ポラリス~導きの天使~

ラグーン黒波

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第五章・死にたがりの【天使】

【第七節・悪食】

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 午後二十一時二十六分。修練着へ着替えた僕らは、街から少し離れた平原へ移動した。周辺に魔物の巣や群れが無いのを確認し、草原へ胡坐をかいて待つサリーの元へ皆が集合する。ペントラがいるのはいいのだが……ミーアがいるのは問題ないのだろうか? 【信仰の力】を魔術と偽っているので、先輩達は気にする必要無い。そうサリーは説明していたものの、どこまで誤魔化せるか不安だ。
 全員が揃ったのを確認したサリーは立ち上がって尻に付いた土を払い、首を左右へ回しゴキゴキと鳴らす。

「安全確認は問題ないですねぇ? んじゃあ、ちゃちゃっと始めて終わらせちゃいますか」

「よろしくお願いします、サリーさん」

「はいはい。じゃあまず、教会連中だけ残って二人は離れてな。どんなもんか見てから、すぐ実践に入る」

「まぁっ!! 私も蚊帳の外ですのっ!?」

「お嬢様には一生わからんだろうが、教会の魔術ってのは特殊なもんだ。近くで見ると目が焼け落ちる場合もある。ペントラさんもだ。そいつ連れて巻き込まれないよう、向こうの柵近くで見学しててくださいな」

「そういう事ならしゃあないね。残念だけど、神様の威光を見て目が焼けるのはもっと怖い」

 ペントラは白々しく言うと、気に食わないと言わんばかりにサリーを睨みつけてむくれるミーアの肩を掴み、向こうへ共に行くよう促す。なるほど、彼女に同行を頼んだのは見張り役か。ごねる上司を見て、サリーも面倒くさげに頭をがりがりと掻いていると、アポロが間へ割り込み両手を合わせて頭を下げた。

「すまん、ミーアちゃんっ!! 近くだと危ないから、ペントラさんと一緒に向こうで見ててくれないか?」

「アポロさんまで私を子供扱いしますのっ!?」

「まさかっ!! そういう意味じゃないっ!!」

「なら――――」

 ――――ミーアが反論しようと口を開けた刹那、アポロは右手の拳を左手のひらへ殴りつける動作をし――――背後の宙空に、緑色がかかった半透明の両腕が現れ同じ動作をした。この二本の太い腕が彼の【信仰の力】だが、【大型機神】との戦いで見た時よりも色が濃くなり、存在感が増した気がする。
 口を開けたまま固まるミーアを見てアポロは歯を見せて笑い、自信満々に腕組みをした。

「俺達はこの力を、皆を守る為に扱いこなせるようにならなきゃならねぇ。けど、まだ思うように扱えない。もし自分の意思と違うことが起こりでもしたら、周りの奴らが何とかして止めなきゃならねぇのさ。絶対それが起こらないだなんて保証は、今の俺達にはできない。もしこいつが今すぐ暴れだして、ミーアちゃんを傷付けたりでもしたら大変だろ? だから、少し離れた場所で見てて欲しいんだよ」

「目が焼け落ちる程の物ではありませんが、本来であれば人の目に触れてはならない物。王都軍にも暗黙の了解や、外部漏洩は決して許されない開発中の技術などもあるでしょう? 私達の扱う魔術も似たようなものです」

「それは……ええ、確かにございますけど……」

 アポロに続き、アダムも彼女の説得に加わるが、未だ少し納得しかねてる様子だ。もう一押し……僕もアポロの隣へ立ち、説得に加わる。

「ミーアさんの友人として、不測の事態が起こった際にあなたを傷付けたくないのです。細心の注意こそ払いますが、僕らに何かあった時、離れた場所で見守っているあなたとペントラさんが頼りです。これも皆の身の安全を守る為の大事な役目ですよ」

「う……皆さんがそこまで言うのでしたら……そう、ですわね。離れて見守ることも大事な務め。申し訳ありませんわ、お邪魔してしまって」

「気にすんなってっ!! それと、皆で安全確認はしたけど、一応魔物が寄って来ないかも見張っててくれよ。エルフ族は夜目がいいし、遠目の方が平原全体を見渡しやすいだろ?」

