孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・後編

246.魔女の弟子と収束する運命の奔流

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「う…んん」

あれ?、エリスは何をして…

エリスは…アーデルトラウトさんのなんかすんごい一撃受けて…それで、命懸けで立ち上がったと思ったんだが、やっぱり気絶してしまったのか…

徐々に覚醒し始める意識と戻ってくる感覚、広がってくる視界 見えるのは月明かり…そしてその前にあるのが

鉄格子

「…檻?」

目をパチクリ開けながら起き上がる、見えるのは頑強な石壁と、上方に取り付けられた窓には鉄格子から月明かりが忍び込んでいる

これは と思い立ち上がると、ボロボロの体が治っているのに気がつく、治療された?誰に?というかどう言う状況だ?

手には頑強な鉄の枷と魔封じの縄がグルグルと巻き付けられている…、バッチリ捕まってるな

…エリスは、師匠を助けられず 帝国に敗れ捕まった…ということかな

なんと、なんと無力なのだろうか…、師匠を助けるために命も何もかも投げ打ち フィリップさんをも巻き込んだというのに、敗れ 檻に押し込まれるとは…

はっきり言いましょう、心が折れかけています…、ここから更に奮起してまたあそこに向かうのは マルミドワズから抜け出して向かう以上に難しいでしょう、それ辿り着いたとしてもまたアーデルトラウトさんとゴッドローブさんに返り討ちに合うのが関の山…

足りない、エリスには力があまりに足りない…、師匠を救いたいのに エリスにはそのための力が足りない、…もっと修行しておけばよかったのか?もっと貪欲に力を求めればよかったのか?

分からない…もう、分からない

けれど、けれども…やっぱり諦められない、策が無くても 力が無くても、師匠を諦めてしまったら エリスはきっと……

「目覚めましたか?エリス様」

「っ…!?」

ふと、背後から声が響き、確かめるように振り返れば …鉄格子の向こう側に見える顔に、心を掻き乱される

「メグさん…」

メグさんだ、かつて エリスと共に戦った彼女が檻の前でエリスを見張っていた

彼女がここに運んだのか、彼女はやはりエリスを逃すつもりはないのか というショックと

やはり生きていたんだという安堵感、相反する二つの心に苛まれる

「メグさんが、ここに連れてきたんですか?」

「ええ、貴方が陛下の役目を邪魔していたので 私があなたを気絶させ、ここまで連れてまいりました」

「…………」

なるほど、イマイチ覚えてないが エリスを気絶させたのはメグさんだったか、まぁ この人ならどこにいつ現れてもおかしくはないか

陛下の役目を邪魔…か、確かに邪魔をした シリウスを消し去る邪魔を、そこから見ればメグさんにとって エリスは許されざる存在なのだろうな

でも…、でも

「…メグさん、お願いがあります」

「ダメです」

「ここから出してください」

「ダメです」

メグさんに向き直り、頭を下げる 

拒否されても、構うことなく頼み込む、ここから出してくれと、魔封じの縄をつけられている以上 エリスはここから自力で脱出することはできない、だから 頼むしかない、彼女に

だが、メグさんの答えは決まっている 、断固として拒否…

「お願いします」

「ダメです」

エリスは 彼女を友達だと思っている、だから 出して欲しいというのは現金だろうか

いくら友達だと言っても、いくらあの戦いを共に潜り抜けたとしても、それは皇帝陛下からの命令でしたこと、その皇帝陛下の意向を無視して 剰えそこに歯向かったエリスに味方をする理由はないだろう

エリスは彼女との敵対を選んだ、彼女はエリスを敵として認識した、だからもう 友とは呼べないかもしれない

それでも、エリスは今も彼女を敵として認識しきれないところがある、甘いかもしれないし緩いかもしれない、エリスとメグさんは決別した もう友達じゃない

けどさ、それでも エリスの中では今までの全部が帳消しになるわけじゃないんだ、いくら彼女がエリスを敵として認識して エリスが彼女と敵対したとしても、エリスの中で彼女が友達じゃなくなるわけではないのだ

「外に出て、どうするんですか?」

「師匠を助けます」

「また貴方は…、あれだけ痛めつけられてまだ分かりませんか」

「分かりませんよ…、分かりません」

立ち上がり、歩み寄れば エリスを繋ぎ止める鎖がジャラジャラと音を立てる、メグさんは呆れたように顔をしかめ 近づいてくるエリスを睨む

諦めろって、分かれって、諦められる訳も 分かることも出来ないよ、エリスにとって師匠はそれだけ大きいんですから

「エリスにとって、師匠は何よりも大切な存在なんです、地は繋がってませんけど 師匠はエリスの母親なんですから、何が何でも 助けたいんです」

「…例えそうだとしても、レグルス様は魔女シリウスの依り代となる存在、生かしておけば魔女シリウスの今世への顕現を許すことになる、そんなこと 貴方だって分かるでしょう」

「そりゃそうでしょうけど、でも…だとしても!助けたいんですよ!、殺されるなんて許せません!死ぬなんて耐えられません!、エリスはシリウスからも帝国からも師匠を守ります!守ってみせます!」

「じゃあどうするんですか、具体的なプランはあるんですか?、シリウスの手からレグルス様を救い出すプランは」

「それ…は、今は思いつきません、けど 絶対に何とかして…」

そう エリスが口にした瞬間、鉄格子の隙間からメグさんの手が飛んできて、胸ぐらを掴むなり 引き寄せる、鉄格子にエリスの体を叩きつけるように

「ぐっ!?」

「なんですか、無いのですか? 策もプランも考えもなく、貴方は師匠を助けたいと言ってるんですか?…、ふざけるのもいい加減にしてください」

「ふ ふざけてなんか…」

「子供のワガママと変わらないんですよ!貴方の言い分は!」

ギリギリとエリスを鉄格子に押し付けながら 響かせる怒号、いい加減にしろという拒絶の声、貫ぬくような激怒の瞳に射抜かれ、言葉を失う

「助けたい?なんとかしたい?けど何も考えはありません?、貴方はそんなバカな理屈ぶら下げて陛下の覚悟の邪魔をしたんですか!?、そりゃあ助けたいですよ!なんとかしたいですよ!みんな!、でもなんともならないから涙を飲んで戦ってるんでしょうが!」

「で でも!だとしても」

「でも…なんですか?、だとしても?助けたい?、出来もしない事を言わないでください、やれもしない事に挑戦して自滅するなら一人でしてください、今貴方がしているのは 全世界 全人類を危機に貶める自殺行為なんですよ、ただなんとなく 情動的に助けたいと行動した結果 この世が滅んだら貴方は責任を取れるんですか!?」

「それは…」

返す言葉がない、事実エリスは今もこの事態の解決法を思いついていない、なんとかしたいと思えど 師匠の前に…、シリウスの前に立った時 何も思いつかなかった

シリウスの魔の手から師匠を救い出す方法は、何も思いつかない…結果エリスが帝国から師匠を助けても、シリウスは感謝もせずに大手を振って世界を破滅させるために動くだろう

