聖なる乙女は男装中。

三月べに

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01 ちんちくりん 。

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  目覚めれば、洞窟にいた。
  それもちんちくりんな姿で、だ。
  佐々城今宵(ささきこよい)。年齢二十四歳。未婚彼氏なしとお一人様まっしぐらを突き進んでいた、どこにでも潜伏していそうなオタク。友だちに言わせれば、隠れオタクだという。伸びた髪を一つに括って、眼鏡をかけて本を読んでいる姿は、文学好きにしか見えないらしく、服装もそれなりに好んでお洒落をしていたおかげだろうか。周りの評価は、美人。しかし、私としてはわからない。モテた試しがないのだから。美人というのはもっと、逆ハーレムを気付き、女性からも可愛いと黄色い声援が送られるアイドル並みの人物を指すのだと、私は思う。
  大いに脱線したけれど、戻ろう。私は大人だった。平均身長に及ばないちょっと低い身長だったから、ヒールを履くのは常。中肉中背。決してぽちゃっとしていない。贅肉なんてないさもちろん。胸はCとDの間ほどある。贅肉じゃない、胸のはずだ。
  そんな大人の女性だった私が、贅肉のない身体になっていた。間違えた、ちんちくりんの身体になっていたのだ。
  身長はパッと見ではわからないけれど、半分近くは縮んだに違いない。十歳満たないほどの小さな身体。胸なんてない。ぺたんこである。もしや男の子になってしまったのかと探って見たがそこにはなにもなかった。どこをって、それは言わせないでほしい。
  セミロングの髪もなく、あるのはベリーショート並みの黒髪のみ。眼鏡もなかった。でも不思議とはっきりと見える。服は、白のワンピース。驚くことなかれ、下着はつけていないのだ。おっかなびっくり。
   暗闇に目が慣れて知ったのは、ここが洞穴だってこと。洞穴でワンピース一枚でちんちくりんになっているのは、夢以外なんだっていうのだ。絶対に夢に違いない。幼い頃の自分になって、夢の世界にいるのだ。きっとそう。
  混乱を解決したところで、私は夢の世界を歩くことにした。光が見える方へと歩く。素足だから、地面を歩くのは痛い。いや、これは夢なのだから、リアルな感覚なんて錯覚だ。
  踏み固められた地面を進み、光の中へと向かいながら思った。もしかしたら、これは私がよくWebや本で読む異世界トリップなのではないかと。
  パッと光が開けたその先——大きな大きな狼がいた。それもただの狼ではない。毛は水色かかった白銀。瞳は金色。背には鳥のような翼。長い尾はもふもふでも、恐竜のような棘が並ぶ。恐ろしくも幻想的なほど美しい生き物。
  呆然としたあとに私は、ハッとする。見惚れてしまったけれど、相手はどうみても肉食。しかも熊のように大きい。三メートルはありそう。食べられてしまう。どうやら洞穴の主だ。私を食べるために運んだ張本人に違いない。
  遅れて戦慄する。動けなくなった。夢だということを忘れて。否、もう夢だと思えなくなっていた。
  肌に感じる空気の冷たさ。足の裏にある地面の固さ。ワンピースの着心地さ。リアルが教えてくれた。
  だから、目の前の猛獣が実物だと思い知らせてくれる。
  のし、と重い足音が耳に届いたのは、呼吸を止めていたからだ。思いっきり吸い込んでしまった。下手に刺激してしまったのではないかと、身を縮める。
  けれども、幻想的な猛獣は襲いかかってこなかった。ぺっと吐き捨てられるように、衣服の山が足元に放り投げられる。
  どうやら私のために服を持ってきてくれたらしい。

「ありがとう……」

  お礼を伝えながら、恐る恐ると衣服に手を伸ばす。猛獣は尻尾を揺らして待っている様子。
  手当たり次第持ってきたみたいで、まちまちだった。男物らしきものから、女物らしきものまで。サイズもバラバラ。下着があったので、清潔かを確認してから履かせてもらった。ぴったり合いそうな子どもの白いブラウス。カットソーみたいなブカブカのズボンを履いたけれど、ずり落ちそう。ベルトはなかったから、上からコルセットで固定。準備完了。
  なにから訊ねようかと迷ったけれど、先に自己紹介からいこうと決めた。

「私は佐々城今宵。あなたの名前は?」

  言葉が通じるかどうかわからないまま、名前を問う。私を連れてきたであろう彼の名前。

「ルラ……マカエーレルラと呼ばれる、青き海色の幻獣」

  大きな口が震えて、低い声が響く。
「ルラ……」と私は小さく呼ぶ。
  青き海色の幻獣は、頷くように頭を垂れた。

「主は聖なる乙女。世界を救う者」
「聖なる乙女……?」

  反芻して首を傾げるけれど、意味がわからない。
  グサリ。
  目の前にどこからともなく、短剣が飛んできて突き刺さった。
  ポカン、とそれを見る。柄がくすんだ金色。丸くて持ちやすそう。というのが私の第一印象。

