孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

277.魔女の弟子と漂う違和感

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しんしんと降り注ぐ雪、初めて雪を見たのはアジメクの中央都市である皇都に滞在している頃だった、冷たい風が一つ吹けば 寒さの権化のような小さな綿が降り注ぐ、幻想的ながらも鋭く険しい冷気に襲われるジレンマを エリスは今でも覚えています

雪との付き合いが深くなったのはポルデュークに入ってからです、カストリア大陸は良くも悪くも温暖ですので 雪がそこまでしっかり降る魔女大国なんてアジメクとコルスコルピくらいしかありませんからね

ポルデュークに入って知った、寒さとは恐ろしいものなのだと、水は凍り生物は死ぬ…あらゆる物が制止する絶対零度の世界とは、かくも恐ろしいものかと…

エトワールでさえそうだったんだ、オライオンはその比じゃないよ、如何にしても寒さを凌ぐか、それが生死を分けるレベルの寒さなんだ…、恐ろしいことこの上ない

だからどうしても思ってしまった、寒さとは 恐ろしいばかりなのだと、ただの恐怖の象徴でしかないのだと

そんなエリスの不当な評価が覆ったのは、ある日の事だ

「むぎゅー…」

「ぐへぇ…怠ぃ…」

メグさんの取り出した緊急離脱用魔装 『アイアンデッドヒート』の円形の魔力タンク内部に二人揃って押し込まれるエリスとアマルトさん、この狭苦しいタンクに詰め込まれて ある程度進んだらメグさんの時界揉んで邸に戻って休憩し またタンクの中へ、こんな生活を続けて早数週間…、エリス達はこのオライオンに一筋の線を描くような驚異的な速度で進んでいた

そんな、ある日の事だった…

「んっ、エリス様?アマルト様?、どうやら到着したようですよ」

そう メグさんが言いながらアクセルから足を外す、この魔装にブレーキは付いていないから慣性の法則で減速するのを待つのだ、そんな中 エリスとアマルトさんは…

「え?着いた?、もうエノシガリオスに着いたのか?」

首を傾げる、まだエノシガリオスは随分先にあった筈だ、少なくとも後一週間くらいの旅路を予定していたんだが…なんかの手違いで早く着いたとか?、んなアホな

「いえ、エノシガリオスはまだまだ先でございます、到着したのは空白平野にでございます」

「空白平野…?、っ!見たいです!見たいです!、見せてくださいメグさん!」

「ちょっ!?エリス!動くないででででで!!」

アマルトさんの体をグリグリと押さえつけてエリスはタンクから抜け出し、頭の上にある上部ハッチをこじ開け 未だ減速し切らないアイアンデッドヒートの上に頭を出す

空白平野…、地図上では白塗りで表現された他に見ない奇怪な土地、そこで何が待つのか何があるのか、何を見るのか何を学ぶのか…

まだ見ぬそれとの邂逅の瞬間以上に楽しい時間はないんだ、待ちきれないと体を外へと擲てば

「うっ!、寒ぅ!」

一気に襲いかかってくる風圧の冷たさに竦み目を瞑る、アイアンデッドヒートの中は常にヒーターが作動しているからつい感覚が狂いそうになるが ここは世界一寒い国なんだ、そんな中風圧を浴びれば目ん玉が凍りかねない

「エリス様、危ないですよ?目の玉がシャーベットになってしまいます」

「いや止め方が怖えぇよ!?、…おいそれよりエリス!何が見える?、空白平野ってどんなんだ?見たら俺にも代われよ」

「ま 待ってください、まだ見れてないので」

寒い寒いと細かく口を動かしながら防寒具のフードを目深く被り マフラーを顔に巻きつけ…、いそいそと準備をし直し、いざやと再度前を見る

すると そこに広がっていたのは…

「これが…空白平野…!」

思わず目を疑ってしまう、だって そこにあったのは…何も無かったからだ

「なんだ!?どうなってんだエリス!、こっからじゃ何も見えねぇんだよ!」

「無いです!何も!」

「無い?つまり…、ん?どう言う事だ」

「そうとしか言いようがないんです、本当に何もない…」

高低差の一切ない白い大地 草木は生えず村らしき物も何も見えない、色もない 音もない 生命の呼吸も無い、完全に平坦な真っ白の大地が目の前に広がっていたんだ

なんだこの整えられた大地は、どうやったらこんな大地が生まれるんだ?

言わずもがな、大地とは長年の環境によってその形が生まれるものだ、山も川も何もかも…だが それは消えることは絶対にない、ましてや完全なる平坦に至るなんて どんな自然の力が働いたんだ?

「凄い なんか凄いです!、ワクワクします!」

「何にも無いのにか?」

「はい!こんな光景見たことないので!、エリス ちょっと行ってきます!」

「あ!エリス様!」

緩やかに減速するアイアンデッドヒートから飛び降り ゴロゴロと地面に転がり落ちる、空白平野の大地の上に降り立つ、強引な着地で頭打っちゃったけど別にいい あのタンクの中にこれ以上いたら体が歪んでしまいそうだったし

「ぁはー!、外気持ちー!」

ガリガリと音を立てて遠くに走り去るアイアンデッドヒートを横目にエリスは大の字になって雪の上に寝転がる、ひんやりして気持ちー…ん?、あれ? なんだこの感覚

「地面の感触が変だ、もしかしてこれ…」

いつもの踏み慣れた大地とは違う感触が雪の下から伝わってくる、まさか これはと雪を払い飛ばしてその下に埋まった物を露わにして、理解する

やっぱり そうか!、空白平野ってつまり…

「信じられない、こんなことが…」

「エリス様ー!、いきなり飛び降りたら危ないですよ!」

「ったくこの冒険女め、ってかすげぇなここ 本当に何にもねぇ、どういう経緯でこう言う地形が形成されんだ?」

二人も停止したアイアンデッドヒートから飛び降り、こちらへと向かってくる最中 ぐるりと空白平野を見て見回して驚きの声を上げる、先程までいた平原とはまるで違う環境…、確かに驚くだろう

