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06 優しいお兄さん。
しおりを挟む街に戻る前に、湖で身体を洗った。流石血塗れで街には戻れない。そもそも私が気持ち悪かったことが大きい。冷たい水に浸かって血を落とす。傷がなに一つ残っていなかった。
「ありがとうね」
青い精霊にお礼を言う。でも浮かない顔。顔は見えていないのだけれど。
湖にぷっくりと浮いている精霊達は揃って私を見つめている気がした。
「今日は無理しすぎだよ」
「そう? 油断したのは認めるけど勝てたじゃない。浄化もした。褒めてよ」
成果を出したのだ。褒めて欲しいと言えば、小さな手をパチパチした。水面が揺れる。パチャパチャ。
反省だってしている。強敵を倒して、周囲を疎かにしていた。今度はそんなことがないようにしよう。
ルラがついていてもカバーしきれない。いつだって周囲に注意をして死角を作らないようにしなくては。
「はー……」
思考を巡らせながら、息をつく。ちょうど頭を地面に乗せられた。見れば、ルラがいる。いつも離れていたルラが、真後ろにお座りしていた。
どうしたのかと眺めていれば、白い顔が近付く。
ペロリ。左肩を舐められた。ざらついた大きく生温かい舌が、私の肌を這う。
「な、なに? ルラ」
ルラは黙々と舐める。
羞恥心を覚えてしまうのは、何故だろう。
いきなり異性に背中を洗ってもらっているような感じ。そもそもルラは私の裸を見たことがない。いつもそばにいても、そっぽを向いていた。
両腕をクロスして隠すけれど、隠すほどの胸がない。
途端に羞恥より悲しさが勝って項垂れた。私の顔は水面の突っ伏したのだ。
「ぷはっ」
で、ルラのペロペロに戻る。これは主人を労わるペットの行動だろうか。それとも癒す、かな。
どちらにしても、怪我したことを気にしている。
「大丈夫だって、ルラ」
「……」
濡れた手でルラの頭をなでなで。
あ、これは怒られて湖に沈められてしまうかな、と予想した。それは外れる。
ちゅ。左頬にルラの大きな口が押し当てられた。
それからのそのそ、とルラは離れた定位置に戻る。何事もなかったかのように、そっぽを向いた。
「幻獣に気に入られたね!」
黄色の精霊が水面にぷかぷか浮きながら言う。
幻獣に気に入られるとキスされるの!?
長かった。思えば初対面から気に入らないオーラ全開ながら、私を鍛えてくれたルラ。四十日目でようやく、認められた。
私は火照る頬を湖に沈めた。
「しまった……服がない」
湖から上がって気付いたのは、着替えがないということ。仕方なく同じものを着た。右肩に穴が空いたブラウス。しかも血塗れ。全体的にボロボロ。
新しい服、買わなくてはいけないな。
その前に腹ごしらえだ。お腹が鳴り響く。
「今日はルラも一緒に食べてね! 決定事項!」
るんるん気分でホリゾンの街に向かう。すっかり空気が綺麗になって、気分爽快だ。
犬型に変わったルラは、反論しなかった。
ホリゾンの街の門番に辿り着くと、今度は怒られなかった。姿を見るなり青ざめて顔を歪ませる。何も言葉をかけられないのか、そのまま中に通された。
流石に私をもう抜け出してしまった子ども、とは認識されなくなったみたいだ。立派な賞金稼ぎです。
アネモー銀行に直行。イミーさんの元に大きな結晶を出して、換金を頼んだ。
イミーさんもただただ驚いている。私が血みどろの服装をしているせいと、大きな魔晶のせいだろう。
「換金してイミーおねーさん!」
「あ、う、うん、すぐに……」
カウンターが顎の高さまであるから見えないけれど、計量で測ってからお金に変換しているみたいだ。
「二十万三百フェアになるけれど……銀行に預かっておきますか? こんな大金持ち歩くのも危険ですし」
イミーさんは、小声で私に伝える。
泥棒の心配をしてくれているのだろう。あるいは紛失。
ぽてぽて精霊四人組が揃っているし、幻獣ルラまでもいる。そんな心配は無用だ。それに短剣は折れたから、武器を買わなくてはいけないし、もちろん服だってそう。だから大金を持ち歩くことにした。
「大丈夫! ありがとう、イミーさん」
どっさり入った袋を受け取って、お気に入りの店に行こうと振り返った途端だ。目の前に屈強な男が三人立ちはだかっていた。
「どでかい魔晶をどこで手に入れやがったガキ!」
「盗んできたのかよ! ああ?」
「は? 違うし、あ、こら!」
言いががりをつけられたかと思えば、袋を取り上げられる。奪い返そうにも圧倒的に身長差が足りない。ちんちくちんのせいで跳ねても届かない。貧血気味でクラっとしてきた。
