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お母さん。少しはこの水晶の首飾りが似合う女性になれたかな

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世界歴876年7月31日

「お母さん!31歳の誕生日おめでとう!」

 愛らしい一人娘と、

「ローラ。誕生日おめでとう」

 頼れる旦那様に囲まれて、

「二人ともありがとう」

 私は誕生ケーキのロウソクの火を吹き消した。

(私も31か……お母さん。少しはこの水晶の首飾りが似合う女性になれたかな)
 

 ◇◇◇


 魔法が存在する世界。

 勇者が悪き魔王を倒し、世界に平穏が訪れて300年ーー伝説の勇者様が興した「ウォーカー王国」の南端に位置する「レストリア領」を統治する伯爵家に私は生まれた。世界歴845年の出来事。

「忌々しい……良いか!そんな子供ワタシは認知しないからな!」

 生まれたばかりの私を見た父の第一声がこれ。

「メイドのくせに……」

 そして父に続いて腹違いの母の冷ややかな一言。その腕には生まれたばかりの赤い髪が特徴的な腹違いの姉ーーリズが抱かれていた。

 なぜ我が子に対して、生まれたばかりの私と母に対してこんなにも冷たいのか。

 それは母が貧乏男爵家出身のメイドで、リズが無事に生まれた嬉しさから酒をあおり、酔った勢いで父に襲われた母との間にできたのが「私」だったから。

 家格と血を何よりも重んじるレストリア家にとって、貧乏男爵家の血が流れた私は「紛い物」に過ぎない。

 なので、その存在は領民から隠され、広大な敷地の端っこにある誰の目も届かない木造の家……と呼ぶには粗末な馬小屋のような場所に閉じ込められた。

 しかし、そんな環境の中でも母は絶望する事なく私を育ててくれた。

 たまにやってくる腹違いの母や使用人達に、

「ああ、早く消えてくれないかしら」

 その存在を疎まれる発言や仕打ちをされようとも耐えた。

 そんな母がよく口にしていた言葉がある。

"神様は見ているから"

 神様は良い行いをするものに味方をする。だから、今は辛いけど耐える。耐えた先にきっと幸福な未来が待っているから。

 そう話していた。私と自分に言い聞かせるように。


………
……



 その日、私はいつものように家事をしていた。

「今日はローラの誕生日だからうんと美味しいものを作るわね!」

 いつも笑顔の母だけど、私の誕生日の日はとびきりの笑顔を浮かべて食料採取に出かけていった。

 存在が疎まれている私たちは伯爵家からの支援は一切なく、その日その日をなんとか生きていた。

 正直苦しかった。食事は1日1回取るだけでやっと。

 しかしそんな中でも一年に一度、この日だけはお肉やキノコ、野いちごなどをたくさん食べて母と夜遅くまで笑い合う、一年で一番楽しい一日。

(ふふ……いつもより綺麗になった部屋を見たらお母さんどんな反応するかな)

 女2人だけでの自給自足の生活、それに加えてたまにやってきては小屋の壁や家具を面白半分で壊していくリズのおかげでやることは山積み。そのため普段は疲労から日が沈むとすぐに眠ってしまう。

 だけど、この日だけは違う。楽しさが疲労を吹き飛ばしてしまう。疲れているのにそれすら楽しい。眠ること以外で夜が待ち遠しくて仕方ない特別な日。

 私は母の驚いた顔を想像して笑いながら掃除してその帰りを待った。


「何かあったのかな……」

"午後までには帰るから"

 小屋を出る前に母はそう言っていた。しかし夕方になっても帰って来る気配がない。

"暗くなってきたら森の中には入らない"

 以前一度だけ興味本位で満月によって明るい夜に小屋を抜け出して森の中に入ったことがあった。

 その時、日中なら絶対に見落とすはずがない、開けた場所にあった四メートルほど落差のある崖に気づかず、あと一歩踏み出したら落下するというところで慌てて走ってきた母に助けられたことがあった。

 そんな事があり母と暗くなってきたら森の中には入らないと約束していた。

「お母さん」

 約束がある。だけど、お母さんの事が心配……悩んだ末に私は、森へ行くことにした。

 広大な伯爵邸の敷地内とはいえ、森の中には猪や鹿などの動物が存在している。襲われたりしたら8歳の子供である私ではひとたまりもない。

 昼間と違って夕陽が沈みかけうっすらと不気味な闇を纏った森に身震いした。だけど、それ以上に母の事が心配だった私は、木の棒で作った槍を両手で握りしめると森へ足を踏み入れた。