そうなれば何もかも終わりだ、師匠を助けるどころの騒ぎじゃない…、エリスがやってることは身勝手極まりない行いだ

「貴方はあの場に陛下がどれだけの悲哀と覚悟を秘めて臨んでいるか理解しているのですか?、貴方よりもずっと…ずっとずっとレグルス様を愛している彼の方が、身を滅ぼす程の覚悟で戦っているのに…、お前は!」

「ぐっ!」

突き飛ばされ 思わず尻餅をつく、カノープス様が師匠を愛しているのは知っている、きっと この八千年間レグルス師匠のことを考えない時間はなかっただろう事は容易に想像出来る

…そんなカノープス様が、本気でレグルス師匠を殺そうとしていた、きっと 易々と殺そうとしたわけではないのだろうな

「貴方を放置すれば、きっとまた貴方は陛下の邪魔をする、故に 夜が明けた瞬間、貴方をこのマルミドワズ留置所から正式な監獄へと送ります、…魔女排斥派やタヴ達と同じ 監獄へとね、今のうちに空を見て記憶にとどめておきなさい…それが、今生で見る最後の空になるでしょうからね」

「……ッ」

正式に監獄へ…か、そうなれば エリスはもう二度と外へは出してもらえないだろう、なぜ処刑されないのかは分からないが 一生外に出られないなら死刑と変わらない

エリスの旅が、終わる事になる…

「では、失礼します」

するとメグさんは打ちひしがれるエリスに背を向け、ツカツカと立ち去っていく…その背中が遠ざかる

確かに、エリスは師匠を助ける手段に覚えはない、もしかしたら そんなもの存在しないのかもしれない

そんなエリスの勝手を、帝国は許さない 数百万の帝国軍と三十二の師団長と三人の将軍が、エリスを阻み 打ち崩すだろう

何をやっても無駄 何を思っても無駄、エリスは…エリスには、出来ることなんか 無い


「待ってください!、メグさん…!」

「…………」

立ち上がる、出来ることはない やれることなんかない、策もない プランもない 考えも何もない、それがこの世を危険に及ぼす行為だと理解もしているし シリウスを復活させちゃいけないのも分かってる、…ああそうだとも 分かってるさ!

けど!しかし!だとしても!その言葉がエリスの内側から止まることなく溢れてくるんだ!

「メグさんがカノープス様を愛しているのは分かります、敬愛しているからこそ その決意を尊重しているのも、カノープス様の選択ならば 貴方はきっとどこまでもついていくでしょう…、それが 魔女の弟子というものです、そうですよね」

「だから、自分も同じく 師に付き従うと?」

立ち止まり、肩越しにこちらを見るメグさんの瞳は、どこまでも鋭く 冷たい、けれど そうだ…、エリスはどこまでだって師匠の為に戦う、それが無駄でも それが危険でも、許されなくても

理屈じゃないんだ、理論じゃないんだ、この感情は!

「エリスは諦めません!、必ずここから出て!必ず師匠を帝国から救い!シリウスを打ち払い!旅を続けます!、エリスは絶対に!師匠と一緒にアジメクに帰ります!」

「…………」

「例え!出来ることがなくても!、エリスは絶対に!諦めませんから!」

それが 今のエリスの全てだと、メグさんに伝えれば 彼女は徐に振り向き

刹那、エリスの目の前の鉄格子が火花を散らして揺れる、見れば 丁度エリスの眉間と重なる鉄格子に 深々と投げナイフが突き刺さっており…

「そこから出て、また陛下の元に向かうなら、今度こそ 私は貴方を殺します、例え陛下との約束を違えたとしても 私は…、絶対に師を守ります」

「……メグさん…」

師の意思を守る為なら、何もかもを投げ打つつもりでいるのは エリスだけではない、彼女もまたエリスと同じく 師匠を愛し守る為に、戦うつもりなのだ

…その執念の色は同じ 形は同じ、違うのは その二つの執念は今 向かい合っているということだけだ

「…………」

その瞳に、エリスは目を背ける事なく見据え続ける、これが答えだと言わんばかりに、そんなエリスの態度を見てメグさんは表情一つ変える事なく、再び時界門を作り出し 何処ぞへと消えていく…

見張らないのか?、それとも見張るまでも無いか?、甘く見られたものだ

絶対にエリスは諦めませんからね!

「エリスをなめないでくださいよ!、何回檻に入れられたと思ってるんですか!、こんな時のために脱獄技術を磨きまくってるんですから!」

こんな手枷なんか日焼けした皮膚を剥ぐように脱げるんですからね!と誰もいなくなった牢獄の中叫び散らす、絶対に抜け出してやる!絶対に師匠の元へ向かってやる!、絶対に絶対に諦めませんからねーーっっ!!


……………………………………………………

窓の外から 外を見る、月がやや傾いた…あれから一時間くらいかとエリスは静かに息を吐く

「ダメでした」

ダメでした

流石帝国、技術力は世界一ですね 手枷一つとってもここまで頑強とは…

あれから1時間 エリスはいろいろ試しました、まず手枷を外そうとしましたがこれが全然取れないのですよ、多分 そういう魔装なのかと思われます

続いて枷を壊そうとしました、まぁ壊れません 壊れたら手枷の意味がありませんから

次に縄を抜こうとしましたが、手枷がある状態じゃ無理ですし 何よりこれ、アーデルトラウトさんがいつかやった帝国特製の結び方です、切らない限りもう解けない奴です

次に鉄格子をぶっ壊そうとしましたが、壊れません 当たり前のことですが、それでもエリスの全力の攻撃にもビクともしないんですから凄いですね

手を尽くし 暴れ尽くし、とりあえず思いつく事全部頓挫したあたりで…ヒヤリと背筋が冷たくなる、これ…抜け出せないんじゃ無いか?、帝国は伊達じゃ無い この辺は周到だ、このまま夜明けを迎えたら エリスは更に頑強な牢獄に送られる

そうなったら…、タヴやヴィーラントと同じ扱いを受けることになるだろう、それは嫌だな

「はぁ、どうしましょう…これ」

このままじゃ師匠のところへ行くどころの騒ぎじゃ無い 、とエリスはゆっくり壁にもたれかかり座り込む…、どうしたらいいんですかね これ

んー と唸りながら考えると、ふと 思い浮かぶ違和感…

なんでエリスは治療されているんだ?と疑問に突き動かされるままポーチの中を見ると、ポーションが一つ減っていた、もしかして…メグさんが使ってくれたのかな

もしかして、傷ついたエリスを放っておくのが忍びなかったから とかかな、いや なにやら帝国側もエリスには死んで欲しく無い様子だった、理由は分からないがエリスには生かしておく価値があるようだ

だから、メグさんはエリスを帝国軍に誘ったのかもしれない…、あの誘いを受けていたら こうならなかったのかな…、だとしても受けられないよ 師匠を裏切る話なんて

「師匠…」

いつしかエリスの思考は脱獄の方法から、脱獄した先へと移っていく

よしんばここから抜け出せたとして、どうする?また無策で師匠のところへ行くのか?、シリウスの魔の手を払う方法を見つけない限り師匠を助けるなんて夢のまた夢

されども相手は史上最強の魔術師だ、それが八千年の時をかけて作り出した完璧な作戦、それを打ち破る方法なんてあるのか?