「わかりましたわ。それが私にしか出来ない務めであるなら断れませんもの。……ですが、サリー神官っ!!」

 ミーアは退屈そうに欠伸をしていたサリーを指差し、早足で詰め寄り彼女の目の前で立ち止まる。

「なんだ?」

「くれぐれも、やり過ぎないよう注意してくださいませっ!! 本来の任務は周辺の環境調査っ!! 王都の使者として、彼らへ必要以上に怪我や負担を与えることのないようにっ!!」

「ヘーイヘーイヘーイ。アタイの身の安全は一切合切気にも留めないんですねぇ」

「あら、コカトリスへ真正面から戦いを挑む無謀者が、未熟な四人相手に手傷を負わされるのが怖くて?」

「………………」

 サリーは舌打ちをして目を逸らし、早く離れろと右手で払う動作をした。その様子を見たミーアは「素直じゃありませんこと」と言い、彼女へ背を向けペントラの元へと戻っていく。

「彼女は王都の大教会で新人教育も行っていたそうですけど、あまり良い噂を聞いたことがありませんの。実戦経験豊富な彼女から得る物は多いと思いますわ……ですが皆さん、お気を付けて」

「わかってるよ。心配してくれてありがとな」

「私は王都兵であり、皆さんの友人ですもの。当然ですわ」


 アポロの感謝の言葉にミーアは笑顔で答え、ペントラと共に離れていく。先程ごねたのも、彼女なりの責任感からくるものだ。こちらの言っていることも決して嘘ではないし、一番良い形で丸く収められたと思う。サリーが両手叩いて鳴らし、周囲に残った者の視線を集める。

「オーケー。厄介払いは済んだし、一人ずつどんなもんか見ていこう。まずはマッチョ君だけど……見たまんまの腕だな」

「腕ですねぇ。しかもこいつはこいつで別に意思があるみたいで、全然思うように操れないんですよ」

「ふ~む……マッチョ君の場合はさ、本来【信仰の力】が十必要なのに対し、二か三程度で無理に酷使しようとしている状態さ。単純な力不足で、実体化できても色が薄い。無駄にデカいのも相まって消耗も大きく、扱う側が振り回されてるんだ。もっと意識して小さくしてみて」

「ははぁ……色が薄いなぁとは思ってたんですけど、そういう事だったんですねぇ。……小さく……どうすれば?」

「そりゃあ、あんたの想像力次第さ。あとは何度も使って、実体化と形を定着させる反復練習だねぇ」

 二本の腕を興味深く見て触りながら、サリーはアポロへ助言をする。思い返せば、元上司のニーズヘルグは【信仰の力】について存在や扱い方など一切教えること無く、【ルシ】も【天使】が【人間を脅威から守る力】と話していたくらいだ。実体化した【信仰の力】の仕組みやどういった過程で形が定められるのか、僕らは誰も詳しくは知らない。
 アポロに助言をし終え、次にサリーは腕組みをしてそれを見守っていたアダムの元へ向かう。

「さて、一番自信満々なアダム先輩。見せてもらっても?」

 彼女に尋ねられたアダムは目を瞑り、背後へ円を描くように並んだ黄金の剣と槍それぞれ五本ずつ作り出す。空中で静止して薄暗い闇の中で光り輝き、周囲を照らし出す光景は小さな太陽にも見えた。サリーは宙に浮いた一本の剣と槍を手に取り、重さを確かめるように軽く振ったり、刀身に顔を近付け指で撫でる。

「こいつぁ……また珍しい。金色に実体化もほぼ完璧。ビカビカと眩しいのが個人的には好きじゃないですけど、何年くらい前から使えるようになりました?」

「約二ヶ月です」

「そりゃないでしょうよ。アタイだってこの域に来てないのに」

「………………」

「え? マジなんです?」

 無言で怪訝な表情を浮かべるアダムを見て、サリーはその場に胡坐をかいて座り、手にした黄金の剣と槍を更に細部まで調べ始めた。僕と最初に手合わせをした頃はまだ使えなかったのだろう。その後に開花した【信仰の力】も目には見えないほど透明で、彼以外にその形や存在を把握することは叶わなかった。
 だが【箱舟】の一件を通して成長したアダムは、人の脚を吹き飛ばす銃弾をも弾く強度を持つ剣と槍を手に入れた。武器の知識に関して門外漢な僕でも、彼の作り出した剣がかなり優れた代物であるのは理解できる。【上級天使】であるサリーがこれだけ入念に見入るのだ。やはり彼は才能溢れる【天才】というものなのかもしれない。

「先輩、因みに戦闘経験は?」

「鍛錬は物心ついた頃から日々行ってきましたが、実戦経験は約二ヶ月。相手は魔物、人間、【機神】……他にもありましたが、サリー神官ほどではないかと」

「なるほどなるほど。じゃあアダム先輩は実戦を主に指導します。正直、【信仰の力】の実体化については言うことないですハイ。アタイの方が教えてもらいたいくらいですから」

 サリーはようやく立ち上がって剣と槍をアダムへ返し、続いておどおどと眺めていた新人の元へと向かう。そういえば……新人は【信仰の力】を使えるのだろうか?

