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一方その頃③

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「───……!」

 宿でのんびりしていたサリオス、スヴァルト、ロセの三人だったが、スヴァルトの眉がピクリと何かに反応……それに気づいたロセは、読んでいた本を閉じる。

「……スヴァルト、何か気付いたの?」
「ああ。何か来やがったな……ケッ、予想通りかよ」
「え? あの」
「おい坊ちゃん、戦闘準備だ。すぐに出るぞ」
「え、え?」

 サリオスだけが疑問を浮かべていた。
 ロセはスヴァルトの言葉を信頼しているのか、迷わず立ち上がりコートを着る。長い髪をまとめて毛糸の帽子に入れ、何度かその場で跳躍していた。
 スヴァルトも、コートを着る。

「あ、あの」
「そのまま外出たら凍死する。ちゃぁんと手袋、帽子つけて出ろよ」
「じゃなくて、敵……ですか?」
「ああ」

 サリオスも、コートと帽子と手袋をはめる。
 三人は外へ出ると、スヴァルトが走り出す。ロセが続き、サリオスが遅れて続いた。
 走りながら、ロセは言う。

「ヴァンパイアは、五感が非常に優れているの。スヴァルトの場合、触覚が鋭敏でね、半径数キロ内にある敵意を明確に感じ取れるのよ」
「ま、ハーフなモンで触覚以外は並みの人間と変わんねぇがな……ほれ、見ろ」

 コールドイーストの正門に出ると、奇妙な形をした『猫』がいた。
 全長四メートルはある、真っ黒で歪なネコ。それがサリオスの第一印象。
 
「な、なんだ……こいつは」
「敵。それだけ考えとけ───行くぞ」

 そして、収納からスヴァルトが聖剣を抜いた。
 闇聖剣アンダンテ。その形状は、目の前にいる歪なネコよりも歪な形状。
 まず、刀身がおかしい。
 どう見ても、斬る形状ではない。鎖が巻き付いた妙な形状で、鎖に『棘』のようなモノがくっついている。サリオスにはそのくらいしかわからない。
 そして、持ち手の部分にはガードが付いており、妙な引金もあった。

「さぁ、狂おうぜェ!?」

 スヴァルトが引金を引くと、刀身の鎖が高速回転し、棘が縦に回転する。
 ギャァァァァィィィィィン!! と、雪原で流れるのが初めてのような音が響いた。

「な、なんだ!? あ、あれが闇聖剣……!?」
「『鋸剣チェンソーエッジ』……闇聖剣の変形機構は、どれも特殊なのよねぇ」

 ロセが首を傾げ、クスっと笑った。
 手を出すつもりはないらしい。だが、サリオスは聖剣を構え、ロセの前に立った。
 それが嬉しく、ロセは優しい笑みをサリオスの背中に向ける。

『フギャァァァァァァ!!』
「っは、ンだテメェ? 黒いネコは不吉っつーけどよ、オレのが不吉だぜぇ?」

 鋸剣を振り回し、身体強化で雪の上を苦も無く走る。そして、威嚇する黒い魔獣猫に接近し、鋸剣をメチャクチャに振り回した。

「『黒ノ百足クロムカデ』!!」

 連続で斬り刻まれた魔獣猫の身体がズタズタに引き裂かれる。
 あまりにも速く、サリオスにはスヴァルトの剣が全く見えなかった。魔獣猫も遅いわけじゃないだろう……スヴァルトの身体強化が、魔力操作が抜群に上手く、瞬間的な速度はロセやララベルとはケタ違いに速い。
 魔獣猫はあっさり斬り刻まれ、バラバラになって雪原に落下。そのまま消滅した。

「す、すごい……ぜ、全然、見えなかった」
「スヴァルトの魔力操作は、七聖剣士最強よ。私も、ララベルも、足下に及ばない。その代わり、ちょ~っと非力だけどねぇ」
「おいロセ、テメェ……非力とか言うんじゃねぇよ!!」
「あはは、ごめんなさいねぇ」

 ロセは、悪いとは思っていないような笑い方をした。
 仲がいい。サリオスは、胸にモヤモヤ……嫉妬があふれるのを感じていた。
 すると、顔をしかめていたスヴァルトの眉が再び上がり、「ちっ」と舌打ちする。

「まーた来やがった……五、六……十以上か。ロセ、坊ちゃん、おめぇらも戦え」
「はぁい」
「……よし!!」

 ロセは大戦斧を、サリオスはロングソードを構える。
 すると、雪原から十匹以上の猫魔獣が向かってきた。
 スヴァルトはニヤリと笑いながら言う。

「坊ちゃん、最低でも二匹は仕留めな。ロセ、オレとお前は残り全部だ!!」
「ええ。ふふ、狩り勝負する?」
「はっ……懐かしいな。いいぜ」
「よし、オレだって……!!」

 最初に飛び出したのは、サリオス。
 スヴァルトとロセは顔を見合わせ、負けじと飛び出した。

 ◇◇◇◇◇◇

「オレだって、やってやる……!!」

 サリオスは、ロングソードを双剣形態にして、猫魔獣と対峙していた……が、早くも冷や汗が止まらない。目の前にいる猫魔獣は、サリオスを軽く威嚇しただけで態勢を低くした。
 強い。サリオスは瞬間的に理解し、剣を構えたまま動けない。