「ガオウ!!」

  咆哮が身体にぶち当たって、震え上がる。幻獣ルラが向かってくるとわかった瞬間、私は短剣を引き抜いて地面を転がる。飛び込んで避ける、が正しい。
  幻獣ルラは地面を抉って止まる。そこは私がいた場所だった。突っ立っていたら、引き裂かれていたかもしれない。
  屈んで構えで考える。どうして急に幻獣と戦うような展開になった。そういうために、私は異世界に来たのか。そうなのか。私はこの幻獣を倒すために召喚されたということなのか。わからない。
  誰か説明しやがってください。
  大いに混乱している。
  幻獣ルラは、また飛びかかってきた。もう一度避けたけれど、翼が広がってそれが衝突。私の身体は地面に転がったけれど、地面に手をついて飛び起きて態勢を戻す。私は一応運動の出来るオタクである。それが功を奏して、立て直せた。
  それはゲームをするようだった。ゲーム画面を見つめ、コントローラーを握って、プレイヤーを動かしていく。それと酷く同じことに思えた。
  幻獣に立ち向かう。短剣一つで。
  刃を振り下ろそうとしたけれど、翼がお腹に入って弾き返される。この痛みはゲームにはない。けど、リベンジ。
  着地をしてから、もう一度振り上げる。でも、今度は尻尾で振り払われた。そして、牙が向けられる。噛み付かれるその前に、顎を柄で叩き付けて閉じさせた。次に来るのは、爪だ。身体を捻らせて良ければ、ズボンに掠っただけですんだ。
  もう一度だ。ゲームで立ち向かい続けるように、もう一度挑んで短剣を振るう。慣れたゲームをしているように、身体を動かせた。それは本能ってやつだろうか。
  でも、剣を刺せない。切れない。
  そう思うのは、そうしたくないからではない。
  翼の攻撃を蹴り上げていなす。回転して勢いでタックルを決めた。だけど、ちんちくりんの身体じゃあそうダメージが与えられない。

「何故、刃を使わない」

  幻獣の低い声が問う。

「刃を使う相手とは思えないから!」

  私は短く答えて、再び構える。世界を救う者だと告げられたけれど、どう考えてもこの幻獣ルラは世界に害なす存在に思えなかったからだ。だから、切らない刺さない。
  それで勝てるかと訊ねられれば、困る。でも勝てないだなんて弱気を吐く気もなかった。ライフゼロの負けも、想像出来ない。したくもないが。

「ササキコヨイ……今日はここまでだ」
「はい?」

  急に勝負はお預けとなった。燃えてきたところだったのに、いやまぁあいいんだけど。

「今宵でいいよ。でもなんで?」

  説明を求めようと歩み寄れば、幻獣ルラは洞穴に歩み始めた。ついていくけれど、説明はなし。大量の服を持って、さっきいた洞窟に戻ることなった。
  干し草の上に丸まって、幻獣ルラが眠りにつく。
  起こしてまで説明を求める気は起きなく、むしろ私も疲れてしまったので、服を布団代わりに横たわった。さっきの戦闘でもうくたくただ。あっさりと眠りについた。
  多分すぐに目を覚ますと、甘い香りが鼻に届く。足元にはゴロゴロと果物らしきものがたくさん転がっていた。暗くってよく見えないけど、丸みがあって、甘い香りがする。
  思ったよりもかなりの時間が経ったようで、お腹が鳴った。本当に夢ではないみたいだ。爪を立てて、果汁をペロリ。マンゴーみたいに甘い。食べられそうだと判断して、皮を剥いてかじり付く。
  幻獣ルラは、まだ寝ていた。誰が持ってきたんだろうかと首を傾げつつも、腹を満たすまで平らげる。膨れたら、またぐっすりと眠りに落ちた。
  次に目覚めた時は、また食べ物らしきものがあって、目を瞬く。木の実がゴロゴロ。食べられると判断して、ガリボリ。コンフレーク食べているみたい、いける。ガリボリ。

「おはよう、ルラ。これ誰が持ってきてくれているの?」

  幻獣ルラも起きたみたいで、のしのしという重い足音を立てながら横切っていく。答えてはくれなかった。朝食を狩りに行ったのだろうか。私じゃない辺り、食べる気は更々ないみたいだ。
  ルラの目的は、私を食べることではない。
  しかし、戻ってきたルラは再び飛びかかってきて、戦闘開始。またもや本能のまま、戦う羽目となった。
  何故かその繰り返しの日々となったのだった。

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