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手を入れれば愛着がわくのは判っているのに入れてしまった以上わいた愛着に手放すなんて出来るわけがないだろうと言うのは本当だろうか 10

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 ほら、まだ俺の事を気遣える程度しか酔ってない。とりあえず俺に付き合ってもらう理由なので俺のお支払なのだが、結構とるなと思うのは満足した品数の少なさだろう。これだけ取るなら食器ももうちょっといい物使ってくれって言いたい。まぁ、今時の流行なのだろうが、カフェに入ったわけではないのだからそれなりの高級感を欲しかったなと思うのは仕方がないだろう。ささっと支払いを終えれば不意に視線を感じれば厨房の窓からこちらを覗いた瞳が大きく見開いて、そのままこちらにやって来た。
「カオルか?」
「やあ、ジョエル。久々にお前の料理を堪能したよ」
 言いながらの握手からのハグ。さっきまでの辛口意見は料理を作った人が分ったからの評価かと思えば納得できる本心か。
「それよりももう帰りなのか?久しぶりだって言うのに何も言わずに帰るとはひどいじゃないか」
 飯田さんの両腕をしっかりと掴んで自信に満ち溢れた顔の笑顔は何処か攻撃的だ。
「悪いな。今回こっちに来た理由はオリオールの店の事もあったけど、彼のガイドにね。この夏は一緒に遊学に付き合って俺も勉強の途中だ」
 んな事聞いてねーぞと心の中で突っ込みつつもジョエルと言ったかその人とあまり話したくなさそうな空気は久しぶりの再会での全開の笑顔でも察する事が出来た。
「おう、そうだったか。
 所で…… オリオールには会ったか?」
 少し気まずそうに視線を反らすのを気づかないふりをして
「ああ、少し前にちょっとだけ挨拶は出来た。そのすぐ後に店を急に閉めたから驚いたよ」
 一緒に仕事をしたとかは言わない辺り飯田さんの警戒感がよくわかる。とりあえず俺は何言ってるか判りませーんと言うようににこにこと入口にかけられた絵を眺めていれば
「ああ、俺達も何も聞いてなかったから驚いていた所なんだ。
 それより彼は何所かの坊っちゃんか?いいパトロン見つけたな」
 何て肩をバシバシ叩いているが、パトロン呼ばわり何てこっちではこれが普通なのだろうかと首を傾げながら絵を眺めていれば
「所でカオルはこっちに戻っては来ないのか?」
 思わぬお誘いになぜにと反対側に首をかしげてしまうも
「こっちではもう仕事はしないよ」
 肩を竦める飯田さんはその手を外して
「この店も彼がネットで探して見つけたから来ただけであって、お前の店だって聞いてたらもっと早くに声をかけたよ」
「偶然と彼に感謝だ!」
 なんて喜ぶも
「良い店だろ。何とかお客も定着したし運営も安定した」
 もう?なんてこのかき入れ時の長期休暇なのにと野暮な事は聞かないが、この夏休みで安定しちゃダメだろうと思うのは俺の営業力のなさかと思うも
「予約も途切れないし、老舗の多いこの通りで新規店としては成功したと言えるしな」
 ドヤ顔での報告だがその程度で?と思わずつぶやいてしまった。飯田さんが苦笑していぶかしげに向ける視線を反らせてくれたがそこは俺の方がスルーする。
「カオルももし今の職場が満足してなかったら戻って来い。お前の舌には俺だって信頼がある。
 オリオールが年を取って頑固になり、やっぱり味覚も落ちてきたからここ数年料理の味が安定しなくて客足がどんどん遠ざかって行った」
 オリオールの全盛期の料理を知らないから何とも言えないが、それを理由にすれば従業員も不満はあるだろう。
「頑固すぎて人の忠告も聞かないオリオールに俺は前から夢だった独立を決行する事にした。勿論いつかは自分も独立と言う夢を持つ奴らも引き連れてだ。
 悪いが一緒におちぶれるつもりもない。その前に独立して成功してやる」
 思わぬ強い意志はこの厳しく狭い世界での生き残り戦争だっただけの話し。彼の言い分も正当だと納得できてしまえば店を辞めた飯田さんが口を挟む余地はない。
「だが店を受け継ぐと言う事は考えなかったのか?」
 これも一つの選択だっただろうと言うもゆっくりと首を横に振り
「父親、祖父と続けてきた店だ。赤の他人が譲り受けるのはどうかと思ったし、そうやって受け継がれる物ならこそオリオールの手で処分するべきだと思ったからな」
 ちゃんと考えて導き出しての答えだった事になるほどと思うも、それは飯田さんにも俺にも考えさせられる言葉だった。
「そこまで考えてるのなら後はもうちゃんとやれって言うしかないな」
 言いながら何故か今度は飯田さんがジョエルの手を掴み、もう片方の手が俺の手を掴んでずかずかと厨房のドアをけり上げて突入して行く。
「え?!ちょ!飯田さん落ちつい……」
「カオル!まっ!!!
「お前ら何だこの料理はっっっ!!!この程度の料理にこの金額は一体何なんだっっっ!!!ぼったくるのも大概にしろっっっ!!!」
 慌てて厨房のドアを閉めて最低限の音漏れ程度で済んだだろうけど久しぶりに飯田さんの顔を見て懐かしく嬉しそうに浮かんだ笑みが一瞬で涙目になった。
「ジェレミー!あのポワレは何だ!生臭くて食えたもんじゃない!サラダのドレッシングは何なんだ!スープももっと季節感を出せって言ってるだろ!それよりもオードブルだ!これからの料理に期待を膨らませる前哨戦が負け試合なんて一体何を学んできた!後このやっすい食器!流行かそれなりのブランド化は知らんが料理はアートだ!真っ白のキャンバスに盛るだけな素人のアーティストはこの通りには必要ない!!!」
 かなりご立腹で思わず耳を塞いでしまう。
 ジョエルももう棒立ちで、飯田さんを知らない人はポカンとしてるし、知ってる人は何故か背中を冷蔵庫に押し当てての防護姿勢。
「そう言えば飯田さん容赦なく蹴るからな」
 なおずかずかと厨房に入っていこうとする飯田さんの足を止めるには役に立たないがひきずられながらも背中にまとわりついて足止めをするも重石にも何もならないようだ、馬鹿力め。だけどピタッと足を止めて
「料理人は手が命ですので」
 きりっとキメ顔で言われても既に皆様にトラウマを植えてる当たりそれはもう暴力ですと言うべきだろう。
「とりあえず落ち着いて。初めましての人もいるんだろ?
 誰か飯田さんに甘い物と甘いジュースを持って来て!」
 何その取り合わせと思いっきりのしかめっ面。うん、甘すぎるの嫌いだからね。
 とりあえず訳が分からないと言う初対面の人が何かのケーキを持って来た所で飯田さんはこの目の前に差し出された現実に顔を引きつらせるのを見て冷静になったと思う。
「皆さんはお客様のお料理の準備を。後ジョエル、貴方は一度自分の店の料理は一通り口に入れて確かめる様に。この料金でこの程度何て飯田さんの手抜きよりもひどいぞ!」
「綾人さん、あれは手抜きではなくて行程の省略と言います」
「ど素人が判るわけない!とりあえず食べ終わるまで話す権利はないから黙って食べる!」
 酷い、そんな悲壮感漂う顔で俺を見られても全く気にしませんと言う様に俺は邪魔にならないように調理場から退出すれば、扉の外でこの剣幕に入れなかったギャルソンさんが何故か申し訳なさそうに俺に椅子を差し出してくれた。
 


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