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白銀の世界で春を謳う 7

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 本日の仕事は昨日終わらす事が出来なかった階段を作る事から始める。二階に上れない状態だからね。階段下倉庫はきっちりと作れたのでもう心配はなく、ゴミも仕分けをしたしとりあえず今の所は空っぽになっている。
 踏み板を支える段々を設置する前に壁に断熱材を入れてパネルを張って杉板を張っていく。これは離れを作った時のあまりで、裏山育ちの杉の木からできた物だ。
 せっかくあるのだから活用させてもらおうとほのかに香る杉の香りに安らぎを求めてしまう。安らいでいる場合ではないが。
 角材を打ち込んで間にスタイロフォームをはめて行く。圭斗が既に二階でサイズを計って準備をしてくれていたので梯子で二階に上がった陸斗に降ろして貰いながらはめ込んでいく。ちなみに蓮司は昨日のせいで両足と腕の筋肉がプルプルで烏骨鶏様のお世話をさせている。つまり運動場を広げる為の雪かきだ。
 頑張って砂場の砂の所まで雪かきをして大いに遊んでもらおうと頑張ってらっしゃるが、今日は夕方から天気が崩れる模様。それまで楽しんでもらえればいいかと烏骨鶏達も久しぶりの砂遊びにテンションは高めのようだ。そんな準備運動から合流する頃には仕事はサクサクと進んで石膏ボードを打つ作業までたどり着いた。 
 先生と圭斗と俺でどんどんパネルを止めて行く。機材だけは揃ってる我が家だから労力は三倍だ。圭斗の指示で止めて行った後は陸斗と蓮司がパテで隙間を埋めて行く。なんて無駄のない行程なんだろうと素晴らしき人海戦術は気が付けばお昼前に階段を作り上げると言う驚異のスピードで完成した。
「思ったより早くできたな」
 ふむと腕を組みながら階段を見上げる圭斗の横で蓮司は座り込んでいた。
「いや、おま、人使い荒すぎだろ……」
 ぐったりとする蓮司に言いたい。圭斗が本気になったらもっとすごいんだぞ、と。
 何がすごいって言うのは難しいが、とにかくひたすら止まらず同じテンションで休みなく延々と動き続けるこの非道。知らずに同じように動いていると今の蓮司のように足を止めた瞬間立ちたくなくなるくらいの疲労が一気に襲い掛かってくる。俺も先生も何度も騙されて来たのでちょこちょこ抜けて休んだりしていたが、蓮司に言うのを忘れていたのもあって今夜も筋肉痛に悩まされるのは決定だと哀れに思うのだった。
 そして陸斗。
 ほそっこくてまだ力なんてない物の七月に初めてうちに来てから顔や体にやっと丸みを帯びだした成長期を迎えた高校生は……
 篠田の子供らしくどんな過酷な仕事にも何一つ文句を言う事なく圭斗の指示に従うのだった。
 兄ちゃん少し休もう?って一言言ってもいいんだぞ?というか、休んでいいんだぞ?
 俺も先生もうっかりしていたと頭を抱えるものの、そんな事ではへこたれませんと言う陸斗の頑張り具合に今回のアルバイト代をはずもうと思うのだった。
 昼休みを挟んだ午後の部。明日は学校だから四時上がりを目安に仕事を進める。
 濡れ雑巾できっちりと汚れを落として乾いた雑巾で磨き上げた柱や梁はお蚕さんの部屋とは言え贅沢な柱が張り巡らされていた。話を聞くところでは絹糸をよっていたという。布までは織ってない。機織り機はあるが、綿花からよった糸で反物を作った程度だという。最も綿花は布団の綿に殆どがなったという。
「綿花には水が必要だからねえ」
 バアちゃんが子供の頃には最低限しか綿花を育てなかったと言う。水が豊かな山でも水やりに手間を覚えるほどの育成にそれなら蕎麦を育てると変更したのは今を持ってもいいことだと思う。
 綿花を育てるための水は世界地図から巨大な湖を消したほどの消費が必要となる。いくら山の恵み、地形の恵みがあれど下流に必ず影響が出る。他の支流から水が交わるとは言え山々の木々はこの変化を敏感に感じ取り、枯れていくのだろう。
 下水垂れ流しの吉野が言うのもなんなんだが。
 結局の所一番の敵は気温で育てるには不向きな気候というのが原因だった。
 短い夏の間にしか育てることができず、それでもうまく綿が取れればいいが、上手く育たなかった事が蕎麦にチェンジした理由だと話を聞き終えた俺の感想だ。
