孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

279.魔女の弟子と炎毛金爪の雪兎

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空白平野に吹く巨大なブリザード、その内部で行われるけでしの逃走劇と追撃戦

逃げるのはエリス達 魔女の弟子、鉄の鷹に縄を括り付け 凄まじい勢いで雪の中を疾駆し神聖軍の包囲網を抜けるため走り抜ける

追うは罰神将ベンテシキュメ、ラグナ達を追いかける道中合流したスカルモルド率いる死番衆と共にエリス達の追撃に移った彼女は、逃げる神の敵を前に牙を剥き、卓越したスキー技術により加速するエリス達に追いついてみせる

絶対に捕まるわけにはいかない、なんとしてでも聖都に向かわなくてはいけないエリス達と

ここを通すわけにはいかない、邪教執行官の誇りと尊厳を守る為 なんとしてでも ここで神敵を殺したいベンテシキュメ 
 
両者の意志と意地がぶつかり合い、今ここで 魔女の弟子と神聖軍により国を駆け抜ける壮大な追いかけっこが、最終局面へと移った

「カハァー!!、あたいから逃げられると思ってんじゃねぇぞ…!」

処刑剣を大地に突き刺そのまま前へと進むようにスライドするベンテシキュメ、圧倒的な腕力により加速する彼女は徐々に…いや 凄まじい速度でエリス達に近づく

体に纏う金色の炎は彼女の体毛のようにぴったりと張り付き、加速の中でも吹雪の中でも消える事なく、エリス達を焼き殺そうと迫ってくる

「どうなってんだ!?なんであいつ燃えてんだ!?なんで燃えてんのに平気なんだ!?あれも魔術か!?」

「あんな魔術聞いたことも…ってヤバ!」


「逃がさねぇ逃がさねぇ、絶対に逃がさない!執行官の名にかけて!!」

燃える体をそのままに 鋭角にエリス達に突っ込んでくるベンテシキュメの狙いは一つ、あからさまにエリス達の推進力として働いている鉄の鷹、そしてそれを繋ぐ縄だ…、それを叩き切ればエリス達は推進力を失い前に進めなくなる、それを見抜き 狙い 炎を纏う処刑剣を振り抜き

「ぐおりゃぁっ!!」

「させるかよ!」

振り下ろされ炎剣、それを防ぐのはアマルトさんの紅の大太刀の振り上げ、どこを狙えばいいかベンテシキュメが分かるように エリス達もまたどこを狙われたらマズいかくらい分かっている、縄だけは何としても死守せねばと動いたアマルん…だが

「ぐぅっ!?こ こいつの剣…重てぇ!!」

「このまま焼き切ったらァッ!」

アマルトの剣の腕は十二分に卓越していると言えるし、神聖軍くらいなら蹴散らせる勢いにある、だが ベンテシキュメはそもそもが並ではない 彼女はこの国最強の剣士にして戦士 罰神将なのだ、その全霊の一撃の重さたるや、重たく長い大太刀では受け切れないのは明白

このまま押し込まれればベンテシキュメの炎によって縄が焼き切られる

ならば!

「させません!!」

飛び出したエリスは風を纏い 天を舞う羽の如く、放たれた矢の如く強く空を裂き縄に向けて剣を振るうベンテシキュメ目掛け飛び蹴りを放つ

「チッ!、邪魔すんなよッ!!」

流石のベンテシキュメもこれは無視出来ないと二つあるうちの一本の剣を防御に回し苛立つように吠え、まるでベンテシキュメの怒りが燃料にでもなっているかのように彼女を包む黄金の炎は更に火力を増し 肉薄したエリスさえも焼き殺そうと哮り狂う

「邪魔しますよ!、そりゃあねぇ!!」

されど炎なんかで竦むエリスではない、相手がより一層燃え上がるなら その炎ごと消し飛ばしてやると自らが纏う旋風もまた勢いを増す、吹雪を切り裂く高速の中でのぶつかり合い、籠手を足に装着したエリスの怒涛の蹴りを 捌くように剣を振るうベンテシキュメ

両者一歩も引かない互角の攻防、しかしベンテシキュメは今も縄を狙っており アマルトとの鍔迫り合いを継続した上での互角だ、そこはエリスも理解している…故に慄く

(ここまで強いか…神将は)

エリスが今まで戦った神将は二人、トリトンとネレイドだ、トリトンからは逃げてネレイドには負けており かつこの二つの戦いはエリスも本調子ではなかったと言い訳が出来る

だが此度は違う、エリスも抜群のコンディションで挑んだまさしく決戦とも言える戦い、だというのに それでも圧倒する事が叶わない、全霊の攻撃をぶつけても片手で捌かれるのが現状…

オマケにベンテシキュメはこの高速を維持するために定期的に剣を杖代わりに漕がなければならないという状況下でこのパフォーマンス、地に足つけて戦ったらどれだけ強いんだ…!

「ええい煩わしい!、テメェは何処かに…」

「ッ…!」

刹那 ベンテシキュメが大きく剣を横に振りかぶる、傾けるように 水平に剣を座らせるような構え、それと共にベンテシキュメを包む黄金の炎が 処刑剣を燃やす黄金の炎が激しさを増し…

「行きやがれッッ!!」

「クッ!?」

振るわれた炎剣はスカルモルドの烈剣を遥かに上回る火力を叩き出しエリスを引き剥がす、なんなのだあの魔術は…詠唱もなく火力が増した、炎を出す魔術にしては何処か異様、そして

(なんだこの匂い…)

風下にいるエリスだけが察知出来る異臭、ベンテシキュメの黄金の炎は変な匂いがするのだ…、類似するような匂いを何処かで嗅いだ気がするが やはりあの炎…ただの炎じゃないのか

「ヘヘヘッ!バーカ!あたいに近寄ろうなんざ百年早えよ!」

「バカはどっちだよッ!!」

「へ?うおぉっ!?」

しかし、エリスに集中したということは アマルトに振るう剣への力の配分に目が行かなくなるという事、その隙を見逃さなかったアマルトは大太刀を思い切り振り上げベンテシキュメの剣を払い除ける

「チッ!、タイマンじゃねぇの忘れてた…」

「あー!うざってぇな!、あいつまだ追ってくるぞ!」

アマルトの剣により引き剥がされたベンテシキュメはややバランスを崩しエリス達の乗る橇から少し離れるも、すぐまた剣で地面を漕いで追いすがってくる、あのスピードは振り切るのは無理だ アイツを離さない限りエリス達は完全に逃げられないだろう

「なら、エリスが相手をします」

「大丈夫か?」

「この高速なら少し足止めするだけでも振り切れます、それにエリスのスピードならすぐに追いつけるので…、アマルトさんは立ち塞がる神聖軍の方をお願いします」

「分かった、無茶すんなよ」

「はい!」

故に飛び立つ、追いかけてくるベンテシキュメの足を一瞬でもいいから止めるため あわよくばここで倒すため、風を纏い橇から飛び出して追いかけてくるベンテシキュメに肉薄する

「ああ?、テメェがあたいの相手をしようって?」

「エリス達はエノシガリオスに行くんです、その邪魔はさせません」

「行かせねぇって言ってんだろうが!、このダボがァッ!!」

ベンテシキュメの纏う炎が勢いを増し、ベンテシキュメのスピードもまた苛烈さを増す、行かせてなるものか せっかく掴んだ離脱のチャンス、ここで物に出来なければもう一度は来ないんた

「死ねやァッ!神敵ィッ!」

「死にません!、エリスは死にません!」

振るわれる二本の炎剣、放たれる二本の蹴り、吹雪の中で行われる高速の攻防 両者ともに神速で移動しながら少しでも距離を詰めようと 離そうと打撃と斬撃の応酬がぶつかり合う

「オラァッ!」

「いっっ!」

籠手を装着した足でベンテシキュメの斬撃を防ぐが やはり奴の纏う炎が邪魔だ、斬撃は防げても熱まで防げない、というか なんでベンテシキュメ燃えてて無事なんだ!

