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361.転売屋は野鳥に招かれる

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翌朝。

日が昇り水面がきらきらと輝いている。

朝食を終えた俺達は後片付けを始めていた。

本当はもう少しゆっくりしてもいいのだが、できるだけ早くルティエ達に原石を届けたかったからだ。

「天幕たたみ終わったわよ。」

「焚き火の処理も終わりました、火は残っていません。」

「石はこのまま置いといていいだろう、また来月までに来ることになる。」

「そうですね。」

「各自忘れ物がないかだけ確認してくれ、俺は顔を洗ってくる。」

タオルを首にかけて川辺に向かう。

長距離移動になるからな、冷たいタオルは体温調整に必須だ。

タオルを何枚か濡らし水気を絞る。

ふと空を見上げると、またあの鳥が上を旋回していた。

「昨日はありがとな。」

聞こえるはずはないが、とりあえずお礼を言っておく。

昨日置いておいた追加の魚が無くなっている所から察するにちゃんと食べてくれたようだ。

命を助けて貰って魚一匹ってのは申し訳ないが、エリザがかなり食べちまったんで許して欲しい。

さて、そろそろ戻りますかね。

鳥に向かって手を振り女達のところへと戻る。

馬車への積み込みも無事に完了。

さて、後は帰るだけだ。

「ミラ、体調が悪くなったらすぐに言うのよ。」

「お気遣いありがとうございます。」

「じゃあ出発します!」

手綱を握ったアネットが馬に指示を出すとゆっくりと馬車は動きはじめた。

森を抜ければ後は一直線。

魔物が出てもエリザが居れば大丈夫だろう。

そんな事を考えながら、頭上を流れる木々をぼんやりと眺めていたそのときだった。

「ピィィィィ!」

「ん?」

「またあの鳥の声ね。」

すぐ横から例の鳥の声が聞こえたが、あっという間に通り過ぎてしまった。

「昨日のお礼でしょうか。」

「かもしれん。」

止まるのもアレなのでそのまま走っていると、また同じような鳴き声が聞こえてきた。

「アネット、止めてくれ。」

「わかりました!」

何か用が無ければ二度も鳴く事はしないだろう。

ふとそんな事を思ってしまった。

昨日の件が無かったら何も気にせず通り過ぎるのだが、命を救って貰った手前無視をするわけにもいかない。

「あ、あそこに居た。」

エリザが指差す方向に目を向けると、大きく張り出した枝の上に例の野鳥が乗っていた。

相変わらず綺麗な尾羽だ。

「誘っているのかしら。」

「可能性はあるな。」

「魔物ですか?」

「あんな綺麗な魔物・・・居ないわけじゃないけどそんな気配は感じないわね。」

「ということはただの野鳥ってことになるが、野鳥が人を誘うのか?」

「そんなの知らないわよ。」

「どうします?」

どうするかなぁ。

ミラの体調を考えると早く帰ってやりたい気もするが、何かある。

そんな気配をビンビン感じる。

「行くか。」

「わかった、準備するわね。」

「馬車はどうしましょうか。」

「魔よけのお香を焚けば大丈夫、念のために紐はゆるめにしておいて。何かあったら逃げれるように。」

「はい。」

馬が居なくても最悪隣町までは歩ける距離だ。

もちろんそうなって欲しくは無いが、もしそうなっても大丈夫なようにしておかないとな。

皆で馬車から降り、野鳥の待つほうへと森を分け入る。

「あ、獣道があるわ。」

「ということは動物は通っているのか。」

「魔物かもね。」

「鬼が出るか蛇が出るか、今回は鳥か?」

「一応周囲には警戒して、大丈夫だとは思うけど。」

エリザが居るから大丈夫、というわけには行かない。

自分の事は自分で守らないと。

エリザを先頭にその後ろをミラ、俺、そしてアネットの順で進む。

先導する野鳥は時々止まっては後ろを振り向き、また奥へと飛んでいく。

誘導されているのは間違いない。

それからどのぐらい経っただろうか。

歩きにくい道に体力を奪われミラの呼吸が少し荒くなってきたとき、突然視界が開けた。

「うわぁ!」

「大きいですね。」

「こんなに大きい樹は見たことありません。」

さっきまでの悪路が嘘のように突然開けた場所に出た。

そしてその中央には巨大な樹木。

まるで某映画に出てきたような、大人が何人も囲まないといけないぐらいの大きな木だ。

「ヤバイな、でかい上に高いぞ。」

「コレだけ大きかったら普通は川から見えそうなものだけど・・・。」

「ふむ、確かに。」

「あ、あそこにあの子が居ますよ。」

かなり上にある太い枝からそいつは俺達を見下ろしていた。

さて、このこいつが何なのか調べてみましょうかね。

ゆっくりと樹に近づき太い幹に右手を添える。

『精霊樹。またの名を彷徨える樹。突然現れ突然消えるためその正体はなぞに包まれているが、精霊樹の落とす若葉には上級ポーションを超える癒しの力があるという。また、樹液を飲むとほとんどの病気が治るとされる神秘的な存在。取引履歴はありません。』

