人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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歴史と共になんてただの腐れ縁だろうがそれでも切っても切り離されない縁は確かにある 2

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 幸治を連れて二階に上がる。
 階段を上がった先の広い廊下に横たえられた一本の棒を持って天井の四角い枠の穴に引っ掛けて開ければ階段が下りてきた。屋根裏収納なんかでよく見られる梯子だがその単純なギミックに中学生は悲鳴を上げて楽しんでくれた。ノリが良いんだなと思いながらこの上に行けと先に登らせる。
 俺もよいしょと言いながら上がればすぐ横の柱からスイッチを見つけて明かりをつければ古民家に相応しい母屋よりも立派な梁が見えて幸治は感心するかのように再度悲鳴を上げるのだった。だけど俺はそのどれもが心からのではないその場に相応しい反応をしただけという事に気付いている。
 子供ながら周囲を見て賢く振舞う事を既にしなければならない環境を哀れと思うも可哀想だと同情はしない。
 だけど見てもらいたい物はそれではなく、梁の上を、改装の時に半分は露出したために小さくしてしまった屋根裏に隠されたこの家の真の宝物に手を伸ばす。
「の、呪いのお札?!」
「最初俺も呪のお札とか思った」
 笑いながらベルトに射し込んだバールで釘で打ち付けられた新しく書き直された紙の束を取り出して見やすいように灯の下へと向かう。
 丁寧に油紙で包まれた中から出てきたのは何枚もの束になった和紙だった。
 紙の白さも墨の黒さもまだ香りを思い出せるぐらい真新しい物。
 ネズミや折れた場所でだいぶすり減った歴史を鉄治さんは丁寧に書き直してくれた。達筆な筆遣いは誰にでも読めるくらい、そして力強い文字。
 一年もたってないのに懐かしいと一枚一枚新しい物から幸治に見せる。
「去年の秋に完成した時に鉄治さんが書き直してくれたんだ」
「ほんとだ。爺ちゃんと親父の名前が書いてある。
 あと木の名前とこの金額は?」
「この家に使った材木の相場の値段だって。俺のジイちゃんが補修用に用意してくれたから値段なんてないけど、次に直す時どれぐらいの木を使えば良いか目安になるからって。あとは補修した日時の記録だな」
 言いながら二枚目を見せた。
 そこには連名で鉄治さんの名前が書いてあるけど幸治には知らない名前が書いてあった。
「それ鉄治さんのお父さんだって。その頃茅葺屋根だったから葺き替えた時にいろいろ補修工事をしたんだって聞いた」
 さらにもう一枚渡して
「鉄治さんのお爺さんだって。長沢さんと二人で技術を受け継いで、下で集まってる人達も憧れる……伝説の職人らしいよ」
 笑いながら更に一枚。そうなるともう大正とか明治と言う元号でなくなり
「鉄治さんもご先祖様って言うのは判ってるらしいんだけどさすがにどういう人かはわからないってさ」
 言いながらまた一枚、また一枚と続く内田姓の歴史を手渡して行く。
 さすがこれ以上は文字を書けなかったりと言うか書き残すと言う文化が残ってないのか江戸末期の辺りでまでしか残ってないが、それでも十分目を白黒と幸治はしている。何度も半紙に目を通す様子に俺はとりあえずその衝撃が抜けるまで待ち、やがてぎこちなく振り向いた顔に真剣に伝える。
「何を思って鉄治さんの跡を継ぎたいかなんて中学生の覚悟にそこまで誰も期待しない。
 ただ、信頼関係で成り立つこの狭い町で仕事を継ごうとするんだ。内田の、兄貴の汚点も受け継ぐ覚悟が必要になる。
 もしその場しのぎの決意ならお前の兄貴とお前は同じ種類の人間だと言うしかない。