「オラオラどうした!勇ましいこと言った割にはその程度かよ神敵ィッ!」

「まだまだ…こんなもんじゃ…!」

ベンテシキュメのスタイルは徹底した攻撃特化、二本の剣を的確に振るい 相手の防御を突き崩しながら二撃目で仕留めにかかるスタイルだ、オマケに振るう腕力もエゲツない…受け止めるだけで風で飛ぶエリスの体が大きく揺さぶられる程だ

だが…、攻め過ぎだよ!

「シャオリャァッ!」

「甘い…!」

エリスの首を狙った炎の横薙ぎ、だが 読んでいた ベンテシキュメの動きを記憶し何処で決めにかかるかを読んだエリスは即座に体を空中で横にし体を回転させん事により炎剣を捌き 振るわれた剣を蹴り上げベンテシキュメの攻めに穴を開ける

「取ったァッ!」

そのままつっこむ、背中にかかる風圧の後押しを受け 飛ばされるような勢いでベンテシキュメに突っ込み蹴りを放つ、このまま蹴り飛ばせばそれで勝負あり…

そう読んだ、エリスは…だが

「んなっ!、やるじゃねぇか…けどよぉ!」

徹底した攻撃スタイルであるベンテシキュメ、それは即ち防御が疎かになることを示していた、故にエリスはこの攻撃が必中であると読んだ、戦法とはその者が自然に身につけた動き…謂わば癖のようなもの、だというに

エリスの蹴りを目の前にしたベンテシキュメ…、その瞬間 ベンテシキュメの左腕がカクンと動く、それだけ…たったそれだけの動きだと言うのに

その瞬間、エリスの目にはベンテシキュメが…『別人に変わったように見えた』

「フッ…!」

「んなっ!?」

変わった、ベンテシキュメが別人に…さっきまで烈火の如く攻めていたと言うのに 奇妙な動きを見せた瞬間 まるで明鏡止水の如き流麗な動きでエリスの攻撃を捌き受け流したのだ

「えぇーっ!?」

つるりとすり抜けるような華麗な動きでエリスを受け流し背後に投げ飛ばしたベンテシキュメの動きを見てエリスの頭は混乱の極致に陥れられる

何が起きたんだ、何があったんだ、さっきまで見せていたベンテシキュメの動きが 根底から変わった、攻めから防御に思考を切り替えたなんてレベルじゃない、まるでそこにいるベンテシキュメが別人に切り替わったと錯覚出来るレベルの転換…

まだ何かあるのか!?ベンテシキュメの奴 あれだけの腕を持ちながらまだ別の何かを隠し持ってるのか!?なんなんだあいつ!

「ヒャッハー!テメェは後だ神敵エリス!先にあの橇をやらせてもらう!」

「しまった…!」

受け流され 立ち位置が逆転してしまった、ベンテシキュメが前 エリスが後ろ、ならベンテシキュメはエリスを相手する必要性がない、そのままエリスを無視して加速する

マズい!またメグさん達のところに!、止めないと!

「待て!待ちなさい」

「そう言われて待つ奴見たことあるかぁ?ボケ!」

彼女の腕がみるみるうちに回転しエリスの追撃さえ遠ざけるほどの速度で橇に近づき 再び斬りかかろうとするのだ、ヤバいヤバい 今それを狙われたら…

「アマルト様!縄を持ってください!御者を!」

「え?あ ああ、けど何を…」

「迎え撃ちます、展開『時界門』!」

クルリと橇の上で前後を入れ替えるメグさんとアマルトさん、いまだ疲労の癒えぬメグさんはベンテシキュメ目掛けて時界門を展開し、中から道具を取り出し…

「メグセレクション、No.8『全自動お湯出し魔装』!」

そう言いながら小さな筒が飛び出た黒色の箱を取り出し後方に向けるのだ…、いや何あれ、なにそれ…

「ふぁいやー!」

上部に着いたボタンをポチりと押すと、それに反応し魔装がゴウンゴウンと動き出し 小さな筒からチョポチョポとお湯が飛び出てくる…、だから何それぇっ!

しかし

「っ!?なんじゃこりゃっ!?」

飛び出たお湯は地面の雪を溶かし 氷を溶かし、水蒸気となって辺り一面を真っ白に染める、そうなれば当然 後ろから迫るベンテシキュメに湯気がぶち当たることにな彼女の視界を一時的に奪う、オマケにベンテシキュメの足元はお湯で若干溶けた氷のせいで変に滑り 彼女のバランスを崩すのだ

「説明しよう!全自動お湯出し魔装とは空気中と水分と魔力を吸収し一瞬でお湯にすることでいつでもどこでもお湯を確保出来る画期的な魔装である!」

「くそが!滑るし前見えねぇし!うざってぇ…!」

水蒸気を嫌い やや後ろに下がるベンテシキュメ、それは橇との距離が生まれると同時に エリスとの距離が縮まると言うことであり…

「隙ありィッ!」

「ねぇよ!」

飛びかかる 背後から、その瞬間今度はベンテシキュメの右腕の関節がカクリと曲がるのが見え…

「セオリャァッ!」

「ぐっ!?」

まただ、今度は再び烈火のごとく攻め立てる戦法に戻り凄まじい勢いで二本の炎剣を振るいながらその場で一回転し  器用に背面で滑りながらエリスを斬り殺そうと剣を振り回す

ベンテシキュメの剣の腕は間違いなくオライオン一の物と言えるだろう、剣豪とも呼べる程の腕前に執行官としての残忍さが加わった情け容赦のない炎剣は舞い散るエリスの冷や汗さえも蒸発させ

「この…『風刻槍』!」

牽制目的で詠唱を跳躍し、放つのは風の槍、至近距離で放たれる不可視の螺旋は吹雪の中に穴を開け 桐の様にベンテシキュメを目指す、しかし

やはり エリスの攻撃を前にした瞬間、ベンテシキュメの腕が…今度は左腕の関節がカクリと動き…

「分かりやすい風だなぁオイ!」

先程までの烈火の様な攻めが一瞬にして消え、鏡の如き静水を思わせる雅な佇まいのまま 両手の剣を風の進行方向と同じ様にグルリと回す、ただそれだけで風の槍がベンテシキュメを無視してあらぬ方向へと飛び去ってしまう

捌かれたんだ、的確な力配分で風を操り 捌く…武をある程度極めた人間はみんなこう言う事やってくるから驚きはない、受け流されたこと自体には

驚きはやはりまたベンテシキュメの戦闘スタイルが変わったことだ、攻めと受け この二つの戦法がベンテシキュメの中で完全に二分されている、はっきり言おう あり得ない事だ

攻め一辺倒の者はいる、受け一辺倒の者もいる、そして攻める者は受けをせず 受ける者は決して攻めない、それはその者の長い戦闘経験から導き出された答えのようなもので 決して覆ることはない

なのにベンテシキュメはどうだ、攻め一辺倒かと思えば次の瞬間には受け一辺倒に変わる、受け一辺倒かと思えば次の瞬間には攻め一辺倒…これはつまりベンテシキュメは長い戦闘経験から二つの答えを導き出しているに等しいのだ

攻めと受けの両立はあり得る、だがベンテシキュメのそれは少し違う…まるで

そう、『攻めるベンテシキュメ』と『受けるベンテシキュメ』の二人が、まるでスイッチを切り替える様に即座に交代して表に出てきているかの様な異様さを感じる

なんなんだ、これは…、まさかラグナの言っていたベンテシキュメの違和感とは、これのことか!?

