人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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踏み出す為の 5

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 おかげで今も時折ハガキが届く。電話はすぐに駆けつけれないのでと断った為に季節ごとに挨拶が来るし、話の流れで話してしまった婆さんの命日に花をと言われたけど宅急便が来れないのでと断るも代わりに盆にはちゃんとかご盛りが届くようになっていた。相当機嫌を損ねてほしくないとみて担当者との律儀な挨拶には自筆のお礼をはがきに認めてお礼を述べて丁寧に頂くようにしている。プライベート間の出来事なので会社のルールには触れない知り合い同士のやり取りだ。
「たしかに、それだけの冒険をしたのなら後は大概が安定した行動に入るな」
「まぁ、田舎なので家の世話も大変だし、最近大型な買い物が続いたので穴埋めはする様にしてますが」
「現状維持ほど難しい事はない」
 言いながらバーボンを煽る爺さん。かっこいい!こんな年寄りになりたいと俺の人生の目標に加えておく。決してやけになった行動だとは思いたくない。
 とはいえ秘書かペースの早さに護衛の人が慌ててるよとちらちらっとそちらの方の心配もすれば、向こうも俺が気付いたので遠慮する事はないとして一人が諦めて俺達の方に近寄ってきた。
「会長、そろそろおやめになりましょう」
 会長ってどこの会長だろうと脳内検索をしながら人物を絞って行くもののありがたい事に秘書さんのスーツに企業マークの付いたピンをついていたので直ぐにヒットできた。
 あー、企業の会長さんで良かったとほっと胸をなでおろすも大物過ぎて全然ほっとする相手じゃないと改めて自分の行動に粗相がないか不安になる物の粗相しかないので諦めるしかない。ある種関連企業の人間じゃなくってよかったと思う事にして置いた。
 じーっと諦めるのを待つように秘書さんは目を合わせて伺うと言う強硬手段に出ていて、ついには折れてくれた。
「そうだな。楽しいけど、少し怖い話だったからもう一杯貰ってから席に戻るよ」
 全然折れてねぇ……やっぱりこのタイミングでは手放して貰えなかったようだ。
 とりあえず声をかけて来てくれた人にコーヒーを奢ってこの場に居る権利を与える。決して不憫だからって理由じゃない。歳下からの奢りに戸惑っていたけど、爺さんが頂きなさいと言葉を添えてくれたので黙って隣でコーヒーを飲んでいる人を無視して
「それで今回はフランスに何の用事かい?」
 買い物?オペラ?
 何かハイソな言葉が聞こえたが違いますと苦笑して
「前回の時に城を買ったので雪が降り始める前に一度補修工事の進展の様子も兼ねて様子見に」
 カチャン……
 少し派手な音に視線を向ければカウンターの中の客室乗務員のお姉さんがコップを落していた。
 失礼しましたときっちりまとめあげた髪が一糸も乱れる事無く謝罪する様子は凄いなと謎の感動を覚え、 さすが飛行機の食器、簡単には割れないらしいと感心してしまう。うちにも欲しい。
「城を買ったとか……」
 くぐもった爺さんの声はやっぱり酔っているのかご機嫌だ。だけど期待されても困るので
「古い城で、煌びやさとは縁のない田舎の豪邸って感じの城です」
「また手間のかかる物を」
「購入金額程の補修費用が掛かりましたが恩ある友人に居場所を作りたかったので。
 それにありがたい事に安心して城の世話や友人の面倒を見てくれる人も見つかったので、そこは金額でどうこうできる物ではないので喜ばしい出会いです」
 そうじゃないだろうと言う様に苦笑を零しながら頭を振る爺さんは実はそうとう酔ってるんじゃなかろうかと心配してしまう。
 そうだと思って俺はスマホを取り出して護衛の人にも見せながら
「パリ郊外の田舎ですが城で面倒を見てくれるオリオールって言うフレンチのシェフが今はまだランチだけだけど店を開いています。
 パリの大通りに店を開いていたオリオールのセカンドライフ的な店だけど、味は保証できるのでもしお時間があれば気が向いたらで良いので一度食べに来て下さい。一年の大半は俺はいませんのでお気軽にどうぞ」
 そんなセールストーク。魅力はオリオールしかないけどそれで十分だ。
「おお、ここがオリオールの新しい店か。
 パリの店には何度か食べに行ってな。どこか田舎で店を開いたと言う話は聞いていたが、場所までは中々伝わってこなくてな」
 俗にいう都落ちした相手に興味はないと言う所だろうか。まあ、それでいいのならオリオールの料理にを口にするなと言う所だろう。
 だけど俺は笑顔を崩さず
「週末しか開いてないので混み合いますが事前に予約をしてからどうぞ」
「ああ、これは嬉しい話を聞けた」
 そう聞いて店のホームページを見せれば秘書らしき人がスマホでしっかりと写メっていた。この人有能だとまるで長い期間一緒に仕事をしていたかのようなスマートなやり取りに感心しながらもこれ以上奢ってもらわないようにハイボールとナッツをお願いして席まで持って来てもらう様に注文する。俺の素姓も判って満足頂いたのならもう話は終わりだと言う様な俺の態度にむっとする事もなく
「すまないね、年寄りの暇つぶしに付き合ってもらって」
「安心してください。平均年齢六十五歳以上の過疎の村の人間なのでまだまだ若々しいですよ」
 対象が間違ってるが、それでも八十過ぎてもライフルを持って熊を倒しに山で走り回る猛者もいるのであながち年齢なんてどうでもいいことかもしれないと思ってる。
「では良い旅を」
 まだ話したりなさそうな爺さんに別れを告げて俺は自分の席に戻り大きなヘッドフォンを付けて何も音楽を流さないままやがてやって来たハイボールを舐めながらノートパソコンを弄るのだった。
 主に今話しをしていた爺さんの会社をググってまさかの当人に俺はお昼寝をする事で現実逃避をする事に決めた。
 

 飛行機から降りる時も爺さん達一行とあいさつを交わして駅へと向おうかタクシーにするべきかとゲートを潜れば
「待ってましたよ綾人さん」
「い、飯田、様?」
「なぜに飯田様?」
 笑う飯田さんだけど何故か目が全く笑ってない。いきなり狂犬モードガチ怖い。
「え?なんで?出張って……」
「ええ、ここが出張先です。そしてご依頼主は高山先生です」
「は?先生にそんな金あるわけないのに……」
「ありがたい事にご実家暮らしだったので今回の五日分の出張費ぐらい出せたそうですよ」
「あの野郎、珍しく旅行の行程を聞いて来たと思ったら……」
 余計な事をと舌打ちしてしまう。
「青山が対応したようで、何故か青山が交通費を持ってくれたので、強制的に飛行機に乗せられました」
「青山さん最強?!判ってたけどね!」
 あまりにも強引って言うか、なんと言うかだ。
 どこか機嫌の悪い飯田さん。いや、絶対機嫌が悪い飯田さん、機嫌が悪くなるしかない飯田様を前になんて言えばいいだろうかと冷や汗をだらだらと垂らしてしまえば
「さあ、ここで立ってても他の方の邪魔になるしかないので行きましょうか」
 一瞬脳内で「逝きましょうか」なんて言う風に聞こえたけど、そこは冷静にありがとうございますと言う顔で
「よろしくお願いします!」
 たとえ居心地が悪くても別行動なんて絶対ダメ。
 折角国際ライセンス取得してのフランスの旅なのに、レンタカーを借りる前に飯田さんのレンタカーに乗って我が城へと向かうのだった。
 


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