 その機織りの機械も綿を紡ぐ糸巻き機も離れの改装の時に処分した。歴史的価値だからと言われても、実際使える物は別所で活躍してるし、あまり大切にされなかったのか至る所が既に壊れていたのだ。木材は風呂の燃料になってもらったし、宮下情報だとまだ面積だけはあるこの村でも機織りを持ってる家は幾つもあると言うので遠慮なくバラさせてもらった。 
 そんな怪しげな吉野の綿花の歴史の場は今圭斗によって変えられようとしている。
「屋根の斜傾を残したいから野縁も屋根と同じ角度で作る。屋根は軽くする為にもグラスウールを使うぞ」
 包装を解けば圧縮されたグラスウールが空気を含んでふわっと広がる。
「お?なんか気持ち良さげだな」
 先生がふかふかと押したりして弾力を確かめていたが
「これを切ったりして塵が舞い上がったりするとチクチクして鬱陶しいんだ」
 半眼であまり触るなと視線で訴える圭斗に誰もがグラスウールと距離をとる。やっぱりと言うかみんなチクチクは嫌だと言うように手伝う手数が急に減り、腕を上げたまま首が変な角度のままの圭斗は
「手伝わねえ奴はそこの窓から出て行け!」
 無言でパッと動く陸斗とは別に俺たちは
「やだな~冗談は~」
と言いつつ俺と先生で蓮司を窓から突き落とそうと羽交い締めをして足を持ち上げて窓から放り投げた。
 もちろん下が柔らかな雪だからできる所業。ガチガチな雪なら間違ってもやらない事だけど、都会者はその違いがわからず
「んあーーーーーーっっっ!!!」
 ズボッと雪山に埋もれていった蓮司を見下ろしながら
「一度は体験しとかないとな」
 俺も何度も体験した屋根の雪下ろしの落下体験はこの山に住むなら一度は経験しておくべき事だと言うように見下ろす。
「雪が頭上から襲ってくるわけじゃないから大丈夫だ」
「んなわけないだろ……」
 自分が言った脅しとは言え実際に突き落とすなんて真似をする二人に呆れる圭斗。迂闊なこと言えねえと頭を抱えるが、すぐ横では陸斗が楽しそうだとうずうずしている。
 そんな俺たちをよそに突き落とされた蓮司は転がりながらもがいて何とかして脱出をし、雪まみれのまま二階へと駆け上がってきた。
「お前らなー!!!」
 ちょっぴり涙を零しながら帰ってきた蓮司に
「雪も二メートルも積もってるから大した落下は感じなかっただろ?」
 窓から下を覗けば確かに少しの段差ぐらいしかなく、少し手を動かせばすぐ先は軒下で雪の積もってない場所のために脱出は容易だ。雪国よくある雪が積もった時ようの二階の出入り口でも消防の為の空中窓でもないが、この扉は同じ役割をする為にと言わんばかりの絶妙な高さにあるのだ。
 遊ばずにはいられない。
 遊んだことはないが、それでもこの雪を満喫するには十分な遊びだ。
 少し考えて俺もぴょんと窓から飛び降りる。普通に二階から飛び降りる感覚で降りるもすぐ足がついて意外にもずしっとした感触。
 あ、面白いかもと思えばすぐ横でも落下の音。雪をかき分けて姿を表したのは陸斗で、エヘヘというように笑っていた。
 先生はさすがに真似をしなかったが二階に戻れば圭斗が腕を組んで待ち構えていた。
 うん。
 先生が来なかったのはこの圭斗の顔を見たからなんだね?
「三人共十分遊んだだろ。
 遊んだ後は仕事だ」
「「「はい……」」」
 小さくなりながらの弱気な返事。
 間違えてもここで「圭斗も遊ぼーぜー」なんて言ったら圭斗が手に持つインパクトドライバーでバスバスとネジをぶち込まれるのだろう。
 全く反省しない俺と巻き込まれた上に怒られたと不満な顔の蓮司としゅんと項垂れる陸斗と三者三様の反省会。
 予定の四時まで容赦なくのこき使い方にヘトヘトになって床に転がる頃には天井が新たな石膏ボードでグラスウールを隠した姿を俺たちは見上げるのだった。
「来週は天井を張るぞ。床と同じ杉を天井用に作ってもらったから、失敗すると足りなくなるぞ」
 しっかりとシャワーを浴びてうちの冷蔵庫から食料とタッパーにご飯を詰めて持ち帰る逞しさに先生も一緒に帰ると同様に食料を持ち帰る。御櫃の中はからっぽになって蓮司がいいのかと言う目で俺を見てくる物の
「陸斗、飯田さんのマドレーヌちゃんと持ったか?」
「うん。ちゃんと持ったよ」
 ニコニコとした顔で大事そうに抱える鞄にあるのだろうと蓮司はなんだか微笑ましく見てしまう。
 三人を見送ってからしばらくすると舞い降り出した雪を眺めながらまた二人きりの静かな雪山生活が始まるのを寂しいなと感じてしまったのは、それだけ賑やかで楽しかった証拠だろうと理解するのだった。

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