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第一章 家出をした先で

私と言う存在

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 私は普通の人と、少し違う。いや、だいぶ違うと言っていい。少なくとも、私は自分と同じような人生を生きている者を知らない。
 私が他者との違いを自覚するのは、決まって十歳の誕生日を迎えた朝。その日、必ず私は思い出すのだ。

 私が、何度も生まれ変わって同じ時代を繰り返し生きている人間である、と言うことを。

 繰り返すようになった切っ掛けは、知らない。分からない。
 だから、初めはわけも分からず新しい生を生き、そして突然その命を奪われて、長くない一生を終えた。その次も、そのまた次も。
 そんな人生を何度か繰り返すうち、私はこの繰り返しの生に法則があることに気が付く。

 一つ、死ぬ度に違う人間として生まれ変わるものの、必ず「ミリアム」と言う名をつけられること。
 一つ、生まれる場所は、必ずアルグライス王国であること。
 一つ、死ぬ年月や生まれる年月に多少の違いはあるものの、必ず同じ時代を生きること。
 一つ、繰り返す生の中で、必ずアルグライス王国王太子、フィロン・オーゼンスと出会うこと。
 そして――フィロンが殺害されるその日に、必ず私も殺されること。

 ある時は貴族令嬢として、またある時は商家の娘として、家庭教師として、孤児として、貧しい平民の子供として――様々な人生を送る中で私は必ず王太子と出会い、そして必ず殺された。

 そんな法則に気付いてから、当然ながら私はまず、王太子と出会わぬように人生を生きることにした。
 けれど、どんなに相手を避けても接点を作らなくとも、何故か必ずフィロンに出会ってしまって、私は頭を抱えた。
 しかもこの「出会う」と言うのが曲者で、互いが互いを視界に入れて相手の姿を認識するだけで、どうやら「出会い」に含まれてしまうらしいのだ。そこに互いの自己紹介の必要はなく、何なら、相手の姿が何とはなしに視界に入って、その時たまたま相手と一瞬目が合うだけで、出会ったことにされてしまう。
 出会い回避の難易度は、それはそれは高かった。

 一度、アルグライスの隣国スイールスに捨てられて、貧民街の片隅で浮浪児として生きていた時は、不運が過ぎた。
 どうにかこうにか十歳の誕生日を迎えて全てを思い出し、今回これでは流石に出会うこともあるまいと安堵したのも束の間、フィロンがスイールスの王子と共に、貧民街に住む民の援助の為にと、現地へやって来たのだ。
 この時には、流石に己の不運を心底呪った。
 そして呪った次の瞬間には、スイールス王族に対する怒りを全身に迸らせた貧民街の大人によってフィロンが殺され、その暴動に巻き込まれて私も死んだ。
 私の今までの人生で、最も短い一生だった。

 隣国の王太子なんて賓客中の賓客、国賓だろうに、何であっさり暴徒に殺されるのを許すのか。スイールスの衛兵の目は節穴なのかと、消える意識の狭間で怒りが爆発したのをよく覚えている。
 このことで、私達の間にどれだけ身分差があろうと出会ってしまうのだと思い知らされた私は、出会いを避けることを諦めた。
 そして、次はフィロンの殺害を阻止することを考えた。

 けれどこれは、出会い回避を諦めるよりもっと早く挫折した。
 理由は簡単。フィロンの近衛騎士にでもならない限り、彼に迫る凶刃を防ぐ手立てがないからだ。
 アルグライスでは、近衛騎士は男性にしか許されていない。と言うより、女性が剣術を嗜むことをはしたないとするアルグライスでは、女性騎士自体が非常に稀な存在で、特定の人間にしかその道は許されていない。運よく私が騎士になれる可能性のある家に生まれたとしても、女のままではフィロンのそばに侍ることは不可能なのだ。

 それならばと、貴族身分に生まれた時には、その身分を存分に使ってフィロンとお近づきになれないかと、積極的に夜会や茶会に参加してもみた。けれど、フィロンに近づくことはフィロンと必然的に「出会う」ことに繋がり、結果、目的を果たす前にあっさり死ぬことになった。勿論、フィロンも見事に殺された。

