだ、それはつまり女優として天下を取るって意味合いでもあったんだな

そっか、ってことは…?、嘆き姫エリスの役はこの国に何万何十万といる女優の中から選ばれる至高の八人の中から更に一人だけが選ばれ演じることになる

それってつまり、この国…いや世界最高の役者に与えられる 王冠に等しい栄誉なのでは?、ナリアさんは男でありながらそれを目指しているのか?、そりゃ…確かに無理だって笑う人の気持ちさえわかってしまう

至高の女優の証を男が目指すって…、なんでナリアさんはそんな無茶な目標を…

「エイト・ソーサラーズは一期五年で入れ替わるんだ、因みにこの街に劇場を持ってるエフェリーネさんは史上最多にして最長のエイト・ソーサラーズ歴を持っててね?なんと七期連続で魔女役を務めてる 伝説の女優さんなんだぁ」

「七期…ってことは、一期五年だから…35年も!?、35年間もこの国の頂点に立ち続けているんですか!?」

すっげぇ、35年も頂点に立ち続けるなんて普通出来る事じゃない、だってそれだけの時間が経てば人は老いる、老いれば体は動かなくなり 姿は醜くシワだらけになる、それなのに まだまだ一線級なんて…

それこそコルネリアさんを遥かに上回るスーパースター、いや舞台俳優界のレジェンドだ…

「ほう、そのエフェリーネという女は魔女の誰役を演じているんだ?、魔女役を割り振られると言うことは そいつにもあるんだろう?担当の魔女が」

「はい、エフェリーネさんは今現在まで六期連続で無双の魔女カノープス様を演じてますね」

「へぇ、カノープス様ですか、エリスは会ったことないので似てるか分かりませんね」

「いや普通魔女様には誰も会ったことないよ…」

そっか、魔女様五人と顔を合わせてる方が異常か、でも エイト・ソーサラーズか、八人の女優がそれぞれ八人の魔女を演じているという事、…つまり居るんだ レグルス師匠役の役者さんも

ちょっと見てみたい、師匠に似てるのか、それともレオナヒルドみたいなのか…

「魔女レグルス役の人も見てみたいですね、師匠」

「いやわたしはいいよ…、もう偽物は懲り懲りだ」

「偽物じゃありません!王室公認女優です!」

「あらそうかしら?、偽りを真とし 虚を実にするのが役者の本懐なら、寧ろ偽物呼ばわり上等ではなくて?」

…………ん?、今 誰が言ったんだ?、偽物は懲り懲りだと笑う師匠、偽物ではないと擁護するナリアさん、そして偽物上等だと笑うような妖艶な声、見知らぬ声がエリス達の会話にいきなり入って来た

誰?、聞き間違い?いやそんなわけない、耳に入れるだけで伝わるこの存在感 確実にエリス達に向けられた者もの、それはエリスの背後から…

「どこまで行っても役者は偽物、でも偽物でありながら万人を魅了するのもまた役者、演じるとはそういう事よ?お若い方々」

「え?」

ふと、後ろを向くと スラリと伸びるような長身な女性が立っていた、煌びやかなスリットドレスを大胆にも着込み フサフサのマフラーで口元を 目元は大きな鍔の帽子で隠した妙齢の女性が、真っ赤に彩られたリップを動かしながらそういうのだ

役者とは…と、いや 誰…

「えっと、貴方は…」

「あら、ごめんなさい?面白い話が聞こえた物だから、つい口を挟んでしまったわ、歳を取ると遠慮がなくなってダメね」

「はあ…」

なんだこの人、変な人だな 急に話しかけて来て、もしかしてちょっとアレな人だろうか…関わっちゃいけないタイプの、このままおちおち話しかけたら壺とか買わされたりしそうだな

こういうのは話半分にしながら背後を見せず後ずさり、そのまま逃げるべきだろう

「じゃ…じゃあエリス達はこれで…、ナリアさん ナリアさん、行きましょう…ナリアさん?」

「……………」

早く立ち去ろう、運気の話とかされる前に とナリアさんの裾を引きながら声をかけるが反応がない、見てみれば彼は目を丸くしながら目の前の妙齢の女性を見てワナワナ震えている、いやいやどうしましたナリアさん

「どうしたんですか?ナリアさん」

「あ 貴方は…、貴方はもしかして…エフェリ…」

「しーっ…、名前を知っていてくれて嬉しいわボク?、でも あんまり大声で呼んじゃダメよ」

え?なに?ナリアさん知っての?、いや 今…エフェリって言った?、しかもこの反応…まさか

まさか、この人…

「驚かせてごめんなさい、今ちょっとお忍びで散歩をしてるの」

「っ!!」

この人もしかしてエイト・ソーサラーズ筆頭のエフェリーネ・サンティ!?、なんでこんなところに!?、ああそうか この街出身でこの街に劇場を持ってるならいてもおかしくはないのか、だって仕事場だし…でもそんな、こんな偶然話しかけられることなんてある!?

