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♰18 共同作業。
しおりを挟むトリスター殿下の稽古を終えたあと、私はメテ様と一緒に城の中に戻る。
行き先は、魔法材料庫という部屋。
「魔法、材料、庫……」
素敵な響きを口にする。
「必要なものは揃っているはずだ」
キーンを乗せたバスケットを持ってくれたメテ様は、軽々と扉を開いた。
「まぁ、ないものがあっても取りに行ってやる」
取りに行くとは、意外だ。
ここで手伝ってくれることさえも、驚きなのに。
そんなに私が好きなのか。ちょっと照れる。
尽くされるって、こういうことなのだろうか。
ちょっと戸惑いつつも、魔法材料庫に足を踏み入れた。
棚がぎっしり並んだ部屋には、何かわからないけど球体がたくさん入った大きな瓶などが整列している。
吊るされた小さな毛皮みたいなものが並んでいるし、ビーフジャーキーに似た匂いがする空間だ。
何が何だかさっぱりだけれど、感激である。魔法、材料、庫。最高。
「んで? 何から作りたい? 一つずつだぜ。一気に全部は作れない」
「なんでも収納出来る鞄を作りたいです。今日中に出来ますか?」
「それ、ね。材料は何から作るか知ってるのか?」
大きく古びた木製のテーブルにバスケットを置きながら、メテ様は材料を問う。
「えっと、確か、希少の魔法生物であるガウルールのポケットを使うのですよね。私の世界にも似た生物がいるんです、ポケットを持った動物。カンガルーって言うんですけど。まぁ、その話は置いておいて、やっぱり希少だけあって、ないですかね? あっても、私にはあげることは無理ですよね」
グラー様から借りた本に記載されたガウルールは、カンガルーによく似ていた。でも象並みに巨大らしい。
お腹にポケットがあるけれど、それが素材の一つだ。なんでも収納出来るポケットをガウルールは、食事をたくさん蓄えるために使っている。
希少で貴重な材料だから、とても高価に違いない。もし運があって在庫があっても、使わせてもらえないかもしれないと予想した。
「別にいんじゃねーの」
メテ様は、あっさりとそう答える。
軽いな……。
「あった」
メテ様が奥の方の引き出しから、一枚の皮を取り出した。
「これが、ガウルールのポケット」
バスケットの隣に広げてくれたそれを見る。
明るいベージュの皮。
「普通、これで袋を作るんだが、コーカは鞄だって言ったな?」
「はい。どうせ持ち歩くなら、鞄にした方がいいと思いまして……難しいですか?」
確かに本に記載されていたのは、“なんでも収納する袋”とあったっけ。
鞄といっても、簡単な鞄の形にしたいだけだ。
首を傾げてみれば、メテ様はじっと見つめ返すように見てきた。
「……」
「な、なんですか?」
何か問いたそうな沈黙だ。
「……下手に穴さえ開けなければ平気さ。他の材料は?」
テーブルに頬杖をついて、次の材料は何かと問いかける。
「アラクネの糸で作った紐で、開いたり閉じたりするのでしょう?」
「そうだ、アラクネの糸は結界を作り出すことも出来る。それでなんでも収納の蓋の役割をするんだ。鞄を作るために縫うなら、これを使うべきだな」
次は、白い糸を取り出してくれた。紐と呼べるほどの太い糸と、細い糸。それと裁縫セットが置かれた。
「鞄ってことは、背負うのか? 肩にかけるのか? どちらにしてもベルトは必要だよな。火山鰐の皮で作れば、頑丈でいいだろう」
次にメテ様が取り出したのは、火山鰐とかいう鰐の皮らしい。火山にいるのかしら。
ゴツゴツしていそう、と予想していた私の前に出されたのは、溶岩を思わせる黒に赤の亀裂のような模様が入ったもの。
「加工されたものだ」とメテ様が、言葉を付け加えた。触れてみれば、多少ザラついてはいる。頑丈そう。
「肩にかけます」
理想としては、ショルダーバック。
普段から小さいショルダーバックを使っていた。
たくさん収納出来るのだ。小さめでもいいだろう。
「えっと、部屋に持って行ってもいいでしょうか?」
「なんでだよ? ここで作業しろよ」
メテ様は椅子を引いて、そこに座るように促す。
