わけあり乙女と純情山賊

猫又

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山賊達の夜

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「でも……」
 リリカが何か言いかけた時に、
「お頭、食事の用意ができましたよ」
 とでっぷりと太った女性が顔をのぞかせた。
「そうか」
「まあまあ、お頭が娘さんを連れてくるなんて珍しいですねえ」
 人の良さそうなおばさんはリリカを見てにこにこと笑った。
「ウルミラ、リリカだ。ケガをしてるんでな、しばらく滞在するぞ」
「まあ、そうですか!」
 ガイツはリリカを見て、
「リリカ、彼女はウルミラ。ここにいる野郎どものおっかさんだ。何でも言ってくれ。力になるだろう」
「はあ……」
 リリカは戸惑いながら、それでも、
「リリカです」
 と名乗った。
「まあ、かわいらしいお嬢さんだこと! お頭、こんなかわいい娘さんをどこからかっさらって来たんですか?」
 と豪快に笑いながら言った。
「人聞きの悪い事を言うな! 温泉でケガをしていたから、連れてきただけだ」
 ガイツが慌てていいわけがましく言った。
「まあまあ、そういう事にしておきましょうか。リリカさん、食事が出来てるけど、動くのがつらいならここに持ってこようか?」
「いいえ! あたし、帰りますから……馬や荷物を温泉に置いてきてしまったし……」 立ち上がりかけたリリカをウルミラがおさえた。
「あらあら、そんな事は心配しなくてもいいわ。誰かに言って、取りに行かせましょうかね、お頭」
 ガイツがうなずいた。
「そうだな。その傷じゃ馬には乗れないだろう」
 リリカは恐ろしさと心細さで泣きたくなってしまった。


「お頭、次の獲物は何にしやす?」
 リリカはガイツの隣に座って、宴会に参加させられていた。
 ガイツの回りを何十人もの男や女が取り囲み、酒を酌み交わし、肉を食っていた。
 どいつもこいつも凶悪そうな顔で、獲物を仕留めた時の話や、脅えた貴族を追い詰めた時の手柄話を自慢そうにしていた。リリカは唇をかみしめてそれを聞いていた。
「そうさな。ま、しばらくは休暇としよう。これから暑くなる一方で、都の貴族どもは避暑だとかなんとかで涼しい地方にお集まりだ。都への荷物は減るだろう」
「そうですね。頭、それなら北の隠れ家へ移動して、俺達も避暑としゃれこみますか!」
 はっはっはとブロンドの男が笑った。山賊には見えない品のある美しい顔で、耳や首に飾りをたくさんつけて、なかなかおしゃれな男だな、とリリカはぼんやりと考えていた。
「シン、お前はさぼる事ばっかり考えてるよなあ」
 ブロンドのおしゃれ男、シンをしかったのはこれまた彼とは正反対の小さな醜男で、ガイツの隣で小さな杯を舐めるようにして飲んでいる。ガイツはこの小男をブルと呼んだ。
「ブルの兄さん、そりゃないさ。俺はいつだってお頭の為に働く覚悟さあ」
「どうだかね」
 ブルはふんっとそっぽを向いた。そこへ、ウルミラが酒を配りながら、
「あんた、そうやってシンちゃんをいじめるから、娘っ子達に嫌われるんだよ」
 と笑って言った。
「うるっせえ。ウルミラ、お頭に酒がねえぞ! ぼやぼやすんな!」
「はいはい」
 リリカは首をかしげた。ウルミラとブルは夫婦なのだろうか。ノミの夫婦とはよく言ったもんだわ。
「リリカちゃん、飲んでるかい?」
「あ、はい。いただいてます」
「そう、遠慮する事はないからね」
 ウルミラは笑って、また酒を配りに行った。
 そのうちに宴会も佳境に入り、娘達が輪になって踊ったり、笛を吹いたり、歌を歌ったりしはじめた。リリカはぼんやりとそれを眺めていた。
 世にも恐ろしい山賊と噂の高いガンツ一家なのに、随分とアットホームな感じでリリカは拍子抜けした。
 その夜、リリカはウルミラの小屋で眠った。ブルはウルミラに追い出され、ノア、ルーという双子の子供達と一緒に眠ったリリカは緊張しているはずなのに、何故かぐっすりと眠れる事ができた。
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