「惚けてる場合か?」

カクリとベンテシキュメの右腕が動く、マズい!これは攻めのベンテシキュメが出る合図!つまりこの後こいつは…

 「死ねや、獄門炎断の刑!」

「まずっ…!」

ベンテシキュメが剣を交差させハサミの様に持つとともにこちらにすっ飛んで来た、捉えた物を消して離さぬ首断鋏は炎を纏い 的確にエリスの頭を狙う

必殺の一撃とは即ち相手に防ぐ事も避ける事も許さぬ一撃の事である、左右に大きく広げられた刃はそのまま左右の回避を阻止し 背後にとんでもベンテシキュメの速度には勝てず、防げばそのまま炎の鋏に焼き切られ魔術での迎撃も間に合わない、防ぎようも避けようもない まさしく必殺の一撃

冷や汗が吹き出るよりも早く、エリスの本能が叫ぶ…『死ぬぞ』と

「くそ…!」

それでも抵抗しないわけにはいかない、とにかく後ろに飛んで 逃げ切るしか…!

「『時界門』!」

「なっ!?」

しかし、ベンテシキュメの斬撃が空を切る、消えたのだ エリスの姿が…いや消えたわけじゃない、移動したのだ メグさんがエリスの背後に作り出した時界門のお陰で エリスは再び橇の上に戻ることが出来た

あっぶなかったぁ~、ありがとうございますメグさん!

「感謝します、メグさん 危ないところでした」

「いえ、それよりベンテシキュメを…」

「分かってます、いい手を思いついたところです」

「チィッ!、いつのまにか移動しやがった!」

消えたエリスに苛立ちを隠せず クルリと反転して再び迫ってくるベンテシキュメ、このままにすればまた同じ状況に持っていかれる、だが 丁度いい手を思いついたんですよ、さっきのメグさんのお湯を見てね…

「メグさん、少し離れていてください」

「かしこまりました、ほらアマルト様 もっと前詰めて」

「いや落ちる落ちる!」

ベンテシキュメは今 エリスに攻撃を仕掛ける為 背後に飛んだせいで、橇との間に結構な間がある、これを埋めるには後数秒は必要だろう、ならば…今ならば、やれる!

 「燃える咆哮は天へ轟き濁世を焼き焦がす、屹立する火坑よ その一端を!激烈なる熱威を!今 解き放て」

合わせる両手の中に込められた魔力は、赤き灯火となってこの暗き銀世界を明るく照らす、ジリジリと焦がれ されど炎では無いその光を携えた両手を高く天に掲げ、勢いをつけながら…

「待てぇぇぇぇええ!!神敵ぃぃぃぃいいいい!!」

滑る氷の床目掛け…振り下ろす!

「『獅子吼熱波招来』」


其れは……

其れは、古式魔術による極熱、この国には存在しない 至極の熱波、其れが数千年と溶けることのなかったこの氷の大地をみるみるうちに溶かし 元の姿に…水へと変えていく

水だ、水…上に立つ者の存在を許さぬ穴が 瞬く間に広がり…

「なっ!?」

一瞬の間に 吹雪さえも融解した世界にて、ベンテシキュメは驚きの声を上げる、先程まで大地だったそれが無くなったからだ、辺り一面の氷が 一瞬の間に水に変わりベンテシキュメはその中に落ちてしまったからだ…

「っと!、スゲェなエリス!氷が全部溶けちまった!」

「いえ、全部は溶かしきれませんでした、ここら一帯だけです!」

対するエリス達の橇は水を切りますます加速する、エリス達を引っ張る鉄の鷹が空にいる以上 推進力は失われない、いくらベンテシキュメでも泳いでこれに追いつくのは無理だろう、とどのつまり 氷を溶かして仕舞えば良いのだ

そうすれば泳ぐ手段を持たないベンテシキュメ達はエリス達を追うことはできないんだから

「それじゃーさようならベンテシキュメさーん!、追いつけたら次はエノシガリオスで会いましょう!」

「ぁぁああああああ!!くそがぁぁぁぁ!!」

ジタバタと水の中で暴れ、拳を水面に叩きつけるベンテシキュメ…さぞ悔しかろう、だが残念 今回はエリス達が一枚上手で…

「がぁぁぁぁあああ!、レイズぅぅぅぅぅうう!!行かせるなぁぁぁぁあああ!!」

「へ?、レイズ…?」

聞き覚えのない名前、それを叫ぶベンテシキュメの叫びに呼応し…水面が揺れる

ズシンズシンと波が立つ、まるで巨大ななにかが歩んでくるような…

「っ!エリス様!アマルト様!前でございます!、前方から何か来ます!」

「何かってなんだよ…あれ」

ベンテシキュメの言葉に呼ばれたのか、エリス達の進む先 吹雪の奥より何かが現れるのだ、何か…とは称するが 本当に何か分からないんだ

見上げるような巨体とまんまるとした体と頭、そこから細長い腕が伸びる謎の怪物、それがズシンと音を立てて歩いて…

「はぁ~~い!、ベンテシキュメ長官~~~、この吹雪 邪魔ですねぇ~~~」

そんな間延びした声と共に、その怪物は細長い腕を大振りに振るう…、たったそれだけで周囲を包む吹雪が掻き消され エリス達や 怪物の姿を隠す銀のカーテンが取り払われ、その姿が露わになる…

「あれは…雪の巨人?」

「邪教執行副官…レイズ~、最終防衛ラインの役目~しかと果たさせて頂きますぅ~」

現れたのは巨大な雪の巨人であった、シルエットの通り丸い体と丸い頭を持ち 腕の代わりに巨木を刺した異様な姿で顕現するそれは、頭部と思わしき部分のど真ん中に ちょこんと人の顔が埋まっている

あれが…レイズなのか?、副官と名乗っているあたり 邪教執行長官たるベンテシキュメに次ぐ実力を持っていると見ていいんだろうが…、なんか間抜けなフォルムだな

「おや、あれは雪だるまでございますか?」

「雪だるま?知ってるんですか?メグさん」

「ええ、雪を使ってポルデュークの子供達が作る人形にございます、まぁ 通常で考えられるサイズとはあまりに逸脱していますが、あの特徴的な姿形は間違いなく雪だるまかと」


「そうですぅ~、これが私の魔術…『スノージャックマン』、雪があればあるだけ私は強くなるのですぅ」

スノージャックマン…聞いたことがある魔術だ、確か雪を体に纏って武器にするとかそういう魔術だったはずだ

当然、使える場が限られる上雪を纏えば凍えてしまうので かなりマイナーな魔術だった筈だが、そうか…ここなら雪がいくらでもある、この魔術を使うにはうってつけか!