「な なんで僕たちなんかに声を…」

「貴方、ナリアって言ったわね」

「は はい…」

「もしかしてサトゥルナリア・ルシエンテス?」

「えぇっ!!?知ってるんですか!?」

「貴方のご両親と知り合いなの、昔 私の劇団で二人が下積みを積んでいた頃もあったから、私からすれば二人は私の子供みたいなものよ、その子供である貴方は差し詰め孫かしら」

マジか、この人ナリアさんの…いや ナリアさんのご両親の知り合いか、こんな大スターの下につき名前を覚えられてるなんて、…どんだけ凄かったんだ?ルシエンテス夫妻ってのは

「そしてそちらの金髪の貴方は…?」

「え エリスはエリスです」

「エリス?いや……そう、そうなのね、珍しく散歩に出てみれば こんなこともあるものね、奇遇だわ」

ふふふ と笑うその意図が分からない、何?エリスにも何かあるの?、あるならはっきり言って欲しいんだけど…

「あ あの、え エフェリーネさん、僕 貴方の大ファンで 劇とかも見てて、あのあの エリス姫を演じられたこともありますよね、あとカノープス様役もほんと似合ってて いや似合ってるなんて僕風情が言っていい言葉じゃなくて、あああ まさか会えると思ってなくて、その えっと…」

「いいわ、落ち着いて…?、そうねぇ そんなに私が好きなら、来てみるかしら?私の劇場へ」

と言いながら彼女は小脇に抱えた 何入れるんだってくらい小さいバックか3枚の紙を取り出す、いや 紙じゃない、チケットだ

って!このチケット!すっごい豪華だ、紙も良質な厚紙 金の刺繍が一枚一枚に施され、まるでこれ一枚が芸術品のようだ、これ…多分高いぞ、芸術品でありながらこの国最高の女優の劇場への招待券にもなるんだ

それを3枚もホイホイと…

「い…いいんですか?」

「役者にとってファンは命よ、大切にするのは当たり前じゃない、劇とは選ばれた人間だけが享受できるものではな万人に観る権利があるものだから」

「ありがとうございます…早速行ってもいいですか」

「構わないわ、劇場で待っているわよ…」

そう言いながら妙齢の美女はフワフワと杖をつきながらエリス達を通り過ぎて行く…かと思いきや、軽く振り返り…帽子で隠れたその金の瞳をこちらに向けて

「まるでヴァルゴの踊り子の再演ね」

そう呟くのだ、…ヴァルゴの踊り子?劇の名前か?いやだが聞いたことない名前だ、と言うかそれ エリス達に言ったの?、なんて 聞く間も無く彼女は雪の上に足跡を残しながら立ち去って行く

どういうつもりの呟きだったんだ、なんというか この国に来てからエリスの知らなワードばかりで困惑してしまう、まぁまだこの国に来て一週間も経ってないから 情報収集がろくに出来てないというのもあるんだが…

みんな意味有りげに呟きすぎだよー!

「エリスさん!エリスさん!、行きませんか!早速!行きませんか!早速!」

「わ 分かりましたよ、師匠もそれでいいですか?」

「ああ、カノープスの役か 楽しみだ、どれくらい似てるか見てやろう」

というわけで話は決まりだ、ただ休憩として街をぶらついていたのに 凄いことになってしまった

この国最高の八人のうちの一人にして 未だ現役の生ける伝説 エフェリーネさんか、凄い人ってのはどこの国にもいるもんだな

…………………………………………………

エフェリーネ・サンティ率いる ミハイル大劇団、別名 エトワール最高の劇団、役者にとっての天上界であり 一個人が所有する劇団としては異例の規模を持ち、これに匹敵するのはエトワール王室 ヘレナ姫の所有する王国歌劇団くらいなものとも言われている

イオフィエル大劇団も凄いが、ミハイル大劇団は言わば劇団の頂点 悪いが格が違う、クリストキント旅劇団なんてミハイル大劇団からすればアリンコ同然だ

既に百年以上の歴史を持ちエフェリーネは2代目劇団長らしいのだが、彼女の代でトップに立ったことを考えると エフェリーネの腕前の神懸かりさに乾いた笑いが出る

エフェリーネがトップに立ってからはそれこそ数え切れないくらいのスターが輩出されており、その多くが今現在 エトワールで名を馳せる大劇団長だったり 王国歌劇団所属だったり、エイト・ソーサラーズの一員だったりと その功績はまさしく伝説級

伝説だ、まさしく現在進行形で伝説を作っているのがエフェリーネであり ミハイル大劇団なのだ、ナリアさん曰く既にエフェリーネを偉人の一人として考え その生涯を舞台化する話さえ出ているそうだ