だが…

「二人とも、エリス 空白平野の正体が分かりました」

「え?、マジか?すげぇな」

「雪を払えば一発で分かりますよ、…これを見てください、空白平野のこの異常な平坦さの理由がここにあります」

「へ?…雪の下?…ッ!?嘘だろこれ!」

「まぁ…つまり、空白平野は元々平野では無かった…と言うことでございますか、メグびっくり」

払った雪の下、そこに目を向ければ誰もがこの空白平野の異常性の正体を察知できる、そして この平坦さの理由も合点が行く

メグさんの言った空白平野は元々平野では無い と言うのはまさにそれだ、何せ 雪の下にあったのは…

「これ…氷か?…」

「はい、氷です 雪の下に氷が張っているんです、それも永遠と ずーっと向こうまで」

「ってことは、まさかここ…、本当は超巨大な湖だった…とか?」

その通りですよアマルトさん、空白平野が平坦なのはこの寒さで湖が凍った為に生まれた環境なんです、だから草木も生えない 高低差も生まれない、分厚く張った氷の床が 空白平野の正体…、恐らくディオスクロア文明圏に於ける最大規模の湖が空白平野の本来の姿なんです

「これ、割れたり溶けたりしないのかな…、なんか急に立ってるのが不安になってきたぞ」

「そこは安心してもいいですよアマルトさん、ここは多分永久氷河…いえ永久氷湖なので」

「永久氷湖?」

昔、師匠が口にしていた言葉がある、この世には摩訶不思議な地点が沢山ある…その中に挙げられた物の一つが『常に氷が張り続けそれが大地として有る大陸が存在する』と

これはきっとそこと同じ 氷が溶けることない場所なのだ、ポルデューク大陸が今の寒さを手に入れた時より、つまり八千年前からこの氷は溶けることなくずっと凍ったままなんだ、半端な熱じゃ溶けたりしないんだろう

事実エリスがここで飛んだり跳ねたりしても、アイアンデッドヒートが通過しても割れる気配なんか微塵も出てこない、つまり 安心~

「生半可な温度や衝撃で溶けるなら…平野と呼ばれるに至ってませんよ」

「あ、そっか この国の人たちからしたらここはもう平野ってことは、溶けたことないからなのか」

「そです、試しにここでキャンプファイヤーしてみますか?」

「しねぇよ…、ってかメグはさっきから何してるのなぁ!?」

「はい?」

ふと、気がつくといつの間にかメグさんは氷床の上に椅子を置き、ゴリゴリと氷を削って穴を開けているのだ、何やって…あ!これ見たことある!

「知らないのでございますか?アマルト様、こう言う凍った湖に穴を開け 下の魚を釣ると言う伝統的な漁法があることを」

「それは知ってるけど、何故今それをしてるのかって方を聞いてんだなこれが」

「せっかく来たわけですし、魚を釣ってキャンプファイヤーで焼こうかなと」

「そもそもキャンプファイヤーをしないつってんだよ!」

「あはは またまたぁ、おや…?」

ふと、メグさんが顔色を変えて 地面に突っ込んでいた手動式のドリルをヒョイ と引っこ抜く、するとどうだ?先端のドリル部分がひしゃげて潰れているではないか…

「壊れてしまいました、これ 下の部分は更に硬くなっているようでございますね」
 
「それにこの穴…まるで水の部分に届いてないですよ、かなり深くまで凍ってるみたいですね」

「…この下層の氷は、数千年前の水が凍った物、魔女様の時代の水…と言うことなのですね、折角ですから下の方まで掘ってその氷でかき氷作りましょうアマルト様」

「嫌だよ腹壊しそう!」

「そう言って…、歴史と伝統大好きなコルスコルピ人には堪らない誘惑では?、八千年の時代を感じさせる氷を舌の上で溶かすなんて…ね?」

「コルスコルピ人ならそんなもったいない事せずその氷を額縁に入れて飾るさ、んで 子々孫々にそれを守り続けるだろうよ、託される側の気持ちも考えないでな、それよかこんな所で遊ぶのは後にしようぜ?」

そう言いながらアマルトさんはぐるりと周りを一つ見回す、…その視界を遮るものは何もない、何もだ ここは氷の上だから山もなければ身を隠す茂みもない、遥か彼方まで見える それがここだ

「こんな所で立ち止まってたら、いつ神聖軍に見つかるかわかったもんじゃねぇ、俺ぁ嫌だぜ?こんな何もない所で神聖軍とチェイスするなんてさ」

「確かに、これだけ何もないと 追っ手を巻くのも一苦労しそうですね…、最悪無理か」

見つける側に有利で隠れる側に不利 それがこの空白平野の特徴と言える、つまりエリス達にとっては最悪の場所だ、あんまり長居したくはないな

「ですね、では前進を進めるとしましょうか さぁ魔力タンクのお二人共?、もうひと頑張りの時間でございます」

「うぃ~、頑張ってあの鉄の棺桶押しますかねぇ~」

「エリスまだまだ行けますよ、なんなら旋風圏跳でアレを直に押してもいいくらいです」

「お前元気すぎだろ…」

そりゃあ元気ですよ、だってこの光景を見てください!この摩訶不思議な場所を感じてくださいよ!、世界にこんな場所がいくつありますか?、エリスと同じアジメクの人間でこれをみたことのある人がどれだけ居ますか?

