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遥か日が昇る地へ

他人の尻は拭けない

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ワイナール皇国暦286年、3の月



「残念だったなぁ、もう少しだったのにな?」
「クソッ!亜人如きに…」「この犬野郎!」「どうやって見つかったんだ…」
「ハハハッ、そりゃ簡単だ、お前らから仲間の匂いがプンプンするんだよ」
「犬野郎だからな、鼻が利くのさ」
「能力が獣人より劣る人間種が逃げられるもんかよ」
「それに、お前ら弱過ぎで話になんねぇや」
「あぁ、足も遅いしな」
「足が遅い野盗なんざ役に立ってんのかよ」
「言ってやるなよ、役に立たねぇから捕まってんだろ?」
「アッハッハッハッハ、違ぇねぇな」
「普通、2度も捕まるかね?」
「マヌケ過ぎて同情するわ」
狼獣人の2人が、縛られている賊の周りをグルグル回りながら言葉の刃を刺していく
それはまるで狼の狩りそのものだった




「やあ、君達が牢番と発見した人達かな?
ざっと見た所、だね、御無事で何よりだよ」
北東域へ向かう途中でオルチへ向かう牢番と発見した領兵と会い
すぐさま捕らえようとした伯爵警護の兵達を制止し、ロウがニコニコと話しかける

「へ?あ、はあ…どうも」
「縛られてただけですんで…」
「あの、伯爵様、このお子様は誰ですか?」
「伯爵様、北へは向かわないのですか?」

「この…」
「まぁ良いじゃない、そんな事は
それよりも何で北に行かなきゃいけないの?
それに、どうやって牢番の人達を発見出来たの?」
ケイワズ伯爵が怒鳴りかけた声にロウが被せる

「へ?そりゃ北の関所に賊が逃げたからですよ」
「そうそう、この2人が縛られる時に賊が言ってたそうですよ」
「私らが付近を捜索してたら見付けたらしくて、大声で呼んだから発見出来ましたよ」
「報告したんですが報せが届いてませんか?」
「賊はミズモ領へ向かったと同輩が報せに走ったはずですが」

「うんうん、そうかぁ、あ、伯爵様の元には報せが届いてるみたいだよ?
それよりも牢番の君達は何で死んでないの?」

「はあ?」「死んでないの?って…」
「あの、伯爵様?このお子様は何なんですか?」

「…………」

「あゝ、まだ伯爵様は放っといていいよ
それよりもさ、自分達の逃亡先を御親切に教えてくれた賊が
なぜ君達を縛るだけにしてたのかなぁ?って不思議なんだよね?
普通は自分達の足取りを隠す為に黙ってるか、場所が分からない様に目隠しするか
あと、教えるなら安全の為に殺すと思うんだけどな?」

「え?それは賊が武器も持たずに手ぶらだったから?」

「なるほどなるほど、武器も持たない賊に牢を破られて武装してた牢番の君達が人質になり
かすり傷1つ負わずに北へ向かう街道まで連れてこられた、と
それに、東を捜索してた発見者の君達は、なぜ北側を勝手に捜索したの?」