ふむ精霊樹ねぇ。

神出鬼没だがその樹から取れるものはかなりの効果があるようだ。

取引履歴が無いのは樹そのものを鑑定しているからだろう。

「精霊樹というらしい。」

「え、コレが!?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も有名よ!どこに現れるかわからないけど、その樹から取れる全ての物が高い値段で売れる夢のような存在なんだから。」

「有名な錬金術師や薬師達が探し続ける幻の樹です。まさかこんな所に・・・。」

「別名から察するに場所を転々とするらしいな、次に来ても会うことは出来なさそうだ。」

「じゃああの子が導いてくれたのね?」

「そういうことになるな。」

全員で見上げると野鳥が小さくピィと鳴いた。

どうやらその通りらしい。

まさか命を助けられた上にこんな凄い場所に案内してくれるとは、大盤振る舞いだな。

魚二匹じゃ足りないんじゃないか?

「とりあえず落ちているものを片っ端から拾おう。幹も見てくれ、樹液があるかもしれない。ただし傷はつけるなよ。」

「わかってるわよ、こんな凄い樹に傷をつけたら何が起こるかわかったもんじゃないわ。」

「出会えただけでも幸運です、ありがたく探させて貰いましょう。」

バラバラに分かれて広場全体をくまなく探す。

一時間ほど経っただろうか。

あまり数は多くなかったが、おのおのが何かを見つけて戻ってきた。

「何があった?」

「私は若木を。」

「幹に樹液が垂れていたから瓶に入れておいたわ。凄いいいにおいがするのよ。」

「私は若葉と木の実です。」

樹液と若木、そして木の実か。

「シロウは?」

「俺はこいつだ。」

「わ、大きな実!」

「ピーチェでしょうか、でも大きいですね。いい香りです。」

『精霊樹の実。食べるとどんな病気も怪我もたちどころに治る、魔力の結晶。種には延命の効果があると言われている。最近の平均取引価格は金貨20枚、最安値金貨10枚、最高値金貨25枚。最終取引日は220日前と記録されています。』

食べればどんな病気も怪我も治るとか、凄すぎだろう。

中の種もかなりの効果があるみたいだし、凄いしか言葉が出てこない。

おそらくは三人が見つけてきたものにも何かしらの効果があるはずだ。

「食べるとどんな病気も治るんだとさ、ミラ食べてみろ。」

「え、私がですか?」

「今回ここに来れたのは病気を治す為なのかも知れない、というかそうとしか考えられない。」

「私もそう思う。」

「じゃないとこんな所にこれませんよ。」

「ですが私一人では・・・。」

「いやいや、食べるのは全員でだ。こんなに美味そうな奴を独り占めは許さないぞ。」

「ふふふ、では皆でいただきましょう。」

小刀を取り出し簡単に四等分する。

刃を入れると中心に大きな種が隠れていた。

まるでアボカドのようだ。

「じゃあ同時に食べるぞ。」

「早く早く。」

「いただきます。」

「「「いただきます!」」」

ぽたぽたと果汁が地面に落ちるので全員慌てて口の中に放り込んだ。

と、同時に全員が目を見開く。

声は出なかった。

だが、体の奥底から何かとんでもない力がわきあがってくるのを感じる。

ヤバイ。

こんなもの食べたら他の果物なんて食べられない。

甘くてでも酸味もあって、ジューシーでそして食べ応えがある。

食べ物のいいところだけを集めたような感じだ。

「美味い。」

「うん、それしかいえないわ。」

「体の奥の奥から力があふれてくる感じです。」

「魔力がドンドンと高まってくるみたい。体がぽかぽかします。」

「とんでもないものを食べてしまったみたいだな。」

四人がいっせいに大きくうなずく。

そんな余韻に浸っていると、また例の野鳥がピィと一声鳴いた。

そして枝からとび立ち、元来た方へ飛んでいく。

「もう終わりでしょうか。」

「用事が終わったんならさっさと帰れ、そんな感じだな。」

「ここに残ると危ないのかもしれません。」

「早く行きましょう。」

この場にとどまったことで別の場所に一緒に飛ばされるという可能性は否定できない。

俺達は慌てて荷物を掴み、鳥を追いかけて走り出した。

先程よりも足取りが軽い。

まるで疲れなんてどこかに飛んでいってしまったようだ。

ふと後ろを振り返ると、そこにあるはずの大きな樹は茂みに邪魔され見えなくなってしまった。

アレだけ大きいんだから木々の隙間からでも見えそうなものだが、それがないという事はまたどこかに飛んでいってしまったんだろう。

凄い経験をしてしまったなぁ。

あっという間に森を駆け抜け、気づけば元の道に戻っていた。

馬もちゃんと待っている。

後ろを振り返ると、野鳥が最初と同じ樹からこちらを見ていた。

「ありがとな。」

「ピィィィ!」

大きく鳴いてからそいつは森の奥へと消えていく。

次に会ったときはお礼もかねて魚をまた食べさせてやろう。

そんな事を思いながら、いつまでも森の奥を見つめ続けるのだった。
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