でも、でも助けたいなら考えないと…方法を、でなけりゃエリスのこれは メグさんのいう通り、ただの子供のワガママになってしまう

ワガママじゃ師匠は助けられない、だから考えるんだ エリスよ、今までの旅の中に何かヒントがあるはずだよ、きっと 今までみたいに

「……………………ダメだ、思いつかない…」

そもそもだ、エリスに何が出来るんだ?…、このまま抜け出せたとしても 師匠の元までたどり着けるかも分からない、きっとまた 帝国軍が立ちはだかる、形影相弔うエリスはまた孤独な戦いを強いられるだろう

何せこの国にはエリスの味方はいない、フィリップさんは味方をしてくれたけれど 今はもう生きているかも分からない、そんな状態でまた戦うのか?また一人で戦うのか?

前回は奇跡的に上手く行っただけ、次も上手く行く保証はないし 向こうは警備を固めてくるだろう…、今度こそ 殺されるかも


「いやいや、諦めるな…考えろ、師匠を助ける方法…知識を総動員して…って」

無理だ 知識を総動員しても何も浮かばない、シリウスの使う魔術は超常の魔術だ、それに対抗するには魔女様達が持つような深遠なる知識が必要だ、けどエリスにはその辺の知識が圧倒的に足りない…

うん?、知識?…そうだ、識の力を使えば何か思い浮かぶかもしれない…、前回使ったあの戦いから 見た感じ一日経ってるみたいだし、もしかしたら もう使えるかもしれない

その為には超極限集中状態でレグルス師匠をこの目で見る必要がある、そうしなければ知識は入ってこない…

「…………一日か」

あれから丸一日、きっと 師匠と…いや、シリウスと帝国はまだ戦っているだろう、メグさんがここを立ち去ったということは きっとまだ戦ってるはずだ、けど果たして師匠は無事なのか…

時間はどれくらい残ってるんだろうか、今判断するなら 態々エリスの護送を夜明けに設定した、ということは 夜明けまでには片がつく計算なのだろうか、だとすると もうあんまり時間がないかもしれない

よし!なんとなく方針は決まった!後は早く脱出しないと…!

「って!ここから出れないんでしたーっ!!」

うわぁー!まずここからなんとかしないと!、師匠を元に戻す方法を思いついたとしても時間が足りなくなってしまう!

ああ!どうしたら!、とワタワタ足を動かし考えを巡らせるエリスに、一つ 変化が起こる

「……ん?、誰か来る」

コツコツと 音がする…、足音だ こちらに向かってくる

誰だ?メグさん?いや、これは軍靴の音…つまりこっちに来るのは軍人だ、とすると …もしかしてフィリップさんが助けに来てくれたのか!?、いや でも彼は無事かどうかも分からない状態だ、助けに来る余裕があるのか…?

だとすると、フリードリヒさんか トルデリーゼさんか ジルビアさんか、でも彼らが今エリスの味方である保証は…

そう考えていると、軍靴の音の正体が 人影が、エリスの鉄格子の前で立ち止まる

その人物は…

「あ 貴方は…、アーデルトラウトさん」

「………………」

アーデルトラウトさんだ、シリウスとの戦いの場にいた将軍の一人がこの牢に現れた

何故彼女がここに、彼女が途中であの戦線を離れるとはも思えない それこそ、余程の用件でもなければ…

まさか、もう師匠が…!

「し 師匠はどうなったんですか!」

「…頼む」

「ハッ」

するとアーデルトラウトさんはエリスの言葉を無視して背後の看守と思われる男に一つ合図をすれば、看守はジャラジャラと鍵を用意し…、エリスを閉じ込める牢の扉を開け…

え?

「え?」

「孤独の魔女の弟子エリス、付いて来い 貴様には来てもらわねばならない場所がある」

え?…、もしかしてもう護送?まだ夜も明けてないのに…、ど ど…どうしよう、なんて思う間にもエリスの体は看守により引き立てられ 無理矢理牢の外へと連れ出される

焦るエリス、顔色を変えないアーデルトラウトさん、両者の間に沈黙が蔓延り ただただ静かに、エリスは何処かへと連れて行かれるのであった

…………………………………………………………………………

エリス投獄から丸一日経ってなお、帝国X地区での決戦は終わる気配も見せず益々混迷を深く極めていく

「ぬはははははははははは!!!」

星空の宵の中、燃え盛る炎の山を足に敷き 盛る様に吠えるように笑う人影 魔女シリウスは世界を脅し立てるように牙を剥く

人類災禍の頂点 大いなる厄災シリウスは顕現した、完全なる復活ではないものの それは人類にとって脅威以外の何物でもない、故に世界の守り手たる帝国 及び皇帝は総力を挙げてこの厄災の撃滅に乗り出した

しかし

「対象確認!、撃て撃て撃て!!」

遠方から双眼鏡にてその姿を確認した帝国兵達は戦略級魔装である『移動式殲滅巨砲 四式』を用いてシリウスに向けて怒涛の砲撃を開始する、世界最大の砲台とも言われるその砲台を合計十六門用意しての砲撃だ 、一発で街一つ吹き飛ばすと言われるその砲撃を行う為 既にX地区は封鎖され全住民の避難を終了している

「ああん?、大砲じゃと?まだ絶滅しとらんだか、そんなもの 魔術の前では 豆鉄砲も同じというに!」

するとシリウスは右拳に魔力を集める、ヒュルヒュルと音を立てて飛来する巨大な砲弾が自ら一人に向けられているというのに臆する事もなく笑う彼女は その拳を前方に向けると

「『国壊之凶日 三隣亡』っ!!」

放たれるは暗黒よりも尚黒き禍々しい魔力の波、触れる物全てを崩壊させる凶日魔術のうちの一つを解放し、飛来する砲弾全てを虚空にて爆裂させれば 光に一瞬遅れて爆音と衝撃がシリウスの髪を撫でる

「ぬははははー!花火じゃー!!げひゃひゃひゃ!」

心底楽しそうに手を叩き喜ぶシリウス、その姿を望遠鏡にて確認した帝国軍人達 それらを束ねる男ラインハルトは舌を打つ

「これもダメか…、ユゼフィーネ もっと強力な武装は無いのか」

「あ あるけど、ぶっ放したら被害がX地区だけじゃ済まなくなるよ、それこそ 帝国諸共心中するつもりじゃ無いと…」

「…或いは、帝国諸共消しとばしても 奴は生きているかもしれないな」

それは悪手か、そう 歯噛みするラインハルト…、これの背後には師団及び全帝国軍数百万が既に待機し凡ゆる武装を揃えて その穂先をシリウスに向けている

既にエリスと言う脅威は取り払った、後はあのシリウスだけを倒せば終わると エリス投獄の法を聞いたラインハルト達はすぐさまこのX地区に…戦場に駆けつけたのだ

しかし、ラインハルトが駆けつけた瞬間、皇帝が作り出した 臨界はシリウスによって内側から食い破られ 再びシリウスがこの世に這い出てきていた

皇帝と三将軍が揃い踏みしても シリウスを倒すには至らなかったのだ、最終兵器たるヘレネ・クリュタイムネストラもまた地面に引きずり落とされ 今シリウスの足元で火を上げて崩れている

