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座間涼音の場合

芸術家座間涼音の依頼(12)

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 朝の校門。校門を過ぎて一息つく生徒たちだったがチャイムが鳴ると小走りになる。
 慌ただしいひと時、座間涼音は汗をかかずに悠々と歩いていた。

「あれー? 涼音様~、今日は優雅に車で登校?」

 ばったりとクラスメイトの備前に遭遇する。彼女もまたチャイムをBGMに缶コーヒーとあんパンと優雅に朝食をとっていた。
 備前とは高校からの付き合いだ。意外にも座間涼音は交友関係は一度結べば長く続く。条件としては素直に慕って来る相手に限る。苛烈な性格は周知済み。それでも付き合いが続くのは血の滲む努力で開花させた芸術の才能のおかげだ。

「優雅なものか。今日は身体が優れないが、文化祭の準備があるから鞭うって登校したところだ。ったく、頼りたくない父親に頭を下げる羽目になった」
「これまたいつにもましてカッカされてますねー。もしかしてアレ? 予備貸そうか?」
「結構だ!」

 体調不良……どこが悪いかと問われれば答えに悩む。

(くそう、ローションなりなんなり準備しておくべきだった……たかが切り傷と侮っていたがここまで痛いとは)

 せいぜい抜歯の痛み程度と高を括っていた。しかし傷の箇所は下半身。動くたびに痛みが走る。

(去年の体育祭前も朝練で靴擦れしてしまったしな……運動が関わると呪われるのか、僕は……)

 ただでさえ日常から長く感じる教室までの距離が今日という日はストレスが倍。
 そして、やっとの思いで教室に着いたかと思えば、朝から物々しく騒々しい騒動が巻き起こっていた。

「悪くない! 俺は悪くない! ちょっと、ぶつかっただけなんだ!」

 騒動の中心は山走万奈。そして糾弾される側に立っていた。

「いいや、わざとだ! 昨日の腹いせにやったに違いない!」
「ちょっと喧嘩してる場合じゃない! 落ち着こう!」
「もう、こんなときにクラス委員長はどこいってるの……」

 まさに阿鼻叫喚。
 これにはのんびり屋の備前も気が引けるようで、

「どうする? 帰る?」
「バカか。僕は学校に来たんだ。夕方にでもならない限り帰らないよ」
「ひゅー! 涼音様かっこいいー!」

 二人は剣吞な空気の教室へと踏み入る。
 途端、備前は天井を仰ぐ。

「あちゃー、こりゃやっちゃいましたな……」

 まず目に入ったのが教室の一角にある完成直前の段ボールアーチだった。
 装飾を担当したのは座間涼音。その凝りようは超高校級。材料はただの段ボールといったホームセンターで揃えられる安価なものばかりだが遺憾なく才能を発揮。段ボールを幾重にも切り貼りして立体的に見せる3Dアートまで手を伸ばす手の込みよう。
 表は子供も笑顔になりそうなポップなデザインだが一度くぐると裏側には無数の手が来場者を捕まえようと手を伸ばしているのがわかるという遊び心満載の傑作。これは出し物の目玉になるはずだったが今は床に倒れ、無残にも散らばっている。ちなみに完成に三日を要した。全て座間涼音一人が手掛けていた。

「あ、座間さん来ちゃった……」
「あ、俺、買い出しあるの忘れてた、いってくるわ」
「善子……たすけて……」

 山火事と津波が同時に襲ってきたような空気。誰もが夢なら早く覚めてくれと祈る。

「お、おい、座間……違うんだ、これは……」

 山走万奈は弁明しようとする。
 それに対して座間涼音は、

「怪我人はいないのか?」

 無視した。それどころか、

「すまない、これは僕のミスだ」

 自分の非を認めた。
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