歩んで歩んで 歩み尽くして見つけたこの光景は エリスだけの宝物なんです、これを前にして大人しくしてろって方が酷ですよ!

やっぱり冒険は楽しいですね!

「ふふふ、エリス様は本当に旅が好きなのでございますね…、やはり貴方は旅をしている方が美し…い……」

刹那、メグさんの体が横にブレ…

「メグさんッ!!」

支える、氷の上をくるりと滑ってメグさんの体を横から支えて抱きかかえる、またか まただ また、これだ…!

この間 ガメデイラでもメグさんはフラリと倒れそうになっていた…その時と同じ現象がまた起こった事は偶然か?、少なくともエリスの知るメグさんはそうフラフラ倒れるような人ではないし

そもそも、人間ってのはそう簡単に倒れるようには出来てないんですよ

「メグさん…メグさん!」

「──おっと、すみません 滑ってしまいました」

「何言ってんですか!、今意識飛んでましたよね!、一瞬でしたけど!」

「……いいえ、そんな事ありません、それより早く行きましょうエリス様」

「メグさん…!」

名を呼ぶことしか出来ない、エリスの手を払いのけもう一度立ち上がり再び歩き出すその姿は確かに力強いものだ、魔力だって消耗しているように見えない パッと改める限り彼女に不調は見られない、なんでもないと言うのならなんでもないのだろう

だけど…

(…メグさんを支えた手…、冷や汗でべっとりしている)

それでも確かに彼女の髪は冷や汗で濡れていた、無理をしているのは間違いないのに…

「エリス…」

「なんですかアマルトさん…」

「メグの奴無理してるな」

流石にアマルトさんも分かるよな、それほどまでにメグさんの体からは無理とか無茶をしている人間の匂いがプンプンするだから

「どうしましょうか、今からメグさんふん縛って無理矢理休ませますか?」

「休みになんねぇだろ、それ…」

「でも今のままよりは幾ばくかマシでしょ」

「幾ばくじゃ足んねーって言ってんだよ、しかし なんか不気味じゃあねぇか?」

「え?」

不気味 …不気味と来ましたか?いやしかし何が不気味なのでしょうとアイアンデッドヒートに向かっていくメグさんの背中を見る…、今のメグさんが不気味と?

「何がですか」

「んー、いや アイツがああやって妙に体調崩してるっぽいのはこの国入ったばかりの頃からだろ?」

「はい、ガメデイラの村の時点からですもんね、そこから結構時間は空いてますが…」

「そこだよ、何かしら無茶をしていた割には なんで監獄の中じゃケロッとしてたんだ?、無理してる具合だったら監獄の方がキツいだろうに、なのに アイツは結果として監獄の中の方が元気だったまである…」

確かに言われてみればその通りだ、少なくとも監獄の中ではフラリと倒れることもなかった…、彼女が倒れる時は決まって『エノシガリオスに向かっている時』ばかり

何故だ、ただ体調不良を隠しているだけには見えない、なんなんだろう…メグさんがエリス達に何かを隠している気がしてならない、何を隠しているんだ…何を…

「なんか 俺達の知らないどこかで、何かに皺寄せが行っている気がする…」

「…メグさんの口割らせましょう、エリスが羽交い締めにするのでアマルトさんは脇をくすぐってください」

「すぐ実力行使に出ようとするのがお前の悪い癖だぞ、落ち着けって」

腕捲りをしていざメグさんに地獄を見せん!と気合いを入れるも アマルトさんの手がエリスの襟に引っかかり静止される、悪い癖でしょうか…まぁ悪い癖でしょうね

「今は一旦メグを信じてみないか?」

「この状況を看過しろと?」

「意地の悪い言い方をすればな、だが…ここで俺たちがメグを囲い込んであれやこれやを聞いたり責めたりするのはなんか違う気がする」
 
「…ですけど……」

「それに、その程度の事で口を割るなら アイツはそもそも俺達相手に誤魔化しをしたりしない、ここはメグを信じよう 本当にヤバくなったら俺達に言ってくれるさ」

「…メグさんが最後まで無理をして エリス達に何も言わなかったら?」

「そこはまぁあれよ、…そん時は なんとかしよう」  

む 無計画ゥ~…、何にも考えてないじゃんこの人…

「大丈夫何ですかそれ…」

「さぁな!、でもよ!アイツの命がこの一件で脅かされるような事があったら その時は何とかする、死ぬ気で何とかする 死んでも何とかする…、そう腹に据えておくだけでも違うだろ?」

だから今はメグを信じよう その口から助けが出るのを…と、アマルトさんの意見はわからないでもない、今はメグさんの意思を尊重する…この選択をするべきだろう、そして その結果メグさんの命が危機に瀕することがあれば その時はその時でなんとかする 死ぬ気でだ

そう覚悟しておけば、即座に動けるってわけか…

「エリス様ー?アマルト様ー?、何をされているのですかー?早く行きましょう~」

「おーう、…ほら メグに心配事増やさせるつもりか?」
 
「言い方が意地汚いですよアマルトさん、分かりましたよ」

とりあえず今はメグさんの無理を心配しつつ先に向かうことにしよう、まだ先は長いんです あたふたするのはもっと先でもいいか

メグさんの声に先導され エリス達二人は再び暗くて狭いタンク内にぶち込まれてアイアンデッドヒートを動かす作業に戻らされる

……………………………………………………

「参りましたね」

と 空白平野の旅を再開して大体一時間くらいか、アレから延々と直進してきたのだが… 遂にメグさんが焦ったように口を開く

「どうしたんですか?メグさん」

遂に何か言う気になったか と思えば、彼女はやや困ったように眉をひそめ 窓から外を指差し

「迷いました」

「は?迷った?こんなだだっ広い空間でか?どうやってだよ」

迷った と口にするメグさんはもうお手上げ と言った具合でアクセルを踏んだままハンドルから手を離す、そりゃあどう言うことか  エリスもタンクの中から窓へ目を向けていると