「よし、おチビさん。次はあんたの番……って言っても、どっから教えたもんだかねぇ」

「あ……いえ、一応……形だけは、できます」

 新人は手にした手帳を肩提げポーチへしまうと、両手のひらを胸の前で水を掬うように夜空へ向け、大きな目を細め集中する。

「お願い――――します」

 彼女はそう小さく呟く。すると、何もない宙空から静かに白い物体が落下し、彼女の手のひらに近付くにつれ失速して羽根の様にふわりと乗った。それは彼女の小さな手のひらに乗るほど小さく、白い――――【四角い物体】。それ認識した瞬間、全身から嫌な汗が流れるのを感じた。

 【箱舟】。何十億もの人間の命を乗せ、五千年間旅をした神のゆりかご。スピカの城で昏睡状態から目覚めた僕は、ベファーナが偶像神である【ノア】から魔術で摘出した【箱舟】の実物を見た。白く四角い、小さな箱。【デウス・エクス・マキナ】が考案し、創り上げたそれと酷似した物が……新人の手の中にある。記憶が正しければ二度と悪用されないよう、城の特別な保管庫へ収められている筈だが。あれは模造品か?

「んで、それはどう使うんだ?」

「あっ、触らない方が――――」

「――――――!!」

「!?」

 サリーが物体に触れた瞬間、新人の背後に何かが雄叫びと共に現れた。黒い鶏に似た頭部、緑の鱗に包まれた蜥蜴の胴体、蛇の頭部の形をした尾――――背の両翼が無いが、【コカトリス】だ。どうやって? いや、今はそれどころでは――――

「――――伏せてろっ!!」

 サリーは新人の背を掴んで自分の背後へ投げ飛ばすと、回転しながら腰に携えた剣を抜刀し――――鱗の無い首の部分を一刀両断した。切断面と刎ねた首から噴き出た黒い血が足元や周囲の地面へ降りかかり、紫色の煙と悪臭を出して溶かしていく。サリーの振るった剣も刀身がどろりと溶けかけ、棒へ付けた水あめのような状態になっていた。服にもいくらか血が付着したのか、袖と長いマフラーにも丸い穴が数ヶ所開いている。

「ちぃっ!! どっから――――」

 そう言いかけた彼女の目の前でコカトリスの身体と地面へ落ちた首は、薄暗い闇の中へ消えていく。……幻覚……だったのか? 幻覚だとしても、サリーの握った鉄の剣や地面の腐食跡はそのままで、元に戻る様子は無い。

「これは……幻覚じゃないね。どっちかって言うと【召喚術】の類だ。翼が切断され、後ろ足も一本無いコカトリス……昼間に首を落とした奴と同じ個体だ。どういうことか、説明してもらおうか?」

 使えなくなった剣と鞘を残ったコカトリスの血だまりへ投げ入れ、起き上がって眼鏡をかけ直す新人へ尋ねる。

「えっと……はい。多分、【召喚術】……のようなものです。触れた人の記憶を読み取って、再現する。私が使うと……とても小さな、可愛らしい生き物しか呼び出せなかったんですが、あんなに大きな生き物は初めてでぇ……」

「あー……アタシが不用意に触ったから……。すまんね」

 涙目になりながら説明する新人を前に、サリーも頭をがりがりと掻きむしり複雑な表情を浮かべる。

「皆さーんっ!! 大丈夫ですのぉーっ!? 今コカトリスが出てきたように見えたのですけどーっ!?」

「問題なぁーしっ!! その調子で監視しといてくれーっ!!」

「わかりましたわーっ!!」

 遠くからでもコカトリスの姿が見えたのか、ミーアが柵の傍から叫び、アポロが大きく両腕を振って答えた。彼の後ろに浮かぶ一回り小さくなった両腕も、彼女へ向かって手を振っている。