そんな人物から誘われてしまった、ふと 道でばったり会った ただそれだけの理由でチケットをもらってしまった、ナリアさん曰く このチケット一枚買う為 時として家を売り払う人間もいるそうだ

…恐ろしい話だ、メルクさんあたりなら束で買えるだろうが普通はそうはいかない、そんなもんをポンと3枚渡されたエリス達は今 ミハイル大劇場へと足を踏み入れている

…劇場に来たと思ってたんだが、なんだこれは

「イオフィエル大劇団も豪華でしたが、これはちょっと格が違いすぎるのでは?」

「足を踏み入れるだけで緊張しちゃうね、お腹痛くなってきちゃう」

外観は城 中身もよってここは城、そんな答えさえ出てしまうほどのデカさ 絢爛さ 凄まじさを持つのがこのミハイル大劇場だ

「ふむ、ただ豪華なだけではないな…、其処彼処に魔術陣が引いてあり、それを演出に使ってるんだろう」

と師匠に言われて気がつく、確かにあのシャンデリア…浮いてるな、しかもこう 当然のように中は暖かい、…あのレンブラントさんの屋敷でさえ施工に二、三年かかった暖房陣をここは城全体に引いてるのか

ちょっと目眩がしそうな豪華さだ

「それに歩いてる人たち、みんな各国の偉い人達だよ…僕 緊張して来た…」

さっきから緊張緊張しか言ってないなナリアさん、でもまぁ 確かに周りを歩いているのはなんとも貴族的な人達ばかりだ、家一軒相当のチケットを手に入れる事が出来るのは まぁこういう富裕層ばかりだろうな

とはいえエリスは今更緊張なんかしない、だってもっと格上の人たちに会ってますし、今更ですよ、今更…

「あわあわ…ねぇ、こんな所にいたら僕気がどうかしちゃいそうだ、早く観客席に行こう」

「分かりました、行きましょうか 師匠」

何やら足が震え始めたナリアさんに追従するように豪華な城の中を歩きながら貴族達をかき分け進んでいく、いやしかしみんな豪勢な人達ばかりだな、こう貴族的だと 思い出すな…デルセクトを…

その瞬間、横に向けた目線の先に…フワリと、紅の髪が映る…あの髪色、過剰なまでの赤い髪……見覚えが…あ?

…お?、お?あれ?、今 人混みの中に見覚えのある人を見かけたような、あれ…あれって!もしかして!

「すみませんナリアさん 師匠、ちょっと先行って席に座っててください」

「え?どうしたの?エリスさん?おーい!」

なんてナリアさんの言葉を無視してエリスは二人と別れて脇道にそれる、今 確かにチラリと見えた、見覚えのある顔を!確かにこの貴族的空間なら ここにいてもおかしくない人を!

その見覚えのある、相変わらず変わらない背中を人混みの中に見つけ 声をあげる

「あの!すみません!」

「ん?、どちら様?」

エリスの声を受け、ふと 護衛の戦士達を侍らせながら振り向くのは婦人だ、赤い髪 赤いドレス 赤い目、真っ赤な婦人 いや、正しく呼ぶなら そう…

「あの、覚えていませんか?」

「…ん?、見覚え…貴方など見た覚えは、いえ もしかしてその声 その髪…貴方、もしかしてエリスですの?」

「はい!エリスです!、セレドナさんお久しぶりです!」

セレドナさんだ、デルセクト 五大王族が一人 紅炎婦人セレドナ・カルブンクルス、エリスの記憶にあるその顔よりややシワの増えた彼女はエリスの顔を見て、その存在を思い出すと同時にし周りの護衛を退けてエリスに近づき

「あら…あらあら!、久しぶりですわね エリス、あらまぁ こんなにも大きくなって…」

「わぷっ、せ セレドナひゃん」

抱きついてくる、久しぶりの再会に感動し抱擁を受けるが うう、力が強い…でも嬉しい、まさかこんなところで再会できるなんて

「懐かしいですわね、あの時はまだ少女だったのに もう一端のレディになって、なんだか涙が出てきますわ」

「セレドナさんもお変わりないようで、何よりです」
 
「嘘おっしゃい 最近シワが増えて大変ですのに、…しかしエリスが何故こんな所に…、言っては悪いですが ここはセレブ御用達の劇場、貴方には縁遠いのではなくて?」

「まぁ色々ありまして、エフェリーネさんから招待を受けたんです」

「エフェリーネから?、相変わらず貴方のコネクション形成能力の高さには驚愕させられますが、五大王族全員と因縁を持った貴方なら不思議には思いません、しかし 貴方の旅ももうここまで来ていましたか」