「私だって副官なんです、やろうと思えば~…ひゃわぁっ!?」

エリス達を踏み潰してやろうと足を高々と上げ振り下ろしたレイズ…しかし、その図体で見えていなかったのか?、エリス達の周辺の氷が溶けていることに気がつかなかったレイズはズルリと足を滑らせドプリと水の中に浸かってしまう…

「み 水!?なんで水!?氷が溶けて!?、ああああああ!私の雪の体が溶けていくぅ~!?」

「バッッッカレイズ!足元よく見ろ!」

「ごごごごごごごめんなさいごめんなさい!、で で通しませんから!」

雪の体を半分以上水につけながらもエリス達を通すまいと両手を広げるレイズ、たしかに水に浸かって動けなくなったものの、レイズの巨大な体はそのまま雪の壁になる…

だが

「この程度で、エリス達を止められるとでも…?」

「ヒッ!?この人怖い!」

怖いとも、今は人に優しくしている場合じゃないんです…、悪いですが全身全霊の力で ぶち抜かせて頂きます…

「我が八体に宿りし五十土よ、光を束ね 炎を焚べ 今真なる力を発揮せん、火雷 燎原の炎を招く…黒雷 暗天の闇を招く、咲雷 万物を両断し若雷大地に清浄を齎す、土雷 大地を打ち据え鳴雷は天へ轟き伏雷万里を駆け、大雷 その力を示す、合わせて八体 これぞ真なる灼炎雷光の在りし威容」

全身を這い回る八つの雷が エリスの肉体を通じて両手に集う、エリスが持つ魔術の中で 単体最強の威力を誇る…文字通りの奥義、これが必殺技…!

「『天満自在八雷招』」

重ねた両手から放たれる一筋の雷は 凄まじい音と光を伴って真っ直ぐに飛び エリス達の前に立ち塞がるレイズ その巨大な胴体に向かっていく、如何なるものも破壊し突き通すこの魔術を前に 雪の壁ごときが阻めると思うなよ!

「ヒ…ヒィィィィイ!?!?」

みぎゃぁぁ!!と暴れるように抵抗するレイズ、されど既に魔術は放たれている、もう遅い 全て遅い…、放たれた雷はそのままレイズの腕を焼き消し、その土手っ腹に巨大な風穴を開けて天の彼方まで飛んでいく…よし!

「道が出来ました!あそこを通って行きましょう!」

「あそこって、雪だるまの腹の中か?、気分的には最悪だけど…仕方ねぇ!」

無作為に飛び回る鉄の鷹に括られた縄を手繰り エリス達は巨大な雪だるまの腹に開いた穴をくぐってレイズを抜ける、もうエリス達は誰にも止められない!

「おや 穴の先には誰もいないようでございますね」

「さっきあいつも最終防衛ラインとか言ってたからな、つまり こっからはただ逃げるだけってこった!」


「あわ…あわわ、私の…私の体に穴が…」

「テメェの体じゃねぇだろレイズ!、追え!」

「はっ!そうでした!、逃がしませぇーーん!」

しかしそれで逃す程度なら邪教執行官をやっていないとばかりに動き出すレイズ、エリス達が雪だるまのトンネルをくぐり抜けた瞬間 雪だるまの頭がコロリと取れて地面に落ちる

「待て待てー!!」

「うぉっ!、追いかけてきた!?」

レイズは頭だけになりながらコロコロと転がりこちらに向かってくるのだ、さながら巨大な大岩の如き威圧を放ち 何が何でも逃してなるものかと 執念で追跡を開始する

「っと…これ、やばいかもしれませんね」

ただ 面倒な点があるとするなら レイズが転がれば転がるほど、足元の雪を纏ってあの雪玉が一回り大きくなっていくということ、エリス達の超高速に追いつけだけのスピードで回転しているんだ、そりゃあもうみるみるうちに巨大化していく

この大きさじゃさっきみたいに熱で破壊しきるのは無理だ、下手をしたら内部にいるレイズも殺してしまうかもしれない…、殺しはまずい、出来れば全てが終わった後オライオンとの遺恨は無くしておきたい

となるとあの雪玉を止める手立てが…

「まぁーてぇー!、逃がしませんよぉ!『スノースパイク』!」

すると今度は巨大化した雪玉がブルリと震え、内側から結晶化した棘が次々と矢のように放たれるのだ、回転している雪玉から発射される雪棘…、それはエリスの目を持ってしても見抜けないほど乱雑にそれでいて隙間なく掃射される

「ぐっ!、おいどうする!、絵面は間抜けだがこりゃ相当まずいぞ!」

「わかってますよ!…すぅー 『火雷招』ッ!」

迫る雪棘を剣で払うアマルトさんの声から伝わる焦り、それはもっともだ ベンテシキュメはあれで飛び道具を持たなかったからなんとかなったが…

レイズは違う、移動しながら次々と雪棘を発射し自らも巨大化していく、このままじゃいずれ巨大化した雪玉に圧殺されるか 掃射に耐えきれずこちらが串刺しになるかとどちらかなのは目に見えている

故に悪あがきで火雷招を放つが…、ダメだな もうあれだけ大きくなった雪玉相手じゃ小針の一刺しにしかならない、うぅむ もう一回天満自在八雷招を?でもそれじゃあレイズを殺してしまうし…

「エリス様 エリス様」

「はい?、なんですか?」

そう困り果てているとメグさんから一つ提案があるとばかりに手招きをされ それに従ってエリスもメグさんの口元に耳を当てる

実は…という口頭から語られる内容が世間話のわけがない、メグさんが語るのはこの状況の打開策だった、しかし

「大丈夫なんですかそれ」

不安が残る内容、膝を叩いてそれ採用!と即決出来ない作戦だ、特に倒れるまでに消耗したメグさんにかなりの無理を強いることになる、しかし

「お任せを、大丈夫ですよ これは自己犠牲ではなく、皆様を守る為だけの無茶なので」

無茶は無茶だが 今までのそれとは違う、そう言うんだ…、もう自分を犠牲にしてどうこうしようって気はまるで無い、ただ 自分に出来ることをやらせてほしい、そんな瞳を輝かせながら言われたら…応じるしか無い

「分かりました、エリスも全力で応えます」

「フフフ、では…お願いします」

メグさんはエリス達を信じてくれている、信じてくれているなら エリスも信じる!それだけの話だ

メグさんからそれを受け取り、エリスは橇の上に立ち上がる、風圧を受けながらも強く 強く立ち上が見据える先はレイズではなく…前だ

「では、行きます!」

「何をするつもりか知りませんがやらせませーん!『スノードロップシャワー』!!」

「アマルト様!全力で防いでください!」

「俺にも作戦を共有してほしいなぁ!チクショー!」

阻止しようと夥しい数の雪弾を連射するレイズに対抗して、メグさんもまた橇を操り攻撃から逃げる、それでも当たりそうなものはアマルトさんが命に懸けても叩き落とす、全員が全この場を抜け出すために全力を出している

それに答えずして何が友達が…!

