人生負け組のスローライフ

雨のち嵐 8

　ズッキーニを半分に割って中身をくりぬき細かく切った野菜といためて塩コショウで味付けした物を詰め直し、チーズを乗せて焼くだけのシンプルなメニュー。
『『うめぇ！！！』』
　たった数日で飯田さんの作る料理の虜になったオリヴィエは飯田さんの後ろをついて回る烏骨鶏のよう……とまでは言わないけど。同類が増えたとなんだか少し虚しくなるもズッキーニの丸ごと食べる手軽さに箸休めには十分以上の食感の変化に気付けばペロリと一本食べきっていて、これは添えられただけで止められるのかとちらりちらりと飯田さんを見れば笑顔でお替りはまだありますよと言ってくれるのだった。
　ムフフと笑わずにはいられなく、竈オーブンから取り出して並べてくれたトロトロにとろけたチーズがこんがりと輝く様に笑みが浮かんだ瞬間、オリヴィエがさっと自分の取り皿へと持ち去るのだった。
『こら、お前一人占めしすぎ！』
『綾人だってしただろ？』
「ははは、食べ物の恨みは怖いな」
　こんな時だけ日本語のチョリさんを横目に俺もアツアツでチーズとろとろのズーッキーニのファルシと言う料理らしいが自分の取り皿へと誘い込む。飯田さんもチョリさんも食べ慣れているのかそこまで拘りがないようで俺達を微笑ましく見守る真の大人の対応何て知らないよと言うようにオリヴィエと料理を絶賛する。
『賑やかなご飯って楽しいね！』
　オリヴィエの主張に俺も
『楽しいって言うのが料理の最後の調味料だ！
　美味しく頂くためには楽しく食べないとな！」
　じゃないとハッピーな気分にならないだろ？とオリヴィエに言えば確かにとさっきまで泣いていたお子様はもうご機嫌だ。
『いつもは一人でご飯食べてるから人と食べるのがこんなにも楽しいって思わなかった』
　少しだけ寂しそうな顔でしんみりと語るオリヴィエに俺もそうだなと頷けば予想外なのか驚きの表情で俺を見る。
『明日の朝には飯田さんは帰っちゃうけど当分二人が滞在するし、賑やかなご飯になるな！』
　わざと明るく言えば子供の頃から大人社会で生きてきたオリヴィエは何かを察したように少しだけ困った顔をしてチョリさんに視線を投げるのを俺は気づかないふりをしてファルシの具をチキンに乗せて食べるのだった。

