人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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まずは一歩 12

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「こんなにもここが嫌いなのに、今すぐ逃げ出したいくらい退屈で面白い事なんてないのに、離れられなかった。
 手をかければ手をかけただけ山は応えてくれた。何も考えたくなくてただひたすらのめり込んで現実を逃避して、世の中の事を遠い国のような目で見て居て、気が付けばここが俺の居場所になっていた。
 バアちゃん達の山からいつの間にか俺の山に変っていたんだ。
 吉野のお孫さんじゃなくなってて、俺が吉野になってたんだ。
 判るかこのニュアンスの違い?
 もうこの山から逃げられないと絶望したけど、それと同じ位この山が好きになっている自分がいたんだ」
 辛そうな目で地面を見つめながら
「ジイちゃんもバアちゃんも山は絶対裏切らないって言うのが口癖だった。
 手をかけただけ山はちゃんと応えてくれる。その日を生きる為にじゃないけど日々の惰性で手を掛けていたはずなのに、その応えを知りたくてまた手を掛ける俺が居て、昨日よりも明日、そしてその先に出される応えを知りたさに俺はどんどんはまっていって、気が付いたら住み慣れた東京に戻りたいとか考えなくなって、この何もない山が何もないわけじゃない事気にが付いて、寧ろしなくちゃいけない事ばかりで現実逃避している暇なんかない事を思い知らされて……
 いつの間にかここでの暮らしを楽しんでいたんだ」
 ふわっと張りつめた空気に温かさが戻った気がした。
「楽しみだしたら欲が出てきた。スキースノボなんてやった事ないしこれだけ雪山に囲まれる地域なのにやる場所もないけどけど遊び慣れた奴らはたくさんいるから困った事はない。だけど家の近くになるとリフトが無いから代わりとなる物が必要になる。生憎その頃にはお金だけは困らない環境だからこの山奥でも困らない生活の為の投資と思えばいくらでも使い込むだけの腹は括った」
「良いか、普通の奴にはその金が無いって事を全員念頭に置いておけよー」
 先生の注意が飛んだ。だけど気にせずに
「投資をすれば意外な事にこの山奥の生活がイージーモードな事に気がついた。熊と出会う確率は変わらないけど、不便な事を楽しむくらいの余裕ができてきた。人を招く余裕もできた。余裕が周理を見ることができて、圭斗が帰ってきた時に弾みでこの旧家を直して欲しいと。ここから逃げ出したかった時には思いもしなかった言葉がでた。そこから先は、もうヤケクソだ!」
 漣のような失笑は誰もが張り切ってしまった思いがあるからだろう。
「トコトン、って言うように飯田さんの願いを台所に全部詰めたら土間を内田さん好みに改造されていたし、ふと見渡せばなんか見たことのないような花器がそこらじゅうにあるし」
「それ長沢さんと西野さんがさっきから飾っていましたー」
 宮下が言うには本職の遊び心らしい。
「そうやって、細かな心使いが溢れて、そんな親切はお節介の域に達するくらい、旧家だけでは足りずに母屋までれてを伸ばして襖から障子は勿論箪笥や机の型まで直すくらい、ほんとお節介すぎるだろうと思ったんだけど、ジイちゃんとバアちゃんが結んでくれた縁。お願いしなくてもちょっかいをかけてくれるのは信頼で。
 みんながこの家に敬意を払ってくれるそれはジイちゃんとバアちゃんが俺に残してくれた一番の遺産だと思い知らされた」
 何故だか内田さんを始めとした大工チームはドヤ顔をして互いを見て笑い合っている。
「家を介して人と人を結びつけてくれる、そんな大切な遺産だからこそ、俺はそれをまた新しい誰かと繋げるようになればと願っている」
 多紀さんのカメラはここで終わりじゃないだろと言うようにまだまだ真っ直ぐに俺を捉えている。本当に最後まで言わすつもりの視線に根負けというか既に白旗を上げてる状態の俺は親友に吐いた甘えを今度は顔をあげて視線を真っ直ぐに、みんなの顔を見て