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を!」

高らかに足を掲げ 大きく振りかぶる、みんなが作ってくれた刹那の時間 決して無駄にしない為に、エリスは全力で魔力を練り上げ腕の中に集める…正確に言え手の中にあるそれ、メグさんから渡された物品…、それを

「  『旋風圏跳』!」

投げる、風を纏わせ千里の果てまで飛ばすように投げ飛ばす、それは矢のように遥か遥か向こうまで一直線に飛んでいき 吹雪を突き抜け視界から消えていく…、これでいい これでいいんだ

何せ投げたのは…

「行けます…、展開 『時界門』!」

黄金の杭…セントエルモの楔なのだから

メグさんの時界門を を使用する為の条件ともなる杭、時界門を開けばセントエルモの楔がある場所へと飛ばされる、つまり 今メグさんが開いた時界門…エリス達がギリギリ通れるだけの時界門が通じている先は…

「それでは皆様ー!、さよーならーー!」

「え?あ!ああ!、き 消え……!?」







一瞬だった、目の前に開けられた時界門を潜り その先へと転移するのは、一瞬の事だった

あまりの速さにレイズも対応出来ず、慌ててやめさせようとしたが…もう遅かった、既にエリス達は エリスが投げたセントエルモの楔のある地点へと転移し、レイズ達から逃げ果せて居たのだから

「っと!、転移完了でございます」

「すげぇ…、一瞬で逃げられたな」

天を仰げば太陽が見える、前を見れば景色が見える、後ろを見ればさっきまでエリス達が居たであろう地点…、吹き荒ぶ吹雪の壁が見える、どうやらエリスが投げたセントエルモの楔は吹雪を突き抜け かなりの距離まで飛んでいたようだ

これだけ距離が稼げれば ベンテシキュメ達も追ってはこれまい、これで…

「メグさん、大丈夫ですか?」

ただ心配なことがあるとするなら、今の彼女にこの距離の転移は結構キツイのでは…そう思ったのだが

「この程度の距離なら問題ありませんよ、流石に大国を跨いでの移動はまだキツイですがね…」

どうやら、彼女の言った通り このくらいは平気なようだ、信じてよかった…

「はぁ~疲れたー、あとはこのまま進むだけでいいんだよなぁ」

「ええ、と言ってもこの橇でどこまで移動出来るか…と言う話はありますが…」

「…………待ってくださいね」

今エリス達は空白平野のど真ん中にいる、ここには遮る物もないから 遠視の魔眼で周囲を確認すれば…、あった!

「ありましたよ!、メグさん!向こうの方にアイアンデッドヒートがあります!」

「本当でございますか!?、あれを回収できたなら…、直ぐに向かいましょう!」

かなり前方の方になるが、エリス達が乗ってきたアイアンデッドヒートの影が見える、あれならこの橇よりいくらかマシな移動が出来るだろう、何よりあの内部は暖かい 

吹雪にやられたエリス達が体を休めるにはちょうどいいだろう…

「……なぁー、メグ」

「はい?どうされました?アマルト様」

すると、ふと アマルトさんが橇にぺたんとお尻をつけて座り まるで何かを覚悟するように天を仰ぎ

「俺にもアレの運転教えてくれねぇかな」

「アレ…アイアンデッドヒートでございますか?」

「ああ、…お前だけに何かを押し付けたくない、お前だけが 何かを背負わなきゃ行けない事態をなるべく減らしたい、この平坦な大地なら 俺にも運転出来るんじゃないかと思ってさ、…甘いかな この考えは」

「……アマルト様」

それは気休めにしかならないかもしれない、アマルトさんの自己満足にしかならないかもしれない、それでも メグさんだけに何かを頼っている状況をもうエリス達は無視出来ないんだ、だから みんなの命を担う役目は 自分も一緒に背負いたい

アマルトさんのその言葉、エリスの胸に響きましたよ

「エリスもです、メグさん お願いしたいです」

「お二人とも…、フフフ…アハハハハハ」

「な 何笑ってんだよ」

「いえ、いえ…ただ 私はどうやら お友達に恵まれたのだなぁと…、大切にしたいなぁって…思っただけでございます」

フフフ とまるで溢すように笑う彼女が溢したのは笑いだけだろうか、その瞳から溢れた一筋の光が 嬉し涙だと思ってしまうのは エリスのエゴだろうか

それでも、それでも…エリス達はメグさんにそんな顔をして居てもらいたいだけなんですよ

「分かりました、ではここからは持ち回りで運転していきましょうか」

「頼むぜメグ、んで…早い所エノシガリオスに行って ラグナ達と合流しようや」

「そうですね、アレから二ヶ月近く…、そろそろ制限時間が近いです それよりも早く…」

もはやエリス達の前を遮り物はない、ここまできたら進むだけだ、エリスの…エリス達の旅の最終目的地

教国オライオン 中央都市、聖都エノシガリオスは…ラグナが メルクさんが ナリアさんが…シリウスと師匠が待つ最後の街は、もう目の前なんだ

それを自覚すればするほど、拳に力が入る…

今、助けに行きますよ 

今、終わらせに行きますよ

この旅を、戦いを

……………………………………………………………………………………

「すみませぇん、逃げられましたぁ…ベンテシキュメ長官…」

「チッ、あいつらの魔術の仕業か?…まさか一瞬で消える魔術を使う奴がいたなんてなぁ」

服を脱ぎ去り 雑巾のように絞るベンテシキュメは溶けた氷の淵に座り 何度目かの舌打ちを放つ

ベンテシキュメが泳いで岸に辿り着く頃には全てが終わっていた、神敵達はまんまとあたい達から逃げ果せて 何処かへ消えた、このまま追跡するのは不可能だろう…

おまけに葉巻のストックまでベタベタになっちまいやがって、この苛立ちは何処へぶつければ良いのやら…

「あれ?、あんまり怒ってません?」

「は?、なんでだよ」

「い いえ、ただ…もうエノシガリオスに到達されるのが確定したこの状況、長官にとってはこう…腹わた煮え繰り返るほど怒るものかと」

「まぁ…腹たってんのは事実だよ」

だけど、ベンテシキュメは今 至極冷静になっている、ベンテシキュメは長官だ 立場ある人間だ、この状況下で怒りで我を忘れるような真似はしない、何せ今この状況に最早一刻の猶予もゆとりもないからだ

神敵エリス達はエノシガリオスに到達するだろう、多分神敵ラグナ達もエノシガリオスに辿り着くだろう、そうなるとまたアイツら六人が雁首揃えることになる…、それは非常に由々しき事態だと今なら言える

エリス達とラグナ達 この双方と戦ったベンテシキュメは分かっている

(あいつら、まだ底を見せてねぇ…本気で逃げてたが ガチであたい達を倒そうとしてなかった)

今のエリス達の目的はあくまでエノシガリオス到達と神聖軍からの逃亡、故にあたい達は逃げるアイツらの背中を突くことが出来た、だが エリス達の目的はエノシガリオスに到達した時点で逃走から戦闘に変わる

もうアイツらは逃げないだろう、その時今と同じ戦力で立ち向かって 果たして勝てるだろうだろうか…

うちの最強戦力サリーをものの一時間たらずでぶちのめしてしまう神敵ラグナ達

死番衆の三隊長を一瞬で全滅させる神敵エリス達

 そして、この罰神将ベンテシキュメの追撃を弾き返すだけの実力を双方共に持ち合わせている、そんな奴らが本気で迎撃に転換すれば…

(邪教執行官達だけじゃ止められない、あたいだけじゃ止められない)