「……」
「は?あの、えっと……勘が…」
「ええ、北のほうも探したほうが良い様な気がして…」

「おお!流石はケイワズ伯爵領領兵だね!
凄い特殊な能力を持ってるんだなぁ
いや、それは素晴らしい事だよ!
ねえ?ケイワズ卿?」

「………牢番と発見者共々 引っ捕らえろ」

「「「「「はっ!」」」」」

「な、なぜ!?」「お、俺たちは何も…」

「そなたらよりも、ロウ殿が言った事のほうが理に適っておる
詳しくは後ほど聞かせてもらおうか
そのまま、北東域政庁まで連れていけ」

「「「「「はっ!」」」」」






「旦那様、例の者どもが結構な人数でケイワズ領へ入ったとの報告は来ておりますか?」
「ん?いや、知らぬぞ?冒険者どもからの情報か?」
「いえ、関所からです」
「ふむ…では、公爵家惣領を害する序でにケイワズ領も掻き回す算段なのか?」
「かと、思われますが…
そこまで例の者どもが知恵を回すとは考え難い、とも内心では思っております
ですので、不測の事態に備えるべきではないかと愚考致します」
「う~む、お前の考え過ぎの様にも感じるのだが…
うむ、備えるのには異論は無い
だが、ケイワズ領の例の代官からの情報は無いのか?」
「あゝイク殿ですか。彼からは何もありませんな
ただ、陰ながらサポートはしているとは思うのですが
まだ、あまりおおやけには出来ないので向こうは任せるしかありません」
「ふむ、では少しばかり関所の兵を増やしておくか?」
「はい、それが宜しいかと存じます」
「では、何人増やすかと増やす理由が必要か…
我が街の冒険者は使えないのか?
亜人の冒険者も居なかったか?
使い捨てには丁度良かろう」
「そうですね、金が少々要りますが正規の領兵を使うよりは理由が要らないですね
亜人の冒険者は、と言うより獣人の冒険者ですが
最近、リーダー格の虎獣人が領地から離れまして
他の獣人冒険者どもも他領へ移ったようです
ですから、現在、ダムド領地の冒険者は人間種しか居りません
ですが、まぁ人間種とはいえ所詮は冒険者、使い捨てでも結構でしょう
数日の間、関所付近に張り付けますか?」
「ふむ、そうか…しかし、汚らわしい亜人が我が領地から居なくなる事は喜ばしいな
では、そのように取り計らえ
結構な人数を送り込んだのならば、惣領の方は心配ないだろう
ククク…ケイワズ領で公爵家惣領が行方不明になると面白くなるな
取り潰しは難しいかもしれんが、伯爵位剥奪か領地削減にはなるやもな?」
「上手く運べばケイワズ領北東域はダムド領になるかもしれませぬな」
「クククククク……美味しいのう…皇家には足を向けては寝られんな」






「閣下!?何故、この様な辺鄙な場所へ!?」
政庁の門から慌てて出て来たイクが、馬車から降りてきたケイワズの前に片膝を付き頭を下げる

「うむ、今回こちらの公爵家惣領殿には甚大なる迷惑をかけてしもうてな
このままでは面目無いのでな、儂が直々に賊を捕らえようと南西域領兵の陣頭指揮を執って引き連れてきたわ」
と、ロウへ平手をかざし、引き連れた兵を見る

「は、ははっ、左様で御座いましたか
しかし、まだ賊は捜索中ですが、囚われておった牢番と発見した兵はオルチへ向かわせたと聞いておりますが?
それに捜索の兵も牢番からの情報で北に向けております
しかし、公爵家惣領様ともあろう御方が獣人の従者なぞを連れておるのですな?」
「おお、そうか、では、お主の手勢も北へ出しておるのか?
公爵家には我等には予想もつかぬ事情があるのだろう
代官などが差し出がましい口を利くな」
「はっ、申し訳ありません!
手勢は勿論で御座います
大半の兵を出しておりますので、現在いまの政庁には警護の100人程度しか居りません」
「ふむ、では政庁が手薄では危ないな?
我が兵団で占き…護りを固めるとしよう」
後ろの兵達を見て
「おい!要所を固めろ!政庁警護の兵には休ませよ」
「「「「「はっ!」」」」」
半数近い500人程の兵達が政庁の中へ駆け込んで行く

『ハハッ、爺さん、占拠とか言いそうになったな
しかし、この代官は小狡そうな顔してんなぁ
典型的な小悪党が分不相応の権力持って調子に乗ったんだろうな?
いや?本当にそうか?
そればかりじゃないのか?
北東域の領民が苦しんでるみたいな話は誰もしていなかったよな?
じゃあ領地経営は上手くやってる?
何故?領民に恨まれない為か?
それは将来の統治の為?
ひょっとして下剋上?
可能性はあるのか?
そういえば、孫のお付きだったんだよな?
父親の事もあるんだろうが、孫に亜人蔑視を吹き込んだのはコイツか?
その狙いは?
いやいや、これ以上はケイワズ伯爵領の内政問題か
俺が口出しするべきじゃないな』