 だから早々に諦めるならその方が良いだろうと今回それをお前に見せた」
 心の中を覗かれたというように震える手の中にある物は内田と吉野の歴史そのもの。その重みに安易に縋るなという俺の視線に改めて自分の軽率さを知ったようだ。
「別にむずかしい事は考えなくていい。
 継げばその束が増えるだけだ。
 俺だって俺の代でこの家を閉じようと思ってる」
 高いお金をかけて補修したこの家を閉めると簡単に言う俺にあっけにとられる子供の表情は考えるまでもなく判りやすい。
「何所かで終わりを見つけないといけないから。だから俺に付き合って内田を繋がなくても俺には問題ない」
 まるでお前に用はないと言うような突っぱねた言葉になってしまったが、逆にそれが起爆剤となってしまったようだ。
「なんで?爺ちゃんが達が一生懸命直した家だよ?」
「人間には寿命がある。それと共にこの家を継いでもらいたい人間が居ないのなら閉めるのもこの家に住む人間の最後の仕事だ」
 理解できないと言う様に頭を振るう。
「鉄治さんや浩太さんの仕事はそれまで快適に過ごしてもらう為の心遣いだ。赤の他人のお前に判断してもらう事でもない」
「たっ……」
 た?言って下を向く様子に何だと思えばおもむろに紙の束を真っ二つに破ってくれた。 
 バッッ!!!
「うおっ?!」
 和紙の裂ける音とこんな行動と言うか度胸がある事に驚きで言葉を失ってしまうも
「他人なんかじゃないだろ!
 この家はずっと内田で支えられて内田で出来た物なんだ!他人なんて言わせない!俺の方が年下なんだから!この家を閉めるならその時まで最後まで付き合ってやる!」
 雅治の性格を知らないがなかなかどうして苛烈な性格。いや、子供らしいと言うべきか。そんな感情の起伏を眩しく思いながらも破れた紙の束を握りしめるように持つ両の手から取り上げて
「言うからには鉄治さんの跡を継げよ」
 言って笑い、感情的に言った言葉を思い出して、でも譲らないと言うように真っ赤になっている顔にさらに挑発するように笑いながら頭をくしゃくしゃと撫でてやった後階段を下りるように指示を出す。
 電気を消して俺も降りれば元通り階段も片づけて倒れないように棒は横に倒しておく。そして向かい合って大切な事を言う。
「鉄治さんやそのお爺さん、更にお爺さんがすごいのは麓で内田に憧れた皆さんが遠くから足を運んでくれている事からもよくわかるだろうが、だからと言って肝心の自分の先代になる親をすっ飛ばすのは良くないぞ。
 浩太さんだってまだ鉄治さんの影でかすんでいるけどしっかり跡は継いでいるのだから。
 鉄治さんが指示をしてそれに従っている姿ばかり見てるから勘違いするかもしれないけど、浩太さんはもう鉄治さんが居なくても鉄治さんが出すだろう指示通り動けるし、鉄治さんが出すだろう指示を出して他の人を動かすだけの力はあるんだ」
「じゃあなんで爺ちゃんはいちいちあれやれこれやれって言うんだよ」
 爺じゃんは本当にすごいんだと言うように納得しない顔に俺は思わず笑ってしまう。
「それは、鉄治さんの癖もあるだろうし、浩太さんだってこう言う時ぐらい親に甘えたいじゃないけど、親子の絆を確かめてるんだよ」
 決して指示を出してもらう楽さを選んでいるようには思えない。ふとすれば指示を待つ苦労の方が実感するだけの力はもうあるのだから
「師匠の技術を学ぶのは勿論盗むのもまた弟子の仕事だ。
 いちいち教え合ってたら時間なんていくらでも足りない。だから指示を出してもらう間そうやって学んでいる、鉄治さんも盗ませているんだよ。 
 学ぶ事は人生賭けても足りないぐらいだって、鉄治さんは勿論長沢さんも言ってる」
 どこまで進化するつもりかなんて聞かないけど、それは誰もが同じかとそっと笑った。








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