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第四十三話・古代竜との戦い2

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 古代遺跡の地下に長らく封印されていた漆黒の竜は、腹部に刺さる剣はそのままに左右の翼を開いて唸りを上げた。重厚な鳴き声と共に口から吐き出されるのは業火とも言える炎のブレス。炎は真っ直ぐにトラ猫へと襲い掛かっていく。

 ジークによって結界が張られていても、その灼熱は猫の毛を焼き付こうと遠慮なく侵入してくる。熱さに体力を奪われ、熱で目が開けられない。猫は結界内を後ずさった。

「ティグ……!」

 吹き飛ばされて地に強く打ち付けた身体を起こし、ジークは結界を強める。肋骨にヒビでも入ったのか、息をするだけで胸が抑え付けられるようだ。
 離れた彼でさえ、竜のブレスの熱気にやられそうになのに、今それは猫を直撃している。ティグは立っているのも辛いのか、下がりつつバランスを崩してよろけていた。

 猫の結界を維持しながら、ジークは竜の腹に刺さる剣へ向けて、力の限りの魔力を放つ。風で剣をぐっと深く押し刺し、そこに火魔法を撃ち込んだ。剣を通じて身体の中で暴れ出した紅蓮の炎。古代竜は長い首を大きく振ってわめくように叫び鳴き、その視線を魔導師の方へと移動させてきた。

 充血した真っ赤な目が自分の方に戻って来ると、ジークはぞくりと背筋に冷たい物を感じた。鱗で覆われた身体への直接攻撃は効かない。狙うは魔剣の刺さった腹のみ。続けて攻撃するが、竜は呻くだけで平然としていた。

 竜の吐く炎を結界で塞ぎながら、ローブで覆ってその熱に耐える。竜が翼を動かせば、さらに突風まで襲って来る。その場で立っていることさえ難しく、ガクンと膝から崩れ落ちかけた。

 勝てる気はしない。このままでは、時間稼ぎにもならない。
 ――ジークの頭に諦めに似た感情が湧き始めた時、彼の斜め後ろで荒い息を繰り返していた猫が、奇妙な声を発した。

「ナァーオ、ナァーオ」

 悲痛の鳴き声、叫びにも似た声に、ジークは猫を巻き込んだことを悔やんだ。自分一人だけで来れば、ティグまで傷付かずに済んだのに、と。

 結界の範囲を後ろにいる猫まで広げた時、ジークの耳に軽い羽音が聞こえてきた。竜の物とは違う二つの羽音はトラ猫のすぐ傍で止んだような気がして、ジークはそちらを振り返って我が目を疑った。

「ナァー」
「みゃーん」

 ティグの両隣に降り立ったのは、三色の毛色を持つ猫と、白黒の猫だった。どちらもトラ猫よりは一回り程小柄だが、艶やかな毛並み。確認し合うように互いの鼻を擦り寄せた後、二匹も揃ってその背に生えた翼を広げた。

「君たちは?」

 魔導師の問いに答える代わりに、猫達は竜に向かって光を発した。トラ猫の助けを求める声に応じて、駆け付けて来てくれたということか。すでに力尽きかけているティグも、仲間の姿に残る力を奮い立たすよう、撃てる限りの光を放った。

 攻撃数が増えたことで逆上したのか、竜は長いブレスを三匹に向け、ジークの身体を鱗で覆われた太い前足で払い除けた。吹き飛ばされた魔導師は周りの木に勢いよく背を打ち付け、ゲホりと口から血を吐き出して倒れ込んだ。

 意識が薄れようとする中で、猫達の結界は消すまいとあがいてみるが、魔力が尽き始めて防御力は徐々に減っていく。熱い炎を直接に浴びながら、猫達は揃って光を連射しているのが視界の片隅に見えた。

 しばらく後、ドスンという大きな音と地響きを立てて、竜がその黒い身体を横たえていく姿が目に入った。竜が倒れたと同時に、傷付いた猫達がふら付いて順に倒れ込んでいく。

「くっ……!」

 すぐに駆け寄りたいのに、身体が動かない。軟弱な自分を本気で悔いた。立ち上がれず、這いながらも猫達の元へ向かうが、魔力を使い切ったせいで身体に力が入らない。

 肩での呼吸を繰り返し、顔を上げる。完全に倒壊した石造りの遺跡の傍に、ぼんやりとした光の塊が三つ浮かんでいるのが見えた。猫達が放つ攻撃の光とはまた別の温かい色合いのそれらは、横たわる猫達の身体をふんわりと包み込むように降りてきて、ジークが見守る中で静かに猫達の姿と共に消えていった。光の消えた後には何も残っていない。

「ティグ!」

 木々の騒めきしか聞こえない森の遺跡には、竜の亡骸とジークしか存在しない。名を呼ばれた猫から抜け落ちた毛がふわりと風に舞うだけだった。

 この世界の猫は聖獣。傷付いた彼らが辿り着く先のことは、ただ人であるジークには分からない。唯一言えることは、猫達の力によって古代竜の脅威は消え去ったということだけだ。

 その後、どうやって街まで戻ったのかは記憶があやふやだった。石壁が見えてホッとしたことは何となく覚えているが、気が付いた時には診療所のベッドの上だった。以前にマックスが運ばれたのと同じところだ。

「ジーク! 良かった……」

 目が覚めて周りを見回すと、ベッドの横には目に涙を溜めたリンの姿があった。竜を倒して戻って来た後、昏睡状態になっているという噂を武具屋の店主から聞いて、駆け付けてくれたらしい。

「リン……」

 名を呼ぶだけで精一杯だった。ティグ達のことを話すべきかと悩んでいると、リンは静かに首を横に振った。話したくないことは話さなくて良いよ、と。
 気持ちが追いついていない今、リンのその態度はとてもありがたかった。

「俺、冒険者は辞める」

 ぽつりとそれだけを伝えると、リンはすぐに分かってくれた。ティグ無しに、一人では冒険者はできない。

「じゃあ、王都に行くの?」

 冒険者を辞めることがあれば、宮廷魔導師になるという話はしたことがあった。ちゃんと覚えてくれていたんだと、ジークは嬉しかった。

「うん、それでさ。リンさえ良ければ……その」
「いいよ。一緒に行こ!」

 全てを言う前に貰った返事は、とてつもなく軽くて逆に不安になる。けれど、とてもリンらしいなとジークはベッドの上に添えられた小さな手をそっと握った。
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