「か、閣下!?兵は必要ありませんよ?充分間に合っておりますよ?早く北へ向け捜索したほうが宜しいのではありませんか!?」
「何をそんなに慌てておる?
儂は東の関所方面が怪しいと思っておってな
東の関守達を調べようと思っておるのだよ
惣領殿が無事に我が領地から旅立てる様に露払いも兼ねてな?」
「そ、惣領様の事はそうでしょうが、何故なにゆえ関守達を!?北の関守ではないのですか?」

「閣下!政庁を押さえました!」
1人の兵が駆けてきた
「少々、抵抗はあったみたいですが代官の執務室も押さえました」

「はっ?」
イクの顔色が悪くなる

「うむ、大儀であったな。では…」
イクに向け顎をしゃくる

「「「「「はっ!」」」」」
「代官、失礼します」
イクを取り押さえる

「北東域総代官イクよ、故あって帳簿等を調べさせてもらうぞ?
侍従よ数人連れて調べてまいれ」
「はっ!」

「か、閣下!御待ちくだされ!いったい私に何の疑いがー」
イクが必死に叫ぶも無視し、ケイワズ伯爵とロウは執務室へ向かう

「ロウ殿、賊は追わなくても良いのかね?」

「ええ、今頃は従者の仲間が捕縛しているでしょうから迎えに行かせてます」

「なるほど、そう言えば、あの狼獣人が見えませんな?
ここへ連れてくるのかね?」

「そうですね、ここで全て済ませてしまうのが手っ取り早いでしょう?
それに、卿に賊を引き渡せば、あとはケイワズ伯爵家の内部問題ですから僕たちは居ない方が良いでしょうし
関所から近いでしょうから村人たちとも別れ易い
あ、村人たちは城勤めさせてくれますか?」

「あゝ勿論だよロウ殿、良い策を授けてくれて感謝しておる
今回の件では、後々のメリル・ケイワズ伯爵治世下での助けになってくれるであろうからな
老いた頑迷な伯爵を民を愛する孫が諭して人倫を癒すなぞ、此れ程の評判は無いであろうしの、ククク…
村人たちには、大人には普通に城勤めを、子供たちにはメリルの世話係をやってもらおうと考えておる
年頃も近いでな」

「あゝそれは良い考えですね
子供たちには応急処置はしてますが、完全に心を癒した訳ではないから、ある程度外界から閉ざされた城内で生活出来るのは良い事だと思いますよ」

「ふむ、ロウ殿は本当に親身になって考えておるのだな?
メリルにも見習わせたいものだが、どうにもロウ殿に苦手意識が出来てしまったらしくてな…」

「あぁ、まぁそれは仕方ないでしょうね?
まぁ僕も大人気おとなげな……いやいや、言い過ぎたみたいですから」

「いやいや、言い直さなくてもロウ殿は大人気ないという言葉を使っても良いと思いますぞ?
気を悪くしないで聞いて欲しいのだが
こう言っては何だが、ロウ殿は儂よりも老獪だ
交渉ごとや嵌め手などがな?何と言うか、こう、人間離れしているように感じるのだよ
そうだな、物事を遥か高みから見ているような、な」

「そうですか?僕はあまり意識して取っている行動ではないのですよ?
僕が1番に考えているのは自分の身の安全だけです
自己保身の塊だと思われても良いですね
公爵家惣領として、きちんと教育を受けてきたからかもしれません」

「ふふふ…儂の孫教育に対する皮肉かね?
まぁ、ロウ殿には皮肉を言われても仕方がないがな
メリルには、あのイクの様な教育係しか付けれなかった儂の不明を恥じるしかない…」

「まぁ、此れからは大丈夫でしょうけどね?」

「ほう?其の心は?」

「あの子供たちですよ、彼らは尋常じゃない心の傷を負ってますからね
彼らが時折り、ふと見せる表情を見れば
何不自由なく恵まれている立場にいる考えも変わっていくでしょう
そして、変わらなければ養子を探した方が良い
じゃないと、僕が大人になる頃にはケイワズ伯爵領は名前が変わっているでしょうね」