状況は最悪だった、短期決戦で決めなければならないと言うのに 決め切れなかった、帝国は今 史上最強の存在を前に泥仕合に持ち込まれてしまったのだ

「…………」

ラインハルトは既に布陣を終えている帝国軍を見る、或いは この全軍で戦えば…と思考するも、それが直ぐにヤケクソの特攻になることを悟り 首を振る

ルードヴィヒ将軍が倒しきれなかった時点で、帝国全軍が挑みかかっても シリウスは倒せないのは明白になっている、こんな布陣にも意味はない シリウスがその気になってこちらに向かってくれば、瞬く間に皆殺しにされるだろう

「首尾はどうだ、ラインハルト」

「ルードヴィヒ将軍…!」

ふと、ラインハルトは隣に目を向ける、するとそこには先程まで居なかったはずの筆頭将軍の姿がある、恐らくテンプス・フギットでここまで飛んできたのだろう、相変わらず神出鬼没だ

首尾か…、とラインハルトはやや表情を重くする、ラインハルトはルードヴィヒ将軍達にこの場を任されてより1時間 なんの成果もあげられていないのだから

「最悪です、帝国の魔装全てが通用しません」

だが正直に言う、ここで保身に走って虚偽の申告をするほど彼は浅ましい男ではない、何も出来なかったのは事実なのだから

すると、ルードヴィヒはそんなラインハルトの顔を見て 軽く笑い

「そうか、だが 1時間奴を彼処に留めた成果は揺るぎないものだ、その間に休憩も出来た 、また私が出よう」

「将軍が!?、しかし たったの1時間の休息では戦闘の消耗など癒えません!」

今 ルードヴィヒ達三将軍と皇帝カノープスは、布陣の中心地にて傷と疲れを癒している最中にある、ほぼ丸一日シリウスを相手に戦い続けた三将軍とシリウスに半分近く魔力を持っていかれた皇帝カノープスの消耗は著しい

対するシリウスは消費した魔力を大地から溢れる己の本来の肉体から流れる魔力から吸収し 半ば無限の魔力を手に入れつつある、肉体的疲労もレグルスの体に一方的に押し付け 疲弊することもない

あっちは単独で無限に戦える、対するこちらは消耗するばかり そんな中無理にルードヴィヒ将軍を前に出せば…

「このままでは、ルードヴィヒ将軍とは言え 死は免れないと私は考えています」

ラインハルトは忌憚なく意見を述べる、このままルードヴィヒ将軍を向かわせれば ルードヴィヒ将軍は討ち死にするだろう、それはダメだ 帝国軍にはルードヴィヒ将軍が必要だ

しかし、そんな話を聞いてもルードヴィヒは微笑みを崩さず

「私は遠に覚悟が出来ているから構わんさ、私の後任も君に任せる、君ならば 私亡き後の帝国も引っ張っていけるだろう」

「ま 待ってください!将軍!」

シリウスの元へと向かおうとするルードヴィヒ将軍の手を思わず掴んで止めるラインハルト、行かせてはいけない だが行かせなければ帝国が 世界が滅ぶ、そう分かっていても止めてしまう

ルードヴィヒ将軍が帝国には欠かせないという感情以上に、ラインハルトはルードヴィヒに死んで欲しくないのだ

後任はお前だ?、ラインハルトは将軍の座などに目を向けたことは一度だってない、この目はいつだって敬愛する将軍の背と将軍の見据える先にしか向けた事がない

「…将軍が行くなら…」

ルードヴィヒ将軍が行くなら、代わりに誰かが行くべきだ…なら誰か?、決まっている

「お前が行けフリードリヒ!」

「俺っ!?、俺なの!?そこは自分がって言うところじゃねぇのおい!」

さっきからそこでバツの悪そうな顔で待機しているフリードリヒに目を向け怒鳴る、こいつはエリス討伐には参加はしなかったものの シリウス討伐には何が何でも参戦しろとラインハルトが連れてきたのだ

悔しい話ではあるが、ラインハルトとフリードリヒなら フリードリヒの方が何倍も強いしシリウス相手にもマシな戦いが出来る、こいつは実力だけなら将軍クラス なのにそれを怠けてこんな所にいて…、戦え!お前も!

「俺も行く!だがフリードリヒ!、将軍と同格の力を持つお前なら 必ずや役にたつ!、ルードヴィヒ将軍の代わりにお前が行け!」

「や やだよ!無理だよ!、俺は別に将軍並みに強いわけじゃねぇって!あんな化け物と戦ったら死ぬって流石に!」

ジタバタと抵抗するフリードリヒを連れて行こうとするラインハルト、何が何でも行くものかと四つん這いになり地面に手足を食い込ませるその姿は最早躾のなってない犬そのものだ、隣で見ているジルビアとトルデリーゼもやや苦笑い

「やめておけラインハルト、覚悟のない人間に 死地へ赴くことを強制するような事があっていいはずがない」

「それは…」

どうどうと宥めるルードヴィヒの手によって 漸くラインハルトの強硬手段は止められる、がしかし ギロリとフリードリヒの後頭部を睨みつけ牙を剥く、将軍の目が無ければポカリとど突いていただろう それでも師団長かと

まぁ当の本人がピーピー口笛吹いてトボけてるから と言うのもあるが

「だが一つ聞かせろ、フリードリヒ…お前は魔女シリウスと戦う気はあるのか?」

すると ルードヴィヒが問いかける、やや棘があるようにも聞こえるのこの言葉を受け フリードリヒも表情を硬くし、真剣味を帯び 口を開く

「ええ、まぁ」

「そうか、だが随分戦いに対して消極的に見えるが?、まぁ お前が戦いに対して消極的であることは今に始まった事じゃあないがな、上官の言うことをロクに聞かないのもな」

「随分棘がありますね、将軍」

「棘を棘と感じる程度には聡いか?、だが 此度のこれは行き過ぎだ、帝国は存亡の危機にある、日和見が過ぎれば 大切なものを失うぞ」

「…そりゃわかってますよ、俺ぁ 大切な友達や妹分守る為なら たとえ相手が史上最強だろうが宇宙最強だろうが、戦うつもりですよ 勝てるかは別にしてね」

「なら…」

「だけど、もうちっと待ってください 将軍、俺は魔女シリウスと戦う気はあっても 魔女レグルス様とは、戦える気がしないので」


フリードリヒが鋭い目でルードヴィヒを睨んだ瞬間 横から飛んでくる手によって胸ぐらを掴みあげられる、ラインハルトだ 彼が激烈に怒り狂った顔でフリードリヒの胸ぐらを掴み上げたのだ