「おい、新人のあの箱……」

 【信仰の力】を消したアダムが僕の隣へ静かに立ち、離れた場所でやり取りするサリーや新人に聞こえないよう、声を落として話しかけてきた。彼もあの物体の形や能力に、引っかかる節があったか。

「うん。スピカさんに見せてもらった、【箱舟】の現物にそっくりだ。城の保管庫に収めて厳重に保管されてるらしいから、彼女の持っている物はまったくの別物だろうけど……嫌な汗が出たよ」

「私や新人は現物を見なかったが、偶然にしては妙に気掛かりだ。【他者の想像を現実にする力】に【死者の命さえも再現する力】。……まるで【箱舟】の中で見た悪夢の再現だな。彼女は自覚はしてないようだが、あの瞳の力も足りない力へかさ増しする形で干渉しているのだろう。マキナ神の置き土産か、あるいはマキナ神の加護そのものか」

「でも、彼はこれ以上助けてやれないと嘆いていた。……アレは僕の見たただの夢かもしれないけど、彼の精神は【機神】へ定着されていたし、何かあれば【ルシ】が伝えてくれる筈」

「……杞憂ならいいが。なら、問題は彼女がどこまで扱いこなせるかだ。先程のように他人が触れたことで、予測不能な暴発などをされては困る」

「そうだね。…………死者に会える、か」

「どうした?」

「いや……ううん。きっと、それはあっちゃいけないことだ。あのコカトリスだって、本物でもサリーさんの記憶から生まれた偽物でも、また同じように首を落とされ死んでしまった。もう一度同じ様に死ぬだなんて……いくらなんでも哀し過ぎる」

「………………」

 投げ込まれた剣のほとんどが腐食し、植物が溶けて地面が見えてしまっている血だまりを見る。
 一瞬でも、スピカを両親へ会わせられるんじゃないかと考えた自分が愚かだった。幻覚とは到底呼べない、あまりにも生々しい力。死者の記憶まで再現できてしまったら、前へ進もうとする人達の足を止めてしまう。再開を望む人もいるだろうが、そうして生まれ出てきたのは本人ではないし、偽物でもない。【箱舟】内で起こったことを……絶対に現実で起こしてはならない。

「お前がそう言える奴で助かった」

「?」

 アダムが山の向こうから登りかけた月を見ながら、静かに呟いた。

「私なら、そっちの都合で生き返させられ、お前の下で働けと言われるのは御免だ。例えそれが私自身でなくても、お前に頭を下げる同じ顔の者など見聞きするのに堪えないし、想像するだけで虫唾が走る」

「そこまで言う?」

「お前と違ってお人好しじゃないんでな。……だから私達や、お前の代わりは無いと思え。一度やると決めたからには、今ここに居るお前自身が終わらせろ。理想を理想のまま丸投げすることはアポロや新人、【ルシ】が許そうと私は絶対に許さないからな」

「……わかってるよ、次なんてない。だからこそ今を必至に足掻いて、精一杯生きているんだ」

 代わりはいない。同じ思想や考えを持って賛同してくれる人は、【地上界】中を駆け回って探せば見つかるだろうが、全員が動いてくれるとは限らないし、各々の考え方に差異は絶対にある。人間に近く、人間ではない中立的な【天使】である僕らでなければ、お互いにとって丁度いい距離感を取り決めることは出来ない。
 不平不満を完全に無くすことが無理でも、可能な限りで叶え導く。神々が戦火の火種を撒くよりも早く【地上界】全体の考え方を改め、広げなければ。
 今後の取り組みを考えあぐねていると、新人への助言が終ったサリーが顔をしかめ、こちらへ向かって歩いてくる。自分の落ち度で泣かれたのが相当効いているのか、脇目で彼女の様子を確認していた。

「だからガキのお守りは苦手なんだ。折れやすくて死にやすくて壊れやすい。こっちが少しでも扱い方間違えると取り返しがつかなくなる。【天使】だからまだしも、お嬢様みてぇなのを二人も三人も抱えるのはアタイの身が持たないよ。死んだほうがマシだね」