「こりゃ酷いですね…、アマルトさん 外見てください」

「あ?、ん?止まってんのか?」

「いえ、走ってます けどどこまで進んだのか目視では全く確認できないんですよ」

パッ見 停止しているようにさえ見える、だがこのアイアンデッドヒートは間違いなく進んでいる事は体にかかる負荷が証明している、なのに何故か止まっているように見える

そりゃあそうだ、大地は平坦 目印なんて無い、おまけに全て真っ白で色もなく全てが規格統一された白の大地は今進んでいるのか止まっているのかさえ認識するのは困難だ

なるほど、こんな弊害があるのか…

「エノシガリオスはどっちでございましょうか…」

「ってかコンパス使えば良くね?」

「ああそうでした、うっかりしておりました」

「マジで大丈夫か…?」

うっかりうっかりと言いながらメグさんは壁に取り付けられた器具をパチパチと弄ると、コンパスのような羅針盤が姿を見せる、どうやらこの機能のことをすっかり忘れていたようだ やはりメグさんらしくないな…

「では進みましょうか…」

「ああ、頼むぜ…っておい!メグ!横!」

「へ?」

「加速しろ!」

アマルトさんが刹那 魔力を爆増させタンクの中を魔力で満たし デッドヒートを加速させる、するとその瞬間 エリス達が先程までいたであろう空間に何かが通り過ぎたような衝撃が走る

「なな!?何でございますか!?」

「まさか神聖軍の襲撃!?」

「違う…、ありゃ…図鑑で見たことあるぜ!アイツは…!」

アマルトさんがタンクから半身を乗り出して窓を指差す、その先にいるのは…

「ペンギンだ!」

「ペンギン…?」

聞いたことがない生き物 それが窓の外にいた、顔は鳥みたいなのに体は魚みたいにテカっており、それがあるんだかないんだから分からないくらい小さな羽をバタつかせてお腹で氷を滑って氷上を駆け抜けているのだ

…そう言えば昔師匠が言ってた 魚みたいな鳥ってアレのことか?、アレがペンギンという奴なのか?、にしても…

「おっきいですねぇ~ペンギンって、この機体の二倍くらいありません?」

大きいのだ、再び反転してこちらに突っ込んでくるその姿はグングン巨大化しているように見え、赤々とした凶暴な瞳がこちらを睨みつけている、恐ろしいな ペンギン…

「あれ?、ペンギンってあんな大っきかったかな…、図鑑で見たのはもうちょい小さい気がするけど」

「違います!アレはペンギン型の魔獣!アイスシューターでございます!マズイのに目をつけられました!」

あ、あれ魔獣なんだ いやそうだよね、あんなデカイのが自然界にいるわけないもん、それに奴がこちらを襲ってくる理由も分かる…

しかし、アイスシューターか その名前はエリスも知っていますよ、学園で魔獣の図鑑を見た時に覚えましたからね

氷上を疾駆する槍の異名を持つ魔獣 アイスシューター、鋭い嘴と滑らかな鱗が特徴の鳥型魔獣、鳥とはいうが飛ぶことは出来ず 代わりに飛ぶような速度で氷の上を駆け抜けるのだ

鈍重な見た目の割に素早く、その素早さは即ち攻撃力にも変ずる、奴の硬い嘴を構えたまま突っ込んでくる特徴的な攻撃法はどんな魔獣の体にも風穴を開け殺してしまうのだそうだ

「気をつけてくださいメグさん、アイスシューターって確か 魔獣達の食物連鎖上でもかなり上位に位置する魔獣ですよ!、氷海ではサメも食うと聞いたことがあります!」

「ええ知っています、オライオンに来る前に勉強しましたので…、そして このオライオンという雪と氷に包まれた環境下では事実上の国内最強の魔獣の一匹に部類される存在であることも 知っています」

「アイツこの国で最強クラスの魔獣なの!?」

見た目は確かにバカっぽくて癒しっぽいが、その通りなのだ

結局 この過酷な環境に最も適用した生物が最強の座につくのは当たり前のことだ、そしてそんな怪物にエリス達は目をつけられてしまったわけだ、縄張りに入ったからか 単純に殺したかったからかは分からない、だが あの鳥野郎が何考えてるかなんて今は関係ない

今求められるのはどうやって生存するか…だ、あのペンギンの速度はエリス達の乗るアイアンデッドヒートより少し速いくらい、このままじゃ追いつかれる

「メグ!これ以上の加速は!?」

「無理でございます、これ以上加速したら機体が保ちません!」

そもそもアイアンデッドヒートは陸上用ではない、海の上を駆け抜ける謂わば船…それを雪の上で滑らせているだけなのだからこれ以上無理をさせたらペンギンに追いつかれる前に機体が吹き飛んでしまう

「ならエリスが外に出てヤロウぶちのめして来ます!」

「危険ですが…、今のところそれ以外無さそうですございますね…」

「エリス、俺も手伝うか?」

「いえ、アマルトさんは追いつかれないようアイアンデッドヒートを動かしておいてください」  

「つまり、俺一人で二人分働けと…、いいぜ?お前に修羅場任せんだ いくらでも身を切ってやるよ!」

決まりだな、そうと決まればすぐさまタンクから這い出て上部ハッチを吹き飛ばすように開ける、先程の比では無い風圧が吹き荒れる外に一気に飛び出せば一瞬にして世界が切り変わる

殴りつけるような風圧にクルリと体が宙に舞い アイアンデッドヒートは一瞬にして視界の彼方まで走っていく、次いで背後から迫るのは…

「ぎょげぉぉぉ!!」

「うっ、マジかで見ると尚でかい…」

お腹で氷の上を疾走するペンギン…アイスシューターが牙を剥き出しにして咆哮しながら迫ってくる、その速度 重圧 どれを取っても並みの魔獣じゃない!