「セレドナさんは何故ここに?」

「妾も同じですわ、と言っても招待を受けたのは別の人間からですが、いい機会ですので芸術の国を漫遊しようかと、我らが同盟には頼りになる首長殿もいますので 国を空けられるようになりましたし、何より 蒸気船も完成しましたので比較的安易に遠出できるようになったので」

なるほど、メルクさんも頑張ってるようだな…しかし、嬉しいな こうやって旅先でかつての友と再会するのはとても嬉しい…、ってかいつぞや話してた蒸気船 完成してたんだ、またいつか乗りたいが…まぁ乗るにしても相当先かな

「それでエリス?、貴方…今困っていませんか?」

「え?、な なんで分かるんですか!」

「貴方行く先々で何かしらの問題を抱えていますからね、どうせこの国でも何か問題に直面しているのではと思いまして」

「そ その通りです…色々困ってまして」

「でしたら」  

というとセレドナさんはエリスを抱きしめたまま護衛の一人に目配せする、すると護衛の戦士さんは懐から紙を取り出し 何かをさらさらと書くと、エリスに手渡す…これは

「王都のここに妾の別荘がありますわ、しばらくはこの国にいるつもりですから 何かあればここを頼ってくださいませ?、資金援助なり 拠点提供なり 戦力補充なり、なんでも致します…まぁ 貴方に限って戦力には困らないでしょうけれど」

「い いいんですか?」

「ええ、貴方は悪しきアルカナの魔の手とソニアの野心からデルセクトと我が国を救ってくれた人間の一人ですし、何より 妾の命の恩人ですからね、このくらいはさせてくださいませ?」

有難い…有難いの極みだ、渡されたのは地図だ、王都にある別荘の番地 それを書いた紙を渡してくれたんだ

この大陸に来て無くなったエリスの味方は殆ど居なくなったに等しいからこそ、こうやって支援を申し出てくれるのは本当に有難いんだ、今のエリス達には金もなければ足も拠点もコネもないからね

「ありがとうございます、セレドナさん、エリスも王都に着いたらまたお声かけしますね」

「そうなさい、そうだ丁度いいから妾と席を共にします?」

「ああ、そのお誘いはとても有難いのですが既に知り合いと師匠を待たせてますので」

「なるほど、きっと メルクリウスの時のような友をこの国でも見つけたわけですか、分かりましたわ でしたら、貴方は貴方の友と旅を続けなさいな、助けが必要なら 都度妾が助けますので」

そう言うとセレドナさんはポンポンとエリスの背中を叩いて離れ、口元を優雅に真っ赤な扇子で隠してつつ軽く微笑み、カツカツと踵を返し観客席の方へと向かっていく

意外な所で意外な人と再会出来た、懐かしい顔を見るとやはり嬉しいな、ザカライアさんともこの間再会出来たし、案外五大王族はあちこち色んな国に赴いているのかもしれない、蒸気機関という移動機関を持つデルセクトなら 遊び感覚で他国まで行けるしね

それに、頼りになる協力者も得られた、王都に着いたら改めて尋ねよう、何かを提供してもらうにせよ もらわないにせよ、もう一度キチンと挨拶しておきたい

「さて、みんなを待たせてはいけませんね」

みんなを先に行かせてしまっているし、あんまり遅れると心配させてしまうかもしれない、セレドナさんとの挨拶も終わったし、手早く向かうとしよう

しかし、魔女劇か…魔女様を題材にした劇 …どんなものなんだろう

………………………………………………………………

ミハイル大劇場 半円形状に広がった観客席と舞台を持つ独特のデザインをした劇場であり、天井には星空の絵が煌々と輝く まさしく星の下の大劇場とも言うべき壮麗さ荘厳さを誇るこの国…いや世界屈指の美の殿堂

そんな観客席の中頃にエリス達の席はある、前回のイオフィエル大劇団の時と違いチケットが貰い物だから比較的いい席をもらえたんだ、まぁ 両隣の貴族からは『何こいつら』って目で見られるが

まぁ気にする必要はないだろう、名前も知らん貴族になんと思われたとてよ

「すみません、急に離れて」

「いや、いいけれど どうしたの?」

「ちょっと昔の知り合いと会いまして…」

「知り合い?、誰だ?」

と師匠は聞いてくるが、師匠とセレドナさんって面識あったか?、エリスの記憶だけで判断するなら確かなかったはずだ…

「デルセクトでお世話になったセレドナさんです、ほら 師匠を助ける時に協力してくれたって言う」

「ああ、お前の恩人か…ふむ 顔は見たことないが、弟子の恩人とあらば挨拶しておきたかったな」

「いやぁ、その姿で会わない方がいいかと…」

「むむむ、それもそうだな」

一応セレドナさん側はレグルス師匠の石化した姿は見ているが、またこの子供の姿の師匠と対面させるわけには行くまい、だって師匠が『こいつ よくいろいろな姿に変えられるな』なんて思われるの嫌ですし