 サリーは首を回してゴキゴキ鳴らし、気持ちを入れ替えるように軽く伸びをする。

「んー……さて、お待たせしました。最後のトリを飾るはポラリス先輩です。こんな変わり種揃いの教会だ、先輩も何か一芸出来るんでしょう?」

「一芸……というほどでもありませんが――――」

 ――――集中。胸から両腕へ伝った熱を放出し、左右へ広げて伸ばす。硝子のように半透明で色の無い、二枚の【翼の盾】が数秒足らずで出来上がる。サリーは最初に出会った時のようにくるりと僕と【翼の盾】を見て回り、直接触ったり軽く拳で叩いて強度を確かめ、言葉を漏らした。

「……色が、全く無いですねぇ」

「色が無いと……何か問題でも?」

「色の有る無しは重要です。実体化した【信仰の力】の強度と威力とかぁ……簡単に言うと質が低くて脆いんですよ、ポラリス先輩の場合。経験を通して形成された個人の感情や、記憶なんかが色として反映されるんですけど、十年も【地上界】で生活してて新米【下級天使】みたいな空っぽって実際に存在するんですねぇ。これは【ルシ】も興味持つ筈ですわぁ」

「………………」

「向き不向き、才能、経験。突き詰めれば色々足りないのが解かります。そして先輩は、絶望的にその全てが足りていない。こんなんじゃアタイの蹴りやミーアの馬鹿力でも、簡単にかち割れちゃいますよ」


 空っぽ。どんなに他者の感情を注ぎ足しても満たされることのない、底の抜けた器。自身に個は無いと否定するかのように、【翼の盾】は色の無い半透明のまま。あの頃とまるで何も変わらず、進歩も無いと言われてる気分だった。壊れなければ傷付かなかった事や、強度不足で守りたかった者まで危険にさらし、失うこともあった。
 アダムの黄金の剣のように、狙撃銃の銃弾を跳ね返す強度や鋭さは無い。アポロのような【大型機神】を殴り飛ばし、押し倒す力強さも無い。強さや強度も、誰かの借り物や道具で釣り合わせて補ってばかり。戦闘に不向きな体質や【信仰の力】だとは理解していた。だが、やはり僕は普通の【天使】と違い、大事な感情や感性を司る部分が壊れてしまっているのだろうか。


「硝子の盾じゃ精々飛びかかる火の粉を防ぐ程度で、決定的な戦力にはなりません。どうせならアダム先輩のように鋭い剣や――――」

「――――黙って聞いていれば、随分適当なことを言ってくれるじゃないか」

 サリーの声を遮り、アダムが苛立った声を上げると同時に、こちらの目の前に彼の黄金の剣が一本落下し、地面へ突き刺さった。視線を剣から彼へ向けると、不機嫌な表情のままサリーではなくこちらを睨みつけている。

「お前が悔しかろうが悔しく無かろうが、正直どうでもいい。だが、お前の真価は他人や道具を介することで、初めて発揮されるものだ」

「まーた助けに入る。アダム先輩はポラリス先輩が大好きなんですねぇ?」

 冷やかすような言い回しをしながら、サリーは僕とアダムの間へ入り、屈んで彼の顔を覗き見る。

「空っぽだと言ったな? 違う。こいつは十年間勤めた結果でここに至ったのだ。経験不足や知識不足感は否めないが、同期である私とほぼ蓄積された経験量は同じ。他者を受け入れながらも負の感情に染まり切らず、在り方が一切変わらない変人中の変人。そんな反吐が出るほど他人に甘くて気持ち悪い男を、私が好きになるわけが無いだろう」

「先輩、それ褒めてないですよね?」

「だが……私はポラリスに負け、反吐が出るほどの甘さで救われた者がいるのも事実。本当にこいつが向いていないかどうか、一度実戦を交えて確かめるべきだ。自信があるのだろう? サリー神官」

「……くっ……ははっ!! 最初から潰す気でいたけど、手加減する必要はなくなったみたいだっ!! そういうのも悪くない――――」


 ――――振り返りながら形成される紫の刃が数枚、【翼の盾】越しに見えた。右手で地面へ突き刺さった剣を握り、左腕を構えて受け止める体勢へと移る。直撃――――ひび割れる音、地面を確認――――受け身を取って立ち上がり、吹き飛ばされながら引き抜いた剣を【信仰の力】で包み込む。半透明で一回り大きなレイピアが形作られ、マフラーから六本の鎖で繋がれた鎌を垂れ下げるサリーへ構えた。

***

 反応は悪くない。盾の強度も想定よりも上で、手にした道具に合わせて変形させる柔軟性もある。受け身の取り方といい、意外と場数踏んでるのか。剣は……ああ、昼間に一本、さっきので一本使っちまったんだった。大見え切ったせいで後ろのアダムに借りるのも癪だし、こっちは体術と【信仰の力】でなんとかするしかないねぇ。