「貴様!それはどう言う意味だ!」

「落ち着けラインハルト、フリードリヒは別に戦わないとは言ってない…だろ?」

止めに入るルードヴィヒの言葉にコクリコクリと頷くフリードリヒ、戦える気はしないが 戦う気はある、このままじゃみんな死んじまうことくらいは分かる、けど もう少し欲しいんだ時間が 

割り切る時間が…

「レグルス様がシリウスに乗っ取られたのは 臨界魔力覚醒を使ったからって話だよな、けどその臨界魔力覚醒を使ったのは 俺達のためなんだ、あの場にいた帝国兵を守るためにレグルス様はニビルと戦ってくれたんだ、ああなっちまったのは俺達の不甲斐なさのせいだからさ…、どうにも 戦う気にゃなれねぇんだよ」

「…………まぁ、うむ」

ラインハルトも言葉を失い 掴んだ手を離す、確かにレグルス様がシリウスに乗っ取られる起因となったのはニビルとの戦いのせいだ、もし帝国兵がもっと奮戦してニビルを独力で撃破出来ていたら こうはならなかった

ラインハルトがあの時 ニビルを倒せていたらこうはならなかった、その尻拭いをした結果 レグルスはシリウスによって肉体を奪われた、この事態の責任は俺にもある、とラインハルトは痛み入る

「だから、自分にケジメをつける時間をください将軍、甘ったれなのは分かってる、けど」

「構わんさ、大切なことだ …では、私が行くとしよう」

「あ!いや!将軍待ってください!」

結局ルードヴィヒが向かいことになり慌てて止めに入るラインハルト、どの道誰かが向かわなければならないことには変わりないんだった、危うくフリードリヒの口車に乗せられるところだった

「いや、ルードヴィヒだけは行かせん 我も行こう」

すると、そんな話の中に混じるように 虚空を引き裂いて現れるのは…

「陛下、もう御体の方は」

「心配をかけたなルードヴィヒ、万全では無いが 十分だ」

皇帝カノープスだ、先ほどの戦いで最もシリウスと近くで戦い続けた皇帝が腕を組みながら眼前の火の山を見つめる

はっきり言ってこの中で最も消耗しているのは皇帝カノープスだ、シリウスに持っていかれた魔力はあまりに大きい、臨界魔力覚醒を維持できず シリウスを外に出してしまう程度には疲弊している

ヘレネ・クリュタイムネストラという決め手を失い ズルズルと戦いが長引いた結果 疲弊と傷で動けなくなった将軍をも守りながら戦っていたのだ、己自身も無視できないほどに消耗しているのに だ…、如何に最強の魔女とは言え厳しい戦いに変わりはない

だが、あのシリウスにこの場で唯一明確に対抗出来る人間として 戦わないわけにはいかないと再び戦線に上がってきたのだ

「しかし陛下、私が見たところ 万全には見えませんが」

ルードヴィヒの辛辣な言葉がカノープスに突き刺さる、皇帝に対してここまで不遜な物言いが出来るのも彼くらいだろう、だが事実なのだ

今のカノープスは大して消耗から回復していない、再び臨界魔力覚醒を展開するだけの魔力も残っていない、とても万全では無いだろう

そんな言葉にカノープスはやや面白くなさそうに眉をひそめ

「問題ないと言っているが?」

「私が問題があると判断しているのです、陛下 ここは他国の魔女に救援を求めてはいかがですか?」

他国の魔女…、その言葉を聞きカノープスは目を伏せる、だが思う ラインハルト達はその言葉を名案だと思う

カノープス様一人で戦うことはない、他の魔女様達もここに呼んで戦えば 今より確実に良い結果になる、帝国だけで終わらせられないのは悔しいが 今はそんなこと言ってる場合じゃない

しかし

「ならん、他の魔女は呼ぶな」

却下するのだ、その言葉を…

「何故か、理由を聞いても?」

「信用が出来ん、他の魔女達もまたシリウスの魔の手にかかっている可能性が高い。事実シリウス復活という事態になっても誰も現れんのが証拠だ」

他の魔女もシリウスに操られているかもしれない というのだ、報告では確かに他の魔女達はシリウスによって正気を失わされていた、だがそれは魔女レクルズの尽力により回復した とあるが…

そもそも、そのレグルス自身がシリウスに操られていたのだ、もしかしたらそれらも全てシリウスの策かもしれない、まんまと呼びせ寄れば 背後からシリウスに操られた別の魔女から刺されるやもしれない

ならば下手に魔女を呼び寄せるわけにはいかない、絶対に…

「他の魔女はシリウスに操られていると思え、信用出来る者はいない 、ともすれば逆にシリウスの援軍として現れる可能性もある…そうなる前に、早く 早くレグルスを殺さなければ」

カノープスはシリウスの魔術を跳ね除け、正気を保ったまま孤独な戦いを八千年間続けてきたとルードヴィヒは聞いている

しかし、今幽鬼のように歩くカノープスが とても正気とは思えない、思えないからこそ…

「分かりました、では 我等だけで向かいましょう、ラインハルト フリードリヒ、お前達は念の為周辺の防御を固めておけ、陛下の語ったようにシリウスの援軍が現れないとも限らん」

「……了解…、援護射撃は…」

「念の為続けておけ」

どの道 最初からカノープスとルードヴィヒが戦うことは確定していた、故にフリードリヒ達には周辺の防備を任せる、ラインハルトは慚愧に満ちた表情だが これは仕方ないことだ

「さて、そちらの準備はいいか?」

そして 再び戦いに向かうルードヴィヒは、一つ 伺う、準備はいいか?と…それは

「問題ない」

ルードヴィヒ同様 傷だらけになりながらも剣を背負うゴッドローブ…そして

「ああ、私は構わない」

漆黒のコートを着込むアーデルトラウトだ、二人ともあれからずっと戦い続けていたせいでかなり疲弊していたが、治癒魔術で幾ばくかの余裕を取り戻したようだ

また 皇帝と三将軍にてシリウスと戦いに行く、勝てるかは分からない だがやらなくてはならないという使命感だけで己を奮い立たせ 再び決戦に向かう…すると

「陛下!」

「む?、メグか?」

時界門を潜り抜け カノープスの隣に降り立つ影が…メグが、らしくもなく やや焦った顔にて己の師に縋り付く

「陛下、私も行きます 連れて行ってください、お願いします」

「メグ…」

メグは無礼にもカノープスの裾を掴み、頼み込む 自分も連れて行ってくれと

メイドとして弁えている彼女は己の主人に願い立てることなど決してしなかった、今まで一度も 意見など言わなかった、それがこうして頭を下げて頼み込むのは このまま向かわせれば己の主人がシリウスの手によって死んでしまうと理解しているからだ

それは決して許容出来なかった、自分を地獄から救い出し 人としての生き方を教えてくれたカノープスは、メグにとって 親にも等しい存在…、不敬にもメグはカノープスを己の真なる母としてみているのだ

そんな親が死地に向かうのだ、それを指をくわえてみていることなど出来るわけがない、例え何も出来ずとも 何もしないでいるよりはマシだとメグは目に涙を溜めて皇帝を止める