「グッッ!!」

咄嗟に両手を出して受け止めるのは巨大な嘴、まるで破城槌の如き重さを持ったそれが銃弾のような速度で迫ってくるんだ 破壊力満点、例え受け止めたとしても体にかかる風圧がエゲツない

「コイツ止めるのは無理か…!、なら!」

舟を漕ぐように鋭い爪の生えた足をガリガリと小刻みに動かし加速するアイスシューターの勢いをエリスの旋風圏跳だけで受け止めて弾き返すのは無理だ、ならどうするべきか? 決まってる

「ナメくさんなよ…鳥風情がぁぁっっっ!!」

「ぎょげぇっ!?」

噴射する風 、足の裏から吹き出るその突風は雪を吹き飛ばし 持ち上げる、アイスシューターの鋭い嘴を腕と風の勢いだけでみるみるうちに持ち上げれば…当然浮き上がる、奴の滑走の要となる腹が…!

「どっせぇぇぇい!」

「ぎょぉぉぉぉ!?!?」

机をひっくり返すように ぐるりと宙を舞う巨大なペンギン、アイスシューターの体は滑ることに特化している、前へ進む力を増幅させるその滑らかさは 逆に言えば投げ飛ばすには最適なフォルムとも言える

何せ奴の体には引っかかる部分が皆無ですからね

「ぎょぉぉぉ!!」

されどその程度で参るならこの氷の世界の王者をやっていない、こいつは熊も猪も何もかもを抑えて生態系と言う名の雪山の頂点に立つ生命体、投げ飛ばされ 背中を打ち付けられても痛がる素振りも見せずクルリと滑るように起き上がる

寝そべってあの巨体だ、立ち上がればもっと大きいのは当たり前のこと ムクリと体を起こすだけでエリスの頭上から太陽が消える

…大きい、とても大きい…丁度いい

「いいですね、今はデカイ奴と戦いたい気分なんです…練習台になってくれますか?」

重ねるのは闘神将ネレイド あの巨体だ、エノシガリオスにきっとネレイドはいる、エリスに魔女の弟子と惹き合う縁があるなら 絶対に立ち塞がる、それを避ける事は出来ないだろう

跳ね除けるしかない、あの巨大な壁を

「ぎょげぇぇぇ!!」

「よっと!」

鋭い嘴を何度も振り下ろし エリスを串刺しにでもしようとしているのか、次々と地面に風穴をあけるアイスシューター、滑らなくても強いんだぞっ!と見せつけるような振る舞いに見るのはネレイドの拳

彼女の攻撃はその殆どが振り下ろしだ、当然ながら真っ直ぐ振るうより振り下ろす方が強い、この拳に 彼女の体重まで乗ってくる、防ぐのは不可能だ ならこうやって避けるのが最適か?

「違うな…、ネレイドはこんなもんじゃない」

彼女はただパワー押しを繰り返すタイプじゃない、その攻めには的確な理屈がある、オライオンレスリング界の不動の王者だ、その人の振るう技巧とペンギンの嘴を一緒にしても良いものか…

「ぎょげぇっ!」

「もっとこう…レスリングっぽく動いてもらえません?」

「ガギャァッ!」

刹那 アイスシューターが口を広げ、中から怒涛の氷塊を吐き出しまくる、そうか こいつも魔獣なら魔術を使えて当然か…

そう言えばネレイドの使う魔術…あの幻惑魔術の対策も考えておかないとな

「よっと…!」

飛び上がり 空を駆け抜けアイスシューターの放つ氷塊を飛び越える、刹那 ペンギンに重ねたネレイドの幻影は一瞬にしてエリスの動きに追いつき その巨大な手を伸ばして…

「ッ!?…」

い いやいや幻影だ、ネレイドは反応出来てもペンギンの方は出来ていない、エリスの集中力が見せた幻影に冷や汗をかくもアイスシューターは無様にエリスの動きについてこれず首をキョロキョロ回している

…やはりこの程度じゃ練習台にさえならないか、伊達じゃないんオライオン最強の名は

エリスは全ての魔女大国を巡ってきた、その中で多くの魔女大国最強に出会ってきた…

アルクカースのベオセルクさん、デルセクトのグロリアーナさん

コルスコルピのタリアテッレさん、エトワールのマリアニールさん

そして、アガスティヤ帝国のルードヴィヒ将軍…

この世に七人しかいないんだ、魔女大国最強の名を名乗れる人間は…、その猛威は絶大極まりなく 未だに勝てる気がしない面子ばかりだ

この出会った魔女大国最強戦力達の中には戦った人達もいるが、基本的には敵対しないよう立ち回ることを前提として動かされてきた

けど…今回は違う、今回は逃げ隠れ出来ない、避けて通ることが出来ない所にオライオン最強が…魔女大国最強戦力の一角 ネレイド・イストミアがいる!、グロリアーナさんやタリアテッレさん達と肩を並べる位置に立っている人間と 戦う定めにある!

