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第十六話・猫と護衛2

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 頭上の空一面を覆う魔鳥の大群は、その鋭利な爪と口ばしで引っかき切り刻もうと我先に襲って来る。数の脅威もあって、狙われてしまえば牛などの家畜でさえ、一瞬で肉片と化してしまう程で、木製の馬車なら粉々に砕かれてしまう。

 それがまさに今、ルイの幌馬車が魔鳥の群れから標的とされていた。目視では確認できない数の鳥達は、まるで空から降ってくるかのように幌馬車めがけて、その尖った口ばしを突き刺そうと狙っている。

「ティグ、気を付けて」

 ジークの声も、鳥達のつんざくような叫び声にかき消されてしまっていた。ルイが中に隠れている馬車はジークの張った結界に守られているので心配ない。だが、魔鳥の群れをせん滅しなければ、この先へ進むことは不可能。一度でも奴らから狙われてしまった以上、攻撃が終わるまで魔鳥の群れはこの馬車から離れようとしない。

 外に出ている猫と共に、頭上から槍のように降ってくる黒い鳥の大群に向かって、ジークは魔法を撃ち放ち続ける。
 トラ猫はその翼を大きく広げて光の塊を撃ち飛ばし、向かい来る鳥を次々に消し炭にしていった。消しても消しても降り止まない魔鳥の雨に、尻尾の毛を逆立てて苛立ちながら攻撃していた。

 炎の魔法を一番の得意とするジークだったが、上から来る敵に炎を浴びせればその火の粉がわが身に降りかかってしまうリスクから、今回は風の魔法を中心に放っていた。
 魔鳥と言えど、ただの鳥だ。殺さなくても羽を傷つけてしまえば空中攻撃は出来なくなる。風の刃を繰り出して手当たり次第に墜落させ、そのほとんどは落下の衝撃が致命傷となり息絶えていた。

 猫と魔導師の攻撃により、幌馬車の周りには黒い鳥の屍がまるで黒く厚い絨毯のように敷き詰められていった――けれど、まだほんの序章。空には我こそはと順を待って旋回している大量の魔鳥の姿。鳴り止まない金切り声に、耳までおかしくなりそうだ。

「キリが無いな……」

 ジークがぽつりと呟いた。向かって来る数十羽ごとを相手にしていても、終わる目途が立たない。まだまだ空にはその何倍もの数が飛んでいるのだ。

「まとめてやるよ」
「にゃーん」

 別にタイミングを合わせるつもりは無かったが、トラ猫も同じことを考えたのだろうか、空に旋回している群れをめがけて特大魔法が2つ並んで撃ち放たれる。

 猫の放った光の塊は鳥の群れにぶつかると大きく破裂し、無数に現れたその光の粒に触れた鳥は一気に力を失い、はるか上空から勢いよく墜落していった。
 ジークは風の刃にうねりを加えるとそれを空一面に広げる。まるで刃物を巻き込んだ竜巻のように、触れた物を切り刻んでいく。傷を負わされた鳥達は次々に落下していった。

 まさに魔鳥の雨だった。真っ黒な塊が次々に地面に打ち付けられ、魔鳥の断末魔が響き渡る。幌馬車に張られた結界にも落ちた鳥が当たる衝撃音が響いていた。

 残されたのは、群れから離れていた少しばかり。遮断されていた日の光は戻り、視界は明るくなっていた。数を失った魔鳥は戦意を失ってバラバラに旋回しているだけだった。

「すごい光景だな……」
「にゃーん」

 馬車を中心とした辺り一面ぎっしりと、魔鳥の死骸だらけだった。高所からの墜落でも絶命しなかった物もいるにはいたが、立ち上がって攻撃してくる力までは残っていないようだ。舞い上がる黒い羽と、血の匂いが漂っていて、息をするとむせ返りそうになる。

「馬車、動かせられるのかな?」

 北へ向かう道も随分先までが魔鳥で敷き詰まっている。帰りも通る予定の道だ、何とかしないと交通渋滞を引き起こしてしまう。

「ティグ、消せる?」

 道の上だけでいいんだけど、と言うと猫は「にゃーん」と鳴いて返した。行きの方向の処理は猫に任せて、ジークは来た方の道に向かって風魔法を撃った。道の上に転がった死骸を一気に吹き飛ばして、地面が見えるようにする。道の傍らの死骸は放っておいても土に還るか、野鳥や魔獣が餌にするだろう。

 一通り落ち着くと、幌馬車の中へと声を掛ける。

「ルイさん、もう大丈夫ですよ」
「えっ、ほ、本当に……?」

 恐る恐る幌の隙間から外の様子を伺った若い商人は、血生臭さの残る辺りの空気と道端に積み上げられた大量の黒い鳥に言葉を失っている。

「君一人で、あれを?」
「あ、いえ、俺の契約獣も一緒に」

 いつもティグを隠していたローブはルイが頭からかぶったままだ。隠しようがないので、猫を呼び寄せる。背の翼はきちんと折り畳まれていて、いつもの姿に戻っていた。ジークの足元に擦り寄っている縞々の獣をルイは物珍しそうに見ていたが、思い出したように確認してきた。

「それが噂の、虎の子供?」

 この時ほど、噂をありがたいと思ったことは無かった。黙って頷くだけで納得してもらえたようだった。猫を抱き上げて荷台へと戻ると、ほどなくして馬車は北へ向かって走り出す。
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