身代わり妃は後宮で失せ物の夢を見る

瀬崎由美

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第二十四話・朱雀宮の謎

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 皆の頭からすでに忘れ去られてしまった北の離宮の幽鬼騒動。
 それを木蘭がまた思い出したのは、宦官の周啓が姜妃付きになってしばらく後のこと。

 木蘭が白い衣を見つけて届けて以来、少し交流を持つようになった賢妃、朱雲歌からの使いが、玄武宮内の妃達を招いての茶会に出したという茶菓子のお裾分けを運んで来てくれた時だ。
 きっと朱妃は茶会の準備をする際にあらかじめ木蘭の分も多めに用意してくれていたのだろう。
 宝飾品などの大袈裟なお礼は要らないと断ったから、こうしてちょっとした物をよく贈ってくれる。

 たまたま窓の外に視線を送った木蘭は、中庭で宦官二人が親し気に話し込んでいる姿を見つける。
 一人は周啓で、もう一人は玄武宮に仕える宦官だというのは分かった。

 ――そういえば、周啓も朱雀宮の前は玄武宮にいたんだっけ。その時の知り合いかな?

 淑妃の元に届いた麻紙の枚数が足りないと窃盗を疑われたのは、彼の仕える宮が替わってすぐのことだったらしい。長く仕えていたら信頼関係も築き上がっていて、そこまで大きく騒がれることはなかったかもしれない。
 木蘭から見ても周啓はとても真面目、否、それ以上に思える。
 けれど、新しい宦官が来てすぐに物が無くなれば、真っ先に疑われて当然だ。
 もちろん、木蘭の夢見でその濡れ衣は晴れたけれど、その後の居心地の悪さにこの殿舎へと配属替えされることになったのだが。

 確か、彼が宦官になった直後から長い間を玄武宮で仕えていたと言っていたことを思い出し、久方ぶりに顔を合わせる元同僚と懐かしみ合っているのかと微笑ましく眺める。
 旧友と手を振り合い、玄武宮の宦官から荷物を受け取って殿舎の中へ入ってきた周啓は甘い香りを漂わせる包みを春麗に渡す。
 そして、窓際に置かれた椅子に腰かけて書物に目を落としていた木蘭に向かって礼を取る。

「賢妃の朱妃様より、早めにお召し上がりください、とのことだそうです」
「ありがとう。先の方は古くからの知り合いなの? 熱心に話し込んでいたようだけれど」

 木蘭が窓の外へちらりと視線を送ってから聞く。周啓は頷き返しながらも少し微妙な表情を浮かべる。

「はい。同じ時期に宦官になった仲間とでもいいましょうか……」

 その割には何か歯切れが悪い。
 二人の仲は決して悪くは無さそうだったけれど、と不思議に思っていると、周啓が困惑した顔で口を開く。

「先程の者は元々、朱雀宮におりまして、私と入れ違いで玄武宮へ移ったのですが、私が姜妃様にお仕えするようになった後、どうも朱雀宮の方で何か大きな調べ事をするような動きがあるが何か知っているかと尋ねられまして」
「大きな調べ事?」
「はい。あの者が気にしているところを見るに、私がまだ玄武宮にいる頃に起きたことのようで……」

 周啓はそれが何かということは具体的に察しているようだったが、あえて口に出そうとはしない。軽々しく口外するようなことではないのだろう。
 けれど、横で聞いていた香鈴がハッと閃いた顔になり、得意げに鼻を膨らませる。

「それってきっとあれですよ! ご懐妊中に毒を飲んで亡くなったっていう、中級妃様の」
「こ、香鈴っ、そういうことは軽々しく口にして良いものではありません!」

 夕刻が近付いて肌寒くなってきたからと、木蘭の為に炭を運んで来た春麗が、慌てたように香鈴のことを諫める。
 注意を受けた侍女はしまった、とでも言うように口元を手で押さえていたが、周啓は香鈴の言ったことを否定しない。彼も香鈴の推測通りだと考えているのだろう。

 ――随分後になって調べているだなんて、妃が亡くなったのは自害じゃなかったってこと?

 噂はいろいろ聞いてはいるが、亡くなった原因が毒であること以外一致しない。
 すでに何か月も前のことだから、噂には尾びれも背びれも付いてほぼ真実の原形は留めていない。
 生前は懐妊の噂もあったみたいだけれど、それも真かどうかはっきりしない。
 何も明らかにされていないせいで、朱妃の無くした衣が木の枝に引っ掛かって風に揺らめいているのを、その妃が離宮を彷徨っているという幽鬼騒動を引き起こしてしまったのだけは確か。

 つい最近まで朱雀宮にいた周啓によれば、その中級妃――羅瑛翠らえいすいの殿舎の荷物は全て故郷へ送られたり処分されてもう何も残されてはいないらしい。
 だが、まだ後から入宮した者はいない状態でずっと空き家なのだという。
 中級妃ともなればそれなりの家柄の娘でないと代わりに取り立てられるのは容易ではないのだろう。

「玄武宮にいた私の耳には、詳しい話は何も……ただ、お飲みになられた毒が羅妃様の傍には一滴も残ってなかったということだけは聞いております」
「毒を飲んだ後、それを入れていた器や何かを片付けてから亡くなったってこと? 即効性のない毒だったのかしら?」
「さあ、私にはそこまでは……」

 何の毒で亡くなったのかは妃の遺体を調べてとっくに判明しているはずだ。当時の状況だって羅妃に仕えていた者達へしっかり聞き取っているだろうし。
 じゃあ、今更、後宮内では何を調べ直しているというのだろうか?
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