「でも、作業をしたら、かなり時間がかかると思うのですが」
「魔導師がついているんだぜ?」
頬杖をついたメテ様が、ニヤリと笑う。不敵でオレ様的な笑みだ。
魔法を使って、手伝ってくれるのだろうか。
ほほう。メテ様の魔法の腕を見れるのか。
せっかくなら、変身の方が見たいものだけれど、それを言ったら不機嫌になるに違いない。
ここは魔法で手伝ってもらおう。
「では、お願いします」
「アラクネの糸でガウルールのポケットを元になる鞄を縫い始めるといい。オレは硬い火山鰐の皮でベルトを作ってやる」
「はい」
裁縫なんて高校以来だ、と思いつつ、テキパキと作業を始める。
メテ様は私の背を見ると、肩にかけるベルトを作り始めた。音楽の指揮者のように、人差し指を揺らすと、宙に溶岩色の皮が浮かぶ。アラクネの糸が針とともに縫っていく。ついつい、宙で作業をするそれを見上げてしまう。
「いて」
針を自分の指に軽く刺してしまった。
「何やってんだよ」
頬杖をついたままのメテ様が呆れた目を向ける。
「大丈夫です。“ーー癒しを与えよーー”」
治癒の魔法を唱えて、すぐに傷を塞ぐ。皮に血がついてはいけないもの。
「その程度の魔法なら、詠唱をしなくても使えそうなのに」
からかう笑みを寄越してきた。
私を聖女だと思っているのに、進言していないのはどうしてだろう。
私が彼の瞳に見惚れることをやめてしまわないように、だろうか。
……今見ても、ルビーレッドの瞳は綺麗だ。
「あの、メテ様」
「ん?」
指を動かしたまま、メテ様はルビーレッドの瞳で見てくる。
彼はよそ見していても、怪我しそうにないな。
「さっき、火山鰐と言いましたね。地球にいる……いえ、私の世界の生き物とはちょっと異なるかもしれませんが、鰐がいるんですよ。火山にはいませんけれど」
話題を変えつつ、問いたかったことを聞き出してみようとした。
「猫もいますし……私の世界の生き物は、大抵この世界にもいるのでしょうかね」
バスケットで大人しく寝ているキーンを一瞥してから、私は思い切る。
「蛇とかもいますか?」
「蛇? いるが……絶滅寸前だろうな」
「えっ!? 蛇が、ですか?」
思わぬ言葉に、声を上げてしまった。
「驚くことか? 白い鱗が高価だったからな……嗚呼、そういえば、神秘の白い蛇って言うんだっけか」
「……神秘の、白い、蛇……。白い鱗の蛇しかいないのですか?」
「ああ、幸運を授けるって崇められてはいたが……蛇には変身能力があるんだよ。その鱗が変身魔法薬の材料になる。あいにく、この国は蛇の鱗を収集することを禁じたから、この部屋にはないがな。オレには不要な薬だが、変身願望のある人間や犯罪者には、大層人気で鱗も薬も高額で売買されてたんだよ」
「……」
私は言葉を失ってしまう。
「崇めていたのに、狩り始めたもんだから、蛇はすっかり身を隠した。今や絶滅していてもおかしくはないな」
絶滅危惧種、ここにいるのだけれど。
キーンの変身は完璧で、メテ様は子猫だと思っているようだ。
「私の世界でも白い蛇は、幸運の象徴ではありましたが……他の色の蛇もいて、色んな種類の蛇もいて……たくさんいるんですけれど」
声を紡ぐ度に、小さくなる。
妖精フォリが言ったのは、心の方の癒しだったのだろうか。
きっと人嫌いでは足りないくらいの憎しみを持っているかもしれない。
仲間がいない孤独は、計り知れない。
「……悲しいですね」
私は子猫の姿をしたキーンに手を伸ばして、そっと軽く撫でる。
キーンは、恐らくまだ子どもだ。親は……もういない。
胸の中が痛むけれど、キーンはそれ以上の痛みを味わっただろう。
私は、この子を癒せるだろうか。
妖精は私を信頼して託したみたいだけれど……。
「悲しくても、弱肉強食の世界だ。生まれ落ちたからには、生き抜くしかないだろう」
メテ様に視線を戻すと、その横顔は感情を押し殺したように思えた。
弱肉強食か。厳しい現実だ。
「生まれは変えられないからな」
すいっと、人差し指を上げて、メテ様は作業を続ける。
私もキーンから手を離して、作業を再開して黙々と縫い続けた。
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