妄想日記8<<FLOWERS>>

Chapter2(蒼空編)

Chapter2-①【Wブッキング～LA CHICA DE CUBA～】

月が代わり、新しい仕事にも慣れてきた。
前日各店舗で発生した伝票をエクセルへ入力していく。
全てのデータが入れ終わったら、マクロで集計表を作成する。
それを各店舗へ報告する手順だ。
午前中はこれで殆ど終わってしまう。
昨日は月末だったので、まだ1/4程残っていた。
パソコンの時計を見ると、そろそろ昼飯だ。
報告は15時だから、昼休みを潰す程ではなさそうだ。
伸びをすると、背凭れが軋んだ。
慌てて前屈みになり、キーボードに向き合う。
だが後数分で昼休みだと思うと、新しい伝票を入力する気にならない。
スマホが点滅し、ラインの受信を知らせた。
ヒロムのアイコンが開く。
『来月の三連休休みが取れたんだ。
何処へ行くか、考えておいてくれ。
日焼けはまずいから、温泉が良くないか？
今晩、INLETで待ってる。
詳細を決めよう。』
何度瞬きをしても文章は変わらない。
また空約束だと、高を括っていた。
まさか、本当に休暇を取得したとは。
『どうして今回に限って…。』
テンキーを叩く音が大きくなっている事にも気付かない。
「どうかしたんですか？」
隣席の大きな瞳が更に見開いていた。
 
「実はさ、今度の連休にダブルブッキングしちゃったんだ。
普段は予定なんてないのに、その日に限って。」
ランチの席で菜摘に愚痴を溢す。
「そんな事ですか。
私はてっきり月末の伝票が余りに多いから、ヒュウガさんが壊れちゃったのかと心配
しちゃった。」
口角を上げて、小さく笑う。
入社三年目の年下だが、心強い先輩だ。
「天秤に乗せると、どちらが重いのですか？」
フィジーク選手並のヒロムには数えきれない恩がある。
それに引き換えゲイ向けコミックから出てきた筋肉の持ち主は連絡先すら知らない。
比べる迄もないと、頭の中へ天秤を持ち込む。
ドンとヒロム側が下がった。
反対側の漆黒の皿には深紅のアナルが蠢く。
そこに舌を這わすと、徐々にヒロム側が上がってしまう。
結果、揺れ動く天秤は均衡を保った。
「50-50。」
卑猥な想像を悟られない様に素っ気なく答える。
「だったら先に約束した方と会うべきです。」
簡単な答えが返ってきた。
「でもさ、後の方も…。」
「では後の方と会いましょう。
普通は先約を優先させます。
それでも、でもと言う事は深層で後の方を望んでいるのです。」
カウンセラー然とした笑みに頷いてしまう。
「まだ約束まで余裕があるようでしたら、前の方にリスケをお願いしたらどうです
か？」
「リスケか…。」
温泉だったら、一泊あれば充分だ。
「菜摘ちゃん、ありがとう。
お礼に今日は奢らせてもらうよ。」
軽やかな手付きで伝票を抜き取った。
 
INLETの看板の前で溜め息を溢す。
初デートで来て以来だ。
高級クラブに独りで入るのは気が重い。
ヒロムと付き合い始めの頃に、連れてきてもらっただけだ。
ママは気さくだったが、いつ迄も構ってくれるとは限らない。
ここでヒロムが現れるのを待つ事にする。
タクシーが止まり、見慣れた広い背中が降りてきた。
慌てて駆け寄る。
「丁度良かった。
少し遅れちゃったから、走って来たんだ。」
ここで30分待ったとは言えない。
大袈裟に息切れを装う。
ねっとりした汗が背中を伝い落ちた。
 
(つづく)