「上等じゃないか、エリスの旅の最後の相手に丁度いい!!」

一気に風を纏い加速する先は無防備になったアイスシューターの眉間、そこ目掛け 実現し得る最速の風で体を引っ張り向こう、ネレイド・イストミア…あの顔を思い浮かべながら…

「勝ちます!次こそはエリスが!絶対にかぁぁあぁぁつっっ!!!」

「ぎょへぇぇっっっ!?」

疾風怒濤の蹴り、それは矢のように そして突風のようにアイスシューターの眉間を打ち据え、巨大なその体を後ろに押し倒しゴロゴロと吹き飛ばす

勝ちますから!、だから待っていなさい!ネレイド!、魔女の弟子最強はエリスです!

「うぉぉぉぉぉぉおおおお!!、やるぞやるぞエリスはやるからなぁぁぁ!!」

「どっちが怪物かわからねぇなおい…」

「あれ?アマルトさん?どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも、助けに来たんだよ 無駄だと分かってたけどな」

寒々と口を震わせながらポッケに手を突っ込むアマルトさんはやっぱりなとエリスの勝ちを確信していたかのように笑う、事実アイスシューターも今の一撃を貰いこれは敵わないと悟ったのか可愛いお尻をフリフリ振って彼方まで滑り去っていく

見たか鳥畜生、飛べるようになってから出直して来い

「フンッ、これでエリスが食物連鎖の頂点ですね」

「お前益々似てきてるよな」

「誰にですか?」

「お前の師匠にだよ、ウチの師匠が偶に語ってくれる昔のレグルス様に似てきている」  

「………………」

昔の師匠に…か、それは嬉しいことだ 

シリウスの影響を受けていた師匠を通じて エリスも知らない師匠の真なる姿に近づけているというのなら、弟子冥利に尽きるけど、同時に思う

…師匠が真の姿を取り戻しても、エリスは弟子のままでいられるのかな…ってさ、だって エリスは師匠の本当の姿を知らないわけだしさ、だから…

「お二人とも、そこに居ては体を冷やしますよ」

「お?、迎えか?悪いなメグ」

「置いてはいけませんからね、さて?そろそろ空も暗くなってまいりました、ただでさえ白いこの空間で夜間運転するのはクソ怖いので一旦アガスティヤに戻りましょうか」

アマルトさんに少し遅れてアイアンデッドヒートを運転するメグさんが窓を開けながら手を振っている、気がつけば空はだんだんと濁り始めているな、これじゃあすぐにここらは暗くなる

暗くなったらもう大変だ、空は黒くなる 地面も黒くなる、自分がどこにいるのか分からなくなるだろうな、だったら無理して進むより…

「そうですね、今日はここらで終いにしましょう」

「と…言うわけで、よっと」

上部ハッチを開けて中からクルリと抜け出し…

「『時界門』!」

ボンッ!と目の前に手を出し 空間に穴を作り上げる、その先はきっとまたあの暖かなアガスティヤの屋敷だろう、今日は一旦彼処で体を休めて ……

「あ─────」

倒れた、メグさんが今度こそ倒れた、木が倒れるようにパタリと力なく後ろに…

「メグさん!!!」

慌てて駆け寄り顔を覗く、目は開いている 息はある、けど意識がない、瞳孔が痙攣している なんだ…なんなんだこれは!、どう言う…ッ!?

「エリス!メグを抱えて時界門の中に走れ!」

「はい!」

咄嗟にメグさんのポッケからセントエルモの楔を取り出し地面にしかと打ち込み、気絶したメグさんを抱えて時界門の中へと飛び込む

あの氷の床の上で寝ているよりもアガスティヤの方が面倒を見やすいだろう、兎にも角にもエリスとアマルトさんはメグさんを連れ 一時マルミドワズへと帰還することとする

………………………………………………

「いやぁ、すみません 気を抜いてしまいました」

たははー と笑うメグさんはエリスが淹れたホットココアを啜り、羽織った毛布を整えながらダイニングの暖炉の前で安楽椅子を揺らす

あれからメグさんはエリス達が何かをするまでもなく直ぐに意識を取り戻した、そしてパタパタと動き出しエリス達に謝罪をした後直ぐに晩御飯の用意にかかったので、ここでエリスストップが炸裂 晩御飯はアマルトさんに任せて貴方は休みなさいと叩きつけるように安楽椅子に乗せたのだ

言っておきますがエリスは今怒ってますからね、メグさん

「どうしたんですかメグさん…、らしくないです」

「……ズズッ」

らしくない、ここ最近の彼女はらしくない事ばかりだ、急に倒れたり お茶の温度を間違えたり、機器の存在を忘れてたり 魔獣の接近を許したりだ

エリスの知るメグさんなら、魔獣の接近に気がつかないなんてことは無かったはず、別に魔獣を見逃したことに対して怒ってるわけじゃない そこを責めているわけじゃない、ただ …心配なんだ

何かを隠している、それは間違い無いんだ、そこを突けば彼女はやや申し訳なさそうにホットココアを啜り

「実は、最近寝れていなくて…」

「寝不足ってことですか?」

「はい、…一応皆さんの旅路の要を担う私がミスをしたら、と思うと 不安で…」

むぅ、確かにその通りだ…、ここ最近彼女はずっとハンドルを握っている、そもそも地上を移動する用に作られていないボートを地上で走らせ、下手に運転すればすぐさまスリップし 岩にぶつかれば即座に全滅、おまけに移動に手間取れば神聖軍に追いつかれるかもしれないと言う状況付き

如何に彼女と言えど緊張する…物なのか?、うーん 微妙になんか納得出来ない気もするが、彼女がそう言うのならそうなのだろう

「そうでしたか、すみません メグさんにばかり負担を押し付けて」

「いえ、エリス様とアマルト様には四六時中魔力を消耗させる役目を担わせていますし…、私ばかりが と言うこともありません」

「ですけど、比重で言えば貴方の方が無理をしています、何か策を考えましょう…貴方だけに無理をさせない移動法を」

「ですが…!」

「誰かを使い潰して進む気はエリスにはありません、エリス達はみんな仲良しこよしでおてて繋いでエノシガリオスに辿り着くんです…、そんな甘ったれを実現するには みんなで苦労は折半しないと」