「おい!メグ!、お前にはエリスの見張りを命じてあるはずだが!?」

アーデルトラウトは吠える、メグにはエリスの見張りを命じてあった筈、それが悠々とここにいるのだ 、もしエリスの見張りという役目を放棄してここに来ているのだとしたら それはそれで許されないことだと

「そちらは大丈夫です、先程目覚めたのを確認しましたが 彼女に打つ手がないのを確認してからこちらに来ましたから、それに マルミドワズから外に通じる道も断ち切りましたので もし牢の外に出ることが出来たとても マルミドワズの外には出られません」

既にエリスを拘束する状況は完成させてある、最も堅牢な檻にエリス入れてある、破壊も不可能だ

師団長クラスでも面会出来ないのでフィリップのような裏切者が出てもエリスを外に出す事は叶わない

もし牢をなんらかの方法で抜けても留置所には凄まじい数の看守を配置してある、絶無に等しい可能性さえ潰す…

そして、さらにその上でマルミドワズから外に繋がる魔力機構を全て閉じた、正規のルートから生産ライン・貿易ルートまで全て 皇帝の権限をチラつかせて全て閉じた

マルミドワズを覆う魔力壁も燃費度外視で最大出力を保ち何者も通さないよう仕込んだ

エリスは絶対に外には出られない、マルミドワズ自体がエリスを閉じ込める巨大な籠なのだ、絶対に出られない…

「…大丈夫だろうな、奴をもう一度外に出したら…」

「大丈夫です!、それよりも陛下!どうか!」

アーデルトラウトの責めるような言葉を無視してカノープスの手を握る、強く強く…祈るように、自分も連れて行ってくれと…

しかし

「ダメだ」

それは拒絶、メグの手を払い 押し退け、ついてくることは許さないとカノープスはメグの願いを、愛する弟子の願いを拒絶する

「何故…何故ですか陛下!、わたしはこの日の為に!、貴方様の助けとなるこの日の為に修練を積んできたのに…!」

「だからだ、メグ 我の為に死ぬことなど許さん、…お前が我を愛するように、我もま弟子を愛しているのだ、心の底から守りたいと そう想えるのだ、故についてくることは許さない お前もここでフリードリヒ達と共に残れ、分かったな」

弟子が師を愛するように、師も弟子を愛するのだと語るカノープスの目は、部下や国民に向けるものとはまた別の瞳を見せる、最初は哀れみか 或いは打算で弟子としたマーガレットという少女を カノープスはメグとして既に愛している

愛しているからこそ、死地には連れていけないのだ

「陛下…私は…私は…」

「命令だ、メグ」

「……畏まりました、マイロード」

跪く、跪くしかない どこまで行っても二人は主従、カノープスが主でありメグが従である以上 命令されたなら逆らえない、それ以上に 師が己を守ろうとしてくれている その事実を己の勝手で潰せはしない

故に…故に、メグは跪きながら拳を握り唇を噛む、滴る水滴は 血か涙か…

「では、…これを最後の戦いにする、ついてこい?ルードヴィヒ アーデルトラウト ゴッドローブ、終わらせるぞ 全てを」

「ハッ!」

開く時界門にてカノープスは向かう、この戦いに 長き因縁に決着をつける為、今度こそシリウスを滅し 友の命に安寧を与える為に、メグを置いて シリウスの元へと将軍をも伴い向かっていく

ともすれば、これが今生の別れになるかもしれないというのに、メグはその背中を見ることが出来なかった…、ただただ 己の無力さばかりに目が行く、もっと強ければ もっと力があればと…

「悔しいか?メグ」

「…ラインハルト様」

そんなメグにかかる声は、慰めるような甘い声ではない、誰よりも厳しい男の自戒のような声に メグは思わず顔を上げる

声の主は ラインハルトは、ただただ強く 前を見ていた、もう見えなくなったルードヴィヒの背中を見つめ続けていた、強く強く 見続けていた

「悔しいかと聞いている」

「…はい、悔しいです、とても」

「そうか、私も同じだ…だが、まだ出来ることはある、あの方々が何の遠慮もなく戦えるように、我らは後方支援に徹しよう、大丈夫 あの人達は帰ってくるさ 我らの信じるあの人達ならな」

さ 仕事をしようとラインハルトは既に割り切り、将軍達に対する援護射撃を少しでも効率化させるために今ある武装 そして帝国にある魔装全ての招集を命令する

そんな中メグはラインハルトの言葉を受けて…一つ思う

(帰りを信じて待つ…、それでいいのだろうか)

あの人達は帰ってくる …それは誤魔化しではないか、自分の弱さの誤魔化しで 逃げなのではないかと、でも メグに出来ることは事実もう無い

……ふと、頭の隅を過ぎったのはエリスの顔だ

『例え!出来ることがなくても!、エリスは絶対に!諦めませんから!』

彼女もこんな気持ちで戦っていたのだろうか、この気持ちに動かされるままに…帝国と戦うなんて無茶な真似を?、なら ここで私が行動しないのは正解だろう

ここで無策に陛下を助けに行っても 結果はエリスと同じ、何も成せないまま終わるんだ、なら…

「ら ラインハルト様!、将軍様達は!」

「む?、なんだ ルードヴィヒ様達ならもうシリウスの元に向かったが」

すると、そんな思考を遮る声が響く

汗をかき 顔面を蒼白にした伝令兵が、ぜぇぜぇと肩で息をしながらキョロキョロと周りを見回し将軍を探しているんだ、何があった 聞くまでも無い

「そんな、お伝えしたいことがあったのに…!」

「何があった、そんなに慌てて」

「じ 実は先程マルミドワズの方から魔術筒にて連絡がありまして…」

マルミドワズから?、まさかマルミドワズで何か?…いや、いやいや エリスじゃ無いよな まだ檻に入れて1時間と少ししか経っていないのに、もう脱獄したなんてことあるわけが

「先程、マルミドワズに隕石が落ちたと…」

「はぁ?隕石?」

ラインハルトが間抜けな声を上げるのも無理はない、この状況下でそんな荒唐無稽な話をされて真剣に対応しろって方が無理だろう、しかし 伝令は至って真剣、本当に隕石が落ちたようだ

「連絡によると 半日ほど前にマルミドワズに紅の光を放つ隕石が突っ込み、魔術壁を貫通して市街に落ちたそうで…」

(ん?、半日前?)

