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344.転売屋は米をふるまう

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カランカランとベルが鳴り、帳簿をつけていた手を止め顔を上げる。

そこにいたのは巨人のような冒険者・・・ではなく、モーリスさんだった。

「いらっしゃい、ここに来るのは初めてだな。」

「悪いね仕事中に。」

「買取か?」

「いや、米が届いたから伝えに来たんだ。」

「おぉ!やっと来たか!」

「届いたのは届いたんだが・・・。」

モーリスさんに買い付けを頼んでいた米が届いたようだが、どうも様子がおかしい。

仕事をしたのになぜそんなに申し訳ない顔をしているのだろうか。

「何かあったのか?」

「とりあえず畑まで来てもらえるか?」

「それは構わないが・・・。」

「どうかされたんですか?」

「モーリスさんが米を手配してくれたんで見に行くんだ、畑に。」

「畑?」

裏から顔を出したミラも不思議そうに首をかしげる。

まぁ行けばわかるだろ。

店を任せてモーリスさんと共に猛暑の街を歩く。

「思ったよりも早かったな。」

「そうですね、本来は秋口の収穫なんですけど。」

「・・・その言い方何かあるな。」

「とりあえず見ていただけますか?」

収穫にはまだ早すぎる。

にもかかわらずコメは届いた。

俺としては古米でも構わないんだが、それなら店でいいと思うんだよなぁ。

わざわざ畑まで呼ぶにはそれなりの理由がある。

そう、こんな風に。

「マジか?」

「はい。」

「これ全部か?」

「全部・・・のようです。」

畑まで来て自分の目を疑う。

柵の横に積み上げられた木箱。

その数10。

そしてその全てにコメが入っているらしい。

木箱一つに入っているのは約100kgらしいので、つまりは1000kgいや1トンある計算になる。

うちで毎日米を消費しても一か月でせいぜい20キロぐらい50か月分は流石に無理な話だ。

「どういう経緯でこうなったんだ?」

「私にもよくわからないんです。買い付けの代金は金貨1枚、それで買えるのはせいぜい木箱三つほどのはずなんですが、こんな事に。」

「領収書はあるか?」

「こちらに。」

添付されていたと思われる領収書には確かに金貨1枚分いただきましたとなっている。

内訳は・・・米だなぁ。

「値段が下がったのか?」

「もしくは大量に放出したい何かがあったか。」

「つまり在庫処分か、食えるよなこれ。」

「さすがに腐敗した物は送ってこないでしょう、古米であれば日持ちはします。」

「だよな。」

「もしかすると今年は豊作になりそうで倉庫を空けたかったのかもしれません。」

「そういう事にしておこう。とりあえず今はこれをどうするかを考えないと。」

目の前に積み上げられた木箱。

五個ずつ二段になっており高さは2mを越え見上げる程になっている。

とりあえず男衆の皆さんにも協力してもらって一つ下す。

「中身は・・・普通だな。」

「そうですね、痛んでいるわけでもありません。これはむしろ古米という程でもないような。」

「思った以上に綺麗だな、冷蔵庫にでも入れていたのか?」

「そうかもしれません。」

「となるとこの金額でこれほどの品を送る誰かがいるわけか。」

「そのようです。」

「心当たりは?」

「何人かいますがシロウ様の注文とはお伝えしていません。感付いた可能性は否定できませんが。」

つまりは俺の存在に気付き恩を売るためにこんな事をして来たと。

今後の取引を考えれば俺が噛めばかなりの売り上げになる。

定期的にかなりの量を注文するわけだしな。

それを見越してってのはまぁない話じゃないか。

「ともかくだ、これだけのコメを無駄にする訳にはいかない。手分けして魔導冷蔵庫にぶち込むとして・・・全部は入らないな。」

「うちもこれだけの量は流石に。」

「だよな。ってことはだ、痛む前に消費するしかないわけだが、さてどうするか・・・。」

「消費するとしても半分は使わないといけませんよ。」

半分という事は最低でも500kgという事になる。

飲食店ならともかく個人でこの量は流石に無理だよなぁ。

「捨てるぐらいならいっそ振る舞うか?」

「確かに無駄にはなりませんが、よろしいのですか?」

「元の金額で考えれば半分使ってもプラスだよ。味噌の在庫ってまだあるか?」

「味噌でしたら30kgほどあります。」

「出汁は鰹節もどきで代用するとして、具材はオニオニオンを使うとしよう。後は海苔だな。」

「細かな海藻を乾燥させた奴ですね。」

「あったっけ?」

「もちろん扱ってますよ。」

さすが、頼りになるねぇ。

炊き出しと言えばみそ汁とおにぎり。

折角の機会だ、町中の人にコメの良さを知ってもらうとしよう。