「まぁいいや、それよりさ!今日の演目聞いた?」

「いえ、なんですか?」

「本物の無双の魔女カノープス様が監修した自叙伝を元に作られた舞台でさ、同じエイト・ソーサラーズのティアレナ・バルトロメオも出るんだ、あ この人は孤独の魔女役の人でこの人も連続3期の大ベテランでね?それでそれ」

「孤独の魔女役…」

チラリと師匠の方を見ればやややり辛そうにしている、そう言えば師匠は自宅の書庫には決して自分が出てくる本を置かなかった、理由は単純 恥ずかしいからだ

昔の行いが本になって劇になる、その感覚というのはなんとも分かち合い難いが…嫌なのかな

「あの、師匠?」

「うん?なんだ?」

「もしかして、魔女劇見るの嫌ですか?」

ずっとエイト・ソーサラーズについて語り続けるナリアさんの話を半分聞きながら師匠と対面で話す、もし 嫌ならエリスは無理に師匠と見ようとは思いません

「いや、そうではない、そりゃ昔の自分役の人間が舞台に出るのは複雑だが、別に見るに堪えない程ではないんだ」

あ、違うんだ…なら何故?と首を傾げると、師匠もそれを察したのかやや恥ずかしそうに頬をかいて

「この舞台はカノープス監修と言っていただろう?、嫌な予感がするんだ」

カノープス様か、エトワールの隣国にして大陸の半数以上を単独で統べる世界一の大帝国 アガスティヤ帝国の皇帝として在るお方だ

何より特筆すべきはその実力の高さだ、なんと無双の魔女カノープス様は 八人の魔女の中で最強と言われているんだ、つまり強いんだ…アルクトゥルス様より フォーマルハウト様より…師匠よりも

シリウス亡きこの世では間違いな世界最強とも言えるお方、そんな人が監修したと言われる劇、それを前に師匠は嫌な予感がすると言う

エリスは今此の期に及んで未だにカノープス様はもちろん、帝国の人間とも関わりを持ったことがない、故に分からない 師匠の予感が

「カノープス様ってどんな方なんですか?、そんな…ヤバい脚本を書く人なんですか?」

「いや、その辺に関しては常識的な奴だよ、尊大で傲慢で変わっていてとてもとても他人が制御できるような奴ではないが、とてもいい奴だ」

そう語る師匠の目は、他の魔女様達に対して向けるような友情とは少し違う…もっと色濃い目をしていた気がする…

「ただ、…その…カノープスは…あー、えっと とても言い辛いのだが、奴は…うー やっぱ言いたくない」

相当言いたくないなこりゃ、なんたって師匠の顔がみるみる赤くなってプルプル震え始めているんだ、師匠にこんな顔をさせるなんて カノープス様…一体どんな本を書く人なんだ…

「あ!、始まるみたいですよ!」

「む!、やはりわたしは退室するよ エリス、お前も外に出よう」

「嫌ですよここまで来て、それにチケットをくれたエフェリーネさんにも悪いですし」

「ならわたしだけでも…」

「レグルスちゃん!幕が開いた後に外に出るのはマナー違反だよ!」

「ぐぅ…」

ナリアさんに怒られ ぷーっと頬を膨らませたまま座椅子に座る師匠、諦めて見ましょう?、ねぇ?と師匠の手を握りしめる

「エリス…」

「なんですか 師匠」

「変なものが出ても幻滅するなよ」

なんで幻滅しなきゃいけないんだ…?、なんて思っている間に照明代わりに光り輝いていた魔術陣が光を失い 舞台上の幕が開かれると共に、暗転した世界に一筋の光が差し 壇上に現れる

壮麗なるマントと衣服に身を包んだ、威厳漂わせる 一人の女傑が…、宵の海如き黒青の髪と金の目 そして先程見た 赤いリップをした女性はマントをたなびかせながら 黒の世界の只中に一人立つ

…あれが、無双の魔女カノープスを演じる 世界の女優達の頂点に立つ唯一無二の女優王

『……………………』

「エフェリーネさん…」

ただ、黙って舞台上にいるだけで凄まじい存在感が場を占める、絶対強者が放つそれとは違う引き込まれるようなプレッシャー、なるほど コルネリアさん同様 この人もまた美の極致に至っているんだ…

そして、黙って舞台上に立ち続けること3分、演出か それとも何かのトラブルか 観客がざわめくその寸前を見極めて 彼女は口をようやく開き

『大皇帝、顕現である』

そう言うのだ、…いや 女優としてはすごいと思う、思うけどさ

分からん 似てるか、カノープス様がどう言う人なのか知らんから、何?開口一番大皇帝顕現とか言っちゃう人なの?