 フィロンの身に危機が迫る前兆を掴もうと考えたこともあったけれど、それこそどう頑張っても無理な話だった。この国の高位の役人でもなければ、ろくな人脈も持たない小娘に、どうやって情報を集められると言うのだろう。

 結果。
 私は、フィロンと出会うことも彼の殺害を阻止することも無理だと、すっぱりさっぱりきっぱり諦めた。

 そして、今回の「ミリアム・リンドナー」の人生である。
 十歳になった朝にこれまでの数々の人生を思い出した私は、今生における「ミリアム」の境遇も相まって、この繰り返し生まれ変わる人生に対して心底から嫌気が差した。

 今思い返すだけでも、うんざりする。夫人が子供を産んでからのあの男の掌の返し方が、まあ酷いったらない。
 突然、暖かく綺麗な部屋を追い出され、実母の使用人部屋に放り込まれるまでは、まだよかった。むしろ三歳と言う年齢を考えれば、追い出された悲しみよりも、引き離されていた母とようやく一緒にいられる喜びの方が勝っていたように思う。
 けれど、よかったのはそれだけだ。

 まずは、それまで散々、将来が楽しみだとか自慢の髪だとか誉めそやしていた、母譲りの鮮やかに艶めく緑の髪を、使用人が主人一家より目立つ珍しい髪色とは何たることだと、母子共々強制的に黒く染めさせられた。次に、地下の使用人部屋から屋根裏のより狭く隙間風に晒される部屋に移動を命じられ、母の仕事もよりきついものに変更させられた。更に私物も容赦なく捨てられて、手元には、母が必死に守った形見の短剣しか残らなかった。
 たった一日で、屋敷内での立場諸共、親子で最底辺に突き落とされたのだ。本当に、あまりに酷い。

 挙句、ろくでもない住環境と仕事内容の過酷さに母が弱って亡くなってからは、まさに地獄。骨と皮だけとは言わないけれど、圧倒的に栄養が不足してガリガリに痩せ細った体に、数々の折檻と言う名の虐待の痕。この有様は、浮浪児人生といい勝負だろう。
 だから、全て思い出した十歳の朝、私はキレた。キレた勢いで、この家を出ることを決めた。それはもう即決で。

 幸い、今まで王都から距離のある田舎の領地で生活を送っていたお陰で、フィロンとは出会っていなかった。だから、諦めた筈の私は、ほんの少しの希望を抱いてもいた。
 もしかしたら、今度こそはフィロンと出会わず殺されず、生き延びられるかもしれない、と。
 そんな小さな希望と人生の目標の元、それから六年。

 これまでの数々の人生の中で習得した裁縫の腕を遺憾なく発揮して一心不乱に働き、数々の折檻に堪え、必死に生きて、ようやく自由を手に入れられたと思ったのに。
 やはり、とことん私は死を望まれているのかと思わずにいられない。

 今回はフィロンに出会うことはなかったのに死んでしまうとは、これはもしや、アルグライスを捨てても死んでしまうと言うことなのだろうか。
 これまでも国の外に出たことはあったけれど、そこで死ぬことがなかったのは、いずれの場合も旅行や遊学だったからか。逆に、スイールスに捨てられた時には、思い出した直後にあっさり死んだことを思えば、強ち的外れな考えとも思わない。
 まさか、こんなところにも繰り返しの法則が隠れていたなんて。

 アルグライスを捨てることなく、フィロンに出会うことなく、殺されることなく一生を過ごす――更に生き延びる為の難易度が上がってしまった。
 もう繰り返したくはないのだけれど、そんな私の意思を華麗に無視して、きっと私にはまた新しい「ミリアム」の人生が用意されているのだ。

 さて、次の人生はどうやって生きたらいいだろう。できれば、貴族の娘にはもう生まれたくない。出会うと分かってはいても、可能な限り出会いは遅らせたいものだ。どうせなら、平民の娘がいい。可能なら、人里離れた山の中に暮らす家族の元がいい。街に下りることなく山の中に籠って過ごせば、今までよりは穏やかに、多少は長く生きられるような気がする。
 そんなことを取りとめもなく思っていた私の意識は、不意に触れた冷たさに導かれるように、ふわりと浮上した――
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