「ギャーギャー」

 夜の帳が下りた森の中をあてもなく進む。

 母と2人で行ったことのある場所を探しまわった。北にある沢、小屋近くのキノコの群生地、北西にある木の実がなる場所……しかし母の姿はどこにもなかった。

「お母さん」

 お母さんの事だからきっとどこかで道に迷っているだけだ、とどこか楽観していたところもあった。しかし母が見つからぬまま刻一刻と時間だけが過ぎていく状況にただならぬ不安が胸中を覆った。

「もしかして……いや、そんな事ない!」

 母のあらぬ姿を想像してしまい慌てて首を振るった。

 そうこうしていると林を抜け開けた場所に出た。

「ここって」

 見覚えがあった。

「前に落ちかけた崖」

 そこは興味本位で森に入り込み、夜の闇によって見えない中、進んだ先で落下しかけたあの時の崖だった。

「……」

 日頃の溜まった疲労と、それを無視し続けて小屋を掃除し、母を探すために森の中を歩き回った疲れが私を襲い思考停止。しばらくボーッと崖下を眺めた。

「……あれ?」

 そしたら月が空の頂点まで登り崖下を照らした。すると、うっすらではあったけど人の形をした何かが崖下に倒れているのが見えた。

「……っ!」

 気がついたら体が動き出していた。

「はぁっはぁっ」

 疲労によって思考停止したことで一度胸の奥へと消え去った不安が再び姿を現し、私を飲み込んだ。

「はぁっ!はぁっ!」
 
 額からべっとりした汗が流れる。それはまるで私を飲み込んだドロっとした不安が胸中から溢れ出し汗となって流れたような気がした。

 直角の崖であるため8歳の私にはとてもおりられず、迂回して森を進んだ。

(あの慎重なお母さんが崖から落ちるなんて事があるわけない……でも、もしお母さんだったら……)

 不安と闘いながら猪や鹿などを警戒しながら進み、森を抜けた。

「……」

 森を抜けたら夜の闇で見えないだろうからゆっくりと近づいて確認しよう……そう思っていた。

「……お母さん!」

 しかし予想に反して森を抜けたら倒れている人物が一目で分かった……最悪の不安が的中してしまった。

「お母さん! お母さん!!」

 母に駆け寄った私は、何度も何度も呼んだ。だけど、いつもの日向にいるような胸がぽかぽかする声は返ってくることはなかった。

「お母さん!!」

 私は何度も何度も呼んだ。

「……」

 気がつくと朝になっていた。一晩中叫んだ疲れから頭がくらくらした。それでも私は鉛のように重い体を引きずって母を担いで小屋を目指して歩いた。

 小屋に着く頃には日が沈み夜になっていた。

「……」

 今にも閉じてしまいそうなまぶたを気力で開き、母をベッドに寝かせた。

 もしかしたら疲れて気を失っているだけだと思った。思いたかった。

 明日になれば全部が夢でまたあの母との苦しくも楽しい日々が始まるのだと信じた。信じたかった。

「……」

 しかし母が起きて来ることはなかった。

「……」

 いつまでもそうしているわけにもいかず、母の遺体を埋めた。

"神様は見ているから"

 リズからの仕打ちに本当は苦しいはずで泣きたいはずなのに、そういう時ほど母は笑いながら水晶の首飾りを手にして言った。

"この首飾りはね。私のおばあちゃんの代から自分の子供が15歳になった時に渡す習わしで受け継がれてきたの。だからね。ローラが15歳になったらこれを渡すわね"

「お母さん」

 母が死んだーーそのことを知って何人かはお墓参りに来るかと思ったけど来なかった。

 私は毎日のように朝昼晩と母のお墓へ行って手を合わせた。たまに母の好きだったウサギのお肉を焼いてお供えしたりもした。

「相変わらず汚い小屋。こんな場所で生活するなんて私には考えられないわ」

 リズがやってきて母との思い出のある家具を壊していって悔しかったけど、それでも母との強いつながりを感じる品ーー水晶の首飾りがあったからなんとか耐えられた。

 それから一人での暮らしにも慣れて一年が経ち、私は9歳になった。

 日常は変わらず一日一食、たまにやってきては小屋を破壊していくリズ、その後片付けと新しい家具の製作に勤しむ毎日。そして毎日欠かさずに朝昼晩と母のお墓の前で手を合わせた。

