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星空が広がるように 5

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 小一時間程して飯田さんは帰って来た。昼休憩を終えた内田さん達のリズム良い作業の音を聞きながらうとうととしていれば車のエンジン音と共に姿を現した。
 静かな山間とは今は言い難いが確実に雑音の部類に入る駆動音に体を持ち上げれば庭の奥に止まった車は二台に増えていた。因みに俺の車は車庫に入れっぱなしだ。 
 一台は見慣れた飯田さんの白い車ともう一台は見覚えはない深緑の車。だけど山道に特化した車種はきっとこの辺りの人だろうと先日の大工の誰かかと思っていれば
「今日は。本日は飯田にわがままを言ってお邪魔させてもらう事にしました」
 ええと、確か……
「先週お邪魔したレストランの山口さんでしたっけ」
「はい。名前を覚えていただいて光栄です」
 ロマンスグレーの髪を撫でつけた、でもポロシャツのラフなスタイルもよく似合う姿はいずれあの年齢であっても清潔感ある年寄りでいようと言う目標の姿だ。
「では、俺の事も覚えてもらえてるかな?」
 すらりと背の高い、とは言っても飯田さんほどではない細身で長身な雑誌受けのする爽やかな笑顔で車から降りて来た。
「はい。小山さんでしたね。
 先程思い出す事があったのでばっちりです」
 この為の冷製コーンスープかと思えば意味がわからないと言う顔をする二人にいつの間にか飯田さんが浅いカップによそったコーンスープを持って来ていた。
 思わず白い目を向けてしまうも
「小山、これ綾人さんの畑で採れたトウモロコシで作ったコーンスープだよ」
「……嫌がらせか?」
「シンプルに基本に返って牛乳と塩だけで作って見ました」
 説明をする合間にコクっと音を立てずに山口さんが一口飲んで
「これはまた甘みの強いトウモロコシですね」
 驚きましたと見開く瞳に小山さんも言い合いをする前にカップに口をつける。
 音を立てずに口の中で転がすように。目を瞑ってゆっくりとゆっくりと舌の上で味わってからそっと飲み込んだ。目を瞑り、暫く余韻に浸るようにじっと身動きしない様子を飯田さんはもう興味ないと言うように山口さんにスプーンを渡して温くなる前にどうぞと縁側に案内して座るように促すのだった。
 ここ、俺ん家だよな?
 なんか全く主人らしくおもてなしができてないじゃんと思いながらも気にしないと言う二人のやりとりは昨日昨今の関係ではないと言う所。だがしかし、そこは俺に気を使えと突っ込むべきかと悩むもこんな山奥まで来てくれた人達に向ける言葉ではない。
 濃厚なトウモロコシのポタージュの後ではお茶がほしかろうと麦茶と台所に茹でてあったトウモロコシを器によそって縁側まで持って来た。
「飯田さん台所にある奴持って来てよかったよね?」
「はい。先程作ったコーンスープのトウモロコシです。良かったら畑もご案内します」
 なぜか飯田さんがキラキラとした顔で自分の畑を見てくれてと言わんばかりに紹介する様子を小山さんは呆れながらも飲み終えたスープのカップを置いてお茶も飲んでからトウモロコシを齧って
「畑、案内してくれるんだよな?」
「勿論。ただしトウモロコシを食べてからにしましょう」
「当然。畑には今何が植ってるんだ?」
「それは見てからのお楽しみで」
「ああ!もう、お前は焦らすのが上手いな!」
「小山はせっかちすぎるんだよ」
 なんて賑やかな会話に一足早くトウモロコシを食べ終えた山口さんは
「あれが烏骨鶏ですね?見てもよろしいでしょうか?」
「トタンを退けると脱走するので注意してください」
 濡れたタオルで手を拭って出かける様子を見て小山さんは慌ててトウモロコシを食べ終える。急がなくてもいいのにと思いながら山口さんをおいかけて烏骨鶏を見に行くのだった。
 後は飯田さんに任せておけば良いかと思ってお盆を片付けようとすれば
「今晩は任せてもらってもいいですか?」
「はい。今晩もお願いします。
 陸斗も美味しいってすごい喜んでいたので、楽しみにしてます」
「でしたらピザ釜を使っても?」
「もう火の扱いは大丈夫そうなので。ですが火の取り扱いは気をつけてください。
 俺は陸斗と午後の勉強の時間に入ります」
 予定を言えば程々にと言われてしまって苦笑。逃げ場のない山奥でプライヴェートレッスンなのだ。無茶と無理はするなと言いたいのだろうが、それが若さと言う物だと言えばしかめっ面をされてしまった。
 飯田さんは烏骨鶏をかまっている二人を連れて電気柵の前で立ち止まり注意事項を伝えていた。
 扉から入ってしっかり扉も閉めた所で早速と言うように植っているナスやトマトを前に足を止めていた。
 トマトソースの作り置きしてもらえると良いな。パスタやピザは勿論パンに塗って焼いても良いし、焼いた鶏肉にかけてチーズを乗せてとろけさせればそれだけでごちそうだ。肉は勿論あっさりとした白身魚にも合うし、考えるだけでよだれが止まらない。そうとなればおねだりするしかない。踵をつぶしたスニーカーを引っ掛けて
「飯田さん、トマトがずいぶん赤いのが増えたのでトマトソースまた作ってもらっても良いですか?」
 聞けば柵越しの三人がクルリと振り向いた。今言う事じゃなかったかもと冷や汗を流せば
「これだけあればトマトソースもトマトピューレも作りたい放題だな」
「シンプルにトマトジュースでも美味しそうですね」
「小山、お前は俺の楽しみを奪うつもりか。山口さんもトマトジュース飲みたいのなら自分でもいでください」
 畑の中の物置からカゴを取り出して二人に手渡す。
「今夜の分だけですよ」
「ああ、明日の朝の分は起きたら取らせてもらうよ」
 初めて聞いたがお泊まりするつもりらしい。飯田さんの自由っぷりは今更だが布団は今からでも干しておかなくてはと、朝の天気の悪さが嘘のように良くなった山の天気に感謝して二階の窓からこちらの様子を伺っている陸斗に手を振って足を運ぶのだった。

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