「もしこの先俺みたいに行き場がなくなる時があるとしよう!
 俺みたいに何も出来なくて身動き取れなくなる時もあると思う!
 俺みたいに惰性で呼吸するだけの日々を送らなくてはいけない辛い時も全てを拒絶して孤独になりたい時もあるかもしれない。
 その時はこの山奥の家を思い出してもらえれば迷わずに訪れてきてほしい!
 俺が何ができるかなんて高が知れているけど、それでもこの家には俺がいるから。ここで待っているから是非とも頼って欲しい!
 みんなが手掛けてくれたこの家が俺に決意させてくれたから責任とって頼ってくれっ!!!」
 悲鳴のような言葉とともに吐き出せば波瑠さんが俺を抱きしめてくれた。
 耳元でよく言えたと褒めてくれた言葉は拍手の音にかき消えて、だけどすぐに宮下や圭斗が波瑠さんと代わって俺をもみくちゃにする。先生と飯田さんは少し離れた所で珍しく二人仲良く笑っていて、ジイちゃんのような言葉を俺にいくつも向けた内田さんも、昔を知る長沢さんもよく言えた。それでこそ吉野の人間だと俺の勇気を褒めてくれた。
 だけど俺は気持ちが昂りすぎて、もう何も話せない状態になった所で今回これだけの人を集めてくれた山川さんが俺の代わりに音頭を取る。

「綾人君の決意と新たな挑戦に乾杯!」

 目を真っ赤にして手短な合図と掲げるは緑色が美しいペットボトル。
 だけど一斉に突き上げるような色はオレンジ、パープル、イエローとカラフルで。

「さあ!これ以上料理が冷める前に皆さん飯あがって下さい!
 綾人君のリクエストと俺の作りたい料理を山ほど用意しましたのでぜひ完食を目指して楽しんでください!」

 飯田さんの大きな声が響き渡ると同時に誰もが笑顔を浮かべて舌鼓をうつなか

「松茸ご飯は綾人さんが今朝取ってきてくれたこの山の秋の味覚です!他にもこの日にために準備した烏骨鶏のローストは是非とも食べてみて下さい!」

 由来を知っているだけに一度は食べておこうと言う人たちが流れ込んで庵さんはてんてこまいの状態で肉を取り分けていたけどパフォーマンスがよろしくないとお父さんに取り上げられ、皆さんの喝采を奪ってしまうのだった。
 大きな声で料理を一つ一つ説明していく飯田さんにつられて料理は順番に減っていくし、安定の定番メニューは知らず知らず量を減らしていく。
 その背後では高校生達が皿を下げたり洗ったりと忙しなく走り回り、裏に隠してあるご飯にありつけるのはまだまだ当分先の言葉。
 そんな賑やかな光景を見ながら俺は波瑠さんと二階の特等席から見守るようにして眺める。
「全力疾走だけど頑張ったじゃない」
 波瑠さんの隣に座る多紀さんも料理を気に入ってくれたのかひたすら無言で食べ続けていた。
「っていうか、無茶振りでしょ?」
「シナリオがないからみんな綾人君の言葉に感動したのよ。
 悩んで、振り絞って、飾りようのない一生懸命な言葉だからみんな綾人君に何かしたいって思うんじゃないかな?」
「だったら嬉しいですね」
「そこは素直に喜んでおきなさい」
 言いながらも飯田さんのお母さんは追加でご飯を炊いていたようで

「炊き立ての松茸ご飯のおかわりいかがですか?!」

 よく通る声にみんなの足が集まる音が聞こえ、美味しいご飯と共に響く笑い声に俺は目を細めながら秋の気配を感じる風に目元を濡れタオルで冷やしながらずっと耳を傾けていた。




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