 このまま無事に15歳となって成人した暁には、この屋敷をこっそりと抜け出して、いつか母の故郷である「シュルツ男爵領」へ行ってみるつもりだ。

 その為にもこんな所で死ねない。

 必死に日々を過ごし10歳の誕生日を迎えた。

「くそ!何が第一王子よ!この屋敷は私のものよ!それなのに我がもの顔ですごしやがって……気に食わない!」

 いつものように怒ったリズが小屋にやってきて壁や家具に八つ当たり。一通り壊し終えると、

「はぁ……スッキリしたわ」

 清々しい表情を浮かべて帰っていこうと小屋を出かけたとき、

「ん?よく見たらあんたの首のってペンダントじゃない。しかも水晶」

 入り口の脇に立って見送っていた私の首元をドアから差し込んだ太陽の光が当たり首飾りが輝いた。それを見たリズは私の首元へ手を伸ばした。

「あんたにはもったいない品物ね。私がもらってあげるわ」

 リズは笑顔でペンダントに手をかけようとした、その瞬間、

「触るな!」

 私はリズの伸ばした手を叩いていた。

 思わず手が出てしまったことに自分でも驚いたけど後悔はなかった。なぜなら、リズに触られた瞬間ペンダントが穢れてしまうような気がしたから。

 私に手を叩かれたリズは叩かれた手を見つめた後、

「触るなって……」

 ゆっくりと顔を上げた。その顔は上機嫌だった少し前のものと違い、ナイフのように鋭く容赦のない視線に思わず私の体が震えた。

「誰に向かって言ってんだ」

 直感的に悟った。私はこれから床に転がる家具たちのようにバキバキにへし折られるのだろう、と。


「ふん。あんたみたいなブスに水晶なんか似合うわけないじゃない」

 私から奪ったペンダントを首につけながらリズは冷ややかな視線を向ける。

「うん。やっぱり私のような美少女にこそ似合うわね」

「『エルフ』すら霞む美しさでございます!お嬢様!」

 侍女の持つ手鏡に映った自身を見つめうっとり顔のリズとそんな彼女を過剰なほどに褒め称える侍女。

「似合わない……」

"神様はいつも見ているから"

 優しい眼差し、温かいお茶を飲んだ後のホッとするような心地よい声、風に舞い散る紅葉を思わせる鮮やかな髪、

「それが似合うのはお母さんだけ!」

 暗く冷えた心も一瞬にして照らす太陽のような笑顔……眩しくも温かい母のような人がつけるから水晶も一段と魅力的に輝く。だからこそ水晶の首飾りが誰よりも似合う。

「お嬢様の美しさも理解できないとは……この出来損ないが!」

 出来損ないーー貧乏男爵家の血が混じった伯爵家にとって紛い物でしかない私を名前で呼ぶのは穢らわしいと、伯爵家始まって以来の「出来損ない」という意味を込めてリズや使用人たちからそう呼ばれている。

「ブスが!」

 怒りを露わにした侍女は手鏡を懐にしまうと私の元へやってきてあざだらけの私の足を思い切り踏んだ。

「っ!」

「ふん!お前なんぞ旦那様のご好意で生きられているということを忘れるな!それなのにお前のようなものが身につけていた首飾りをお嬢様がつけてくださると言っているのに……何様なのだ貴様は!」

 怒り狂う侍女は、

「死ね!」

 革製の硬いブーツで私の顎を蹴り上げた。

「かは!」

 その一撃によりかろうじて保っていた意識は完全に消失し、私の視界は暗転した。



"神様は見ているから"

 煌めく水晶の首飾りに眩しい笑顔の母。

"そんなこと気にしなくていいわ。逆に母さんはあなたのことが誇らしいわ。こんなに優しい娘を持つことができたのだから"

 耳が聞こえないことで母に負担をかけているのを謝った時に母が私にかけてくれた言葉。

 母とのこれまでの思い出が全て蘇る。

(これが走馬灯なのかな……あーあ、お母さんのような笑顔の素敵な女性になりたかったな)