奴らの実力は 最早神将クラスでなければ止められない領域にある、ベンテシキュメだけでは無理だ 他の神将達が揃い踏みでなければ止めらない

「…次現れる時、奴らの纏う覇気と闘志は今回の比じゃないだろう…、レイズ お前本気のエリスと戦えるか?」

「えぇ、戦えと言われたら戦いますけど…、アレに勝てるビジョンが見えません…」

「だよなあ…、仕方ねぇ、追跡はやめだ あたい達はこれからエノシガリオスに戻る、今から全速力で馬飛ばせば間に合うはずだ、決戦に」

業腹だし受け入れたくはないが 、認めざるを得ない この追撃戦の勝者は神敵達であることを、そして 避けられないことを

エノシガリオスは神敵と神将の決戦の戦場になる、二つの意思がぶつかり合う オライオン始まって以来の激戦の舞台になることは避けられない

…避けるべき事柄だったが、避けられないのならもうあたい達に出来ることは一つ

この決戦に遅れず、そして 勝つことだけだ…

「レイズ、号令をかけろ エノシガリオスに向かうぞ、神敵達と決着をつけに」

「はいぃ!、分かりましたぁ!」

ワタワタと動き出し周囲の神聖軍を集めに向かうレイズを尻目に、ベンテシキュメは濡れた体をブルリと一つ振るい 項垂れる、髪を滴る水滴地面を濡らす

「悪いな…御大将、やっぱこの戦い 決められるのはあんただけみたいだ」

あたいの憧れたあの背中に 頼らざるを得ないというのは辛くも、嬉しい

また 御大将と一緒に戦えるという事実に

そうだ、御大将と一緒なら…今度は負けねぇ、向こうがガチならこっちもガチだ!、つけようや!この戦いに決着をよぉ!

神敵…いや 魔女の弟子ィ!!

……………………………………………………………………

「つまり、何か?お前達は教皇から授かった命令を遂行出来ずおめおめとこの聖都に逃げ帰ってきたというわけか?、ええ?ローデ…トリトン」

「…………仰る通りです」

この国 このオライオンに於ける中央都市 エノシガリオス、テシュタル教の総本山にして最大の象徴…或いは時として神の住まう御伝として崇められる巨大神殿

テシュタル神聖堂の奥地にて、聖母神ザウラクの御前にて立つ老夫は 目の前に立つ二人の若人にため息を漏らす、なんと情けないことかと 

「お前達を向かわせたのは教皇リゲル殿の使命だというのに、まさか教皇直属の神将が揃いも揃って神敵を取り逃がしたと?、神将の名とテシュタルの名を地に落とすつもりか」

「くっ…」

「返す言葉もない」

老父に責め立てられるのはこの国における最高戦力の一角 歌神将ローデと守神将トリトンの二名である、両者共にテシュタル教が保有するテシュタル神聖軍の中でも頂点に立つ実力と その力に相応しい地位にいる人物達だ

しかし、そんな二人は今 責める言葉に何も返せず、聖母神ザウラクの像に目を向けられず ただただ忸怩たる思いで地を見つめるばかり…、そりゃあそうだ 二人揃ってこの国における超一級犯罪者 或いは国家転覆以上の罪と問われる『神の敵対者』を取り逃がしたのだから

ローデは神敵を目の前にしながら騙され取り逃がし、トリトンは歴史あるプルトンディースに閉じ込めた神敵を逃し あの監獄の脱獄者に新たに三名も名を刻んでしまった、オマケに内部に隠れ棲んでいた戦車のヘットも取り逃がして いいとこ無しとはまさにこの事だ

そんな二人が何故ここにいるか、本当なら自分達も直ぐにでも捜索に加わりたいところなのだが…、命令が出てしまった以上帰還せざるを得なかった

リゲル様の絶技 聴覚に作用する幻覚を用いた遠距離念話にて届いた 通称『神託』にて下った命令、『神敵襲来に備え エノシガリオスに集結せよ』…と

故にこうして帰還したのだが、帰還したそばからこのようなお叱りの言葉を受けているのだ

「全く嘆かわしい、神将が聞いて呆れる…、やはり四人も必要なかったのだ、神将は代々一人のみの役職、それをカルステンの奴が勝手に複数人も任命して…、この責任は誰に取らせるべきか」

「っ!お待ちください!、責任は全て私達に…」

「ああ?」

ギロリとローデを視線一つで黙らせるのは 二人を叱り飛ばす老父…、その威圧に思わずローデは何も言えなくなり すごすごと黙ってしまう、それだけこの老父が持つ威圧と威厳が凄まじいのだ 神将を黙らせるほどに

そもそも、如何に神将に非があれど 神将をこのように嫌みたらしく怒鳴り散らせる人間など この国には殆どいない、…が 彼はその殆ど居ないの『殆ど』の部分であることは言うまでもない

この腰が折れ 杖を突かねば歩けないほどに衰弱し、顔は皺とたるみで人相の悪いブルドッグのように歪んだ 小さな老父が、神将に意見出来る 数少ない存在…その名も

「何か異論でもあるか、儂に…!」

「い いえ、ゲオルグ卿…」

その名もゲオルグ、テシュタル教に於ける枢機卿の地位を務める人物…又の名を『神槍』ゲルオグ・ワルプルギス

枢機卿という地位を務めながらオライオン最高の魔術師として 世界に連なる七人の大魔術師 『七魔賢』の地位にも就く彼の持つ威厳は未だ若いローデ達から見れば鬼のように怖いのだ

「責任は私が?、それは大前提の話だ お前が取るべき責任は取るべき責任としてある、だがそれだけでは示しがつかんからこうして思案しておるのだろうが!」

「うっ…」

「神将の名を軽んじているお前達に言っておくがな!、神将とは唯一無にして孤高の存在の名!、聖人ホトオリがかつて名乗ったとされる聖神将から来ている歴史も由緒ある名!、これの失墜はテシュタルの権威そのものの失墜に繋がるのだぞ!」

「それは…そうですが…」

「故に神将は減らす、お前達は神将失格だ!これは決定事項だからな!」

「権威の…、失墜ですか…」

確かにゲオルグの言うことは正しいだろう、だが それでもローデとトリトンがそれを真摯に受け止める事は出来ない、何故か?

それは単純だ、ゲオルグという男は…

「テシュタル教の力が削がれる事を真に望んでいるのは…、ゲオルグ猊下 貴方ではありませんか」

「なんだと…!」

「貴方が聖王家由来の人間だから…、国政すらも牛耳るテシュタル教の力が落ちて 聖王家の天下が来れば、貴方は枢機卿以上の地位を手に入れることができる…違いますか」

それはゲオルグという男が 真にテシュタル教の下僕ではないからだ、彼はテシュタル教徒という立場ではあるものの 彼のワルプルギス家は代々この国の王家に使える第一の家臣として活躍して来た一族の人間なのだ

聖王…と言ってこの宗教が牛耳る国であるテシュタルにおいてその権威はほぼない物に等しい、凡ゆる行政の権限を教皇であるリゲルと リゲルの率いるテシュタル教が握っている現状で なんの権限も持たぬ王を誰が崇めようか

…だがもし、そのテシュタル教の力が削がれ その権威を失えば、自然とその権威が転がり込む先は決まっている、そして その権威が転がり込んだ結果得をする人間も大体想像がつく

つまり、彼は ゲオルグは枢機卿でありながら、教皇の最たる敵でもあるのだ

「くだらん、何を言うか…、そんなわけがなかろうに」

「そうですか?、貴方が枢機卿になれたのも 聖王の推薦をリゲル様が聞いたからと伺っています、つまり貴方は聖王より放たれた刺客なのでは?、この危機をこれ幸いと利用し 神将の力を削ぎテシュタル教の失墜に繋がれば、聖王に大恩を与えた貴方は今の教皇以上の地位につける、ともすればリゲル様を下ろしてその座に…」