需要が増えれば大量に仕入れても無駄にはならないだろう。

新米の季節も来るし今の内から仕込んでおいて損はないはずだ。

「ならアンナさんにも手伝ってもらって米を大量に炊いてくれ。具材はこっちで何とかする。あとみそ汁もだな、炊き出し用の大鍋が欲しいんだが・・・。」

「シロウ様また何かされるんですか?」

「あぁ、その何かだよ。アグリ、ギルド協会に行って炊き出し用の鍋を借りて来てくれ。極力でかいヤツな。」

またって部分が引っ掛かるが確かにいつもの事だ。

これだけ広ければ色々するのに好都合だし、ここを調理場にしてしまおう。

「俺は店に戻って女達を呼んでくる、とりあえず頼んだぞ。」

やるとなったら即行動だ。

女達はまたかという顔をしていたが、文句も言わずに準備を手伝ってくれた。

畑の横に即席のコンロをいくつも用意し、大鍋で出汁を取る。

そいつで大量のみそ汁を作り、アンナさんの声かけで集まってくれた奥様方が炊きあがった米でおにぎりを握れば、あっという間に炊き出しという名のおにぎりパーティーの準備が整った。

「で、なんで肉を焼いてるんだ?」

「この前の夏祭りで微妙に残っちゃったんですよ、痛む前で助かりました。」

「いや~何か面白そうな事するってエリザが言うから、ギルドの保存食もそろそろ交換時期だったしちょうどよかったわ。」

俺達がおにぎりを準備している横で何故か羊男とニアが肉を焼き始めた。

しかも大量に。

その匂いにつられて街中から人がやって来る。

こうなったらもうお祭り騒ぎだ。

「すげぇ!むちゃうまいぞ!」

「このおにぎりとかいう奴、肉にむっちゃ合うな。」

「腹に溜まるのが難点だけど、朝喰えば昼まで持ちそうだ。」

「世の中まだまだ知らない食べ物があるんだな。」

「あ、俺野菜はいらないんで肉を・・・え、ダメ?」

最初に集まって来たのは冒険者。

そしてその噂を聞きつけて町の住民がひっきりなしにやって来た。

皆初めての食べ物だというのに、臆することなくおにぎりを食べ、みそ汁を飲んで笑っている。

こんなにも受け入れてもらえるとは・・・。

「すごいですね。」

「あぁ、あれだけあった米がもうないぞ。」

「今最後の炊きあがり待ちです。」

「マジかよ、500kgキロ無くなったのか?」

「はい。」

夕方には目標の500kgを見事消費してしまった。

それどころかこれがどこで手に入るのかとモーリスさんの所に人が群がっている。

どうやら米は無事に受け入れられたようだ。

米が入れば必然的に醤油や味噌も売れるだろう。

仕入れが増えれば単価が下がる。

いや~ありがたい話だねぇ。

「シロウさん助けてください!」

「助けるったってうちのコメももうないぞ?」

「えぇ!?残りはどうしたんですか!?」

「イライザさんを筆頭に飲食店のみんなが全部持ってった。」

「持ってったって、あげちゃったんですか?」

「今度米を使った料理をタダで食わせてくれるそうだ、当分飯に困ることはなさそうだぞ。」

「いや、なさそうだぞって・・・。まいったなぁ。」

モーリスさんが珍しく焦った顔をしている。

かなりの数の注文を受けたんだろう。

頼みの在庫も俺が全部ばら撒いてしまった。

となると、やることはひとつだ。

「とりあえずどの問屋が米を放出したか聞き出すところからだな。」

「いえ、それよりも先に注文を入れます。次は私が直接話をつけますから。」

「ついでに目ぼしいものがあったら買い付けても構わないぞ。」

「いや、構わないぞって・・・。」

「金貨10枚あれば足りるか?」

「・・・シロウさんと仕事をすると金銭感覚がおかしくなりますね。でも助かります。」

「条件は新米の提供、よろしく頼む。」

今回ばら撒いたのはあくまでも古米。

本当の美味しさは新米にこそあると思っている。

これで喜んでいる住民達が、本物を食べたらどんな顔をするだろうか。

「ちなみに俺が仕入れに噛んで大丈夫なのか?」

「むしろここまで来たら一蓮托生ですよ。とことん付き合ってもらいますから、そのつもりでお願いします。」

「おぅ、かかって来い。」

米が売れなきゃ大損。

売れれば大儲け。

いいねぇ、勝つことが分かっている賭け事程気楽な物はない。

次の仕入れがいつになるかはわからないが、その時が楽しみだ。

おにぎりを頬張り嬉しそうに笑う人たちを見ながらニヤリと笑う。

「やっとミラさんが言っていた意味が分かりましたよ。」

「ミラが何か言ったのか?」

「シロウさんに関わると大変な事になる、もちろんいい意味でですけどね。」

「ったく適当なこと言いやがって。」

「あはは、でも本当の事です。」

後でお灸をすえてやらねば。

そんな事を考えながらおにぎりを頬張るのだった。
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