メグさんの手を握って撫でる、ややガサガサにになった肌を抑えるように握って 微笑みかける

この 旅は険しい旅だ なをて今更言わなくてもみんな分かってると思う、この旅の果てに全ての戦いを制した後 誰かが死んでいて、勝利の余韻を感じながら葬式の心配なんてエリスはしたくありません

勝っても 誰かが死んでちゃ意味がないんです、リーシャさんの時のような想いはもうしたくないんです、エリスはもう誰も死なせたくないんです、それを実現するためには 甘ったれでもみんな仲良く進む必要があるんですよ

「エリス様…、貴方にまたそんな顔をさせてしまうとは、メイド失格でございますね」

「メイド失格でもいいのでメグさん自身を大切にしてください」  

「私的にはあまり良くないですが、友達を心配させるのは良くないので ここはゆっくり休ませてもらいましょう」

やはり申し訳無さは抜けないが、それでもメグさんは無理に動かずゆっくりしてくれると言うのだ、これで体力が回復してくれればいい…けど、引っかかる 何か引っかかる

目元に髪の毛が一本引っかかっているような、なんとも言えない気持ち悪さが残る、メグさんはなんでこんなに消耗していたんだろう 寝不足だけが本当の理由か?まだ何か隠しているんじゃないのか?、しかしだとするとこの期に及んで隠し通す理由はなんだ

気持ち悪い、ああ気持ち悪い…けど、取り敢えずはこれで様子を見よう、美味しいご飯食べて あったかいシャワー浴びて ホカホカのままベッドで眠るんだ、それで大体の消耗は回復する、エリスなんて一晩寝ただけで監獄の傷は癒えましたからね

冗談は置いておくとしても、エノシガリオスは目の前なんだ ここで躓くわけには行かない

「おーい、飯が出来たぞ~」

「早いですね、さっき帰ってきたばかりなのに」

ふと、エプロン姿のアマルトさんがホカホカと湯気を立てる鍋やらこんがりサクサクに焼かれたパンなどを持ってダイニングに現れる、いくらなんでも早過ぎでは?さっき帰ってきたばかりだぞ?エリスだってホットココアを作るのが精々の時間で…

「昼間 ジャガパしただろ?、あん時ついでに晩飯の分も作っておいたのさ、どうせ夜もここに帰ってくるわけだしな」

「それもそうですね…、メグさん立てますか?」

「別に絶命寸前というわけではないので立てますよ普通に」

「そりゃよかった、アマルトさん 今日のメニューは?」

「ジャガイモを使った絶品極上の完全完璧超シチューだ、エリス お前シチュー好きだったろ?」

「おお!シチュー!、エリスシチュー大好きです!えへへ、楽しみですねぇ」

「エリス様は鍋物が好きでございますからね」

なんて口にしながらみんなでダイニングの机に着くと…、何者かがトテトテと二階から降りてくるのだ、エリス達しかいないはずのこのメグさん邸で 二階から……

「ワンワンっ!」

「お、ギャラクシー」

なんて警戒する必要はない、この子は帝国一の軍用犬 ギャラクシー君だ、アルカナとの戦いで活躍したブラッドハウンドのギャラクシー君がダルダルの皮をプルプル揺らして二階から降りてくるんだ

何故この子がここにいるか…と言っても理由は単純、遊びに来ているんだ

普段はいつでもメグさんが取り出せるように無限倉庫内に作られたこの子の専用スペースで暮らしているのだが、この子はとても頭がいい 故にメグさんに可愛がってもらうため時たまにこうして屋敷に勝手に入り込んでくると言うのだ

エリス達の一ヶ月の旅路でも何度かこうして顔を見せていたし、多分夜になったら帰ってくるって理解したのだろう、メグさんが帰ってくるまで二階のメグさんのベッド辺りで寝ていたのかもしれない、可愛い子だ

「なんだお前、飯の匂い嗅ぎつけ降りてきやがったのか?、可愛犬だな よしよし」

「ワフッ!」

トテトテとエリス達の座る椅子の側で座ってウルウルした瞳をこちらに向ける姿には、思わずアマルトさんも手が手でしまいわしゃわしゃと頭を撫でる、お腹が空いたのかな…

「ちょっと待ってろよ、飯の端材でよけりゃ軽く食えるように加工してやるかよ」

「ワフッ!」

「ふふふ、可愛いですねギャラクシー君は」

「ええ、この子は人間に媚びを売るのがとても上手いですから」

どんな言い草ですかメグさん…、なんて二人で可愛がっている間に アマルトさんが厨房から戻ってきて、牛乳と盛り付けられたお肉を皿に乗せ 地面に置く…すると

「食ってよし」

「ワフッ!、ハグハグ」

アマルトさんの合図を待って食事を始めるのだ、この辺はキチンと訓練された軍用犬らしくてかっこいいな

「さて、エリス達もご飯食べますか」

「ええ、頂きましょう」

三人に一匹を交えエリス達は食事を始める、しかし、こうして帝国の軍用犬であるギャラクシー君がいると オライオンではなく帝国に居るんだなって気がしてくるなぁ

今会いに行こうと思えばフリードリヒさんやトルデリーゼさん達にも会いに行けるのか、そういえばアルクトゥルス様達も今は帝国で待機してくれているんだよな、最終決戦になったらエリス達を援護してくれるらしいけど…、今はその最終決戦に赴くまでが大変ですよ