「論点をすり替えるな!、ヘマをしたのはお前達だろう!そこは何を言っても変わらんはずだ!」

「うっ…」

最もすぎる正論にトリトンは思わず声を詰まらせる、何をどう言ってもトリトンがヘマしたことは変わらない、もしゲオルグがそこに付け込もうとしていたとしても 付け入る隙を与えたトリトンが悪いとも言える

ゲオルグの企みは今は余所事、ゲオルグに二心あれどそれは関係ない、今はトリトン達の叱責を行う時間なのだから

「ふんっ!、やはりお前達は神将には相応しくない、リゲル様にそう報告してくる…沙汰は追って下すが故、せいぜい怯えて待っていろ!」

「………………」

フンッ!と強く鼻息を鳴らし杖で地面を叩くように不機嫌そうにその場を去ろうとするゲオルグと、引き止める言葉を持たないトリトン達…するとそこへ

「待って、ゲオルグおじさん」

「ぬっ!?お前は…!」

立ち去ろうと振り返ったゲオルグの目の前にいきなり現れた壁に 思わずゲオルグは冷や汗を吹きながら目を見開きそれを見上げる、すると暗い天井の奥に見える顔が…いや 天井と見紛う程に高い位置にある頭が やや不満そうに眉を下げてゲオルグを見下ろしているのだ

「貴様、ネレイド…いつの間に…!」

「さっき、…怒鳴り声が聞こえたから見にきた、…ゲオルグおじさん あんまり大きな声を出したら体に悪い」

「年寄り扱いするでないわ!」

「分かった、ごめんね…ゲオルグ君…よしよし、怒らない怒らない」

「年下扱いで納得するわけがないだろうが!」

ゲオルグの怒鳴り声を聞いて困ったとばかりに眉を顰める巨人…ネレイドを前にゲオルグはゴクリと固唾を呑む

神将ネレイド、神将達の頂点に立ち このオライオン最強の座に座る絶対強者の一人、教皇の寵児であると同時にこの国の国防を教皇より任せられた 立派な大臣の一人だ、されどその評価はとても良いものではない

というのもこのネレイド、凄まじく鈍感なのだ、的外れのことを言ってみたり マイペースを貫いた結果失敗したり、そんな彼女は裏で木偶の坊と呼ばれる事も多々あるだろう

だが、それは飽くまで周りの評価…ゲオルグ自身はこのネレイドという女を高く評価している、それも 彼が唯一恐るほどに

「で、何をしにきた、野次馬か」

「違う、止めに来た 貴方を」

ネレイドの目つきが変われば ゲオルグはそら来たと瞼をヒクつかせる、確かにネレイドは木偶の坊だろう 図体ばかりデカくてオツムの方は空っぽだろう そう思われるのも無理もない姿ばかり見せているだろう

だが、それは飽くまでネレイドの一面すぎない、この女が木偶の坊?何をバカな…、こいつは立派に将軍だ、付け入る隙がないほどに

「トリトンとローデの処分を取りやめてほしい」

「何を言いだすかと思えば、こいつらがヘマをしたのは事実だろう、そこにお咎め無しとはいかん」

「ヘマ?…なんのこと?、彼らはヘマをしていないと私は考えている」

「はぁ?ローデは神敵を逃し トリトンに至っては監獄から脱獄まで許した、これをヘマと言わずして何というか!」

「ローデは神敵を逃したのではなく追撃を加えただけ、そこに捕縛の絶対条件を課した覚えはない、トリトンの脱獄の件に関しては然程問題には感じない、脱獄した神敵が町を襲った報告もない ならまた捕まえればいいだけ、実害の有無だけで考えるならいくらでもリカバリーは効く」

「だが取り逃がしたことに変わりはないだろう」

「作戦行動はまだ終わっていない、取り逃がしたかどうかの判断は軍部の責任者たる私に一任されている、枢機卿たる貴方にそこを判断する権限はないはず、それとも貴方は軍部の考えや行動にまで口を出すつもり?」

「この状況も貴様の作戦通りと言いたいのか?、聖都の目の前に敵が来ている状況を作戦と呼ぶか?、随分な将軍だな お前の神将としての資質も疑わねばならん」

「疑ってくれて構わない、作戦は予定通りとは言い難いけれど それを含めて軌道修正を考えるのも私の仕事、何より敵が目の前に来ている状況で味方の失態を挙げ連ねる行為は士気の減退に関わる、貴方が敵を取り逃がしたとを責め立てるなら 私は貴方が軍部の作戦行動の阻害をしたことを将軍として教皇に言わなければならない」

「…………」

言えば言うほどネレイドは強硬な態度を取って返してくる、一切動じる事も慌てる事もなく 理路整然とした空気を醸し出しながら部下を守る

メチャクチャな理論に見えるが 実際ゲオルグに神将の権限剥奪を決める権利もネレイドの立てた作戦行動に口出しする権利もない、そこを突かれるとゲオルグとしても痛い…

こいつ 普段は木偶の坊同然の惚けっぷりを見せておきながら、ここぞと言う場面では弁が立つのだから厄介極まりない

「…分かった、ならこの一件はまだ儂の胸中に留め静観することにする、だが この戦いの行く末如何によっては、覚悟せよ」

「神将が町を守れず敵を教皇の前に通す時…その時は私が死ぬ時だから、墓場に手向ける花と一緒に文句も添えてくれればいい、神の座でしかと反省するから」

「チッ …、ああ言えばこう言う…やってられん」

「大丈夫、職務は果たす それが私達の仕事だから」

このままゲオルグが踏み込んでも平行線だろう、或いはネレイドが本気を出して彼の立場さえ揺るがしかねない一手を打ってくる可能性がある、それを引き出す前にこちらが引く 

ここでネレイドと張り合っても意味はないとゲオルグは舌打ちと共にツカツカとネレイドをすり抜け何処かへと消える…

「ふぅ…、ゲオルグおじさんは…怖いね」

「ネレイド様…」

対するトリトン達はその胸中を占めていた忸怩の二文字が今度は己への不甲斐なさで一杯になる、守られてしまった…ネレイド様に 自らが責任を負うような形で、不甲斐ないローデとトリトンをゲオルグから守られてしまったのだ

何と馬鹿馬鹿しい話か、ローデもトリトンもネレイドには大恩がある、だと言うのに 彼女にその恩を返すどころか 受けた恩が増していく日々、今回の一件も上手く言い訳したが結局のところ神敵を逃してしまった事に変わりはないのだから

ネレイド様のご期待に沿えなかった事は 間違いないのだから

「申し訳ありません!」

「ネレイド様がせっかく捕らえた神敵を…私の不甲斐なさで…!」

「大丈夫だよ、どの道あの人達はここに来る…ならもう一度そこで決着をつければいいだけだから、ベンちゃんもそろそろここに来ると思うし それに合わせて神敵もこの街を訪れる…その時はまたみんなで戦って神敵達を倒せばいいよ」

だから大丈夫、そう言ってのけるネレイド様の姿は みんなでと言いながら 何処か自分一人で解決しているように見えて トリトンとローデの拳を悔しさに握られる

頼りないか、そんなにも頼りないのか我々は、確かにネレイド様から見ればまだ弱く 脆い存在かもしれない、肩を並べるに足る存在ではないかもしれない…それでも、せめて せめて貴方の背中で守るのはやめてくれ