 走馬灯を見た私は、母の墓前で『亡くなったお母さんの分まで生きる』という誓いを守れなかったことへの後悔があった。

(でも、またお母さんに会えると思うと嬉しい)

 だけど、本当はもう一度母に会いたかったという思いもあって、このまま死ぬのも悪くないと思った。


「おーい、大丈夫かー?」

 誰かが頭をつつく感触。

「……ん」

 その感触に私の意識は覚醒し、

「ここ、は……?」

 目を開けた。

「……」

 眠りから覚めたばかりでぼーっと天井を見つめる。

(あの隙間だらけの天井……それにこの感触は干し草のベッド)
 
 状況把握が終わる頃には正常に働き始めた思考回路が、

「私……生きてるんだ」

 自身が存命であると答えを導き出した。

「……」

 少し残念なような、ホッとしたような感情が胸中を埋め尽くす。

「って、おい!俺を無視すんなよ!」

 その時、私の視界に燃え上がるような真っ赤な髪の少年が映り込んだ。

「……」

「ああ、そういえば耳が聞こえないんだったな」

 その少年は早口で何やら言うと、

「俺の名前は『レイン』って言うんだ」

 今度はゆっくりと私が口の動きを見て何を話しているのか理解できるように話してくれた。

「……レイン」

「このくらいの速さでいいか?」

 喋る速さについて聞いてきたので、私は頷いて答えた。

「よし。ならこの速さで話すわ……まずはお前の大事なものを返す」

 レインはダイニングテーブルの方へ行くと机の上を指差した。

「あんまりベタベタ触るのも良くないと思ったからあのブスから取り戻した時以外触らないようにここに置いておいた。悪りぃな。完全に触らずに取り返すってことはできなかった」

 話すレインは、申し訳ないと頭を下げた。

 夢でも見ているのだろうか?今までリズに奪われたものが捨てられることはあっても返ってくることなんてなかった。

「……ありがとうぅ……ありがとう!」

 もう返ってこないと思ってた。母の遺した大切な首飾り。母とのつながりを強く感じる唯一のモノ。

「うわあああ!!あああ!」

 私はダイニングテーブルまで行き、水晶の首飾りを抱きしめた。

「ふぅ……」
 
 そしてひとしきり泣いて落ち着いた私にレインが話があると言うので、何ももてなせないがせめてお水だけでもと、水の入ったコップをダイニングテーブルに並べた。

「回復魔法で怪我が完治しているとはいえ無理はするな。だが」

 と私に注意しつつもレインはコップを口へ運ぶと水を一気に飲み干した。

「ぷはぁぁ!やっぱ紅茶とか気取った飲みモンより水が1番うめえな」

 飲み終えると、タン!と豪快にコップをおいた。

「ありがとな。喉が渇いていたから助かった」

 私に満面の笑みを浮かべお礼を言う、レイン。

「あの、話があるって」

 話があると言ったきりいつまで経っても要件を言わないレインに私は尋ねた。

「おお!そうだった」

 いっけね、と頭を叩いて舌を出しておちゃらけるレイン。

「実は……」

 ここからは予想以上におしゃべりなレインによって話が脱線しまくって長かったので要約すると、

 レインはこのウォーカー王国の第一王子だと言う。

「王子……?」

 でも、伯爵家の敷地内から外へ出たことのない当時の私は、母から貨幣や買い物の仕方などについては教わっていたけど、身分制度などの法律に関しては教わっていた途中だったので「王子」と言われてもそれがどんなにすごいモノなのか知らなかった。

 疑問符を浮かべる私だったけど、話を脱線させすぎてあまり時間がないと言うことでレインは話を続けた。

 曰くーー。

 俺はお前の母の実家である男爵家の願いを聞きここまでやってきた。

 通常なら王族が男爵家程度の願いで動くことはないのだが、お前の叔父と俺の父ーー国王は学園時代の同級生であり、その時にただならぬ恩があると言っていた。

 義理堅い国王はその恩に報いるために動かれることを決めた。しかし国王自らが動くとなると目立って仕方ないし政(まつりごと)でそれどころではない。

 と言うことになりレインが伯爵家に送り込まれた。

「そんで男爵の願いってのがお前の母がどうしてるのか調べてほしいと言うこと。理由は、ある時を境に頻繁に届いていたお前の母からの手紙が途絶えたこと、社交界で伯爵に聞いても何も返答がもらえないことが続き気になっていたそうだ」

