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6 大討伐(1)

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 恒例の大討伐は、気持ちの良い秋晴れの空の下で始まった。
 早朝の鳥たちが囀る中、編隊を組んだ討伐隊が北の森へと出発する。それを見守る住民たちも加わり、賑わいはある種の祭りのようだ。

「おい、討伐隊の先頭見たか? あれって噂のシシグマ王子じゃ……」
「ああ、希望者のほとんど出ない討伐隊メンバーにわざわざ志願したって噂は本当だったんだな! 見ろよ、あの見るからに強そうな迫力! これは頼りになりそうだ」

「あんな見た目で、菓子作りが得意ってのも意外だよな。バザーで配ってたジェリーチの菓子、美味かったらしいぜ。うちのガキがめちゃめちゃ喜んでた」
「なんだお前、無料タダだったのに自分は食わなかったのか? 今までのジェリーチの印象が変わるぐらい美味かったぞー。あれが特産品として儲かるようになったら、ここらも潤うだろうな。今後に期待、ってヤツだ」

 風に乗って聞こえてきた会話に、カナタはこっそりと唇を吊り上げた。住民たちがジークのことを好意的に受け止めはじめている。そのことが純粋に嬉しい。
 そうしてジークの居場所がここにできていったら……そう願ってやまない。



 ――ジェリーチのお披露目は、カナタの提案通り秋の収穫祭のバザーで行なわれた。
 『シシグマ王子のジェリーチ菓子』という看板を掲げ、ジェリーチの新商品を無料で振る舞うという試み。最初は遠巻きにしていた参加者も、物怖じしない子供たちを皮切りにして徐々に菓子へと伸びる手は増えていった。

 ここに住んでいる人間にとって、ジェリーチは子供の甘味程度の認識でしかない。食感は確かに独特だが味は薄く、腐りやすいため保存もできない。そんな特徴をよく知っているからこそ、加工したジェリーチ菓子の味は彼らに大きな衝撃を与えた。
 この驚きを共有したいと、屋台の周りにはどんどん人が増えていく。そうしてジークと言葉を交わす者も現れ、彼の印象は少しずつ塗り替えられていったのだ。今の彼は住民たちに、「辺境領のホープ」とまで思われている。

 だからこそ、このタイミングでの大討伐への参加なのだ。
 ジークを見る目が好意的なものに変わった今、領の発展という長期的な話だけではなく短期的な目に見える形で彼自身の価値を示してみせる……名づけて、「ジーク&ジェリーチ売り込み大作戦」。



「兵隊さんー、頑張ってー」

 可愛らしい子供の声援が飛ぶ。それに笑顔で手を振ったジークの反応に、黄色い悲鳴が上がった。

「やだ、ジーク様ってすごいイケメンじゃない。御守り作っとけば良かったー」
「アンタ、手のひら返しが露骨すぎない? この前までシシグマ最悪、とか言ってたくせに」

 女性たちの交わす何気ない会話に、カナタの心がざわりと粟立った。

 大討伐では、大切な人に手作りの御守りを渡すのが恒例の習わしだ。
 大切な夫が、子供が、もしくは恋人が無事に帰って来られるように。そう願って、サシャの実を入れた小さな袋を縫い合わせて作る御守り。
 これは転じて異性へのアピールともなり、独身の男性にそれを渡すことは「私はあなたのことを特別に想っています」という気持ちの表明となる。

(さっきの男の人たちの会話と同じように、この人たちもジークのことを前向きに見てくれている。それなのに、さっきと違ってこんなに心がざわざわするのはどうしてだろう……)

 きゅ、と右手を胸の前で握り締めた。何故かその答えを出してしまうことが怖くて、カナタは彷徨う視線をそっと空へと向ける。

 冷えた空気を纏った秋の空は、忌々しいくらいに晴れ渡っていた。


   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○    


「へぇ、サシャの実ってそんな意味があったのかー」

 北の森へと向かう道中。ジークの洩らしたそんな呑気な呟きに、友人のリカルドは苦笑の籠もった一瞥を向けた。

「一応、それだけじゃないぞ。サシャの実は鎮痛剤としての効果もあるから、いざという時の一服にもなる。更に中の種はめちゃくちゃ苦いから、気付けにも使えるってワケさ」

 リカルドはジークが「シシグマ王子」扱いされていた頃から何かと絡んできた、数少ない友人だ。
 砦内に親しいものを作りたくなくて敢えて冷たい態度を取っていたというのに、それでもリカルドはジークに関わることをやめようとしなかった。そんな彼の存在に、ジークは内心で感謝をしている。

「なんだ、ジーク。オレはジェシーちゃんにフラれたってのに、誰かから御守りもらったのか? 誰から? 誰から? 当然、可愛いコなら紹介してくれるよな?」
「いや、別に御守りはもらってないが」

 にべもなく返事をしながら、ジークは可愛らしい獣耳を隠した少女のことをひっそりと思い出していた。
 ――あれは、昨日起きたばかりの出来事だ。

『これ、サシャの実。ゲン担ぎみたいなものだけど、良かったら明日持って行って』
『お、ありがとな』

 そういって受け取ったジークに、何故かカナタは怒ったような顔を向けたのだった。

『別に、縫い合わせてないから。サシャの実が入った袋ってだけだから。だから、あんまり気にしないでね?』
『? あ、ああ。わかった』

 妙な迫力に押し負けて、あの時は何もわからぬままそう返事をしてしまったものだ。そうして受け取った袋は、言われた通り懐にしまって持ってきている。

 ――今になって、あの表情が照れ隠しだと気がついた。



(それは……とても、嬉しいな)

 野生の獣のように警戒心に満ちていて、それでいて仔犬のように無邪気な彼女。くるくると動く彼女の表情と反応はとても素直で、周りが敵ばかりだったジークにとって心の癒しとなっていた。
 彼女の弱みに付け込んでしまった自覚はあるけれど、でもこうやってサシャの実を渡してくれたということは嫌われてはいないらしい。それを知ってほっとする。

『そんな立場が嫌になったら、ここに来ると良いよ』

 彼女が放った言葉が蘇る。

『ここで通用するのは、弱肉強食の掟だけ。身分も立場も、何の意味をもたらさない。ジークを値踏みする者だって居ない。ここは、ある意味でどこまでも自由な世界なんだ』

 ――彼女にとっては、何気ないひと言だったのかもしれない。でもそれは、ジークにとっては泣きたくなるくらい眩しい言葉だった。

 カナタの強さが、しなやかさが、生き生きとした表情が。ジークには眩しかった。それは直視できないほどで、けれど、決して嫌な眩しさではなかった。ただ真っ直ぐな、生命の輝きだった。
 カナタと会って初めて、ジークは生きることに前向きになった。死ぬこともなく今までただ漫然と生を永らえていたのは、アッシュに救われた命を無駄にはできなかったから。それだけだ。でも今は、毎日がとても楽しい。
 初めて気がついた自分の変化に、ジークは他人事のような驚きを覚える。



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