私達三人の神将は、皆 貴方の役に立つために神将になったのだから……

「でもエリス達がここに来るとなると…戦力が必要かな、トリトン 死番衆は動かせそう?」

「申し訳ありません、今 神敵エリス達の追跡に向かわせており…私の手元には誰も、そしてもし エリス達がエノシガリオスに到達すると言うことは、死番衆の全滅を意味するでしょう」

「そっか、死んでないと思うけどそれじゃあ最終局面に参加してもらうのは無理そうだね…」

神聖軍に於ける主力とは 死番衆 邪教執行官 闘神聖務教団の三つだ、そのうち二つが神敵の追撃に当たっている、死番衆は恐らく参加不可 邪教執行官も五体満足とは行かないだろう、となると 残りの動かせる戦力は…

「闘神聖務教団…、動かすのですか?ネレイド様」

「…………」

闘神聖務教団…、その名の通り闘神将たるネレイド直属の部隊であり、主力の三大勢力最強の戦力を持つと言われながら この聖都から殆ど出ることがないあの聖務教団を、遂に動かすのかとトリトンは固唾を呑む

「うん…動かそうかな、…聞いてたよね、アクタイエ…エウポンペ」

「……気づいていましたか、流石は我らが大将だなエウポンペ」

「その通りだなアクタイエ、流石は我らが大将だ」

ネレイドの巨体の後ろからヌルリと現れた二人を言葉で表現するなら 『白氷の騎士』とでも呼ぼうか

白銀の鎧に身を纏った女騎士 アクタイエの雪よりも白い髪と琥珀のように輝く瞳、何よりその傷ひとつない美しい面立ちは 時として天使とさえ表現される事もある、事実こうしてトリトンの目の前に現れ 静かに目を伏せるアクタイエはさながら聖像のように見える

同じく白銀の鎧に身を包んだくすんだ白髪の大男 エウポンペ、ネレイドには劣るものの中々の巨軀を持つ彼の鎧はテシュタルに伝わる神鎧をモチーフに作られているだけありその威厳たるや凄まじいものだ、ネレイド以上に闘神将という言葉が似合うようにも見える

白の髪と白銀の鎧、そして静謐な面持ちで立つ二人の騎士 彼らこそ闘神聖務教団の双団長 、闘神将ネレイドの直下の部下にして今現在最も神将の座に近いと言われる者達 アクタイエとエウポンペだ

「しかしよもや我らまで動員されようとはなエウポンペ」

「その通りだなアクタイエ、だが この聖都の守りを任されている以上 逃げるわけにはいくまいよ」

「二人にはこれから聖都の守りをお願いしたいんだけど、いいかな」

「何を言いますか、なぁエウポンペ」

「その通りだなアクタイエ、我らが大将のお言葉ならばいかなる所業もなして見せましょう」

そんなやりとりを繰り広げるネレイドと二人の団長達の絵面を見れば まさしく騎士と主人の美しき主従関係を表しているようにも見える、が…

そんな光景を見たトリトンの胸中は…いや 彼の顔は、なんとも言えないほどに唖然としたものであった

(アクタイエとエウポンペが…大人しい)

トリトンも神将の一人として彼らの人となりは理解しているつもりだ、彼らが如何に『面倒くさい』存在かも知っている…、てっきり現れた瞬間から胃が痛くなるような振る舞いをしてくるかと思ったが

(どうやら、二人も事の重大さがわかっているか、ふざけないならそれでいい)

そう、トリトンが安堵した瞬間のことだ、まるで 彼の期待に沿うかのように ネレイドに一礼を終えた女騎士 アクタイエが体を起こすと同時に胸元から何かを取り出す素振りを見せ…

「では、参ろうかエウポンペ!」

咥える、懐から取り出したバラを咥え仰々しいポーズを取り始めるアクタイエを前にトリトンは顔を手で覆う、始まった

「ああ、見せてやろうかアクタイエ、我らチーム《ネーレイデス》のパフォーマンスを!」

続くエウポンペは懐から目出し帽を取り出すなり鎧を脱ぎ出し筋骨隆々の姿を見せる、もう絵面がやかましい、花を咥えてポーズをとるアクタイエとマスクマンとなったエウポンペ…そうだ、これがこの二人の本性にして本来の姿…

チーム ネレイドス…、二人ともオライオンレスリング界に名を刻む最上位のレスラーにして…、ルチャ・リブレの達人なのだ

「神敵VSネーレイデス…盛り上がるぞこれは、宣伝用のチラシを今からでも作らねば…!」

「拡声魔力機構を持ってこよう、マイクパフォーマンスをやるならあれは必須だからな、今からでも啖呵を考えておこうか、観客を 街人をぶち上げる最高のものを!」

「花火も打ち上げよう!」

「ノボリも用意しよう!」


「うん…二人とも、一応任務だから…目立つのはやめてね」

「なっ!?!?」

ネレイドの一言に愕然とショックを受けるアクタイエとエウポンペはそのまま膝から崩れ落ちて涙に濡れる…、一応国家防衛の任務なんだから真面目にやれという話だが この二人にとってはこれが普通なのだ

言ってしまえば…死ぬほど目立ちたがりなのだ、だから今日の今日まで動かさなかった、動かせばこいつらは瞬く間に国内全域にチラシを配って回って世紀の大試合として演出してしまうから

邪教アストロラーベとの戦いの際も『オライオン神聖軍対邪教アストロラーベ!、最強の名は何方の腰に巻かれるのか!、この一大決戦見逃すなかれ!、決行日と試合の場所はこちらに!』と書かれたチラシを山のように用意していたのだ、ベンテシキュメが気がついて止めなければアストロラーベとの戦いの決行日が国内に知れ渡るところだったのだから

「目立ってはダメ…?、そんな…どうやって戦えば…」

「目立たない我らなど我らに非ず…、俺は誰なんだ…」

「あ…あうあう、その…ちょっとだけなら、いい…よね?」

チラリと困ったようにこちらを見るネレイド様の視線に気がつく、いや 我々に聞かないでくださいよ…

本当に困った奴らだ、ネレイド様を困らせるなんてな…、だが 悔しい話ではあるがこの二人の実力の高さは本物だ、死番衆の隊長も 邪教執行の副官も この二人には敵わない、伊達じゃないんだ、この国で最も神将に近いと言われるその実力は

「うう、では チラシはやめておきます」

「花火もやめてね?」

「分かりました、では比較的簡素に済ませるとします…、大丈夫 神敵達がいかなる存在でも、我らネーレイデスは無敵ですので、さぁ行くぞエウポンペ!服を着ろ!」

「ああアクタイエ!、我らの力を見せてやろう!」

ズシズシと肩で風を切り外へと向かうネーレイデスの二人の背中を見て、一息つく…だが

「多あの二人でも止められないかと」

ローデが述べる、如何にネーレイデス達が強くとも 神敵達は止められないと…、そこにはトリトンも同意する、確かにあの二人は強いが 神敵達は既に神聖軍の追撃さえ振り切ってここに来ている、その強さは半端じゃない事は想像に難くない

「うん、分かってる 多分あの二人でも仕留め切るのは難しいかなとは考えている…、だから 私達も準備をしよう、決戦の準備を」

もう流れる勢いは止められない、何はどうあれ 事は最終局面まで進んでしまった、最早一抹の油断も抱けない

神敵達も我々も!互いに後がない…振り返るつもりもない、決めるしかないのだ 覚悟を…

神敵と神将、その最後の戦いは目の前なのだから……
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