 屋敷には3日前から滞在していてレインの側仕えの一人が探し回ったがそれらしき人物は見つからなかったが、使用人たちが私のことを噂していたのを聞いて気になってここへやってきたと言う。

「それでお前の母はどこにいる?」

 最後にそう尋ねられたので私は、小屋の近くにある野花が咲き誇るちょっとした草原へレインを案内した。

「ここ」

 この草原は生前、母が1番気に入っていた場所。春になるといつも時間を見つけてはここで花冠を作ったりと思い出深い場所だった。

「……」

 私は無言のまま母へ手を合わせた。

「……」

 しばらく墓石というにはあまりに粗末な苔だらけの石を眺めていたレインだったけど、母に向かって手を合わせてくれた。


「すまなかった!」

 その後、手を合わせ終わると小屋への帰り道でレインが謝罪してきた。

「なんであなたが謝るの?」

「この件はこの国の貴族を束ねる王族として俺にも責任がある。本来ならば民の幸せのためにつくさなければならない貴族が……伯爵には絶対に責任をとらせる!」

 頭を上げた彼の目は燃えていた。

「俺はあと5日この屋敷に滞在する。たまに来るからその時はまた水を飲ませてくれ。お前の出してくれた水は格別にうまいからな」

 小屋にたどり着くとレインはそう言い残し、

「それじゃな」

 と、屋敷へ戻って行った。

「……じゃあ」

 私は遠ざかっていくレインの背に手を振った。

(レインの笑った時の顔、どこかお母さんに似てたな)

「次、いつ来るのかな……」

 レインの姿が虫のように小さくなるまで見送った。
 
 それから2日、私はいつものようにリズが壊していった小屋の修繕、食料採集、母の墓前で手を合わせたりといつもの日常を過ごした。

 リズにやられた怪我は回復魔法とやらでレインが直してくれたそうで、骨が折れていたりもしたのに問題なく日常生活を送れている。

(屋敷から帰る前にもう一回くらい来ないかな)

 小屋の掃除をしながらレインのことを考えていたら、

「ローラ!おれおれ!入ってもいいかぁ?」

 噂をすれば……レインがやってきた。

(部屋はちゃんと片付いてるわね。コップも水も問題なし、と)

 私は咄嗟にコップや水の味を確かめ、髪の乱れなんかを手櫛で直してならドアを開けた。

「急に来て悪りぃな」

 おちゃらけた感じで笑うレインと、その両隣に身なりの良い男性が二人、さらに……。

「ちょっと!私を誰だと思ってんのよ!」

「私は伯爵だぞ!放せ!」

 レインの両隣の男性二人が手にする鎖の先に首輪をつけられたリズと立派なお腹のおじさんが地面に倒れていた。

「え、あ、……?」

 どういう状況?と聞こうとしたのだけど、ツッコミどころ満載の状況に何から聞いたらいいのかわからずうまく言葉が出てこなかった。

 そんな戸惑う私に、

「はぁ……喉乾いた」

 レインが何も説明せずに小屋の中へ入ろうと歩み出した。

「主!」

「いっ!」

 すると左隣の男性がレインの頭を叩いた。

「てーな!何すんだよ!」

「バカですか?このツッコミどころ満載の状況を説明しないなんて……何も知らない彼女は戸惑うばかりではないですか!だからいい歳して婚約者の一人もできないのです!」

「お前、人の気にしてることを……今日こそ叩っ斬ってやる!」

「ええ!望むところですよ!」

 腰にさした剣柄に手を掛けるレインと左隣の男性。

「はぁ……すみません。バカ二人が」

 そんな二人にため息をつきながら私に謝罪する右隣の男性は、私の近くまで歩いてきて、

「バカな主に変わって私が説明します」

 と、斬り合いを演じる二人を放って話始めた。

 曰くーー。

 立派なお腹をしたおじさんは、私の実の父であるレストリア伯爵だとのこと。

 屋敷に来ての四日間で調査をしたところ出るわ出るわ税金の横領、隠れての民への暴行や隠し子……その他にも法を犯し続けた罪にて王城にて直接裁かれることになったので隷属の首輪をつけたらしい。