「そっくりだ…」

師匠曰くそっくりだそうだ、言うそうだ 顕現って、どんな人だよ、というかどう言う劇だよ

すると、カノープス様の対面にもう一つ光が差し 新たな登場人物が暗い世界を引き裂いて現れる、こちらはなんとも見覚えのあるフォルム

黒い髪黒いコート黒いズボン 闇の中ではなんとも視認し辛そうな姿の中 輝く二つの紅い輝き…師匠と同じ紅の瞳、言われなくても分かる あれはレグルス師匠だ、孤独の魔女レグルス そしてそれを演じるティアレナ・バルトロメオだ

どちらこの国を代表するエイト・ソーサラーズ…ただ立ってるだけで見世物として成立してしまうんだからすごい

『嗚呼、我が友 否 我が親愛なる輝き…レグルスよ、こちらに参れ…愛し愛でてやろう』

「ん?」

今カノープス様なんて言った?、愛してる?いや劇的詩的な愛情表現だろう、舞台じゃこう言うのを大袈裟に表現して

『カノープス!、私は…ただお前だけを愛している、他の誰よりも…!!』

そう言いながら劇が始まった途端抱き合い熱烈に愛し合う舞台上のカノープス様とレグルス師匠、愛してる愛してるってずっと言い合ってもう十数分、なにこエリス何見せられてんだろう

何?これ?何これ?、え?なんですか?これ?、ずっとイチャイチャしてるだけじゃん…

「え?これ…ナリアさん?」

「うん、レグルス様とカノープス様は恋人なんだよ」

違うよ、ナリアさん違うよ

え?、師匠…これって

「あの、師匠…」

「言うな、何も言うなエリス…、はぁ やはりこういう出来だったか、カノープスめ」

はぁ と眉間に指を当てて頭痛で頭が痛そうにため息を吐く師匠は耳まで真っ赤だ、…もしかして真実とかじゃないですよね…

「あの…」

「魔女劇と言ってもな、大いなる厄災での事柄を克明に描くわけにはいかんのだ、だから 魔女劇とは魔女達の架空の活躍を描いた架空の物語のことを指すのだ」

そういうことを聞きたいんじゃない、レグルス師匠とカノープス様の関係のことだ、恋人同士だったの?

「…言っておくがこれも架空だ、カノープスは私を親友と呼び慕ってくれていたが、その 些かその友情が熱を持ってる部分があってな、それを劇として作るとなると そういう風に見えるだけで、私とカノープスはそんな関係ではない」

「なんだぁ、そうだったんですね、じゃああの劇はそれこそ架空、恋人関係も嘘っぱちってことですね」

「ああ、恋人関係ではない」

……言い方が妙に引っかかるなぁ、第一師匠は自分の偽物にも大した反応を見せない程大らかな人だ、それが態々頭から否定にかかるのは 妙な気がする

いや、やめよう こういうのを考え深堀するのはよろしくない、…それよりも劇に集中しよう

見ればナリアさんはしっかり目を見開いて劇を見ている、この国随一の劇場に足を運べる機会など、一体人生のうちに何度あろうか…、そのうちの一度が今であるがゆえにしっかり刮目するのだ

…しかし、なんというか…

『嗚呼!我が愛!』

『愛すべき唯一の人よ!』

いつまでやってるんだ、この舞台の監修をしたというカノープス様は、どれだけ師匠のことが好きなんだ……



そんなこんなで通称カノープス伝記は凡そ二時間かけて終了する、内容はカノープス様が唯一無二の親友にして愛を誓い合った間柄である魔女レグルスと別れ、アガスティヤ帝国を建国し今ある繁栄を作り出すまでの物語だ

つまり、さっきのあのイチャイチャは別れる前の最後の触れ合いらしいんだが、そこに二時間あるうちの20分を費やしてるんだからカノープス様の師匠への愛が伺える

最初は大丈夫かこれと冷や冷やしたが、ちゃんと劇が始まればまぁ面白い、魔女とは言え一国を作り 栄させるのは簡単ではない、その苦難や自分を信じてくれる臣民との触れ合い、それらを経験し世界最大最強国家を作り上げていく様は なんというか見ていてスカッとする

エフェリーネさんの演技も素晴らしく、エリスの中でもうカノープス様と言えばあの人になりつつあるくらいだ、レグルス師匠役のティアレナさんも素晴らしい演技

だが、師匠に似ているかと言われると少し微妙だ、どちらかというとレオナヒルドに似ている、いや レオナヒルドがティアレナさんに似ているのか、恐らく偽物を演じるにあたって参考にしたのか そこのところは分からないが

ともあれ、満足である その一言に尽きる、この国に来て劇をよく見るようになったが、演劇とは 素晴らしいものだな、時間を忘れて没頭出来るそれは娯楽の王様と言ってもいいくらいだ