「ん、美味しい…やっぱりアマルトさんのシチューは最高です」

「へへへ、そりゃあどうも!おうギャラクシー!、美味いか?」

「ワフッ!ワフッ!」

「そういえば今度帝国でも軍用犬の部隊を作る予定なんですよ、その隊長をギャラクシー君が務める予定でして、今後 彼の事はギャラクシー隊長と呼ばなければならないかもしれませんね」

「へー」

なんて他愛もない会話をしながら絶品のシチューをパンとともに楽しみ、エリス達はその後食器の片付けを終え 冷え切った体をシャワーで温めた後就寝へと向かう


「うーい、じゃ 今日もお疲れー」

「はい、お疲れ様でした 明日も頑張りましょうね、メグさん アマルトさん」

「エノシガリオスもそろそろ見えてくると思うのですが…、それもこれも魔力タンクのお二人の頑張り次第でございます、しっかり寝て休んでくださいませ」

「はーい」

ナイトキャップとパジャマ アイマスクと諸々を装備したアマルトさんと別れ エリス達はそれぞれの部屋に向かう、この屋敷には使ってない部屋というものが沢山あるらしく 旅の最中エリス達がいつでも使えるようにとメグさんの部下のアリスさんとイリスさんがセッティングしてくれたのだ

故にエリスは割り振られた部屋…と言ってもベッドしかありませんが、その部屋に赴き 一人で床につく

枕の位置を定位置に戻し フワフワの羽毛布団に潜ると、いつものように罪悪感が襲ってくる

エリス…こんないい思いしてていいのかな、ラグナ達は今大変な思いしてるだろうに…、ああ 気分が落ちている時横になると嫌な考えばかり浮かんでくる…

今申し訳ないと思っても始まらないんだ、だったら明日 少しでも先に進めるように、今 しっかり休まなくては

「寝よう寝よう…」

そう唱えながら布団を抱きしめ、目を瞑り 疲れに身を任せるようにその日は泥のように眠る…

迫り来る悪夢、それに気がつくこともなく……

…………………………………………………………

「ん…んん」

気がつくと カーテンの隙間から朝日が零れ落ちていた、マルミドワズの居住エリア内部は外の時間に連動して擬似太陽が昇ったり降りたりする仕組みになっている、つまり外が明るいということは

「朝ですか」

朝だ、ベッドに未練を感じながらもクルリとでんぐり返しをして降りると共に軽いストレッチ、その後パジャマを畳んでいつもの服に着替えてみんなが集まっているダイニングへと向かう、今日も一日頑張るぞー!

「おはようございますアマルトさん」

「んー、おはようさん」

ダイニングに向かうと既にアマルトさんがバケット一杯のパンを用意し、本人は地図を一人で眺めながら朝食をとっていた、この人は本当に早起きだな

「ミルクは其処に用意してあるから、バターが欲しけりゃ自分でやれ」

「はーい」

別にバターとは要らない、帝国のパンはどれも高品質 そのまま食べるだけで味がする、なので厨房に取りに行くのはコップだけ、それにミルクを注いで パンと一緒に食べる…ん?

「あれ?、メグさんは?」

「まだ来てねぇ、いつもなら俺のすぐ後に起きてくるんだが…まだ寝てるのかもな」

「寝坊ですか、…そう言えば昨日 よく眠れてないと言ってましたよ」

「そうか?、前メグの部屋の前を通りかかった時はかーかーいびきかいてたぜ?」

「レディのいびきを聞くなんてサイテーです」

「聞こえたんだから仕方ないだろ!、でもまぁ 不眠ってのは周りから見ても分かり辛いもんだし、いびきかいてたって言ってもしっかり寝れてるとは限らんしなぁ」

「もう少し寝かせておきますか?」

「早めに出発したいが、まぁ…そうだな」

メグさんはもう少し寝かせておいたほうがいい、そう二人で取り決めエリスは食事をとる…、ああでも 様子だけは見ておいたほうがいいかな

そんな、ふとした閃きを感じ エリスはパンを咥えたままメグさんの部屋に向かう、音を立てず なるべく静かに、起こさないようにメグさんの部屋の扉を開けると……

「…あれ?居ない?」

居なかった、ベットの上のシーツは捲れ 何処かへ行ったような痕跡が…

いや待て、おかしいぞ、メグさんは起きる時シーツから何から畳んで出る、なのに それが半端だ

ゾワリと鳥肌が立つ、そんな予感に震えながらエリスは慌ててダイニングに急転身すると

「アマルトさん、メグさん居ないんですけど」

「え?、買い出しに出たのか?いや…でも俺が起きてからメグの姿は見てないし、俺が起きる前ならどこの店も開いてないだろ…、変だな」

「ちょっと探しましょう」

「ん、そうだな」

アマルトさんの頬を伝う冷や汗、エリスの背中を伝う嫌な予感、二人の頭の中で浮かぶ最悪の予想 、最初は二人ともなんでもないことのように探していたその足取りは 時間が経つにつれて荒々しいものに変わる

メグさんの屋敷の中を走り回り全ての部屋を開けて周り回りメグさんの名を叫び回る、必死こいて 二人で探して…そして、見つけたのは

「おいおい…こりゃ、どういうことだ」

「…わ 分かりません、分かりませんけど…一つ言えるのは」

二人で眺めるのは二階の倉庫、オライオンへ直行するための時界門が開いている筈の倉庫の中には

何も無かった、オライオンへ戻る筈の道が何処にも、何処にも無かったのだ、つまり これが意味するのは

「エリス達は…、もう旅を続けられない ってことでしょうか」 

消えたメグさんとオライオンへの道、それは 暗い壺の底に溜まり続けた何かが 蓋を突き破り外へと溢れ発生した…、起こるべくして起こった事件だった
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