「お待ちください。返してやってください」
イミーさんが柵の向こうから止めてくれる。でも効果はなし。
「盗んだもの盗んで何が悪いんだよ。ねーちゃん、出てきて取り返すか? え?」
「っ」
イミーさんにも突っかかる下郎ども。
私は憤怒の念を覚えたが、戦う短剣がなかった。
「やっちゃう?」と親指を立てるぽてぽて精霊が私の合図を待っている。国を滅ぼすとか言ってしまう精霊達は、一回加減を覚えてから出直そう。
貧血気味でも、私自身で取り戻さなくてはいけない。先ず、二メートル身長がありそうな男の顎に飛び蹴りを決める。そして袋を奪い返す。一人の足を崩したところで、顔面に膝蹴り。残りは威力満点の回し蹴りを決めて伸す。決まりだ。
いざ、ちんちくちんの逆襲。
「ぶぁっかじゃないのー」
ドカッと顎を狙おうとしていた男が吹っ飛んだ。
突如、現れた青年によって蹴り飛ばされた。
その青年の髪は襟元の長いウルフヘア。夜空色だった。毛先は紺色、根元は黒というグラデーション。そして星が散りばめられたような不思議な頭。
紺色の瞳。目尻を吊り上げて笑う青年。
「よく見ればこの子どもが頑張ってきたってわかるだろうが。血塗れで、ブラウスなんて穴空いてるぜ。回復したあとでも、物凄く戦ったってわかるだろう」
取り返した袋を、その青年は私に手渡してくれた。
残りの二人は真っ青になっている。怖がってしまっているように見えた。
でも青年の方は、しゃがんで優しく私に笑いかけてきた。
「盗んだんじゃなくて、自分で倒してきたんだろ?」
「あ、うん」
「そっか、強いんだな。頑張ったじゃん」
ぐしゃり、と頭を撫でられる。優しいお兄さんだと思った。
「……さて」
「ひいい」
青年が立ち上がると、残りの二人が悲鳴を上げて震え上がる。直ちに蹴り飛ばされた仲間を連れて去っていた。
「ありがとう、お兄さん」
「オレはノックスだ」
「わた……自分は、コヨイ」
私、と言いかけて一人称を自分と直す。どう変換されるかはわからないけれど、これでいいか。
ノックスお兄さんは、また私の頭をくしゃくしゃと撫でる。丁度いい頭の高さにあるせいみたいだ。褒められて頭を撫でられるのは、悪くないけれど。
「またな、コヨイ」
気を付けな、と一言残して先に銀行を出て行った。
銀行だって忘れていた。「お騒がせてしまってすみませんでした」とイミーさんを中心に謝罪をしてから、私も銀行を飛び出す。空気が凍り付いていたことにも気が付かず。
そのまま、大柄の女性店員のいるお店に来た。
今日もステーキ。サラダとポテトフライもつけてもらって、それからルラにも生ステーキ。精霊には果物。ご馳走並んだテーブルで堪能させてもらった。
肉汁広がるステーキを咀嚼していれば、いつものようにソーマが来たけれど無視。どうせまた勧誘だろう。むしゃむしゃとサラダも食べる。
「……コヨイ」
「……な、なに?」
ポテトに手を伸ばそうしたら、ソーマが跪いてきた。反応してしまうのも無理はない。
ソーマは痛々しそうに右肩を見つめた。
「……お願いだよ、コヨイ。もう一人で危ないことをしないでくれ」
私の右手を両手で包んだ。
「君のことは何も知らない。そこまでする事情も知らない。でも心配でたまらないんだ。どうか一人で頑張ることだけはしないでくれないだろうか? 嫌なら干渉なんてしないよ、ただ一人でいないでくれ……仲間と呼べる者とせめて、せめていさせてほしい」
涙を浮かべてソーマは懇願する。また勧誘。それも本心からの気遣いの言葉だった。
「仲間になろう」
いつも一人でいるから、心配で堪らないらしい。
大怪我を負った跡を見て、それは増幅したらしい。
仲間と呼べる者といてほしい。
それならいる。ルラだって、精霊だって、私にとっては仲間だ。それを彼は知らない。
私はいつだって一人で食事をして、出歩いているようにしか見えないのだから。
私だって、そんな子どもを見ていたら心配でしょうがなくなる。もう男の子と間違えたことを怒って、頑なに無視をすることをやめよう。この人は優しい人なのだ。心から誰かに優しく出来る人なのだから。
「……わかったよ、ソーマ。ギルドに入る」
ポンと丁度届く位置にあった頭に手を置いて、私は承諾をした。
「今日は強敵を倒したんだ、一緒に祝ってくれよ。ギルドマスターさん」
私はその日、ソーマが束ねるソーマギルドの一員となった。何故かソーマの顔が紅潮していたが、その理由は知らない。
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