「いいものを見ましたね」

なんて、幕が閉じ 観客席から立ち去りつつ、エリスはナリアさんに声をかける、良いものを見た その感覚を共有したい、そんな感情に突き動かされての言葉だったのだが

「うん、とっても勉強になった、得るものがたくさんあったよ」

真面目だな、ナリアさんはいつの間にかメモを取っている、そのメモの中を見てみればまぁ字がビッシリ 真面目に研究していたんだろうな、同じ役者として思うところでもあるのだろう

って、エリスも今は同じ役者でしたね

「しかし、ある意味では得だったか?、ナリア お前の両親はずいぶん有名人なのだな」

「やめてよレグルスちゃん、…でもそうだね…なんか、ここ最近 急に両親の名前を聞くようになったなぁって…」

ルシエンテス夫妻か、ナリアさんと行動を共にしてその名前をよく聞くようになった、腕のいい役者はみんなルシエンテス夫妻の話をする気さえする、それ程までにすごい役者だったのか、しかし だとしたら今は何処にいるのか 何処へ行ったのか

何者なのか…、それも今は判然としない

「ご満足頂けたかしら?」

「うわっ!?」

ふと、劇場を後にしようとした瞬間、背後から声をかけられ肩を撥ね上げる、いやだってさっきまで劇場の上で聞いてた声がしたんだもん、背後から声をかけられる以上に驚くよ

「エフェリーネさん!?」

「ちゃんと来てくれたようで嬉しいわ」

背後にはカノープス様の衣装のまま腕を組むエフェリーネさんの姿がある、こうしてみると その顔つきは非常に若々しい気がする、…え?この人何歳なの?、もう35年も役者の頂点に立つ人だよね

というか、態々立ち去るエリス達に声をかけに来たのか?、それも…ナリアさんがルシエンテス夫妻の子供だから?

「あ さっきの劇!素晴らしかったです」

「素晴らしいものにするため 全霊を尽くしたからね、当然と言えば当然だけれど、ありがとう 嬉しいわ、…じゃあ代わりに貴方達二人に一つ聞いてもいいかしら

聞いてもいいかしら なんて、前置きをしてまで何か聞きたいことがあるのか、もしくは 本題こそがこれなのかも知れない、これを聞くために態々チケットを渡してここに呼んだのかも知れない、まぁ その本心まで察することは出来ないが

ナリアさんはその問いを受け、手元のメモに目を落とし、ううんと考え…

「なんでしょうか」

「貴方達はどうして役者をやってるの?」

急に耳が痛いことを聞いてくるな、何故役者をやってるか?、物凄く意地の悪い言い方をするならこの国で生きていくのに都合がいいからだ、正直 エリスは今もハーメアの件を引きずっている 故に役者にも思うところはややある

自然と役者という職を受け入れている自分に対して 文句をつけるエリスも心の中にはいる、だから なんで?と聞かれると答えられない

なんでエリスが答えに戸惑っていると

「僕は夢を叶える為です」

「夢?」

そう即答するのだ、こういう時 確たる信念を持つ人は強いな

「僕は エリス姫になることが夢なんです、…分かってますよ 男の身でエリス姫になるのが難しいことくらい、でも…」

「いいんじゃない、無理とは言わないわ まぁ難しいでしょうけどね、私もエリス姫を初めて演じる時には苦労したわ」

無理とは言わない やってやれないことはなしとばかりにエフェリーネさんは微笑む、よかった… 何が良かったって、この国一番の舞台役者であるエフェリーネさんまでもがナリアさんの夢を笑うようじゃ あんまりにも救われないじゃないか

やっぱり、違う人は違うんだな…、なんて思ってると今度はエフェリーネさんの視線がこちらに向けられる

「貴方は?エリスちゃん」

「あ…はは、エリスは実は劇団に仮入団の形でして、本業は役者ではないのでどうにも」

「でも役者なのでしょう…、今は」

まぁそうだけどさ、なんかやけに食い下がるな…やんわりありませんと言ってるつもりなのだが…

ここで、それっぽいことを言って煙に巻くのは楽勝だが、真摯に対応してくれている彼女に対してそんな厄介払いするような真似はしたくないのが本音だ

「…はっきり言ってもいいですか?」

「いいわよ」

言ったな、じゃあ

「すみません、エリスは役者があまり好きではありません」

「えっ!?、エリスさん…?」

「別に役者をやってる人間全員を憎んでいるわけではありません、ただエリスの嫌いな人が…とても嫌いな人が役者だったこともあり、少し苦手意識を持ってるんです、なのでなんで役者をやるかなんて聞かれても答えようがありません」

「そう、でも いいわよそれでも、私も昔は役者が嫌いだったからね、それに貴方も嫌いと言いつつキチンとやってると言うことは、心の底から嫌悪しているわけじゃないんでしょう?」