「そしてこちらの令嬢ーーリズ・レストリア。かの者は、ローラ・レストリア。あなたに対する殺人未遂、ならびに暴行罪、さらに」

 男性は一度私から視線を外し、リズに冷ややかな視線を向けると、

「あなたのお母上ーーリィナ・シュルツ氏を侍女に命じて崖から突き落とさせて殺した罪にて斬首刑に処されることが決まりました」

 そう説明した。私にも理解できるようにゆっくりと。

「……え?」

 立派なお腹の男性が今まで一度も会ったことのない私の実の父で、リズが侍女に命じて母を殺した。そして斬首刑……。

 一度に飲み込みきれないほどの情報が一気に告げられ、訳がわからずめまいを覚えた。

「いるだけで私たちの迷惑にしかならないようなやつを私がどうしようとあんた達に関係ないでしょ!なんでそんなことで私が斬首されなくちゃいけないのよ!」

「そうだ!それにここはわしの領地だぞ!税金はしっかり国に納めておるんだから何をしようとわしの勝手だろう!」

 ギャーギャー、と不服を述べるリズとその父。

「あー、うるさいうるさい。お前は王都で斬首!
お前は王城で裁判!決まったことに対してぐちぐち言わないの!はい撤収~!」

 ぱんぱんと斬り合いを終えたレインが手を叩くと、鎖を持った二人の男性は騒ぐリズ達を引きずって屋敷の方へ去っていった。

「一気に説明されても理解できないわな……と言ってもあと少ししたら王都に向けて発つことになったから俺もあまり長居はできない。急かして悪いが証言者の一人として王都に来てくれないか?」

 私へ手を差し出すレイン。

(私が外へ……)

 本当ならもっとあと。15歳になってから外へ行こうと思っていた。まさかその瞬間がこんなに早くこようなんて思ってもみなかった。それにここには母のお墓が……。

 突然のことにどうしたらいいか判断できずにいたら、

"神様は見ているから"

 母の笑った顔が浮かんだ。

「あの、その場にはお母さんの……私の叔父さんもやってくる?」

「ああ。被害者遺族としてやってくる」

 私の問いにレインは頷いた。

(……会いたい。お母さんのことを心配している人達に私の口から伝えたい。お母さんがどんなふうに過ごしていたのか。どんなふうに生きたのかを)

 そう思ったら自ずと答えは出た。

「行く!」

「よし!」

 その後、私みたいな薄汚い人間が乗るのなんておこがましい豪華な馬車に揺られて王都へ。

 一度も話したことのない実の父のことやリズのことなんてどうでもよくて、私は母の四つ上の兄である叔父に、私が物心ついた頃から覚えている母との思い出の全てを話した。

「すまなかった!」

 と、全てを話し終えた後に叔父さんは頭を下げてきたけど私は責めなかった。本当は「なんでもっと早く助けに来てくれなかったの」っていう思いもあるけど母だったら、

「気にしない気にしない!」

 そう笑って言うような気がしたから、私は笑っておじさんの背中を叩いた。

 その後、私の実の父は百人からなる盗賊団討伐に単独で送り込まれ行方不明、リズは王都に到着したその日のうちに斬首されたらしい。

 らしいと言うのは、私は実際にその場で見て聞いた訳ではなく後になって噂で聞いたことだから詳しいことは知らない。

 そしてレストリア伯爵家は取り潰され、私に暴行を加えたリズの侍女やその他複数名の使用人たちと腹違いの母は魔物の森にて出現したドラゴンの討伐に駆り出されたとシュルツ男爵領に向けて母のお墓を移動させている道中で聞いた。

「ふーん」

 私にはどうでもいいことだったのですぐに忘れてしまったけど。

 その後、母のお墓の移動が終わるとしばらくはシュルツ男爵家でお世話になった後、私に一目惚れをしたと言うレインに何度も求婚され、20回目で彼と結婚することを決めた。


 そして現在ーー。


「お母さんの首飾り綺麗だなぁ」

 私の首元で煌めく水晶をうっとり顔で眺める14歳になったばかりの娘に、

「うふふ……あなたが15歳になったらね」

 私は微笑んだ。
 
(お母さん。少しはこの水晶の首飾りが似合うようになったかな)
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