「やるやるぅっ!! もやし野郎かと思ったのに動けるじゃないですかぁっ!?」

「……お手合わせ、よろしくお願いします」

 不意打ちを食らったのに挨拶する度胸まであるか。生意気な。徹底的に潰したくなるじゃない。
 両手で鎖を掴み、地面を蹴って飛び上がりながら、ポラリスへ向かって放り投げる。左の盾で受け――――ないで、鎖の内側へ低い姿勢で踏み込まれ躱された。鎌が地面へ突き刺さったのを確認。身体を引き寄せ、右足のつま先下で接近するポラリスを蹴り上げる。硬い音と身体に響く振動、盾で受けたな。なら、回り込みながら追撃を――――

「――――しっ!!」

「うっ…………!?」

 腹のみぞおちを突かれた衝撃。右手の武器か? いや、なんで【真後ろに回り込んでいる状態】で奴は正面を突いているのに当たった? 追撃の鎌が遠のき、宙を空ぶる。地面へ突き刺した鎌へ引き寄せられ、引き抜きながら地面へ着地する。出血は……無い。打撃攻撃、でも法則がわからねぇ。
 足を止めたポラリスが振り返り、再び半透明な剣と盾を構える。アレの威力自体は大したことない。どうにかして手品の種を割るか、形成元の黄金の剣を奪うか。間合いが近過ぎる時の為に剣を用意してたってのに、新人【天使】を助けたのが裏目に出てる。やっぱ人助けなんてするもんじゃない。重荷や面倒になるだけだ。

「ソレ、どういう絡繰りなんです? 絶対躱した筈なんですけど」

「………………」

「無視ですかぁ。それはフェアじゃないんじゃない?」

 鎖を左右へ伸ばし、真正面から突っ走る。とりあえず、死なないことは分かった。だから今度は直接見極める。ワザとらしく大振りに拳を振りかぶり、突きを誘い――――突き――――頭を左へ捻り、横に――――衝撃、視界と意識が一瞬途切れ――――頭上に手を伸ばす。草と地面の感触。突いて体勢を整え、真っ白だった視界がようやく戻ってきた。

「痛くねぇけど……視界が揺れるのは気持ちわりぃ。だが……」

 種は割れた。狙った場所へ確実に当たるデタラメな武器。それが真後ろだろうが頭を捻って真横を通過しようが、間合いの中なら絶対に外れない。急所を狙えれば素人の腕前でも関係ねぇ。集団戦じゃ地味だが、タイマンなら全然戦えるし後出しでも当たるんなら、盾で受けた方が確実に決まる。なら最初に潰すべきは剣だ。
 伸ばしていた鎖を引き寄せ、ポラリスの左右から鎌で挟撃する。左は盾で受けられ、鎌が三本全て突き刺さった。右は剣で払われるが――――鎖が二本、絡まるのが見えた。鎖を手元で引き、透明な剣を縛り上げて硝子のような側を砕き、奴の手から黄金の剣を奪う。

「ポラリスっ!!」

「しま――――っ!?」

「――――ちょっとだけ借りまーすっ!!」

 アダムが何かしでかす前に奪った剣を力強く握りしめ、【信仰の力】を流し込む。黄金の剣の色が剥げ、紫の剣が出来上がった。軽さ、切れ味、刀身の長さに申し分無し。これでようやく戦える。

「サリー神官っ!! 私の剣に何をっ!?」

「アタイ程にもなると、突然反乱起こす同僚の鎮圧に参加するのも珍しく無くてね。手元に得物が無い時はこうするのさ。確かに力の質はアダム先輩の方が上だけど、権限そのものはアタイの方が上なんですよ。勉強不足でしたね?」

 刺さった状態の盾を引き寄せ、丸腰になったポラリスへ一気に接近する。盾を解けばそのままグサリ、もがいても刃先に返しがついた鎌はそうそう抜けやしない。右腕一本、いただきま――――

 ――――がりぃ

 火花を散らし、紫の混じった半透明な壁に剣が塞き止められる。なんだ? 突然現れた壁の全体像が確認できない。一度下が――――壁から生えてきた鎖が剣の刀身を絡め、壁の中へ音も無く飲み込んでいく。慌てて手放し、後ろへ飛び退き状況を確認する。

