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領地へ

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 マサムネは、自室で大きなため息を吐いた。
 サーサ公爵邸に滞在できるのは十日。その間に荷物をまとめ、ユーリ領地へ向かわねばならない。
 幸い、公爵家長男としての仕事は、全てタックマンが引き継いでいた……いや、いつでも引き継げるように、タックマンは準備していたのだ。
 
「はぁ……」

 マサムネは、何度めか覚えていないため息を吐く。
 決闘に敗れ、マサムネは公爵家を継ぐことができなくなった。

 そもそもがおかしかった。
 確かにサーサ公爵家はマルセイユ王国きっての名家であり、数々の武勲を打ち立て、何人もの武将を生み出した家だ。
 強きものが当主に。その点で問題はない。
 だが……決闘に・・・スキルを使うことは・・・・・・・・・禁じられている・・・・・・・
 
 スキル。
 人は、生まれた時に神から祝福を受け《スキル》という能力を授かる。
 タックマンは《英雄》という、身体能力を十倍にするスキルを持っている。決闘でのスキルの使用は厳禁なのだが……戦ったマサムネにはわかった。タックマンは一瞬だけ《英雄》のスキルを使用し、マサムネを降したのだ。
 王国最強騎士である父が、そのことに気付かないわけがない。
 
「…………やっぱり、俺よりタックマン、かぁ」

 父は、タックマンを次期当主にするために、不正に目をつぶったのだ。
 それもそのはず。マサムネのスキルは……《閃き》という、【困難な状況になればなるほど打開策を思いつきやすい】というスキルだ。
 ある意味、ユーリ領地では役に立つかもしれない。だが……ほとんど未開の地で、どれだけ役に立つのか。

「はぁ……」

 何十回目かのため息を吐いた時だった。

「入るわよ」

 ドアが開けられ、金髪ポニーテールの少女が入ってきたのだ。

「ゆ、ユメ!? なんだお前、いきなり……」
「それはこっちのセリフよ!! マサムネ、あなた……タックマンに負けたの!?」
「……ああ」
「私との婚約はどうなるの!!」
「……タックマンだろうな」
「嫌よ!! 私はあなただから婚約を決めたのよ!? 公爵家同士の婚姻とか関係ない。あなたがマサムネだから、私はユメとして婚約を決めたの!!」

 どストレートな愛の告白だった。
 ユメは、どこまっでもまっすぐにマサムネを愛していた。
 同じ公爵家同士、昔から仲がいいユメ。マサムネもユメを愛していた。

「すまない、ユメ……俺、ユーリ領地へ行くことになった。そこを治める」
「ゆ、ユーリ領地って……あんな何もない戦地跡を治めるって何よ!? 亜人もいっぱいしるし、ヘタしたら殺されちゃうわ!!」
「…………あそこは、サーサ公爵家が戦後管理を任された土地だ。誰かが管理しなきゃいけない」
「でも!! 戦争が終わって何年経ってると思ってるのよ!? 二年以上ほったらかしの土地を、今さら公爵家で管理?……無理に決まってる!! 噂じゃ、亜人たちが集まって住んでいるって話よ!?」
「わかってる。でも……俺は貴族だから」
「……追い出されるようなものじゃない」
「そうかもな。タックマンにとって、俺はここにいない方がいろいろ都合がいいから」
「だったら……」
「ユメ、ごめん……今までありがとう」
「……っ!! マサムネの馬鹿!!」

 ユメは、逃げるように部屋を出た。
 マサムネは、今までで一番大きなため息を吐き、窓から見える青空を見た。

 ◇◇◇◇◇◇

 それから数日。
 荷造りを終え、全ての荷物を馬車に積み込んだ。
 ちなみに、この馬車はタックマンの選別だ。さらに従者はたった二人。しかも出発当日に姿を見せた。

「初めまして。御者と護衛を務めるゴロウと申します」
「初めまして。メイドと護衛を務めるトゥーと申します」
「よろしく……」

 二人は、あまり乗り気じゃないのか、あきらかに表情が曇っていた。
 それもそうだ。これから向かうのは、荒廃した大地みたいな場所だ。マサムネに忠誠を誓っている者ならともかく、何もないところに行きたいとは思わないだろう。
 さらに、父も母も見送りには来なかった。
 だが、タックマンは来た。

「……チッ、じゃあな兄貴。せいぜい死なないように。それと、俺が存命中はサーサ公爵家の敷居を跨がせるつもりはないから。そこんとこよろしく」
「ああ。元気でな、タックマン」
「……ふん。どんな手を使ったか知らないが、兄貴のお手付き・・・・なんてオレはいらねぇよ。くそ、当主のオレの何が気に喰わないってんだ……まぁ、妹のが美人だしスタイルもいいからいいけどな」
「……?」
「さっさと行けよ。この負け犬」
「…………」

 こうして、兄弟は別れた。
 サーサ公爵家当主と、ユーリ領地の領主という、立場も位も天と地ほど離れた距離で。
 マサムネは馬車に乗り込み、ゴロウに指示して馬を走らせ───。

「待った待った待ったぁぁーーーっ!!」
「え───ゴロウ止まって!! お、おい、なんでお前が……」

 馬車の前に出てきたのは、なんとユメだった。
 メイドを一人連れ、質素なドレスに大きなカバンを一つだけ持っている。
 ユメは、馬車のドアを強引に開けると乗り込んで来た。

「じゃ、行くわよ」
「いやいやいや!? おま、なんで……付いてくる気か!?」
「ええ。昨日、タックマンと公爵様のところに行って大暴れしてやったわ。マサムネとの婚約解消とか言い出すしね。私はマサムネにしか嫁ぐ気はないって啖呵切ったら、お父様を本気で怒らせちゃった……タックマンのところには妹が行くから大丈夫よ」
「…………ユメ」
「何度も言うけど、私はあなたのことだけを愛してる。私は、マサムネの跡継ぎしか産むつもりないから」
「あ、跡継ぎって……ってか、本当に危険なんだぞ。それでもいいのか?」
「はっ」

 ユメは鼻で笑った……公爵家の令嬢とは思えない。
 大きな箱を背負ったメイドが、背負っていた箱を下ろし開ける。
 中には、立派な剣が入っていた。

「私のスキルは《戦乙女》……忘れたの? 私の強さ」
「…………」

 ある意味、究極の護衛になりそうだ。
 タックマンの《英雄》とユメの《戦乙女》が合わさって生まれてくる子はどれほどの才能を秘めているのか……それが父の狙いでもあったはず。
 ユメは馬車に乗り、マサムネの隣に座った。

「そういうことで、行くわよ! 私たちの新しい土地に!」
「……どうなっちゃうのかなぁ」
「あ、紹介しとく。私のメイドのノゾミ。私の護衛でもあるから強いわよ」

 ノゾミはぺこっと頭を下げた。
 そして、そのまま馬車には乗らず、馬車の屋根の上へ。屋根の上にいたトゥーに自己紹介しているようだった。

「ふふ。二人っきりね」
「ああ。その……ありがとな、ユメ」
「いいの。これからもよろしくね。旦那様!」
「……ああ」

 マサムネは、覚悟を決めた。
 何があろうと、ユメだけは絶対に守って見せる、と。
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