『グォルルルルルル……』
「はぁ、はぁ、はぁ……」

 伯爵級以上。
 サリオスは確信した。今の自分では厳しい。
 それでも、スヴァルトは『最低二匹』と言った。ロセも何も言わなかったので任せると決めたのだろう。
 それは、信頼だ。
 サリオスは、二人に信頼された。だからこそ震えることなく立っている。
 スヴァルト、ロセは───すでに、二体目を倒しにかかっている。

「負けたく、ない」

 双剣を握る手に力が入る。
 エレノア、ユノと一緒に修行をして気付いていた。
 今の自分は、あの二人よりも弱い。
 才能だけなら負けてはいない。だが……二人は、『何か』が違った。
 
「オレは、負けない」

 自分に言い聞かせる。
 光聖剣サザーランドを信じ、自分を信じ、目の前にいる敵を倒す。
 サリオスは深呼吸。
 
「行くぞ、サザーランド。オレに力を貸してくれ!!」

 双剣を掲げ、魔力を漲らせて身体強化。
 スヴァルトに比べたら稚拙な身体強化だが───。

「えっ!?」
「!?」

 ロセとスヴァルト、猫魔獣たちがサリオスに注目した……するしかなかった。
 なぜなら、サリオスの身体からあふれ出す魔力が、通常の数倍、数十倍。
 破格の魔力を持つハーフエルフのララベルの数十倍以上。魔力が、一気に噴き出したのだ。
 サリオスは瞬間的に理解した。

「そうか、これが───」

 聖剣の『能力』……サザーランドの能力。
 スヴァルトも、「やるじゃねぇか」と笑っていた。

「これが光聖剣サザーランドの能力、『光魔シャイニング』!! 聖剣の光を魔力に変換し、オレの身体に蓄えることができる能力か!!」

 濃密な『光魔力』を帯びたサリオスは、全ての魔力を使い身体強化。
 怯える猫魔獣に接近しようと一歩踏み出した瞬間、世界が変わった。

「え?」

 全てが、遅くなった。
 スローモーション。自分は普通に走っているだけなのに、周りが全て遅い。
 降る雪すら躱せそうな、そんな遅さ。
 サリオスは、双剣を交差させて猫魔獣の首を切断。噴き出す血すら遅く感じた。
 まだまだいけそうだったので、周りにいる全ての猫魔獣の首を斬り落とす。なぜだろうか、真横を通っているのに、スヴァルトもロセも気付いていない。
 そして、魔力を解除すると……全てが戻る。

「え? あ、あらぁ?」
「……これが光聖剣サザーランドか」

 ロセ、スヴァルトが驚愕。
 そして───魔力を解除した瞬間、とんでもない脱力感がサリオスを包み込んだ。

「っぐ、ぁ……ぁ、あれ?」

 全身疲労。
 身体が付いて行かず、その場に崩れ落ちた。
 慌ててロセがサリオスを支える。

「だ、大丈夫!?」
「せ、先輩……やりまし、た……お、レ……能力、やっと」
「うん、うん……おめでとう、サリオスくん」

 ロセは、サリオスの頭を優しく撫でた。
 スヴァルトがニヤニヤしながら見ていたので、ロセはジロっと睨む。

「やるじゃないかい!!」

 と───ここで唐突に聞こえてきたのは、女性の声。
 ニコニコした中年女性が、手をパンパン叩きながら現れた。
 そして、もう一人……顔色の悪い、猫背の男がのそっと現れた。
 スヴァルトが眼を見開く。全く、気配を感じなかった。
 目の前に現れた二人と対峙し、瞬間的に察知する。

「……侯爵級かよ」
「うんうん。そっちの子、い~い剣士になりそうだねぇ!! さっそくで悪いけど、こいつを賭けて勝負しようじゃないか!!」

 中年女性は拳法家のような構えを取り、ポケットからワクチンサンプルを取り出し見せる。
 そして、魔獣と人間のハーフのような猫背の男も、ため息を吐きながらワクチンサンプルを見せた。

「あのさぁ、マーマレード……真正面から挑むってどうなのかな?」
「いいじゃないかい!! あんなの見せられたら挑みたくなるってもんだ!! ねぇ!?」
「いや、ボクは別に……まぁ、いいけど」

 すると、ロセが前に出る。

「魔族にしては礼儀正しいお方のようですね。ふふ、それなら……私がお相手しましょうか」

 大戦斧を肩に担ぎ、ニコニコしながらロセが前に。

「じゃ、そっちの顔色の悪い痩せすぎ猫背野郎はオレがやってやる。カマァ~ン」
「痩せすぎはそっちもだろ? 顔色も微妙だよ」
「やっかましい!! クソが、刻んでやる。さぁ……狂おうぜ!!」
 
 戦いが始まった。
 サリオスは、その場から動けない。
 魔力を全放出し、立つことすら厳しい状態だった。

「くそ……!!」

 能力に覚醒した充実感は一瞬で消え、再び何もできない無力感に支配されていた。
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