そこでメグは違和感を感じる、半日前ならメグはマルミドワズに居た エリスを見張っていたからマルミドワズの留置所にずっと居た、しかしそんな衝撃感じなかったんだ

隕石が落ちてきたならマルミドワズだって甚大な被害を負うはず、しかしそんな物微塵も感じなかった、いや だが外が変に騒がしかったような…

「それで、被害は」

「それが…無いのです…全く 、隕石の痕跡を探しても何処にも見当たらず…」

「…幻覚でも見たんじゃ無いのか?、集団で」

「ですが事実マルミドワズの魔力壁は破られ穴を開けられているのです、い 如何しましょうか」

「…ふむ、不可解だな」

ここに来ての怪現象を前にラインハルトは顎を撫でる、隕石は落ちた 魔力壁は破られた、しかし その痕跡は無く 何処に落ちたかもわからない、まさかシリウスが打ってきた第二の手?しかしそれならマルミドワズを狙う理由は分からない

一体何なのだと判断に困るが、対するメグは 全く別の思考を組み立てていた

(まさか、エリス様?…)

何か 流れが変わる気がする、何かの流れが確実に変わっている、そんな予感を感じているのだ

何が起こったかは分からない、何が起ころうとしているかも分からない、ただ漠然と この嫌な流れが変化している気がするんだ

そして、流れの変化の中心にはいつもエリス様がいる、いつも 物事の流れを変えているのはエリス様だ、彼女はそれを今までの旅路で訪れた大国で成し遂げてきた

もしかしたらこの隕石も、エリス様が流れを変え始めている 兆候なのでは無いか…、そう感じたメグは一人立ち上がり

「ラインハルト様、防備を外側に向けましょう」

「ん?ああ、一部の軍を外側に向けて布陣するつもりだが…」

「違います、全てをです、もしかしたら またエリス様がここに来るやもしれません、今度は より強力な流れを伴って」

「…………ふむ」

メグはエリスのことをよく知っている、彼女の旅路は全て調べ上げてある、故に分かる 彼女が全てを成し遂げ全てを丸く収める流れが 今確実に終息に向き始めている

彼女はここに来る、一度の敗北を経験したエリスは強い…、今度は さっきの物よりも尚強力で凄まじい勢いで、こちらに向かってくるだろう、どうやってかはわからない 、しかしあれだけのことをしても尚エリスはここに向かってくるだろう

師を助ける その一心で、再びここに…

「エリスはお前が拘束したんだろう?」

「はい、これ以上ないくらい厳重に、でも それでもそんな気がするんです、エリス様はここに来る…、故に 迎え撃ちましょう、それが陛下達の命令ですから」

「…分かった、おい 全軍に通達しろ、直に敵が外側から現れる可能性がある 故に防備を外側に向けろと」

ラインハルトはメグの言葉を信頼し、軍を外へ…いずれ来るエリス迎撃に向けて布陣を変化させ始める、そんな中メグもまた立ち上がり 鋭くマルミドワズのある方向を見る

(…エリス様、貴方が再びここに来ると言うのなら 私は再び貴方を返り討ちにするまでです、絶対に陛下の邪魔はさせません)

エリスの襲来を予感し、再び いや今度こそ、彼女と決着をつける為 武器を取る

これで終わりにしてやる、貴方も 貴方の快進撃も 貴方の旅も、全て ここで!


…………………………………………………………

「…………ぅぅ」

「…………」

カツカツと薄暗い廊下の中 靴音が響く、マルミドワズ留置所の廊下をエリスはアーデルトラウトさんに連れられ何処かに連れていかれているのです

状況は分からない、ただアーデルトラウトさんがここにいると言うことはもう師匠は殺されてしまったのだろうか、それでエリスを移送する予定が早まったとか?でも違和感が残る

何故その役目をアーデルトラウトさんが担うのだろうか、エリスはてっきりメグさんがやるものと思ってたけど、エリスの危険度を鑑みて将軍自ら?、うーん…あり得なくは無いが、それなら別に将軍では無く師団長三人くらいでもいいはずだ

それがアーデルトラウトさんという大人物が、部下も殆ど連れずに行うのは些か不自然だ、それに…

「あの、アーデルトラウトさん 、いつも持ってる槍はどうしたんですか?」

「…………」

答えない、ただアーデルトラウトさんがいつも持っているあの大槍…確か名前はグングニルか?、それを持ってないのだ、エリスの実力を鑑みて~というのなら、その槍を持っていてしかるべき 

というかよく見たら将軍の証たる黒コートも着ていない、一体どういう状況で どういう状態なのか、全く分からない

「アーデルトラウトさん…、エリスはどこに連れて行かれるんですか?」

「黙って歩け」

「…師匠はどうなったんですか?、もう殺されてしまったのですか?」

「…答える義理はない」

「でも知る権利はあるでしょう、ねぇ!」

師匠はどうなった!それを聞くためにエリスは覚悟を決めて 枷で動かない手を使いアーデルトラウトさんの手を掴む、すると

「うわぁっ!?」

「え?」

アーデルトラウトさんの体が容易くエリスに引っ張られたのだ、あのエリスの雷響一脚を腕力だけで弾き返す剛力無双の将軍が、ろくすっぽ動けないエリスの手に引っ張られややバランスを崩す

…傷で本調子じゃないのか?

「何をする…!」

「ご ごめんなさい…」

「ふんっ、おい もうここでいい、あとは私と私の部下が引き継ぐ」

ギロリと睨まれ竦むエリスを放って、アーデルトラウトさんは 付いてくる看守に声をかけてあとは私と部下が引き継ぐと言うのだ、見れば既に留置所の出口に近く その出入り口には三人程の部下が待機している、軍帽を目深に被るその姿は…なんだかとても怪しく、恐ろしい見える

何をされるんだ、どこに連れて行かれるんだ

「ハッ!では失礼します!」

「うむ、…ではついてこいエリス」

「は…はい、でもその…せめてどこに連れて行かれるか位は教えてくれても…」

「いいから、早く」

するとアーデルトラウトさんはエリスの手を握りやや走り出すように留置所の外へと向かい、三人の部下達と合流するなり 四人でエリスのことを囲むんだ

「…………」

「…………」

「あ あのぅ…」

「…………」

「……来い、こっちに」

重苦しい空気が伝わる中、エリスは四人に囲まれたまま 連れて行かれる、四人が壁になっているせいでどこに連れて行かれているか、周りの景色が見えないから分からない、記憶を頼りにしようにもそもそもエリスは留置所がどこにあるか分からない

歩き 歩き、誰も何も喋らない緊迫の空気の中 エリスはひたすら歩かされ そしてやがて、何処かに辿り着く

アーデルトラウトさんが転移魔力機構を何故かやや手間取りながら起動させて、恐らく 目的地と思わしき場所へと到達するのだ

相変わらず、人の壁のせいで周りの景色は見えないが 、だが分かる 音で分かる

転移した瞬間響いてくる巨大な駆動音、喧しい騒音、それが人の壁を貫通してエリスの耳に届いてくる、この音は…

「っー!うるさ!、こ ここプリドエル大工場?」

この音は工場の生産魔力機構の駆動音、つまり 生産エリア プリドエル大工場だ、そこに連れてこられたのだ、てっきり監獄か何処かに連れて行かれると思っていたらの生産エリア、もう訳が分からなさすぎて目が回ってくる

すると、アーデルトラウトさんやその部下達はキョロキョロと周りの様子を確認すると

「ここなら、人目はないな」

くるりとアーデルトラウトさんがこちらを見て笑うのだ、その瞬間悟る

(殺される…)

これはきっと、個人的な復讐なのかもしれない、アーデルトラウトさんはエリスに対してかなりの怒りを覚えていた様子、故に監獄に送る前に エリスを人気のないところに連れて行き 少数の部下達と共にリンチするつもりなのだ