「…………なんだそれ」

 こちらの身長の数倍程もある、一枚の巨大な翼の盾。紫が水に溶かした絵の具のように半透明の盾の中を揺らめいて泳ぎ、飲み込んだ剣を中心に更に色が濃くなっていく。先程までアタイの鎌が突き刺さっていた左の透明な盾は跡形も無く、鎖も途中で切れていた。あのもやし野郎、刺さってた鎌と剣丸ごと奪いやがったのか。

「……おも……う゛っ!?」

 ポラリスの苦しげな声の後、翼の盾が外側から硝子を砕く軽快なを音をたてて割れていき、元の盾の大きさまで戻っていく。向こうでは両膝を付き、右手で首元を抑えるポラリスの姿があった。出血しているのか手の下から溢れた血が腕と首を伝って垂れ、修練着を赤く濡らしている。

「ふーっ、ふっ――――……サリーさん、あなたのその首の傷――――」

「――――ポーラ司祭っ!? 首から血が……っ!!」

 様子を見ていたアポロと新人が駆け寄ろうとするのを左腕で制し、ポラリスはふらつきながら立ち上がった。やだやだ、昔の自分を鏡へ映して見ているみたいで、首の傷が痒くなってくる。

「なんでも食うから腹を下すんですよ、先輩。まだやります?」

「……僕は――――」

「――――僕、僕、僕、僕。いい子ぶって真っ直ぐな灯のついた眼。だが中身は一切詰まってないがらんどう。いいねぇ。いつまでその調子でいられるか、滅茶苦茶にしたくなってくる」

「そこまでだっ!! お互いに――――」

「――――いいんだ、アダム」

 ポラリスは口内に溜まった血を吐き出し、右手を首元から放すが――――蚯蚓腫れに似た真っ赤な傷から血は流れず、蓋をするように半透明な【信仰の力】が張り付いていた。一時的な止血。だが、血を流し過ぎたな。もうフラフラじゃないか。さて、降参するならやめるつもりだったが、どう痛めつけたもんか。
 ミーアやペントラも遠くから駆け寄ってくるのが見える。あの二人が絡むとめんどくせぇし、とっとと終わらせて――――なんだ、奴が握ってる道具は? 木彫りの……玩具の【銃】か?

 ポラリスは紫の混じった【信仰の力】を腕から出し、右手に握られた【銃】へ巻き付け、何も持っていない左手も盾が変形し、手の内に同様の物が作られていく。……出来上がったのは【二丁の銃】。静かに腕を上げ、こちらに狙いを澄ま――――

「――――お゛っ…………!?」

 身体の中でぶっつりと音がして、両膝から崩れ落ち――――両腕で地面を突き、上半身を支える。腱が切れた? は? 弾は? 僅かに聞こえたのは奴が引き金を引く軽い音だけで、発砲音はしなかった。切れた腱を繋ぎ、再生――――立ち上がり、【信仰の力】の鎌を二本出して刃の根元を直接掴み、一気に接近する。限界まで【受肉】の体感速度を高め銃弾を見えるようにすれば、叩き落すことも可能な筈。【機神】共の銃弾はそれで全弾捌けた。さあ――――


 ――――来た。紫の銃弾、四発。叩きお――――ずるりと鎌を通り抜け――――左肩。肉を通り抜け、腱がゆっくりと切れる音がする。判断――――身体を逸らし右肩・右の脛への銃弾は躱すが、左足を上げるのに遅れ足首に当たり、腱がゆっくりと弾け切れた。回転――――右足だけで地面を蹴り、ポラリスの前まで跳ぶ。奴も目で追っているが、もう遅い。左脚で喉へ飛び膝蹴り――――硬い感触。【信仰の力】で喉が潰れるのは防いだな。だが――――


 ――――時間の流れが戻る。吹き飛んで血を吐くポラリスの上へそのまま馬乗りになって、右手で握った鎌を奴の頭へ振り下ろ――――強い力でポラリスの上から引き剥がされ、夜空が見えた。衝撃――――胸倉を片手で掴まれ、そのまま持ち上げられる。歯を食いしばり、怒りに満ちた表情のアポロの顔が目の前にあった。

「……ちぇ、いいとこだったのに。やっぱあんたが邪魔するかい」

「勝敗はついただろっ!! 認めたくねぇけど……あんたの勝ちだ……っ!!」
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庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

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