　一人きりではない賑やかな食卓が終わり、母屋に移ってチョリさんがニュースが見たいとテレビを見ている横で俺とオリヴィエと飯田さんの三人でデザートの烏骨鶏の卵で作ったプリンを食べながらまったりと至福の時間を過ごしていた。
『何かね、フランスでも食べた事がない位濃厚でね、美味しいんだ』
『音楽家の割に表現力が乏しいなぁ』
　そんなダメ出しにぷくっと頬を膨らまして
『家の食事の基本はオートミールだからね』
『栄養が偏ってますね』
　食べないわけではないが飯田さんはそれではだめですとちゃんという。
　まあ、おかゆが食事の基本と言われたら俺でも嫌だなと思うもオリヴィエはずっとそんな食事だったので何に疑問を思わずにいたらしい。だからこんなにほそっこいのかと去年の夏にも同じような子供を見た覚えがあるものの、今ではしっかりと肉のついた血色のいい年相応の姿になっている。まあ細いけど。
『飯田の料理はおいしいからつい食べ過ぎて危険だね』
　家の中で靴を脱ぐ生活だったり床にじかに座ったりする文化を体験した事のないオリヴィエだったがそれも既に馴染んだらしく、食べ終えれば俺と一緒に寝そべって転がっているのだった。
『うん。おなかが重い……』
　毎度とは言え幸せと苦しいが表裏一体とはなんてこったいと思いながらも食べ過ぎだけは止められないのが飯田マジック。本日も負けです。
　そんな感じで二人してゴロゴロしていればオリヴィエとチョリさんが呼ぶ。
『マサタカ何か用？』
　俺に対抗して俺以上に夕食を楽しんだオリヴィエは何処かもう眠たそうな顔をしている。風呂に入ってから寝ろと助言をしたい。
『ここに滞在する間に一つ課題を俺から出したい』
　師弟の話しがいきなり始まったー！！！何てワクワクしながらその様子を見守ればオリヴィエはチョリさんと同じように座れ慣れない胡坐を真似て座って見せれば、股関節が固いようで表情はどこか痛いと訴えるのを俺と飯田さんは気づかれないように背中を向けて何か可愛いなと笑っていた。
『マサタカからの課題曲？何か発表会でも入ったの？それともアンコール用の曲の追加？』
　何を弾けばいいのと言う当たりさすがプロと感心をする中でチョリさんは首を横に振った。
『実はね、綾人君から俺に正式な依頼が入ったんだ。
　そこにオリヴィエにも参加してもらう事にしようと思うんだ』
　オリヴィエは俺を見るも俺もチョリさんを見る。
　何をおっしゃってるんですかー？なんて意味不明と言う様に瞬きを繰り返していれば
『テーマは山の音楽家。
　昨日綾人君が動画を作成している事を教えて見せたよね？』
『マサタカが作った音楽もDLしてもらいました』
　そうだと言う様に頷いて
『俺達はここに滞在するにあたって食費は渡している』
　金的な話だと気づいて顔が真剣になれば彼もプロなんだと言うような真剣な瞳に感心をしていれば
『しかし、宿泊費を一切払ってない。だから代わりに綾人君達の動画の音楽を作らせてもらう事にした』
　その真剣な眼差しのまま俺を見る。
　よせやい、プロモードの大人びた眼差しに惚れるじゃないかと照れながらも「よろしくー」なんて言っておく。例え俺を見るオリヴィエの顔が引きつってるのを見てもだ。
『ありがたい事に綾人君は俺達を動画にあげてくれると言う』
『素材となる事がここでかくまう条件だからね。これは二人にではなく飯田さんにも課してあるこの家で過ごす為の約束だから。ここでご飯を食べて屋根の下で過ごす以上参加は絶対条件。とは言えオリヴィエは未成年、チョリさんも知名度のある人。顔を隠して動物の加工をさせてもらおうと思っている』
　なんて言えばオリヴィエの顔はますます青くなる一方だ。
『森●音楽隊のパロディじゃないけど山の音楽隊としてボスリス子リスに扮してもらう予定だ』
　なにそれかっこ悪いと絶望した瞳で俺を見る顔は冗談だよね？！と言う所だろうか。
『冗談は言わないよ。
　だからこその依頼だ。
　君達のこの滞在中を紹介するテーマ曲を自分達で作ってもらう。
　山の音楽家として全くのオリジナルで生み出して貰いたい。勿論初めてだろうから、チョリさん、マサタカに全面協力をしてもらって、結果二人で作り上げてもらいたい』
　なんて無茶ぶりだろう。と言うか、このたった数日で俺のフランス語力が爆上がりだなと自画自賛していれば
『マサタカ―、アヤト何言ってるか判んないよ』
　なんて失礼な事を言いやがった。
　このやろうと思うもチョリさんがそれを許さず
『オリヴィエ、これはジョルジュから与えられたお前のこれからの教育方針だ。楽譜を見て演奏するだけの段階は終わったんだ。
　演奏家なら自分で音楽をアレンジは勿論、生み出す事も自分が一流と思うならこその通過点だ。出来るよな？』
　そんなチョリさんの挑発に、やはりプライドの高いオリヴィエは簡単にと言うか
『そう言う事ならやるよ。アヤトに納得のいく曲を作ってやる！』
　そんないい決意を聞いている横で流れるニュースが残酷な事を告げる。

「……世界的有名な音楽家、ジョルジュ・エヴラールさんが演奏中に倒れ病院に運ばれました。
　精密検査の結果はまだですが、日本にも何度も足を運び親日家として名高く……」

　オリヴィエはアナウンサーが何を話しをしているのかわからないが、師匠の名前と顔写真、そして映し出された病院の三点セットでこのニュースを理解し、スマホを取り出してニュースを漁るのだった。
　俺も誰も止められないオリヴィエは
『フランスに帰らないと』
　焦る声に待てと手を伸ばそうとしたチョリさんの手を逆に掴み、もう片方の浮いた手を俺はオリヴィエの肩事掴んでチョリさんを掴む手を離させる。
『まずは今すぐジョルジュ・エブラールのすぐ側に居るはずの人物に連絡を取れ。行動はそれからだ』
　振り向いてはらりと落ちた涙に俺がバアちゃんの訃報を受けた瞬間を思い出した物の
『傍に行けば良いと言う問題じゃない。
　気持ちはそうかもしれないが、それじゃあ何のためにマサタカに預けたかその思いを踏みにじるな。
　ジョルジュ・エヴラールの願いはお前を一人前のバイオリニストにする事。
　ここで踏みとどまって成長する様を報告する時こそ師匠との再会の時だ』
　はらりはらりと止めどもなく流れる涙を零し落す姿を誰も見てないと言うように抱きしめて
『俺が、オリヴィエがジョルジュ・エヴラールの回復を願う方法を誰にでもわかる方法で発信してやる。一人の演奏家として遠く離れた地から思う心を表現してこその音楽家。
　出来るよな？』
　たった十五歳の心に俺は何て酷い選択をさせるのだろうと思うけど、それこそジョルジュ・エヴラールが与えたオリヴィエへの課題なのだろう。
　若くして演奏家となったオリヴィエへの最大の試練、人をおくると言うこれからいく度と乗り越えなければいけない現実を教える事こそ師匠としての役目だと、親代わりとしてオリヴィエの親権を持つ彼の決意をどうか気づいてく欲しく、既に体調が厳しい事を知るチョリさんの提案に乗る事にしてチョリさんに預けられた意図を俺も今更ながら理解するのだった。