ここには人はいない、帝国兵も誰もいない、故にエリスがボコボコにされても殺されても気づく人間はいない、後からアーデルトラウトさんが脱獄したとでも報告すれば エリスは完全に闇に消え去ることになる

「や やめてください…、エリスは行かなきゃいけないところがあるんです」

一歩後ずさる、殺されるわけには行かない、エリスにはまだしなきゃいけないことがある、けれど魔術も身動きも封じられた今 帝国兵や将軍であるアーデルトラウトさんに敵うわけもない、殺されてしまう

どうしよう、どうしたら、嫌だ…エリスは師匠を助けに行きたいのに…

そう、怯え竦んでいると 

「もう、人の気配もないですし これ…やめてもいいですよね」

…と、アーデルトラウトさんが言うのだ これとはどれをやめるとは何を?、混乱するエリスを放ってアーデルトラウトさんは チラリと部下に伺うような視線を向ける

すると

「まぁ、そうだな この格好じゃ エリスも怯えるだろうし」

「その為に人気のないところに招いたのだ、そろそろ 顔も見せたい」

「だぁな、ってか本当によく牢屋に入る奴だよなエリス、そこらの犯罪者より入ってんじゃねぇ?」

「え?え?」

混乱はより混乱を呼ぶ、だって アーデルトラウトさんの部下達の口から聞こえる声は、どれもエリスが聞いたことのある声ばかりで…、いや いや違う、違うに決まってる

だって、彼らがここにいるわけが…、そういえば…あの時も同じようなことを考えたな

エリス一人ではどうにもならない時、味方もなく どうしようない時、現れるわけがないと思った彼らは現れて 、エリスを助けてくれた

あの時と、まるで同じ…なら、もしかして

「も もしかして…」

涙に滲む目がしっかりと捉える、帽子を外す部下達の いや、彼らの顔を…

それは、短いような 長いような、そんな時を経てもう一度見る顔、エリスの心の中で 記憶の中で、最も大切な情景の中にある みんなの…


「よっ、エリス 助けに来たぜ」


「ラグナ!」


取り外した帽子の中から現れる赤い髪 赤い瞳の猛き若王、カストリア大陸の軍事大国アルクカースに居るはずの大王 ラグナ・アルクカースが帝国軍人の変装を解いて軽くウインクしてみせる

いや、ラグナだけじゃない…

「悪いな、思ったよりも手間取った」

「メルクさん!?」

「まさか帝国に来て一番最初にやるのが、プリズンブレイクだとは思いもしなかったな」

「アマルトさん!!」

デルセクト国家同盟群 同盟首長のメルクさん

ディオスクロア大学園の理事長を代々務める名家 アマルトさん

皆、エリスの友人達だ かけがえのない友人、それが三人揃っていきなり目の前に現れて エリスは…更に混乱する

「こ これは、なにかの幻覚…?、だって皆さんがここにいるわけないし エリスの妄想?」

「妄想の中でも私達の顔を思い浮かべてくれるのは嬉しいが、現実だぞ?エリス」

戻ってこい とエリスの肩を叩くメルクさんの手は確かに実在する、つまり本物…本物のみんなが…みんなが!!!

「うわぁぁぁぁん!、みんな会いたかったですよぉぉぉお!!!、寂しかったですぅぅう!というか今も寂しいですぅぅぅううう!!」

「あはは、すげぇ顔」

「笑うなアマルト、そしてエリス 今は泣いてる場合じゃないだろう?」

諌めるメルクさんの声は 泣いてる場合じゃないだろうと語る、真剣な面持ちで…そ そうだった!

「そうです!皆さん大変なんです!、実は……」

師匠がシリウスに!と言いかけた瞬間 目の端に嫌でも入ってくる異質な存在、ラグナ メルクさん アマルトさん、この三人は共に学園で過ごした仲だから 旧知の仲と言ってもいい…けど

「あ あの、アーデルトラウトさんは、何故ラグナ達と一緒に…?」

三人と一緒に並んでニコニコしているアーデルトラウトさんが 異質というか異様というか、なんでこの人いるの?なんでラグナ達と一緒に行動してるの?、味方なの?敵なの?

そうエリスが首を傾げるとアーデルトラウトさんは目を丸くし

「分からないんですか!?」

ギョッとしながらそう宣うのだ、分からないんですかって…分からないよ…

すると、対して笑うのはアマルトさん、そんなエリスの様が愉快愉快と言ったように笑い

「わからねぇよな、いや分からねぇと思うぜ、コイツ本当にすげぇよな、会ったこともない人間を演じきるなんてさ」

「演じる…、ま まさか!」

アマルトさんが指を鳴らす、そうだ アマルトさんの呪術の中にはこんな呪術があった

その名も『獣躰転身変化』、動物の一部を手にした状態で発動させることが可能な呪術は、どんな人間も別の動物に変化させられる、犬でも馬でも鳥でも…、そして別の人間にも 変化させられるんだ

もし、それを用いて どうにかしてアーデルトラウトさんの体の一部 それこそ髪の毛の一本でも手に入れることが出来たなら、それを彼に使って変化させたなら…、彼なら 違和感なく演じることが出来るだろう

情報さえあれば 台本さえあれば、一流の役者である彼なら 別の人間になりきることなんか 他愛も無いだろう


アマルトさんの指の音に反応し、アーデルトラウトさんが光に包まれ みるみる縮み、別の人間へと変化していく、それは その姿は…

「ナリアさん…!貴方も来てくれていたんですか!?」

「エリスさん!半年ぶりですね!」

エトワールにて出会った旅劇団 クリストキントの花形役者にして、現 エリス姫担当の一流の舞台俳優、閃光の魔女プロキオン様の弟子 サトゥルナリア・ルシエンテスその人が光の中から現れエリスの手を取りぴょんぴょこ跳ねるのだ

久しぶりだ、半年振りだ 彼もまた来てくれていたのか!

「そんな、みんなが…どうして」

「さっきも言っただろ、エリス…助けに来たのさ、エリスと レグルス様をな」

ラグナが笑う、助けに来たと ここにいる四人でエリスと師匠を、助ける為に来てくれたと

どうやって どうして、そこはまだ分からない 一体全体なんで彼らがここにやってこれたのかはわからないが、それでも 嬉しい

嬉しくて嬉しくてたまらない、エリスの味方はこの帝国にはいない、独りぼっちだと思っていたから

でも、違うんだ、エリスの味方はこの国にいなくても エリスはもう独りでは無いのだ、この旅を通じて エリスは、かけがえのない友を得ていたのだ…

今はただ、その事実が嬉しくて、堪らない…

「ありがとうございます…みんな、みんなぁ…」

「礼はいいさ、ともかく今は時間がない とりあえず急いで、行動しよう、道すがら こっちの件もいろいろ話すからさ」

「はい、ラグナ」

独りでは成し遂げられないことも、もしかしたら… そんな希望を抱きながら エリスは歩み出す

味方を得て 目的を得た今、エリスはもう止まらない 絶対に、師匠を助け出してみせる
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