「……うむ、その言葉、しかと心に留め置こう…」

しばらくしたらロウ達がいる政庁応接間に侍従がやってきた
「旦那様、全ては精査出来ませんでしたが、ある程度までは調べられました」
「どうであった?」
「はい、主に金の流れを調べてみましたが
不思議なぐらいに一部の領兵は高給取りですね」
「ほう、その高給取りは何人ぐらいおるのだ?」
「それが、政庁に残っていた兵と同数ぐらいでしょうか
他にも城に居る兵の名がありました
それで不思議なのが、此れ程までに金をばら撒くと税収では賄えないはずです
しかし、北東域は少し税率が高いぐらいで無法な課税はしていません
となると、何処から工面していたのか、となります」
「ふむ、無理な税を取れば城への陳情などが来るであろうからな…」

「ロウ様、連れてきましたよ」
そう言ってポロが応接間へやってきた

「あ、ご苦労さん
あれ?ポロの仲間は?」

「あぁ、仲間は近くまできて別れました
これからの事もあるから、あまり面が割れたくないんですよ」

「なるほどね、了解した。じゃあ僕らは行こうか?
と、そういえばケイワズ伯爵、通行手形的な物ってありませんか?
隣領は駆け足で通過したいんで、足止めは避けたいんですよ」

「なるほど、では、直ぐに作ろう
誰かロウ殿達の通行証用に何か書く物を人数分持ってまいれ」

「「はっ!」」

領兵が直ぐにハガキ大の厚めの紙と羽根ペン、黒と赤のインクを持ってくる
そして紙の中央にデカデカと“通行許可”と書き、上下に“アイール・ケイワズ”と“身元を保証する”と書いた
そして、通行許可の上に赤インクで模様を描いた

『この模様って紋章とは違うな?花押かおうみたいなもんか?
この世界の公文書的なものは見たことないからなぁ』

ケイワズ伯爵が10枚を書き上げると
「1枚は予備にしたまえ、この先の殆どの領地で使えるだろうし
これがあれば公爵家の縁者だと身分を晒さなくても済むだろう
そして、これを貰ってくれ」
と、テーブルに小さめの革袋を置いた
微かに“チャリ”っと音がした

「これは?金ですか?」

「うむ、不躾だとは思うが詫びと迷惑料だな。金貨で10枚入っている」

「それは大金ですね?いかな伯爵とはいえ簡単に動かせる金額ではないのでは?」

「問題無い、ヘソクリだよ」
ニヤリと嗤う

「なるほど、しかし多いですね?
これだけあれば依頼して20人は殺せる、思わず勘繰ってしまう金額ですよ」

「ふふふ…今後の交誼の為…だな」

「なるほど、わかりました。では行きます」



馬車まで戻ると近くで領兵と村人たちが捕まえた賊を囲んでいるのが見えた

「よし、今の内に出立しよう」

「ロウ様、村人たちには?」

「長くなりそうだし黙って行こう、静かにね」

「「「「「「「「はい」」」」」」」」




政庁を離れ一路東へ走るも、すっかり夜も更けたので適当な場所で野営する事にした
もう夜なので調理要らずの収納に収めていたクリームシチューと白パンを出し、焚き火を囲んで夕食にする

「ポロ、ここから関所までは遠い?」

「そうですね、遠くは…ありませんね?
ペースにもよりますが、昼過ぎには関所に到着するでしょう」

「次の関所も山なのかな?」

「いえ、川ですよ」

「川?」

「ええ、結構な川幅があるんですが石橋を差し渡してあり
石橋の上に砦を築いてあります、それが関所として使われていますね
関所周りは両岸で宿場町の様になっています
町から外れると川の両岸には農地が広がり、川では漁をして近隣の住民は半農半漁で生活しているような場所です」

「なるほどね、つまり関所近辺は見晴らしがいい、と?」

「ええ、関所の上にいる見張りは、かなり遠くまで見渡すことが出来るでしょう」

「……待ち伏せなんかを躱すのは難しいかな?」

「え?待ち伏せがあると御思いですか?」

「ん~、絶対に無いと思い込んでヘマするよりは
ある、と思って行動したほうが無難じゃない?
賊を送り込む様な領主が居る土地なんだし」

「あぁ、なるほど、確かに
では明日、関所が見渡せる場所で休憩し策を練りますか?」

「そうだね、現場を見ないとね」




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