…そうなのかな、まぁ元々謂れなき嫌悪だったし、エリス自身が嫌いと思い込んでいるだけで別にそんなに嫌いじゃないのかな、いやまぁ ハーメア云々に関してはまだ苦手ですがね…

「まぁいいわ、…じゃあ そうね、本当はここでお別れするつもりだったけれど、一つ面白い話をしようかしら」

「面白い話…ですか?」

「ええ、ナリア君の言う男の演じるエリス姫…、確かに難しい話だと思うし前例はない事、だけどもし  その夢の手掛かりになることを知っている人間がいると言ったら どう?」

どうって…え?、手掛かり? 、そりゃ有難いさ なんせ手掛かりも足掛かりもないのが現状だ、それがもし 実現出来得る話になるなら、ナリアさんにとっては喉から手が出るほど欲しい話に違いない

「き 聞かせてほしいです!」

「なら交換条件よ、貴方達劇団が 私の前で…この劇場で貴方達の劇を見せてちょうだい、勿論仕事として依頼するわけだから報酬は払うわ、悪い話じゃないでしょう」

「し 仕事ですか!?、それもこのミハイル大劇場で…」

その話を聞いて より一層エリスはこのエフェリーネという人物の腹の中を勘ぐってしまう、何が狙いなんだ そんな知り合いの息子だからってそこまで優遇するか?道端でばったり会っただけなのに

ナリアさんの両親 ルシエンテス夫妻が凄い人物だから って理由にしては弱い、だってナリアさんがその人達の息子になったのは最近の話じゃない、だと言うのにこんな話を持ちかけてきたのは今回が初めて

もしそのルシエンテス夫妻がエフェリーネさんを動かすほどの凄まじい人物だったとするならもっと早くに接触してきてもおかしくない、なのに今なのだ 今更なのだ

このタイミングの接触には意味があるはず、なら…なんだ その意味は

「ど どうしようエリスさん」

「どうするも何も、断る理由はないでしょう」

「ほう、肝が据わってるわね エリスちゃん」

そりゃそうだ、エフェリーネさんの目的は読めないが 話を聞く限り断る理由はない破格の条件だ

だって 劇をするだけでいい、いい劇を見せろとか 私を唸らせろってんなら難しいかもしれないが、やるだけならやればいい、仕事としてお金も貰えるなら 貧乏旅劇団のクリストキントにとっては御の字だしね

「でも 世界一の役者さんの前で劇をするなんて…」

「世界一の前だからこそです、臆する事無く前へ進める人間だけが 世界一の舞台に立てるんです、それに 何があってもナリアさんは夢を諦めたくないんですよね、なら 答えは決まってるはずです」

「それは…確かに、そうだね」

これはエリスの持論だが、成功を掴む為には動くより他ないのだ、待って行ってじっとしていて手に入る成功は 所詮動いた人間のおこぼれに過ぎない、やりたいことがあるならやる 欲しいものがあるなら前へ走る

いつだって、大成を手に入れた人間は誰よりも前へ走った人間だけなんだから

「分かりました、受けます その仕事」

「ふふふっ、分かったわ では明日の夕頃でいいかしら?」

時間少ないな、もっと用意する時間くれてもいいのに、いやまぁ劇をし街に来てるんだから、仕事決まってから今更おちおち練習始めてってんじゃ そっちの方が遅いか、エリスは詳しくないから知らないけれど…

「分かりました、じゃあみんなのところに戻って用意してきます」

「ええ、楽しみにしているわ」

「はい…、行こっか、エリスちゃん」

「ええ」

決意を抱強かに口を結ぶナリアさんはやや緊張した足取りでフラフラと劇場を出て行く、まぁ 覚悟決めたからって緊張しなくなるわけじゃないか…、さて なんて達観してるが主演はエリスだ、一番緊張すべき人間がのほほんとしてでどうする

やるぞ、やるしかないなら やるだけだ

「ねぇエリスちゃん」

「え?はい?なんですか?」

ふと、ナリアさんについていこうとしたその時、エフェリーネさんに止められる…まだ何かあるのか、それともナリアさんがいない今じゃないと聞けないことなのか

「…見せてもらうわ、貴方の劇を」

「………………」

それが、どういう意味かは分からない だが…

「いえ、見せるのはエリスの劇ではありません、エリス達の劇です、そのつもりで見てください」

「あら…、ふふふ 本当に貴方は肝が座ってるのね、私を前にそこまで物怖じしないのは素晴らしいわ」

色々と凄い人達と会ってきましたからね、餓獣の怪物や万能の力を持つ黄金の騎士や世界最高の料理人、悪いが今更世界最高の役者ってだけじゃ ビビりませんよエリスは

それだけ伝え エリスは師匠の手を引いて劇場を後にする、やるべきことは決まった …まずはこの劇を成功させる、それだけだ
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